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17 魔女っ子エルザ おめかしする

エルザは今日もロン・チェイニーと依頼を受けて冒険したいと思います。


ですが気持ちが空回りして明後日の方向に走り出してしまいます。

その日、黒魔導師エルザは朝からソワソワしていた。どのローブを着て行けば良いのか悩んでいたのである。別に今日が特別な日でもなんでも無く、この後会おうとしているのはロン・チェイニーなので何時もの通りにしておけば良いのであるが、昨日の夜ギルドから帰り、食事を済ませ沐浴し寝床に入ってひと息ついて、この三日三晩を振り返り恥ずかしさに悶絶してから、ずっと混乱しているのである。


看病とは言え密室で男性と二人きりでいた事に今更ながら軽薄な事をしたと頭を抱える。それともう一つ、「チェイニー」と気安く名前を呼んでいた事。知らなかったとは言え、軽々しく男性の名前を呼んでいただなんて恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


はっきり言ってエルザの煩悶はたわいもない事だ。誰も咎めることもないし気にも留めないだろう。しかしエルザは男性に対して全く免疫が無い。

今まで、朝から晩まで分厚い魔術書とにらめっこしていた本の虫のような彼女は、魔法学の学士であり、部屋に篭ってひたすら魔法の研究に明け暮れていた。彼女の相手はもっぱらブラックリザードの尻尾やジャイアントバットの羽根で、目を合わす相手と言えばイビルフロッグの目玉くらいであった。


元々人付き合いが苦手だったから部屋に篭って魔法研究に勤しんでいたのであって、男性とお付き合いなんて以ての外、手も繋いだ事も無い。

たまに言葉を交わす男性と言えば自分の祖父よりも年寄りの枯れた老魔法使いくらいで、同世代の男の子と会話をした事が無い。さらに言うと同世代の女の子ともあまり付き合いが無く、年頃の女の子がする恋愛話やお洒落の話とも無縁であった。


何を思ったか非常に禁欲的な生活を送り、研究に没頭した彼女は若くして様々な魔法現象の発見や魔術理論の構築を成し遂げた。

彼女の魔力保存の法則や超魔弦理論は、魔法学会に魔法の在り方を一変させる発見として衝撃を与えた。余談だが、彼女の魔力の総量が多いのはこの研究のためである。


そうこうしているうちに、魔法界の将来を嘱望された堅物でウブな少女が出来上がってしまった。



そんな黒魔導師のエルザだが、何を思ったか周囲の期待とは裏腹に冒険者となり、初仕事でロン・チェイニーと出会い、あんな目に遭い、紆余曲折を経て再びロンと出会ったのであった。


そして、この度の件では朝から晩まで三日間ロン・チェイニーとはいえ男性と過ごし、あまつさえ甲斐甲斐しく看病をしていたわけで、これは彼女にとって晴天の霹靂といっても過言ではない。


エルザはあの三日の間に物言わぬロン・チェイニーの顔とにらめっこしながら色々と思いを巡らしていた。


狭い世界で持て囃され有頂天になっていたが、いざ世の中に出てみると自分は非常にちっぽけな存在だった。冒険者になっても軽く偉業を成し遂げられると高を括っていたが、いざ現場に出てみると魔物を目の前にしただけで震え上がって何も出来ず、他の依頼を受けようにも今まで魔術書しか読んでこなかったために一般常識から欠落しており、受けれる依頼が無く、結果として草むしりくらいしかする事が無かった。


そんな役立たずの自分に絶望している時にロン・チェイニーが声を掛けてくれた。ロン・チェイニーは他の冒険者と違って粗野な感じが無く、構える事なく話す事が出来たので思わず感情をぶつけてしまったが、どう言う訳か受け入れてくれて、あまつさえ自分のために依頼を受けてくれた。


その依頼にしても自分の黒魔導師の特性を活かせる採取依頼で、行く行くは独り立ち出来る様なものを引き受けてくれていた。


そんな時にオークが現れた。やっぱり震え上がって何も出来ず、しまいには腰を抜かしてしまった。そんな自分と違ってロン・チェイニーは果敢にオークに戦いを挑む。そんな戦いの中で最も後悔したのは、ロン・チェイニーが背中を斬りつけられて倒れ伏した時だ。

倒れ伏した彼と目が合い、その目の中には怯えて震える自分が居た。しかし、その怯えて震える自分が居るロン・チェイニーの目は、戦う決意に鋭く光っていた。


ロン・チェイニーは再びオークと相対する。自分が魔法で援護出来れば彼はこんなに苦戦し無いだろうし、腰を抜かしてヘタリ込まなければ彼と逃げる事も出来ただろう。


こんなポンコツな自分を守り抜いてロン・チェイニーは死の淵を彷徨った。


ロン・チェイニーは自分に厳しく他者に優しい。自分を救ってくれた彼に対して出来る事は、寝ている彼の顔とにらめっこするだけだ。不甲斐ない。


せめて目覚めるまで側にいて、目覚めたらちゃんとお礼を言おう。そう思っていたが、目覚めた彼を前にして、結局大泣きして何にも伝える事が出来なかった。


その後もノコノコ中庭にまで付いて行ったが声を掛ける事も出来ずにマゴマゴしているうちに、彼は去って行ってしまった。

その後にブランシェトから聞いた衝撃の事実。気安くチェイニーさん、チェイニーさんと呼んでいた自分に雷を落としたい。


そんな事を悶々と長々と逡巡しながらローブを選んでいる。

そう言うややこしい娘がエルザなのである。


そのローブをあれこれ選ぶ理由もこれといって無く、どんな顔をしてロン・チェイニーに会えば良いか分からないので現実逃避しているだけなのだが。


「ローブなんて真っ黒で、どれを着ても一緒よ!」


結局出した結論がこれ。そして次に手をつけたのが化粧。


「いつもと違うお化粧で、...いつもはお化粧してないケド。チェイニーさん、いえロンさん? の心を掴むの!」


気が動転していて趣旨が明後日の方向に転がっていってしまっている。


「魔力保存の法則に従ってイビルフロッグを触媒に白粉と口紅を精製したから、汗をかいても落ちないわ! これならオークが出て来ても大丈夫!」


もはやどういう理屈で化粧をしているのか自分でも分からなくなっているが「よし! これで大丈夫よ! 大丈夫ね! いってらっしゃい! 」と鏡の前で自分との会話を終え、家を飛び出す。


気がはやってギルドまで全速力で駆けて行ったので汗だくになったが、流石というかエルザの精製した魔法化粧は落ちていない。


昨日は結局、ロン・チェイニーに今日も一緒に依頼を受けてくれるのか確認を取れなかったので、ギルドの前でソワソワと待ち伏せすると言う不憫な子になっている。


しばらくすると大通りの向こうからフラフラとこっちに向かって走って来るロン・チェイニーが見えた。途端にエルザの顔がほころぶが、当のロンはギルドの前に着くいなや盛大に胃の内容物を吐き戻す。


「ぎゃあああ! チェイニーさん大丈夫ですか!」


「うぇ... 流石に三日寝込んだ後にいきなり走り込むのは無謀だったか... 。」


「チェイニーさん、コレ使って下さい」そう言ってエルザはハンカチを差し出す。


「お、何だ!? ありがとう。あぁ、おはようエルザ。ん?」


そう言って受け取ったハンカチで口を拭うロンは、一息ついて「そうだった」と切り出す。


「何か丁度いい依頼あるかな? とりあえずギルドの受付に行ってみようか。」


そう言ってフラフラとギルドの中に入っていくロンを追いかけてアワアワついていくエルザ。何とも珍妙な取り合わせである。



「あ! おはようございますロンさん、お身体良くなられたんですね! あの時ここで倒れてられたので、心配していたんですよ。」


「いやぁ心配かけてたんだね、ごめんよ。それはさて置き、また鉱石採取の依頼を受けようと思うんだけども、何かあるかな?」


「エルザちゃんと一緒に受けるんですね」と嬉しそうに受け答えするミナ。

仕事が無いと落ち込んでいるエルザを心配していた時にパーティを組んで、落ち込んでいるエルザを引っ張り上げてくれたのがロンだ。いまどきそんな冒険者は中々いない、ミナはそれが嬉しかった。

そんなロンの後ろにチョコンと控えているエルザを見つける。


「あら! エルザちゃんも、いた、の...ねって、えぇ! どうしたの!? その顔!」


エルザの顔を見て驚く。真っ白に塗りたくった白粉に左右ズレた眉、目の周りは真っ黒で唇は血塗れたように真っ赤でまるでゾンビだ。


「え!? あの、お化粧を... したんです... ケド... 。」


消え入りそうな声でエルザが答え、ロンがとどめを刺す。


「あ、それ化粧だったのか。魔術印でも施してるのかと思ってたよ。」


ロンの不粋ここに極まれり。エルザは真っ白な顔の上からでも赤面しているのが分かるほど狼狽し、今にも泣き出しそうに目を潤ませる。


「あの... あの... 」と狼狽え小さく震え出すエルザに駆け寄るミナ。


「大丈夫よエルザちゃん、こんなのチョチョっと直せば良くなるから、ね、安心して。」


「グス。これ... 落ちないんです。魔法で作ったお化粧で、汗とか水とかで落ちない様にしたんです... ど、どうしよぅ... 」


「え!? 何それスゴイ! 私も欲しい... じゃなくて、大丈夫、ちょっとこっちに来て。」


そう言ってミナは振り向きざまにロンの尻に蹴りを入れて、エルザを連れて受付の裏へ引っ込む。



受付の裏はミナの居住空間になっている。

中は以外に広く綺麗で、風呂に洗面所に台所も完備していて受付の裏がこの様な居住空間がある事にエルザは驚いた。


ミナは椅子にエルザを座らせると化粧道具を持って来て、白粉を落とそうとする。


「あら、本当に落ちないわね。この魔法、分解出来る?」


「あ、そうでした」そう言って懐から小瓶を出す。


「これでこの次元に帰ってくるハズです... 」


「アラ、本当だ。次元とか難しい事は解らないけれど、このお化粧スゴイわね。」


しきりに感心するミナにエルザは首を振る。


「でも、魔術印を施した顔みたいになっちゃうから...」


そう言ってうつむいて目を潤ませ黙ってしまう。そんなエルザを見てミナは「かわいいなぁ、私もこんな乙女な時があったなぁ、遥か昔だけど」とニコニコ呟く。


「お化粧なんて、ちょっとしたコツと慣れよ。エルザちゃんもすぐ出来る様になるわよ。それにエルザちゃん元が良いから素材を活かした薄化粧でいいのよ。」


「こうやってチョチョイね」と言ってエルザに化粧を施し手鏡を渡す。鏡を見たエルザは無邪気に微笑み「きれい...」そう言って泣き出す。


今まで自分の容貌に無頓着だったエルザは普段は化粧をしていない。

エルザは化粧せずともそれはそれで可愛らしい少女なのであるが、薄っすら化粧をした今の顔は少し大人びて綺麗だとミナは思う。


「あぁ、涙でお化粧落ちちゃうわよって、落ちないのか。スゴイわねこのお化粧。」



無人の受付の前で手持ち無沙汰でぼんやり佇むロンの元に二人が帰って来た。


「ほらロンさん見て! エルザちゃんとっても綺麗になったでしょう!」


そう言ってズズッとエルザを前に押し出すミナの声は非常に明るいが、目がまるで笑っていない。これは暗に褒めろと言っているのだなとロンは理解する。


「おっおう! 可愛いじゃないかエルザ。何の魔法だ?」


ミナを見ると眉間に深い皺を寄せ青筋を立てている。最後の一言が余計だったか。


「ロンさん〜。魔法じゃないですよ〜。エルザちゃんの元が良いんですよ〜。」


ここは余計な事は言わずミナの言う通りにしている方が良かろうとロンはそれに追従する。


「それもそうだな。エルザ... うん。」


余計な事は言わないでおこうと口をつぐむ。当のエルザはニコニコしている。


「えへへ、ミナさんの魔法ですよ。」


魔法で良かったようだ。ロンはホッと一息つく。



「それでは、依頼の方を調べてみましょうか」そう言ってミナは依頼表を広げる。ロンはここまで来るのは長い道のりだったと内心ため息をつきつつ依頼表に目を落とす。


「また魔鉱石の採掘依頼が何件かあるな。お、このバヤデルカ山の魔鉱石採取がいいかな。」


「魔鉱石の採取、気をつけてくださいよ。」


「まあ、もうオークなんて出て来ないだろう。それにここの魔鉱石は火の属性持ちだからエルザ魔力探知が役に立つんだ。」


そこでロンは前回の眠りの洞窟で採取した魔鉱石の事を思い出した。依頼された数以上に採掘した筈だ。


「そういやこの前の魔鉱石はどうしたの?」


「あ、私が預かっています。どうして良いか分からなくて。」


「エルザが預かってくれてるのか。ありがとう。じゃあ今回の依頼で採れるだろう余剰分と合わせて鑑定して貰おう。結構良い値になるんじゃないかな。」


「はい!」と元気に返事をするエルザ。


「よし、それじゃあ出発しましょうかね。行こうエルザ。」


「はい!行きましょうチェイニーさん!」


そこでまた自分がチェイニーと呼んでいる事に気がつく。


「ぎゃあああ!またチェイニーさんって呼んでるー!」


大騒ぎして頭を抱えだすエルザに当惑するロン。


「いや、あってるよ。僕はロン・チェイニーだよ。チェイニーで良いんだよ。」


「良くないんです! チェイニーさんだなんて... そんな... そんな... 何てお呼びすればいいでしょう?」


「え。チェイニー?」当惑するロン。


「それじゃ駄目なんですー!」



なかなか不憫な魔女っ子エルザの苦悩は続く。


いつもお読み頂きありがとうございます。


ロンの冒険はいつ再開出来るんでしょうね。



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