第1章第4節
今回は第1章の転機となる出来事があります。また新しい設定も出てきますので、それらも人物設定紹介、世界観設定に追記します。
いろいろ考えましたが、この小説をできる限り続けることにしました。
完結目指して頑張りたいと思いますので、ご意見、ご感想をお待ちしています。
ノゾムは次の日も商業区の集積場でバイトをしていた。
この日は相方はおらず、親方には集積場内の貨物の整理と記録を頼まれていた。
運ばれてきた荷と出荷した荷の確認が終わり、その旨を担当に伝えると、彼は伝えることがあるといい、ノゾムを自分のところに呼んだ。
「そう言えばノゾム、この間猟師が森で龍を見たっていう話を聞いたことあるか?」
「龍……ですか?」
龍。
大陸で最強の存在。
精霊種の1種で絶大な力を誇る。
かつては龍を倒し、その力を手にした者もいるらしい。
龍殺しと呼ばれるその存在は今現在おらず、歴史の教科書や伝説に残るのみである。
「でも、こんな街近くに、龍なんて伝説上の存在いますか?」
「俺もそう思う、大方竜を勘違いしたんだろう。まあお前はよく森に行くんだ、竜だとしても耳に入れておいたほうがいいと思ってな」
そう言うと親方は二カッと笑った。
竜は龍と違い、魔獣の1種である。
力は龍に及ばず、また知能も低いが人間には非常に大きな脅威である。
その力は魔獣のカテゴリーでは間違いなく最上位の1種で。確かにどう考えても俺では勝ち目はない。
「分かりました。気を付けます」
俺は親方に礼を言いい、師匠のところへ行くために帰路に就いた。
ノゾムは家に帰り、愛刀などの準備をして師匠の小屋に向かう。
服装は魔獣の皮を使用した動きを妨げない最低限のもの、腰のベルトにはナイフとポーチを取り付け、ポーチの中にはポーション等の治療具一式、あとは、煙幕玉と音玉と爆雷玉が入っている。
煙幕玉はその名の通り煙幕を発生させるもの、音玉は大きな音を出して驚かせるもで、うまくいけば弱い魔獣なら追い返せる。
最後に爆雷玉。
これは投げた周囲に上位魔法に匹敵する雷を放つ物で値段もそれ相応に高い。
しかし、彼は基礎能力が低い上、威力のある気術も気量の関係上使用回数が限られるので、もしもの為にと、師匠が買ってくれたものだ。
このように自分自身に影響する強化系のアイテムの効果は制限されても、自分自身の能力に依存しないアイテムの威力は制限されないので、森に行くときは必ず持っていくようにしている。
シノの小屋に向かう途中、霧が出てきたので彼は少し足を速める。
その霧は段々と濃くなり、1メートル先も見えないほどになる。
「まずいな、これは」
ノゾムはつぶやき、常備しているコンパスを見るとクルクル回り、一定の方角を指さない。
「どういうことだ、これは」
この森は確かに多くの魔獣がいるが、コンパスを狂わせるような特性はなかった。
異常な事態に焦る気持ちを深呼吸して落ち着かせると、周囲をもう一度確認してみた。
木々が生い茂り身を隠せるが、安心して休めるような場所ではない。
「とりあえずここにいても仕方がないか」
とりあえず安全な場所の確保が必要と判断し、迷わないようにナイフで通る木々に印をつけながら歩く。
しばらく行くと森を抜けたらしく、木がなくなり、開けた場所にきた。
霧も徐々に晴れはじめたらしい。
彼がほっとした瞬間、突然周囲の風景がゆがんだ。
「えっ?」
次の瞬間、彼は見知らぬ場所に立っていた。
周囲を山々が囲み、見渡す限り不毛の地。明らかにアルカザム周辺ではない。
困惑している彼を巨大な影が覆った。
何事かと思い上を見た瞬間、ノゾムは絶句した。
巨大な黒い物体が空の半分を覆っていた。
それは巨大な5色6枚の翼を持ち、力強く羽ばたいている。
それには漆黒の鱗があり、その重厚さはそれの生きてきた年月を象徴しているようだ。
それの瞳は深淵の闇を抱き、地上のちっぽけな彼を睥睨している。
それすべてが絶望を体現していた。
“滅龍王ティアマット”
同族の龍族すら食らい、恐れられた異端中の異端の龍。
5千年以上前に地上から消えた伝説の龍がそこにいた。
ノゾムは呆然とした表情で佇んでいた。
今の自分の状況が理解できないのだ。
普通に考えればいくら魔獣が出るとはいえ自分の生活する街のすぐ目と鼻の先で伝説の龍に遭遇するなど考えない。
混乱している彼は知る由もないが実はこの空間はティアマットを持て余した龍族が大陸の地脈を使い、精霊たちの住む幽界と現実世界の狭間に作った仮初の世界でティアマットを封印するための世界なのだ。
ただ、所詮仮初の狭い世界、極端に強い力を持つティアマットの力を受けて揺らぐことがある。
その揺らぎは地脈を通し、つながれた地脈のせいで大陸のどこかに繋がり、道を作ることがある。
その道はティアマットが通るには遥かに小さいが、人間などのたいていの生物は通過できる。
彼はその道を知らないまま通り、この封印世界に来てしまったのだ。
ティアマットがノゾムを見下ろす。その眼には久しぶりの獲物を見つけた純粋な歓喜がある。
漆黒の龍は翼をたたむと一直線にノゾムに向かって降下してきた。
ノゾムは咄嗟に全身に気を張り巡らせ、地面を蹴ってその場から離れる。
直後、轟音とともにティアマットが降り立つ。
龍の自重と、降下時の衝撃で地面がめくり上がり、衝撃波とともに周囲に飛び散る。
ノゾムは衝撃波にもみくちゃにされながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
咄嗟に受け身を取ったので目立った外傷はないが、飛び散った石や岩の破片で所々切り傷ができている。
彼は即座に撤退を決めた。
持っていた煙幕玉をすべて叩きつけ、発生した煙幕にまぎれて全速で森まで逃げる。
森の木々に隠れてしまえば逃げる時間が稼げると彼は考えた。
だが考えが甘かった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
彼が煙幕にまぎれて走っていると、途轍もない咆哮とともに煙幕が全て晴れてしまった。
それだけではなく襲ってきた衝撃波で再び吹き飛ばされた。
ティアマットの方を見ると、奴は一切動いていない、どうやら単純な咆哮と、それに伴う衝撃波だけで、煙幕もろとも吹き飛ばされてしまったようだ。
ノゾムが驚愕しているとティマットは口を大きく開く、その口には黒い巨炎が集まる。
その炎は様々な色が混じった混沌の黒。
ノゾムは自分の本能が鳴らす最大の警報に従い、瞬脚で離脱する。
吐き出された巨炎は彼のギリギリ横を通過し森に着弾。
次の瞬間、世界から音が消失した。
ノゾムは気が付くと空を舞っていた。
人生初体験の空中遊泳、そんな自分を他人事のように感じていが、数秒後、地面に叩きつけられた衝撃で彼の意識は無理矢理現実に引き戻された。
落下の衝撃で痛むからだに鞭を打ち、ポーチからポーションを取り出して飲み干す。
回復薬が体を癒していくのを感じながら森のあった方を見て絶句した。
森は完全に焼失していた。
着弾地点にはソルミナティ学園が入ってしまうのではと思えるほどのクレーターができており、その中の存在は完全に消滅していた。
クレーター周辺の木々は吹き飛ばされた上、一瞬で焼き尽くされたのか、原形すら分からない状態で炭化している。
かろうじて焼かれなった木々も衝撃波ですべて根っこから吹き飛ばされていた。
呆然とした表情でティアマットに振り返ると漆黒の龍が5色6枚の翼を広げた。
翼に無数の5色に彩られた光球が作られる。
“精霊魔法”
世界の眷属と呼ばれる精霊種たちが使用する魔法。精霊種以外が使用する他の魔法と違い、外界に干渉するプロセスを必要としない魔法は奴がその魔法を使うと決めた瞬間に発動し、他の魔法に比べ圧倒的な速攻が可能となる。
ノゾムは再び本能が鳴らした警鐘に従い気の身体強化を全力でかける。
無数の光球が光の尾を引きながらこちらへ向かってくる。その量は桁外れで彼の視界の大半を埋め尽くす。
ノゾムは全力で退避しながら刀で光球を切り払うが、あまりの量にたやすく光の群れに飲み込まれる。
それでも致命傷を避けようと全力で抵抗する。
光の雨がやんだとき、その場には身体中を貫かれたノゾムがいた。
彼は、ポーションを複数鷲掴みにして一気に煽る。
「ぐうぅぅ!」
ポーションが無理やり体を癒す感覚にうめきながらティアマットを見ると、奴は悠々とこちらに近づいてくる。
森の状態を見れば逃げることは不可能。
身を隠す森は焼失し、たとえ身を隠せてもまとめて吹き飛ばされる。
もはや彼に選択肢は一つしかなく、絶望しかない戦いが始まった。
「ハァハァハァハァ…………」
戦いが始まって十数分。
いや、それは戦いではなかった。
戦いとは敵と成りえる存在がいてこそ成り立つものであるが、漆黒の龍にとってそんなものは目の前にはいない。
いるのは自分の退屈を紛らわせるだけの玩具である。
漆黒の龍ならば瞬きの内にノゾムを殺せるが、龍にとって、これは戦いではなく遊びである。
ちょうど猫が仕留めたネズミをもてあそぶように。
だが、それゆえにノゾムはこの永遠ともいえる十数分を生き延びられていた。
それでもその先は絶望しかなかった。
後先考えずに放った全力の斬撃や気術は鱗に傷すらつけられない。
ティアマットが振り下ろす腕を避けても衝撃波で吹き飛ばされる。
逃げることは状況的に不可能。
手持ちの道具には相手の鱗を貫けるものはない。
気量も尽きかけ、気術での身体強化も限界に近い。
そんな綱渡りの状況で、ついに限界が訪れる。何度目か分からないが、吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた衝撃で体が痺れる。気術の効果が切れたのだ。
最後のポーションを震える手で飲み下し、どうにか立ち上がる。
そんなノゾムにティアマットは再び塔の様な腕を振り上げる。
その腕を気術による強化ができない彼は避けきれない。
ノゾムは避けようの無い死を目の前にして、今までのことを走馬灯のように思い返していた。
朦朧とした意識の中、絶望的な状況の前に走馬灯が流れ、俺は自分自身の過去を思い返していた。
故郷にいる両親の笑顔。
「考えてみれば、ろくに親孝行してないな」
いい両親だった。
リサを支えたいという自分の我儘に何も言わず、生活も良くないのに学園に通わせてくれた。
リサに出会い、一目惚れをした。
「考えてみれば初恋かあ、初恋は実らないっていうけどこれは実ったっていうのかな?」
あの時、告白し、一度は確かに想いが伝わった。しかし結局は…………。
リサの夢を支えたい。その誓いを胸に、ただその思いだけでソルミナティ学園の扉をたたいた。
「リサの夢を支えたい。そう願ったけど……今でもそうだけど…………」
思うように伸びない実力と成績、焦りが募り、足掻いたが能力抑圧の発現でその道を閉ざされた。
リサに突然別れを言い渡され、学園から孤立した。
「おれが……悪かったのかな、何でなのかな、何で……何も答えてくれなかったのかな…………」
いまでも胸の奥がいたい。考えるだけでいたい。彼女にとって俺は大したことない存在だったのかな。
師匠と出会い、わずかだけど光がさした。
「師匠に出会えてよかったな。破天荒な人だけど、間違いなくいい人だもんな」
散々振り回され、地獄のような鍛練の日々だったが、彼女は間違いなく自分の身を案じてくれた。
始めは無視する気だったのに、ワイルドドックに襲われた自分を、文句を言いつつ助けてくれたのだから。
今思えば、彼女の前では以前の自分に戻れていた。素直に笑い、素直に怒っていたころの自分に。
次の瞬間、衝撃が彼を襲い、彼の思い出を彼の意識ごと消し去った。
ティアマットの腕がノゾムの前の地面を叩く。その余波で彼は吹き飛ばされ、無様に地面を転がる。
ティアマットは明らかに遊んでいた。その表情は面白そうで、彼を完全に脅威としていない。
ティマットが大きく口を開く。その深奥に混沌の炎が集まる。彼で遊ぶのに飽きたのか、はたまた彼がどのくらい耐えられるのかを試しているのか。
いずれにしろ、今の彼には抵抗する術がなかった。
「ググ、アグッェ……」
彼はすでに声にならない声をあげて、その炎を見つめる。
すでに彼の意識はほぼ無く、もはや過去を思うことすらできなかった。
走馬灯は過ぎ去り、ただ濃密な冷たい死の気配だけが彼を包んでいた。
“死ぬ”
彼はその濃密な死を直視し、硬直する。
“死ぬ”
それはかつて森の中で一人ワイルドドックに襲われた時以上の“死”。
“嫌だ”
理性による思考能力のほぼない彼は、本能のままの思考を展開する。
“死にたくない”
それは強烈な生への渇望となって、彼の中の最後の命を燃やす。
“あきらめたくない”
それはかつてシノが見た強烈な生きる意志の発露。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
次の瞬間、彼は人のものとは思えない叫びをあげ、己の命を弄ぶ巨龍に吶喊した。
最後の命を燃やしつくすような咆哮とともにノゾムはティアマットに向かって踏み込む。その速度は死にかけの人間とは思えないほど速い。
しかし、やはり全快の時より遅く、ティアマットまで半分の距離も詰め寄れず炎が放たれる。
“遅い”
ノゾムの思考は、ただ生きるために目の前の脅威を排除することのみに集中している。その極限の集中力は彼の体感時間を何倍にも伸ばしていた。その中で彼は自分の動きの遅さに苛立っていた。
“どうして俺はこんなに遅い!!”
これでは目の前に迫る死の巨炎を避けられない。
ふと自分の体を見ると身体中を見たこともない鎖が縛っていた。
“こいつのせいか!!”
彼はこの鎖が自分の枷であると確信し、引き千切ろうと鎖に手をかける。
普通に考えれば鎖を引き千切るなど簡単にできるはずがない。だが彼にはなぜか鎖を千切れるという確信があった。
”邪魔……すんなあああああああああああああああああああ!!!“
力任せに鎖を引くと、崩れるような音を立てて鎖がちぎれる。
次の瞬間、彼は一瞬で加速し、巨炎の下をくぐりぬけた。
あまりの加速にティアマットは一瞬彼を見失った。千載一遇の機会にノゾムは全力を掛ける。
身体には今までにないほど気力が満ち、血はいまだ流れているものの、身体は彼の思考に即座に反応する。
彼の身体の能力は明らかに全快時の状態以上に跳ね上がっていた。
走りながら抜いていた刀を納刀。納刀した刀に全力で気を送り込む。送り込んだ気を極圧縮。裂帛の気合とともに刀を抜刀する。
気術“幻無”
髪の毛よりも細く、鋭く圧縮された気は、抜刀の速度と同じ速度で飛翔。ティアマットの両目を真一文字に切り裂いた。
考えてすらいない反撃にティアマットが咆哮し首を持ち上げる。
幻無は刀身に圧縮された気による斬撃を放つ単純な技だが、極圧縮された気は視認することは難しく、高速の抜刀術と同じ速度で飛び、十数メートル以内なら、ほぼ抜刀した瞬間に着弾するので回避は非常に困難である。
しかも極圧縮された気は、鋼鉄の盾だろうと魔法障壁だろうと問答無用で両断し着弾するので防御も難しく、極めて殺傷能力が高い技である。
ただ、気を極圧縮する必要があるので、半秒から数秒の溜めが必要であり、また複数の敵に囲まれた状況では大きな隙をさらすことになる。
ティアマットに駆け寄ると奴は前足を持ち上げ、何度も地面に打ち込んだ。
巨大な前足が何度も何度も地面を叩き、その度に地面が揺れ、局所的な地震を起こす。
ノゾムはあわてて離脱し、ギリギリ奴の前足の間合いから離れるが、あまりの地響きに足を取られる。
このままでは身動きが取れない。だが次の瞬間、地面が陥没しその穴にティアマットの巨体が入り込んだ。
どうやら地下に存在していた空洞を踏み抜いてしまったようだ。
ティアマットはどうにか抜け出そうとしているが、目をつぶされているのでうまくいかない。
ノゾムは奴との間合いを詰めながらポーチの中のそれを全て取り出し、一塊にして奴の頭に投げつける。
投げつけたのは音玉。それはティアマットの顔面近くで炸裂し、強烈な音を周囲に響かせる。
至近距離で音玉の直撃を受けたティアマットは一瞬目を回し、動きが鈍る。
これがもし精霊ならここまで大きな影響は受けなかっただろう。
龍は精霊種の一種であるが源素の塊とはいえ物理的な肉体を持ち、生物としての側面を持っている。
物理的な肉体の感覚を使ってるがゆえに、不測の事態でその感覚が失われたり、混乱させられることがあると、その影響をもろに受けてしまうことがあるのだ。
もちろん彼ら龍は物理的な影響を受けやすいとはいえ精霊種である。それにふさわしい超常的な感覚も身に着けてはいるが、肥大しすぎた力を持ち、それゆえに理性の大半を維持できないティアマットはあり得ない事態の連続に完全に混乱していた。
ティアマットは完全に動きを止めている。ノゾムはティアマットのそばに全速力で駆け寄る。
狙うのは龍の首。首を狙った理由は、かの龍の頭の頭蓋を割れるか、ノゾムには自信がなかったからだ。
龍は物理的な肉体を持つ。つまりその肉体を死に至らしめることができれば、殺せるのである。
肝心なことは奴の肉体を殺すこと。
だた、龍自体が極めて強い肉体を持つので、容易ことではない。
ノゾムは持ち上げられた龍の首に向かって跳躍。再び納刀した刀に気を送り、極圧縮。抜刀しつつ、刀を一閃する。
気術“幻無”がティアマットの喉元の鱗を切り裂き、圧縮した気が内部で炸裂。弾け飛んだ気は漆黒の鱗を内側から弾き飛ばし、やわらかい皮膚を露出させる。
さらにノゾムの追撃が放たれる。
気術“幻無 ―回帰―”
先ほど一閃した抜き打ちの軌道を逆になぞる様に返しの一撃が放たれる。
その一撃はティアマットの首を深々と切り裂き、大量の血が湯水の如く噴き出す。
しかし、普通なら致命傷の傷を受けても漆黒の龍を倒すには足りない。
ノゾムは返しの一撃の勢いを利用し、体を一回転。回転の力と跳躍の勢いを合わせて、今切り裂さいた首の傷口に突貫する。
突き入れた刀は巨龍の首に深々と突き刺さり、刃は喉を通り、脳幹近くまで達するが、彼は突き入れた刀を支えに宙ぶらりんとなる。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
しかしそれでも龍は倒れない。
大地を揺るがす程の咆哮を響かせ、ノゾムを振り落とそうと大暴れする。
刀は肉に埋もれ、押すことも引くこともできない。このままでは振り落とされ、大地に血みどろの赤い花を咲かせることになる。
ノゾムは最後の力を振り絞って腰のポーチに手を伸ばす。
取り出したのは、最後に残っていた爆雷玉。
それをありったけの力で刀の刀身に叩きつける。
次の瞬間、眩い光とともに雷が奔った。上位魔法に匹敵する雷は突き入れた刀と首の神経を通り、龍の脳神経細胞を焼き切った。
だが雷は彼の体も焼き、残っていた力を完全に奪い取った。
龍の巨体が崩れ落ち、彼の身体が投げ出される。龍の身体はわずかに動いているが、その眼にはもはや生命の輝きはない。
やがて龍の巨体が崩れ落ち、光の粒子となって津波のように舞い上がる。
ノゾムは光の粒子が天に舞い上がる様子を、もはや考えることも出来ず、ただ見ていた。
彼自身も満身創痍、四肢はあるが無事な所はひとつもない。
やがて光の粒子は、彼の上空で集まると、怒涛の勢いで彼めがけて落ちてきた。
限界を超え、動くことができない彼は迫りくる光の激流に飲まれ、意識を失った。
ゆっくりと意識が覚醒する。
いまだ夢の中にいる意識がティアマットとの戦いを思い出し、覚醒する。
激痛が全身を襲うが無理矢理上体を起こし、周囲を見渡すとそこは都市郊外の森の中だった。
「いつの間に……戻って…………きたんだろう」
訳の分からない状況の中、全身に走る痛みが先程の戦いが夢でないことを伝えてくる。
「とにかく師匠のところに…………」
自分がどれだけ意識を失っていたか分からないが、ここに居続けるのは得策ではない。そう判断し、ノゾムは痛む体を無理やり動かし、朦朧とした意識の中、シノの小屋へ向かう。
自分が歴史上数人しか存在しなかった“龍殺し”になったことに気付かないまま…………。