19 ロンの名前
二人はバヤデルカ山に辿り着き採掘作業を始めます。
バヤデルカ山は火山であるが、古文献によると噴火したのは三千年前であると言う。山麓には噴火の際に出来たと言われる小さな洞窟が点在しており、その洞窟内では火属性を持ったの魔鉱石が採掘される。
「この山道沿いに歩いてても、いくつか洞窟がある。噴火でそんな洞窟が出来るのか知らないが、なんせこの山は魔鉱石の採れる小さな洞窟がたくさんあるんだ。」
ロンは山道を歩きながらその昔どこかで聞き齧った事を説明をしている。
「多分、その大昔の噴火でニキヤの森の寺院も崩壊したんだろうね、それが昔の人には神様の怒りに見えたんじゃないかなぁ... っと。あそこだ、あれが最初の洞窟。」
そう言ってロンの指差す先には小さな洞窟の入り口がある。
「じゃあ準備します」そう言ってエルザは魔術杖の先に光水晶を取り付ける。
ロンは細長く切った布を拳に巻く。
「チェイニーさん、手の怪我は治ってないんですか?」
「いや、治ってるよ。こうやって巻いたら拳が硬く固定されるんだ。まぁ、ちょっとした実験も兼ねてもいるんだけど。」
治療して貰った拳を見ると傷跡がくっきりと残っていた。普通は怪我をしてもすぐに治癒魔法などで治療すれば傷跡などは残らないが、戦場において傷を受けても戦い続け、治療が遅れると傷跡が残る事がある。
ロンはまさにそうだった。さらに怪我を負った後も、そのまま傷ついた拳でオークを殴り続けたのだ傷跡も残ろう。
傷跡に触れると皮膚が膨らみ硬くなっているのがわかる。そこでロンは考える。こうやって傷を負いながら殴り続ければ、拳が硬く大きくなるのではないか。
籠手が壊れてしまったので丁度いいと思い、拳に布を巻いただけの裸拳に近い状態にしてみた。
ロンは拳をグッと力強く握ってみる。
「うん。悪くないかな。ゴブリンくらいなら何とかなちそうだ。」
「じゃあ行こうか」とエルザを促し、洞窟に足を踏み入れる。
やはりエルザが何も言わずとも魔術杖は光り出した。そして早速エルザが明るい声を上げ指を指す。
「チェイニーさん、あそこ。火属性の魔力を感じます。」
「早速だな。それじゃチョット掘ってみようか。」
そう言ってロンが掘り始めると、程なくしてほんのり赤く光る魔鉱石が顔を出す。
「すごいなエルザ。大当たりだ。」
「えへへ」と小さく笑うエルザ。少し自信を取り戻した様だ。
「よしこの調子で行こう。」
「あ、そうだ。今日はこんな事もあろうかと大きめの道具袋を持って来たんです!」
そう言って自慢気に肩から下げた道具袋を指差す。こういう所は真っ当な冒険者らしい。いつもの通りに小さなルックザックを背負っただけのロンとは大違いだ。
そうして一つ目の洞窟、二つ目の洞窟と場所を移動しながら採掘を続ける。
幸い魔物も出て来ず、のんびりと世間話などをしながら穴を掘る二人。
四つ目の洞窟で採掘をしている内に、いよいよ適当な話題もなくなり少し沈黙が続く。
コツン、コツンとロンが小型のツルハシで岩壁を叩く音が響く。
エルザはロンの横顔を眺める。この地方には見慣れない黒い髪に黒い瞳を見ながら、ポツリと呟く。
「チェイニーさん。」
「何?」
「チェイニーさんって、名前なんですよね? ロンの方が家名なんですよね?」
「ん? そうだけど、その話しした事あったっけ?」
ロンは手を止めて不思議そうにエルザを見る。
「あ、いえ、ブランシェトさんに教えて頂いて、その、知ったと言いますか... 。」
「あ〜なるほど。僕の名前の事を知ってるのはブランシェト先生くらいだもんね。
僕は東方国家の辺境部族の出なんだよ。向こうは名前の呼び方が逆なんだよね。
使ってる文字も随分違うんだよ。」
そう言って地面にエルザの見慣れない文字らしきものを書いていく。
「これなんて書いているんですか?」
「僕の名前。 “龍 錢尼” こう書いてロン・チェイニーって読むんだ。」
「へぇ〜。これがお名前なんですね。呪術文字みたいですね。...あ、すいません変な事言って。」
「いや、変でもないよ。結構的を得てるよ。東方文字って一字一字に意味がある変わった文字なんだ。
ロン・チェイニーのロンってドラゴンって意味があるんだ。僕の部族は龍家って言って、先祖がドラゴンだと思ってる変な一族だったんだ。」
「変じゃないですよ、ご先祖様がドラゴンだなんてロマンチックじゃないですか。」
「そうかぁ? でも辺境部族の人達って変わってて、部族毎に違うんだけど自分達をそれぞれホワイトタイガーだとか、バーミリオンバードの子孫だと思ってるんだよね。」
「へぇ〜。なんだか素敵ですね!」
「そんなもんかね。」
そう言ってまたコツンコツンと岩壁を掘り始めるロン。再び沈黙。しかし、エルザにはここで聞いておかなければならない事がある。
「あの、それから、ブランシェトさんが余り名前で呼ばせ無いって仰ってたんですけど... 。」
ロンは振り返らず、手も止めない。しかし、いつもの調子で淡々と答える。
「うん、嫌いな奴と同じ名前なんだ。」
それだけポツリと呟いて黙ってしまう。
その瞬間エルザは後悔した。きっとこの質問はロンの過去にまつわる話だと直感が働いたのだ。
異国の地で身寄りもなくただ独りでいるのだ、何もない筈ないではないか。
いきなり個人的な事を聞くのは短慮が過ぎた。
「あの、私、知らなくて、その、お名前で呼んでたりして...ごめんなさい... あの、嫌じゃなかったですか?」
「そういや、平気だったな。不思議とエルザに名前を呼ばれても嫌な気持ちにならないね。」
「ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。嫌じゃないんだから。エルザさえ良ければ、これからもチェイニーって呼んでよ。」
「いいんですか!?」
「良いよ。今さら家名で呼ばれてもよそよそしいじゃないか。でも他に人には僕の名前の事あまり吹聴しないでね。」
「はい! もちろんです。」
「じゃあもう少し採掘して、引き上げよう。
この奥に下の階層に降りれる所があるんだ、そっちの方がちょっとだけ大きくて純度が高い魔鉱石が出やすいんだ。」
そう言って奥を指差し「行こうか」と一言エルザに声をかけてうながす。
しばらく進むと確かに下の階層に繋がる縦穴があった。エルザが穴の淵に立って中を覗き込むが、弾かれた様に後退りする。
「チェイニーさん、大変です。この奥に魔物がいます! この禍々しい魔力...オークです。」
「え!? そりゃまずいな。まだ向こうは気づいていない?」
「はい、気づいてはいないです。」
「よし、この洞窟から出よう。早くギルドに報告しなきゃ。」
そう言って二人は踵を返して洞窟の入り口に急ぐ。
もう少しで洞窟の入り口と言う所でエルザは急に立ち止まりロンにしがみつく。
「待って! 待って下さい! 入り口の方からも魔力を感じます! こっちに向かって来てる!」
「オークか!?」
「...はい。この魔力はオークです。二体います... 。」
エルザがガタガタ震えだす。無理もない、この狭い洞窟は一本道だ隠れる場所がない。前からも後ろからもオークが迫って来ている。
絶体絶命だ。
「エルザ、後ろに気を付けておいてくれ。前から来るオークは二体だな。よし... ここでオーク供を迎え討つ。」
「チェイニーさん... でも」病み上がりで本調子ではないでしょう? と思い心配しようとしたが、ロンに制される。
「エルザは少し下がってろ。僕が何とかするよ。」
そう言って両の拳を硬く握り締める。そして少し振り向く。
「もし、魔法でも援護出来るんだったら助けてね。...あ、いや、無理しないでイイからね。もしだからね。」
そう言ってロンは前を向く。
オークニ体か... 相手にとって不足は無い。
むしろ余るくらいだ。
ロンは右足を後ろに引き、いつもの構えを取る。
「今度も勝つさ、必ず。」そう自らの心に刻む。
いつもお読み頂きありがとうございます。
次回は二体一でオークと戦います。
どの様に戦うのでしょう。




