発端 2
今回少し短めです。
神社に行った翌日、浩一達は昨日行った神社についての情報を集めるために図書館に来ていた。
この図書館は決して大きいとは言えないが規模のわりに本が充実している上にパソコンも置いてある。
自分のパソコンを持っておらず、家でパソコンを自由に使えない中学生たちにとっては調べ物にはもってこいの場所だ。
図書館の中は冷房が入っており神社とは違い心地よい涼しさに包まれた。
浩一がすぐさま本のコーナーに行こうとすると沙織に呼び止められた。
「ねぇ、インターネットでも調べてみようよ。 案外あっさり見つかるかも」
「それもそうか。 なら野島さんはインターネットで調べてくれる? 俺は本で調べてみるから」
沙織は頷いてパソコンのほうへ歩いていった。
「浩一、俺はなにをすればいい?」
「俺といっしょに本で調べもの」
「本って‥‥。 それっぽい内容のだけでもいくつあると思ってんだよ。 どっから手をつけるつもりだ?」
祐司を見据え浩一はニヤリと笑う。
「片っ端からだよ」
浩一は意地の悪い笑みを浮かべた。
裕司は軽々しく自由研究のテーマを決めたことを少しだけ後悔した。
朝早くに来たせいか館内には人はまばらだ。
なので浩一と祐司は一度に何冊もの本を取って机の上に並べた。
少々マナーが悪い行為だったが二人には本を取りに行く時間がさえも惜しかったのだ。
「これだけ本があるとどこからしらべればいいのやら‥‥」
「まずは神社の名前を調べよっか。 なんでかは知らないけど地図には神社の名前が書いていなかったし‥‥」
先ほど地図で調べたとき地図上の神社があるはずの場所には名前が記されていないどころか神社を示すマークすらもなかった。
二人はそれに気づいたとき絶句した。
普通ならば絶対にありえないことだ。それゆえに全員が本気であの神社にはなにかがあるのではないかと思い始めていた。
「けど神社は存在してるんだ。 神社の名前が無いってわけじゃない。 どこかに記録があるはず……」
「そうだな。 なら昔の町のことを中心に調べようぜ」
神社の存在が記されていないのには理由があるはず。
記されなくなった原因が事件性のあるものならば少なくとも事件の記録が残されている。それが普通なのだから二人の判断は妥当と言えた。
目標を決めたらあとは行動するだけだった。
先の見えない作業だが二人は黙々と調べ始めた。
――――
一方、沙織も町の歴史を調べていた。
歴史を調べることが神社のことを知る近道だと考えた彼女は町のことはもちろん様々な神社についても平行して調べていた。
この町はさほど大きいわけではないのですぐに見つかるだろう。そう考えていたが予想に反して難航していた。
「なんで‥‥? 情報が一つも出てこないなんて‥‥。
まるで意図的に消されたみたい‥‥」
あの神社にはなにかがある。沙織はすでに確信していた。
――――
「裕司、浩一君! 見つけたわ!」
沙織が二人を呼んだのは一時間ほど後のことだった。
二人は今までに調べたことをメモ用の本にまとめて書いたあと、沙織がいるパソコンの前に集まった。
「それで沙織、見つけたってのは?」
「このサイトよ」
二人がパソコンを覗き込むとそこにはあるサイトが開いてあった。
おそらく個人サイトなのだと思われるそのサイトは黒い背景にいくつかの項目だけが表示されているシンプルな作りのサイトだ。
そのサイトは日本で起こった様々な事件について書かれているらしく殺人事件や誘拐などの項目がありそのひとつひとつにリンクが貼ってあるらしい。
そして項目の一つには神隠し事件という項目があった。
「ほら、これよ」
沙織がその項目をクリックすると新たな画面が表示された。
今度はいくつか地名が書いてある。その中にこの町の名前があった。
町の名前の横に神社の名前が表示されている。聞いたことのない神社の名前だった。
「子澄神社‥‥」
「それがあの神社の名前か?」
「たぶんそうだと思う」
「それだけじゃないわ。 このサイトには神社で起こった事件も書かれてるみたい」
―――事件。その言葉に浩一は身を震わせた。
やはりあの神社でなにかあったのだ。
昨日の不可解な出来事から予想はしていた。だがこうして実際に突きつけられると動揺を隠せなかった。
浩一は気づかれないように二人を見た。
自分自身の好奇心から始まったことに二人を巻き込むのは嫌だった。これにすでは自由研究の範疇を超えている。
大事になる前に調べるのをやめたほうがいいのではないか?
浩一がそう考えた時に肩を叩かれた。
「おい浩一。 まさかこれ以上調べるのをやめろとか言わないよな」
「な、なんでそのこと‥‥」
裕司は肩をすくめた。
「お前は顔に出やすいからな」
「う‥‥。 だ、だけど」
「浩一君が責任感じる必要は無いよ。 私たちは自分が知りたいから調べてるんだよ?」
追従するように沙織が笑みを浮かべながら言った。
「‥‥わかったよ」
二人がそう言うのならば浩一がとやかく言う権利はなかった。
それに浩一が懸念していることが起こるとは限らないし、常識的に考えれば浩一の考えすぎだと言える。
気になることはいくつかあるが今は気にせずに事件について調べることが先決だ。
「それで事件のことなんだけど」
改めてサイトの記事を見る。
そこにはかつて神社で起こった事件について事細かに記されていた。
今から40年ほど前のこと。
子澄神社を管理していた一家が失踪した。
すぐに捜索が開始されたが手がかりは見つからない。
それどころか捜査を進めるほど不可解な点ばかりが見つかった。
その事件を知る人間は皆、口を揃えてまるで神隠しにあったかのようだと証言した。
なぜなら彼らは何の前触れもなくいなくなったのだ。理由もなく。
その事件以降神社を管理する人がいなくなり、その上気味悪がって誰も神社に近づこうとしなかったので現在まで放置状態となっているらしい。
浩一は本にメモをしながらいくつかの疑問が氷解したことに満足感を覚えた。
それならば神社の荒れ具合も納得がいく。
いくらボランティアで掃除をされていてもそれを保つ人がいなければ意味はないのだ。
むしろあの程度ですんでいるのであるのだから奇跡と言えた。
そのサイトではそれ以上のことはわからなかった。
それでも神社の名前や神社で起こった事件がわかったので大きな進展だ。
だがそれでも未だ全貌は見えてこない。
「私が調べたのはこれだけだけど二人はなにかわかった?」
沙織の問いに裕司は肩をすくめる。
「いや、こっちはほぼ収穫なしだ」
「強いて言うなら俺が調べた地蔵のことぐらいかな」
「地蔵?」
沙織は眉をひそめた。
「神社に地蔵があったでしょ? それで気になってちょっと調べてみたんだ」
浩一は手に持った本のページをめくり調べた内容を説明を始めた。
地蔵とは正確には地蔵菩薩と言い、また、地蔵とひと言で言ってもいくつか種類がある。病苦の身代わりや厄除けとされる身代わり地蔵や六地蔵などが広く知られているが本来地蔵とは子供の守り神である。
日本人ならば誰もが知っているであろうが幼くしてこの世を去った子供は三途の川を渡れず賽の河原で石を積み続けるという話がある。
その賽の河原に行った子供たちを鬼から守り、成仏へ導いているのが地蔵菩薩なのだ。そのため昔は子供が幼くして亡くなった場合地蔵を作くることで供養したと言われている。
「と、まぁこんな感じ」
ふぅ、と息を吐き浩一は本を閉じた。
裕司と沙織はちょっと調べたではすまされない内容に若干だが呆れていた。
「よくもまぁそれだけしっかり調べたもんだな‥‥。 ちょっとどころじゃないぐらい調べやがって」
「あ、あはは……。 ……ごめん」
裕司のお前神社について調べたのか?という疑いの視線に浩一は目を反らした。
本来の目的をそっちのけで調べていたのだ。さすがに良心の呵責があった。
浩一が目を反らし続けていると不意に裕司はため息を吐いた。
「まあ俺よりはマシか。 俺なんてなんの成果もないんだからな」
「本当にね」
沙織がくすくすと笑う。
それに関してはまったくフォローできない。
それを申し訳なく思ったが浩一は
気落ちした祐司を尻目に気を取り直して話を続ける。
「あー、それでさもう一度調べてみない? 神社の名前もわかったしもっといろいろわかるかもしれないからね」
「たしかにそうね」
「なら善は急げだ。 早速取りかかるか」
再び三人は子澄神社について調べ始めた。
だがやはりというべきか浩一たちがいくら調べてもそれ以上のことはわからなかった。
時間ばかりが過ぎていきたちまち数時間が経った。落胆を抱えながらも三人は図書館から出た。
今日はそのまま解散し、自分たちの家に帰ることにした。
明日はもう一度神社に行く。
昨日調べることができなかった場所を調べるのだ。それにはちゃんとした準備が必要だ。
浩一は頭の中で必要なものをひとつひとつ思い浮かべながら帰路に着くのだった。
夜、帰宅した浩一はベットの上で少しだけ不安を感じていた。
表には出していなかったが祐司や沙織も同じ気持ちを抱えていただろう。
はっきりとわからない神社の過去。
一家が神隠しにあったという事件。
神社の裏手にあった地蔵とそこから伸びている線。
その先にあった地下に続く穴。
そして昨日神社を出るときに聞いた鈴の音。
これらはなにか関係があるのだろうか。現状では何一つわからない。
だが明日はきっと何か進展があるだろう。
根拠は無い。だが浩一はそう確信していた。
今回は調べもの回。特にどきどきはらはらするシーンはありませんがこの作品ではこの調べるということこそが重要だったりします。