第5章第21節
「グアアアアアアアア!!!」
森の中に咆吼が轟く。木々を揺らし、ビリビリと大気を振るわせるその声。
轟音と共に叩きつけられる風に思わず自分達の顔を庇ってしまうノゾム達。
竜。
強靱な鱗と生命力、大空を舞う翼、鉄すらも溶かす灼熱のブレス。魔獣の中でも飛び抜けた存在であり、個体によっては1体で城すら落とす可能性を持つ。おおよそこんな所をウロウロしていて良い存在ではない。
だが、その体に生命力の輝きは無い。竜の瞳は白く濁り、片翼は喪失。本来なら太陽の光を浴びて輝くはずの竜麟も所々ひび割れており、場所によっては下にある皮膚ごとはげ落ちて筋肉がむき出しになっている。
死してななお生き続ける竜。屍竜と呼ぶべき存在は、陽光の下、そのむき出しの屍体を晒していた。
「…………」
ノゾム達を含めたその場にいた全員は呆然と目の前の巨獣を見上げてしまっている。突然の出来事に思考がストップしてしまっているのだ。
屍竜は太陽の光が気に障るのか、しきりに首を振っていたが、奴の白く濁った目がノゾム達に向けられた。
「っ!! 全員避けろ!!」
屍竜の視線に悪寒を感じたノゾムは即座に叫びながらその場から飛び退く。彼の言葉にアイリスディーナ、ティマ、ケヴィンもまた続く。
次の瞬間、屍竜が大きく息を吸い込むと、灼熱の吐息がその口から吐き出された。
吐き出された炎は一直線に突き進みながら、通り過ぎた草木や地面を一瞬で黒く炭化させる。
ひとしきりブレスを吐き終わった屍竜は再び首を持ち上げると、再びその口腔を開き、ケヴィン達を食らおうと襲いかかってきた。
ケヴィンが竜の顔面めがけて気弾を打ち込み、気を逸らすと同時に全員が一斉に散らばる。
突っ込んできた屍竜は目標を見失い、その頭を深々と地面に突っ込んだ。
迫りくる巨体から逃れた彼らは、その間に各々のパーティーに合流し、体勢を立て直す。
「おいおいおい! なんだよ、こりゃあ!!」
「ちょ! さすがにワイもこの事態は想定しとらんで! 何でこんな所に屍竜なんておるんや!!」
「ちょっとジン! どうするのよ!?」
「どうするって……とにかく生き残るしかないだろ!」
突然目の前に現れた予想もしない強大な存在に動揺するケヴィン、フェオ、ジン達。
無理もないだろう。今までソルミナティ学園で血の滲むような鍛練をしてきた彼らだが、このレベルの魔獣と遭遇した経験はないのだ。
むしろ、これほどの脅威と突然遭遇し、動揺しているにもかかわらず、今どうするべきかを考えて動ける彼らを賞賛すべきだろう。並の兵士ならこの屍竜を前にして茫然と立ちすくむか、恐怖に駆られてパニックを起こしてなす術なく殺されている。
相手の強大さに一旦距離を取ったケヴィンだが、彼の視界に地面に倒れている彼の仲間が映った。
「ちっ! しょうがねえな!」
ケヴィンは屍竜が地面に顔を突っ込んでいる隙に気絶している自分のパーティーメンバーの元に駆け寄る。このままこの竜との戦闘を続ければ竜に潰されかねないと思ったのだろう。
彼は気絶している剣士と槍使いの少女を小脇に抱えると一目散に走り出す。
「ググ、ゲェフ……」
屍竜がぐもった声を上げながら、その首を持ち上げる。その白く濁った瞳は、仲間を抱えているケヴィンを捉えていた。
「グアアアアア!」
「ちっ!」
ケヴィンに向かって突進する竜。彼は気絶している仲間を何とか逃がそうと全速力で走るが、屍竜は地響きを立てながら彼らとの距離を徐々に距離を詰めていく。
「くそ! いつまで気絶してんだよ! 捨てて行くぞ!」
気を失っている自分の仲間に悪態をつきながらも、ケヴィンは小脇に抱えた仲間を決して放そうとはしない。
屍竜がケヴィンのすぐ背後に迫り、彼らを食らわんとその口腔を開く。ナイフのように鋭い牙が姿を現し、腐臭交じりの吐息が吐きだされる。
走るケヴィンを竜の影が覆い、今まさにその牙が彼を捉えようとした時、横から巨大な漆黒の魔力弾が竜の横っ面に叩き込まれた。
「ギャウ!」
小さく悲鳴を上げてよろめく屍竜。さらに巨大な風塊がその巨大な体躯に叩きつけられ、その衝撃で倒れこむ屍竜。
その間にケヴィンは竜の牙から逃れることに成功する。
「ア、アイリスディーナ。それにティマの奴か?」
彼の視界の先にいたのは、細剣を屍竜に向けて佇むアイリスディーナと杖を掲げるティマだった。どうやら竜に魔法を叩き込んだのは彼女達らしい。
「ケヴィン! こっちだ!」
アイリスディーナの呼びかけに多少戸惑いながらも、仲間を抱えて彼女のもとに向かうケヴィン。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。助かったぜ……」
ホッと安堵の表情を浮かべたケヴィン。アイリスディーナは彼が抱えている同級生に視線を向けると、心配そうな表情を見せる。
仲間を心配するケヴィンだが、アイリスディーナの隣にいるノゾムの姿を捉えるとムッとした顔になる。
さすがに今この場で食って掛かることはしないが、面白くないことには変わらないようだ。
「ケヴィン、君の仲間は?」
「死んじゃいねえ。だが、気絶したままだな……。ったく、俺がいなかったらどうなっていたのやら……」
その時、ノゾムの耳にマルスの声が聞こえてきた。
「ノゾム!」
「マルス?」
ノゾムの元に走ってくるマルス。彼の後ろにはジン達やシーナ達の姿もある。
その時、倒れていた屍竜がモゾモゾと起き上がり始めた。
「ちっ、最底辺。お前達は邪魔だからさっさと行け」
起き上がる竜の姿を見たケヴィンがノゾム達に離脱するように強く言ってくる。だが、その言葉を遮るようにアイリスディーナが口を開いた。
「ノゾム、頼みがあるのだが、君の仲間でケヴィンの仲間達を安全なところに連れて行ってほしい」
ケヴィンの仲間を安全なところに連れて行ってほしいというアイリスディーナ。確かに、気絶したケヴィンの仲間と消耗しているジン達には、今対峙している竜を相手にするのは無理だ。
「あ、ああ。それは構わない。ジン、頼めるか?」
「うん。ノゾム君達は?」
ジン達も、今の自分たちの実力では荷が勝ちすぎることは理解しているので、素直にアイリスディーナの提案を受け入れ、ケヴィンの仲間を背中に背負う。
「私達は君達が逃げるための時間を稼ぐ。ミムル君。先行してこの事を運営本部に伝えてくれ」
「分かった! トム、気を付けてね」
「うん。ミムルも気を付けて」
アイリスディーナの頼みに頷いたミムルが恋人のトムに声を掛けると、トムもまた彼女と言葉を交わす。
互いに笑みを浮かべる2人。心が通じている彼らにはそれで十分なのか、一瞬視線を交わした後、ミムルは素早く森の中に飛び込む。
彼女に続いて、ジン達もまた怪我人を背負って森の中に消えて行った。
「ノゾム、マルス君も含めて、他のみんなはこの竜を相手にする。いいな?」
アイリスディーナの言葉の中にあった一人の名前。その名前に反発したケヴィンが苦言を言う
「おいおいアイリスディーナ! こいつはいても足手まといじゃ……」
ケヴィンがそう言いながらノゾムを指さす。先程、マルスの術に呑まれ、ノゾムの幻無をみていない彼にとってこの反応はある意味当然であったが、彼の声をアイリスディーナが遮った。
「大丈夫だ。彼なら問題ないよ」
そう言いながら、こんな状況下にも拘らずアイリスディーナは笑みを浮かべる。
「そうね。私もそう思う。彼はこの森をこの中の誰よりも知り尽くしているし、魔獣との戦闘経験も私たち以上にある。彼の力は必要よ」
さらにアイリスディーナの言葉にシーナが同調する。ノゾムを見つめる2人の瞳には確かな信頼が感じられ、それは彼女の後ろにいるトムも同様のようだ。
その後ろでは、シーナ達の様子をフェオが面白そうな目で眺めている。
「……チッ!」
苦虫を噛み潰した様な表情で舌打ちするケヴィン。アイリスディーナに惚れ込んでいる彼にとって、その彼女の口から違う男の名前が出ることが面白くなかった。
そんな中、ノゾムとリサ達の視線が交差していた。
「…………」
「…………」
ノゾムを睨み付けるリサとケン。その視線を受け止めながら、自嘲した様な表情をするノゾム。
言い様のない重い空気が場を包みこむ。
リサが何かを言おうと口を開こうとした時、その言葉をアイリスディーナが遮った。
「リサ君、君とノゾム君との間に何があったのかはわからないが、今は……」
「今はあの竜をどうするかが最優先。一々言われなくても分かってるわ……」
割り込んできたアイリスディーナの言葉を更に遮るリサ。頑ななその表情はノゾムを完全に拒絶していた。まるでそうすることを自らに課しているように。
彼女の隣にいるケンもまた、ノゾムを睨み付けていた。表情こそ無表情であるが、その視線はそれだけで背筋が凍るような憎悪に満ちている。
「っ! 来るぞ!」
その時、マルスの声が辺りに響いた。その声でその場にいた全員が一斉に獲物を構える。
「ガアアアアアアアア!」
再び屍竜の咆哮が轟く。竜は再びその口腔を開くと、灼熱のブレスを放ってきた。
「ティマ!」
「任せて!」
アイリスディーナの掛け声に答えたティマが魔法障壁を展開。まともに浴びれば骨まで炭になってしまうブレスだが、人間として最高峰の魔力を込められた不可視の壁は灼熱の吐息の侵入を許さない。
ティマが屍竜のブレスを防いでいる間にアイリスディーナが即時展開で魔法を構築する。周囲の風が螺旋を描きながら彼女の眼前に集い、轟音とともに放たれる。
アイリスディーナの風洞の餓獣が竜の吐息と衝突し、絶え間なく浴びせられていた炎が一瞬だけ散らされ、屍竜への道が開かれる。
「最低辺! 邪魔だけはすんなよな!」
ノゾムに悪態をつくと、ケヴィンが瞬脚を発動。瞬く間に風となった彼は切り裂かれた炎の隙間を駆け抜け、屍竜へと突進する。
屍竜は突っ込んでくるケヴィンに気付くと、首を動かして今吐いているブレスをケヴィンに浴びせようとするが、彼の動きを捉えることはできず、ただ地面を焼くばかりだった。
「へ、鈍いぜ!」
ケヴィンが己の拳に気を集中させる。瞬脚で一気に肉薄した彼は、まるで爪を獲物に突き立てるようにしながら、屍竜の顎に掌底を叩き込んだ。
「くらえ!」
気術“衝爪牙”
相手に掌底による衝撃と突き立てられた爪から放たれた気の炸裂による二重攻撃を同時に打ち込む気術。
ズシンという腹に響く衝撃とともに、脆くなっていた竜鱗がひび割れ、血が噴き出す。
だが、屍竜は流れ出している血には構わず、そのままケヴィンに食らいつこうとしてくる。
「おっと!」
ケヴィンは咄嗟に顎の下に滑り込み、竜の牙を回避する。彼の頭上でガチンという音とともに顎が閉じられるのを視界の端にとらえながら、ケヴィンは反対側に回り込むと、今度は足の爪先に気を集中させ、蹴撃を再び竜の顎めがけて放つ。
気術“裂蹴刃”
気を込められ、素早く、斬るように振り抜かれた蹴撃は、まるで刃のように鱗が剥がれて露出した皮膚を切り裂く。
だが、竜は顎の皮膚を切り裂かれながらも前足でケヴィンを薙ぎ払おうとする。
「ちっ! 効いていないか?」
迫りくる竜の腕を、ケヴィンは後ろに跳んで回避すると、その隙にマルスが突っ込んできた。
「なら、これでどうだ!」
竜を挟んで反対側から回り込んだマルスが、気術“塵風刃”を纏わせた大剣を掲げながら突っ込んでくる。
「でやああああ!」
裂帛の気合とともにマルスが大剣を振り下ろす。十分な速度と振り下ろしによる加速を得た大剣は、ヒビが入っている竜麟を叩き割り、深々と肉を切り裂きながら、剣身に纏わり付いている風の刃が竜の肉をさらに深く抉っていく。
だが、それすら意に介さず尾を高々と上げると、ケヴィンとマルスを諸共薙ぎ払おうとする。
「な!?」
「グッ!?」
迫りくる尾を避けようとするマルスとケヴィンだが、剣を打ち込んだマルスはすぐには動けない。
一方、跳び退こうとするケヴィンの体には激痛が走った。マルスの魔気併用術で負った怪我がケヴィンの動きを一瞬鈍らせたのだ。
気がついた時、ケヴィンは目の前に迫る竜の尾を避けることはできなくなっていた。
薙ぎ払われた尾が2人の体に直撃する。
「ぐはっ!」
「くそ! がああああ!」
叩き飛ばされ、地面に打ち付けられる2人。更に屍竜が倒れ伏した2人に迫りくる。
「マルス君!」
「ちっ、しゃあないな!」
吹き飛ばされたマルスを見たティマが悲痛な声を上げる。彼女はすぐさま“咎人の禍患”を発動させると、その魔法を屍竜めがけて放った。
フェオもまた懐から符を取り出し、3つの炎弾を作り上げて叩き付ける。
巨大な炎塊が屍竜に着弾すると同時に大爆発が起こり、爆風が周囲を蹂躙する。さらにフェオの炎弾が直撃。周囲に肉の焼ける匂いが立ち込める。
吹きとばされ、抉られる地面。アイリスディーナ達はその光景を見て少し表情を緩めるが、煙の奥から巨大な影が見えると再び表情を引き締める。
煙の中から現れる巨体。だが、さすがに無傷とはいかなかったのか、その身は所々炎で焼かれて黒ずんでいる。どうやら鱗の剥がれていた場所が焼かれたらしい。
その間にマルスとケヴィンが立ちあがる。
だが、ケヴィンの左腕は折れているのかだらりと垂れさがり、マルスは大剣を杖にして立っているのがやっとのようだ。
2人とも足元はおぼつかず、内臓を痛めたのか、口元に血が滴っている。明らかに重症だ。
「グルルルル……」
全身から煙を上げながらも屍竜はケヴィン達に向かっていこうとする。
「くっ!」
「くそ……」
歯噛みするケヴィンとマルス。衝撃で全身の感覚が麻痺してしまっている体では立つことはできていても、動くことはできないようだ。
「まずい!」
ノゾムが竜めがけて光球を投げつける。炸裂した光玉の閃光で一時的にマルスたちを見失う屍竜。その間にノゾムとフェオが瞬脚でマルスとケヴィンの元に駆け寄ると、二人の襟首を引っ掴む。
「お、おい!」
「ちょっと手荒いけど我慢してくれよ!」
「ちょっ……」
ノゾムとフェオはそのまま2人を引きずるように瞬脚で離脱する。屍竜が追いかけようとしてくるが、アイリスディーナ、ティマ、シーナ、トムによる援護が死した竜を足止めする。
「ケン! カミラ! 援護して!!」
リサが深紅の髪をなびかせながら、ノゾムと入れ替わるように屍竜に向かっていく。さらに彼女の後ろから魔力の奔流が吹き上がる。カミラとケンが魔法を詠唱し、氷柱舞を立て続けに屍竜目がけて撃ち放っていく。
屍竜に襲い掛かった氷柱は大半がその身を守る鱗に阻まれたものの、その内数本が、鱗が剥げ落ちた場所に命中し、その身を貫いた。
さらにケンが特大の氷柱を作り上げて、竜の胸に叩きつける。
巨大な質量の直撃を受けた竜の体がグラつき、その間に、リサはニベエイの魔手で自分のサーベルに効果を倍加させた魔法を付与する。
彼女の刃が灼熱を帯び、その軌跡を空中に描きながら、一気に間合いを詰めると、腹部を狙って手に持ったサーベルを全力で振りぬく。
「はあああ!」
彼女の斬撃は竜の鱗に一度阻まれ、金属が擦れ合うような耳障りな音と舞い散る火花と共に弾かれる。しかし、彼女の斬撃によって、すでにボロボロになっている屍竜の鱗が剥げ落ちて柔らかい皮膚が露出した。
「せい!」
さらにリサは返す刀で竜の体を深々と切り裂くと、剣身に込めていた魔法を発動。切り裂かれた傷口は同時に焼き払われ、屍竜の内臓を内側から焼き尽くす。
明らかに致命傷といえる一撃。彼女の手に伝わった感触も確かで、リサは内心手応えを感じて、自然と笑みがこぼれる。
「……え」
しかし、その笑みはすぐさま呆けた顔に変った。腹を切り裂かれ、内臓を焼かれたはずの竜がその丸太の様な腕を掲げる。
屍竜は明らかな致命傷と思われる傷を全く意に介さず、その腕をリサ目がけて振りぬいた。
「きゃあああ!」
「リサ!」
弾き飛ばされるリサは近くにあった木に叩きつけられてしまう。
衝撃で息がつまり、激しく咳き込むリサ。あまりに強く叩きつけられたせいか、全く動くことができずにいる。
リサを助けに行こうとケンが駆け出す。カミラも再び魔法を放とうとするが、明らかに間に合わない。
屍竜がリサを食らおうと、屍竜がその口を開く。
「あ……ああ」
茫然としたように目の前に迫る死の顎を眺めるしかないリサ。
だが次の瞬間、屍竜の右目に一筋の線が走った。
それと同時に竜の顔面が右目もろとも内側から炸裂する。
「え……?」
さらにリサと屍竜との間に影が割り込んでくる。
影は手に持っていた刀に気を集中させると。一気に振りぬいた。
気術“幻無-回帰-”
ノゾムの極圧縮された気刃が、残ったもう一方の竜の片目を切り裂く。
視界を完全に奪われた屍竜は驚いたのか、のたうちながら後ろに下がる。
「……ノゾム?」
リサの呆けた声をノゾムは振り返ることなく、背中で受け止めていた。
(……間に合った)
心の中でそう呟きながら安堵するノゾム。怪我で動けないマルスとケヴィンをティマ達に任せて援護に回ったが、どうやら正解だったようだ。
「……ノゾム?」
呆けたようなリサの声。憎しみに染まっていない彼女の声を聞くのはずいぶん久しぶりだった。
まだ一緒にいられた時と同じ、懐かしい声。
同時にノゾムの胸の奥で、様々な感情が去来する。
だが、湧き上がる想いが裏切られた怒りなのか、憎まれ続けた悲しみなのか、それとも一度だけでも彼女を守れた嬉しさなのかはか分からなかった。
ただグチャグチャに混ざり合い、混沌としたまま、胸の奥から湧き上がり続ける。
「っ!!」
鼻にツンとつくような痛みが走り、膨れ上がり続ける感情が喉元まで込み上げてくる。
だが、ノゾムは湧き上がり続ける思いを漏らさないように必死に口を噤む。
あまりに混然とした思いの渦はまるで嵐のように猛り続け、一度でも吐き出してしまったら、ノゾム自身何を言ってしまうか分からなかった。
彼女の存在を背中に感じながら、屍竜と対峙していたノゾム。
家ほどもある巨体。鼻につく腐臭とボロボロの翼と鱗。そこにかつてあった竜の荘厳さはまるでなく、まるで残骸のようだった。
「リサ! 大丈夫!?」
リサの傍にケンが駆け寄る。ケンの声を聴くと同時にノゾムの中に満ちていた感情が黒く染め上がり始めた。
“どうした? 今ならその刃を一振りするだけだぞ?”
深淵の奥から聞こえる奴の声。ドクンドクンと心臓が音を刻む度にちらつく5色6翼の巨龍の姿。
まるで目の前の屍竜と“奴”の姿が被るように重なっていく。
「ようノゾム! なんや、お前。とんでもない技持っていたんやな」
ノゾムの傍に駆け寄ってきたフェオが、いつもと変わらぬ調子で話しかけてくる。彼としたら能力に劣るノゾムが竜の体を鱗ごと一刀両断できる気術を持っていたことに驚いているのだが、今のノゾムにはその軽口に答えていられる余裕がなかった。
「っ!!」
その光景を、染め上がり始めて黒い感情と共に振り切ろうと踏み込むノゾム。
屍竜が大きく息を吸い込み、ノゾムに灼熱の吐息を吐きかけようとする。
ノゾムは足に気を極圧縮させ、瞬脚を発動。能力抑圧による枷を足ごと引きちぎる思いで地を蹴る。
彼は屍竜の真正面ではなく、側面に回り込むように斜めに踏み込む。体勢を低くし、竜のブレスの側面を舐めるように走り抜けようとするが、鉄すら溶かす灼熱の吐息は傍をかすめるだけでノゾムの髪を焼き、肌を焦がしていく。
だが、それでもノゾムは足を止めない。元々彼には接近戦しか選択肢はないのだ。唯一の勝機を手繰り寄せる為に、ノゾムは己の身体が焼かれるのも構わず走り抜け、竜の足元に滑り込む。
「はああああ!!」
刀身に幻無-纏-を掛け、奴の姿を斬りつける。
極圧縮された気を付与され、魔刃と化した刀が火花を散らしながら、屍竜の身体を竜鱗ごと斬り裂く。
口を空けた傷口から腐臭が漏れ出し、ドロリと肉が零れ落ちる。反対側ではフェオが気を込めた棍を竜鱗の隙間に叩き込んでいた。
屍竜が纏わりついた羽虫を払うように、その腕や尾を振り回すが、ノゾムは動きを止めずに屍竜の死角に動きながらその巨体を斬り続ける。
「クソ! 全然効いていない!」
だが、ノゾムの気刃は思ったほどの効果は上がらない。フェオの方もさしたる効果は上がっていないのか、彼も厳しい表情をしていた。
元々痛覚などの感覚もなく、既に死した肉体である屍竜。人型ほどの大きさのアンデットならともかく、家よりも大きいその巨体を切り崩すにはノゾムの刃やフェオの棍は小さすぎたのだ。
「ノゾム! 離れろ!」
響いたアイリスディーナの言葉に弾かれる様に間合いを開けるノゾムとフェオ。直後に降り注いだ魔法の雨が屍竜の身体に叩きつけられていくが、そのほとんどが竜鱗に弾かれて空しく霧散してしまう。
「ティマ!」
「う、うん!」
さらにティマが“尖岩舞”で特大の石槍を作り上げ、屍竜に向かって打ち放つ。
破城槌を思わせるほど長大な石槍は、屍竜の竜麟を突き破り、その胸を深々と穿った。
「ガアアアア!」
だが、既に屍と化している竜は自分の心臓を穿たれたことなどお構いなしに、魔法が飛んできた方向、ティマ目掛けて突進する。
「え! きゃああああ!」
「ティマ!」
「くっ!!」
突っ込んできた屍竜がその腕でティマを薙ぎ払おうとする。アイリスディーナやカミラ達が気を引こうと立て続けに魔法を叩きつけ、ノゾムが気刃を打ち放つが、屍竜は自分の身体を切り裂く気刃や、炸裂する魔法には何ら痛痒を感じない。
やむを得ずアイリスディーナは自身の身体に身体強化を全力で駆け、まるで疾風のようにティマの元に駆け寄ると、身体を抱えて跳び退こうとするが、振り抜かれる竜の腕を完全に躱すことは出来なかった。
彼女は即時展開で魔法障壁を展開。なんとか竜の腕を防ごうと試みるが、即時展開した障壁は振り抜かれる屍竜の剛腕に耐えきれず、2人は大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「アイリス!」
「ティマ! くそ!」
吹き飛ばされた2人を前にして、思わず悲鳴じみた声を上げるノゾムとマルス。
まさか……。そんな思いがノゾムの胸に去来し、胸が締め付けられていく。
「うっ……」
だが、呼びかけられた声に反応したのか、2人の体がピクリと動く。どうやら最悪の事態にはなっていないようだ。
そんな中、屍竜は悠々と次の得物を見立てている。
「グルルッル……」
屍竜が次に目を付けたのは未だに魔法を叩きつけてくるカミラ達。
「くっ!」
ノゾムが行かせまいと瞬脚で屍竜に駆け寄り、再びその身の周りを纏わりつきながらその身を切り裂く。フェオもまた背後から符術を使い、全力で攻撃するが、屍竜の歩みを止めることは出来ず、彼女達の魔法もさしたる効果を上げられない。
カミラの額には汗が滴り、ノゾムとフェオの表情にも焦りが見て取れる。
「くっ!」
このままでは彼女達までやられてしまう。その考えが頭に過ったノゾムはその身を縛る不可視の鎖に手を伸ばす。
自分に嵌められた枷であり、かの龍を縛りつけている縛鎖。
屍竜を屠るために最も確実な手段であるが、その呪縛の解放はノゾム自身も想像もつかない惨劇を引き起こすかもしれない。
事実、自分は一度怒りに任せて手この力を振り回し、文字通り惨劇を引き起こした。
その時の相手は魔獣であり人間ではなかったが、その時の相手は普通の人間など軽く凌駕する能力を持つ巨人達。
その巨人達を容易く屠った力がもし人に対して振るわれたのなら、彼が見る悪夢が現実となって具現するだろう。
「っ!!」
自らの逡巡を断ち切れないノゾム。
だがその時、カミラ達の後ろで突然光が舞い上がった。
「これは……」
それは正しく、以前見た精霊との契約魔法だった
螺旋を描きながら一点に集まっていく光の粒。その収束点に立つのは青い髪を持つエルフの少女。
彼女は自分だけの力では屍竜に有効な打撃を与えられないと判断し、自分が幼いころから共に過ごしてきた友人たちに助けを求めたのだ。
“これなら……”
あの黒い魔獣すらも封じた彼女の精霊魔法に活路を見出したノゾム。だがその時、思いもよらないことが起こった。
突然巻き起こった突風の嵐。逆巻く風の渦がシーナの周りに集まっていた精霊たちを吹き飛ばし、契約魔法を霧散させてしまう。
「な、なんなの!?」
思わぬ出来事に狼狽するシーナの声。ノゾム達が逆巻く風の元に目を向けると、そこにいたのは大剣を掲げたマルスだった。
片手を折られた彼は無事であるもう一方の手で剣を構えると、全力で気と魔力を大剣に叩き込んでいた。
「こいつなら、いくら竜でも……!」
彼の視線の先にあるのは倒れ伏したティマ。2人が吹き飛ばされた時、彼の心を瞬時に燃え上がった怒りと焦燥感。
その炎に急かされるまま、とにかく現状を何とかしなくては考えたマルスは今の自分が持つ最大の技を使おうとした。
確かに彼は先の乱戦でまかりなりにもこの術を使うことができた。だがそれは彼がかの術を“使うことができる”のであって、“自在に操っている”わけではなかった。
その事実に気づかず、マルスは今の自分なら使いこなせるのではと勘違いした結果、以前にティマやノゾムが恐れていた事態が発生してしまう。
「ぐっうううぅうう!」
ミシミシと音を立てる剣身と渦巻く気と魔力の奔流。嵐のような力の渦は調和することなく荒れ狂い続ける。
本来混じり合うことのない力同士を過剰なまでに注ぎ込んだ結果、マルス本人も制御できないまでに暴走を始めていた。
「な、なんで! ぐああああ!」
「きゃああ!!」
轟音と共に解放された風の獣達。
剣身を中心に集まっていた風がついにマルスの制御を離れ、周囲に牙を剥いたのだ。
爆発的に膨れ上がる風は産みの親であるマルスと近くにいたカミラとティマを吹き飛ばす。シーナは集まりかけていた精霊達に守られるが、その結果として彼女は精霊の守りを完全に喪失してしまった。
精霊の守りを失ったシーナが苦渋に満ちた顔で矢を射かけるが、やはりその程度では屍竜は止まらない。
「くっ!!」
仲間達の必死の攻撃をまるで意に介さずに彼女達の元に向かっていく竜。その姿はまさしくあの悪夢に見た巨竜の姿そのもの。
ノゾムはもう迷ってはいられなかった。彼の目に映るのは倒れ伏したアイリスディーナ達や恐怖をかみ殺して矢を射続けるシーナの姿。
ノゾムは刀を一閃させながら、頭の中の悪夢や恐怖、不安を無理矢理振り払うように屍竜の脇を駆け抜け、即座に反転。地面を荒々しく削りながら振り向くと、自分を縛る不可視の鎖に手をかけ、目一杯の力で引き千切ろうとする。
「な、なんで……」
だが、なぜか不可視の鎖が切れることはなかった。ノゾムは何度も何度も鎖を切ろうと試みるが、彼がいくら力を込めても、不可視の鎖はビクともしない。
「…………」
呆然とするノゾム。その時、目の前に迫った竜がノゾムとシーナを自らの尾で薙ぎ払う。
「うああああ!」
「きゃあああ!」
吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたノゾムとシーナ。完全に棒立ちになったところに攻撃を受けたせいで受け身をとることもできず、叩き付けられた時の衝撃で真っ白になっていく意識。
消えゆく意識の中、霞がかったノゾムの視界に移ったのは、自分の目の前に迫ってくる竜の牙と、白銀の鎧を纏い、黒い巨剣を背負った男が茂みの奥から疾風のように現れる光景だった。
「ん……」
暗闇がゆっくりと開けていく。ぼんやりと霞むノゾムの視界に一番初めに映ったのは天幕の天上だった。
「ここは……」
「目が覚めたようだね」
声が聞こえてきた方に目を向けると、ノルン先生が天幕の奥からこちらにやってくる。どうやらここは運営本部の救護所のようだ。
ノゾムの傍にやって来たノルンは彼の手を掴むと脈を測り、目の奥を覗き見たりして身体の状態を確かめる。
ノルンはノゾムを診断しながら、彼が意識を失った後の事を話してくれた。
話によると、ノゾム達が窮地に陥った時、ミムルから報告を受けたジハードが間一髪で間に合い、屍竜との戦闘を開始。最終的にはジハードが持つ巨剣の一撃で屍竜は首を斬り落とされ、返しの一撃で身体を両断されて倒されたらしい。
「うん。大丈夫のようだね。アンデットとはいえ、竜と遭遇したって聞いて心配していたけど、無事でよかったよ」
一通り診断を終えたノルンが使った器具を片付け始める。ノゾムは他のみんなの様子が気になり、ノルンに尋ねようと口を開いた。
「あの……他のみんなは?」
「アイリスディーナ君達ならもうすでに治療は終わって外にいるよ。皆、軽い傷とは言えないが命に別状はない。シーナ君なら「こっちよ」」
反対側から聞こえてきたシーナの声。ノゾムが振り向くと、ベットの上で上半身だけを起こしたシーナがいた。頭には包帯が巻かれ、はだけた上着の下からも血が滲んだカーゼや包帯が覗いている。
「……っ」
本来ならシミひとつないはずの彼女の白い肌に浮かぶ赤い斑点。その痛々しい光景にノゾムの顔が歪む。
「……私はアイリスディーナ君達を呼んでくる。2人とも安静にな」
ノルン先生が出て行くと天幕の中が沈黙で満たされる。シーナはじっとノゾムを見つめているが、ノゾムは彼女の視線に目を合わせることが出来なかった。
(俺が……あの時、力を解放できなかったから……)
彼の心の中に渦巻いていたのは後悔。自分が能力抑圧を解放できていれば彼女達は傷を負わずに済んだかもしれない。
「ねえ……」
もちろん、それは所詮可能性の話。屍竜との戦いが終わっている以上意味の無い話だ。
しかし、本当に必要な時に必要なことが出来なかった事実は、深くノゾムの心を穿っていた。
「ねえ!」
「……えっ」
シーナの呼びかけにノゾムがハッとして向き直る。
「聞きなさいよ。さっきから話しかけてるのに……」
「ご、ごめん……」
無視されたと思ったのか、シーナが不満そうな顔をノゾムに向ける。ノゾムは慌てて彼女に謝るが、やはりどこか心ここに在らずだった。
「まあいいわ。みんな無事だったんだし」
シーナはノゾムの様子に溜息を吐いていたが、ノゾムを元気づけようしたのだろうか。いつもならミムルが言いそうな言葉を、彼女なりに精一杯明るい声でノゾムに話しかける。
「…………」
だが、ノゾムの表情は優れないまま、耐えるように歯を食いしばり、拳を固く握りしめている。
黙り込んでしまう2人。沈黙が天幕の中を漂う中、シーナがノゾムに何か言おうと口を開いた。
「ねえ、貴方一体……」
「ノゾム、気が付いたのか!?」
だが、彼女がいざ言葉を紡ごうとした時、その言葉を遮るようにアイリスディーナが天幕に駆け込んできた。よほど急いていたのか、荒い息を吐きながら、激しく胸を上下させている。
2人の心配をしていたのはアイリスディーナだけではない様で、彼女の後ろにはティマやフェオ達の姿も見える。
「あ、ああ。みんなも大丈夫そうだね」
「ああ、よかった……心配したんだぞ。」
ノゾムの無事な様子を見てアイリスディーナはホッと胸をなでおろす。潤んだ漆黒の瞳を向ける彼女の表情に浮かぶのは純粋な安堵。よく見ると彼女の身体にもシーナと同じようにあちこちに包帯が巻かれている。
「うん。ゴメン、心配かけた……」
「…………」
アイリスディーナの傷を見たノゾムの表情がさらに曇る。ノゾムの只ならない様子に思わず黙り込んでしまうアイリスディーナ。
「ようノゾム、無事で何よりや。それより「おい……」」
彼女の後ろにいたフェオ達がノゾムに話しかけようとするが、その時彼らの後ろからマルスが姿を現した。
「マルス……」
フェオの言葉を遮って現れたマルス。彼は他の全員を無視するように、ノゾムのいるベットに歩み寄っていく。
次の瞬間、ノゾムの視界一杯に拳が映ったと思ったら、彼の頬に衝撃が走っていた。
天幕に響く打撃音。ベットから放り出されたノゾムの身体が、傍にあった台を倒し、地面に診察器具がぶちまけられる。
彼の顔は怒りで真っ赤に染まっていて、これでもかと言わんばかりにノゾムを睨みつけている。
「なんでだ……」
息が詰まるようなマルスの声。握り込んだ拳はぶるぶると震え、彼は自分の歯を噛み砕きそうなほど食いしばっている。
「てめえ、なんで本気を出さなかった!!」
マルスは倒れたノゾムに駆け寄ると、その胸倉を掴み上げる。
「お前が本気になれば、あんなトカゲなんか簡単に倒せたはずだろうが!!」
「…………」
マルスの言葉にノゾムは何も答えられなかった。ただ俯き、耐えるように歯を食いしばるだけ。
ノゾムとしてもこの制裁は当然だと思っていた。だが、何も言わないノゾムの様子にマルスはさらに苛立っていく。
「この……なんか言いやがれよ!!」
マルスが再び拳を振りかぶる。
突然の出来事に唖然としていたアイリスディーナ達だったが、マルスが再びノゾムを殴ろうとしていることにハッとして慌てて止めに入る。
「マルス君! ダメ!!」
「やめるんだ! マルス!」
「ちょっ、落ち着けや!」
ティマとアイリスディーナがマルスの腕にすがりつき、フェオが彼の腰に飛びつく。
3人が抑えようとしているにも拘らず、マルスは振り上げた腕を降ろそうとはしない。ただ怒りに身を任せるまま、すがりついてきたティマを振り払う。
「きゃ!」
「ティマ!」
元々力が強くないティマは簡単にふり払われてしまう。倒れこんだティマは足を捻ったのか、痛みに顔を歪めながら自分の足首を抑えていた。
だが、頭に血が上っているマルスには振り払ったティマは目に入らず、自由になった腕で再びノゾムを殴り飛ばす。
散乱した診察器具の上に再び倒れ込むノゾム。マルスがさらにノゾムに詰め寄ろうとした時、天幕の入口からノルンの怒声が響いた。
「何をしている! ここは騒ぐ場所ではないんだぞ!」
「っ!!」
その怒声に水を打ったように静まる面々。互いに気まずそうな表情で視線を泳がせている。
「…………」
マルスはそれでもノゾムを睨み続ける。その瞳は怒りに染まりながらも、何処か悲しそうで、すがるような色だった。
だが、何も言おうとしないノゾムの姿に、その瞳の色は失望に変わる。
「……お前は、あの野郎とは違うと思ったんだがな……」
「マ、マルス君!」
絞り出すようにそう漏らし、踵を返して天幕を出て行くマルス。ティマがマルスの名を呼ぶが、彼は振り返りもせずに立ち去っていく。
「…………」
「……ノゾム、大丈夫か?」
倒れていたノゾムがノロノロと立ち上げるが、足に力が入らずよろけてしまう。
アイリスディーナはノゾムの身体を支えようと手を伸ばすが、ノゾムは差し伸べられた手を取ることはぜず、するりと躱して天幕の出口に向かっていく。
アイリスディーナが去っていくノゾムの背中に手を伸ばそうとするがその手は最後まで伸ばされずに空しく宙を漂う。
2人が出て行った後、重苦しい沈黙だけが天幕の中を漂っていた。