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一度きりの 時 巡り
会うは現
触れるは幻
残像となりし その姿
残るは夢幻の簪のみなり
◆
時の流れは止まらない。昨日まで童であった者だって、今日には大人となる。
世に巣食う憂いを知らずに来た者も、やがてはそれを知る時が来る。
生まれて欲しくも生まれない。死のうと思えど生きている。
不条理な矛盾を抱えながら、人は存在する。
◆
「すごい、すごい! 千里、新記録だよ!」
高校のグラウンドに引かれた白線の内側で、おさげの少女は声を張り上げた。右手に黒いストップウォッチを握ったまま、彼女は両腕を振り回す。
野村千里はそんな少女に笑みを返し、頭を掻いた。
「ホント? 美子、ありがとう」
千里の、日に焼け赤茶けた髪が軽く揺れる。
笹峰美子は自らのおさげを強く握りしめながら、うっとりした目をして千里を見、溜め息を洩らした。
「…………わたし、マネージャーになって良かった! 神様ありがとうって感じ! 千里~」
そう言って、千里へ羽のように両手を広げた美子が突進してくる。語尾にハートマークを付属させる勢いの彼女に、千里は苦笑した。女に熱を上げられて嬉しいはずもない。
短髪長身の千里は、思春期真っただ中の少女達によくモテる。見た目も中身もボーイッシュな千里を慕う女は多い。所属する陸上部には毎日のように女子生徒からの貢物が届くくらいだ。
何しろ、山の手にある高校なので小中高と同じ顔ぶればかり。男子生徒の中で飛び抜けて見目のいい者がいないため、転校生ぐらいしか少女達の楽しみはない。
転校生がやって来るのは三年に一度程度である。そうなると自然、女子生徒達の注目は千里に向く。
千里は幼少より、顔立ちが比較的整っていた。切れ長の涼しげな瞳に薄い唇。シャープな輪郭が都会的だと皆から持て囃されて育った。だからだろうか。小学校から知り合いである少年達はいまだに千里をおとこおんなとからかってくる。自分達がモテない腹いせだろう。
こうして美子に抱きつかれている今も、野球部やサッカー部の少年達が殺気を滾らせながらこちらを窺っていた。
美子は男子にモテる。だから、彼女が千里に抱きつく度に、あとで厭味や文句を言われるのだ。
「それにしても、今日は冷えるね」
無難な話題を口にして、さりげなく美子を引き剥がして千里は呟いた。美子は不満そうに口を尖らせながらも、千里の呟きに首肯する。
「だね。まだ十月だけど」
「いつもより寒くなるの早くない?」
「都会の方はまだ暑いらしいよ。温暖化の影響かなんか知らないけど、こんな時だけは田舎者で良かったと思うかも」
あははと美子は赤くなった鼻を自慢げにこする。
千里は軽く同意し、ジャージのポケットに手を突っ込んだ。ぶるりと身を震わせる。
二人の吐く息は白い。夕焼けの空に吐息が消えて行く。
チャイムと共に下校の音楽が流れる。校舎の時計は六時をさしていた。
陸上部の先輩達が走るのをやめる。サッカー部も転がったボールを集めて顧問の先生のもとへ駆け出した。バックネット裏に野球部員が固まって腰をかがめているのが見え隠れする。
オレンジ色の光が淡く校舎と校庭を染め上げていた。
千里と美子ものろのろと帰る準備を始めた。美子はストップウォッチやタイム表、そして顧問に提出する反省ノートなどをカゴに詰め、千里はストレッチをする。
「野村、お疲れ。笹峰も気をつけて帰りな」
一足先に帰り支度を済ませた先輩が、後ろから肩を叩いてきた。彼女は颯爽と自転車置き場へ消えて行く。
「お疲れです」
「お疲れ様でしたー!」
先輩に向かって千里と美子は頭を下げた。
現代&過去&タイムスリップ&ファンタジー?な中編小説です。
物語中の時期が10月から12月にかけてなので、「これは今だろ!」と思って投稿してみました。
サクサク投稿して、12月中には完結させる予定です!