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16 ロン試される

はたしてギルドマスターは何故ロンを呼んだのでしょう。


魔物を殴って回っているからでしょうか?

ギルドの中庭には、ロン・チェイニーとトムが居る。さらにエルザとブランシェトとグリエロも居る。結局、皆中庭に再集合する事になった。


グリエロはトムがロンを中庭に呼び出した事にピンと来たのである。ブランシェトは単純にロンが心配だからだ。エルザは何故付いてきたのかは自分でも分からない。


トムが口火を切る。


「さて、ロン君。君は最近あっちこっちで魔物を殴り回っているそうじゃないか。」


トムはニコニコ微笑んでいる。グリエロは、やはりそう来たかとトムの出方を伺う。トムは細かい事をクドクド言う人物では無いが、ギルドマスターとしてロンに苦言を呈するかもしれない。しかしトムは元々は強さを求めて上の上の戦士にまで上り詰めた男である。グリエロは例の悪癖が出ないか心配だ。トムとは長い付き合いだが、いつも浮かべている笑顔の奥には戦闘狂の顔を隠している。


グリエロの心配を察したのかトムは


「いや、別に文句を言おうと言う訳ではないよ。オークを殴って倒したという殴打の技術が見たいんだ。純粋な興味だよ。それに新しい戦闘職が生まれるかもしれないだろ? そうなったら数年振りなんじゃない?」


駄目だ悪癖の方が出そうだ。グリエロの心配を察したブランシェトも不安になってきたようだが、当のロンはどこ吹く風だ。


「いえ、そんな大層な物では無いと思うんですが。」


そう言ってロンは肩幅に開いた脚を片方後ろに下げ半身になり、引いた拳を右胸の前に持って来る。


トムは「へえ」と一言漏らして。笑顔でロンを見ている。


ロンが「行きます」と一言呟いた瞬間、グンと腰が回転し凄まじい速度で拳が前方に飛ぶ。


目を丸くするトムを尻目に、スッと元の構えに戻るや再び腰を回転させ、今度は蹴りを一直線に突き出した。


「スゴイ! 見た事の無い動きだね。特に脚の動き、アレはなに? 攻撃の動作なの?」


「はい、爪先を相手に当てる蹴りです。」


と、言うが早いかトムはロンの前に躍り出た。


「それ! 面白いね! それで俺を攻撃してくれない!?」


思ってもいない展開に、ロンは心配になりグリエロを見るが、グリエロは諦観の念と言った面持ちでロンに頷くばかり。


「いいんですかね?」「いいんです!」という不毛なやり取りの後、ロンは静かに構える。


ロンは一歩踏み込んで拳を一閃させるが、トムは事もなげにヒラリと躱す。

ロンはさらに踏み込んで今度は蹴りを放つが、これもトムは大きく後ろに飛んであっさりと躱してしまう。


ロンは地面を蹴って自身の出せる最速の拳をトムに放つ。それも躱されるが、すかさずもう一歩踏み込んで体を変えて拳を放つ。何度も体を入れ替えて突きを放つがことごとく躱されてしまう。


何とか攻撃が届かないものか。突きを連続で放つと言っても体を入れ替えて構えを変えて突いているので連撃というほど攻撃の密度は高くない。


連撃を放つには構えを入れ替えているひまは無い。腰の回転だけで左右の拳を出さなければならない。ロンは右脚を引き半身になって構える。いつもはこの構えだと右拳を放つが、左拳から放てば連撃になるのではないか。ロンはそう考え一歩踏み込む。先ずは左拳を放つ躱されるが構わず左拳を引く。その引く力を利用して腰を反転させ右拳を放つ。思いのほか速度が乗るのでトムはおろかロンも驚く。不意をつかれたトムだがこの攻撃も躱されてしまう。

だがロンもそんな事は折り込み済みだ、右拳を出した腰の勢いでさらに右脚で蹴りを捩じ込む。ロン自身も思いも寄らない三連撃だ。


が、しかし蹴りを放った先にはトムは居ない。それ以前にロンの目の前から消えてしまった。


その時、コツンと後頭部を叩かれる。

振り向くとニコニコしたトムがいる。


ロンの背中に冷たい汗が一筋流れる。今の流れるような動きだけで分かる。トムの実力の高さを。これが実戦ならロンはすでに何回も死んでいる。オークを倒して少しついた自信が早々に崩れ去ってしまった。

しかし、驚いたのはトムも同じだ。


「スゴイね。 魔物を殴るだなんてなんとも無作法な事をしているもんだから、もっと児戯にも等しい稚拙な物を見せられるかとおもったんだけれど、なかなかどうして真っ当な技じゃあないか。」


「それって褒めてるんですかね?」


「もちろん! 特にその脚。蹴り? 見た事無い所から攻撃が飛んで来たから、来るのが分かってなかったら危なかったよ。」


「でも全て躱されてしまいました」そう言って肩を落とすロン。


「そりゃあ年の功ってやつだね。経験の差だよ。なんせ君の産まれる前から冒険者やってんだから。」


そう言って胸を張るトム、その言葉に驚くロン。ついでにエルザも。


「え!? ギルドマスターっておいくつなんですか?」


突然、話しに食いついてくるエルザ。年頃の女の子の琴線に触れるのも無理はない、トマス・クルス・メイポーサーは、柔らかな栗毛の髪に碧く光る大きな瞳。それに整った鼻筋と形良い小さな唇と綺麗な顔立ちをしている。見た目は二十代の半ばに見える、きめ細かい肌の持ち主でもある。


「ふふふ。三十五歳だよ。」と得意げに答える。


「ええ! そのお肌はどの様にお手入れしてるんですか!?」


エルザの空気を読まない切実な問いに、トムは唇に人差し指を当て「後で教えてあげるね」と、優しく答えてあげる。


「ところで、ロン君それって何て言う職業になるの?」


「拳法家と名乗ろうと思います。でも、パッと名乗って認められるものなのでしょうか?」


よく考えてみれば、そう簡単に新しい職業を作れたら、どこもかしこも聞いた事もない新しい職業だらけになってしまうのではあるまいか?


「新しい職業を登録するのは簡単だよ。ギルドの受付で職業台帳に必要事項を書き加えるだけだから。実は皆んなに知られてないだけで変な職業っていっぱいあるんだよ。ただ後継者がいないまま創始者が死んじゃったりすると、その職業も消滅するからね。人知れず生まれて、人知れず消えていく職業って結構あるんだ。」


その昔、大鋏剣なる只々大きいだけで使いづらい鋏を剣と称して大鋏剣士と名乗った冒険者がいたが、三日で大鋏剣士は廃業したそうだ。


「でも、ロン君の拳法家はまだまだ研鑽の余地はあるけれど、実戦的な動きをしているよ。もっと色々な状況に対応出来る攻撃の型が出来ればさらに強くなるよ、君は。楽しみだなぁ。」


「それじゃ、頑張ってね」と言ってさっさと行ってしまうトム。取り残されるその他の面々。ふう、と溜息をつくグリエロ。


「ロン、お前さんエライのに目をつけられたな。だが、アイツが珍しくああ言うんだ、お前これからまだ強くなる可能性があるぜ。まあ、そうなったらあの戦闘狂そのうちお前に挑んで来るな。気をつけろよ。」


そう言ってグリエロも去って行く。

それを見送ったブランシェトがロンを見る。


「拳法家ね。あなたが決めた事だからとやかく言わないけれど、気をつけるのよ。無茶しないでね。それから今日はもう帰って休みなさい。今朝まで寝込んでいたんですからね。」


そう言ってロンを中庭から追い出す。


後に残ったのは女性二人だ。


「エルザちゃんもありがとう。ずっとチェイニーの看病をしてくれてたものね。あなたも疲れているでしょう、ゆっくり休むのよ。」


そう言ってブランシェトはエルザに回復魔法をかける。エルザの身体から倦怠感がスッと抜ける。かなり上位の癒しの術だ。


「これは頑張ったご褒美ね」と優しく微笑む。その笑顔を悪戯っぽい微笑に変えてエルザに問いかける。


「そう言えばエルザちゃんあの子をチェイニーって呼んでるわね。皆んなみたいにロンって呼ばないの?」


「え!? まだ出会ってそんなに経ってませんし、そんな殿方を馴れ馴れしく名前で呼べないって言うか... いきなりロンさんって呼んで変に思われないかとか... えっと。」


「エルザちゃん、ずっとあの子を名前で呼んでるのよ。」


その言葉にキョトンとするエルザ。


「え!? ロン・チェイニーさんですよね。ロンが名前じゃないんですか? 」


「違うわよ。あの子この辺りでは珍しい黒い髪に黒い瞳でしょ。元々は東方国家の出身なのよ。あちらでは家名を先に名乗るんですって。だから本当はこちらでは、チェイニー・ロンなのよ。」


「えええ」と狼狽して赤面するエルザを見て、初々しくて可愛いわねと思い微笑むブランシェト。


「でも、これからもチェイニーって呼んであげて。あの子ずっと独りぼっちだったの。それにチェイニーってあんまり他人に呼ばせないのよ。エルザちゃんにずっとチェイニーって呼ばせてるの、実は珍しいのよ。

それにあの子率先してパーティを組む子でもないし、あなたの事、気に入っているんじゃないかしら。」


チェイニー自身も気付いて無さそうだけど、とも思うブランシェト。

「チェイニーの事よろしくね」そう言ってニコニコしながら去っていってしまった。



独り取り残されるエルザ。


「えええ!? 明日からどんな顔でチェイニーさんに会えばいいの? いやロンさん? 今さらロンさんもよそよそしいな... でもチェ、チェ、チェイニー、さん、ううう... 」


そこでハッと気付く。


「トムさんにお肌の事聞いてないー!」



いろいろと心引き裂かれるエルザである



いろいろとお話しが広がりそうです。あらぬ方向に。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

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