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18 魔女っ子エルザ 解明される

ようやくバヤデルカ山に向けて出発します。


無事辿り着けるでしょうか。

バヤデルカ山はウンドの街を出て、北東の方角に広がるソロル草原を抜けた先にある。


バヤデルカ山の麓には鬱蒼としたニキヤの森が広がっており、その森の中程には神の怒りに触れ崩壊したという寺院の遺跡がある。


本当に天罰が下ったかはさて置き、バヤデルカ山に向かう途中にあるこの遺跡はちょっとした高台にあって見晴らしも良く冒険者達が休息を取るのに人気の場所だ。

ロン達はここで早めの昼食を取ることになっていた。


ギルドの受付にて、何やら訳の分からない事で大騒ぎするエルザをミナがなだめたのだが。


「あ、そうだエルザちゃん、バヤデルカ山に行く途中にあるニケヤの遺跡に寄ったらいいわ。すっごく素敵な所よ〜 見晴らしも良いからそこでロンさんと二人でお弁当でもお食べなさいな。」


「お弁当... 二人で...」そう呟くエルザの耳元でミナは何事かを囁やく。すると殊勝な顔をして聞いていたエルザの目の色が変わる。


そこからは早かった。何を吹き込まれたか俄然やる気を出したエルザに引っ張られて、ロンは今まさにニケヤの森の遺跡に居る。

この魔女っ子は引っ込み思案なのか大胆なのかよくわからない。


とにかく此処で昼食を取らないといけないようなので、パンと干し肉をルックザックから引っ張り出し半分に割ってエルザに渡す。

それを嬉しそうに頬張るエルザを見てロンは今度はもうちょっとマシな所へピクニックに連れて行ってあげようと思う。


遺跡とは言え元は寺院だったからか、この一帯には魔物は出てこない。冒険者が休息する場所に選ぶのも道理に合う。

しかし寺院の廃墟だと考えるとあまり気持ちの良いものでもない。

ここは多分エルザの思っている様な甘美で情緒のあるような所では無い。


パンを食べ終わったエルザが、ふぅと一息ついて遺跡の眼前に広がるソロル草原を眺める。


「チェイニーさん、ありがとうございます。」


そう言ってエルザはロンに向き直る。ロンは黙ってエルザの話に耳を傾ける。


「私、本当にダメダメで、チェイニーさんにこうやって一緒に来て貰わないと依頼もこなせなくて。

今朝も依頼とは全然関係ない自分の事で大騒ぎしちゃって。...すいません。」


そう言って膝を抱え、ため息をつき背中を丸める。


「昔から慌てると自分でも訳が分からなくなってしまって... 戦闘でも足でまといだし、役立たずだし... 本当にごめんなさい!

この前もチェイニーさん私のせいで大怪我したのに、でもまたこうやって一緒に依頼受けてくれてるし... 。」


そこでエルザは意を決したかのように顔を上げロンを見つめる。


「あ、あの! 私、チェイニーさんのお役に立ちたくて... いえ! 立ちます! だから一緒に居たくて...違う! 一緒に冒険したくて... その、あの...。」


ロンはどうしてエルザが自分を慕ってくれているか分からないし、ましてや彼女の思っているような立派な人間でも無い。

ロンはしばし黙考した後、ゆっくり語り出した。


「僕はエルザが思っているような人間じゃないよ。

それからエルザはエルザが思っているような役立たずではないよ。

この前オークと戦って大怪我したのは僕が未熟だからだ、エルザには怖い思いをさせちゃったね、ごめんね。

それにオークとの戦いは、依頼とは別さ。第一あの依頼を完遂出来たのはエルザの力があっての事だろう? もっと自信を持ちな。

まったく、一緒に冒険したいのはコッチのほうだよ。これからもよろしくね、エルザ。」


そう言って手を差し出す。一瞬キョトンとしたエルザだが、みるみる破顔してロンの手を取る。


「よろしくお願いします! チェイニーさん私頑張ります! 私、私... 」


そう言ってわあわあ泣き出した。



しばらくして落ち着いたか泣き止み、さらに落ち込むエルザ。


「すいません... また我を忘れてしまいました... すいません... 。」


「まあまあ。気にするなよ、気にするから余計に空回っちゃうんだよ。」


「でも、いつもそうなんです。緊張したり気持ちが高ぶったりしたら頭が真っ白になっちゃって... 魔物が出て来ても緊張して頭が真っ白になって魔法が出なくなっちゃうんです。」


そう言って手のひらを上に向け差し出す。すると手のひらの上に握り拳ほどの大きさの火球が現れる。


「何でも無い所だったらちゃんと魔法を使えるのになぁ。」


そう言うや火球はみるみる大きくなり、ロンの頭ほどの大きさになる。

そこでロンは前々から感じていた違和感の理由がわかる。


「あのさ、前々から思ってたんだけどさ、エルザって、いつ魔法の詠唱をしているんだ? 洞窟を魔力で照らした時も、魔力探知をした時もそうだったが、余りにも自然に魔法を発動させてたから聞きそびれてたんだ。」


「えっと。 呪文の詠唱って恥ずかしいから、頭の中で詠唱してます。」


「は!? そんな話し聞いたこと無いけど。呪文を黙読って... 。」


「え!? でも、猛り狂う炎の神よ〜とかって大きな声で言えなくて... 。ごめんなさい。」


そう言って火球の周りに氷の矢をいくつも作ってぶつけ、魔法を対消滅させる。


「ちょっとまて。今、何やった!?」


「え、炎に氷をぶつけて消したんです。炎と氷ってそれぞれ反対属性だから...」


「はい、そこ! 反対属性の魔法が何で一緒に出てくるの!」


「えっと、違う次元に魔力を保存していて時空構造の空間領域を一点に向けて...」


「はい! 意味が解りません! ちょっと待てよ、エルザ、君、凄い事してるぞ。」


「でもこれ私の研究の基礎理論の応用で... すいません、また変な事してますか... 」


「いやいや変じゃない。凄い事なの。...え!? ...ぇえ!?」


今度はロンが混乱して来た。頭が爆発しそうだ。何だかこの娘は凄い子だぞ。魔力量も多いし、魔力制御の能力も凄まじい。


「いかん考えがまとまらない。本当に頭が爆発しそうだ。...ん? 爆発?」


昔、ロンがまだ魔術学院の学生だった頃、魔法を暴走させ自爆した事がある。

ロンは魔力量が少なく制御もあまり上手くないので魔法が上手く発動せず、魔力が体内に滞り爆発したのだ。

幸か不幸かその少ない魔力量のお陰で大きな怪我にも繋がらなかった。髪の毛が焦げて少々縮れただけであった。


魔力操作が上手くいかないと魔法は暴走する事がある。


「エルザ、あの雲って何に見える?」


「あの大きな雲ですか? そうですね、お城かな。それで周りに浮かんでる小さなくもが兵隊さん、それであそこの雲がお姫様様。」


なるほど。ロンにはまったくそんな風には見えない。雲は雲だ。

しかし、わかった事がある。エルザはとても感受性が豊かなのだ。繊細で想像力に富む。


「エルザって想像力があるって言われない?」


「あ、言われます。でも魔法の研究って想像力も大切なんですよ。」


なるほど、想像力が豊か過ぎて魔法を無詠唱で発動させるという途方も無い事をやっているのだ。


魔法の発現というものは体内を巡る魔力をこの世界に具現化させたものだ。

例えば、炎の魔法を発動させる為には、体内の魔力という純粋な力を炎の力に変位させなくてはならない。そのための設計図が詠唱なのだ。


魔法が複雑になればなるほど呪文の詠唱は長くなり、力の変位が複雑になってくる。

大型の魔法を発動させる場合などは、詠唱とは別に魔法陣などの補助が必要になってくる。


それをエルザは想像力だけで魔力を炎に変位させている。心象風景が飛び抜けて豊かなのだ。


しかし、その豊かな感受性が邪魔をする時がある。例えば恐怖に駆られた時だ。


想像力豊かなエルザはきっと魔物を前にした時、色々な状況を想像するだろう。攻撃する自分、攻撃される自分、魔物に勝つ自分、そして魔物に負け死ぬ自分だ。

魔物に殺され死を迎える自分を想像する事は恐怖だろう。


ロンだって魔物を前して死を想像する事があるが、それは抽象的で漠然としたものだ。

しかしエルザは違う、豊かな想像力で様々な死を具体的に想像するのだろう。


エルザは感受性と魔力が直結しているから無詠唱で魔法を発動させる事が出来る。

しかし、魔法を想像している時に、また別の強烈な心象、例えば死などを想像してしまうと感性が掻き乱され魔力の暴走に繋がるのではないか。


魔力の暴走でロンは爆発したが、エルザは腰を抜かしてヘタリ込む、そして...


「ん!? まてよ。あの時のエルザのおしっこはツンとした刺激臭だったな。」


ロンはそう言って腕を組み、また余計な一言を発する。


「あの洞窟でしたエルザのおしっこ、あれ結構な刺激臭がしたけど、いつもあんな臭いなのか?」


「なななな何を言ってるんですか! ししし知りません!」


真っ赤になって怒るエルザ。それはまあ当然の事である。


「ふむ、では言い方を変えよう。失禁する前に炎の魔法を放とうとしなかったか?」


「え!? はい、そうですファイアレインを降らそうとしてましたケド... 。」


「そうか、あの臭いはおしっこの臭いに炎の魔法で何か焦げた時の臭いが混じっていたんだ。」


「私のおしっこの臭いの分析はしないで下さい...」エルザは涙目なる。


ロンは再び思考を巡らせる。

あのおしっこには魔力が含まれていたのかもしれない。エルザの失禁は魔力の暴走に対する防衛機能なのではないか。


エルザの魔力量で、暴走した魔力が爆発したらエルザの身体はバラバラに四散してしまうだろう。

それを防ぐためにエルザの身体は強制的に暴走した魔力を体外に排出したのではないか。おしっことして。


「エルザ、僕の推論が正しければ君の失禁は魔力の暴走に対する防衛機能だと思うよ。」


「そそそそんな事は解明しなくていいです!」


エルザが魔法を発動させるためには恐怖に打ち勝つ強烈な意思が必要だ。

余計な事を考えてしまうから体内で魔力が滞るのだ。魔力を炎や氷に変位させ具現化させるにはどうしたら良いのか?


「エルザは意識するだけで魔法を発動させる事が出来るけど、緊張して余計な事を考えると魔力が暴走するみたいだな。

だから緊張した時には、もう一度意識を魔法発動に向けるようにしたらいいんだよな。」


と言って独り言ちるロン。再びエルザに向き直り質問する。


「エルザって集中したい時はどんな事してるの?」


「えっと、あんまり意識した事ないですね。

あ、でも気合いを入れる時は叫びます。

ご飯食べるぞー! とか、寝るぞー! とか。」


「それ、気合い入れないと駄目な事なの? いや、まぁ、いいんだけど。じゃあ、それでやってみようか。」


「えっと。どう言う事でしょう?」


「だから、魔物が出て来て魔法を使わないといけなくなった時に、炎出ろー! とか、氷出ろー! とかって叫ぶんだよ。」


「え? それで魔法が使える様になるんでしょうか?」


「まあ、とりあえずやってみよう。呪文詠唱するより端的で恥ずかしくないだろ。」


「そんなもんなんですかね?」


「ま、そんなもんだよ。そろそろ行こうか。」


そう言ってロンは手早く身支度をして、バヤデルカ山に向かって歩き出す。

その後を慌てて追いかけるエルザは、黙々と熟考していた割には結論が些か雑ではなかろうかとも思ったが、そうやって何でも真っ直ぐ受け止めて真剣に考えてくれるロン・チェイニーが好きだった。



そんなロンが一緒に冒険しようと言ってくれた。こんなに嬉しい事はない。もう失禁についてロンを悩ますまいと心に誓った。


あと自分の精神衛生上よろしくない。

いつもお読み頂きありがとうございます。


次はバヤデルカ山の探索です。


上手くいけば良いですね。

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