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怪奇見聞録  作者: 那智
7/11

ひとりかくれんぼ 1

メリークリスマス!

だからなんだって話ですが。

9月。

暦の上では夏は過ぎたが未だ厳しい残暑の中、浩一は溜め息を吐いた。

夏休みは終わり今日から新学期だというのに――いやだからこそかもしれないが――憂鬱とした気分で通学路を歩く。


溜め息を吐くと幸せが逃げるというがそんなことはどうでもいい。むしろ少しぐらい幸せが逃げたほうが刺激的な人生が送れるのではないか。

そう考えてしまうほど浩一は退屈していた。


数週間前、浩一は幽霊が視えるようになった。

だが幽霊が視えるようになったからといって人生が劇的に変化することはないらしい。

第一、人に何かしようとする意思のある霊がそこらへんにいるわけがない。何かできるだけの力を持った霊となるとそれこそ神社にいた子供達の霊ぐらいだ。

その子供達だってひとりひとりがそれだけの力を持っているわけではなかった。数百年単位で現世をさ迷い続けた多くの子供達の霊が協力したからこそ神隠しなんて真似ができたのだのだろう。

そんなわけで幽霊を視たとしてもほとんど意思もないようなそこに居るだけの浮遊霊ぐらいのものだ。

見慣れた今となっては通行人が増えた程度の感覚でしかない。そんなものに刺激を感じることなどできる訳がなかった。

もっとも刺激を求めて危険な場所に行くということはいまいち気が乗らずしなかったのだが。


そんな浩一の夏休み中の刺激は子供達の霊の話を聞くことだった。

子供達は今までの寂しさを埋めるようにこちらに語りかけてきた。そして思う存分話し終えると満足したように成仏していった。

そのこと自体はとても喜ばしいことだ。最初の一人が成仏した時などつい涙を流して喜んだものだ。

今では子供達はほとんど成仏し残っているのは鈴を付けていた少女だけだ。

その子だけはこちらに語りかけてくる訳でもなくただ側にいるだけなのでどう接したものかと頭を悩ませる原因でもある。

とはいえ別に害があるというわけではないので特に問題はない。なので現状静観することにしたのだった。

そんな僅かな非日常をはらんだまま新学期が始まった。





「おはよう」


教室に入って挨拶した瞬間教室中の瞳が一斉に浩一の方を向いた。

無論クラスメート達の視線だ。

夏休みの間にあったことが広まっているのだろう。

実際浩一は教室に着くまでに何度か好奇の目で見られているので疑いようがなかった。

とはいえほとんどのクラスメート達は好奇の目ではなく心配そうな目をしているのでこちらのほうが幾分マシだと浩一は感じていた。


何人かと挨拶を交わしながら浩一は自分の机に向かう。

その間、ずっと視線を向けられていたのでどうもやりずらい。

自分は目立つような人間ではないのだ。このように注目されるのは慣れない。

席に着くと近くに座っていた友達が話しかけてきた。


「なあ、入院したって聞いたけど大丈夫だったのか?」


それは皆が大なり小なり気になっている質問だ。浩一の机に近いところに座っている彼がクラスの代表として聞いているのだろう。

その証拠に彼がその質問をすると同時にほかのクラスメート達が聞き耳を立てる気配がした。

そのことに浩一は僅かに苦笑しながら教室中に聞こえるように気持ち大きな声で答えた。


「入院って言っても検査しただけだしね。 この通り元気だよ」


「そうか。 それは良かった」


そう言って彼は安心したような笑みを浩一に向けてきた。

それを見て浩一は嬉しくなった。当たり前のことだが心配してくれる人がいるというのは嬉しい。


「そういや祐司と沙織はどうなんだ? 二人も入院したんだろ?」


「祐司も野島さんも俺と同じようなもんだよ。 入院はしたけど検査だけ。 しいて言うならしばらく体がだるいって言ってたけど特に問題はなかったらしいし」


そういえば二人が言っていた体のだるさの原因はなんだったのだろうか。

浩一はふと疑問に思った。

思い当たる節は神隠しにあったことぐらいだ。それなら自分が体のだるさに襲われていない理由もつくので間違ってはいないと浩一は思った。


「それにまだ来てないみたいだけど今日来れるって言ってたよ」


そう言うと教室の空気が軽くなった。

ここまで心配してもらえるとは友人冥利に尽きるものだ。

だがそれだけ心配をかけたということなのだから反省しなければならない。



しばらく駄弁っていると浩一以外の当事者の二人、祐司と沙織も登校してきた。

二人について先に浩一が話していたおかげか祐司たちは自分の時よりも軽い雰囲気で出迎えられた。

各々の心配する言葉を聞いて嬉しそうにしていたのは見間違いではないだろう。

それをきっかけに教室が一気に騒がしくなってきた。

ようやくいつものノリに戻ったというべきか。


「よーっす」


「おはよー」


「ん。 おはよ」


荷物を置いた二人は浩一の机の前に来た。


「退院が新学期に間に合ってよかったー」


「俺はもーちょい伸びてもよかったんだけどなー」


「そんなこと言って……入院中はいっつも「早く退院してー」って言ってたくせに」


「人の考えは日々移り変わるものなんだぜ」


じゃれあう二人を見て浩一は顔を綻ばさせた。


「よかった。 何事も無くて……本当に……」


二人に聞こえないように呟く。

目の前の光景の大切さを改めて噛み締めそっと鈴を撫でた。

あんな目に遭いながらも何事も無く平凡な日常に戻れるというのは奇蹟と言ってもいいだろう。


――――――――だからこそ祐司と野島さんをこれ以上巻き込まないようにしなければならない。

自分は更に怪異と関わろうとしている。これは自分のわがまま。他人を巻き込む訳にはいかない。

だけど――――。


「一人は寂しいよなぁ……」


なお、鈴の少女はノーカウントだ。あれは明らかに怪異側だ。

それはともかく一人ではできることに限りがある。

できれば同じような考えを持っている人がいればいいのだが。


「普通いないよね……」


その呟きは喧騒の中に掻き消されたのだった。






始業式は何の問題も無く終わった。

校長の長話の途中何人か倒れて保健室に運ばれたがこれはもう伝統のようなものなので何の問題も無い。いつもの平穏な日常だ。


その平穏が破られたのはホームルームも終わり後は帰るだけとなった時だった。


「失礼。 君が神代浩一君か?」


浩一が帰り支度をしていると突然声をかけられた。

振り返るとそこには薄く笑みを浮かべた少女がいた。

整った顔にセミロングほどの黒髪、キチンと着こなされた制服。まごう事なき美少女だ。

その少女を見た周りのクラスメートがざわめく。

無理もない。今浩一の目の前にいる少女は有名人だ。色々な意味で・・・・・・だが。

それこそ他のクラスのみならず学校中でも知らない人の方が少ないほどの。


「そうだけど……なにか用? わざわざホームルームが終わった途端別のクラスにまで来てさ」


「ふふ、そう邪険に扱わないでくれ。 さすがに傷付いてしまうぞその反応は」


そう言っているが表情はあくまで余裕を持った笑みを浮かべている。浩一にはどこまでが本気なのかわからなかった。

彼女と浩一には接点はない。しいて言えば学年が同じぐらいでクラスも違うし今まで話したこともない。

なのに何故突然話しかけてきたのか。

そう考えていると彼女は今更ながら周りの反応が気になり出したのか辺りを見回して言った。


「ここであれこれ言うのも居心地が悪いな。 だから単刀直入に言う。 話があるからついてきてくれないか?」


ちら、と周りを見た。

この場にいる全員が浩一と彼女のやり取りを注視していた。

確かにこれは居心地が悪い。浩一はそこまで目立つのが好きではなかった。


「わかった。 ここじゃ録に話もできないし」


「それならついてきてくれ。

 ああ、それと……」


彼女は周りのギャラリーを見渡した。ギャラリーの何人かが目を反らしたが今更なんの意味もない。


「私たちの後を追うような無粋な真似をするような奴は相応の報いを受けてもらうからな」


思わず見惚れそうになりそうな綺麗な笑みを浮かべてやたら物騒な言葉を吐きすてた。


そう、これこそが彼女が有名な理由。

ただでさえ美人で近寄りがたいというのに独特な口調に加え毒舌。ついでに何を考えているかよくわからないということもあり美人であるということよりもどちらかというと変人であるということで有名なのだ。

浩一はそんな彼女が自分になんの用なのだろうかと思ったが思い当たるものもなかった。


「さあ、行こうか」


そう言って歩き出した少女の後を浩一は最近多くなった溜め息を吐きながらついていった。




少女に連れてこられたのは屋上だった。

そこに人の姿はなく二人っきりで話すのにはもってこいの場所だ。

だが浩一の記憶では確か屋上には鍵がかかっていたはずだ。それはどうしたのだろうか。


「ねぇ」


「ん? なんだ?」


彼女は相変わらず笑みを浮かべたままだ。

だがその笑みはどこか作り物めいて見える。


「屋上には鍵がかかってたはずだけど」


「なぜ鍵が開いているのかという質問か? それならなんてことはない。 あらかじめ開けといただけだ」


そうは言うがまさか一生徒に立ち入り禁止にされている屋上の鍵を渡すとも思えない。

いくら彼女が優等生だとしてもだ。


「ピッキング?」


「ご名答」


少女は得意気な顔をしてそう言った。浩一は犯罪の一歩手前だということを自覚しているのだろうかと思った。


「さて、まずは自己紹介からいこう」


彼女は浩一の方にに向き直った。


「私の名前は東谷香也乃あまずや かやのだ」 


「俺の名前は」


「ああ、君の自己紹介はいい。 もう知っている」


浩一はなぜだか知らないが名前はもう知られていたことを思い出した。


「それで東谷さんは……」


「香也乃でかまわない」


「……香也乃さんはなんで俺に声をかけたの?」


「単刀直入だな」


接点など無い人間に声をかけるにはそれ相応の理由があるものだ。

よりによってこのタイミングで声をかけてきた理由。浩一はそれを知りたかった。


「その前にまず私の質問を先にしてしまおう。 そちらの方が説明が楽だからな」


そう言うと香也乃は浩一の目をまっすぐ見つめた。先ほどまでの軽い空気は消え去り、若干重苦しい雰囲気に包まれる

そして香也乃は意を決したように口を開いた。


「神代浩一君。 君は幽霊が視えるのだろう?」


息が止まりそうになった。


必死に生成を装うが浩一はどう答えればいいのかがわからなかった。

まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかったのだ。


それに香也乃が本気で言っているのかも定かではない。

だが香也乃の顔からは余裕を持った笑みは消えている。今の彼女は真剣な表情で浩一を見ていておちょくっているようには見えない。


「その質問ってまともな人がする質問じゃないってわかってる?」


「無論承知の上さ。 それを踏まえた上で言っている」


香也乃ははっきり言い切った。彼女は本気なのだ。

浩一は一度はからかっているのかとも思ったがよくよく考えればそもそもそんなことをする理由がないことに気づいた。まずほぼ初対面の人にそんなことはしないだろう。

これだけ真剣な表情でからかっているのだとしたら大した役者だ


「じゃあこれだけは聞かせて」


「私が質問しているのだが……まあいい。 なんだ?」


「なんで俺が視える人って思ったの?」


幽霊が視えるようになったことは祐司や野島さんにも言っていないことだ。

なのに何故彼女がそう思ったのか。それが知りたかった。


「簡単なことさ。 私も視えるんだ」


「東谷さんも!?」


「香也乃と呼んでくれと言っただろう。

 ……その言い方は浩一君も視えると解釈していいね?」


「あ……」


驚きでつい口を滑らせてしまったことに気付いた。

あれだけ警戒しといて何て様だ。

警戒してただけにより一層情けなく感じてしまった。


香也乃はそんな浩一を見てクスリと笑いをこぼした。


「そんなに悔やむような顔をしないでくれ。 浩一君と私の立場が逆だったとしたら私も同じことをしていただろう。

 それに私は嬉しいんだ。 ようやく自分と同じ人間に出逢えたんだからな」


真っ向からそんなことを言われ浩一は恥ずかしくなった。


とはいえ浩一にもその気持ちは理解出来た。浩一も同じ気持ちだったからだ。

確かに幽霊が視えるのはこの世に自分だけではないとは思っていた。

だが共に怪異に巻き込まれた祐司と沙織は幽霊を視えるようにはならず孤独感を覚えた。


そう、浩一は友人達と過ごすいつもの日常の中で孤独を感じるようになってしまったのだ。

幽霊が視えるようになったことで自分が周りの人と違う存在になってしまったと感じてしまった。

もしそう感じたことを祐司たちが知ったら浩一に対して怒りを覚えただろう。


だがそれでも視えるようになってしまった当事者にとってはそう思えてしまうのだ。

幽霊が視えるということは決して普通ではないのだから。

浩一とて自分に憑く少女がいなければ怪異に興味を抱くどころか不安に押し潰されていたであろう。


だが恥ずかしいものは恥ずかしい。

その恥ずかしさを誤魔化す為、浩一は話を進めることにした。


「えーと、それで? 香也乃さんは俺に何の用なの?」


「そ、それはだなっ!」


そう言うと香也乃はずいっと浩一に体を寄せてきた。その顔は今までの余裕を持った笑みや真剣な表情が嘘のように朱に染まり表情にも余裕がない。

いきなりの急接近に浩一もまたさらに顔を赤らめた。

変人だという評価のほうが多くても浩一の目の前にいる少女はまごう事なき美少女なのだ。


一転して妙な雰囲気となった屋上。

そんな雰囲気をまったく意に介せず香也乃は口を開いた。


「わ、私とっ! とととと友達になってくれないかっ!」


屋上どころかグラウンドにまで響くような大声でそう言い放った。


「………………はい?」


浩一がまず抱いた感情は困惑だった。

それも仕方はない。誰が霊感云々の話をした後に友達になってと言われることを予想出来るだろうか。

浩一が混乱していると無言でいることに不安を感じ始めた香也乃がさらに顔を寄せてくる。


「だ、駄目か……?」


「ッッ!」


香也乃の身長は女子の中では高いほうだが二次成長を迎え始めた男子の身長には劣る。

その結果必然的に上目遣いとなる。


中学二年生。

思春期真っ盛りの浩一にはいろいろ辛いものがあった。


「わ、わかった! 友達になるよ!」


「本当か!」


浩一の言葉にパアッと花開くように笑みを浮かべる香也乃。


「本当だから……えっと……、離れてくれない?」


「あっ! す、すまない」


香也乃は浩一との距離にようやく気づいたらしくパッと飛び退いた。

その顔は友人を得た喜びとその友人にみっともない所を見せた羞恥によって赤く染まっていた。

彼女は仕切り直すように咳をしたが香也乃の顔にはまだ笑みが隠しきれていない。


「いや嬉しさのあまり我を失いそうになってしまった」


「そこまで? ちょっと大袈裟じゃ……」


「仕方ないだろ、なんせ久しぶりに出来た友人なんだからな」


浩一は耳を疑った。


「久しぶり!?」


「ああ、私はこんな性格だろう? だから……その……あんまり友達ができなくて……。

 …………浩一君が中学に上がってから初めて出来た友達だ」


意外な事実だった。

浩一が事情を聞けば幽霊が視えること知られれば変な目で見られると考えてしまいなかなか一歩踏み出すことができなかったらしい。

そのことを聞いて浩一は笑えなかった。

自分も一歩間違えばそうなっていたかもしれないのだ。笑えるわけがない。


「幽霊が視えるのが原因でぼっちとか……

 ほんと笑えないなぁ……」


「う、うるさい! しょうがないだろっ!

 ……でもまぁ」


そう言うと香也乃は浩一から少し離れた。

そしてくるりと浩一に向き直った。


「私はもう一人じゃないからな。

 ――――これからよろしく頼むよ? 浩一君♪」


そう言って香也乃はニッコリと笑ったのだった。


というわけで日常パートでした。

書いてみて思ったのが一番難しいのは日常シーンではないかということ。

人によると思いますけどね。


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