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第5章第18節

 


「っ!」


 後ろの茂みから聞こえた音にアイリスディーナはすぐさま反応した。

 即時展開のアビリティで魔力弾を3つ生成し、茂みに向かって撃ち放つ。

 放たれた魔力弾が茂みの奥に消え、次の瞬間に辺り響く炸裂音。それと同時に茂みから飛び出してきた影がアイリスディーナめがけて斬りかかってきた。


「くっ!」


 アイリスディーナが素早く細剣を抜き放ち、影の斬撃を受け止める。想像以上に重い剣撃にアイリスディーナは押し切られそうになるが、咄嗟に斬撃を受け流しながら体を入れ替えてやり過ごす。


「くっ! 防がれた!」


「リサ君か!」


 斬りかかってきた影はアイリスディーナと同じ1階級のリサ・ハウンズだった。

 自らの斬撃を受け流され、体が流れたリサにアイリスディーナは細剣を突き込もうとするが、リサは体が流れた勢いを殺さずにそのまま回転し、アイリスディーナの細剣を弾き飛ばす。


「むっ!」


 アイリスディーナの細剣を弾き飛ばしたリサだが、再び踏み込んでくることはなく、そのまま跳躍して間合いを取る。

 怪訝に思ったアイリスディーナだが、次の瞬間リサが飛び出してきた茂みから氷槍が飛んできた。


「! やはり他にも仲間がいたのか……」


 自分の目の前に氷槍が迫っているにも拘らず、アイリスディーナの表情は崩れない。その理由はすぐに明らかとなる。

 アイリスディーナの背後で突然吹き上がる魔力の奔流。膨大な魔力が瞬時に炎に変換され、さらに渦を巻いて集まった風が炎を掻き集め、さらに燃え上がらせながら巨大な炎球を形成する。


「アイ! 行くよ!」


 後ろから聞こえてきた親友の声。アイリスディーナは振り返らず、頷いて答える。


 ティマの唱えた魔法は“咎人の禍患”という魔法。

 己の魔力を炎に変換し、風を操って燃焼を加速させながら収束させて叩きつける魔法。複数の属性を操る高度な魔法であり、ティマの膨大な魔力も相まって桁外れの威力を発揮する極めて強力な魔法だ。

 次の瞬間、射出された炎球。アイリスディーナの横を通り過ぎた炎の塊はそのまま彼女に迫っていた氷槍を飲み込むと、一瞬で氷槍を蒸発させた。

 さらに氷槍を蒸発させた炎球はそのまま茂み向かって一直線に飛翔する。


「おっと!」


「うわ!!」


 隠れていたケンとカミラが慌てて茂みから飛び出してくる。

次の瞬間、咎人の禍患が着弾。一瞬で吹き荒れた炎と爆風が茂みの木々を一瞬で灰燼にしてしまう。


「さすがアイリスディーナさんにティマさん。簡単には倒させてくれないみたいだね」


 ケンが2人に感心したように呟く。

 戦闘音を聞きつけたリサ達は茂みに見隠れて様子を見ていた。そして機をみて奇襲をするつもりだったのだが、先にアイリスディーナに察知されて先手を取られてしまう。

だが、彼らもその程度では動じなかった。

 アイリスディーナが放った魔力弾をケンが防ぎ、その隙にリサが切り込んでカミラが氷柱舞でアイリスディーナを仕留めようとした。

 しかし、アイリスディーナとティマも簡単にやられるはずがない。アイリスディーナが前面で持ちこたえている内にティマが魔法を詠唱。元々魔法使いとして常識はずれの資質を持つティマの“咎人の禍患”はカミラの氷柱舞を一方的に打ち消した。

 ティマの魔法はそのままケン達を仕留めるかと思われたが、彼らは間一髪で回避に成功。結果として双方共に被害なしとして正面から対峙することになった。


「…………」


「…………」


 対峙した双方は無言のまま、言葉を発することはない。どちらもこの階級においてトップクラスのパーティーであることは疑う余地が無く、この戦いに勝利した方がトップに躍り出ることを理解しているからだ。

 アイリスディーナは手に持った細剣の剣先を向け、リサとケンがそれぞれの剣を構える。

 ティマの身体から再び膨大な魔力が吹き出し、カミラが詠唱を開始する。

 次の瞬間、アイリスディーナ、リサ、そしてケンがそれぞれ相手に向かって駆けだしていた。





 アイリスディーナとティマがリサ達と対峙している頃、ノゾム達も演習区域の北側にいた。

 アンリとの戦闘に辛くも勝利した彼らは、体勢を立て直す為に一旦その場を離れ、ここまで移動してきていたのだ。


「……ノゾム君、これからどうするんだい?」


 ジンがノゾムに尋ねてくる。


「……そうだな。正直なところ、今までのように罠を仕掛けて相手を迎え撃つって方法は、ポイントを稼ぐ意味ではあまり効果的ではなくなると思う」


 午前中で多くのパーティーが脱落した事で生き残っているパーティーの数が減少し、そのかわり一つのパーティーが保有するポイントも増した。結果的に一度の戦闘で獲得できるポイントが上がったが、同時に他のパーティーと遭遇しにくくなっている。

 一度負ければポイントを全損するため、演習を生き残ることを優先するならば大きく動く必要はない。

 しかし、一度に得られるポイントが増している以上、一度の戦闘で簡単に順位は変動する。簡単な課題は序盤ですべて他のパーティーに取られただろうから、上位の成績を維持したいならこれからもポイントを稼ぎ、順位を維持していく必要がある。


「……そうだね。そうなると、今度は上位階級の人達と戦う必要が出てくるんだよね……」


 ハムリアが不安そうに呟く。トミーやキャミも彼女と同様に不安なのか、その表情は明るくない。


「……まあ、相手によるけど勝ち目がないわけじゃないと思うよ」


「ほ、本当!?」


 勝ち目はあるというノゾムの言葉にハムリアが声を上げた。


「今はマルス達が合流している。デックが失格になっちゃって人数が1人減ってしまったけど、それでも他のメンバーは戦える。他のパーティーにも欠員が出ている可能性は十分に考えられるし、相手の人数によっては十分に勝ちを拾えると思うよ。……どうかな?」


 確かにノゾムのパーティーにでは先の戦いでデックが失格になってしまったが、それは他のパーティーでも十分考えられることだ。めまぐるしく状況が変わるこの演習では、予想した状況のまま戦い続けられるとは限らないのだから。


 ノゾムの言葉を聞いてハムリアがホッと胸を撫で下ろした。今までの戦いからノゾムの事を信用できるようになったのだろう。彼女の傍らにいたジンも表情を緩めている。

 ただ、トミーとキャミはまだ表情が硬い。確かにノゾム達がアンリを撃退するところを見ているが、やはりまだノゾムに対してどうしても不安を感じてしまうのだろう。ノゾムもその事が分かっていたから、あえて尋ねるような口調で自分の意見を口にした。

 ノゾムとトミー達の間にちょっと気まずい空気が出来始める。


「……みんな。ここまで来たんだからやってみないか?」


「ジン……」


 そんな空気を払拭するように声を上げたのはジンだった。


「正直に言えば僕も不安だけど、少なくとも僕たちはここまで来れている。ってことは、ノゾム君達と僕達が力を合わせれば十分に戦っていけるってことでしょ?」


「そうだな。俺とマルスだけじゃどうしても人数が不足するし……」


 確かに、ジンの言う事は的を射ている。元々気量に制限のあるノゾムは立て続けに戦闘を行うことは難しい。今日の演習でも連続で戦うことになってしまっていたが、ノゾムは今まで培った戦闘術や罠、 戦術で連続戦闘をこなしてきた。しかし、それも勝つことが出来たのはジンやデック、ハムリアの力を借りてこそ。

 勝つためにはどうしてもノゾムのパーティーとジンのパーティー双方の力が必要不可欠なのだ。


「ほらね? それにここまで来たんだから、どうせなら行くところまで行ってみない? 10階級の僕たちがここまで戦ってこれた。成績のことならその事実だけで先生達も分かってくれると思うし……」


 まあ、ジンの言う事は結果主義のソルミナティにおいてはあまり意味の無い言葉かもしれないが、少なくとも教師達に自分達の存在を印象付けることは出来ているはずだ。


「……そうだな。この際だ。やってやるか!」


「そうね。今まで散々言ってくれたお礼をするにはいい機会よね!」


 ジンの言葉に触発されたのか、トミーとキャミの顔に活力が戻る。

 成績の事を考えればこのまま何事もなくやり過ごせばいいのかもしれないが、今の彼らは今まで蔑視され続けてきた鬱憤が溜まりに溜まっていたため、即座に戦い続けることを選択する。


「…………」


 そんな中、ノゾムはマルスが妙に難しい顔をしていることに気付いた。顎に手を当てて、自分の大剣を眺めながら何かを考えていると思ったら、盛り上がっているジン達を見つめた後、ちらりとノゾムと彼の刀の方に視線を向ける。


「? マルス、どうしたんだ?」


「……いや、なんでもない」


 心ここに在らず。そんなマルスの様子にノゾムが尋ねるが、彼は何でもないと言って視線を逸らす。


「……どうしたんだ? お前最近おかしいぞ?」


「お前が……いや何でもねえ。本当に大丈夫だ……」


 ノゾムとしては、マルスが最近、魔法と気術の同時使用を思いついて無茶な鍛練を繰り返し始めたことが気になっていたが、自分が龍殺しである事実を告げることが出来ない後ろめたさと、不安からそれ以上踏み込むことが出来ない。自分が逃げていると自覚しながらも、彼の口はいつも言葉を紡ぐことを拒否していた。

 しかし、マルスとしてはノゾムがいつまでも自分の悩みを打ち明けようとしない事や自分の術が一向に上達しない事にイラついているが、彼もまたノゾムに打ち明けることが出来なかった。

 彼にとって、今まで自分の周りにいた取り巻きとは違う、対等な仲間。ノゾムにとっても本当に久しぶりにできた学園での友人。

 だが、いくらそう思っていても、お互いがお互いに隠している事が2人の間に見えない壁として立ちはだかっていた。

 

「…………」


「…………」


 沈黙が2人の間に流れる。互いに相手を気にしながらも打ち明けられないもどかしさから2人は黙り込むことしか出来なかった。


「ねえ、ノゾム君。これからの事なんだけど……」


そんな2人の間に響いたジンの声。ノゾムは慌てて彼らの方に顔を向ける。


「あ、ああ。なんだ?」


 慌てた様子で答えるノゾムだが、マルスとの微妙な空気が和らいだことに少し安堵するものの、同時に彼の心の中では、未だに逃げている事に対する嫌悪感とイラ立ちが募っていく。


「とりあえず僕達は出来るだけやってみたいと思うんだ。せっかくここまで来たんだから、最後まで戦い抜きたい」


「そうか……わかったよ」


 ジン達はさらに上を狙うことを宣言した。彼の後ろにいるパーティーメンバー達も皆一様に頷いている。

 胸を焦がす焦燥感をあえて無視して、ジン達に気取られないように努めて平静を装うノゾム。そんな彼の後姿をマルスは睨みつけていた。


「そうだな。とりあえず…………っ!!」


 背後から感じるマルスの視線から逃げるように言葉を紡ごうとしたノゾムだが、彼の鋭い感覚が何かが近づいてくる気配を感じた。それも複数。

 一瞬でノゾムの表情が厳しいものに変わる。この演習の内容を考えれば相手はどう考えても敵であり、自分達より格上であることはすぐに分かる。


「……ノゾム君?」


「? ノゾム、どうかした……なるほどな……」


 突然、厳しい表情になったノゾムに怪訝な顔を向けていたマルスとジンだが、マルスはすぐにノゾムの表情から敵が近づいていることを察知し、ノゾムの隣に立つと大剣を構える。


「っ!! みんな! 警戒して!」


 ノゾムとマルスが戦闘態勢に入ったことから、ジン達もようやく敵が近くにいることに気付いて陣形を整える。

 やがてノゾムの前方の茂みがガサリと揺れると、そこから3人の生徒が姿を現した。


「……なんだ。妙に鼻につく匂いがすると思ってきてみれば、いたのは最底辺と半端者かよ……」


 不躾な言葉と共に現れたのは、銀色の耳と尻尾を持つ銀狼族の少年。ケヴィン・アーディナルとその仲間だった。

 彼の後ろにいるのは剣を持った男子生徒と槍を持った女子生徒。おそらくどちらも1階級に所属している人間だろう。


「後ろにいるのもこれまた落ちこぼれ……よくもまあ今まで逃げていられたものだな。その逃げ足の速さだけは感心するぜ!」


 ハハハハとノゾム達を嘲笑するケヴィンに釣られて、彼の後ろの取り巻き達も笑い始める。

 ノゾムの視線がさらに鋭くなり、マルスの額に青筋が浮く。ジン達もケヴィンの高笑いが耳障りなのか、皆一様に表情を歪めていた。


「……そう言うけれど、君はどうなんだ? 見たところ、随分人数が少なくなっているみたいだけど」


 ノゾムの言葉にケヴィンは高笑いを止め、彼を睨みつける。

 ケヴィンのパーティーは、演習開始前に彼がノゾムに絡んできた時と比べて明らかに人数が減っていた。

 ノゾム達は知らないのだが、実はケヴィン達は特別目標と戦闘した時に目標の撃破には成功したものの、その時3人の仲間が戦闘不能に追い込まれた。更にその後、襲撃してきた他パーティーとの戦闘で1人が脱落。彼らはその数を半数以下に落とすことになってしまっていた。


「……いい気になるなよ、最底辺。お前ごとき片手でブチのめせるんだからな」


 ノゾムの反撃の言葉が頭に来たのか、ケヴィンがノゾムを射殺さんばかりの視線で睨みつける。

 挑発に引っ掛かりやすいとはいえ、さすがはAランクに届いた人間。その威圧感を感じたノゾムの危機察知能力は、耳障りなほどの警鐘を鳴らしてくる。

 しかし、それでもノゾムの表情は崩れない。元々彼はこれ以上の威圧感を放つ相手とばかり戦闘をしてきたのだ。具体的には刀を持った老婆とか、甘党の老婆とか、引きこもりの老婆とか……。

 それ故にノゾムは頭の中で鳴り響く警鐘に呑まれることはない。

 ちらりとノゾムは後ろにいるジン達の様子を覗き見てみるが、トミーとキャミは緊張からかちょっと表情が硬いものの、ジンとハムリアは硬くなり過ぎず、適度にリラックスしているようだ。特にハムリアの表情はつい朝まで有ったオドオドした雰囲気はほとんど見られない。

 

「チッ! 気に入らねぇぜ。どうせ大したポイントなんて持っていないだろうが、なんでアイリスディーナはこんな奴を……」


 ノゾム達が怯む様子が無い事にさらに苛立ちを募らせたケヴィンが腰を落とす。どうやらノゾム達を潰すつもりらしい。


「周りをウロチョロされても面倒だ。目障りなハエはさっさと潰すにかぎるよな……」


 ケヴィンは得物を使わない。彼の武器は己の拳であり、その肉体。両手に手甲と足に脚甲を付けているが、それもあくまで最低限の物だ。ケヴィンが握りしめた拳で手甲の皮がミチリと音を立て、大地を踏みしめる脚に力を込めている。

 ケヴィンの後ろでは剣を持った男子生徒と槍を持った女子生徒が魔法を詠唱している。


「…………」


 ノゾムもまた刀を掲げる。正眼の構えで刀の刃先を視界の中心に納めながら、ケヴィンとその後ろにいる2人の仲間に意識を集中させる。

 ノゾムの隣ではマルスが大剣を構え、その剣身に風の刃を纏わせている。

 ジンとトミー、キャミの3人はノゾムの後ろで得物を構えながら、ハムリアと一緒に魔法を詠唱している。


「でもまあ、このまま戦っても結果は分かりきっている。這いつくばって二度とアイリスディーナに近づかないなら許してやっても良いぜ」


 アイリスディーナに惚れ込んでいるケヴィンは今一番彼女の近くにいるノゾムが気に入らなかった。

ノゾムの事を大した力も無いくせに最高の女の傍にいる愚人と思っているケヴィン。今からその愚か者を思う存分叩きのめせると考えると、ケヴィンの口元は愉しそうに吊り上がる。


「…………」


 対するノゾムは何も言葉を返さない。既に戦闘態勢に入っている彼の耳にはケヴィンの言葉は届いていない。ただ彼らの一挙一動を見逃すまいと意識を集中し続ける。

 ノゾム達が引く気が無い事を悟ったケヴィンはその身に持つ気を一気に噴出させた。爆発的に膨れ上がった気が突風となってノゾム達に襲いかかる。

 次の瞬間、ケヴィンの後ろにいた生徒達が魔法を発動した。人の胴体ほどもある炎塊と風の刃がノゾム達めがけて襲いかかる。

 それに対してジン達もまた魔法を発動させる。ジンとトミーが炎弾を射出し、ハムリアとキャミが氷槍を叩きつける。

 炎弾と風の刃が、氷槍と炎塊が真正面から激突し、2つの爆発が周囲を蹂躙する。


「ちょっと、2人がかりの魔法と互角って何よ、それ!」


「く! 流石1階級か!」


 結果は相殺。自分達2人分の魔法を一人で相殺した相手にトミー達が驚きの声を漏らす。

 だが相手は待ってくれない。魔法の衝突で舞い上がった土煙を突っ切ってケヴィンが突っ込んでくる。その速度は明らかにアイリスディーナよりも速い。


「格の違いを見せてやるよ! 最底辺!!」


 ノゾムもまた突進してきたケヴィンを迎撃するために瞬脚を発動し、ケヴィンに向かって突っ込む。

 ケヴィンは真正面から突っ込んできたノゾムに僅かに眉を顰めるが、その拳に気を纏わせると、手刀に変えてノゾムに突き込もうとする。

 自分から突っ込んだ事も相まって、瞬く間に目の前に迫ったケヴィンの手刀。ノゾムは迫りくる拳に刀を添わせながら瞬脚-曲舞-を発動し、ケヴィンの手刀を受け流す。


「っ!!」


 一瞬で交差した両者だが、ノゾムの肩の制服が破れて血が噴き出す。突進の勢いも加えられたケヴィンの手刀は予想以上に重く。完全には受け流しきれなかったのだ。

 しかしノゾムはすぐに瞬脚-曲舞-でケヴィンの背後に回り込みながら、無防備になっているケヴィンの背中に刀を叩き込もうとする。


「ハアッ!!」


 だが、ノゾムの刃はケヴィンの身体には届かなかった。

ケヴィンはまるで軽業師のように跳ね飛ぶと、回し蹴りでノゾムの刀を叩き落とす。さらにそのまま空中で足を入れ替えると、ノゾムの脳天目掛けて踵落しを叩き込もうとしてきた。


「させるかよ!!」


「チッ!!」


 だが、マルスが風を纏わせた刃でケヴィンを打ち払う。ケヴィンは手甲でマルスの大剣を受け止めるが、空中では踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。

 だが、ケヴィンは空中でクルリと一回転すると、何事もないかのように地面に着地し、再び突進してきた。

 ノゾム達もまた瞬脚を発動。互いに入り乱れる様に交差するノゾムとマルス、そしてケヴィンの3者。

 他のメンバー達もそれぞれ得物をぶつけ合っている。

 アイリスディーナ達がリサ達と戦い始めた時。ノゾム達の戦いもまた火蓋が切って落とされた。

 









 ノゾム達が戦い始めた頃、その場所は喧騒とは全く関係がないかのように静寂を保っていた。


「…………」


 暗い、暗い闇の中。太陽も月の光もない深淵の中を、所々光る蛍のような明かりだけが、まるで星の光のように周囲を照らしている。

 辺りには人の背丈を遙かに超える何かの影がいくつも見える。そこに彼はいた。

彼が身じろぎすると、まるで山脈のように連なったその影がグラリと揺れる。

 彼はひたすらこの場所で眠っていた。

眠って、眠って、眠って……正直、彼自身にも自分がどれだけ眠っていたのかは分からなくなってしまっていた。


「グルルルル……」


 彼は眠る。その時が来るまで。そしてその時が来たら、彼は動き出す。自分の求めるものを。自分の渇望を満たすために。

 その為にも彼はひたすらに眠り続ける。自分の中にある渇望と衝動。それはもはや自分そのものになってしまっているのだから……。 








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