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第5章第16節

 ノゾムがアンリと戦い始めた頃、マルス達と合流するために森を走っていたジン達。

 可能な限り早くマルス達と合流しようと森を走っていた彼らだが、後ろを走っていたデックが突然立ち止まった。


「はあ、はあ……デック、どうした?」


「……ジン。俺、戻るわ」


「……え?」


「考えてみろ。マルスにアンリ先生との戦闘について伝えるのにそれほど人数は必要ない。なら他は今時間稼ぎをしているノゾムの援護に行くべきだ」


「それは……」


 デックの言葉にジンが考え込む。確かにマルスへの連絡役だけならそれほどの人数は必要ない。


「でもデック。怪我した腕の方は? たとえ助けに行ってもその腕じゃ……」


 ジンは制服が破れたデックの腕に視線を向けと、デックは何でもないというように腕を上げた。


「傷も塞がったし、一応槍は構えられる。別に接近戦でなくてもやり方はある。それに……これ以上アイツに負担かけられないだろ?」


 デックが言ったことはジンもまた心のどこかで感じていた事だった。

 自分達から持ちかけた演習での合同パーティー。しかし、ジンは自分達がノゾムとマルスに頼り切ってしまっているとも感じていた。

 作戦立案、拠点の設営と罠の設置、作戦指揮と単独での殿。全てノゾムが提案し、実行してきた。

 もちろんジン達は無力で役立たずではない。先程の他階級パーティーとの戦闘ではジン達の協力が必要不可欠だったのだから。

 確かにこの合同パーティーの指揮を執っているのはノゾムだ。しかし彼らの心には、このままノゾムを放置していって良いのかという疑問が湧き上がり続けていた。


「……ジン、私も戻る」


「ハムリア……」


 デックに続いてハムリアもまた引き返すと宣言した。

 彼女はアンリとの戦いにまだ怯えているのか自分の杖をギュッと握りしめている。しかしそれでも目線だけはしっかりとジンを見据えていた。


「……ノゾム君のおかげで今まで勝てなかった相手に勝てたんだよ? 私達だけじゃこの先勝っていくのは難しいと思う。彼の力は絶対必要だよ」


「それに、いくらノゾムでもアンリ先生相手に長く持つかは分からない。なら少しでも助けになれる人間が行くべきだ。別にノゾムも文句は言わねえよ。アイツ言っていたじゃねぇか。自分とマルスがいないときはお前が指揮するようにさ……」


「……そうだね。デック、ハムリア。今からノゾム君を援護しに戻って。僕はマルス君達にこの事を知らせてくる」


 デックの言葉にジンが頷く。その様子を見たデックとハムリアの顔に笑みが浮かぶ。


「ああ、頼むぜ。俺たちが全滅しないうちに来てくれよな」


「ジン君、お願いね」


 3人は頷いて互いの意思を確認すると、それぞれ自分のすべきことの為に駆け出した。





 



「な! どうしてここに!?」


「どうしてって、援護に来たんじゃないか」


 マルス達と合流するように指示したはずのデックとハムリアが戻って来たことに驚くノゾム。当惑した様子で尋ねてくる彼にデックが何の迷いもなく助けに来たと宣言すると、彼はノゾムとアンリの間に入ってノゾムを庇うように槍を構えた。


「ノゾム君。大丈夫?」


「あ、ああ」


 デックがアンリと向き合っている内にハムリアがノゾムの側に来て手を貸す。

 ノゾムは困惑しながらも立ち上がり、再び刀を構えた。


「う~ん。デック君達が戻って来ちゃったか~」


 アンリが頬に手を当てて可愛く首を傾げる。彼女の容姿と雰囲気も相まって、非常に絵になる光景であった。ただそれは、両手に鞭と黒鉄棒を持っていなければだが。


「デック……」


「今はジンがマルス達を呼びに行っている。その間、俺達はここで持ち堪える。いいよな?」


 ノゾムが何か言いたそうな顔でデックを見つめるが、デックは槍を構えたまま、ノゾムの方には向き直らず、ただ一言そう言い放つ。

 デックの口から述べられた“俺達”と言う言葉。その言葉はじんわりとノゾムの心に染み渡っていき、ザワザワとざわめき始めた。

 そのざわめきをノゾムは上手く表現することは出来なかった。体が震え、心臓の鼓動が速くなる。


「……ああ!」


 刀を構えるノゾムの手に力がこもる。両足で地面をしっかりと踏みしめ、真っ直ぐにアンリを見据えた。その様子を見ていたアンリが嬉しそうな表情で口を開く。


「……うん! じゃあ、いくよ~」


 アンリの身体から感じる気が膨れ上がる。彼女の身体が満たされた気で淡く光り、その光は彼女の得物にまで及ぶ。どうやら仲間が合流したことで、彼女は本気を出すことを決めたらしい。

 アンリが鞭を振り上げるのと同時にノゾムとデックが飛び出す。ハムリアは更に後方に下がり、アンリの鞭の間合いの外に出ると魔法の詠唱を開始した。


「デック! アンリ先生は接近戦もできる! 間合いを詰めたからって油断するなよ!」


「ああ!」


 アンリの鞭がノゾム達に迫る。

 彼らは縦横無尽に張られた鞭の網を掻い潜らんと全力で駆けだした。








 ノゾムがデック達と合流して戦闘を再開した頃、合流地点ではマルス達がノゾム達のチームを待っていた。マルスのペンダントには課題合格の証印が輝いている。

 課題で探索していたレーギーナの花。その花が生えていた場所で他のパーティーを発見したマルス達だが、彼らは即座に敵パーティーを倒すこと選択した。

 まず、不意打ちで飛び込んだマルスが敵数人を吹き飛ばし、その隙を突いてキャミが相手の術者を強襲した。

 もちろん、奇襲を受けたとはいえ、相手は上位階級の生徒。すぐさま残ったメンバーが体勢を立て直し、マルス達を押し返そうとした。

 しかし、マルスが自身の豊富な気量に物を言わせた気術“裂塵槌”を押し返そうとしてきた相手にカウンターで打ち込み一掃。陣形をズタズタに引き裂かれた敵パーティーは、結局自分達に向かって突っ込んでくるマルスを止めることが出来ずに全滅し、マルスは課題と敵パーティーの両方のポイントを得ることに成功した。

 その後、課題の花を本部に届け、ノゾム達と合流しようとしたところでマルスの持っていた悲運の双子石が光り、合流地点に向かうこととなったのだ。


「……ノゾムの奴、遅いな」


 マルスの口からノゾム達を心配する声が周囲に響く。彼らが合流地点に到着してしばらく経ったが、ノゾム達が姿を見せる様子はなかった。

 ノゾムがいた拠点からこの合流地点までの距離とマルスが持っていた悲運の双子石が光った位置から合流地点までの距離は前者の方が近く、マルスは自分達が到着した時点でノゾム達もこの場所に来ていると思っていた。

 たとえ、ノゾム達が逃げ延びるのに時間がかかったとしても、どう考えても時間がかかり過ぎていた。


「もしかして、みんなやられたんじゃ……」


「ありえるよ。拠点にたどり着くまでに私達を追ってきた相手、4階級の人間だった。もしあいつらが拠点まで追ってきていたら……」


 トミーがボソリと呟くと、キャミが彼の意見に同調するように自分たちを追い掛けてきていた相手について話し始めた。

 キャミの話しにトミーは頷いていたが、マルスは懐疑的な様子で口元に手を当てている。


「そいつはどうかな? たとえ勝てなくてもアイツが簡単にやられるとは思えないが……」


 その時、茂みの奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。敵かと思ってそれぞれの得物を構えるマルス達。だが、茂みから出てきたのは敵対する人間ではなく、ノゾムと一緒にいたはずのジンだった。


「ハア、ハア、ハア……」


「お、おい! 大丈夫か!?」


「何があったの? デックは? ハムリアは?」


 荒い息を吐きながらマルス達の所に駆け込んでくるジンをトミーが受け止める。キャミはこの場に来たのがジン1人と知り、他の仲間がどうなったのかを尋ねた。


「ハア、ハア……。ア、アンリ先生が……特別目標として……拠点を襲撃してきて……」


「「「!!」」」


 ジンの口から語られたことはマルス達を驚愕の渦に叩き込んだ。襲撃してきたアンリを足止めするためノゾムが殿を務め、途中でデックとハムリアが援護のために引き返した。そして彼らが足止めしている内にジンがマルス達を呼びに来たというものだった。


「……分かった。とりあえずノゾム達と合流するぞ」


「ま、待てよ! マルスはノゾム達がまだ失格していないって思っているのか!? 相手は学園教師だぞ、アイツらが勝てるわけないだろ!?」


 ノゾムと合流しようとしたマルスを引き留めたのはトミーだった。隣にいるキャミもトミーと同じ意見なのか、彼の意見に頷いている。

 ジンの話が確かなら、ノゾム達がアンリと接触してからかなり時間が経過している。おまけにノゾムは最初アンリを相手に1人で戦っていたらしい。ノゾムの実力に懐疑的な彼らがノゾム達の生存を疑うのも無理はなかった。


「ならどうする? ここに残るか? 俺は行くぜ。アイツが簡単にやられるとも思えねえしな。もしかしたらもうアンリを倒しているかもしれねえぜ」


 マルスがトミー達を挑発するように笑みを浮かべる。その笑みに顔を顰めるトミーとキャミ。険悪な雰囲気が漂う中、まだ息の荒いジンがおもむろに立ち上がると、元来た道へ戻り始めた。


「……ジン?」


「お、おい……」


 その様子を見て困惑するトミーとキャミ。そんな2人を余所にジンは一刻でも早くノゾム達の所に戻ろうとする。


「……大丈夫なのか?」


「ハア、ハア……。だ、大丈夫。それより早く行こう。早くいかないとノゾム君達に負担かけちゃうから……」


「だから! もう失格になったかもしれないじゃないか!」


 マルスがまだ息が整っていないジンを心配するが、彼は問題ないと言ってノゾム達の所に戻ろうとする。

 そんな彼の様子を見たトミーが叫ぶように声を上げるが、苦しそうに息を吐く様子とは裏腹にジンの表情は穏やかだった。


「大丈夫。たぶん、ノゾム君達は失格になっていないと思う……」


「何を根拠にそんな……」


 まだノゾム達が失格になっていない事を信じられないトミーがジンの言葉に天を仰ぐ。


「……みんなを待っていた時、拠点に来るまで追いかけてきた敵のパーティーが追い付いてきたんだ。階級は4階級……」


「なっ!」


 まだノゾムを信じきれないトミーを見て。ジンはつい先程、自分達が格上の敵パーティーを打ち破った話をすることにした。ジンの話にトミーが目を見開く。


「僕達だけだったらきっとすぐにやられていたよ。でも僕たちは1人も欠けずに追いかけてきた敵パーティーを殲滅できた……何故だと思う?」


「何故って……」


 ここまで言えばトミーにだって、誰のおかげで撃退できたかは想像できた。それでも言い詰まる彼にジンが改めて事実を突きつける。


「ノゾム君だよ。彼が仕掛けた罠と作戦のおかげで勝つことが出来た。彼ならきっとアンリ先生相手でも大丈夫。相手は生徒じゃなくて教師だからこの話は根拠にならないかもしれないけど、そう思えるんだ……」


「「…………」」


「……じゃあ、確かめよう」


「え?」


 何も言わずに押し黙る2人に確かめに行こうと提案するジン。確かにここにいても実際アンリと戦っているノゾム達がどうなったか分からない。それを知るには実際に確かめに行くしかないだろう。


「だから、確かめに行こう。僕達が辿り着くまでにノゾム君達が無事だったらいいんだよね?」


「で、でも。もしあいつらがやられていたら、次は俺達がやられるんじゃ……」


 これ以上の戦力低下を懸念するトミーにジンはダメ押しの言葉を突きつける。


「どのみち、ノゾム君や他の2人を失った時点で戦力がガタ落ちするよ。そんな状態でこの演習を勝ち残れると思う? 彼は今このパーティーの頭脳なんだから、頭が無くなったらまともに戦えないと思うよ? バラバラにされて各個撃破がオチなんじゃないかな?」


「うっ……」


 自分達のパーティーは個人個人の力量ではどうしても他のパーティーに劣る。それを覆すには数をそろえ、息の合った連携をする必要がある。そしてノゾム達3人がいなくなればパーティーの半分近い人間がいなくなることになる。これでは到底この演習を戦っていくことは出来ない。


「……決まりだな。行くぞ」


 ジンの言葉に納得したのか、やや迷いを見せたものの、トミーとキャミが走り始めたマルスとジンの後を追い始めた。

 彼らがノゾムの所に向かい始めた時、ノゾム達は苦境に立たされていた。






 アンリとノゾム達の戦闘はアンリが優勢に進めていた。ノゾムの仲間が合流したことと彼が自分の攻撃を当てるまで後一歩まで迫ったことで、アンリは本気を出しても良いと判断した。

 彼女は気を全身だけでなく得物にも行き渡らせ、それにより彼女の鞭は更に鋭さを増し、文字通り変幻自在な動きでノゾム達に襲いかかってくる。

 だが、ノゾム達も黙ってやられる気はない。ノゾムとデックが数の利を活かしてその鞭をかいくぐり、アンリに肉薄しようとする。ハムリアもまた魔法を使って遠距離攻撃をしかけていた。

 しかし、傷を負うことを無視してアンリに肉薄しても黒鉄棒で受け止められ、遠距離からの魔法は鞭ではたき落とされるか避けられてしまう。

 デック達が合流したことでかなり長時間持ち堪えてはいるが、徐々にノゾム達は押され始めていた。


「ぐっ!」


 ノゾムの肩にアンリの鞭が当たる。打たれた場所から血が吹き出るが、ノゾムは決して動きを止めない。横に飛んで木の陰に隠れながら、再度襲ってきた鞭をかわす。


「ぜい!」


 ノゾムがアンリの鞭を引き付けている間にデックが瞬脚で間合いを詰める。槍を横から薙ぎ払うように振るうが、アンリは黒鉄棒で難なく受け止めると鞭を持った方の手首を返す。


「え~い!」


「うわ!!」


 アンリは鞭をデックの足に絡み付かせると、彼女は間の抜けた声と共に彼の体を力一杯投げ飛ばした。

 その隙にハムリアが魔法を発動。炎弾がアンリへと迫るが、彼女は気を送り込んだ鞭で炎弾をはたき落とす。


「マ、マズイ!」


 アンリがはたき落とした炎弾。その先にいたのは木に隠れたノゾムがいた。このままでは味方の魔法で焼かれることになる。

 ノゾムが木の陰から飛び出すのとほぼ同時に炎弾が木に着弾。その瞬間、炸裂した炎が周囲に飛び散り、木とその周囲の草木を焼いていく。


「あ、あぶな……って、またか!!」


 木の陰から飛び出したノゾムに再びアンリの鞭が迫る。ノゾムは先程のように瞬脚-曲舞-と周囲の木々を使って迫りくる鞭を捌こうとするが、より鋭さを上げた彼女の鞭は木々の隙間を縫いながら正確にノゾムを捉え続ける。


「くそ!」


 結局ノゾムは鞭の間隙を縫うことができずに一時後退。鞭の届かないハムリアの所まで下がった。


「大丈夫?」


「ああ。助かったよ」


 後退してきたノゾムにハムリアが回復魔法をかける。彼の体を包み込んだ光が体の治癒速度を上昇させ、アンリの鞭に打たれた肩の傷が塞がって行く。

 投げ飛ばされたデックもまたノゾムとハムリアの所にやってきていた。


「……やっぱり、劣勢だな」


「そうだな。アンリ先生メチャメチャ強い。普段の様子からは想像も出来ない……」


 デックが普段教室で授業をしているアンリの様子を思い出しながら嘆息する。

 アンリは後退したノゾムとデックを追撃してはこなかった。表情こそいつもと同じ柔らかい笑顔だが、彼女の佇まいに隙は全くない。

 アンリは一気に距離を詰めて、自分の鞭の間合いにノゾム達を入れることはしないが、まるで焦らすようにゆっくりとした歩調で歩いてくる。彼女の佇まいから感じる威圧感は変わらないが、ノゾムには何となくアンリの頬がゆるんでいるように思えた。


「あ、あの、先生。先生のランクってAランクですよね?」


「ん~。私のランク~? そうだよ~」


 ハムリアが恐る恐るといった様子でアンリに彼女のランクを確かめると、彼女はハッキリと自分がAランクであることを肯定した。

 その事実にデックとハムリアが息をのむ。


「な、なあ。Aランクってこんなに強いのか?」


「……どうだろう? 同じAランクといっても実力は様々だと思う。そもそもランクは、俺たち学生はともかく、他の人達は本人の実績が元になっている。だからランクはあくまで目安の一つでしかないんだけど……」


 デックがノゾムに尋ねるが、ノゾムはその問いに上手く答えられない。

 ランクの決定は学生ならば本人の成績。冒険者や兵士等の他の人は本人の実績が元になるが、本人の実力が必ずしもその実力に相応しいランクに結びつくかと言えばそうとは限らない。

 本人の実力があっても十分な結果や実績を残していなかったりする可能性は十分に考えられる。

 確かにノゾムが今のアンリから感じる威圧感はかなりのものだが、彼の師であるシノ程の威圧感は感じない。

 特にノゾムがシノと最後に死闘を繰り広げた時に感じた威圧感は、今アンリから感じる威圧感とは比較にならない。


「……アンリ先生のランクがAランクなのは間違いないと思う。ただ、先生の実力はAランクの中でもかなりの上位の方だと思う」


 その事実から、ノゾムはアンリの実力はAランクのかなりの上の方だろうと考えた。しかし、いくらノゾムがアンリの実力に当たりをつけたからといっても、それでノゾム達が有利になるわけではない。

 ノゾムの知り合いでアンリと同じランクの持ち主はアイリスディーナとティマの2人だが、学年トップのアイリスディーナでも今のアンリを相手にしたら苦戦することは間違いないだろう。


(とにかく厄介なのがあの鞭だ。あれをどうにかしないとこのままじゃ押し切られる……)


「……ノゾム君~。どうしたの~。来ないなら、こっちから行くよ~」


「くっ!!」


 アンリがそう言いながら鞭を振り上げる。

 振り下ろされた鞭が自分達に届く前にバラバラになりながらその場から離れるノゾム達。

 左右にノゾムとデックが跳び、ハムリアが後ろに後退する。

 散ったノゾム達を見たアンリが即座に狙いを定めて腕を振り抜く。目標はノゾム。

 ノゾムは瞬脚-曲舞-で避けようとするが、ノゾムが進路を変えるとアンリの鞭もそれに追従するように方向を変える。


「ぐっ!!」


 アンリは手首の動きと鞭に込めた気を操って鞭の方向を変えると、その鞭がノゾムの二の腕に命中する。デック達が来るまでの戦いと違い、アンリの鞭は確実にノゾムを捉え始めていた。

 アンリの鞭とノゾムの動き。単純な速さなら圧倒的に前者が勝るが、速さだけではノゾムの複雑な曲線移動を捉えることは難しい。

 しかし、可能にしてきたのは単純な理由だった。


(ええっと、ノゾム君ならこの後どうするかな~? まだ距離があるし、ちょっと後ろに跳ぶのかな~?)


 アンリがそう考えたとき、ノゾムが打たれた二の腕を押さえながら後ろに跳躍。ひとまず間合いを離した。


(で、次の瞬間に~、後退すると見せかけて~、一気に前進~~)


 アンリが鞭を振るう。狙いはノゾムの前方の空間。次の瞬間、いったん後ろに跳躍したノゾムが着地と同時に全力で瞬脚を発動してしまった。

 ずっと生徒達を見守ってきたアンリ。それ故、彼女には彼らが次にどのような行動に出るか手に取るように分かった。


「なっ!!」


 その結果として、ノゾムは自らアンリの鞭に当たりに行ってしまう。ノゾムは咄嗟に頭上から脳天に迫る鞭を避けようとするが、すでに勢いがついていて避けきれない。首を逸らして頭への直撃は避けるが、振り下ろされた鞭がまともに肩を打った。


「があ!!」


 肩に走る激痛にノゾムの口から苦悶の声が出る。追撃をかけようと腕を振り上げるアンリ。


(で~、ノゾム君を攻撃しようとすると~、後ろからデック君がやってくる~)


 鞭を振り上げた姿勢のまま、突然後ろに振り返るアンリ。そこにはノゾムが時間を稼いでいる間に背後に回り込んでいたデックが今にも槍を突き出そうとしていた。


「くっ!!」


 行動を読まれたデックが悔しそうに顔を歪めつつも、一切の手加減無く槍を突く。だがアンリはもう一方の手に持った黒鉄棒で突き出された槍を弾き返すと、一気に間合いを詰めて、デックの脇腹に回し蹴りを叩き込む。


「がっ!!」


 強化され蹴撃はデックの体をたやすく吹き飛ばし、吹き飛ばされたデックはそのまま木の幹に叩きつけられた。

 自分が吹き飛ばしたデックを横目にアンリは身を翻す。その瞬間、炎弾が彼女の脇を掠めて背後の木に命中する。


(う~ん。もうちょっとかな~)


 あっさりとハムリアの魔法をかわしたアンリはそのまま彼女に向かって気弾を放つ。放たれた気弾はハムリアが構えていた杖に着弾し、その衝撃で彼女は弾き飛ばされた。


(確かに即席で組んだにしてはいい連携ね~。ノゾム君の動きもいいし~、デック君やハムリアさんのフォローも悪くないわ~。問題はちょっと型にはまっちゃっている事かしら~)


 アンリは内心、今のノゾム達をかなり高く評価していた。

 連携自体は悪くはない。むしろかなり出来ているだろう。攻撃のタイミングも悪くないし、互いのフォローはそれなりにできており、これが初めて組んだパーティーとはとても思えない。おそらく何か彼らをここまで繋げる出来事があったのだろう。

 今までクラスの中で孤立していたノゾムが、マルス以外のクラスメートと組んでここまで出来るようになったことがアンリは純粋に嬉しかったが、多少連携をとれるようになっても、自分の鞭を掻い潜ってくるにはまだ足りない。

 アンリは普段のぽややんとした雰囲気に騙されがちだが、かなりの洞察力を持っている。

 今のノゾム達は前衛であるノゾムと中衛のデック、後衛のハムリアと各々の役割がはっきりとしているため、守りの面では堅実であるが、各々の動きはアンリが今まで見てきた彼らの動きを凌駕するに至っておらず、いつも彼らを見守ってきたアンリが、彼らの動きを読むことはさほど難しくはなかった。

 彼らの目的は時間稼ぎであるが、アンリが自由に鞭を使える状況では時間稼ぎも難しくなっている。 おまけにノゾム達の行動がアンリが予測されているため、彼らはアンリの攻撃を徐々に捌ききれなくなってきていた。


(もう、ちょっとノゾム君たちが……あら?)


 アンリがノゾム達の攻撃を一通り捌いて、今度は蹴り飛ばしたデックを攻撃しようとしたとき、再びノゾムがアンリ目がけて突っ込んできた。


「だから~。堅実だけど~、読みやすいんだよ~」


「っ!!」


 アンリはデックに放とうとしていた鞭を振り向きざまにノゾム目がけて放つ。先ほど戦った時よりも明らかに速い速度で斜め上方からノゾムに迫りくる鞭。

 ノゾムは全力で足に気を込めて爆発させる。

 極圧縮された気の炸裂がノゾムを一瞬でトップスピードに乗せる。速度自体は決して速くないが、一瞬の加速でアンリの鞭を振り切ろうとした。

 しかし、アンリには二度も同じ手は通用しなかった。全力を出している彼女は一瞬で鞭を切り返し、今度は横から薙ぎ払うように二撃目を放っていた。


「くっ!!」


 ノゾムは迫りくる鞭に唇を噛む。瞬脚-曲舞-だけでは手加減なしの彼女の鞭を避け切れないことはもう分かっている。捌こうにも刀で受ければ隙をさらすことに変わりはない。


(なら!!)


 ノゾムは迫りくる鞭を無視して突っ込む。それと同時に刀を持っていないほうの手に気を込めて極圧縮。


(アンリ先生の武器は打撃系。気を極圧縮した部分で受ければ一撃くらいは!)


 ノゾムはあえてアンリの攻撃を無視して間合いを詰めようとした。彼の極限の集中力がアンリの鞭の軌道を見切り、鞭の切っ先を、正確に気を極圧縮させた腕の部位に当てさせる。


「ぎっ!!」


 バシン! という音とともに衝撃が腕を突き抜ける。芯に響くような痛みが腕から脳へと伝搬し、ノゾムの口から苦悶の声が漏れる。

 だが、それでもノゾムは足を止めない。刀の間合いまであと数歩のところまで来たのだ。ここで下がるわけにはいかなかった。

 痛みで痺れる腕に鞭を打ってノゾムが刀を振り上げる。アンリはすでに黒鉄の棒を掲げてノゾムを迎え撃つ準備を整えている。

 だがノゾムは自分の斬撃がアンリに届かなくてもかまわなかった。とにかく間合いを詰めて、アンリが鞭を使えない状況に持ち込むことが必要だった。しかし……。


「なっ!!」


 ノゾムの刀が突然空中で止まる。彼が自分の刀を見ると、刀の刀身にアンリの鞭が巻きついていた。


(しまった! 気で鞭を操れることを……)


 ノゾムが弾いたと思っていた鞭はアンリの手首と鞭に送り込んだ気で操られてノゾムの刀の軌道に割り込み、そのまま彼の刀に巻きついて動きを止めていた。

 アンリがノゾムに向かって踏み込んでくる。今のノゾムは刀を絡めとられ、完全に上体が浮いている。その無防備な胴にアンリが黒鉄棒を叩き込もうとしてきた。


「くっ!!」


 ノゾムは咄嗟に腰に差している鞘を引き抜いてアンリの黒鉄棒を防ぐが、大きく体勢を崩される。さらにノゾムは立て続けに繰り出されたアンリの蹴りをまともに喰らって吹き飛ばされた。


「がっ!!」


 地面に叩きつけられて息が詰まる。痛む体に鞭を打ち、なんとか立ち上がるノゾム。よく見ると、デックとハムリアもどうにか立ち上がっていた。


「つぅ! 2人とも、大丈夫か……?」


「な、何とか……」


「う、うん……」


 ノゾムの呼びかけに答える声も芳しくない。正直、ノゾムはこれ以上時間稼ぎをすることは不可能だと考えた。


(一番妥当な判断はこの場からの撤退だけど……多分アンリ先生はそれをさせないだろうな)


 アンリの武器は中距離に適しているが、彼女は魔法も使える。今は気術を使っているため、魔法を使ってはこないようだが、ノゾム達が撤退をし始めて接近される心配がなくなれば魔法を使ってくるかもしれない。


(型にはまった連携や戦術は読まれると考えた方が良い。ならその型から外れた方法をとるしかないけど……)


 ノゾムは先程、一対一でアンリと戦ってきた時の事を思い出す。ノゾムはアンリが本気を出していなかったとはいえ、一度は彼女に肉薄していた。あの時はノゾムの動きが一時的にとはいえアンリの予想を上回ったことで接近戦に持ち込めた。ならば、アンリの意表を突くことができれば再び機会が訪れるはずだ。


「ノゾム。お前、何か手があるんだろう?」


「え?」


 突然話しかけてきたデックの言葉にノゾムの口から呆けた様な声が漏れる。その表情を見たデックがニヤリと口元を吊り上げた。


「何か手があるって顔しているからな。それで……勝てるのか?」


「……多分」


 ノゾムが考えた方法はかなり突拍子が無いし、不安要素が多い。だがうまくいけばここにいる人数だけでアンリを退けられる。


「なら、やろう。俺もハムリアもこれ以上戦うのは難しそうだし、俺には打開策が思い付かねえ。ならその策に賭けるしかない」


 ノゾムがハムリアの方を見ると、彼女もまた真っ直ぐにノゾムを見つめて頷いた。


「……撤退するって手もあるけど。1人だけ殿がいればアンリ先生も追撃できないと思うし」


「バカ。それじゃ俺達が来た意味がねえだろ!」


「そうだよ! 私達が勝ち残るにはノゾム君の力が必要なんだよ。それに、私はアンリ先生に勝ちたい」


 自分の杖を強く握りしめるハムリア。ついさっきまでの気弱な彼女が嘘のようだった。


「私達、いつも学園じゃ落ちこぼれだった。他のクラスの人たちからはバカにされ続けていた。いつも負けてばかりで下を向いているだけ……」


 ハムリアが下を向き、悔しそうに歯を食いしばりながら言葉を漏らす。

 確かにノゾム達10階級の生徒は他のクラスの生徒達から見れば完全な負け組であり、落ちこぼれクラスだ。ノゾムは流れた噂と本人の能力抑圧などで10階級の中でも特に蔑視されてはいたが、同じ10階級の生徒達もノゾムと同じような目に遭ったことが無いわけではない。

 廊下を歩いていたら蔑みの目で見られたり、あえて聞こえるような声量で心無い言葉をぶつけられたりしたこともあった。


「でも、ノゾム君のおかげで他の階級の人にも勝つことができた。勝てるんだって証明してくれた」


 だからこそ、自分達が他の階級の人間に負けないんだって証明したノゾムがデックとハムリアには眩しく見えた。この人についていけば勝てるんだって信じることができた。


「だから勝ちたい。他のクラスの人にも、アンリ先生にも。何より同じクラスの人達に、私達だって負けないんだって証明したい」


 迷いなく真っ直ぐノゾムを見つめるハムリア。デックもまた瞳に強い意志を宿してノゾムをみつめてくる。

 ノゾムはその瞳に圧倒された。

 悩み続ける自分と違い、彼らは迷いなく勝つことを目指している。

ノゾムは真っ直ぐに見つめてくる彼らに以前自分の夢を語ったアイリスディーナが重なって見えていた。


「……分かった」


 彼らの瞳に背中を押されたノゾムは意を決して口を開く。勝利を欲する彼らに、自分達は負けていないんだと証明したい彼らに自分の考えた作戦を話す。


「……え?」


「……マジか?」


 ノゾムの話を聞いたハムリアとデックが揃って驚きの声を漏らしながら、目を見開いている。彼ら耳に入ってきたノゾムの作戦は余りにも突拍子の無いものだった。

 しかし、彼らの動揺は一瞬。すぐさま表情を引き締めた彼らは、意を決してアンリと向き合う。


「終わったの~?」


 アンリの力が抜ける声がノゾム達の耳に届く。


「ええ、これで先生に勝ちます」


「んん~。できるかしら~」


「ああ、間違いなくな」


「っ!」


 挑発的な笑みを浮かべているアンリにノゾム達は早すぎる勝利宣言で答えた。その様子を見たアンリの表情は挑発的な笑みからすぐに嬉しそうな優しい笑顔に変わる。

 デックもまたノゾムの勝利宣言の後に続き、ハムリアは自分の杖を強く握りしめることで答える。


「……そっか。じゃあ~、先生に見せてね~。貴方達の“成長”を!」


 アンリが鞭を振るう。気で強化された鞭が空気を切り裂き、ノゾム達に迫り来る。ノゾムは一歩前に踏み込み、鞭の嵐に身を晒しながらデックに声をかけた。


「デック!」


「ああ、分かってる!」


 デックはノゾムの後ろで呪文を詠唱していた。掲げた槍の矛先に周りの空気が集まっていく。

やがて握り拳大ほどの風塊を作り上げると、その風塊をつけた槍を地面に深々と突き刺した。

 炸裂した風塊が大量の土を巻き上げ、ノゾム達の姿を隠す。アンリの鞭は土煙の中に消えたが、手応えを感じられなかった。どうやら外したらしい。

 次の瞬間、土煙の中から気弾が数発現れ、アンリめがけて襲いかかった。すぐさま鞭を振るい、気弾をたたき落とす彼女。だがアンリが最後の気弾をたたき落とした瞬間、土煙を突っ切って突っ込んでくる影があった。デックである。


「おおお!!」


「分かってるよ~」


 瞬脚で突っ込んでくるデックにアンリはすぐさま対応する。自分に向かって走ってくるデックの足に鞭を叩きつけ、突進の勢いを削いで時間を稼ぎ、戻ってきた鞭の先に気を圧縮させるとデックの側頭部に向けてその鞭を振るう。

 デックは咄嗟に槍を掲げて防ごうとするが、完全に防ぐことは出来なかった。鞭はデックの槍に当たると回り込みながら彼の肩を強く打ち、同時に込められていた気が爆発。デックはその身を焼かれながら吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。


(次はノゾム君かな~? ハムリアさんの魔法かも~? でも、それだけじゃ届かないわ~)


 アンリが再び土煙の方に目をやると、いきなりズドンという炸裂音が聞こえたと思うと、誰かが土煙を突っ切ってきた。

 迎撃のために再び鞭を構えるアンリ。


「次はノゾム君か~。でもこの程度じゃ……え?」


「えーーーい!!」


 ノゾムが突っ込んできたと思っていたアンリだが、突っ込んできたのはなんとハムリアだった。彼女は魔法使いとは思えない速度でアンリに向かって突進してくる。


「えっ、え~~~!!」


 まさか最後尾にいるはずのハムリアが突っ込んでくるとは思わなかったアンリ、咄嗟に鞭を振るって迎撃しようとするが、振るった鞭は空中ではじかれ、ハムリアには届かなかった。

 アンリに突進したハムリアはそのまま彼女の腰に抱きつくと、勢いを落とさずにアンリの身体を木の幹に叩きつける。


「ちょ、ちょっと~。はなして~~!」


 アンリが黒鉄棒を振り下ろしてしがみついているハムリアを引きはがそうとするが、彼女の黒鉄棒は再び空中ではじかれた。よく見ると彼女の身体を薄い光の膜が包んでいる。

 実はこの光の膜は魔法障壁で、これでアンリの鞭も弾き返していたのだ。

 更にハムリアが予め詠唱していた魔法を発動させる。

 土色の鎖がアンリの体に巻き付き、彼女の体を拘束した。更に鎖はアンリの鞭も拘束し、気で操れないように彼女の鞭を体ごと木に縛り付ける。


「え? ええ? ええ!?」


 アンリが混乱していると突然風が吹いた。彼女の目の前にノゾムがいる。

 彼は刀を鞘に収め、抜き打ちの構えを見せていた。

 アンリの体は既に完全に拘束されている。解こうと思えば力ずくで解けるが、気付いたときにはその時間もなかった。

 ノゾムの刀が抜刀される。鞘を発射台にして加速された斬撃はアンリのペンダントを真っ二つに切り裂いた。


「……これで、俺たちの勝ちです」


 ノゾムが改めて勝利宣言を行う。彼の狙いは演習参加者の証であるペンダントを破壊することでアンリを失格させるというもの。

 デックが作り上げた土煙に全員が隠れ、まずノゾムが牽制の気弾を放つと同時に後退。ハムリアの後方までさがる。

 続いてデックもまたアンリの目を引き付けるために突っ込み、ハムリアが魔法障壁を使って自身の守りを固める。

 さらにハムリアが拘束用の魔法を詠唱し、アンリを拘束する用意を整えると、ノゾムが気術“震砲”でハムリアをアンリ目掛けて吹き飛ばす。

 そしてアンリに組み付いたハムリアが拘束魔法で彼女を拘束している間にノゾムがアンリのペンダントを破壊する作戦だった。


「あ~あ~。やられちゃった~」


 ちょっと残念そうな声を上げるアンリだが、その表情は柔らかく、とても嬉しそうだった。


「やられちゃったのはくやしいけど~。みんなの成長が見られてよかったわ~」


 満足そうに微笑むアンリ。彼女にとって自分達の教え子が思った以上に成長していること。そしてノゾムがキチンと他のパーティーに溶け込めていることが確かめられただけでも十分なのだろう。


(うん! これなら大丈夫! ノゾム君達、かなり良いところまで行くんじゃないかな~)


「おいノゾム! 大丈夫か!?」


 その時、茂みの奥からマルス達がやってきた。どうやらジンが呼んだ彼らが今到着したらしい。


「嘘……勝っちゃってる……」


「……マジかよ」


「みんな大丈夫?」


 マルスの後ろからジンとトミー、そしてキャミが現れた。トミーとキャミの2人はアンリを倒したノゾム達を信じられないものを見た様子で眺めており、ジンは地面に倒れているデックの体を起こしていた。


「私は大丈夫だよ」


 ハムリアはハッキリとした声でジンの呼びかけに答える。魔法障壁で身を守っていたこともあり、彼女の身体に目立った傷は見受けられない。


「ああ、なんとか動ける……でも俺は失格になっちまった……」


「あっ……」


 だが、最後にアンリの鞭をまともに受けたデックはそうではないようだ。彼のペンダントは赤く光っており、彼の失格を告げていた。

 それを知ったノゾムの顔が歪む。自分を助けに来てもらったにもかかわらず、彼を失格させてしまったことが悔しかったのだ。

 しかし、デックは全く落ち込んだ様子はなく、晴れ晴れとした顔をしていた。


「気にするなよ、ノゾム。むしろ感謝してるぜ。あのアンリ先生に俺達勝てたんだからな……」


 彼としては途中でリタイヤすることは残念だが、悔いや未練と言った感情は湧いてこなかった。

 今まで勝てないと思っていた相手に2回も勝つことができた。勝ちたくても勝てなかった自分達が、自分達よりも強いはずの存在に全力で立ち向かい、そして手に入れた勝利。

それは今までにこの10階級にいた間では味わったことのない満足感を与えてくれていた。

 だから彼はノゾムに感謝こそすれ、責める気持ちなど微塵もなかった。


「……ああ」


 ノゾムにも彼の気持ちが伝わったのか、硬くなっていた表情が僅かではあるが緩んだ。


「みんな、おめでとう~。よく頑張ったわね~。特別目標の私に勝ったから、これをあげるわ~」


 アンリが嬉しそうに懐から今まで勝ち取ってきたペンダントをノゾム達に渡す。その数は20以上。特別目標撃破のポイントとマルスが獲得してきたポイントを考えれば、一気にトップ争いに食い込めるほどの加点となる。


「……こ、これでどのくらいの順位かな? 俺たち」


 デックが、自分達が獲得したポイントに尻込みしている。他のメンバーも同じようで、動揺していないのはノゾムとマルスくらいだった。


「さすがにトップとは言い難いだろうけど、そこそこいけるんじゃないか」


「取りあえず、次の行動に移ろう。アンリ先生と派手にやり合っちゃったから移動しないと……」


 マルスとノゾムが冷静に状況を判断し、彼らは次の行動に移ろうとする。まだ演習は終わっていない。ここから戦うパーティーのレベルは一気に上がるだろう。実力の低いパーティーは振るい落とされ、残っているのは確かな実力をもつパーティーのみになるだろう。


「俺はここでリタイヤだから本部に戻るよ。ノゾム、ありがとな」


「こっちもだ。デック達が駆けつけてくれなかったらやられていたよ」


 ノゾムとデックが互いの拳をぶつけ合う。ノゾムが彼らが単なる利害関係でなく、信頼で結ばれた瞬間だった。





「ところでノゾム君。その……あの~」


「ん? 何ですかアンリ先生?」


 別れようとしたノゾム達を突然アンリが呼び止めた。心なしか顔が紅くなっているように見える。おまけになぜか手をモジモジさせながらスカートを抑えていた。


「さっきのことなんだけど~。……見た?」


「見たって……あっ」


 アンリが抑えているスカート。それに気付いたとき、ノゾムの脳裏にあの光景がよみがえる。ふわりと空中にはためくスカートの奥に見える白く眩しい肌。すらりとした無駄のない脚線。そしてピンク色の可愛い布地。

 脳裏に蘇った光景にノゾムの顔が一気に紅くなる。それだけでアンリは全てを察した。


「み、見たのね~! 先生の、先生の!!」


 ノゾム以上に顔を真っ赤にして狼狽え始めたアンリ。あまりに恥ずかしいのか両手を子供のようにぶんぶん振り回して頭から湯気を立ち昇らせている。


「ど、どど、どうしよう~! まだ誰にも見せていないのに~! 見せるのは旦那様になる人だけって決めてるのに~~!」


「……ノゾム、お前いったい何やって時間稼ぎしていたんだよ?」


「なんだよそのジト目は! 違うよ! キチンと戦って時間稼ぎしていたよ!!」


 いきなりアンリの口から出たとんでもない言葉を真に受けて、ノゾムを睨み付けるマルス。ノゾムとしては戦闘中の不慮の事故であるのだが、なんだかとんでもない速度で低下していく周囲の温度に思わず声を荒げる。だがそれが尚のこと周囲の誤解を深めてしまった。


「ど、どうしよう~!! こうなったらノゾム君に責任取ってもらうしか~!!」


「ちょっと! 何変なこと口走ってるんですか!!」


「「ノゾム君……」」「ノゾムお前……」


 ついにアンリから“責任”なんて不穏な言葉まで出てきた。ついにジン達からもノゾムに冷たい視線が向けられる。


「な、なんてうらやま……い、いやけしからん奴! ……何色だった?」「……お、俺なんて、夢の中でしか……」


 なんだか、トミーとデックの視線には殺気まで混じり始めていた。多少、漏らしてはいけない本人の願望や妬み、妄想が混じっていたが。


「誤解だーーーー!!」


 森に木霊するノゾムの絶叫。彼は仲間達の誤解を解くために必死になって事故であることを説明したが、結局誤解を解くために30分以上の時間を費やすことになった。



最後の方の一文は無かったことで……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見せつけたのは先生の方なのに…
[一言] 責任、、とても大事、
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