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第6章第7節

お待たせしました。第6章第7節投稿しました。

 ノゾムはアイリスディーナ達に数十秒遅れつつも、その眼に戦いの場を視界に捉える所まで近づいていた。

 だが、戦況はあまりに危機的状況だった。

 ノゾムの視界に映る茂みの奥には、今にもオークに叩き潰されそうになっている後輩の姿が見える。


「まずい!」


 すぐさま気を刀に叩き込み、同時に脚部にも気を溜めこんで放出した。

 急激な気の消費と引き換えに得た瞬間的な加速。茂みを突き抜け、開けた視界に映るのは憤怒の顔を浮かべたオークの姿。

 納刀した刀の柄に手を添え、裂帛の気合を込めて抜刀する。

 次の瞬間、刀の軌跡に沿うように極圧縮された気刃が高速で飛翔し、一瞬でオークの腕を斬り飛ばした。

 腕を切り落とされた事に気づかないオークが、半分だけになった上腕を振り下ろす。

 だが、目の前で尻もちをついているエルドルには何も起こらない。

 

「ブモ?」

 

 呆けたような声を上げるオーク。彼がエルドルを殺せるはずもない。彼の腕は既に失われ、二度と戻る事はないのだから。

 オークが自分の腕が無くなっている事に呆けている間に、ノゾムは奴の懐に飛び込んでいた。

 再び刀に気を再充填し、極圧縮。オークの脇を駆け抜けつつ、手にした刀を再び一閃させる。

 気術“幻無-回帰-”が肉の詰まったオークの胴体を両断し、奴は自分の死に気づかないまま死に誘われた。

 泣き別れをした上半身と下半身が地面に崩れ落ちる中、ノゾムはオーク達と後輩達の間に割り込み、オーク達を睨みつける。


「ブギャアアア!」


「ガフガフ!」


 荒い鼻息を鳴らしながら、オーク達が怒号を上げている。眼を血走らせながら、ノゾムを睨みつけるオーク達。


「…………」


 対するノゾムはオーク達の怒号と殺気を全身に浴びながらも、しっかりと地面に足をつけて魔獣の前に立ち塞がっている。彼の眼はまっすぐとオーク達に向けられ、無言の視線で豚鬼達の動きを牽制していた。

 相手は力が支配する野生の住人達だ。この場合、少しでも相手の気迫に呑まれた方が一方的に蹂躪されることになる。


「しかも相手は複数。勢いに乗られたら厄介な事この上ない……」


 ノゾムはオーク達を威嚇しつつも、今の自分自身に少し苦笑していた。

 アイリスディーナ達と出会う前の自分だったらどうしていただろうか? 

 ノゾムはちょっと考えてみたが、どうしても当時の自分が誰かと一緒にいる光景が想像できなかった。


「とにかく、問題はエルドル君達か……」


 思いにふけるのもいいが、ここは戦場だ。ノゾムは気を取り直して、背後にいる後輩達の気配を伺ってみる。

 背中に感じるのは後輩達の視線。何やら茫然としているようだが、少なくとも戦場で気が抜けているのは不味い。


「おい、しっかりしろ。ボーっとしているな」


 ノゾムは後ろの後輩たちに声をかけてみる。

 オーク達を刺激しないようにするため、大声は出さなかった。

 正直な話、どんな風に声をかけたら彼らを立ち直らせる事が出来るのか、ノゾムには分からない。

 しかし、とにかく生存を第一に考えるノゾムは、今この場を生き残るために頭を回転させる。

 今怯えている後輩達に必要なのは簡潔明瞭な目標と手段、そして何よりも精神的な支柱だ。

 

「俺は機会を見計らって突っ込む。お前はとにかく怪我をした仲間を守れ」


 複雑な話は動揺している彼らをさらに混乱させるかもしれない。

 ノゾムは、彼らにとって頼りになる先輩像であろうアイリスディーナの姿を脳裏に思い浮かべながら、彼らに一言二言だけの簡単な指示だけを口にした。

 だが、エルドル達にはその行動が自殺行為にしか思えなかった。

 この森に来る前に本人から聞いたノゾムのランクはD-。そのランクだけを見れば、ノゾムにオークの相手が出来るとは全く予想できないことなのだ。


「えっ、でも先輩のランクはD-で……。え? でも、今オークを斬り倒して……」


 ノゾムに対するエルドル達の先入観が、彼ら自身の混乱を助長する。彼らは目の前でオークを切り殺したノゾムの姿を見てはいるものの、冷静に今起きた現実が理解できないでいた。

 ノゾムのランクだけを考えれば彼にあれほどの数のオーク達の相手が出来るはずがない。

 しかし、エルドル達は目の前でノゾムがそのオークをたった二太刀で切り伏せている姿を目の当たりにしてしまっている。

 ただでさえ1学年で訓練も足りず、実戦経験がないエルドル達。自分の考えと現実との乖離に、彼らはまともな思考が出来なくなくなってしまっていた。


「まいったな、どうしよう……」 


 オーク達を牽制しながら抜き放っていた刀をゆっくりと納刀。腰を落し、臨戦態勢を整えながらも、彼は内心頭を抱えていた。

 彼らを立ち直らせようと思い、アイリスディーナのような雰囲気を意識して言葉を選んだつもりだが、逆に不安がらせてしまったようだ。

 確かに彼らはノゾムの噂とランクしか知らないのだから、無理もない話なのだが。


「アイリスディーナ達の方もすぐに終わる。それまで頑張れ。いいな」


 正直なところ、ノゾム自身かなり慣れない事をしていると思っていた。1人で戦い続けることには慣れているが、誰かと共闘するとなると上手くいかない。

 アイリスディーナ達のような信頼関係や、ジン達のようにある程度作戦を練る時間があったわけではないのだ。

 突発的な戦闘だからこそ、ノゾムの学園内での評価と実戦との乖離が後輩達にさらなる混乱を招いてしまった。

 だから、アイリスディーナを意識した自分ではなくアイリスディーナ本人を意識させる。

 ノゾムの視界の端に映るアイリスディーナとフェオは、問題なさそうだった。 

 数的不利な状況ではあったが、オーク達の攻撃を確実に捌き、敵の数を的確に一体一体減らしている。それに相手をしているオークの数が減るにつれて、アイリスディーナ達の攻撃の機会も増えてきていた。あちらが片付くのも時間の問題だろう。


「は、はい!」


 アイリスディーナ達の戦いぶりはエルドル達も見てえていた。

 ノゾムと違い、アイリスディーナは学園内での評価も高い。他の生徒達を導くカリスマも、教師達からの厚い信頼も実績もある。

 そんな彼女の奮戦に、彼らの萎んでいた気勢も徐々に奮起されてきた。

 ノゾムに返す声にも声に力強さが戻ってきている。

 こういう時、精神的な支柱としても彼女の存在は大きいなとノゾムは思いながら、刀を納めた鞘を握り締めた。

 相手は数も多く、膂力では敵わない。だが、後ろに敵を通すわけにもいかない。

 後輩達を守るためにノゾムに必要なことは相手の注意をすべて自分自身に向けさせることだった。相手の意識が少しでもエルドルたちに向かえばどうなるかは想像に難くない。

 今は気力が戻ってはいるが、傷付いて疲れ切っている後輩達ではオーク達の攻勢に持ち堪えることはできないだろう。

 そうさせないためには……。


「フゥゴオオオ!」


 奇声を上げながら、オーク達がノゾムに突っ込んでくる。

 完全に頭に血が上った魔獣達は、とにかく目の前にいるノゾムから排除しようとしているようだ。

 ノゾムはオーク達に見えないように腰のポーチに手を伸ばすと、取りだした物をそっと地面に落とす。


「ふっ!」

  

 醜悪な顔をさらに歪めて迫ってくるオーク達を一瞥すると、ノゾムは小さく息を吐きながら足に気を叩き込み、地面に落したそれを思いっきり踏みつけた。


「ブモオゥ!」


 次の瞬間、弾けるような炸裂音が森に木霊する。

 ノゾムはすぐさま“瞬脚”を発動。納刀したままの刀を携え、オーク達の群れに正面から突っ込んだ。

 ノゾムがポーチから取り出し、踏みつぶしたのは強烈な音を発する音玉。耳を突く炸裂音に驚いたオーク達は、一瞬その動きを鈍らせてしまう。

 炸裂音に驚いて身をすくませたオークに向かって、一直線に駆けていくノゾム。

 だが、その速度はアイリスディーナ達と比べれば決して速くはない。

 体格も膂力も、オーク達の方がノゾムを上回る。エルドルには真正面からオーク達に突っ込むノゾムが、魔獣達に叩き潰される光景しか思い浮かばなかった。

 逸早く混乱から立ち戻ったオークが前に出て、不快な音を聞かせたノゾムめがけて突進してくる。

 疾走するノゾムと先頭を走るオークとの距離が一気に縮まった。

 迫りくる獲物の脳天目がけて振り下ろされるオークの棍棒。迫りくる棍棒の動きを把握しながら、ノゾムは鞘におさめた刀に三度気刃を纏わせる。

 同時に、“瞬脚-曲舞-”で進行方向を斜め前にずらし、そのまま打ち降ろされる棍棒の側面目がけて抜刀した刃を打ち込んだ。

 普通に考えれば腕力と重量で勝るオークが一方的にノゾムを打ち倒すと考えるだろう。

 だが、エルドルの目に飛び込んできたのは一瞬で両断されて宙を舞っている棍棒の上半分だった。


「ぜいっ!!」


 返す刀でノゾムの刃がオークの胴に吸い込まれる。交差するように駆け抜ける両者。


「グッ、プギャウ……」


 一拍の後に、駆け抜けたオークが血を吐きながら崩れ落ちた。彼の魔獣の腹には一文字の切り傷が深々と刻まれている。明らかに致命傷だった。

ノゾムは瞬脚の勢いを殺さずに、そのままオーク達の群れの中に突っ込む。


「ガアアア!」


「ブウウ!」


 オーク達が次々とその手に持った得物をノゾムに振り下ろす。

 圧倒的な人数だからこそ出来る攻撃密度。四方八方から襲いかかるオーク達の攻撃をノゾムは目を見開いて見極めようとする。


「ふっ!!」


 オークたちの間合いに入った瞬間、ノゾムは瞬脚-曲舞-で複雑な曲線移動を描く。

 しかし、能力抑圧を開放していない今の状態では、以前キクロプス達を翻弄したような圧倒的な機動は出来ない。

 事実、打ちおろされる棍棒の内、数本はノゾムの体を捉えていた。


「くっ!!」


 自分の体に迫りくる棍棒をノゾムは全力で受け流しにかかる。

 瞬脚-曲舞-による全身の回転運動の勢いと、刀特有の反りとしなりを利用して棍棒の軌道を逸らす。

 受け流そうとする度にノゾムの両腕に岩を受け止めた様な重圧がかかり、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 だが、オークの一撃は、Aランクのキクロプスはおろか、Bランクのサイクロプスにも及ばない。全身の筋肉を無駄なく連動させれば、捌くことは可能だった。

 オークの一撃がノゾムの体を捉えることはなく空を切る。しかし一撃だけならともかく、囲まれているこの状況ではたとえ1体のオークの攻撃を捌いても他のオークが攻撃を仕掛けてくる。

 それに一度攻撃を受けてしまえば、たとえ無傷で捌き切ったとしてもどうしても移動速度は鈍る。そうなればさらに苛烈な攻撃にさらされることになってしまうだろう。

 事実、一度攻撃を受け流した隙にさらにオーク達の攻撃密度は増していた。

 

「くっ!」


 別のオークの石斧がノゾムの顔面スレスレを通り過ぎた。何とか首を捻って避けたが、正直このまま 時間をかけるのは不味い。まだ捌き切れるとは思うが、手間をかければ後輩たちにオーク達の意識が向いてしまう可能性もある。

 ノゾムは舌打ちをしながら、周囲のオーク達の動きに全神経を集中させた。視界が色を失い、全ての時間の流れが遅くなる。

 極限の集中力を発揮したノゾムの目には、返す刀で襲いかかってきた斧の軌道がはっきりと映っていた。

 ノゾムは手に携えた刀に気を叩き込みながら、薙ぎ払われようとしている斧の側面目がけて刀を斬り上げる。

 振りぬかれた斧を的確にとらえたノゾムの斬撃が、カッ! という甲高い音を立ててオークの石斧を両断した。

 ノゾムを肉片に変えるはずだった自分の斧を逆に両断され、呆然とするオーク。その隙にノゾムが“幻無-纏-”を施した刀を袈裟がけに振り抜いていた。

 一泊遅れて崩れ落ちるオークの体。だがノゾムは今しがた切り捨てた魔獣を顧みることはせず、すでに次の相手を見据えていた。








「…………」


 エルドルはオーク達の攻撃を紙一重で捌きながら、オーク達に致命傷を負わせていくノゾムをただ茫然とした表情で見つめていた。

 噂で聞いたノゾム・バウンティスの人物像とはあまりにかけ離れたその姿。 

 圧倒的に膂力で勝るはずのオークの一撃を完全に受け流してしまうほどの刀術と極限まで研ぎ澄まされた気刃に、エルドルは完全に目を奪われていた。


「すげえ……」


 エルドルの後ろで仲間の手当てをしていた同級生が感嘆の声を漏らす。彼もまた、目の前の繰り広げられるノゾム達の剣舞に釘づけになってしまっている。

 黒髪を風になびかせながら複数の魔力弾を同時に操り、銀色の光を閃かせながら細剣を振うアイリスディーナ。

 フェオのしなやかな体捌きで加速した棍がオーク達を打ちすえ、投げつけた符が閃光と共に炸裂してオークの体を焼く。

 そして魔法を使えず、能力抑圧によるハンデがあっても、そんな彼らと全く遜色ない動きを刀一本で見せるノゾム。

 戦いの型はちがえど、それはエルドル達よりもはるかに高みにいる者達の姿だった。

 エルドルは停滞なく振われるノゾムの刀の軌跡に見とれながら、自分の胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

 ただひたすらに研ぎ澄まされた、文字通り刀のごときその剣舞。

 全身を包み込む高揚に胸を打たれながら、エルドルはついさっきまで殺されかけた事も忘れてその姿に見惚れていた。


 










 ノゾムの目が、視界の端から横薙ぎに振るわれた棍棒を捉える。彼は棍棒を振り抜いてきたオークに対して自ら踏み込みながら、薙ぎ払われ棍棒に気刃を付した刀を沿わせるように押し当てた。

 すると彼の刀はまるで粘土を切り裂く様にオークの棍棒に食い込み、一気に両断。そのままノゾムの刀は魔獣の腕を深々と切り裂いていた。


「ピギャアア! ガフッ……!」


 腕に走った痛みにオークは思わず絶叫を上げるが、叫び終わる前にノゾムの刀がオークの首を跳ね飛ばす。

 一切手加減なく振われる刀と気術。

 オーク達の意識を自分に集中させるには、相手に自分は目を離せない程の強大な敵だと思わせればいい。そのためにノゾムが行ったのは……気の消費量を全く考慮しない全力戦闘だった。


「はあ!!」


 首を跳ね飛ばされた仲間の姿を見て茫然としていたオークの口に鞘を突き込み、“破振打ち”を叩き込む。

 口内で炸裂した気と衝撃波がオークの頭蓋を粉砕し、周囲に脳漿がまき散らされた。

 普段学園では自制している殺傷力の高い気術を全面的に使用し、絶殺技の連続使用で相手を蹂躙していくノゾム。

 ノゾムの接近戦を支えているのは、群を抜いた気の制御力と、それによる圧倒的な殺傷力を体現した気術や体術だ。

 能力抑圧の解放は行っていないが、それでも相手を得物ごと両断する気刃と刀術はオーク達を全く寄せ付けない。


「くっ、せい!」


 破振打ちによって納刀されていたノゾムの刀が再び抜き放たれ、閃光を残しながら後ろにいたオークの身体を得物ごと切り裂く。

 だが、“幻無-纏-”で攻撃に使う気は抑える事は出来ても、能力抑圧による身体強化の効率は最悪だ。

 燃費の悪い状態での後先を考えない全力強化。急激な気の消費がノゾムの体を一気に限界へと近づけていく。


「はあ、はあ……」


 ノゾムの息が徐々に荒くなっていく。心臓の鼓動が跳ね上がり始め、肺にも痛みを感じるようになってきていた。

 

「ブモオオ!」


「っ!」

 

 ノゾムの幻無によって噴出したオークの血煙。その中を突っ切る様に、背後から別のオークが巨大な棍棒を振り払ってきた。

 視界の外から横合いから薙ぎ払われた一撃。ノゾムはすぐさま反応するが身体の動きが僅かに間に合わず、完全に受け流す事が出来なかった。

 ノゾムの上体が僅かに浮き、一瞬無防備な体を晒してしまう。さらに切り返された棍棒が、逆方向からノゾムに迫ってきた。


「ちいっ!」


 ノゾムは踏ん張ろうとしていた全身の力をあえて抜き、逆に体勢を自分から崩す。

 受け流しきれなかった衝撃に逆らうのではなく、あえてその流れに体を乗せ、上半身を捻りながら身を屈める。

 重力に従ってノゾムの体がストンと落ちる。彼がそのまま地面にへばり付くように身を沈めると、次の瞬間、頭上をオークの棍棒が唸りを上げて通過していった。

 

「ふっ!」


 頭上を棍棒が通過した瞬間、ノゾムは地面に着いた両手に力を込めて、跳ね起きながら斬り上げるように刀を一閃させた。

 股下から腹、そして頭蓋を一撃で断ち斬られ、血を吹き上げながらオークが崩れ落ちる。


「はっ、はっ、はっ……」


 雨のように降り落ちる返り血を全身に浴び、荒い息を吐きながらノゾムは残ったオークを睨みつけるように一瞥した。


「ブ、ブブ……」


 ノゾムに気圧され、後退るオーク。残った魔獣は完全に戦意を喪失していた。

 獲物の動きは決して速いわけじゃなかった。力だって強くはない。現に先程、受け流しそこなった仲間の一撃で大きく体勢を崩している。

 自分達の一撃もまともに受け止めきれない貧弱な獲物。

 だが、彼らが貧弱だと思っていたはずのノゾムの間合いに入った仲間は全てその命を断たれ、無残な姿で屍を晒していた。

 もう一方の仲間達もアイリスディーナ達によって討ち取られ続け、残り僅か。

 オークの心を言いようのない恐怖が塗りつぶしていく。目の前に立つ1人の人間の殺気が、冷たい刃となって首筋に触れた。

 次の瞬間、オークが見た光景は、何もできないまま自分の首が宙を舞う光景だった。


「ピ、ピギャアウウ!」


 自分の死を幻視し、ついにオークの精神は限界に達した。悲痛な叫び声を上げながら、一目散にこの場から逃げ出そうとする。

 そのオークの進行方向には……。


「ふお! なんじゃこれは!!」


 何故か待っているように言い含めたはずのゾンネがいた。


「爺さん!? しまった!」


 ノゾム達がなかなか戻ってこない事に我慢できなくなったのだろうか。

 しかし、錯乱状態に陥っているオークは目の前にいる老人の姿など目に入っていなかった。

 とにかくこの場から離れようと、必死に足を動かす魔獣。このままではゾンネが突っ込んできたオークに跳ね飛ばされてしまう。

 ノゾムの顔に焦りの色が浮かんだ。戦う術を持たない人間にとって、オークの巨体はそれだけで十分な脅威なのだから。

 瞬脚では間に合わない。おまけにゾンネは、逃げ出したオークとノゾムを結んだ一直線上にいる。下手に幻無を使うと老人ごと両断してしまうかもしれない。


「くっ!!」


 ノゾムがそれでも何とかしようと瞬脚を発動しようとした時、脳裏に今朝の出来事が思い浮かんだ。彼の瞳が腰のベルトに納められた小さな刃を捉える。

 ノゾムは咄嗟に刀を左手に持ち替えて、右手でフェオから受け取った投剣を引き抜いた。そのまま振りかぶり、投擲の姿勢を取る。

 一歩前に踏み込み、今朝のフェオの助言で的に当てた時の光景を脳裏に思い描きながら、重心を前へと移していく。

 だが、投剣だけでは正直オークの動きを止めるには心許ない。正確な狙いに不安がある以上、あの巨体の動きを止めるには一定以上の打撃力が必要不可欠だ。


「威力が足りないなら……」


 ノゾムは掲げた投剣に、幻無を使う要領で気を込めて極圧縮した。足りない投剣術の技量を気術で穴埋めし、十分な威力を持たせようと試みる。

 身体の正中線と脇を意識し、刀を振りおろす要領で腕を振り下ろす。

 ノゾムの腕から離れ、飛翔した投剣。それは空中をくるりと反転し、気を極圧縮された刃をオークに向けながら、その無防備な背中に突き刺さる。

 次の瞬間、極圧縮されていた気がノゾムの制御から離れ、弾けるような音と共に突き刺さっていた投剣が炸裂した。


「ギャアウゥゥ!」


 背中に走った激痛にオークが身を捩る。オークの背中には指が数本入りそうなほどの穴が穿たれていた。

 だが身体をふらつかせ、速度を落としてもオークの足は止まらなかった。生存本能が苦痛に勝ったのだろう。


「くそ! 爺さん逃げろ!!」


 ノゾムの大声が周囲に木霊するが、既にオークは老人の目の前まで迫っている。

 今のままの自分では間に合わない。そう判断したノゾムはすぐさま自分を縛る縛鎖に手をかけた。

 腕に力を込めて、能力抑圧の鎖を引き剥がそうとするノゾム。以前のような不安は不思議と湧いてこなかった。

 だがその時、彼の両脇をよく知る影が駆け抜けていった。


「大丈夫だ、ノゾム!」

 

「後は任せい!」


 背後から聞こえてきた仲間達の声。

 次の瞬間、地面から生えた十数本の闇色の鎖がオークの体に幾重にも絡みついていた。アイリスディーナ達が相手をしていたオーク達を片づけ、駆けつけてきたのだ。


「ギャアアアウウ!」


 悲痛な声を上げながらオークが鎖の束縛から逃れようとするが、アイリスディーナの“闇の縛鎖”は 一瞬でオークの動きを完全に封じ込めていた。

 必死に身を捩るオークだが、逃れる隙をアイリスディーナ達が与えるはずもなく、棍に雷を纏わせたフェオが突っ込んできていた。

 

「これで仕上げっと!」


 フェオは頭上で棍を高速で回転させ、勢いよくオークの頭めがけて振り下ろす。

 炸裂音と共に弾けた雷がオークの体を蹂躙し、全身を焼かれながら最後のオークは絶命した。

 

「これで終わりやな。爺さん、大丈夫か?」


「ああ、死ぬかと思った。いやいや、助かったわい」


 フェオが軽い調子で棍を肩に担ぐ。ゾンネも気の抜けた声と共に、大きく息を吐いていた。


「ノゾム、大丈夫か?」


「はあ、はあ、ふぅ……。ああ、大丈夫。ちょっと気を使い過ぎたけど、怪我はないよ」


 アイリスディーナもノゾムの元に駆け寄り声をかけてくる。彼も息を整えながら彼女に答えた。

 

「さて、とりあえずオークは片付けたけど……」


 ノゾムがちらりと茫然とした様子で佇んでいるエルドル達に目線を向けた。彼ら4人の内、怪我をした女子生徒は未だに地面に蹲ったままだ。

 

「とにかく、手当てやな」


「そうだね。ノゾム、ポーションは……」


「持っているよ。アイリスディーナはそっちの生徒を頼む」


「分かった」


 互いに頷きながら、ノゾム達は倒れている女子生徒に駆け寄ると、彼女達の状態を確かめる。


「大丈夫か?」


「う、うう……」


 倒れている女子生徒に声をかけるノゾム。小柄な体格で、鳶色の髪を片側で纏めた、子猫を思わせる女の子だ。

 その可愛らしい容貌も今は苦痛に歪んでいるが、少女はノゾムの問い掛けに対して小さく頷いてくれた。どうやら意識はあるらしい。


「意識はしっかりしている。怪我は打撲と裂傷……骨は大丈夫か。アイリス、そっちは?」


「こっちも似たようなものだね。ただ、こっちはあばら骨をやられているみたいだ。内臓は大丈夫のようだけど……」


 もう一人の女子生徒を診ていたアイリスディーナが目を細めて答える。どうやらノゾムが見ている少女よりも重体の様だ。よく見ると彼女の顔色は青く、吐く息も荒い。

 ノゾムはとりあえずポーションを倒れている女子生徒に呑ませ、患部の汚れを水筒の水で洗い、包帯を巻いて行く。


「下手に動かすと内臓を傷つけるか……」


 だが、内臓のような重要器官だけでなく、折れた骨が身体の内側を傷つけ続け、結果的に大量の出血を招いてしまう可能性もある。

 下手に動かす事が出来ないなら、せめて最低限の治療が終わるまでの安全は確保する必要があった。


「アイリス、魔法で彼女の傷の治療を続けてくれ。俺はフェオと周囲を見張りながら警戒線を張る」


「分かった。こっちは任せてくれ」


 ノゾムはアイリスディーナの言葉に頷くと、彼女に手当てしていた少女を預けてフェオに声をかける。


「頼む。フェオ」


「オーケー。じゃあ行こか」


 診ていた少女をエルドルの仲間に任せ、ノゾムは立ち上がると森へと向かう。

 フェオもまた残りの符の枚数を数えるとノゾムの後に続いた。

 ノゾムとフェオが森の中へと消えた後、残されたアイリスディーナは茫然としていたエルドル達に目を向ける。


「エルドル君、君は魔法を使えるかい?」


「は、はい!」


「なら手伝ってくれ。せめて彼女の折れたあばら骨の固定はしたい」


「わ、わかりました!」


 アイリスディーナの言葉にハッと我に返ったエルドル。

 すぐさま仲間の元に駆け寄り、アイリスディーナの手伝いを始めた。

 女子生徒の脇腹に当てられたアイリスディーナとエルドルの手がほのかに光り、彼女の体を優しく包み込む。痛みが引いてきたのか、彼女の表情が徐々に和らいでいく。

 ノゾムが手当てをしていた少女も仲間の手を借りてどうにか起き上がる事が出来ていた。


「よ、よかった……」


 エルドルが安堵の声を漏らす。

 彼は焦りと緊張で固まっていた肩からようやく力が抜けていくのを感じていた。脳裏に閃く刀の太刀筋と胸の奥で高鳴る心音と共に。



決めていた場面まで書き切れませんでした……。

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