15 ロン・チェイニー、オークとの因縁を知る
オークとの戦いに勝利したのもつかの間、新たな問題が浮上してきます。
ロン・チェイニーが目を覚ますと見知らぬ部屋に居た。
白くて殺風景な部屋の真ん中に置かれたベッドの上で寝ている。ムクリと上半身を起こし、ふと横を見るとベッドの傍らで椅子に座ったまま、うつらうつらと居眠りするエルザがいる。
エルザに声を掛けようと手を伸ばすと包帯でグルグル巻きになっているのに気がついた。両手とも包帯がまかれている。よく見ると白く清潔なローブに着替えている。
「ん? 何だこれは!? どうなってんだ?」
ぶつくさ独り言ちるとエルザが目を覚ました。
「ふぁ!? あ! チェイニーさん! 目が覚めましたか! よかった〜うわーん!」
喜びながら泣きだした。エルザが、わあわあ泣きだすと部屋の扉が開いてドヤドヤと大勢の人が入って来る。その中にはグリエロもいる。
その中の一人の男が前に進み出てロンのベッドの脇にやってくる。
「やあ、大勢で押しかけて済まないね、ロン・チェイニー君。私の名はメイポーサー。トマス・クルス・メイポーサーだ。トムって呼んでね。よろしく。」
そう言って男は、爽やかな笑顔で握手を求めてくる。しかし、その名を聞いてロンは混乱する。
「え、メイポーサー、さん? え? ギルドマスターの?」
「そうだよ。ウルド冒険者ギルドの長だよ。トムって呼んでよ。」
「え? あ、はい。トムさん。じゃなくて、何でギルドマスターが来てて、それにここは何処?」
ますます混乱するロンはベッドの上で狼狽する。その醜態を見て、飽きれ顔の白魔術師がベッドの脇に歩み出て来る。
「ここはギルドの医療室です。チェイニー、あなたは大怪我をして帰って来て、ギルドの受付で気を失って倒れたのです。まったく、治療するのは大変でしたよ。右手は不浄の毒で腐りかけてましたし、背中と肩の傷から血を流し過ぎて、もう少しで失血死するところでした。
治療の後あなたは高熱を出して三日三晩寝込んでいたのです。そこのお嬢ちゃんに感謝なさい。あなたに付きっきりで看病していたんですからね。」
とうとうと叱られる。それを聞いてか聞かずか目を丸くするロン。
「先生!? ブランシェト先生? 何で此処に?」
「お馬鹿! あなたの大怪我を治癒出来るのは私しか居なかったからです! まったくもう、出来の悪い弟子を持つと苦労するわ。」
「あの、怒られついでに申し上げますと。僕、白魔術師を近ごろ辞めまして。」
「知ってます! それで何をしてるかも!まったく心配ばかり掛けさせて! この大馬鹿者!」
そう言ってロンを優しく抱きしめる。
「助かって何よりでした、チェイニー。本当に良かった。」
ロンの顔に彼女の髪がかかる、とても良い香りがする。この香りも久しぶりだ。今まで何度も嗅いだ。何度も心配を掛けさせたから。
絹のような光沢を持つ金色の髪に透き通るような白い肌の美しい白魔術師ブランシェト。あどけない少女のような顔をしているが、ロンの百倍は長く生きているエルフである。
ロンは不思議に思うのだが、ブランシェトは「上の上」の白魔術師だ。なのに何故かウンドの様な片田舎の魔術学院で教鞭をふるっており、その小さな魔術学院を一流の学舎にしていた。遠くからブランシェトに白魔術を学びに来るものが多くいたものである。
ロンは何とか潜り込んで通っていたその魔術学院でブランシェトと出会ったのだった。ロンは大変真面目な生徒であり、厳しく落伍するものが多い事で有名なブランシェトの講義にもしがみついて受講していた。
ただ物覚えのすこぶる悪い生徒で成績は大変悪かった。だが身寄りが無く若い身空で借金を抱えて貧困に喘ぐも、日々の厳しい魔法修業を真面目に一途に行っているロンを不憫に思ってかブランシェトは何かと心配をし面倒を見てくれたのである。
そんな訳でロンにとってブランシェトは大変身近な、そして恩のあるエルフなのである。
ただ学院を卒業し冒険者になってからは上の上の白魔術師であるブランシェトと中の下であるロンは引き受ける依頼や仕事に格差があり一緒にパーティを組む事が無かったため、近頃は疎遠になっていたのである。
「おい、ブランシェト。感動の再開を邪魔して悪いが、ロンに話を聞きてえんだが。」
そう言ったのはグリエロだ。神妙な面持ちでロン傍らにやって来る。
「ロン、お前さんオークとやり合ったってのは本当か?」
「あぁ、カラボス山の眠りの洞窟に鉱石採取に行ったんだけど、よもやオークが出て来ると思わなかったよ。滅多に魔物が出ない洞窟で、滅多に出合う事のない魔物に合うとはまったく運が無いよ。」
「それは本当にオークだったのかい?」
トムが念を押して聞いてくる。
「間違いないと思います。オークは二年前に隣国へ遠征に行った時に遠目に見た事がありましたが、それと特徴も同じでした。あの豚面はオークです。疑うようでしたら洞窟まで行って確かめて頂けたら。」
「いや、確かめに行ったんだがオークの影も形も無かった。」
「そ、そんな...」エルザが確かにオークを倒したと訴える。その言葉にトムは深く頷く。
「いや、争った形跡はあったんだよ。ただオークの死骸は無かった。実は気絶していただけで生きていて、君たちが洞窟を去った後に息を吹き返して、その場を去ったのかもしれない。」
その発言にエルザは首を振る。
「いえ、それは無いと思います。完全に顔面が潰れて事切れていました。もし動いたんだとしたら、例えばアンデットになったとか...? 」
「いや、状況から言ってその可能性は極めて低いだろう。そうなると仲間がいて死骸を回収したと考えるのが妥当だろうね。」
そう言うと部屋の中に重々しい空気が流れる。部屋に入ってきた一団は皆一様に神妙な面持ちで目を合わせる。この状況がいまいちピンと来ないのはロンとエルザの二人だ。
「あの、どうかしたんですか? この地方ではオークは珍しい魔物ですけど、まぁ僕はさて置き、倒せない魔物じゃありませんよね? 仲間がいるとしても討伐隊を編成すれば... 」
「ロン、お前さんは... まぁ知らないか。」
そう言ってロンの言葉を遮ったのはグリエロだ。
「この近辺にオークが出ないのは俺たちが五年前に駆逐したからだ。」
「え!? それってどう言う... 」
「流石のお前さんもジリヤの街が無くなったのは知ってるだろ? 」
「うん、まぁ魔物の群れに襲われて壊滅したって事くらいしか知らないけど... 。当時すごい話題にはなったものの、その時まだ学生だったからか、あんまり情報が入って来なくて。」
「あん時は、まぁ、あんまり口に出したく無かったんだよな大人達は。特に冒険者達はな... 。
...ジリヤはな、オークに滅ぼされたんだよ。」
「えぇ! 何でまたオークなんかに!?」
「オークキングだよ」ロンの疑問にそう答えたのはトムだ。
「東の古森にオークキングが発生し、この地方のオークをまとめ上げ、総勢五百匹を超えるオークの大隊を率いて進行して来たんだ。」
ウンドの遥か東にあるスタイリの古森に召集されたオークの大隊は西に進行し、その先にあるジリヤの街を蹂躙した。
ウンドから東へ馬車で二日、峠を越えた先にあるジリヤの街が戦場と化した。ジリヤ周辺の街の冒険者達だけでは手に負えず、少し離れたウンドの冒険者ギルドにも応援の要請が来た。
「もちろん王都まで応援要請の早馬も出したけど、ここから王都まで十日かかるからね。往復で二十日、王宮騎士を編成してたら応援の到着まで一月はかかる。それだけ時間があればオーク供は周りの街や村を巻き込んで、果てにはウンドまで進行してくるだろうからね。他の街や村ひいてはウンドを戦場には出来ない。」
オークキングの率いるオーク達は、その数もさる事ながら訓練も施され練度が高く、組織立って攻めて来ており、多くの冒険者パーティが壊滅したと言う。
「アイツら何でも食うからね、酸鼻を極める戦場だったよ。
ウンドの冒険者ギルドは危険度を鑑みて上級パーティだけを編成して援軍として参加したんだけど、それでも何人も仲間がやられたよ。その中の生き残りがこの部屋にいる連中さ。」
オークは何でも食す上に繁殖力が高い。とは言えオークだけの集団ならばさほど恐れる事は無い。しかし時折、突然変異体としてオークキングが発生する。この特殊個体は強く、知性が高く、精度の高い武具を作り、他のオークに訓練を施し軍隊を作る。こうなると大変危険なのである。人間の裏をかく事もしばしばあり、過去に壊滅した街や都市は数多ある。
本来はオークキングが軍隊を率いる前に発見し、殲滅戦を仕掛けないとならないのだが、普段人が踏み入らないスタイリの古森で密かに軍隊を結成していて発見が遅れた。
夜の闇に紛れジリヤの街を急襲し、あっと言う間に制圧してしまった。そこから街を要塞化し籠城したのだ。それ故に戦いが混迷し多くの血が流れた。
「ひでえ戦場だったぜ。何とかオークキングを見つけ出して始末したがな、肘と膝をやっちまった。」
グリエロがそう言って肘をさする。
「まぁ、オークキングさえやっちまえば、いくら練度が高いとは言え所詮はオークだ指揮系統が乱れる。後は烏合の集さ。そっからは殲滅戦だ。」
忌々しそうな顔をしてグリエロが話すのを引き継いでトムが続ける。
「そうなんだ、その時にオーク達は根絶したはずなんだけどね。...だから可能性は低いけれど... 今回のオークがあの時の残党だったとすると大変だ。オークキングがいないとは言え奴らは軍隊の作り方を知っている。訓練の仕方、行軍の仕方、作戦の練り方を知っている。すなわち戦争の仕方を知っているんだ。」
そこでトムは決意を目に宿らせる。
「オークが死骸を回収したって言うのが気になるんだ。まだオークは自分達の存在を気付かれたく無いって事だろうからね。何か企んでいるのか。また戦争を起こそうとしているのかもしれない。そうなる前に必ず止める。同じ悲劇はくりかえさない。すぐに調査隊を編成しよう。」
そう言うが早いか、後ろに控えていた冒険者達に指示を出して一旦解散する事になった。
後に残ったのは、トムとグリエロとブランシェトの三人に、ロンとエルザだ。
「ロン、お前さんが無事でなによりだったぜ。もうオークにやられる奴は見たくねえ。」
「グリエロが五年前に冒険者を引退したって言うのはオークキングとの戦いのせいだったのか。なんだ活躍してたんだな。」
「いや、活躍なんてしてねえ。あんなのは負け戦だよ。嫌な思い出だ。」
「え、でもオーク軍を全滅させたんだろ? 勝ち戦だったんじゃないのか?」
不思議そうな顔のロンに、苦い表情を見せるグリエロ。
「ジリヤの街が壊滅して住人の殆どが死んでんだ、とても勝ち戦とは言えねえ。第一オークキングの発生を見逃し軍隊の結成まで許したんだ、こいつは冒険者ギルドの失態だ。俺達の怠慢が生んだ事態だと言っても過言じゃねえ。」
「グリエロ、あまり自分を責めないで。あなたの所為ではないわ。それにあなたはあの子達の面倒をよく見てるじゃない。」
ブランシェトがグリエロを穏やかにたしなめる。それでもグリエロは納得のいかない様子だ。
「あんなもん面倒を見てるうちにゃ入んねえよ。ちょいと剣術やら何やらを教えてるだけだ。」
「ん? 中庭で訓練してる孤児達ってその時の?」ロンがふと疑問を挟み込む。
「あら、チェイニーも知っていたの? あのオークキングとの戦いの後、ジリヤの周辺の街々は孤児達を引き取ったんだけど人数が多くてね、ウンドでも結構な人数の子達を引き取ったの。そこからグリエロはずっとあの子達の面倒を見てるのよ。」
「だから! そんな面倒見るとか大層な事はしてねえんだよ。ただ、冒険者の技術があればどこいっても仕事にゃ有り付けるからな。アイツら真っ当な大人にしてやらにゃあな... 。」
その言葉に感心したのはエルザである。
「グリエロさんって立派な人だったんですね。私、気絶してる印象しかなくて。」
「その話もやめてくれ! 悪かったよ! 本当に悪かった。反省しているよ... 。」
グリエロが平身低頭でエルザに謝る。それを見たブランシェトがさらなる追い討ちを掛ける。
「あ。聞いてるわよ。あなた、この子とチェイニーを危ない目に遭わせたんだってね。もしチェイニーに何かあったら聖なる光で焼き殺すわよ!」
「だから悪かったって言ってんだろ。つーか何でお前がしゃしゃり出てくんだ!」
話がおかしな方向にズレて行きそうな所でトムが手を叩きながら入って来る。
「はいはい。今日はもう解散だ。ロン君も病み上がりなんだから、周りが大騒ぎしてはいけないよ。ロン君も休んでいる所すまなかったね。」
「あ、いえ、そんな。僕もそろそろ行きますので。それでは。」
と言ってロンは無造作にベットから降りる。
「冷た! いけね裸足だ。すいません僕の履物どこですかね?」
「ちょっと待て。ロン、お前さん何で立って歩けてるんだ!?」
目を丸くするグリエロに慌てて駆け寄るブランシェト。
「チェイニー! あなた後十日は寝たきりの筈よ。無茶をしては... アラ? 体力も精神力も回復してるわね!?」
状態感知の魔法を使ったのか、そう言ってロンの身体をまさぐり不思議そうな顔をする。
「せ、先生やめて下さい。僕はもう大丈夫ですよ。一人で帰れます。」
「すげえなロン。前々から思ってたんだが、筋肉の付き方といい体力の回復速度といい、何食ったらそうなるんだ?」
呆れた顔でロンを見るグリエロ。
「何って、最近はキングディアの一物とキラーエイプの睾丸しか食べてない。」
「はぁ!? お前さんそんなモノ食ってんのか!?」
さらに呆れるグリエロに赤面して下を向くエルザとブランシェト。トムは妙に感心している。
「安いし、精力がつくからって勧められてたんだ。そう言えばこれを食べ始めてから、確かに体力もつくしの回復も早いし、何より疲れない。効いてるのかな?」
ポカンとするグリエロにブランシェト。その後ろで真っ赤になってますます小さくなるエルザ。
さらにそれを見てポカンとするロン。
トムは一人嬉しそうな顔でロンを見ている。
「ロン君、君は本当にとても面白いね。君には色々聞きたい事があるんだ。どうやら元気そうだし、この後ギルドの中庭に来てくれないか?」
「はい、そりゃもちろん行きますが。」
「よし、決まりだ! じゃあ解散!」
そのギルドマスターの一声で、何とも奇妙な空気のまま本当のお開きになった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
お読みくださって、いつもありがとうございます。
頑張って書いていきますので、応援の程をよろしくお願い致します。




