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20 二対一の攻防

今度はオーク二体との戦いです。


果たしてロンは勝てるのでしょうか?

ロンは自分の拳を眺める。

細長く切った布を二重に巻いているだけの両手を見て心許なく思い、やはり籠手を新調すれば良かったかと考えるが、後悔は先に立たない。

そもそも、あらゆる事態を想定して依頼の準備をするべきなのに、それを怠っていた自分に呆れる。何年冒険者をやっているんだか。


しかし、そうなるとオークを殴る場所を考えて攻撃しなければならない。

もちろん大きな牙が覗く口周りを攻撃するのは以ての外だ。


しかし、確実に大きなダメージを与えられる部位を攻撃しなくては。特に今回はオーク二体が相手だ。


そうなるとやはり顔面を集中的に攻撃する事になりそうだ。硬い牙を避け比較的殴りやすい場所となると、鼻先や顎だろうか?


そんな事を考えているうちにオークの姿が見えて来た、オークもロン達に気付いた様だ。

棍棒を持ったオークと、その後ろに片手剣を持ったオークがいる。


先に動いたのはロンだった。全速力で手前にいる棍棒を持ったオークに駆け寄り腰をグンと回転させ蹴りを腹に捩じ込む。


不意を突かれたオークは対応が遅れて真面にロンの蹴り受け、体をくの字に折り曲げる。


さらにロンの渾身の突きが顎に入り、オークはプッツリ糸が切れた様にその場に崩れ落ちる。

オークが昏倒したのを一瞥し、すぐさまもう一方のオークに向き直る。


あっという間の出来事にあっけに取られていたオークだが、みるみる顔を怒りに歪めこちらに向かって来る。


このオークの武器は片手剣だ。攻撃範囲はロンの蹴りよりも広いだろう。

なので今のロンの攻撃の選択肢は、攻撃される前にこちらから攻撃するか、相手の攻撃をかい潜って攻撃するかと言うニ種類に絞られる。


しかし、こちらから攻撃して効かない、もしくは防がれるとなると反撃を受ける危険がある。それは避けたい。

そうなると相手の攻撃をかい潜り、隙をみて攻撃しなくてはならない。


オークは剣を構えながらにじり寄って来る。ロンは少し脚を上げてみる、するとオークの動きが止まる。蹴りを警戒している様だ。

今、不用意に蹴りを放っても防がれるだろう。一度目の奇襲で蹴りはもう見られてしまっている、いま蹴り込んでも防がれてその脚に剣を叩き込まれ兼ねない。


やはりオークの攻撃を躱し隙を突くしかない。

そんな事出来るだろうか? いや、しなくてはならない。もたもたしていると一体目のオークが目を覚ましてしまう。二体同時に相手は出来ない。


ロンは構えてオークを引きつける。

オークは剣の間合いに入った途端に振り上げていた剣で斬りつけてくる。


ロンは後ろに飛びすさり剣を躱す。すぐさま反撃に転じようとするがオークはもう剣を構えて直してしまっている。


大きく躱し過ぎたようだ。攻撃を躱した直後に反撃しなくては、相手に体勢を整える時間を与えてしまう。


最小限の動きで相手の攻撃を躱し拳を叩き込まねばならない。よく観察してオークの動きを見切らねば。


よく見ろ、よく見ろ。オークは剣を振りかざしじわじわとにじり寄り、間合いに入るや斬りつけて来る。ロンはそれを後ろに大きく飛んで躱す。


「よく見ろ、剣を見ていたら駄目だ。よく見ろ何処が最初に動く?」


ロンは小さく独り言ちる。そうだ剣を見ていては反応が遅れる、剣が動くのは最後だ、ロンの拳も最後に動く。


そうなると見るべきは腰か? いやオークは力任せに剣を振り回している、攻撃の起点は肩だ。


ロンは注意深くオークの肩を見る。、見る。

にじり寄るオークの肩が上がる。その後肘が伸び、ロンに向かって剣が飛び込んで来る。


ロンは大きく飛びすさり構え直す。


「よし、やはり肩か」そう独り言ちて納得する。だが剣を怖れて大きく躱していては、いつまでたっても自分の拳は相手に届かない。


落ち着け、よく見ろ。剣の間合いを。剣の軌跡を。

剣の間合いは自分の拳より広い。しかし剣の刃はロンの拳より平く薄い。

そうだ。動きを見切らなければ。剣の軌跡は板の様に薄い。この板の外に身を置いて居れば恐るに足らない。拳を躱すより容易い。...理屈では。


大変危険な理屈であるのは分かっている。一歩間違えれば命の危険がある。だがそうでも考えていなければ怖ろしくて剣の間合いになど飛び込めない。


「よく見ろ。剣を躱せ。刃なんか薄っぺらいもんだ、それさえ躱せばコッチのもんだ。」


そう自分に言い聞かせる。


後はどう躱すかだ。後ろに飛びすさっていてはいつまでも拳が届かない。踏み込んで来るオークに対して、右側か左側どちらかに踏み込んで体を捌いて避けなければロンの拳はオークに届かないだろう。


相変わらずぶっつけ本番だなと溜息を吐きながらロンは注意深く構える。

右脚を後ろに引いた半身の構えだ。


そこで自分の足の並びをみてふと考える。右足の左斜め前に左足がある。

前後左右に動くのでは無く左足の方向に向かって斜め前に進めば、踏み込んで来るオークの側面に回り込めるのでは?


我ながら面白い考えだ。失敗したら命の保障は無い。しかし勝たなければならない。何が何でもやるまでだ。


ロンはじっと構えてオークの肩を見る。


オークは剣を上段に構えてにじり寄って来る。剣を振り下ろす構えだ。ロンは肩をじっと見続ける。


にじり寄る。にじり寄る。


肩がピクリと上がる。


「来る!」



ガツンと剣が地面を叩く。痺れる程の衝撃がオークの手を襲う。

オークは一瞬何が起こったか理解出来なかった、目の前の男が消えたのだ。自分が攻撃せんと踏み出したと同時に男も一歩踏み出そうとするところ迄は見えていた。

自分が剣を振り下ろした瞬間に消えたのだ。


目の前の男が消えた事に驚く暇もなく頭部に重い衝撃が二発。

完全に虚をつかれた攻撃に思わず後退る。



斜め前に一歩踏み出したロンは驚いた、目の前にオークの横顔がある。

咄嗟に左拳、右拳と腰を回転させて連撃をオークの横っ面に叩き込む。


完全にオークの不意を突けた。この体捌きは相手の意識の外に回り込める。

そこではたと気付く、先日ギルドマスター トム・メイポーサーと手合わせした時に、ロンが攻撃した瞬間にトムが消えたのはこの体捌きなのではないかと。


しかし踏み込んで来る相手に対しこちらも踏み込んで躱すので、相手にかなり近づく事になる。

突きは放てるが間合いの広い蹴りは放てなかった。膝を上げた時点でオークの出っ張った腹が邪魔して足先を前に繰り出せ無かったのだ。


だが突きの二発でもオークには有効だった様だ。


オークは顔面に受けた衝撃が何か分からず二歩三歩と後退する。

ロンはそこを追撃し、また左右の二連撃をオークにお見舞いする。


仰け反るオークに渾身の蹴りを打ち込み、今度はくの字に折り曲げる。

つんのめるオークにさらなる打撃を与えようとするが、そこでエルザが叫声を上げる。


「チェイニーさん後ろ!」


振り向くと不意を突かれて昏倒していたオークがヨロヨロと立ち上がりロンを睨んでいる。


「クソ! もう目覚めたのか!」


ロンは焦る。二体同時に相手をするのは危険だ。オークを一撃で倒すほどの決定的な攻撃手段を持っていない。戦いが長引けば不利なのはロンである。


「ええい! もう一度眠っていろ! 」


そう言って目を覚ましたオークに駆け寄り突きを放つが、オークは身を屈め腕で自分の顔を庇う。

ロンの突きはオークの腕に命中するが大きなダメージを与えられる訳ではない。


「チェイニーさん!」エルザの悲鳴が聞こえるやロンの右肩に鋭い痛みが走る。

もう一体のオークに斬りつけられたのだ。


「クソ!」ロンは振り向きざまに突きを放つが躱されてしまう。

恐れていた事が起きてしまった。どちらか一方の相手をしているともう一方の追撃を許してしまう。こうなると事態は悪くなる一方だ。


そう思った矢先に後頭部に衝撃が走る。棍棒で殴られたようだ。首筋まで滴った血で濡れる。


ロンは頭を押さえてよろける。これはマズイ。前につんのめりそうになり、咄嗟に目の前にいる剣を持ったオークにしがみつく。



オークは面食らう。男がいきなりしがみついて来たのだ、身体に密着しているので剣で斬りつけられ無い。仕方がないので剣の柄で肩と言わず頭や背中を打ち付ける。

それでもこの男は離れない。


ロンは必死でオークにしがみつく剣の柄で頭や肩をしこたま殴りつけられるが、ここで引き離されたら剣の餌食になってしまう。


さらに棍棒もロンの背中を打ちつけ始めた。

何度も打ち据えられ背中の皮膚が破れ血が吹き出す。


しかし間合いがこうも近過ぎるとオークも決定的な攻撃が出来ないのだなと、ロンは打ち据えられながら思う。

棍棒で打ち据えるにしても下手をすると仲間を攻撃してしまうので、必然的に攻撃の手段として、背中を打ち据えるくらいしか無くなるようだ。

そして、オークの剣の間合いのさらに中に入ってしまえば、オークは剣を振り下ろせ無い。ロンに剣を突き立てても良いがそうなると自分にも剣が刺さり兼ねない。


しかし、あまり近づき過ぎてもロンも攻撃が出せない。今さっきも二連撃のあと蹴りを出そうとしたが膝までしか出せなかった。


「膝? 膝でいいじゃないか。膝も充分硬いぞ。拳の代わりになるのでは? 」


何も攻撃するのは拳や足先だけと決まっている訳ではない。


ロンはしがみついている状態から右脚だけ思い切り後ろに反らす。

そこから持てる力全て込めて、オークの腹に膝を打ち付ける。


オークの横っ腹にロンの膝が刺さる。何度も何度も。

その間もオークの棍棒はロンの背中を打ちつける。だが、そんな事でロンは攻撃を止める訳にはいかない。


背中の痛みに耐え十数発の膝蹴りをオークに浴びせる。もはや我慢比べだ。

膝を受け続けたオークはとうとう地面に膝を突く。


膝を突いたオークの頭部がロンの目の前に来る。

もう満身創痍のロンは構えも何も無い。さらに後頭部からの出血のせいか目も霞み焦点が定まら無い。

しかもオークの顔は近い、近すぎる。今の状態で拳を正確に打ち抜く自身は無い。


先程は蹴りを放てないほど近接していたので足先ではなく膝を打ちつけた、今度は拳じゃない、どこだ? 肘か。

ロンは肘を折り曲げ、ありったけの力で振り抜く。体重の乗った肘がオークの側頭部に突き刺さる。


その時ロンは異様な感触を感じる。いままで魔物を殴って来たのとは違う感覚。攻撃が突き抜ける感覚とでも言おうか、一撃でオークの命を刈り取った事を一瞬で理解した。


当のオークはぐるりと白目を向き身体を弛緩させながら倒れ伏せる。


棍棒を持ったオークは戦慄する。目の前の男は自分の攻撃を意に介さず、さらには何の武器も持たず仲間を屠り去った。一体どの様な妖術を使ったのだ。


意識が途切れそうになるロンは、自らを奮い立たせるため咆哮する。


「うおおおおおお!!!」

雄叫びを上げ、歯を食いしばり、ロンは構える。


そのロンを見て恐慌状態に陥ったのはオークの方だった。

何なんだこの男は? 早く始末しなくては。


焦るオークは攻撃が雑になる。慌てて振り下ろす棍棒は、もうロンには届かない。


オークが棍棒を振り下ろした時には、ロンは既にオークの側面にいた。

しかし、もう精密な動きは出来ない。大きく拳を振りかぶり、全体重を乗せオークの顔面に拳を振り下ろす。


お互い踏ん張る力が残っていないので、ロンはそのまま体重を掛けてオークを引きずり倒し馬乗りになる。

もうそこからはめちゃくちゃだ。オークの顔面を打ち据える、打ち据える。手の皮が破け血が吹き出したら、手近に落ちている石を持って打ち据える、打ち据える。



エルザは呆然とその姿を見つめるしか無かった。しばらくするとロンは立ち上がり、こちらに向かって歩き出す。手には砕けた石を持っている。


肩で息をしながらロンが目の前にやって来る。その肩は血で濡れている。

エルザはグッと唇を噛み締める。自分は何も出来ない。お荷物だ。

黒魔導師なのに魔法で敵を滅せ無い。

黒魔導師だから魔法で彼を癒せ無い。


「エルザ終わったよ。やっつけた。帰ろう。」


そう言って微笑むロンを見てエルザはポロポロと涙を流す。


「おいおいどうした!? もう大丈夫だよ。早く帰って...えーっと...ご飯食べようよ。」


そう言ってエルザの頭を撫ぜる。エルザは思う、この人はなんてお人好しなんだろう。私はなんて意気地が無いんだろう。


だがエルザはしょげている暇は無くなった。

背後から禍々しい魔力が迫って来るのを感じたのだ。

気付かれたのだ。階下にいたオークに。


「チェイニーさん、逃げなきゃ! 下の階層のオークに気付かれたみたい! 」


「お。それはヤバイ。僕はもう戦えない、フラフラだ。早く逃げよう。」


そう言ってロンはエルザの背中を押す。


「走って逃げろ。ギルドに伝えるんだ。」


「チェイニーさん一緒に逃げましょう!」


「いや、もう走れないよ。オークは僕が食い止める。エルザは早く逃げるんだ。」


「いや。いやです!」そう言ってロンにすがりつくが、引き剥がされる。


「駄々こねてる暇は無いよ。もうすぐそこまで迫って来てるようだ。」


洞窟の奥の方からオークのものと思われるけたたましい足音が迫って来る。


ロンは振り返り再び構える。


その背中は一面血に濡れている。



エルザは、ただただ震えるばかりだった。

お読みいただき誠にありがとうございます。


満身創痍のロンはオークに勝てるのでしょうか?

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