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第5章第20節

 この演習において特別目標を撃破した5つのパーティー。それらのパーティーがすべて同じ場所に集まった結果、北側区域ですさまじい大乱戦が展開されていた。


「はあ!」


「くっ!」


「カミラ!援護を!」


「分かってるって……っあ、2人とも下がって!」


 ニベエイの魔手を使い、ティマめがけて切り込もうとするリサと彼女を援護するケン、カミラの2人。

 だが、即時展開による即応性と持ち前の剣術を十二分に発揮したアイリスディーナと詠唱に時間は掛かるものの、その強力な魔法で薙ぎ払うティマは息の合った連携でリサ達の猛攻を捌いている。




 

「トミー! 大丈夫か!?」


「あ、ああ。それよりもこのままじゃ!」


「分かってる! とにかくシーナ達をなんとかしないと……くそ! ミムル、邪魔すんじゃねえよ!!」


「ちょっと無茶言わないでよ! この状況でマルス君が自由になったら一気に潰されちゃうかもしれないんだから!」


 マルス、トミー、ハムリアはシーナ、ミムル、トムによる攻撃を受けていた。ミムルは持ち前の敏捷性を十分に生かし、マルス達を攪乱する。しかも後方にいるシーナ達は動き回るミムルにかまわず矢や魔法を放ってきた。

 だが、放たれた魔法や矢はミムルに当たることはなく、彼女の動きの間隙を縫いながら正確にマルス達めがけて襲いかかってくる。アイリスディーナ達と同じようにこちらも素晴らしい連携を見せていた。

 マルスたちの近くでは、ジンとキャミが自らの回復魔法で回復した槍使いの女子生徒と戦闘を繰り広げている。


「この! いい加減にやられなさいよ! 底辺クラスのくせに!」


「だからなんだっていうんだ!」


 シーナ達が乱入してくる前までは圧されぎみだった2人だが、槍使いの彼女はトムの魔法によるダメージから回復しきっておらず、互角の戦いが展開されていた。


 ジン達の戦いを横目で見ながら、マルスは歯を食いしばっていた。


「くそ! このままじゃ……」


 マルスの心を徐々に焦燥感が塗りつぶしてく。


(どうする! ノゾムも俺も手が離せない! ジン、キャミの奴も同じだ!)


 微妙な均衡で維持されている現状。僅かな変化、そのままパーティー全滅へと転がりかねないだけに下手に動けない。そしてその事がさらにマルスの焦りを煽っていく。


(俺がノゾムの所に切り込むか? いや、その間にジン達がやられる。シーナ達に突っ込むのは……駄目だ、そんな隙を当ててくれる奴らじゃない)


 いきなり事態が立て続けに変化したことで動揺しているのはケヴィン達だけではなく、マルスたちも同様だった。


(くそ、どうすりゃ……そうだ。あれなら……)


 マルスの脳裏に浮かんだのは自分が鍛錬してきた“あの術”。

 不完全で不安定ゆえに一緒に鍛練してくれたティマも使わないでほしいと言っていた術だが、今は背に腹は代えられない。


(ノゾム達は使わないほうがいいと言ったが、使える手は使うべきだろう。一度は成功してんだ。何とかやってやる!)


 模擬戦とはいえ、戦場の空気に当てられたマルス。彼は自分の決断が正しいと信じ、自らの大剣に2つの力を注ぎ始めた。



 マルス達が乱戦で四苦八苦している時、ノゾム、フェオ、ケヴィンの3人も相変わらず互いに入り乱れるようにその得物をぶつけ合っていた。


「ああもう! しつこいぞ、フェオ!」


「そんなつれないこと言うなや、ノゾム! せっかくの機会なんやし、ここでもう一度……って邪魔すんなや! ケヴィン!!」


「うるせえ! てめえらさっきから俺をイライラさせやがって! この場で2人まとめて叩き潰してやる!!」


 ノゾムを追い詰めようとするフェオに殴りかかるケヴィン。フェオは突き出された拳を両手に持った棍を回して捌くが、その隙にケヴィンは体を入れ替え、ノゾムにも襲いかかってくる。

 

(くそ! この状況は拙いぞ……)


 ノゾムの脳裏には徐々に焦りが湧いてきた。元々地力が低いメンバーが多いノゾムのパーティー。今までは作戦や罠を使って勝ち抜いてきたが、このような敵味方入り乱れる乱戦状況では予め立てた作戦や戦術はほとんど役には立たない。このような状況では本人の持つ地力が直接、生存率につながってくる。

 つまり、このまま戦局が推移すると、一番最初につぶれる可能性が高いパーティーはノゾム達なのだ。

 事実、ノゾムはケヴィンやフェオ達の動きについていくために全力で気術を使い続けなければならなくなってしまっている。


(あまり長引かたらマズイ……気を使い尽くして捌くことも出来なくなる)


 今戦っているノゾム、フェオ、ケヴィンの中でも一番先にやられる可能性が高いノゾム。

 彼はチラリと周囲に視線を向けるが、どこもかしこも拮抗した戦況が続いており、この場にいる全員が手一杯の状況だ。言い換えればどこかが崩れれば、連鎖的に他の戦局にも決着がつくことになる。


(一番効果的なのはマルスの突破力で一転突破することだけど……)


 しかし、フェオとケヴィンに詰め寄られている今の状態ではマルス達の所には辿り着けない。彼らを引き離すことと、マルス達を援護すること。双方を同時に行わなければならない。


(……手がない訳じゃないけど……)


 頭に浮かんだ手段。しかし、その手段を使うことにノゾムは逡巡した。

 一つめは下手をすれば自分が失格になること。それはこの拮抗した状況では自分達のパーティーの敗北に直結しかねない。

 二つめは使う技の危険性。ノゾムは今まで模擬戦を含めて、学園では攻撃用の気術をほとんど使ってこなかった。幻無を含めた殺傷力が高すぎる気術は、学園という揺り籠の中では危険すぎるものだったからだ。


「何よそ見していやがる!!」


「くっ!!」


 余所見をしていたノゾムの死角からケヴィンが殴りかかってきた。咄嗟に身を捻って避けるが、気を込められた拳が風圧だけでノゾムの頬を切り裂く。どのみちこのまま三つ巴の状況が続いてはノゾムの負けはほぼ確定してしまう。



(……賭になるけど……仕方がない。要は体に当てなければいいんだ。目標があれなら問題はない)


 直接が無理なら間接的にどうにかする。幸い気術の目標は人ではない。

 ノゾムが覚悟を決めて刀に気を送り始めた時、突然巻き起こった突風が辺りに吹き荒んだ。



「な、なんだ!?」


 戦っていたノゾム達が巻き起こった突風の方に目を向けると、マルスの大剣に風が集まっている。しかもいつも彼が使う気術よりも明らかに強い風が周囲を舞っていた。

 よく見ると、彼の大剣には気配の異なる二つの力が渦巻いている。

 間違いない。以前模擬戦でマルスが使っていた気と魔法の同時使用。渦を巻いた風はマルスのアビリティの補助も受け、さらに勢いを増しながら彼の大剣に集っていく。


「ぐううううう!!」


「こ、これって……」


「マ、マルス君!」


 ノゾムはその力に当惑する。確かに桁違いの風の力だが、彼の背筋はその力とは別の意味で凍るような感覚に襲われていた。強大でも制御力に欠けた力。不確定な力がノゾムの危機感を煽っていた。

 おそらくマルスは打開策が見えないこの状況に対する焦りから、使わないと約束していたあの術を使うことを決めてしまったのだろう。

 ティマもまた危険を感じたのか、マルスに制止の声を上げるが、マルスは構わず大剣の切っ先をノゾムのいる場所に向ける。


「ノゾム!! うまく避けろよ!!」


「ちょ!!」


 ノゾムが頭によぎった危機感の命じるままに瞬脚でその場から離脱すると同時に、押し込められていた風が解放された。

 轟音と共にはじけ飛ぶ風の奔流。組み合わされた気術“裂塵鎚”と魔法“風洞の餓獣”は互いに絡みつくように螺旋を描きながら直進。地面を捲り上げ、木の幹を削り取りながらノゾム達に向かって突き進んで聞く。


「なっ!!」


「ちょ! 何なんやこれ!!」


 目の前に迫る巨大な風の螺旋を目にして、咄嗟にその場から離脱しようとするケヴィンとフェオ。しかし、あと一歩足りず、二人は風の奔流に呑まれた。


「くっ!!」


 さすがにあれだけ強力な術となると巻き込まれた2人が心配だが、ノゾムの視界に無防備になったマルスを狙うシーナの姿が映った。とにかく今はこの状況を打破することを選択し、気を込めていた刀を目標めがけて薙ぎ払う。

 飛翔した気刃はシーナとトムの背後の木の幹を両断し、倒れた木がシーナ達に降りかかる。


「ちょ! ちょっと!!」


「トム! 走って!!」


 慌ててその場から離脱するトムとシーナ。

 援護攻撃が止んだ一瞬。その隙に体勢を立て直したマルスは大剣でミムルを薙ぎ払う。しかし、身の軽いミムルは吹き飛ばされながらも空中でクルリと一回転し、余裕をもって地面に着地する。

 しかし、その間にトミーがジン達と戦っていたケヴィンパーティーの槍使いに切りかかる。


「くっ!!」


 振り下ろされたトミーの大剣に槍を沿わせて剣筋を逸らそうとする女子生徒。しかし、トムの魔法によるダメージで動きに支障が出ていた彼女にジンとトミー、そしてキャミの攻撃を捌く余力は残っていなかった。

 トミーの斬撃で大きく体勢を崩す槍使いの女子生徒。


「てやああああ!」


 その隙に斬りこむジン。さらにキャミが側面から襲い掛かる。ジンとキャミの刃が彼女の体を捕らえるのと同時にペンダントが赤く光り、彼女の失格を告げる。

 ジン達が槍使いを倒している間にマルスはシーナ達めがけて突っ込もうとしていた。ミムルはどうにかマルスを止めようとするが、マルスの突破力はミムルでは止められない。

 しかし、マルスがミムルを振り切ろうとした時、横合いからフェオが乱入してきた。

 先程のマルスの術のせいだろうか、彼の制服はボロボロになっており、あちこちに切り傷ができている。


「いきなり何するんじゃワレ! ワイが符術使えなかったらボロ雑巾になっとったぞ!!」


「ちっ、ならなかったのかよ……で、あの狗野郎はどうなったんだ?」


「ん? 知らんわ」


 ケヴィンについては興味がないのか、フェオはマルスの質問をあっさり聞き流す。

 結果的にフェオの乱入で足を止められたマルス。その間にシーナ、トムが体勢を立て直したことで、状況はシーナチームとマルスチームへとシフトしようとしていた。





 ノゾムはマルス達とシーナ達が対峙している光景を横目に見ながら瞬脚を発動。一気にアイリスディーナ達が戦闘している場所に突っ込む。目標はリサ達の後衛を担当しているカミラ。


(一撃離脱を最優先。その後、みんなと合流してシーナ達を撃破する!)


 ノゾムの狙いはアイリスディーナ達の戦局にも一石を投じて離脱すること。つまるところ、とにかくこの戦局を撹乱することだ。

 カミラは目標をアイリスディーナ達からノゾムに変更。彼めがけて氷槍の群“氷柱舞”をたたき込んできた。


「ふっ!」


 ノゾムは瞬脚-曲舞-で氷柱の隙間を掻い潜る。掠めていく氷槍がノゾムの体に裂傷を刻むが、ノゾムは止まることなく前へと突き進み続ける。


「なっ! どうなってるのよ!!」


 自分の魔法で足止めできないことに狼狽するカミラ。次の瞬間、魔法が切れて氷槍が打ち出されなくなる。

 間合いに入ったノゾムが刀を振り上げるが、その時、ノゾムとカミラの間に割り込んでくる影があった。


「なんだ、ちょっとはできるんだね。ノゾム」


「っ!!」


 割り込んできたケンはそのままの勢いで長剣を薙ぎ払う。ノゾムは咄嗟に刀を掲げて受け止めるが、大きく吹き飛ばされた。


「くっ!」


 吹き飛ばされながらもどうにか空中で体勢を立て直し、地面に着地するノゾム。

 しかし、ケンは追撃として氷槍を放ってきた。目の前に迫る氷槍を、地面を転がってどうにか躱すノゾム。その間にケンは間合いを詰めて長剣を振るってきた。


「くっ!!」


 ノゾムは刀を掲げて腰をひねり、全身の力を込めてケンの斬撃を受け流し、返す刀で斬りつける。

 ケンは身を捻ってノゾムの刀を避けるが、ノゾムはかまわずもう一度刀を叩きつける。しかし、その斬撃はケンに余裕で受け止められた。

 そのまま鍔迫り合いになる2人。しかし、能力で劣るノゾムは徐々に押され始め、彼の眼前ににケンの刃が迫ってくる。


「ぐぅうう!」


「ふっ…………」


 必死の形相で押し返そうとするノゾムに対し、ケンは余裕の笑みを浮かべている。それが双方にある純粋な能力の差を現しており、ノゾムの心中に悔しさと焦りが込み上げてくる。


 なんで。なんで! なんで!!


 そんなどうしようもない悔しさが、ノゾムの心にある躊躇を押し流そうとする。

 幻無を始めとした攻撃用の気術、そして能力抑圧の解放。

今この場で力を解放し、蹂躪し尽くせと呟いてくる。


“いいではないか。思うがままに振るうがいい。そのほうが楽になれるぞ……”


「っ!!」


 頭の中に突然響いた声は甘い誘惑となってノゾムの理性を溶かし尽くそうとする。

 その誘惑に唇を噛みしめることで耐えようとするノゾム。あまりに強く噛みしめたせいか、口の中に錆びた鉄の味が広がってくる。

 ノゾムの必死の形相に気分を良くしたのか、他の人間に見えないようにニンマリと歪んだ笑みを浮かべるケン。互いの息づかいが聞こえるほど顔が近づいた状態でケンはノゾムを嘲笑う。


「ノゾム……惨めだよね。」


「っ!!」


「でも正直驚いたよ。君がこの演習でまだ生き残っているなんて……」


 ケンはいまだノゾムがこの演習に残っていることには本当に驚いているのだろう。しかし、彼の顔は相変わらず醜く歪み、口調には明らかな侮蔑が含まれていた。


「でもリサや僕には届かない。彼女の隣にはいられない。仕方無いよね。君はこんなにも弱くて情けないんだから」


「っ! ケン! お前……!!!」


「じゃあ、そろそろ終わらせようか。僕は、急いでリサのところに戻らないといけないし、いつまでも君に時間を使っていられないし。じゃあねノゾム。いい加減、自分の身をわきまえて大人しく帰ったほうがいいよ。“親友”からの忠告だ……」


 その言葉を聞いた瞬間、ノゾムの頭の中で何かが切れた。

 胸の奥から湧き上がった激情は、まるで枯れ葉に火を放ったように一瞬で燃え上がる。

 

「っ!!!」


 腕に全力を込めて突き放すようにしながら後ろに跳ぶノゾム。ケンもまた余裕の笑みを浮かべて後ろに下がる。


「魔法を使えない君が間合いを離してどうするんだい?」


 ノゾムの行動を無意味と判断したケンは、内心嘲笑いながらも魔法を詠唱する。

 彼の眼前に現れたのは巨大な氷槍。ケンの身の丈を上回る巨大な氷槍は、生み出したケンの意を汲むようにその切っ先をノゾムに向ける。

 

 ノゾムは後ろに大きく跳びながら刀を納刀、己の激情が命ずるままに全力で気を叩きこみ極圧縮する。

 着地と同時に瞬脚を発動。ノゾムはケンに真正面から突っ込む。


「ハハ! ついに自棄になったのかい!? ……いいよ。いい加減ウザったかったし、ここで終わらせてあげる」


 酷薄な笑みを浮かべたまま氷槍を撃ち放つケン。放たれた氷槍は狙い違わずノゾムに向けて飛翔する。


「っ!」


 それでもかまわず突っ込むノゾム。気刃の形成を終えた彼は目の前に迫る氷槍を睨みつけた。

 次の瞬間、彼の視界の色が変わる。

 ノゾムは極限の集中力を発揮し、色の無くなった世界で鯉口を切ると、そのまま目の前に迫る氷槍めがけて刀を抜刀した。


「なっ!!」


 次の瞬間、ケンの口から驚愕の声が漏れる。

 彼が全力で作り上げた氷槍はノゾムの気刃の前に真っ二つに叩き折られ、むなしく砕け散った。

 ノゾムは自分が今しがた叩き斬った氷槍などに目もくれず、砕け散った氷の破片の中を突っ切りながらケンに向かって突進する。


「この!!」


 ケンが突っ込んできたノゾムめがけて剣を打ち降ろす。

 思いもよらない事態に動揺しているが、それでもケンの体は無意識の内に的確な間合いで剣を振るっていた。ケンの長剣はノゾムの刀より長く、この間合いではまだノゾムの刃は届かない。

 それが本人も分かっているのか、ケンの顔は焦りを浮かべながらも口元が釣り上がる。

 だが、そのなけなしの余裕はすぐさま吹き飛ばされた。

 ノゾムが右足を地面に打ち込み、体を捻る。次の瞬間、衝撃的な炸裂音と共に、ノゾムの体がありえない速度で回転した。


「なっ!」


 漏れたケンの声を切り裂きながら、閃光の様に振るわれるノゾムの刀。その刃は振り下ろそうとしていたケンの刃を撃ち落とし、彼の刃はむなしく地面に突き刺さる。

 先ほどの炸裂音はノゾムの刀に極圧縮されていた気が炸裂した音。驚異的なレベルで極圧縮された気の解放は、ノゾムの剣速を一瞬で加速させ、ノゾムの剣速を普段の彼では決して出すことが出来ない速度まで加速させた。

 さらにノゾムはふらつきながらも、体を逆方向に体を捻りながら返しの刃を放つ。

 ケンの眼前に迫るノゾムの刃、そのまま行けば確実にケンの喉を切り裂き、彼を絶命させる。


 ノゾムは自分の振るう刃がケンの喉に迫る光景を色の消えた世界で眺めていた。


 このままいけばこいつを殺せる! でも……。


 そう考えた彼の脳裏に浮かんだのは、自分が引き起こした凄惨な光景。自分の衝動のまま力を振るった故の惨劇。そして見続けている悪夢。自分の刃が彼女達の体を切り裂き、炎の中でただ殺し続けていた自分。


「っ!! ああああ!!」


 自分が何をしようとしているのかに気付き、ノゾムは咄嗟にケンの喉に吸い込まれそうになっている刃を逸らす。だが、完全に外すことはできず。彼の刃はケンの頬を切り裂いた。


「っあ!!」


「っ! ケン!!」


 頬に走った痛みにケンの顔が歪む。アイリスディーナと剣を交えていたリサだが、彼の声を聞きつけるとノゾムに向かって突っ込んできた。その顔は憎しみで染まっており、文字どおり仇を見る目でノゾムを睨みつけている。


「ケンから離れろ!!」


 リサがニベエイの魔手を発動し、その手に巨大な炎塊を作り上げる。彼女は己の憎悪をそのまま叩きつけるように、ノゾムに向かって手に掲げた炎塊を撃ち放った。


「くっ!」


 ノゾムは咄嗟に横に飛んで炎塊を避けるが、炸裂した炎の奔流はそのままノゾムを飲み込もうと迫りくる。


「ノゾム!」


 しかし、横から飛んできた風洞の餓獣が、ノゾムに迫りくる炎を散らす。さらにティマが魔法を発動し、ノゾム、アイリスディーナ達とリサ達の間に炎の壁が出現。その間にアイリスディーナがノゾムの元に駆け寄ってきた。


「大丈夫か?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 ノゾムを心配そうな目で見ながら声をかけるアイリスディーナ。戦場の場には不釣り合いな白い顔と吸い込まれそうな漆黒の瞳がノゾムを映している。

 ノゾムはその瞳を見ることができず、とっさに顔を逸らしてしまう。


「…………」


「…………」


 互いに何も言えなくなってしまうノゾムとアイリスディーナ。

 その時、炎の壁が吹き飛ばされた。チリチリと舞っていく炎の残滓の中からリサ達が姿を現す。


「っ!!」


 ノゾムに憎悪に染まった視線を叩きつけてくるリサ。その後ろに控えて、彼女と同じように憎悪の視線を向けながら、リサのそばにいるのは自分だと誇示するようにリサによりそうケン。

 彼女の怒りに燃える目、そして後ろにいるかつての親友を見た時、ノゾムの胸がズキンと痛み、彼の心に言い様のない感情が湧き上がってくる。


“グルルルルル……”


「っ!!」


 だが、頭に響いた“奴”の声で咄嗟に表情を改めるノゾム。湧き上がり始めていたドス黒い感情を無理矢理の飲み込み、努めて平静を装う。その時、アイリスディーナが思いもよらない提案を持ちかけてきた。


「ノゾム、この戦闘の間、チームを組まないか?」


「え?」


 アイリスディーナの提案に当惑するノゾム。彼女とは確かに2日目にパーティーを組む事を約束していたが、今日の所は敵同士だったからだ。

 だが、アイリスディーナの言うとおり、リサ達、そしてシーナ達を相手取るならアイリスディーナと組んだほうが得策なのは確かだった。


「……いいのか?」


確かめるようにノゾムがアイリスディーナに尋ねると、彼女は迷いなく頷いた。


「……わかった。よろしく頼むよ。アイリス」


 アイリスディーナの提案を受け入れたノゾム。その様子に満足そうな笑みを浮かべるアイリスディーナ。

 その笑顔にノゾムはしばし見惚れていた。さっきまで胸の内に沸いていたドス黒い感情は徐々に萎んでいき、代わりにバクバクと暴れるように脈打っている。


 リサ達が剣を構える。アイリスディーナもまた細剣を構えながら、ノゾムのそばに寄りそう。

 ノゾムはその時、体の芯から暖かくなっていくような感覚を覚えた。まるでアイリスディーナの体温を感じ取っているような感覚。先程まで焼きつくようだった体の熱が、徐々に暖かいものに変わっていく。


 こそばゆい感覚に僅かに頬を緩ませながら刀を構えたノゾムだが、その時、突然爆発的な気の奔流が周囲を包みこんだ。


「な、なんだ!?」


 突然の出来事に動揺しながらも、発せられた気を確かめるノゾム達。戦っていたマルスやシーナ達も皆一様に同じ方向へと目を向けていた。


「……てめえら。やってくれたな……」


 気を撒き散らしていたのはマルスの術に飲み込まれたはずのケヴィンだった。

 怒りのあまり、高まりすぎた気の制御ができていないのか、体から気が駄々漏れになっている。


「散々、俺をコケにしやがって……」


 彼の怒りに呼応するように、ケヴィンの両手に膨大な気が集まって行く。彼の腕はミシミシと音を立て、小刻みに震えている。その様子は今にも決壊しそうな水門を思わせた。

 ケヴィンの怒りに震えた瞳がノゾムを貫く。


「まずはてめえだ、最底辺。次は半端野郎、もう二度と立ち上がれないくらいにつぶしてやる!」


 次の瞬間、ケヴィンの体が変化する、彼の体に体毛が生え始め、筋肉が隆起していく。口が前方に突き出し、文字通り狼そのものの顔へと変貌していく。


 ミムルと同じ異能“獣化”だ。

 銀狼族の獣化は山猫族と同じように身体能力の増加、そして気量の増加だ。

 だが、完全に獣化するかに思えたとき、突然地面から突き上げるような衝撃が走った。


「うわ!!」


「なんだ!? 地震か!?」


 突然の出来事に、その場にいた全員が狼狽する。獣化しようとしていたケヴィンもまた動揺し、獣化を解いてしまった。

 地面に無数のヒビが入ると同時に鼻をつく腐臭が漂い始める。

 次の瞬間、地面がめくり上がり、舞い上がった地盤の中からそれが姿を現した。生い茂る大木にも劣らない巨躯と金剛石をも引き裂けそうな爪と牙。


「グルルルルル……」


 腹に響く様な唸り声を上げるそれは一言でいえば脅威。おおよそこの場で見かけることなどまずない、魔獣の頂点にいるはずの存在。


「竜……」


 誰かが漏らすようにそうつぶやく。

 だが、その竜はとても異様な外見だった。空を飛ぶはずの翼は片方が完全になくなっており、もう片方の翼も被膜がほとんど溶け落ちている。鋼鉄を思わせる鱗は所々はがれ、筋肉が露出している部分もある。

 その時、竜の瞳がノゾム達を捉えた。その瞳もまた白く濁り、明らかに生きている者の瞳ではない。


「グアアアアアアア!!!」


 そして響く咆哮。腐敗したガスと腐肉がまき散らされ、腐りきった片翼を広げる竜。

かつて竜であったもの、屍竜とでも呼ぶべき存在は、死してなお癒せぬ渇きを癒そうと、ノゾム達に襲いかかった。

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[一言] 次々と切り替わる場面展開、バトルロイヤルの面白さが1話に凝縮されてて楽しめた。
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