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第5章第19節

 昼が過ぎ、この演習一日目が後半に差し掛かった頃、フェオ達は護衛の課題を終え、運営本部の受付で課題完了の手続きをしていた。


「う~ん。これでとりあえず課題は終了。さてこれからどないする?」


「そうね……先程残った課題を見てきたけど、もうほとんど残っていなかったわ。とりあえず、残った課題をこなしつつ、出会ったパーティーを迎撃すればいいんじゃないかしら?」


「ええ~! めんどくさいよ。それよりいっそのことアイリスディーナさん達とかポイント持ってそうなパーティーを襲っちゃえばいいんじゃない? ポイントも稼げるし、ライバルも減らせて一石二鳥だと思うけど」


 フェオの質問に無難な答えを返すシーナ。しかし、その提案にミムルは不満そうな声を上げる。

 今まで彼女たちはシーナの精霊魔法を最大限に生かすため、演習区域の南側から移動していなかった。拠点防衛に特化した彼女の精霊魔法はその能力を存分に発揮しており、フェオの符術やトムの錬金術を交えた魔法も組み合わさり、彼女達は南側区域に要塞とも言えるような強固な拠点を築くことが出来た。

 その所為もあるのか、今まで彼女達が遭遇したほとんどのパーティーがシーナ、フェオ、トムの遠距離攻撃のみで倒されることになる。

 シーナの精霊魔法と正確な弓による射撃、遠見よる監視も出来るフェオの符術、触媒を利用して威力を増したトムの魔法。これらの豊富な監視手段と遠距離攻撃手段により、ほとんどの敵パーティーが近づく事も出来ずに封殺されてしまっていた。

 結果として、接近戦重視のミムルがフラストレーションを溜め込むことになったのである。

 


「……ミムル、特別目標の教官を倒すことはうまくいったけど、それで油断をしていい理由にはならないのよ?」


「分かってるよシーナ。心配性だな~」


 相変らず能天気なミムルに頭痛を覚えたのか、シーナが人指し指でこめかみを押える。そんないつもどおりの光景を前にして苦笑いを浮かべたトムがシーナに言葉をかけた。


「まあまあ。でもミムルの言うことにも一理あるよ。これからポイントを稼いでいくには他のパーティーと戦うしかないんだし……」


「そうだけど……」


 確かにトムの言うとおり、これから効率的にポイントを稼いでいくには迎撃よりも襲撃の方が効率がよい。


「それより、ノゾムはどこにおるんかな~? 演習区域の南側じゃ見かけんかったし……」


 3人の様子を前にしてもフェオは相変わらず自分のペースを崩さない。シーナは自分の頭痛がさらに増していくのを感じていた。


「なあ、今度は北側に行ってみんか? まだ行ってへんし」


「そうだね! 行ってみようよ!」


 完全に同調し始めたミムルとフェオ。2階級の中でも人の言うことを聞かないトラブルメーカー2人のペースはこの特総演習においても変わらないようだ。


「はあ、貴方達、もうちょっと慎重になったらどうなの?」


「でもあまり気にしすぎてもしょうがないんじゃないかな? 今まで南側でシーナが精霊契約して、契約範囲に入ってきた敵を迎撃してきたけど、パーティーの数が減ってあまり効率的じゃなくなってる。だから護衛の課題をこなしたんでしょ?」


 ついに唯一の味方であるはずのトムまでミムル達に同調し始めた。でも、シーナ自身も今までの方法が効率的でなくなっていることは理解しているので、トムの意見に頷くしかない。


「それは……はあ、分かったわ」


「うんうん! そうこなくちゃ! トム、ありがとね」


「ちょ、ちょっとミムル……うわぷっ!」


トムがシーナを説得したことに満足したのか、ミムルがトムを抱きしめた。小柄なトムの体がミムルの腕の中にすっぽりと納まると、彼女はスリスリとトムに頬ずりをし始める。

 トムはトムで困惑しながらも、やはり好きな女性に密着されること自体は嬉しいらしく、抵抗したりはせず、ただミムルのなすがままにされていた。


「でも不意打ちを食らったら危険だから慎重に行くわよ」


 そんな2人の様子を呆れた口調ながらも微笑ましそうに見つめていたシーナ。フェオも面白いものを見るようにニヤニヤしている。

 その後、彼女達が向かった先は演習区域の北側。奇しくも今一番の激戦区になっている場所だった。









 シーナ達が北区域に向かっていた頃、アイリスディーナパーティーとリサパーティーとの戦いは互角の展開を見せていた。


「はあっ!」


 リサが右手に持ったサーベルを振り下ろす。

 抜群の身体能力を持った彼女の刃がアイリスディーナを捉えようとするが、閃く細剣がサーベルの腹を打ち、その軌道をそらす。


「背中ががら空きだよ!」


「くっ!!」


 だが、その間にケンがアイリスディーナの背後に回り込み、手に持った長剣を薙ぎ払おうとする。

 アイリスディーナはリサのサーベルを弾いた勢いを殺さずに細剣を振り払って、迫りくる剣撃を受け止めるが、斬撃の勢いに押されて体勢を崩してしまう。

 体勢の崩れたアイリスディーナに、リサがさらに追撃をかける。

 振り抜いたサーベルを切り返し、今度こそアイリスディーナの体に渾身の一撃を叩き込もうとするリサ。

 しかし、アイリスディーナはアビリティ“即時展開”で魔法障壁を展開し、リサの追撃を防ぎきる。


「まだまだ!」


 もう一度リサと入れ替わるように攻撃を仕掛けてきたケン。2人に囲まれた状態はまずいと思ったのか、アイリスディーナはバックステップで間合いを取ろうとするものの、ケンはそうはさせないとばかりに食い下がろうとする。


 だが、その足をティマの魔法が押し止めた。

 ケンの側面から襲いかかった巨大な炎塊。“咎人の禍患”は主の命令を忠実に遂行し、追撃してこようとしたケンに向かって飛翔する。


「くっ!」


 咄嗟に追撃を諦め、全力でその場から飛び退いて咎人の禍患を避けようとするケン。彼が飛び退くと同時に炎塊が地面に着弾する。

 ティマの膨大な魔力によって編まれた咎人の禍患は、その身に秘めた膨大な力を見せつけるように一気に炸裂。撒き散らされた炎は、本来なら十分距離を取ったはずのケンにあっという間に追いつき、襲いかかった。

 しかし、ケンもまたAランクに至った生徒。すぐさま障壁を展開し、ティマの魔法の余波を防ごうとする。


「くっ! 相変わらず凄まじい威力だね!」


 だが、襲いかかってきた炎は凄まじい勢いでケンの魔法障壁を飲み込もうとしてくる。

 元々魔力だけなら最上位に位置するティマ。彼女の魔法はAランクの者とはいえ簡単に防げるものではない。ケンの展開した魔法障壁にひびが入った時、ケンと迫りくる炎の間にリサが割り込んできた。

 彼女はすぐに魔法障壁を展開し、ケンを飲み込もうとした炎を押し返す。


「カミラ!!」


「分かってる!!」


 今度は後方で詠唱していたカミラが魔法を発動。ティマが作り上げた巨炎には至らないが、一抱えほどもある炎塊を作り上げると、今しがた魔法を発動したばかりのティマめがけて撃ち放った。


「させない!」


 アイリスディーナが即時展開で周囲の風を纏め上げる。螺旋を描いて集まった風を、彼女は一気にティマめがけて飛んでいく炎隗に向かって解放した。アイリスディーナが発動した風洞の餓獣が、カミラの炎隗を飲み込み、霧散させる。

 アイリスディーナは散っていく炎の欠片を横目で眺めながら、ティマを守るように彼女の前に立つ。

 対するリサ達も魔法を使うカミラを守るようにそれぞれの得物を構えて立っていた。


「互いに一進一退か……」


「そうね。でも人数的にこっちが上。カミラがこっちにいるからすぐに決着がつくと思ったけど、このまま攻防を続けていればこちらが押し切るわ」


 アイリスディーナの声にリサが答える。

 確かに人数的にはリサ達の方が有利であり、普通に考えればアイリスディーナ達がいずれ押し切られると思うだろう。

 事実、いかにアイリスディーナとはいえリサとケンの2人同時に相手をすることは分が悪いを通り越して勝ち目がない。さらに彼女達の後ろにはカミラが魔法で援護してくる。

 だが、それをアイリスディーナの後方に控えるティマが支えることでどうにか均衡を保っていた。

 リサ達にカミラという仲間がいるにもかかわらず、アイリスディーナ達が何とか戦えていたのは単にこれまでの戦闘経験からだった。

 以前、ソミアの為にルガトというSランクの猛者と戦うことになった彼女達。ソミアの魂を、契約を盾に持ち去ろうとした彼と戦った時、彼女達は文字通り生死をかけて戦った。

 自分達のはるか上を行く魔力、経験、技術。今まで自分達が培ってきたものを粉砕した相手との戦い。

 たとえその時はルガト達の高みに至れなくとも、大切な人の為に戦い抜いた経験はしっかりと彼女達の血肉になっていた。


(アイ、どうするの? このままじゃいずれ……)


(分かってる……)


 だが、それでも正面からの戦闘がアイリスディーナ達に不利であることに変わりはない。アイリスディーナは現状をどうにかしようと思考を巡らせる。

 しかし、リサ達はそんな暇を与えるようなことはしない。リサはすぐさまニベエイの魔手で身体強化魔法の効力を倍加。一気に勝負を決めようとアイリス目掛けて突っ込んだ。

 ケンがリサに続いて身体強化魔法を発動して後に続き、カミラもまた詠唱を開始した。


「ティマ! 走るぞ!」


 その様子を見たアイリスディーナはすぐさま即時展開で魔法を発動した。

 次の瞬間、闇が周囲にまき散らされ、アイリスディーナ達とリサ達を瞬く間に飲み込む。


「くっ! これは……」


 自らを覆い尽くした闇に視界が遮られ、咄嗟に足を止めるリサ。彼女のすぐ後ろにいたケンもまた足を止めて周囲を警戒している。

 発動したのは“新月の濃霧”という魔法。

 効力はそのまま、黒色の濃霧で相手の視界を奪うというものだ。


「……襲ってこない?」


「なるほど、このまま逃げるつもりかな?」


 初めは新月の濃霧で視界を遮って攻撃を仕掛けてくると思ったが、その様子が無い事に疑問を持ったリサ。

 ケンは逃げたのかもと思ったが、リサはそう思えなかった。


「ちがう……そうか! 分かったわ!!」


 リサが踵を返す。向かう先はカミラのいる場所。

 リサの視界の先にカミラの姿が見え始めると、案の定彼女の側面から突進してくる影があった。


「させないわよ!」


「くっ、もう少しだったのだが!」


 カミラに忍び寄る影に突っ込んだリサは手に持ったサーベルと短剣で陰に切り掛かるが、影は振るわれた剣を受け流しながら飛び退く。

 側面からカミラに襲いかかろうとしていたのは闇にまぎれて間合いを詰めていたアイリスディーナだった。ワザと大声を出したのは逃げる素振りを見せて相手を油断させるためだったのだが、見抜かれたことに歯噛みする。

 さらにケンとカミラが魔法で追撃を仕掛けようとするが、それより先にティマの魔法が発動。アイリスディーナとケン達の間を薙ぎ払うように風洞の餓獣が駆け抜け、再び仕切り直しとなる。


 互いに睨みあう2つのパーティー。

 その時、アイリスディーナの耳に遠くから微かに聞こえてくる音があった。








 アイリスディーナ達が戦っているすぐ近くで、ノゾム達もまたケヴィン達と戦い続けていた。

 

「おらぁ!!」


「ふっ!!」


 ケヴィンの拳をノゾムが受け流す。受け流した勢いのまま刀を振るうが、その刃はケヴィンの手甲に防がれ、甲高い音と共に弾かれる。

 ケヴィンはその場で一回転し、勢いをつけた回し蹴りをノゾムの脇腹に叩き込もうとするが、ノゾムは後ろに跳んで回し蹴りを回避した。

 着地の瞬間、今一度踏み込んで斬撃を放とうとするが、ノゾムが踏み込もうとした次の瞬間にはケヴィンが彼の目の前まで迫っていた。


「遅せえよ!!」


「ちっ!」


 間合いを一気につめたケヴィンがノゾムの顔面目掛けて拳を振るう。刀を振り切るのは間に合わないと判断したノゾムは咄嗟に瞬脚で横に跳んでケヴィンの拳を躱すが、身体能力に勝るケヴィンはあっという間にノゾムに追いついてしまう。


「だから、遅いんだよ!!」


「くっ!」


 ノゾムに追いついたケヴィンは走ってきた勢いを殺さないまま軽く跳躍。体中のバネを使い、全身を捻りながら勢いをつけてノゾムを蹴り飛ばそうとしてきた。


「ぶっとべ!」


 先程よりもさらに勢いをつけた回し蹴りがノゾムめがけて放たれる。まともに喰らったら上位階級の生徒ですら重傷を負うであろう。

 空気を引き裂きながら迫りくるその蹴撃を見極めながら、ノゾムは冷静にタイミングを見計らう。


「ふっ!!」


 次の瞬間、ノゾムが瞬脚-曲舞-を発動。本来曲線移動に使う円運動を利用し、自分の刀をケヴィンの蹴撃に沿わせて受け流す。


「なっ!」


 まさか瞬脚発動中に自分の蹴りが受け流されるとは思っていなかったケヴィンは突然の出来事に大きく体勢を崩す。更に体勢を崩したケヴィンにノゾムは瞬脚-曲舞-の勢いを殺さないように片足を軸に回転しながら屈むと、そのまま下から打ち上げる様に蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ!」


「でえええい!!」


 ケヴィンは手甲でノゾムの蹴りを受け止めるが、蹴り込んだ足に渾身の力を込めるノゾム。

 ノゾム蹴りで僅かに浮き上がるケヴィンの後方から、さらにマルスが追撃を掛けてくる。

 

「うおおおおお!」


「!!」


 風を纏わせた大剣を振り抜くマルス。ケヴィンは咄嗟に再び空中で身体を捻りながら脚甲でマルスの斬撃を迎え撃とうとする。


「はあああああ!」


「があ!」


 だが、空中にいるケヴィンは踏ん張りがきかず、そのような状態でマルスの斬撃を受け止めることは不可能だった。

 弾き飛ばされ、地面に叩きつけられるケヴィン。だが、彼も咄嗟に受け身を取り、跳ね上がるように起き上がる。その顔は憤怒の色に染まっていた。


「くそ! こいつら!!」


 ケヴィンはノゾムとマルスを射殺さんばかりの視線で睨みつける。

 自分なら容易く勝てると思っていたが、思いもやらない苦戦を強いられたせいでかなり頭に血が昇っていた。

 一方、ノゾムはケヴィンの事もそうだが、それよりもジン達の様子が気になっていた。

 彼ら4人はケヴィンのパーティーメンバー2人とそれぞれ2対1で戦闘を繰り広げているが、その戦況は芳しくない。

 流石1階級という事だろうか、敵パーティーの剣士と槍使いはそれぞれジンとキャミ、トミーとハムリアを相手に優勢に立ち回っている。彼らもかなり健闘しているが、倒されてしまうのも時間の問題だろう。そしてジン達が倒れてしまったら今度はその相手がケヴィンの援護に回ってしまう。そうなったらもはやノゾム達に勝ち目はない。



(問題は俺達がいかに早くこの状況を打破できるか……)


「……マルス」


「なんだ?」


 ノゾムはケヴィンから目を離さないようにしながらマルスに小声で話しかける。彼の提案を聞いたマルスは、その突拍子もない発想に驚きで目を見開いた。


「……本気か?」


 確かめるようにノゾムに問いかけるマルス。彼の質問にノゾムは頷いて答え、気を全身に送り始めた。

 ノゾムが本気だと知り、やや逡巡しているような様子だったマルスだが腹を括ったのか、彼もまた全身の気を高め始める。

 2人が気を高めたことで同じように全身から気を発し始めるケヴィン。次の瞬間ノゾムとマルスが動いた。


 ノゾムが高めた気を足元に送りこみ、一気に爆発させる。舞い上がった土煙が3人を包み込み、視界を覆い尽くす。


「くそ! 目くらましのつもりかよ!」


 悪態をつくケヴィンだが、突然聞こえてきたズドン! という轟音におもわず身構えた。

 次の瞬間、彼の視界に舞い上がった土煙を引き裂いて突進してくる何かが見えた。迎え撃とうと拳を引き絞るケヴィン。

 だが、突進してきたものはケヴィンに何もしないまま横を素通りした。


「な!?」


 彼の目に飛び込んできた光景は、ジン達と戦っていた彼の仲間に斬りかかろうとするマルスの姿だった。

 マルスは自分の体に気による身体強化を全力で掛け、大剣に纏わせた風で気術“裂塵鎚”を発動。轟音と共に解放された風と瞬脚を推進力にして一気にジン達が戦っている剣士に向かって斬り込んだのだ。


 ノゾムがマルスに提案した方法は、彼にあえてケヴィンを無視してジン達の援護に向かってもらうというもの。

 普通に考えればノゾム一人でAランクに達したケヴィンを抑えられるとは思わないだろう。その中でノゾム達のパーティー内で一番の戦力であるマルスにケヴィンを無視させるなど誰も考えないし、やろうとは思わない。

 だからこそ、ノゾムはあえてその方法を取った。結果的に誰も予想しないからこそ、ケヴィン達の意表を突くことになる。

 

 ケヴィンの眼前でマルスが敵パーティーの剣士を一撃で吹き飛ばして戦闘不能に追い込み、もう一方の槍使いに切り掛かっていく。


「な……くそ!」


 無視されたケヴィンが慌てて援護に回ろうとするが、ノゾムがその進路に割り込み、そうはさせないとばかりにケヴィンに斬りかかる。


「コイツ!!」


「悪いけどここは通行止めだ!!」


ノゾムが連続で刀を振るう。唐竹から逆風に斬り上げ、続いて横薙ぎに刀を振り抜く。


「邪魔すんじゃねえ……くっ!」


 ノゾムの刀を潜り抜けようとするケヴィン。彼はノゾムの脇を駆け抜けようとするが、今度はその進路をノゾムが振り抜いた鞘に阻まれた。

 ノゾムは刀だけでなく、鞘、蹴りなどの体術までをも総動員してケヴィンを足止めしようとする。

 刀を振り抜いた勢いのまま鞘を叩き込み、その反動を利用して回し蹴りを見舞うノゾム。

 予想外の猛攻に動揺したケヴィン。一撃一撃は決して重くないが、防御の隙間を縫うように的確に打ちこまれる斬撃と打撃に思わず後退してしまう。


 その間にもマルスは槍使いの女子生徒を追い詰めていく。突然の展開に動揺したのか、その動きは明らかに精彩を欠いていた。やがて彼女の槍はマルスの切り上げを受け止めきれずに跳ね上げられ、無防備な上体が晒される。


「でえやあああ!」


 無防備な上体目掛けて大剣を振り抜くマルス。当然刃を当てて怪我をさせないように、相手には剣の腹を向けているが、それでもまともに受ければ一撃で戦闘不能に追い込まれるだろう。


「くっ!」


 避けようのない状況に歯噛みする女子生徒。だが、次の瞬間、何処からか飛翔してきた炎弾が着弾し、マルスと槍使いの女子生徒を飲み込んだ。


「マ、マルス君!?」


「な、何!?」


 突然の出来事にジン達の口から動揺の声が漏れる。戦っていたノゾムとケヴィンも一時的に爆発した炎弾に気を取られ、互いに手を止めてしまう。


「く、くそ! いったいなんだ!?」


 炎弾の爆発による煙の中からマルスが飛び出してくる。咄嗟に全身に気を張り巡らせて防御したのか、失格にはなっていないようだが、彼は体のあちこちに火傷を負っており、服は所々煤けている。

 槍使いの女子生徒の方は爆風を防ぎきれなかったのか、数メートル先に吹き飛ばされていた。

 彼女のペンダントは紅い光を放ってはおらず失格にはなっていないようだが、かなりダメージを受けたのか立ち上がるのにも四苦八苦していた。

 さらに今度は複数の矢がノゾムとケヴィンめがけて降り注ぐ。


「くっ!!」


「なんだ!」


 ノゾムとケヴィンがその場から飛び退くと同時に地面に突き刺さる矢群。更に茂みから飛び出してきた影がノゾムめがけて襲いかかってきた。その影の正体とは……。


「見つけたで、ノゾム!!」


「フェオ! お前かよ!」


 襲いかかってきたのはシーナ達のパーティーに属しているフェオだった。ノゾムに向って一気に踏み込んできた狐尾族の少年は手に持った棍を一閃させる。


「くそ!!」


 咄嗟に跳び退いて棍を避けるノゾムだが、フェオは振り抜いた勢いのまま体を回転させてもう一度踏み込むと、再び棍を薙ぎ払ってくる。

 ノゾムはその棍をしゃがんで避ける。自分の頭上を振り抜かれた棍が勢いよく通り過ぎるのに合わせてノゾムは刀を斬り上げた。


「無視してんじゃねえ!」


「くそ! こっちもか!!」


 だが、ノゾムの側面から今度はケヴィンが殴りかかってきた。ノゾムは振り上げようとした刀の軌道を変えてケヴィンを迎撃しようとした。

 ノゾムの刀とケヴィンの手甲が衝突し、赤い火花を散らせる。


「オラァ!!」


「グッ!!」


 さらにケヴィンがストレートから肘打ち、掌底、ローキック、ハイキックへと繋いでくる。ノゾムは肘打ちを刀の鍔で受け、撃ち込まれた掌底は刀を持ったままの右腕に沿わせたまま身体を捻って受け流し、ローキックの軌道に鞘を割り込まるが、最後のハイキックだけは間に合わなかった。

 ノゾムの目の前に迫る脚甲。顔面を狙ったケヴィンの蹴りだが、横にいたフェオがそのハイキックを棍で打ち払った。


「狐野郎! てめえ!」


「邪魔せんでくれんかな! ノゾムにはワイの相手してもらうんやから!」


 ノゾムを仕留めようとしたケヴィンの邪魔をするフェオ。そんなフェオも敵と判断して纏めて倒しにかかろうとするケヴィン。

 互いに入り乱れながら攻防を続ける3人。そこにはいつの間にか三つ巴の戦局が展開していた。


 マルス達の方も戦局は三つ巴の様相を呈していた。

 元々戦闘していたマルスやジン達、槍使いの女子生徒の中にミムルが突っ込み、持ち前の身軽さを生かしてかき回していく。

 ジン達が数の利を生かしてミムルを包囲しようとするが、後方からシーナの射撃とトムの魔法がミムルの包囲を許さない。

 得物が大剣であるマルスは、周囲にジン達がいる状況で乱戦になっているため、全力で剣を振るえずにいる。


 更に状況は変化する。

 突然爆音が周囲に木霊し、近くにあった血を地面ごと抉りながら粉砕する。木片と土塊が巻き上がる中、5つの影が土煙を突き破ってきた。


「ティマ! 大丈夫か!?」


「う、うん! なんとか!」


「リサ! やったか!?」


「だめ、外したわ!」


 舞い上がった土煙を突き破って表れたのは、アイリスディーナ、ティマ、リサ、ケン、カミラ達5人の男女だった。


「なっ!? ア、アイリス!? それに……リサ!?」


「ノ、ノゾム!?」


「これは……っ!!」


「……へえ」


 互いの姿を確認したノゾムとアイリスディーナ、そしてリサが驚愕の声を上げる。ケヴィンやフェオ達も自分達に続いて乱入してきたアイリスディーナ達に驚きを隠せないようだ。


 ノゾム、アイリスディーナ、リサ、シーナ、ケヴィン。この演習において特別目標を撃破した5つのパーティーすべてがこの場に集まってしまっていた。





「グルルル……」


 眠り続けているそれは未だまどろみの中にいた。彼を包む周囲の闇は決して変化することなく、彼の眠りを守るようにその体を包み込んでいる。

彼の身体が僅かに動いた。まるで人間が寝づらそうに寝返りを打つ様に身じろぎする彼。


 何が気に障ったのだろうか。よく見ると彼の上から何かが降ってきている。パラパラと眠りを妨げる様に身体に降り注ぐそれが気に障ったのか、彼は落ちてきたものを払いのけるように首を振る。

 覚醒はしていないのか、彼の瞳は閉じたまま、首を動かすだけでその瞳が開くことはない。

そして、彼はそのまま再び深い眠りの中に戻ろうとする。だが、今度はズドンという音が闇の中に響いた。


 その音とともに彼の体が再び動き、蛇が鎌首をもたげるように持ち上げられた彼の首。そして今まで長い間、閉じられていたその瞳が開かれる。その瞳は自らの真上。自分が眠っていた洞窟の天井へと向けられていた。



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[一言] 五つ巴の展開!これは戦力分け的にも面白い展開!!
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