攫われる日を待ってます
社会人になった亮介と真理。
忙しくてなかなか会えない2人のその後。
「背中を押して」「俺の彼女がミスコン出ることになったんだが」の続編となっていますので、よろしければそちらを先にご覧ください。
久々のデートで、亮介から聞かれた。
「仕事の方は慣れた?」
「まだまだ全然。毎日パニクってるよ」
あたしは、地元の大手スーパーに入社して、経理に配属された。
正直、もっと条件のいい、というか大企業を狙えなかったわけじゃない。
それなりの成績で、大学2年で簿記の3級もTOEFLも取ったし、バリバリのキャリアウーマンを目指すことだってできたとは思う。
そうしなかったのは、この街にいたいから。
結婚後もこの街を拠点にして生活しようと思ったら、全国どころか県内規模の会社にだって入るわけにはいかない。
大学1年の時から付き合ってる桜井亮介。
プロポーズされたわけじゃないけど、あたし達の間では、結婚はかなり以前から規定路線だった。
亮介とは、高校のバレー部で、それぞれ男子部と女子部の代表として、色々な打ち合わせをしてきた。
歯に衣着せないあたしは男子部員には疎まれていたけど、亮介はそういう偏見を持たないで相手してくれたし、こっちの要望の意味を考えた上で妥協案を出すとか、単なる窓口じゃなくて一緒に対応策を考えてくれる、頼りになる相棒でもあった。
周りに目を配るのも上手で、男子部と女子部の関係がこじれなかったのも、亮介が大人な対応をしてくれてたからだって言っていい。
あたしが1年の時は男子部と女子部の仲は険悪で、2年の時新しく部長になった早苗は男子部の相手をするのを嫌がって、副部長のあたしに丸投げした。
最初のうち、男子部の代表は嵩に掛かって話してくる奴だったから、こっちもけんか腰で対応してたんだけど、そしたら「おっかない女」というありがたくない称号を貰ってしまった。
悔しいけど、かといって変に譲れば余計に調子に乗るだろうしで強気を通しているうちに、男子部の代表が亮介に替わって。
亮介は、最初の挨拶で
「いがみ合ってみてもいいことなんかないし、とりあえず真ん中を探してみないか」
と言ってきた。
彼の言う「真ん中」が妥協点のことだろうというのはわかったし、男子部の代表が突っかかってこなかったのも初めてだったから、あたしも落ち着いて相手することができたんだ。
今にして思うと、きっとあの頃から、あたしは亮介が気になってたんだと思う。
結局、あたしは告白できないまま卒業したけど、色々あって、亮介の妹で部活の後輩でもある香奈のお陰で、亮介と付き合うことができた。
香奈とは部活時代から馬が合った。
今でも、香奈と2人だけで遊ぶこともある。
…というより、亮介と付き合ってから、香奈と休日に遊ぶようになったんだ。
亮介との仲介を頼むに当たって、「上手くいったら奢るから」と約束してたから、約束を果たすために2人で出掛けて。それから、2人だけで遊ぶようになって。
それまでは、部活の帰りにファミレス寄ってダベるくらいで、わざわざ休日に出掛けるほどじゃなかった。
香奈は、亮介に対しては素直になれないところがあるみたいだったけど、多分ブラコンの気があると思う。
なんていうか“理想の兄”っていうのが香奈の中にあって、そこに届いてないことが不満なんじゃないかな。
言葉の端々に、“もっとこうであってほしい”って気持ちが出てくる。
例を挙げれば、亮介が縁の下の力持ちなことについて、「もっとリーダーシップを取って、みんなを引っ張っていけばいいのに」と、波風立てずに事を進めるやり方に文句を言っていたことがある。
あたしからしたら、ちゃんと自分の主張を出しつつ、相手の主張も受け入れつつ、波風立てないで妥協点を探せるところが好きなんだけどなあ。
亮介は、付き合ってからも穏和なままで、大きな諍いどころか小さなケンカもほとんどしたことがない。
あたしと意見が合わないことなんて当たり前のようにあるけど、亮介はいつでも意見の擦り合わせをしてくれる。
どちらかというと気の強いあたしは、すぐムキになるけど、亮介は冷静に、あたしの意思を尊重しながらも、言うべきことはちゃんと言ってくる。
そういうことができるのって、凄いことだと思わない?
そんな対人スキルの高さは就職にも遺憾なく発揮されて、地元の企業に営業職で採用された。
だから、あたしも地元で就職したんだ。
就職してから、会える時間は減ってる。
亮介なんか、新人研修の間は、外との連絡を取ることも禁止されてたから、1週間以上音信不通だったこともあった。
でも、それまでだって、あたし達はお互いを信じてやってきた。
あたしがミスコン出ることになった時も、笑って送り出してくれて、応援してくれて。
優勝したら、バラの花束を持って迎えてくれた。
2年目の時は、「同じことをしても感動してもらえないからな」って笑って、一緒に焼き肉を食べに行って。
普通、2年連続ミス春大になったお祝いに、焼き肉食べに行く? 笑っちゃったけど、腹は立たなかった。
だってそれは、あたしのことを身近な1人の女として扱ってくれてるってことだと気付いたから。
一緒にご飯を食べに行く相手。ミスコン2連覇で殿堂入りしたって、あたしを普通の恋人として見てくれてるってことだったから。
あたしはミス春大になっちゃったから、それなりに告白されはしたけど、亮介の方も結構告白されてた。
亮介みたいな気を使えるタイプは、わかる人にはわかる良さってものを持ってる。
だから、亮介に告白する娘は、チャラチャラしてない、ちゃんとした娘が多い。
けど、あたしは心配しなくていい。亮介は、あたしを裏切ったりしないから。
亮介は、相手の娘の名誉のために、いちいちあたしに報告なんかしないけど、告白を全部断ってるのを知ってる。
前に、香奈に聞かされた。
「兄貴ったら、結構もてるらしいですね。
あたし、一度、兄貴が告白されてるとこ見ちゃったんですけどね、“ごめん、俺、彼女いるから”って、バッサリですよ!
“いくらなんでも一言でバッサリって、ひどくない!?”って聞いたら、“だってお前、付き合えるわけもないのに、もったい付けてどうすんだよ。気ぃ持たせたりしても残酷なだけだろうが”だって。
“そうよねー、ミス春大と付き合ってんだもんねぇ、比較になんないよねぇ”って言ったら怒られました」
「なんで?」
「“比べる意味なんてないだろが”って。
要するに、真理先輩と付き合ってるんだから、誰が来ようと考えるまでもないんですって。
ああいうのをリア充って言うんですかね?
あたしもそんなこと言われてみたいです」
「誰に? 言ってほしい相手でもできた?」
「ですよねー。そっからかぁ~」
茶化しながらも、あたしはジーンときてた。
比べる意味なんかない、か。
亮介の誠実な人柄が表れてる言葉だった。
こういうのがあったからこそ、卒論だ、就活だって会えない時間も耐えられたのかもしれない。
就職したあたし達は、お互いの親に相手を紹介した。
ちゃんと将来を見据えて真面目に付き合ってることを理解してもらおうって亮介の言葉からだった。
「当然、真理の親は俺が真理と付き合ってることは知ってるわけだろ。
だったら、こそこそしないで、遊びじゃありませんってアピールしといた方がいいと思うんだ。
変に心配されなくてすむし、何か問題があるなら解決方法を探す時間もあるだろ」
敢えて家にお父さんとお母さんがいる時に亮介を連れて行った。
「はじめまして。
桜井亮介といいます。真理さんとは大学時代からお付き合いしてます」
ものすごく無難な挨拶だけど、奇をてらわなかったせいか、お父さんの印象は悪くなかったみたい。
亮介が帰った後、お母さん達から、根掘り葉掘り聞かれた。
「いつからのお付き合いなの?」
「大学入ってすぐだよ。夏くらい」
「うちに連れてきたの初めてよね」
「まあ、もう4年付き合ってるわけだし、ゆくゆくは…ね。そんな感じだから、とりあえず顔見せ」
「いくつなんだ?」
「あたしと同じだよ。22歳」
「就職したばかりじゃないか。まだ結婚なんて早すぎるだろう」
「だから、ゆくゆくはって言ってるじゃない。もうちょっと生活基盤できてからだよ。今日は顔見せだけ」
逆に、あたしも亮介の家に挨拶に行った。
と言っても、先に香奈がネタ晴らししてくれちゃったから、緊張もなく。
「はじめまして。齋藤真理と申します」
「あらあら、いらっしゃい。香奈のバレー部の先輩なんですって?」
「はい。亮介さんとも部活で知り合いました」
「あら、じゃあ、高校から?」
「いえ、お付き合いは、大学に入ってからですので4年になります」
「あらあら、全然知らなかった。亮介ったら話してくれないんだもの。ちょっと、こんな素敵なお嬢さんとお付き合いしてたんなら、もっと早く連れてきなさいよ」
「そうやって構われるから連れてこなかったんだよ。もうお互い社会人になったし、オープンにしてもいいかと思ったから連れてきたんだ」
亮介のこの言葉で、結婚を考えてるってことは伝わったみたい。
あたしは当たり障りのない程度で受け答えしてたから、ウケは悪くなかったはず。
最初が肝腎だもんね。一緒に住むかはわからないけど。
社会人1年生は、慣れるのが仕事みたいなもんね。
おかしいなぁ。経理なんて、普通毎日のように同じことをする部署だと思ってたのに。
なんで毎日毎日知らないことが出てくんのよ! 全然仕事に慣れないよ。このまま1年使い物にならなかったらどうしよう。
そんな愚痴を亮介にこぼすようになっちゃった。
悪いとは思うけど、ほかに愚痴を言える人もいないし。
本当は、亮介とはたまにしか会えなくなってるんだから、せっかく会えた日は楽しいままでいたいのに。
それでも亮介は、あたしに優しい。
「あのさ、俺達新人なんだからさ、そんな簡単に何でもできるわけないんだよ。
逆に考えようよ。新人なんだから、今なら何でも聞いていいんだ。
聞けるうちに、がんがん聞けばいい。2~3年経ったら、もう聞けなくなる。何年やってんだ!って言われるからさ。
って、先輩に言われたよ」
最後は照れ隠ししてたけど、本当に救われる。
亮介と一緒なら、きっと何でも耐えられるよね。
亮介が自宅住まいでなければ、地元でなければ、同棲できたのかな。
両方自宅住まいだから、結婚するまで一緒に住めないよね。
月に2回くらい、やっと会えるって状態が続いて。
でも、せめてクリスマスイブは一緒にご飯食べようって日程調整頑張って。
なんとかレストランでディナーデートにこぎ着けた。
1年目だから多くはないけど、ボーナス出たからちょっと背伸びして。
少しだけ、期待するのは仕方ないと思うんだ。
ディナーの後で婚約指輪をはめてくれたりしたら素敵だよね。
結局、そんなのは夢で。
美味しかったし、楽しかったけど、婚約の「こ」の字も出なかった。
複雑な気分で送ってもらって。
もうすぐあたしん家ってところで、亮介が立ち止まった。
「2年目に入れば、お互い少しは余裕ができると思うから、もう少しだけ踏ん張って。
まだ社会に出たばかりの若造じゃ、真理の親父さんも大事な娘を嫁に出せないだろ。
早く認めてもらえるように頑張るからさ、ちょっと待ってて」
そう言って、あたしを抱き締めてくれた。
「絶対攫いに来るから。心の準備して待ってて」
「うん…」
そうして、あたし達は、初めて路上でキスをした。
夏の恋、秋の恋と、企画のたびに進んできた2人の関係。
とりあえず終幕です。
アンリさま、小鳩さま、たこす様、企画に参加させていただいてありがとうございました。
この2人の物語は、いずれ機会がありましたらまた続きを書きたいと思います。