橋造り名人十兵衛(ショートショート10)
その昔。
十兵衛という日本一の橋造りの匠がいた。
だれもが無理だと思うような大きな川にも、十兵衛は橋をかけた。そしてその橋は、いかに大雨が降ろうとも決して流されることはなかった。
みなは彼を橋造り名人と称した。
その十兵衛が死んだ。みなに惜しまれ、あの世へと旅立った。
ところが……。
十兵衛は成仏できないでいた。
現世に未練を残していたのではない。三途の川の手前で、なぜか地獄の鬼たちに捕えられていたのだ。
閻魔が十兵衛を呼びつけて言う。
「のう、十兵衛や。現世のオヌシは、橋造り名人と呼ばれていたそうだな」
「はい」
閻魔を前に、十兵衛は地面にひれ伏した。
「最近、現世は戦続きだろう」
「はあ、いかにも」
「で、ワシはこまっておるのだ」
閻魔が大きなため息をつく。
「閻魔様はなにをお困りで?」
「オヌシもこちらに来て、あの河原の惨状を目にしたであろう。最近はいつもあのように、あまたの死人たちであふれておる。あれらの多くは戦で死んだ者たちなのだ」
「おそらく無念さに、なかなか成仏できずにいるのでございましょう」
「そうではないのだ。川を渡る者たちがあまりに多すぎて、こちらがさばききれんのだよ」
「どういうことでございます?」
「渡し舟が常に満杯でな、船頭の鬼たちがなげいておる。定員オーバーで、ときには舟が沈んでしまうこともあるそうだ。で、なんとかしてくれと、ワシのところへ泣きついてきておるのだ」
「それで、わたしにいかにせよと? わたしには橋を造ることしかできませぬが」
「じつはだな、オヌシの腕を見こんでのことだ」
「では、あの川に橋をかけろと……」
さすがの十兵衛もおどろいた。
三途の川は、対岸が見えないほどの川幅。あれほどの川に、十兵衛もかつて橋をかけたことがない。
「そうなのだ。橋があれば渡し舟などいらぬ。歩いて渡れるからな」
「ですが、あのような大河。わたしにそれが、はたしてつとまりますかどうか」
「オヌシは日本一の橋造り名人ではないか」
十兵衛を励まし、閻魔はさらに説得を続けた。
「必要な資材や人夫は、オヌシが望むだけ手配してやる。ぜひともやってほしいのだ」
「承知つかまつりました。閻魔様のおおせとあらば断るわけには参りません」
十兵衛は顔を上げ、力強くきっぱりと答えた。
十年の歳月が流れた。
三途の川に、地獄では初めての橋がかかった。それはあおぎみるほど大きく、闇で見えない対岸まで続いていた。
橋が完成した日。
完成を祝う盛大な式典が催され、閻魔以下、渡し舟の船頭など、多くの鬼たちが参列した。
「十兵衛、長い間ご苦労であったな」
閻魔がねぎらいの言葉をかける。
「これも閻魔様の、多分なるお力添えのおかげでございます」
十兵衛は深く頭を下げた。
橋造りの匠として最高の仕事ができた、そう思っていたのだ。
初渡りのセレモニー。
鬼たちが小旗を打ち振るなか……十兵衛は閻魔と並んで橋を渡った。
あの世に行って十年後。
やっと成仏できた。
十兵衛は自分の足で、三途の川を歩いて渡ったのだった。