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10 ロン・チェイニー絡まれる。

ロン・チェイニーは昨日の事もあり、自分の評判が気になります。


お陰で、めんどくさ事に巻き込まれますが、自分を見つめ直す事にもなります。



ロン・チェイニーの職業名をどうするかと言う不毛な議論を交わした翌日。いつものように早朝の走り込みをしてギルドへ向かう。


いつもはそのまま中庭へ向かうが、昨日の事が少々引っかかり受付の方に足を向ける。


早い時間帯なので、幸いにも受付前の広間も閑散としていて少しホッとする。


受付の前まで行って「おはよう」と短い挨拶をする。受付はいつも通りにこやかだ。


「おはようございます、ロンさん。今日もお早いですね。どうされました?」


お早いも何も、いつもアンタの方がお早いよ。と思うのだが。それはさておきチョット聞きたい事がある。


「あのさぁ、こんな事を自分で聞くのも、なんなのだけど。...もしかして、僕って評判悪い?」


単刀直入に聞き過ぎたか、受付担当の目が泳ぎ出す。


「え!? ...ええと、ですね。評判が、ですね、あまり、その、芳しくない、と、申しましょうか...。」


どうにも歯切れが悪い。なのでやっぱり単刀直入に聞いてみる。


「やっぱり、あれかな? 魔物を殴り回ってるのって、ギルド的にも、あんまり看過できない感じ?」


「あ! いえ! そんな! ...でも、ロンさん受けた依頼は、ちゃんと遂行してますし! 丁寧で、正確だって依頼者からも評判良いですし!

少々、変な事してても、いえ! 変じゃ無いんですけど... えっと....」


そんなに狼狽なくとも良かろう。

続く言葉が出て来ず、打ち上げられた魚のように、虚空に目を泳がせ口をパクパクと動かしている。

パクパクとしばらく沈黙した後、上手い言い回しを思いついたのかやおら目を輝かせる。


「あ! でも、ロンさんって、白魔術師ですものね! 戦闘職じゃないんですもの、魔物を殴っても良いですよね!」


どう言う理屈でそうなるのかは判らないが庇ってくれているようだ。しかし、ロンはあっさりとその理屈を覆す。


「いや、白魔術師は辞めたんだ。今は、殴るの専門。」


「えええ! そそそ、そうなんですか!? ロンさん、ててて、転職したんですか? っは! 何の職業に転職したんですか? 登録情報を書き換えないと!」


そう言って、何処からか台帳を何冊も引っ張り出して来て慌ただしく開けたり閉じたりし始める。


「受付ちゃん、慌てすぎ。落ち着いて、そんなに、大した、事じゃ無い。」


ロンはゆっくり喋りながら、落ち着けという身振りでどうどうどうと優しくたしなめる。


「失礼しました。受付ちゃん、チョット前後不覚に陥っていました。もう大丈夫です。」


胸に手を当て、「ふぅ」と、小さく一呼吸してロンに向き直る。


「いえ、最近のロンさんの事、気になっていたんですよ。他の冒険者の方達からも、色々と伺っていましたし。」


色々ね。とロンは内心ため息を吐きたくなる。以外と冒険者の世界も窮屈なんだなと思う。


「それはさて置き。ロンさん転職したんですよね。新しい職業は何ですか? 冒険者登録台帳に記しておかないと。」


「あぁ。僕が始めたのは、ぶん殴...いや。うーん。ほんとに最近、新しく始めた職種で、前例が無いんだよね。...だから、職業名も、無い。」


「あら、それは困りましたね。」


そう言って、受付ちゃんは腕を組んで首をかしげる。


「おい! さっきから聴いていたら、ずいぶんとふざけた話だな!」


突然、怒気をはらんだ言葉を投げつけられる。ロンは振り返って声のする方を見る。


そこには剣士二人と、黒魔導師に白魔術師の四人編成のパーティがいる。


そのうち黒と白の魔法使い二人には見覚えがあった。黒魔導師のファータ・モルガーナと白魔術師のラネズ・モルガーナの双子の魔法使い姉妹だ。ロンより二つばかり年上で同じ魔術学院出身だが同じ学院出身とは思えないほど優秀で、今では中級上位の優秀な魔法使い姉妹としてそれなりに名が通っている。


中の下の白魔術師であった以前は羨望と嫉妬の薄暗い目で眺めていたものだが、今となっては過去の事だ。

翻って剣士二人の事は知らなかった。中の上の魔法使いとパーティを組んでいるのだ彼らの階位もそれと同じかそれ以上だろう。そうなるとただでさえ戦闘職の冒険者の知り合いは少ない上に中の下を彷徨っていたロンとは接点は無い。


剣士は背は低いが筋骨たくましい壮年の男に、背の高く若い男と二人いるが、声を掛けて来たのは若い男のようだ。


「いや、僕はいたって真面目で...」


「テメェ、猿の喧嘩みたいな事してんじゃねえよ! 戦闘職ナメてんのか!? 剣が使えねぇなら大人しく魔術師やってろ! 猿が混じってると俺たち剣士の格まで落ちちまうぜ! まったく、いい笑いもんだ!」


若く血気盛んな剣士は短く刈り上げた金髪を震わせて怒りを露わにする。


「もうその辺にしとけ」と、壮年の剣士に止められるが、金髪剣士は感情を抑えられないようだ。


「俺たちゃ命張ってんだ! お遊びで冒険者やられちゃ敵わねぇ! 冒険者ってだけで、ならず者扱いされる事もあるんだ! 命懸けで魔物から村を守ってもよ!

馬鹿が一匹混じるだけで、また冒険者の評判が落ちたら遣り切れねぇ!」


ロンにはこの言葉に腑に落ちない所もあるには有る。しかし、この金髪剣士にも彼なりの矜持があるようだし、話しを聞いていると何か彼なりに思う所もあるようだ。


ロンはこの自分とそう歳も変わらなさそうな剣士を見て、少し羨ましいかなとも思う。これだけ怒るって事は裏を返せば自分の職業に誇りを持っていると言う事だ。

ロンは白魔術師であった自分に誇りを持っていた事は無い。才能が無いと言う事を言い訳にして早々に自分の将来を諦めてしまって、腐っていた。


ゴブリンの巣食うあの洞窟の一件が無ければ、今のように日々目的を持って行動し、訓練に明け暮れる事も無かっただろう。もしかしたら、性根から腐り果てて物乞いにでもなるか、さらに下手をすると何処かで野垂れ死んでいたかもしれない。


自分自身の再生のために、強くなり、魔物を殴るのだ。そうなるとロンにとってゴブリンを殴る日々は意味のあるものなのではないか?


ロンは考える。若い金髪剣士の矜持も、ロン自身の今ここにあるという実存も、同じようなモノなのではないかと。

そこで出てきた言葉が...


「いやあ、君も僕も、きっと目指すモノは同じだよ。多分。僕の名前は、ロン・チェイニーだ、君の名... 」


「知ってるよ!」


「シッテルヨか!よろしくな。」


「違う! テメーが、ロン・チェイニーだって事ぐらい知ってんだよ! 自分が喧嘩売ってる相手が誰だか分かってるわ! 加えて! 俺は、シッテルヨじゃねえ! フェン・ズワートだ!」


「すまん、フェンか。よろしくな。」


「よろしくじゃねえ! テメー表に出ろ! 二度とその減らず口を叩けなくしてやる!」


ロンはここにきて、まったく意思の疎通が出来ていない事に気がつく。加えて言うなら、火に油をどんどん注いでいる状態だ。


流石にこれはマズイと思ったが、ロンに彼をなだめる術はない。壮年の剣士が間を執り成してはくれないか、とも思ったが眉間に皺を寄せ哀しげな表情をするだけで助け舟は出しそうにない。黒と白の魔法使い達は、我関せずで知らん顔だ。


剣士フェンが近づいて来て、いよいよもう駄目かと思った時に耳慣れた声が響く。


「おぉい。なに騒いでるんだ。中庭にまで響いて来てるぜ。」


助け舟、グリエロ登場。

助けになるかはともかく、怒りの矛先が分散されるのはなんとも有り難いと、ロンは身勝手な事を考える。


「お前さん、フェン・ズワートだな。もう散々わめいて気が済んだだろ。今日のところはもう見逃してやんな。」


そう言って、二人の間に立つグリエロ。


「なんだと!? グリエロ、あんたはコイツの肩を持つのか? 引退して耄碌しちまったな! すっこんでな! ...そこを、退かねえってんなら、アンタも同罪だ。そいつとまとめてブチのめしてやるぜ!」


フェンは引かない。怒りの矛先はグリエロにも向いたようだ。

しかし、グリエロは動じない。腰に手を当てて、ため息を一つ。


「オイオイ、いくら耄碌してても、ひよっ子のお前さんにゃ、まだ負けないぜ。」


火に燃料を投下する、グリエロ。

あからさまに怒りを露わにする、フェン。

まてよ!? グリエロってこの前ゴブリンに負けてたよな? と心配になる、ロン。


「テメーなんざ、時代遅れのジジイじゃねえか。俺が負けるとでも思ってんのか!」


と、グリエロに詰め寄る、フェン。

そこに慌てて割り込む壮年の剣士。


「やめておけ、フェン。彼は引退したとは言え元上級戦士だ。今のお前では、足元にも及ばないよ。」


そうたしなめられ、その目に悔しさを滲ませて、肩を落とすフェン。

ロンを睨みつけ、踵を返して去っていく。


それを見て慌てて後を追う魔法使い達。


壮年の剣士はこちらに振り向いて何か言いたげだったが、グリエロに「わかってるよ」と頷かれ、「すまない」と一言って去って行く。



壮年の剣士の後姿を見送って、グリエロは溜息を一つ。


「ふう。ロン、お前さん何やってんだ。」


「いや、あれから自分の評判が気になってね。いやぁ、チョット、やぶ蛇だったな。」


「チョットじゃねえよ。昨日、散々説明したろ? まあいいや。ああいう反応をする奴も居るってこった。身をもって知れて良かったじゃねえか。」


「まあね」と、肩をすぼめるロン。


「そんじゃ、まあ、今日も特訓を始めますか。」


そう言って、グリエロはさっさと中庭の方に向かって行ってしまう。


ロンは受付に振り返り


「受付ちゃんゴメンね。余計な事を聞いちゃって。それじゃ、もう行くよ。」


「いえ、ロンさんも大変でしたね。...ところで、ロンさん...私の名前、覚えてます?」


「え!? 覚えてるよ。...ミン。...じゃなくて、ミロ。...ミアだろう!」


「ミナです。もう、ロンさんって、いつの頃からか、まったく人の名前を覚えなくなりましたよね。」


「ごめん、ごめん。これから気をつけるよ。もう大丈夫。」


そう言って、ロンは中庭に向かう。


いつの頃からか、ロンは報われない自分に辟易し、努力する事を忘れ、無気力に生きていた。向上心も薄れて、技術も磨かない日々の中で色々なものを失っていった。もちろん人の名前も忘れてしまうし、覚えなかった。


しかし、もう今は違う。


しっかりとした生きる目的が出来た。それに伴って多くの目標も掲げている。

努力し、技術も磨いている。なにより日々が充実している。


「ぶん殴り屋」名前はともかく、ロン・チェイニーの進む道だ。

誰も歩いた事の無い、茨の道だがそれでも構わない。ようやく自分に向いた生き方を見つけた。


ロン・チェイニーの戦いは、これから始まるのだ。



何か、最終回みたいですが、本当にこれからです。


まだまだ、続きます。よろしくお願いします。

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