発端 3
三日目
今日はもう一度神社を調べに行く日だった。
浩一は用意したリュックサックに次々に荷物をを入れていく。
「えーと、メモ帳も入れたしあと必要な物は‥‥」
リュックサックはいろいろなものを入れたので大きく膨らんでいた。
昨夜浩一は深夜のテンションに任せて思いついた物を片っ端から入れたのだ。流石に入れすぎたと浩一は遠い目をした。
だが備えあれば憂いなしとも言うし、少し重いこと以外は特に問題はない。
これで準備は万端だろう。そう浩一は自分を納得させた。
「あ、懐中電灯忘れてた」
懐中電灯も忘れずにリュックに入れる。今度こそ忘れ物は無いはずだ。
ひと息つくと神社のことが浩一の頭に浮かんできた。
不自然な過去。
管理者の一家の失踪。
幽霊が出るという噂。
どれを取っても普通ではない。
ここまでそろっていればむしろ何か起こらない方がと不自然と言うものだ。
ぞくりと悪寒ともいえる感覚が浩一の身体中を駆け巡った。
だがうっすらと笑みを浮かべる。
怖くないわけじゃない。それ以上に好奇心が勝っていたのだ。
危険かもしれない。
既に9時を過ぎていた。待ち合わせの時間にはまだ早いが早めに着く分には問題ない。
浩一はリュックを背負い靴を履き玄関を開けた。
「あら、もう行くの?」
居間から浩一の母である神代早苗顔を出した。
「うん。 暑くならないうちにね」
「そう。 なにやってるかは知らないけど危ないことはしないでね」
「‥‥わかってる」
ふと、浩一は母を騙している気分になった。
その気持ちを振り払うようにわざとらしく大声を出す。
「いってきます」
行ってらっしゃーい、という母の声を背に扉を閉めた。
浩一は神社の前で二人と合流して境内に入った。
鳥居をくぐると同時に先日と同じように涼しい空気に包まれる。
「一番うれしいことはここにいればクーラーいらずってことだな」
「ずっといるのはイヤよ」
「なぁ、ちょっと待ってくれ」
浩一と沙織が軽口を叩きながら神社の裏手に行こうとしたところで祐司に引き止められた。
「裏に行く前に本殿の中も見てみないか? なんかあるかもしれないぜ」
「そうね。 もしかしたら神社の資料があるかもしれないし」
祐司のことは従い本殿の前に来たのだが本殿の扉は開かなかった。
「鍵がかかってる」
浩一と祐司は力ずくで開けようとしたが扉はびくともしなかった。
「駄目、開かないよ」
扉は簡素な引き戸だが南京錠がつけられている上どこかがつっかえてるらしく開きそうにない。
「これくらいなら蹴破れるんじゃないか?」
「そこまでするだけの価値あるの? 諦めて裏に行きましょ」
物騒な提案をする祐司を沙織が諌める。
たしかに中に何かあるかもという期待はある。だが犯罪紛いの事をしてでも見たいというわけではないのだ。
少し寄り道をしたが改めて
祐司は少し後ろ髪を引かれてるようだったが特に反論もせずその場をあとにした。
一昨日と同じように三人は線をたどり獣道を抜け崖の近くに到着した。
そして先日見つけた穴のそばに集まり穴を覗き込んだ。
穴の中は暗く横穴は至っては一切光が入っていないせいか何も見えなかった。
「やっぱり明かりが必要だね」
浩一はリュックを降ろし懐中電灯を取り出した。
キチンと電源が点くことを確認してから浩一は祐司たちの方を向いた。
「じゃあ入ってみよっか」
「大丈夫なの?」
「けっこうスペースあるみたいだから大丈夫だよ」
一昨日来たときはじっくり見てなかったが穴の深さは1メートル50センチほど、幅は1メートル弱あるので入るのは簡単だった。
浩一が穴に入ってまず目についたのは横穴。屈めば入れるぐらいの大きさで奥に続く通路の壁は板で補強されていた。
板はだいぶ傷んでいてそれがここがずっと昔に作られたものだと物語っていた。
横穴の奥には広めの空洞があるが真っ暗で何も見えない。
浩一は祐司に預けていた懐中電灯を受け取り奥を照らした。
「ん?」
浩一は奥の広い空間に何かがあるのを見つけた。
懐中電灯で照らすと暗闇の中にぼんやりとそれが浮かび上がった。
「地蔵‥‥? なんでこんなところに?」
場所が場所なのでよく見えないがどうやら神社の境内にあった地蔵と同じ種類のものだろう。
もっとよく見ようと浩一は横穴に入ったがその途端強い土と腐った木の匂いと篭った空気にむせた。咄嗟にハンカチを取り出し口を覆うとだいぶマシになった。
祐司もそれに倣いハンカチを口に当てた。
「ああくそ。 せめてハンカチが濡らせれば言うことないんだが」
祐司が悪態をついたが近くに水道はない。浩一と祐司は口と鼻を覆うだけで我慢した。
「浩一、奥はどうなってる?」
「小部屋みたいな空間があって‥‥その奥に地蔵がある」
「地蔵? なんでそんなとこにあるんだ?」
「俺が知るわけないだろ」
浩一がさらに奥に進もうとしたところで沙織が降りてきていないことに気づいた。
「野島さんは?」
「沙織は待ってるってさ」
たしかにこういう場所は女の子には辛い。しかたないので奥には二人で進むことにした。
横穴は埃っぽかった。だがハンカチで口と鼻を覆っているので喉を痛める心配は。
懐中電灯で足元を照らしながら前に進んでいく。
あまり高さがないので二人はしゃがんだまま移動しているのだがこの体勢はキツく。
およそ三メートルほど進むと小部屋らしき空間にたどり着いた。
小部屋の中を見渡して――――息をのんだ。
そこには地蔵があった。だが一つだけではない。
この小部屋のいたるところに地蔵が立っていた。
いくつかは倒れたり壊れたりしているが立っているものだけでも20個以上はある。
「おい‥‥。 なんだよこれ‥‥」
浩一も祐司も唖然としていた。それほどまでに異様な光景だった。
不意に浩一は昨日調べたことを思い出した。
――――地蔵は死んだ子供の供養ためのもの。
子供一人につき地蔵が一つだとしても数が多すぎる。
流行り病とも思ったがこれだけ子供が死ぬほどの被害ならどこかに記録が残っていてもおかしくない。
そしてなによりも何故こんな場所にという疑問が出る。
この部屋はあきらかに人の手で作られたものだ。
天井は立ち上がれるだけの高さがあり壁は通路と同じように板で壁が補強されている。
位置的に崖の下なのだがその地下にこんな空間があるなんて思いもしない。予想しろというほうが無理だ。
これはまるで――――
「子供が死んだことを隠していたの?」
そう呟いた瞬間、浩一は突然強い立ち眩みに襲われた。
立っていることが出来ず膝をつく。
息が荒くなり心臓がバクバクとうるさい。頭がぼんやりとしてきた。
隣で祐司がなにか言っているようだが聞き取れない。
なんとか顔をあげるとすぐそばに地蔵があった。
風化してしまったのだろうかボロボロで今にも壊れそうだ。
ぼんやりとした頭で地蔵に手を伸ばす。
何故だかそうしなければいけない気がした。伸ばした手が地蔵に触れる。
触れると地蔵は崩れ落ちた。
そして次の瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。
眠っていたのだろうか薄暗い部屋の中で天井を見上げていた。
目の前に誰かがいるのに気づく。顔は暗くて見えない。
その誰かが手を伸ばしてくる。
首を絞められた。
苦しい。
逃れようともがく。
だが押さえつけられているのか逃げられない。
更に力が強くなる。
苦しい苦しい。
首を締める手を引き剥がそうと掴むがいくら力を込めてもびくともしない。
苦しい苦しい苦しい。
首を締める手を叩くが力が入らなくなってきたのかぺちぺちと弱々しい音しかしない。
くるしいくるしいくるしいくるしい。
視界がボヤけてくる。救いを求めるように首を締める誰かに小さな手を伸ばす。
くるしいくルシいクルしいクるシイクルシいクるしイ。
だがその手は空を掴み力無く落ちた。
チリン、と手首についていた鈴が鳴った。
その音をどこか遠くに感じながら視界が黒に塗り潰されていった。
「おい! しっかりしろ! おい!」
「う‥‥」
浩一は体が揺さぶられるのを感じて目を覚ました。
うっすらと目を開けて自分が地面に倒れていることに気付いた。
「大丈夫か? いきなり倒れるから心配したんだぞ」
「うん・・・大丈夫・・・」
頭を軽く振って浩一は立ちあがった。
まだ頭がぼんやりしているせいか浩一の体がふらついたが祐司に支えられた。
「本当に大丈夫か? とりあえず外に出よう。 そうすればきっと楽になる」
祐司に促され外に向かう間、浩一はずっと頭の中に流れ込んできた光景の事を考えていた。
外に出て新鮮な空気を吸い込むと頭痛が少し和らいだ。
それでもまだふらつくので浩一は木にもたれ掛かり休むことにした。
「浩一」
浩一が顔を上げると祐司と沙織が心配そうな顔をして立っていた。
「大丈夫?」
「ああ、だいぶ楽になってきたよ」
「それで・・・何があった?」
「正直言うとわかんない。 突然立ち眩みがして気付いたら倒れてたんだ。
・・・・・・それでなんだけど・・・気を失ってる時にさ、変なものを視た」
その言葉に二人は眉をひそめた。
「変なもの? それってなに?」
「誰かの記憶だと思う・・・。
・・・真っ暗な部屋でさ、誰かが首を絞められて苦しくてもがくんだけど逃げられなくて……締める力が強くなって意識が遠のいて・・・そのまま・・・!」
浩一はまるで苦しみを吐き出すように苦々しい顔で言った。
それ以上の言葉は何も言わなかった。言えなかった。
辺りを沈黙が支配した。
「なあ、今日はここまでにしようぜ」
祐司が沈黙を破った。
「お前は少し休んだほうがいい。 一度倒れたんだし安静にするべきだ」
「だけど・・・」
「だけどじゃない。 まだ夏休みはあるんだ。
なにがあったかは・・・後で考えよう」
「そう・・・だね」
浩一は二人が真剣に心配してくれることが嬉しかった。
だがそれと同時に申し訳なくも感じていた。
「‥‥ごめん」
「謝らないで。 祐司の言うとおりまだ時間はあるんだから」
「そうだせ。 ほら、立てるか?」
浩一は立とうとしたが腰が抜けてしまったのかうまく力が入らず立てなかった。
「ごめん無理っぽい。 少し休ませてくれないかな?」
「なら俺と沙織は神社をもう一度見てくるよ」
祐司と沙織は神社の方向へ歩いていった。浩一が一人になりたいことを察したのだろう。浩一は黙ったまま感謝した。
二人を見送ったあと浩一は一度大きく息を吸い込む。
そして混乱が収まったのを確認してから地下で起こったことについて考え始めた。
まず、なぜ自分が倒れたかだがこれについてはさっぱりわからない。
本当に突然目眩がして意識を失ったのだ。原因などわかるはずがない。
酸欠なども考えられるがなぜ祐司がなんともないのか疑問が残る。
次に意識を失った時に視たアレについてだが。
頭を抱える。
アレを思い出すと鳥肌が立つ。
それほどまでリアルな光景だった。
いや、おそらくだがアレは実際にあった事なのだろう。
あの苦しさは気のせいでは済ませられない。
首を絞められていたのは手の大きさからしておそらく子供。
その子を通じて体感したと言った方がしっくりきた。
あの光景のなかで一つ気になることがあった。
首を絞めていた人の顔は見えなかったが服装は見えていたのだ。
まるで時代劇で出てくる村人のような服を着ていたのが印象に残っていた。
つまりアレが実際にあったことだとするとかなり昔のことということになる。
昔に行われた子殺し。それはつまり
「口減らしか‥‥」
それなら死んだ子供を隠すのにも納得がいく。
これは想像だがもしかしたらこの神社も口減らしと関係あるかもしれない。
居もしない神様を祭って子供がいなくなったのは「神様が連れていってしまったのだから仕方ない」と誤魔化していた。
それならこの神社の神がわからないのも納得がいく。
初めからいないのだ。調べようがない。
それに
――――チリン
飛び上がるように立ち上がった。
辺りを見回すが何もいない。
だが確かに今鈴の音が聞こえた。
一昨日やあの光景を視ている時に聞いた音と同じ鈴の音だ。
地下で倒れた時のように心臓の鼓動が激しくなる。
だが今回は意識を失うことはなかった。
――――チリン
また鈴が鳴った。
さっきより近くから聞こえてきた。
パニックになりそうな頭を無理矢理冷静にしようとするがうまくいかない。
――――チリン
また鳴った。
近づいてきている。
「ああ、クソッ。 なんだよ! なんなんだよ!」
パニック寸前だった。なんとか落ち着こうと目を閉じて深呼吸する。
何度か深呼吸すると少しはましになったが相変わらず心臓は早鐘のように鳴っている。
――――チリン
もう一度深呼吸をしようとした瞬間、体が硬直した。
音はすぐ側――目の前で聞こえた。
おそるおそる目を開ける。
そこには・・・目の前には子供がいた。
「ひっ」
思わず尻餅をついた。驚きのあまりうまく声を発することができない。
子供は無表情でただじっとこちらを見つめている。大体6、7歳の女の子だ。その顔からは生気が感じられない。
生きている人間ではないとわかったがじっと見つめているうちに不思議と恐怖は収まってきていた。
どれ程時間が経っただろうか。
不意に女の子がくるりと振り返りそのまま走っていった。その際チリン、と音が鳴る。
女の子を見ると右手首に鈴のついた紐が巻かれていた。
その子はそのまま溶けるように消えてしまった。
「あの鈴・・・。 もしかしてあの子って・・・」
浩一は祐司達が戻ってくるまで動くことができずそのまま座り込んでいた。
――――
その夜、浩一はベットに寝転がりながら昼間の事を思い出していた。
ちょっとした興味から調べ出した事だがまさか本当に幽霊を視てしまうとは思ってなかったのだ。
幽霊を視たのは生まれて初めてだった。なので恐怖もあるがそれ以上に興奮もしている。
それゆえに浩一にはどこぞの霊能力者がやってるように害のある霊なのかそうでないのかを判別できない。もっともあれは本当にやっているのかどうかわからなかったが。
ついでに言えば自由研究としてどこまで書けばいいかも悩みどころだった。
そこまで考えて浩一はふいに可笑しくなった。
あんなことがあったのに自由研究の心配をするとはなんだか滑稽だと思った。どうやらまだ自分には余裕があるらしい。
そんなことを考えながらしばらくごろごろしていると母親の呼ぶ声が聞こえた。
こんな時間に珍しいと思いつつ一階に下りると早苗は電話に出ていた。
「どうしたの?」
早苗は通話相手に断りをいれてから浩一の方を向いた。早苗はなにかを心配しているような顔をしている。
「今ね、小畑さんから電話がかかってきたんだけど祐司君がまだ帰ってきてないらしいのよ。 何か知らない?」
「え?」
祐司が帰っていない?
どこかで寄り道でもしてるのか?そんなはずは無い。浩一はそれを否定する。
祐司と別れたのは昼前だ。寄り道したとしてもこんな時間まで家に帰っていないというのはありえない。
そのとき浩一の頭に最悪の予想がよぎった。
ようやくまともに幽霊が登場。でもこの話っていうか「発端」という話自体がいわゆるプロローグみたいなものなのでそこまで怖くは無いと思います。