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 職員室にいた顧問に反省ノートを渡した千里は、制服に着替えるため部室に向かった。建て付けの悪いドアを少し持ち上げ気味に開ける。カビ臭さが鼻についた。埃っぽい部室の床にはグラウンドから入り込んだ砂塵が薄っすら積もっている。

「遅いよー」

 着替えを済ませた美子がパイプ椅子にもたれ掛かり、足をぶらつかせていた。

「ごめんごめん、佐原先生の説教が長くてさ」

「あいつ、わたしマジ嫌。どうせまた、もっとタイムがどうたらこうたら言ってたんでしょ?」

「うん。困ったもんだ」

 会話しつつ、大急ぎで制服に着替えた。

「お待たせ。さ、帰りましょう」

「はーい」

 千里がカバンを肩にかけると、美子はパイプ椅子を軋ませて立ち上がった。


 畦道にはススキが揺れていた。舗装されていない道に転がっている小石を蹴りながら、千里は美子の話に相槌を打ってやる。美子が楽しそうに話すものだから、取り留めもない日常会話も楽しく感じられた。

「さっちゃんがさぁ、今日バス乗り逃して遅刻したらしいんだよ。あの子んちって山一つ向こうでしょ? ぷくく、美子達が小・中学校の時苦労してたのが今身に染みてよくわかるって言ってた。ざまあみろってね」

「可哀相なさっちゃん」

 千里と美子は顔を見合わせて笑った。

 千里達は高校から家が近い。歩いて二十分程度だ。そのかわり、小・中学校は遠かった。バスで小一時間かかる場所にある町の学校へ通っていたのだ。あの頃千里達が遅刻すると、山一つ向こうの子は可哀相……とさっちゃんはよく言っていたが、今は立場が逆転している。高校からは、さっちゃんの方が町中からここまで来なければならなくなったのだから。彼女はよく言っていた。絶対に都会の高校へ行ってやる、と。それが叶わなかったのは、彼女の親が娘を手放すのを惜しがったためだと噂で聞いている。

「ああ、そうだ。さっちゃんで思い出したわ。千里、今年はいつ行く?」

「へ?」

 間抜けな声を上げて、千里は首を傾げた。そんな千里の態度に美子は眉根を寄せる。

「もうっ、毎年行ってるじゃんか。秋祭りだよ、秋祭りー」

「ああね。あれか」

「うん。今年はさっちゃんも一緒に行きたいって。晴香っちと結衣も誘ったんだけど……今週の日曜とかどう? 明後日。予定ある?」

「別に予定ないから、日曜でオーケー」

 例年行っているにも関わらず、千里は秋祭りに対してさほど興味がない。

「……わたし……今年こそ、祭りでいい男見つけるの」

 美子のように邪な想いを胸に秘めた者もいるが、この秋祭り……古くから続く伝統ある由緒正しき祭りである。

 秋の彼岸入りに始まり、十二月十二日まで続く地域一大イベント。祭りは地区と山の境目で行われる。春に田畑の神として迎えた神々を秋に山神として帰す祭り。そして、山神様とともに先祖の霊を弔う祭りも併せて執り行われる。そのため、秋祭りのことを、山神祭り、魂送こんそう祭りと呼ぶ人もいた。

 ここら一帯の人々総出で催される秋祭りは意外に有名で、遠くから観光客がやって来る。

「ねえ、今年は皆で着物着ようよ!」

「ええっ? 私、着物なんて持ってないし」

「平気だって。千里ママの着物借りればいいでしょ。わたしもママから借りる予定にしてるよ」

「何でまた……?」

 問えば、決まってるでしょ、と美子は拳を握った。

「少しでも目立って、イケメンな彼氏作るため!」

「却下」

 意気込む美子に、千里は横槍を入れた。

「どうしてっ? 千里のケチ!」

 文句を垂れる美子の額にデコピンをお見舞いする。

「着るんだったら美子だけ着なよ。私……着物は似合わない」

 そう言うが、頑として美子は聞き入れない。

「さっちゃんも晴香っちも結衣も着物で行くって言ってたもん」

「美子……あんた、まさか」

 頭痛がした。千里は思わずこめかみを押さえる。

 美子は偉そうに腰に手を当てた。

「そうだよ、もう他の皆には着物で来るよう言いました!」

 エッヘンと威張る美子の首に、腕を巻きつける。

「また美子は私に了解もなく……っ」

「へへーん! だから、千里だけ私服なんてオーボー許されるわけないっ」

と息巻く友人に、千里は肩を落とした。

「…………あんたは言い出したら聞かないからなぁ。しょうがない、着物があるかお母さんに聞いてみる」

「さすが千里! ありがとね!」

 家に帰り着くまでの間、美子は終始ご機嫌だった。

 そんな彼女を見ていると、千里も救われた気分になる。

 秋祭り。

 千里にとってこの行事は、ただの祭りではない。だから、敢えて記憶から除外しているのだ。

 美子のように、わくわく出来たら良いのに。

 千里の心が、そう疼く。


『天海の星屑』と言い、この作品と言い……。

私はどうやら『秋祭り』というのは好きなようです;


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