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1 魔法やめた!物理的に殴る!

薄暗い洞窟の中。白魔術師ロン・チェイニーはため息をつく。彼の隣には腰を抜かして失禁し、呆けている黒魔導師がいる。その魔導師が涙を浮かべ見つめる数歩先には、だらしなく涎を垂らして昏倒している屈強な戦士。そして彼ら3人の周りには醜悪な顔に下卑た笑顔を張り付けたゴブリンが十匹。


こう言うのを絶体絶命と言うのだな、とロンは思う。そもそもゴブリン討伐の依頼は、油断なく、注意深く、真面目に、そつなくこなせば言う程難しい仕事では無い。しかし、この討伐依頼は失敗するのではないかなと、そんな予感がしていた。


何故ならば、冒険者ギルドにてゴブリン討伐の緊急依頼のために即席パーティへと組み込まれた時点で薄々気付いていた事でもあるのだ。


『このパーティは駄目なヤツだわ』と。


今朝呼び出されて駆けつけたギルドの受付の前で、軽薄で駄目な感じのおっさん戦士が今回が初仕事だと言う魔術学院を卒業したての黒魔導師の女の子の肩をバンバン無遠慮に叩きながら、冒険者かくあるべしと偉そうにクンロクを垂れている。この光景を一瞥しての事なのだが、かく言うロンも万年中級下位の白魔術師なので偉そうな事は言えない。


戦士だの、魔法使いだの、シーフだのと色々な職業の人間が冒険者ギルドにはいるが、それぞれの職業は九つのランクに分けられている。下級、中級、上級と大きく三つに分けられ、それぞれが下位、中位、上位とまた三つに分けられる。回復役としてパーティに組み込まれたロン・チェイニーは中級下位ランク。いわゆる『中の下』と言うやつだ。そう、微妙な強さなのである。

 



若くして身寄りの無くなったロンはそこそこの実力であれば、それなりに需要があってつぶしの効く職業である白魔術師になるために借金をして更にツテを頼ってなんとか一流の魔術学院に滑り込んだ。しかし実力の見合わない学院で見事に落ちこぼれ、留年を経てお目こぼしを貰ってどうにか十五歳で卒業して四年、周りはとっくに中級上位になり、才能のある奴は上級下位になって活躍している。


緊急とはいえ難易度的にはさほど難しくない依頼なので、軽薄戦士と新米黒魔導師に中の下白魔術師のほどほどパーティが結成された訳だ。


ゴブリン共の巣食う洞窟までの道中、初陣に赴く黒魔導はまだ幼さの残る顔を緊張で引きつらせている。初めての実践だから無理もない。大体の新米冒険者は初陣では恐怖と緊張で硬直して使い物にならない。ロンも初陣では震えてガチガチと歯が噛み合わず、呪文の詠唱が出来なかった。


そんな新米を導き指導するのが、先輩冒険者の役目でもあるのだが。黒魔導師が若い女の子である事に舞い上がっているのか知らないが戦士は嘘か真かわからぬほど大袈裟な魔物の討伐話しをしている。

おっさん戦士の話しの中身は、ワイバーンと戦う時の注意点や爪や牙の危険性、フェンリスウルフの銀の毛並みの美しさと獰猛さ。そう言った話なのだが、それらの話しに出てくる魔物は上級職の冒険者で無いと討伐できぬほど凶暴な魔物である。

腹の出てくたびれたおっさん戦士はどう見ても上級職には見えない。せいぜい中の下の戦士である。こんなおっさんの戯言などまるで役に立たない。


いい歳こいたオッサンが何のホラ話しをしているのだと呆れるロンは、このまま調子に乗ったオッサンが良いトコ見せようとして失敗しなければ良いんだがと、一抹の不安に駆られるが果たしてその心配は現実のものとなる。


案の定、洞窟の中でゴブリン共を目の前にして震えて硬直する黒魔導師を尻目に、軽薄戦士は雄叫びを上げながら不用意に突っ込んで行く。若い娘にそんなにイイ格好したいか? そんなにモテたいのか? と呆れて物も言えないロンだが、ゴブリン共の中に魔術杖を持った奴を見つけた。

ゴブリンメイジだ。コイツは拙いながらも魔法を使う。不用意に近づくのは危険だ。この場合、呆れていても物言わないといけないのだが声をかける間も無く戦士は突っ込んで行ってスリープの魔法を受けて昏倒する。

 ロンはこの愚かすぎる顛末に呆然とする。こんな初歩的なミスをする奴が何処にいるのだろう? ......目の前にいる。馬鹿過ぎる。


「どどど、どうしひょぅ......」


と呟きながら、隣で震えていた黒魔導師が泣き出した。


「どうひひょう、にょうひひゃう......」


泣きながら喋るので何を言っているのか聞き取れなくなってきた。そうこうしているうちに、腰を抜かしてヘタリ混んでしまう。さらにツンとすえた臭いがしてきた。どうやら失禁してしまったようだ。


ロンは自分は白魔術師だし武力的な戦力にはならないなと思う。隣でヘタッている黒魔導師もそう思っているだろう。そんな中で唯一の武力的戦力があの有様では絶望感しか無い。

思うに、十五歳の女の子が暗い洞窟の中で醜い魔物達に嬲られる様を想像すればオシッコのひとつでも漏らそうというものだ。

ロンは目深に魔導師帽をかぶった黒魔導師の顔を覗いてみる。赤毛に、眦の切れた目と、小さな鼻、薄く開かれた口から見える八重歯。典型的な魔女っ子だなと思う。涙と鼻水に濡れているとはいえ可愛らしい顔立ちだ。魔術学院を出て黒魔導師なんて金のかかる職業をやってるし、装備品も良いのを身に付けているからそこそこのお家の娘なんだろう。まだ若いしご両親も心配してるだろう。


目的が出来た。なんとしてもこのカワイイ女の子を無事にお家へ帰してやるという目標が。

 

よし! 気合いが入った!


この期に及んで何を呑気なと思うだろうが、ロン・チェイニーは辟易していたのだ。万年中の下白魔術師の自分に。はっきり言って白魔術の才能は無い。身寄りも無ければ、借金のお陰で金も無い。恋人もいない。無い無い尽くしに、今回のこのポンコツパーティだ。目の前で昏倒する馬鹿戦士を見ていよいよ運も無いと痛感したロンは、いろんな意味で潮時だなと思ったのだった。


もしもパーティが、馬鹿戦士にヨボヨボの黒魔導師のジジイとかだったらこれを機に人生も潮時として大人しくゴブリンに喰われてこの世からおさらばしようとしたかもしれない。

つまらない事かもしれないが、生きる目的が出来た。今朝会ったばかりで名前もよく知らない娘であるが、この娘を無事に帰してあげよう。


無事に帰るため、目の前のゴブリン共、コイツら全部ブチのめす!


目深に被ったフードを脱ぎ、魔術杖をしっかりと握りなおす。なんとも言えない高揚感がこみ上げて来る。力がみなぎる。


「うおおぉぉおおう!」


ロンの咆哮だ。自身に気合いを入れる為のただの雄叫びなので魔術的効果などはないのだが、これで腹は座った。しかし、突然の雄叫びはゴブリン共を狼狽えさせる効果はあったようだ。突然の嬌声にゴブリン共の下卑た笑みが消え、狂人を見た時のような言い知れぬ不安を浮かべた顔になる。


先ずは邪魔なゴブリンメイジから始末するため、ロンは自身に弱い結界を張りゴブリンメイジに突っ込む。ゴブリンメイジは杖を振りかざしスリープの魔法を放って来るが結界が魔法をレジストする。


「そんなもん効くか!」


そう叫んで一閃。魔術杖をゴブリンメイジの脳天へと目一杯振り下ろす。ゴブリンメイジの頭が見事に真っ二つに割れた。ついでに魔術杖の先に付いていた魔力増幅の水晶も真っ二つに割れた。これで回復魔法の効果も半減だ。しかし、そんな事は気にしない。と言うか、もう白魔術師なんて辞めだ! だって向いてないもの!


「おりゃあぁぁ!!」


さらに気合い一閃。隣にいたゴブリンの頭をめがけて魔術杖だった棒切れを力一杯振り抜く。ゴブリンの頭はキレイに吹き飛んで、そのまた隣にいたゴブリンがバラバラになった頭を浴びる。そして血の雨に塗れたゴブリンの頭にも棒切れを目一杯振り下ろす。ゴブリンの頭は真っ二つに割れ、棒切れも真っ二つに割れた。


この段階で残りのゴブリン共は恐慌状態に陥った。逃げようとするゴブリンと、逆襲しようとするゴブリンとがぶつかり合って団子状態になっている。


「うおおお!!」


ロンはその渦中に飛び込んで硬く握りしめた拳を思いっきりゴブリンに叩き込む。それを受けたゴブリンは顔面を陥没させて絶命した。


その時、背中に衝撃が走る。斬りつけられたようだ。

結界を張っているうえゴブリンのなまくら剣では身体が切れることは無かったが、それなりの衝撃に鈍痛がある。振り返りざまに一撃くらわせてやったが、いよいよ自分の拳も痛くなってきた。拳を見てみると皮膚が破れ、血が滲んでいる。そうこうしているうちに頭に衝撃が。反撃にゴブリンに頭を斬りつけられたのだ、これも切れはしないが結構な痛さだ。しかし、これでゴブリンのなまくらも真ん中からポッキリ折れてしまったので、素手で殴りかかってくる。結界のお陰かさほど痛くはない。五、六回殴り合って鼻血が吹き出した頃に、ゴブリンを仕留める。


残り五匹だ。殴り合うばかりでは埒があかないので、手頃な石を拾って上段に構える。鼻血を垂らした男が石を持って血走った眼でゴブリン共を睨んでいる。ゴブリン共も自分の得物を持って、ギャアギャア喚き出した。

もはや泥仕合の様相を呈してきた。


手に持った石でゴブリンの頭をどやしつける。するとなまくらな剣や槍がロンの頭をどやしつける。そんな事を何十回と繰り返す。何度このやり取りを繰り返したか、ロンの着ていたローブは自身の血と返り血で汚れ、ボロボロになり、頭はタンコブだらけで片目は腫れて前が見えない。


しかし残りのゴブリンも最後の一体になっていた。いよいよゴブリンの動きを見切ったか、攻撃をかわせるようになってきた。ゴブリンが切りかかってくるのを半歩身を引いてかわす。スキだらけになった頭に一撃を与えるが、とどめにはならずゴブリンが反撃してくる。ゴブリンが振り下ろしたなまくらをかわす。かわした位置からはゴブリンの頭が遠い、目の前にはゴブリンの貧弱な細い腕。とっさに手に持った石でゴブリンの肘を殴りつける。あらぬ方向に曲がりへし折れるゴブリンの腕。武器を落とし悲鳴をあげ、もんどりうつゴブリンにロンは馬乗りになり頭といわず肩や胸、殴りつけられる所を無心で殴り続ける。どの位殴ったか、ゴブリンが沈黙する。


からくも勝利をおさめたようだ。結局ロン一人でゴブリン共を始末してしまった。まぁ大変に苦戦して、もはや満身創痍であるが。フラフラと起き上がり、周りを見回すと、相変わらず軽薄馬鹿戦士は倒れたままだ。コイツはほって帰ろう。黒魔導師もへたり込んで呆けたままだ。なんなんだこのパーティは。




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[良い点] タイトルのインパクトが凄くて物語自体もすごく面白かったです! [一言] また時間があるとき読みます!
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