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第6章第2節

 仕事に向かう人々が往来するアルカザムの大通りを、2人の少女が歩いている。

 1人は赤い髪をたなびかせた少女。腰にサーベルと短剣を差しており、もう1人の少女は魔法使いなのか、その手に杖を持っている。

 特徴的な白の制服に身を包んだ彼女達が向かう先は、この街の中心にあるソルミナティ学園だ。

 赤髪の少女の名はリサ・ハウンズ。もう1人の魔法使い風の少女はリサの親友であるカミラ。

 普段は勝気で明るく、人当たりが良いと評判の彼女。

 自信に溢れた表情と生命力に溢れた赤い髪は周囲の人間に勝気な印象を与えるが、今の彼女は何処かボーっとしていて心ここに在らずだった。


「はあ……」


 ため息が艶のある唇から漏れる。

 リサの胸のわだかまる奇妙な感覚。それがここ最近ずっと彼女の心をかき乱し続けていた。


「リサ、大丈夫? なんだか具合、悪そうだけど……」


「う、うん。大丈夫。体の方は何ともないわ。心配してくれてありがとう、カミラ」


 カミラが心配そうな声でリサに話しかける。

 彼女としても最近様子がおかしいリサの事が気がかりだった。

 そして、カミラが思い当たるのは数週間前にあった特総演習の時だった、彼女達にとって、裏切り者と呼ぶ相手、ノゾム・バウンティスと対峙した事だ。

 あの裏切り者が何かしたのではないだろうか。そんな予想が頭に過ったカミラはやや強い口調でリサに詰め寄る。


「ねえ、もしかしてまたアイツが何かしたの?」


「え?」


「アイツの事よ。リサを裏切った最低野郎。特総演習でアイツと会ってから様子がおかしいから、リサ、なんか様子が変になったし……まさか、またアイツ!」


「う、ううん。そうじゃないよ。ちょっと昨日眠れなかったの。ゴメンね、心配かけさせちゃって……」


 リサとカミラ。彼女達の出会いは、彼女達がこのソルミナティに着いてすぐの事だった。

 ソルミナティ学園の生徒達は、ほとんどが街の外から来た人間だ。

 まだ10代の多感な時期に生活の環境が激変した少年少女達。希望を胸に秘めながらも、それと同じほどの不安も抱えていた。

 学園生活が始まり、友人ができた者はまだその不安を和らげることが出来た。同じような悩みを抱えていた同年代の者がすぐ近くにいるのだから。

 だが、カミラは中々友人を作ることが出来なかった。

 元々彼女は少々思い込みが強い所があり、環境の変化で緊張していたことも相まって上手くコミュニケーションが出来なかった。

 そんなカミラが全く緊張せずに話が出来た相手、それがリサだった。

 リサとカミラ。互いに気が強く、ともすればぶつかり合って反目しそうなものだが、不思議と気が合った。

 2人は意気投合し、一緒に行動するようになる。その過程で当時リサの恋人だったノゾムと幼馴染のケンと出会った。

 カミラにとって、リサはこの学園では初めて出来た友人であり、大切な親友だ。だからこそ、彼女はノゾムの裏切りが許せなかった。

 勝手に捨てておいて、今更寄ってくるなんてどういう了見だ。彼女はまだアンタがつけた傷から完全には立ち直っていないのに……。


「いいのよ。大体、こんな事でいちいち気にしないの。そもそも、私だって一年の時にリサに迷惑かけたのよ? だから、リサもこんな事で一々気にする必要はないわよ」


「……ありがと、カミラ」


 気にするなと言うかのように手をプラプラと振るカミラに、リサはホッとして笑みを浮かべる。


「あ、でもさすがにインダ先生の授業中は寝ないでよ。そうなったら私、見ない振りするから」


「ちょ、ちょっと! 庇ってくれるんじゃないの!?」


“彼女、今ちょっと体調が悪いんです”位の援護くらいはしてくれてもいいのではないだろうかと思うリサだが、無情にも目の前の少女はバッサリ切り捨てる気満々のようだ。


「だってあの先生、なんだか色々溜まってそうじゃない? あんなガチガチだから男が寄ってこないって分からないのかな~」


 思い出すのは肩肘を張り、常に鋭い視線で周囲に壁を作っているような学園教師。

 あの真面目で頭の固いインダ先生なら“体調管理も万全でなくてどうしますか!”の一言で終わりだろう。

 まあ、外見は間違いなく美人に分類されるし、2階級と言う上位階級の担任であったり、あのジハード・ラウンデルの補佐をしたりしている所から見れば、様々な面で優秀であることは間違いないだろう。ただ、その隙の無さゆえに寄りつく男は皆無なのだが。


「まあ、インダ先生が彼氏を欲しがっているかどうかなんてわからないけどね~。あの先生の事だから。1人で生きていけます! とか言い訳していそうだけど……」


「もう……」


 親友のあんまりな言いようにリサが苦笑を漏らす。

 クスクスをと笑い声を噛み殺しながら、2人は学園へ向かって歩き続ける。

 頭に過る、彼の背中を努めて考えないようにしながら。

 

 








 中央公園でソミアがエクロスに向かい、アイリスディーナやシーナ達とも正門前で別れたノゾムとマルスは10階級の教室に向けて歩いていたが、学園に入ってから妙な雰囲気を感じ取っていた。


「……なあ、ノゾム。何か学園の雰囲気がおかしくないか?」


「ああ、学園全体、と言うより、この3学年の教室がある区域一帯が変な空気だ。一体何なんだろう?」


 落ち着きがないというのだろうか。通り過ぎる生徒たちが皆一様にノゾムとマルスにチラチラ視線を向けてくるのだ。

 今までなら、少なくとも明確な敵意や悪意をこれ見よがしにぶつけられていたのだが、隣にマルスがいるにしても向けられる視線にそんな感情は感じられない。

 釈然としない周囲の態度に首を傾げながらも、ノゾムとマルスは10階級の教室に到着して扉を開ける。

 教室の中でクラスメート達は自習をしたり、友人達と語らったりなど思い思いに過ごしていた。

 しかし、ノゾムが教室に来たことでクラスにいた生徒達の視線が突然彼に一気に集中した。

 疑問、戸惑い、不信、好奇。様々な感情を秘めた眼差しがノゾムに向けられる。


「え?」


 自分に向けられた視線にノゾムは少し怯んでしまった。

 とりあえず、ノゾムは自分の机まで歩いて荷物を降ろすと、自分の周囲を見渡してみる。

 ノゾムを見ていたクラスメート達は、ノゾムと目が合うと、なぜか慌てた様子で視線を逸らして自習を再開したり、再び友人と話をし始める。

 だが、やはり気になることがあるのだろうか。話をしながらも、クラスメート達はチラチラと横目でノゾムの様子を覗いていた。


「い、一体なんだろう、これ……」


「さあな。俺にも分からねえ……」


 様子のおかしいクラスメート達に首を傾げるノゾムとマルス。

 今までなら、ノゾムに対して向けられる視線は蔑視や嘲りなどの負の感情のみを乗せていたのだが、今日感じる彼らの視線の中にはそれらの感情はあまり感じられない。


「俺……なにかやった?」


「いや。そんなことないはずだが……」


 当のノゾム本人は向けられる視線が変わっているのかが全く分からなかった。隣にいるマルスもまた原因に心当たりがない。

 ノゾムは自分がクラスメートに良く想われていない事は理解していたし、つい先日まで彼らの視線は今までと変わらなかったはずなのだ。

 突然クラスメートの視線が変化した理由が分からず、首を傾げるノゾムとマルス。

その時、2人に声を掛けてくる人影があった。

 

「おはよう2人とも」


「ジン。それにデック達も……」


 突然聞こえてきた声の方にノゾム達が顔を向けると、そこには同じ10階級のクラスメートであるジン、ハムリア、デック、そしてトミーとキャミがいた。

 以前、特総演習で同じパーティーを組んだ相手。あの演習以来、彼らはノゾムに対して普通に話しかけてくれる数少ないクラスメートになっていた。

 ジン達は屍竜が出現した時もその場に居合わせていたが、彼らは傷ついたケヴィンの仲間を助けるために撤退したため、屍竜との戦いに参加しなかった。

 そのためこれといった負傷を負うこともなく、ノゾム達と違って次の日から問題なく授業に出ることが出来ていた。


「ノゾム君、怪我の方はもう大丈夫なの?」


「あ、ああ。もう大丈夫。ノルン先生のおかげでもう完治しているよ」


「そうか、2週間近く動けなかったって聞いたんで心配していたんだが、無事でよかったぜ」


 ノゾムの容体を尋ねてくるハムリアとノゾムの無事に胸をなでおろしているデック。

 ジン達もまたノゾムを心配してくれていたようだ。


「ところでジン、なんか教室が妙な雰囲気なんだが、原因に心当たりはあるか?」


「ああ、それはこの前の特総演習が原因だよ」


「え? 特総演習? ……どういう事?」


 マルスの問い掛けに答えるジン。その言葉を聞いたノゾムの頭の中で疑問符が乱舞する。

 そもそもあの演習は突然出現した屍竜の所為で、1日目すら最後まで終わる事無く中止されてしまったからだ。演習は完遂されず、その結果も今まで発表されなかった。

 しかも、あの演習から既に3週間ほど時間が経っている。

 中途半端のまま終わった演習と流れた時間の長さから、ノゾム達はあの演習の成果はなかったことになったと思っていた。


「ほら、これ見てよ!」


 ジンが教室の一角を指差す。そこには“特総演習結果”と大きく書かれた用紙が張り出されていた。


「ほら、特総演習の成績が発表されているんだよ! 僕達のパーティー、上位10位以内に入っている!」


 やや興奮しているジンに促されるようにノゾムとマルスは演習結果が書かれた紙に目を向ける。

 上位10チームの名簿に目を通すと、確かにノゾム達の名前が書かれていた。


「第6位……」


「そうだよ! 第6位! 他の上位パーティーを押しのけてこの結果はすごいよ!」


 信じられない結果にノゾムの口から唖然としたような声が漏れる。

 最下級である10階級が上位10位以内に入るなど、このソルミナティ学園では前代未聞な話だ。

 しかもそのパーティーにいるのは学園でも有名な2人の劣等生。

 片や最底辺と呼ばれた追試の常連。片やいつ爆発するか分からない危険物扱いの問題児。


「……なるほど、だから朝から学園の雰囲気がおかしかったのか」


 マルスが納得したような声でつぶやく。

 今までのノゾムの評判や、自分自身の所業を考えれば、この結果を他の生徒達が信じられないのも無理はない。

 周囲の生徒達は相変わらずこちらの様子を窺うように横目で覗きこんできたり、聞き耳を立てたりしている。


「はあ……。で、ノゾム、どうする?」


「え? どうするって……」


 ノゾムが周囲を見渡すが、彼と目が合った他のクラスメートはやはり顔を背けて目を合わせようとしない。

 あからさまに敵意や蔑みの視線をぶつけられるのも辛いが、この焦らされている様な、何とも言えないもどかしさに満たされた空気もあまりよろしくない。どう反応したらいいのかわからないのだ。


「正直、どうしようもないんだけど……」


「まあ、そうなるよな」


 確かにどうしようもない。

 ノゾム自身、こんな結果になるとは思ってはいなかった。

 特総演習の時は、演習中もその後もトラブル続きだったからだ。

 1日目の午前中は善戦したが、午後にはトップクラスのパーティーと大乱戦になったり、屍竜に襲われたりなどの混乱続きで、とても演習結果なんて気にしている場合ではなかった。

 しかも、演習後も様々な問題に立て続けに襲われ、重傷を負って2週間ぐらいはベッドの上だった。

 そんな事もあり、彼自身、特総演習の結果が自分の教室にこんな奇妙な空間を作り上げることになるとは思っていなかったのだ。


「一部、信じていない奴もいるみたいだが……」


 自分と同じ劣った者がとんでもない成果を挙げた時、同じ立場にいた人間の中にはその成果に嫉妬する者もいる。

 もちろん、中には純粋にその成果を祝福してくれる者もいるが、今までのノゾムの評価があまりに低かったため、自分より劣ると思っていたものが自分達以上の成果を挙げることが許せなくなってしまうのだ。

 事実、クラスメートの半分以上がノゾムに対して強い疑いの視線を向けてくる。中には相変わらず、ノゾムに敵意をぶつけてくる者もいた。


「……仕方ないさ」


 自分に向けられる視線を少し悲しく感じながら、ノゾムは絞り出すようにつぶやいた。

 人は簡単に変わることは出来ない。

 長い時間、ある事実が自分達の眼前にあり続けると、やがて人はその事実を気にしないようになっていく。それがいつの間にか常識として、自分達の目の前に当たり前にあるものに変わっていくのだ。

 そして、それが揺らいだ時、人は自分達の足元が崩れ落ちる様な感覚に囚われる。

 そんな事態に直面した人間の行動は様々だ。

 不安にかられるまま喚き散らしたり、どこかにその原因を求めたり、あるいは目を塞いで変化した事実を見ないようにしたりする。かつてのノゾム自身のように。

 だからこそ、ノゾムは敵意を向けてくる彼らに対してイラついたり、腹立たしい思いを抱くことはなかった。彼自身も、ケンに裏切られていた事実を突き付けられた時、襲われたことを口実に巨人達を虐殺してしまったのだから。

 ただ、やっぱり受け入れてもらえないことは少し悲しい。人と関わる事を自分から逃げていた以上、自業自得である一面も確かにあるが、どうしてもそう感じてしまうのだ。


「ノゾム……」


「大丈夫。あまり気にしすぎても仕方がないよ」


 心配そうなマルスやジン達の視線を受け止めながら、ノゾムは大丈夫だというように小さく頷いた。

 確かに悲しいが、ジン達のように少しでも自分を信じてくれる人が出来ている。

 その事がまた1つ、ノゾムの心に火を灯してくれる。

 

「それに、そろそろ朝礼始まる」


 そう言いながらノゾムは教室の入口に視線を向ける。マルス達がノゾムの視線に促される様にノゾムの見る先に目を向けると、元気よく教室の扉が開かれた。


「みんな~、おはよう~~。さあ、今日も一日がんばろ~~!」


 アンリ先生が教室に入ってくる。

 相変わらず元気いっぱいな彼女に当てられたのか、教室の雰囲気が陽だまりのように暖かなものへと変わる。

 ほらね。と言う様にノゾムがマルス達に笑いかけると、彼は自分の席に戻っていく。

その顔に浮かぶ表情に余計な力や、無理矢理表情を偽っているような虚しさはなかった。

 ごく自然なノゾムの立ち振る舞いに、マルス達もようやく肩の力を抜く。

 相も変わらず力が抜ける様なアンリの掛け声に、しょうがないというように肩をすくめるマルスや、苦笑いをしながら自分の席へと戻っていくジン達。

 そんな彼らの様子を眺めながら、ノゾムもまた自分の席へと戻る。その口元には、小さく笑みがこぼれていた。











 朝礼を終え、その後は午前の授業が開始されるのだが、ノゾム達の授業は訓練場での総合戦闘授業だった。

 この手の授業は、初めは二人一組で模擬戦を行った後、様々な状況を想定して訓練が開始される。

 友人はほとんどいないノゾムは、最近はマルスと組んで打ち合っていたのだが今はちょっと違っていた。


「てえええい!」


 踏み込んできたジンがノゾムめがけて袈裟懸けに剣を振り下ろす。


「ふっ!」


 ノゾムは身体を捻りながらその動きを的確に刀に伝え、正確にジンの剣の腹に刀を沿えて筋を逸らしつつ、流れるような動作で相手の側面に逃れる。

 

「くっ!」


 死角に逃れそうなノゾムをどうにかしようとジンは剣を返してノゾムに叩きつけようとする。

 しかし、ノゾムはジンが剣を切り返す前に素早く側面に回りながら、ジンに向かってさらに一歩踏み込む。

 ノゾムの位置は相手の間合いの一歩内側であり、ジンが降り抜いた剣は勢いが乗り切っていない。

ノゾムは踏み込んだ足を基点に身体を捻り、その回転の勢いを利用して不安定な体勢で振り抜かれたジンの剣を下から叩き上げる。

 勢いが乗り切らない剣、踏ん張りのきかない体勢。甲高い音と共にジンの剣が上に逸れ、ノゾムはそのまま彼の足を払う。


「うわ!」


 地面に倒されるジンの身体。背中を襲う痛みに彼が顔を顰める中、ノゾムはそのままジンの首筋に刀の切っ先を突きつけていた。


「……勝負あり、だな」


「……うん。降参だよ」


 ジンの敗北宣言と共にノゾムが刀を降ろし、ジンは服に突いた土を払いながら立ち上がる。

 今回、ノゾムはいつも組んでいるマルスではなく、ジンと組んで打ち合っていた。

 後ろには彼の仲間であるハムリアやデックの姿もある。

 ノゾム達から少し離れたところでは、トミーとキャミが剣と短剣を手にしてマルスに向かって踏み込んでいた。


「てやああ!」


「おおお!」


 気合の入った声を上げながらマルスに向かった自分の得物を振り下ろす2人。

 マルスの返答は薙ぎ払うような大剣による一閃。


「ふん!!」


 マルスの一閃は大気を引き千切りながら風を巻き起こし、振り抜いた剣撃は斬りかかってきたトミーとキャミを纏めて吹き飛ばした。


「きゃん!」


「ぶふっ!」


 吹き飛ばされて地面に転がる2人。流石マルスと言うべきなんだろうか、真正面から打ち合ったために双方の地力の違いがはっきりと出た結果になっていた。

 ノゾム達はその様子を視界の端に納めながら、先程のジンの戦い方について、話をしていた。


「う~ん。やっぱりキチンと体重が乗らないと簡単に逸らされちゃうんだね」


「それもあるけど、本当にマズかったのは体勢を崩した後の対処だと思う」


「というと?」


「体勢を崩した後、焦って無理に俺を追撃しようとしたことだよ。あれが決定的に悪手だった」


 ノゾムの話では、体勢を崩した時点で瞬脚を使って離脱し、仕切り直しにするべきだったらしい。

 身体能力で差がある以上、一度逃げに徹されるとノゾムは追い付けない。

 また、気量に制限がある以上、持久戦に持ち込まれるとノゾムは一気に不利になるだろう。


「う~ん。ノゾム君、動き自体は早くないから間に合うと思ったんだけどな……」


「いくら遅いって言っても腰の入っていない手打ちの剣なら気で強化すれば弾けるよ。まあ、マルスみたいな相手だと逸らすのも苦労するけど……」


「あの剣撃を逸らせるっていうのも驚きだけど……」


 ジンがちょっと強張った声を発しながら、ちらりと横目で打ち合っているマルスとトミー達の様子を覗く。

 2人がかりでもたった一太刀で吹き飛ばされる友達の様子に、ジンの背中には冷や汗が流れていた。

 なんだか顔色が悪くなっているジン。今度は彼の後ろにいたハムリアがノゾムに話しかけてきた。


「でも、ノゾム君もその辺りが分かっているってことは対策があるってことなんでしょう?」


「まあ、あるにはあるけど……」


 一応、ノゾムに離脱しようとする相手に追撃する手段がないわけではない。

 その場合、相手の身体が真っ二つになってしまう事は確定なのだが、さすがにその気術を学園の授業で使うわけにはいかない。


「それにしても、まだ収まらないんだな……」


 デックが呆れた様子で周囲に目を向けると、朝と同様に他のクラスメートがノゾムの様子を窺っていた。


「まあ、しばらくはこのままだろう。気にしても仕方ないと言えばそうなんだけどな。それよりも今は自分達の事に集中した方が良いと思う。朝にアンリ先生が言っていたけど、特総演習が終わったから明日から合同授業が開始されるみたいだし」


 合同授業。

 この授業はその名の通り、他階級の生徒達と一緒に行う授業の事である。

 この学園の階級が本人の実力と学園の試験による総合成績から決定されているため、今までは同じレベルの者同士で訓練や模擬戦を行ってきた。

 だが、戦場では同じ実力同士が戦うなど稀だ。ほとんどの場合、相手と自分の実力は一致せずバラバラで、人数も装備も含めたあらゆる要素が変わってくる。

 ならば、なるべく実践に則すように、他階級同士でも模擬戦や訓練を行うべきだと考えられて始まったのがこの合同授業だ。

 特総演習においても、2日目には他階級同士で組むことを認め、実力の違う者同士でのパーティー戦を行わせている。この授業もまた同じ目的を持って発案されたものだ。

 もちろんパーティー戦のような模擬戦だけでなく、個人同士の模擬戦も行われたりする。


「そうだね。今はとにかく互いの実力を理解することから始めないと」


 パーティー戦も含まれた授業である以上、その場合に互いの連携が必要不可欠であることは言うまでもない。

 特総演習では確かにジン達と組んだが、その時間は一日にも満たないし、別行動もしていた。ノゾムにしろ、ジン達にしろ、互いを理解するには時間が足りていないのは確かだ。

 その時、周りにいるクラスメート達の内数人が話しかけていた。


「おい」


「ん? 何か用?」


「お前じゃねえ。そこにいる最底辺に用があるんだよ」


 やや強い口調で声を掛けてくるクラスメート。

 いったい何事なのかとジンが彼らに問いかけると、彼らはお前に用はないとばかりにジンを押しのけてノゾムの前にやって来た。


「おい、お前。特総演習で一体何をやった?」


「何って……」


「お、おいシムナル。落ち着けよ」


 声を荒げ、問い詰める様な口調でノゾムに迫るクラスメート。

 シムナルと呼ばれた少年の目にはノゾムに対する強い疑いの色がある。ノゾムは彼らが、あの特総演習の結果を自分が不正をして手に入れたと思っているのだと理解した。

 多分ノゾムが不正をしたと思っているのはシムナルだけだろう。後ろにいる彼の友人はノゾムに詰め寄ろうとするシムナルを宥めようとしていた。


「あの特総演習の結果の事か?」


「そうだ! お前があんな結果残せるはずない! どんな汚い手を使いやがったんだ!?」

 

 まるでノゾムが不正としたことが真実であるような口調でノゾムに詰め寄るシムナル。

 そんな彼らに対して声を荒げて反論したのは、ノゾムと組んでいたジン達だった。


「ちょっと待て! 俺達は不正なんてしてない!」


「そうだよ! それにノゾム君のおかげで私達はあそこまで善戦出来たのよ。大体、ノゾム君はずっと私たちと一緒にいたし、怪我で2週間以上も動けなかった彼がどうやって不正をするの?」


 真っ向からシムナルに食ってかかるデック。ハムリアも彼女としては珍しく強い口調で反論していた。


「じゃあ、どうやって勝ったっていうんだ! 倒した相手も8階級や9階級ならともかく、4階級以上。おまけに特別目標まで倒すなんて普通じゃないだろ!」


「何度も言うけど、俺達は不正をしていない。地勢を理解して、しっかり戦略を練って、その上で戦ったんだ」


 ノゾムが特総演習で倒した相手が誰かもどうやら彼の疑いを強める結果になっていたようだ。

 不正をしたと決めつけるシムナルと否定するノゾム達。

 シムナルは興奮しているのか、ノゾム達がいくら否定しても信じる様子が全くない。

 むしろ言い逃れをし続けていると考えたのか、彼の怒りのボルテージはぐんぐん上がっていく。


「あくまで、しらばっくれるのか……」


 ついに怒りが頂点に達したのか、シムナルが腰に差している剣の柄に手を掛けた。


「お、おいシムナル!」


 このシムナルの行動に、後ろで見ていた友人達の顔色も変わる。いくら疑いが強くても暴力に訴えるのは明らかにまずい。

 だが、怒りに我を忘れているシムナルは友人の言葉は耳に入っていなかった。理不尽とも呼べる怒りに身を任せ、剣を抜こうとする。


「っ!!」


 シムナルの怒りを向けられた時、その殺気に触発されたようにノゾムが動いた。

 一瞬で気を練り上げ、足に気を叩き込む。

 流れる様な自然な踏み込みと閃光の様な抜刀を一動作でこなし、そのまま剣を抜こうとするシムナルの動きに割り込むように刀を突きつける。


「うっ!」


「…………」


 瞬間的にノゾムから発せられた剣気にシムナルが呻き声を上げる。彼の剣は鞘から刀身を半ばまで見せながらも抜き放たれることはなく、ノゾムに当てられた剣気にシムナルは完全に固まってしまっていた。


「……あっ! す、すまない」


 ノゾムが何故か慌てて刀を引っ込める。

 どうやら当てられた殺気に突発的に反応してしまったみたいだ。

 もっとも、剣を抜こうとしたのはシムナルが先なので、ノゾムが謝る必要はない。

本来謝る必要のないノゾムの謝罪で、先程まで爆発しそうなほど張りつめていた空気が妙に弛緩したものになる。

 剣を抜こうとしたシムナルもまた例外ではなく、湧き上がっていた怒りは矛先を失って霧散してしまっていた。


「ノゾム、すまない。こいつ、先の演習結果が芳しくなくてちょっと焦っていたんだ」


 シムナルの頭を小突きながら、後ろにいた彼の友人が前に進み出てくる。

 彼の話では、彼らのパーティーは演習開始時の乱戦に巻き込まれ、何も出来ずに敗退してしまったらしい。

 この学園の体制上仕方ない事だが、シムナル自身このままこの学園に在籍し続けていくにはやや成績が足りず、特総演習の結果が発表させる前から彼はこの結果に相当焦っていたようだ。おそらく今日発表された演習結果が彼の焦燥感をさらに掻き立ててしまったのだろう。

 ノゾムがシムナルの方を見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。ノゾムに気圧され、友人に庇われていたおかげで一気に頭が冷えたらしい。


「ノゾム、どうやって倒したか話してやったらどうだ? そうすればこいつらも納得すると思うんだが……」


「そうだな。よければ話してくれないか? 俺達も君がどうやって上位の階級を倒したのかが気になるんだ」


「そう、だな。分かった」


 ノゾムの後ろで事の成り行きを見守っていたマルスがノゾムにどうやって上位の階級の生徒達を倒してきたかを話したらどうかと提案してくる。

 確かに特に隠すことでもないし、ノゾムは当日の自分達の事について話すことに決めた。

 手始めに警戒用の糸を張り巡らせ、ポイントを稼ぐためにパーティーを2つに分ける。

 さらに周囲に罠を張り巡らせ、相手を撒いて冷静さを奪う。

 そして最後に相手パーティーが襲いかかってきた時、こちらの前衛はわざと相手を素通りさせ、敵パーティーの後衛を襲う。素通りさせた敵の前衛をまたしても罠を使って足止めし、相手の後衛を倒した前衛と後衛で挟撃する。


「しかし、随分と綱渡りな作戦だな……」


「仕方ない。俺達は単独ではもちろん、人数をそろえて真正面から戦っても勝つことは難しい。なら、勝つためには他の力や要素を持ってこないと」


「確かに……」


「ねえ、もう一つ聞きたいんだけど……」


 次々と向けられる質問に、ノゾムは一つ一つ丁寧に答えていく。

 気が付けばノゾム達の周りには、10階級の約半分のクラスメート達が集まり、ちょっとした講演会みたいになっていた。

 彼らもまた、今まで他の階級の生徒達からは落ちこぼれと言われ続けてきた。

 それ故に同じ最底辺の階級であるノゾム達が上位の階級を打ち破ったという事実は、それ自体は彼らにとってとても胸に響く話だったのだ。

 今まではノゾムに対する不信から信じられなかったが、こうしてその話を詳細に聞くことが出来ればその話の真実味は増し、事実だったと信じることが出来るようになる。


「なあ、その罠ってどうやって張るんだ!?」


「それより、その後特別目標を倒したんでしょう!? 相手は誰? どうやって倒したの!?」


 周りに集まるクラスメート達の目は輝き、問いかけられる質問は徐々に多くなる。

 初めはポツリポツリと疎らだったが、今ではまるで嵐のようにノゾム達に襲かかってくる。


「ちょ、ちょっと待って! どれから答えたらいいか分からない!」


 あまりに多くの質問を投げかけられたせいで、ついにノゾムの処理能力が追い付かなくなる。

 アタフタしながら周囲に助けを求めるが、一緒に組んでいたジンもデックもハムリアもクラスメート達の質問にてんてこ舞いのようだ。


「マルス! 手伝え!」


「無理言うなよ。俺、その時は別行動してたんだぞ。戦いの詳細まで分かるか……」


 そう言いつつも顔を何故かニヤケさせているマルス。

 確かにアンリ先生と対峙していた時、マルスはいなかったから質問には上手く答えられないかもしれない。でもその後の大乱戦にお前はいただろう!

 どうやらてんてこ舞いになっているノゾムを面白がっているようで、ノゾムはこの野郎! と目一杯の恨みを籠めた視線をマルスに返す。

 だが質問の嵐は治まる様子を見せず、ノゾムはギリギリと歯ぎしりしながらマルスを睨みつけるしかなかった。

 だが、不快な気分ではなかった。確かにマルスにいじられるのはなんだか悔しいが、周りに集まったクラスメートが自分に向てくる視線に悪意はない。

 一時的なことかもしれない。また離れてしまうかもしれない。事実、話を聞きに来ていない残りのクラスメートは相変わらず疑惑に満ちた視線を送ってきている。

 それでも今は、特総演習での頑張りが受け入れて貰えたことが嬉しかった。



 


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― 新着の感想 ―
勝手に捨てておいて、今更寄ってくるなんてどういう了見だ。彼女はまだアンタがつけた傷から完全には立ち直っていないのに……。 いやいやいやいや、、、主人公は一言も浮気したともしてないとも明言してないし、…
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