『黒猫・ジャージ・日光』
えらく遅れました。
れんさんすんません。
まぁ…テストとかあったしね…と自分を正当化。
五月某日、ある昼下がりのお昼時、少し雲も見えるが太陽が容赦なく照りつけていて、それによってできた暗がりの木陰の中。
「シロネコさんからお手紙着いたー。クロネコさんたら読まずに食べたー…」
「それってヤギじゃなかったっけ?」
囁くように歌っていた井上にツッコミをいれる。
「んー?」
彼女はこの「んー?」をやたらと連発してくる。
ようするに、口癖だ。
「お手紙食べたのはヤギさんたちじゃないのかって」
「そうなんだけどね、たまたまクロネコさんを見たから」
依然呟くようにいってくる彼女。
「ヤギさんが、食べたなんていったら」
「八木くんに、申し訳ないでしょう?」
僕の目を見ながらしゃべりかけてくる。
目を合わせてみる限り冗談で言っている様子ではない。
さて、笑っていいものなのか…。
ちなみに八木とは僕の事だ。
「それは冗談か?」
「…冗談?なにが?」
どうやら真剣だったよう。井上って天然なとこあるから仕方がないことなんだけどさ。
いつもは制服のこの学校も昼食の前が体育だったため、二人とも学校指定の緑のジャージを着ている。
僕は運動したから黒の半袖になっているが、井上は持病持ちのため体育に参加できず、長袖のままである。
体育のあとなので喉が渇いた。
「井上、お茶あるか?」
と聞いてみると彼女は首を小さく横に降りながら
「ん、今日はあいにく…」
と言った。
「そっか、じゃあちょっと買ってくるな」
すると彼女はさっきよりも強く首を振って
「ん〜」
裾の部分を掴んできやがった。おい、やめろ服が伸びるだろうが。
体が弱いくせになんだよこの腕力は。
「飲み物は本当に欲しいんだって」
と訴えてみると、
「じゃあ…私も」
よいしょっと腰を上げた。そこまでしますか井上さん。
「自販機くらい俺一人だって行けるぞ」
「ダメ、一緒に」
右手を差し出してくる。
「井上さん…どうしたんだ?」
何時でも十分おかしいが今日は特におかしい。
中一の頃から四年越しの付き合いなのだが、近年稀に見る甘え具合だ。
別に俺達の付き合いなんて周りは入学当初から理解していて、病気の井上の付き人という立場が確率しているため、今更仲良く手を繋いで歩いていても誰も何も言わないのだが…。
それでもやはり恥ずかしい。
井上は普通に可愛いし、家事一般もそつなくこなすため、たまに作ってきてくれる弁当を男友達の前で食べるたびに、恨むような羨むような視線を身体全体に浴びる。
そう、まるで日光のように、さんさんと。
…いや、さすがにこれは言いすぎだし、無理があるかな。
「何かあったなら話してみろよ」
これはおかしいと、座り直して井上が話してくるのを待つ。
「んー」
なにか渋っているようす。
「ほら、どこにも行かないからさ」
と両手を上げるしぐさをする。文字通りお手上げだ。
それから数十秒沈黙が続いたあと、
「ん…、あのね」
「今日、夢を見てね」
「八木くんがどこか遠くに行っちゃった夢を見たの」
「帰ってきて、って呼んでも、振り向きもしないでね」
「それで泣きながら起きたの」
そういう彼女は今にも泣きそうである。
「どっか行くなんて、そんなわけあるか」
俺としては、いつ井上の持病が再発するのかとビクビクしながら毎日過ごしてるのに。
「だからね、八木くんにお手紙を書いてきたんだ」
あぁ…、だからあの歌を歌ったのか。
「でも、怖くなって渡せなかった」
読まずに食べたのはヤギでも俺でもなく、井上だったんだな。
もちろん食べたというのは比喩だが。
「是非読みたいな」
井上に渡すきっかけをあげてやる。
そうするとおずおずといったようすで鞄に入っていた便箋を俺に差し出してきた。
便箋に書くくらい改まるような内容なのか。
授業中にちょっと書いてみた、みたいなノリじゃねぇのかよ。
もちろん井上は授業中に居眠りをして夢を見るような不真面目なやつでは無いのでそんなわけはないと最初からわかっていたが。
便箋を開くとB5サイズの紙が一枚、二つに折られて入っていた。
1行目
『八木くんのことが大好きです』
……重いよ!!
1行目からヘビーだよ。
これがあと19行近く続くというのは…新手の罰ゲームかなにかだろうか。
『だからどこにも行かないでください』
『八木くんがいないと困ります』
『特別な関係にならなくてもいい、』
『私の隣にいてください』
『ずっと』
と、そんな感じの内容だった。
それを読んだ俺は数秒なにも言えず、恥ずかしそうに俯く井上を見つめることしかできなかった。
「ごめんな、夢の中の俺が」
一応謝っておく。
「ん、八木くんが悪い訳じゃないって」
照れ笑いをする井上。
やばい。敵わない。
さっきはハンズアップした手を今度は水平に広げ井上を抱き締めた。
「急に、どうしたの?」
病弱で細身の身体。
俺なんかよりも遥かにどこかに行ってしまいそうで、姿を消してしまいそうで、まるで魔女の使いの黒猫のよう。
「明日は俺が手紙書いてくるから」
四年間の感謝の気持ちと今の手紙に対するお返事を。
日光が降り注ぐことによってできる木陰の中、暑さも忘れて抱き締めながらそう言ってやった。
するとまた井上は微笑みながら言うんだ。
「…読ませずに、食べないでね」