ゆりんぐ・しゃうと・おぶ・ざ・ばーす
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「蔵梨さん! 落ち着いて呼吸しましょう!」
「うるせぇぇぇーーー!!」
新しい命が生まれる時、産む側は死にそうな苦しみを味わう。実際にそれを体験すると、この言葉にも重みが出るというものだ。出産には「死に物狂い」という表現がよく合う。
我が家の長女がこの世に生まれ落ちる直前、私、蔵梨麻子は走馬灯のような記憶の空間に降り立っていた。
◆
良い思い出も、悪い思い出も、断片的に蘇ってくる。
『お嬢さんは、いかがなさいますか?』
『決まってんだろ。…………牛乳だ』
五歳か六歳の頃、両親に連れられてバーに行ったこと。
『……親父……おふくろ…………。ああ、わかった』
燃え盛る屋敷の中で、両親の最期を見届けたこと。
『慣れねぇモンを使おうとすると、痛い目みるぜ』
雨に打たれながら、野郎に向けて言い放ったこと。
『お願いします! 私を舎弟にしてください!』
『なんかめんどいから駄目だ』
星花女子学園に通っていた頃、菊川に舎弟にしてほしいとせがまれたこと。
『……おい菊川、言ったからにはちゃんと私の背中、守れよ』
『ええ、もちろんです先輩!』
野郎共に囲まれる中、初めて「友達」なんてものを意識したこと。
『んー! おいひー! あーちゃんのご飯は世界一だね!』
『ったく、調子の良い奴』
初めての恋人に肉じゃがを作ってやったこと。
『……これからも、ずっと一緒だよ。あーちゃん。ちゅっ』
『……勝手にしろ』
その彼女が、頬に口づけしてきたこと。
『だって、あーちゃんもわたしも女の子なんだもん。子どもつくれないじゃん。おわりにしようよ、わたし達』
初めて、恋人にフラれたこと。
『俺の家族に……なってくれ』
『……………………ああ』
旦那に、プロポーズされたこと。そして、それに答えたこと。
『こんちくしょうめ…………』
この部屋に……分娩室に入っていく時、意味もなく同じ言葉を繰り返していたこと。
◆
「…………っ!」
記憶の空間から帰って来た私の鼓膜を震わせたのは、愛娘の大きな鳴き声だった。