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――可愛い。
そんな単語を自分に向かってかけられることはないと思っていた。
いつも男子同然の扱いを受けているため、こういう時にどう言って返していいかわからない。千里はただただ困惑するばかりだ。
そうこうしながら、五人は祭りのメインである山神様への奉納はせずに露店をひやかし始めた。高校生の千里達にとって、祭りと言えばメインは出店回りである。山神様などそっちのけで客引きの声と食べ物のにおいにつられてはしゃいでいた。
「美子」
雑踏の中、千里は小さな声で美子に耳打ちした。
「後で山境のお墓寄るから、よろしくね」
「了解。もう少ししてからでいい?」
「うん」
毎年、千里と一緒にこの祭りへ行っている美子は、祭りの際に千里が墓参りを行なっていることを知っている。
美子は何も聞いてこない。誰の墓、とも何も。
千里にとって、その心遣いはありがたかった。双子の兄――比呂のことを他人に告げるのには抵抗がある。言ってしまえば、比呂は本当にいなくなってしまう気がして。
千里は毎年嫌な顔一つせずに墓参りに付き合ってくれる美子に、心の中で深く礼を述べた。
◇
「よ、笹峰。おお、野村も!」
「へぇ。野村、馬子にも衣装ってやつじゃん。女の子に見えるぜ」
「うるさい」
千里は腕組みをして眉間に皺を寄せた。サッカー部の面々だ。仲が悪いわけではないが、彼らはすぐ千里をからかってくる。
「青木達も来てるんだ。ねえ、他高生の知り合いとかいないの?」
「はあ?」
美子の突拍子もない質問を受けた青木は、くりくりした目をまんまるにした。
「いねぇよ。いとこなら来てるけど……」
「そのいとこ、どこに住んでるの?」
「え、東京に……」
「かっこいい? 年は?」
「まあまあじゃね。年は二十歳――ってオイ。何だよ」
「はい、決定! 皆行くよ」
鼻息荒く、美子は青木の腕を掴んで歩き出す。青木は困惑気味だが、その口許は緩んでいる。さっちゃん達は、そんな美子達の後に続いた。
「笹峰のヤツ、どうしたんだ?」
千里に歩調を合わせ、田中が首を傾げてくる。千里は肩を竦めた。
「祭りでいい男を見つけるつもりらしいよ」
「マジかよ。うわ、青木可哀想」
本当に可哀想だ。美子自身は気付いてないが、青木は美子に長い長い片思いをしている。
あれは――中学生の頃だったか。
青木は美子へのラブレターを間違えて千里の下駄箱に入れた事件を起こした。それが切っ掛けとなり、美子は青木が好きなのは千里だと思いこんでいるらしい。あわれ、青木。
田中はそんな可哀想な友人のもとへ走って行く。彼が青木の肩を慰めるように叩いている。青木はうんざりした顔で、それでも美子の着物姿を見られた嬉しさからか、口許がだらしなく緩んだままだった。
ふと、千里は下駄の結び目が痛くて一旦自身の足許に目を向ける。その拍子に、雑踏の中で一際目立つ赤い敷物が目に入った。敷物の上には、ちんまりとした老婆が座っている。思わず老婆の顔を見つめると、彼女は千里に対してにっこりと笑う。千里はまるで引き寄せられるように、小さな露店の前で足を止めた。