死神の涙(後編)
「時は…早く過ぎ去り…」
「絆は脆く崩れる…」
「戦いの果てに見えるのは…」
「喜びか…」
「悲しみか…」
カナルは歌っていた…。
十三番街の、ビル建設予定地…。
その真前の電柱の上に座って。
「また一つ…」
「存在が消える…」
太陽が沈みかけていた。
「…逃げたか、アルフ。」
「誰が逃げたというのかい、カナル。」
アルフの声を耳にし、カナルは電柱から道路を見下ろす。
「死神のレクイエム、か…。風流なことをするものだな。」
「ふふ…待ちくたびれたよ、アルフレッド・フィアラ…」
スタッ…
カナルは道路に降り立ち、アルフと対峙する。
「そうかい…。」
「その瞳…まだ信じたいようだな、俺が弟だと。もう一人の“俺”とは違う、純粋なままの俺だと…」
「できればな…」
アルフの視線とカナルの視線が完全に合った。
「そうかそうか…残念ながら、おまえの弟としてのカナルは居ないのだよ…。」
「それを聞いて…覚悟が決まった。」
シュッ…
ヒュッ…!!
アルフは、カナルに向けて鎌を振り下ろした。
カンッ!
風神の紋章が装飾された鎌。
カナルは、その鎌で易々と受け止めた。
パッとアルフは、カナルから離れる。
「なかなかやるようだな。しかし…」
ヒュッ…
今度はカナルが鎌を振り下ろした。
竜巻が出現し、アルフに直撃…
「くっ…そっちも腕は落ちてないな…。」
アルフは肩を切られたが、早い判断によりて致命傷は避けられた。
ポタッ…と、肩の傷から血が落ちる。
「むしろ、調子が良くなったくらい…だ!!」
言葉を言い終わるか終わらないかの内に、カナルはアルフのすぐ前に移動。
「!!」
「再会のプレゼントだ、アルフ!!」
ヒュッ…
ガチッ!
鎌と鎌が触れ合って、金属音を立てる。
「こんなプレゼントは…お断りだな。」
カンッ!
アルフの鎌が、弾き返す。
「一度ではないぞ!!」
ガシュッ!
「くっ…!」
カナルが振り上げた鎌は、アルフの反対側の方を切り裂く。
「どうした、アルフ!!本気を出すがよいっ!!」
「本気…か。」
アルフは少しためらっているようだった。
ザッ!!
もう一度カナルと距離を置く。
「離れようが、俺の攻撃は避けられぬぞ!!いけっ、斬り風!!」
シュンシュン!!
ズバッ…
スパン…!!
かまいたちのように激しい風が幾つも現れ、アルフの体を斬り刻む。
しかし、悲鳴は聞こえない。
「身代わりか…」
アルフの居た場所には、傷だらけの無残な姿の人形があった。
「そうだ…今更気づいても遅いがなっ!!」
消えたと思われた彼は、カナルの真後ろに居て、カナルの背中に一太刀…
スパッ…
スパン!!
「…っ…」
紋章付きの鎌が、カランカランと音を立てて、地面に落ちた。
カナルの背中は、傷は全く無かった。
代わりに…
「どうだ、アルフ。俺のかまいたちの味は?」
アルフは全身をズタズタに斬られていた。
身代わりを使い、かわしたはずのかまいたちは、実はおとり。
本当のかまいたちが…アルフの体を常に追い回していたのだ。
「ふふ…痛いか、アルフ?今…楽にしてやるぞっ!!」
ザシュ!
風神の力を宿した鎌がアルフの胸元を斬る。
「カナ…ル…」
………ドサッ!!
体の重みを支えきれないアルフの体は、地面に強く叩きつけられた。
翼が曲がってはいけない方向に曲がり…
全身から、人間ならば死は確実なほど出血し…
目の開きは薄く…
意識は消えかけていた…。
「どういうこと!?アルフとカナルは、ここに来てるんじゃなかったの〜!?」
「たぶん…次元が違うんだろうぜ…。」
「次元…?意味わかんないよー!!」
「…人間の頃、なんかの本で読んだことある。人間界には、次元が無数にあって、人間はその一つに存在してるだけなんだとよ。だから…、俺達が居る次元と違う次元に、兄貴とカナルは居るっつうことだ。」
混乱して、あたふた飛び回るイリアに、リアゼがそう説明。
二人は、アルフ達が戦っているはずの場所に来ていた。
どうしても行くときかないイリアに、最初は反対していたリアゼも折れたのである。
というのも、本音を言えば、リアゼもイリアと同じくらいアルフのことが心配だからだ。
「じゃあ…アルフのすぐ近くに居るのに、手伝えないってこと!?」
「そういうことだな。」
「そんな…」
「仕方ねえだろ、俺だって悔しいんだぜ!兄貴が戦ってるっつうのに、手を貸せねえなんてよ…。俺達は、心で応援するしかねえんだ…」
イリアは涙ぐんだ顔で、きっとカナルを睨む。
「わかってるもんっ!!わかってるけど…それだけじゃ嫌!アルフも、アルフの弟のカナルも、助ける方法があるはずだもんっ…!」
「それがあったら…兄貴は弟を消すなんて、宣言しないだろうよ…」
リアゼは、イリアから顔をそむけて、いつもの彼に無く悲しげにうつむいていた。
そこは無の世界…
真っ暗で、うっすらとしか地が見えない。
アルフの心は、無意識の泉に誘われていた。
(私はこのまま…カナルを救えないまま…消えるのだろうか?)
襲ってくる弱気な声。
『消えちゃえば楽だよ…』
『メルディへの罪滅ぼしには、消えるしかないよ…』
『起き上がっても、またやられるだけさ。』
(私の存在が消えることがカナルにとっても…天界にとっても都合良いことなのか…?)
『ダメよ…アルフ。』
先ほどとは違う声がした。
ピチャ…
光り波打ち始めた泉。
そこから聞こえる。
(誰かい…?)
『アルフ…諦めないで…。あなたの鎌を使えば、カナルを救えるはずよ…。』
(メルディ…?)
『もう一度…自分を信じて…』
「…あの時と同じだ。しかし、一つだけ違うな。それは…二度目の幸運は存在しないことだ!!」
ヒュッ…!!
パシッ!!
「!?」
カナルは、目を大きく見開いた。
完全に意識が無いと思っていたたアルフが、カナルの鎌を素手で止めたからである。
「まだ…動けるというのか!?」
「カナル…昔…おまえが…聞いた…質問の答え…見せてやろう。」
「ちっ…!離せ!!」
ガキーン!
目を瞑り、アルフはカナルの鎌の柄を薙ぎ払う。
「死に損ないにしてはやるようだな…!」
カナルは、ひるんでいた。
(この闘気…くたばり損ないにしては、強すぎる…)
「カナル…私の鎌は…」
アルフはゆっくりと立ち上がり、鎌を構える。
「その答えなど、どうでもよい!消えろ、アルフレッド・フィアラ!!」
ヒュッ…
ピッ…!
スパン!
カナルの鎌から放たれた風は、アルフの頬と横腹を斬る。
アルフは避けようともせず、うつむいて立っていた。
「消滅を覚悟したか、アルフ。」
「違うさ…カナル。」
「違おうが、合っていようが関係ないがなっ!!」
ヒュッヒュッ!!
バシュ!
スパン!
次は、脚と腕。
流血は赤く円状に広がり、地面を染めていく。
…彼は倒れなかった。
「さあ…アルフ。立っているのが苦しくなってきただろう。もうすぐ…眠らしてやるよ!!」
パアッ…
カナルの鎌が、灰色に鈍く光った。
「眠れっ!!荒れ狂うつむじ風!!」
バシュ…!!
音速並みの速さの風がアルフに突進する。
ガッ…
シュッ…
風はアルフの鎌に吸い込まれるように消えた。
「…俺の奥義を見切れただと!?な、なぜ…?」
「簡単な…理論さ。カナル…おまえの神力を…私の神力が…上回ったのだよ。」
顔を上げて、カナルを見据えるアルフ。
ツーッと額から一筋の血が流れる。
「神力が上回っただと…!?」
「そう…だ。それこそが…私の…鎌の…力だ。」
「ふざけるなっ!!」
バシュ!!
シュッ…。
やはり、風は吸い込まれている。
「無駄さ…カナル。なぜならば…この神力は…元々は…おまえの…物だからだ…。さよならだ…カナル…」
「消えるのは、おまえだ!!」
ヒュッ…
バシュ…
二つの鎌。
同時に振り下ろされ、一方は光の波。
一方は、風を放つ。
そして…
「見事だよ…兄さん…。」
「カナル…結局助けられなかったな…」
勝者はアルフだった。
負けたカナルの体は、透けて消え始めていた。
アルフは、力を振り絞ってカナルの元へ駆け寄った。
「できれば…おまえを救い…たかった…。」
アルフの頬に冷たい水が流れる。
それは、地面に当たり、ポタッと小さな音を立てる。
ピチャ…
ピチャ…
それを隠してくれるかのように、空から滴が落ち始める。
「ううん、アルフ…俺は救われたんだぜ。これでもう…誰も傷つけなくていい。死神としての…道を間違えることもないんだからなっ!」
カナルは微笑みながら、親指をぐっと立てる。
「救えて…ないさ…。」
「全く…アルフは頭固ぇんだからι俺が救れたって言ってんだから、悲観的になるなよι…あ、そうだ、これ。」
カナルは、アルフに自分の鎌を差し出す。
「鎌を差し出す意味…知ってるよな?頼むぜ…アルフ…。」
「…ああ。」
ポツ…
ポツ…
ザー…!!
雨が、激しく地面を打つ。
まるで…そう。
カナルの存在が消えることを、一緒に悲しんでくれるかのように…
今や、彼の体は光の粒となり…完全に消える一歩手前まできていた。
「カナル…」
「お別れだ…最期に握手しようぜ、アルフ!照れくさいとかどうとかは、今は関係ねえし。」
そう明るく言って、カナルは右手を差し出す。
「………」
アルフは無言でカナルの手を握った。
強く…暖かい手…。
「最期のわがまま聞いてくれて…ありがとな!生まれ変わったら、また兄弟として…」
シュッ…
カナルの体が完全に消えた。
握っていた手には、冷たい雨の滴がかかっていた…。
「アルフ〜!!」
上空からイリアの大声が聞こえてきた。
「兄貴!無事っすか?」
少し遅れて、リアゼの声も。
それでも…アルフは鎌を見つめたまま、座り込んでいた。
ザー…!!
雨の勢いは、増すばかりで、彼の全身はびしょ濡れだった。
しかし、今の彼にそんなことは些細なことでしかなかった…。
彼の中では、メルディの時と同じ気持ち…後悔と悲しみがあるだけだった…。
バサッ…
バサッ…
二人の死神は、アルフの左右に降り立つ。
「大丈夫!?傷だらけじゃない!!」
「兄貴…次元がさっき戻ったばかりなんで、遅くなってすみませんっす…」
「イリア…リアゼ…」
アルフは蚊の鳴くような小さな声で二人の名を呼ぶ。
「何っすか?」
「しっ!黙ってて今、治すから…」
「私は…また…同じ過ちを…繰り返してしまった…のだよ。カナルに…兄として何もしてやれなかっ…」
パアッ…
突如、カナルの残した鎌が白く光った。
そして、
とアルフの鎌とガチンと重なったのだ。
「な、なに…?」
「鎌が共生している…?」
二人が驚く中、アルフの鎌も光り始め、アルフの体を白い光が包む。
カッ!!
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
目が眩むほどの閃光。
(カナルの心を感じる…)
イリアとリアゼが目をつぶった本の0コンマ数秒の間に…アルフの体は…。
「これが…共生と覚力か。」
傷が消え、血が完全に止まった健康体に戻っていた。
キラキラと光の粒がまとい…。
黒い翼は、黒真珠のような輝きを帯び…。
「わあ…♪アルフ、きれい…!!」
イリアは、目を開けアルフに見とれた。
「兄貴…カナルは俺から見たら、幸せだったと思うっすよ。なんせ…兄貴の弟なんすから!それに…」
リアゼは、一度言葉を止めた。
にっと歯を見せて笑って、
「鎌を残すことで、兄貴の役に立ち、兄貴と一体化できたんすから!」
と。
「そう…なのかもな。」
シュウウ…
アルフの体と鎌から光や、輝きが消えた。
「リアゼと同じ考えってことがすごーく嫌だけど、あたしもそう思うよ!だから、元気出してよ、アルフ♪」
「…そうだな。後悔してばかりでは、カナルに笑われるな。それにカナルは…」
アルフは、じっと自分の鎌を眺めた。
鎌には風神の紋章が新たに刻まれていた。
「ここに居るからな。」
神力庵。
千爺は、畳に正座し自分の鎌を見ていた。
いつもとは、打って変わって真剣な表情。
鎌の刃には、今までの出来事がビデオのように映し出されていた。
「アルフ…これは定めじゃ…乗り越えていくがよい。その果てに…そなたが探し続けていた答えを見つけられるじゃろう。」
コトッ…
千爺は、鎌を横に置き、瞑想の姿勢に入る。
(アルフ…そうすれば知ることができるはずじゃ。フィアラ家が早死にな理由も…)
「時は…早く過ぎ去り…」
「絆は脆く崩れる…」
「戦いの果てに見えるのは…」
「喜びか…」
「悲しみか…」
「また一つ…」
「存在が消える…」
男が一人、レクイエムを歌っていた。
十二番街、とある家の上。
「それは運命…」
「それは定め…」
「抗えない…」
「絶対のもの…」
「今はただ…」
「安らぎに包まれ…」
「眠れ…………」
仕事に戻るかと、男はすくっと立ち上がり…。
「カナル…アルフを恨んではいかんぜ。運命なんだ…フィアラ家のなっ!!」
夜の三日月に向かって男は言い放つ。
バサッバサッ…!
月と街灯に照らされ、彼が何者か確認できた。
短い赤髪、黄色い瞳。
そう…シークだった。
謎はまだ…
深まるばかり……
To be continued…




