第5章第14節
お待たせしました。第5章第14節、投稿しました。
俺とトミー、キャミの3人は薄暗い森の中を歩き続けていた。ノゾムの奴が指示した課題はレーギーナの花の採集。
レーギーナの花はポーションの原料に使われていて、この花の蜜をポーションに混ぜることで効力がかなり増大する。ただ、あまりこの蜜は長持ちするようなものではなく、花を摘んで数日で劣化してしまう。
まあ効力はともかく、花という持ち運びやすい物を課題に選ぶあたり、ノゾムの奴がいかに機動力について徹底しているのかが分かるな。
「……なあ、本当に彼で大丈夫なのかな?」
「……まあ私もそう思うけど……仕方ないじゃん。ジンの奴がこうするしかないって言ったんだから……」
「……別にいいんだぜ。俺達はお前達に付き合う必要はないんだからな」
後ろからついてきているトミーとキャミがぼそりと呟いた言葉。多分ノゾムの事を言っているんだろう。その言葉についカッとなってしまった俺は思わず荒く、突き放すような口調で2人に言い放ってしまう。
俺の顔を見て気まずそうに目線を逸らす2人。その態度が尚の事俺を苛立たせる。
「大体、話を持ってきたのはテメエらだろうが。碌に自分達の中で意思統一もできないのかよ。お前らのリーダーは」
「「っ!!」」
自分達のリーダー。名前は確かジンだったか。そいつを馬鹿にされたと思ったのか、キャミとトミーの奴が俺を睨みつけてくる。キャミの奴は先程の俺の言葉がよほどムカついたのか、まるで持っている短刀を突き刺すかのような視線を俺に向けてきた。へえ、ビビるかと思っていたけど一丁前に根性は座っているらしい。
「ふ~ん。ちょっとはプライドが残ってるのか……」
「……あんまりバカにしないでほしいな。僕達はマルスには及ばないけど、それでも今までこの学園に残ってきた自負はあるつもりだ……」
「そうよ! 大体、アンタの方はどうなのよ。ノゾムの奴を随分信じているみたいだけど、それなりのものを見せてくれるのかしら? 帰ってみたら全滅していました、じゃお話にならないんだけど」
トミーとキャミの奴が負けじと俺に突っかかってくる。へ、いいぜ。そうこなくっちゃ組んだ意味が無いってもんだ。
「何言ってんだ。この前の模擬戦でアイツの力量の一端は見れたはずだぜ。俺もノゾムも本気で勝ちに行くつもりだ。お前達こそ力を見せてくれるんだろうな?」
あえて挑発的な口調で俺は2人に向かって言い放つ。こんなことくらいでめげる様な奴らならこっちからお断りだ。
「上等よ。見せてやるからその目ん玉ひん剥いてよく見ていなさい!」
力強くそう宣言するキャミ。俺の視線を真正面から受け止めつつ、視線を外さないトミー。2人の様子に満足すると再び歩き始める。
俺はチラリと後ろからついてくる2人を肩越しに覗き見る。2人ともさっきよりも表情は厳しいが、士気は高くなったようだ。よほど俺に馬鹿にされたのが頭に来たらしい。
(まあ、少しは期待できるか)
2人の表情に満足した俺は再び前を向いて歩き続ける。そういえばノゾムもついこの間までは覇気の無い奴だと思っていたな……。
ノゾムの事を考えた時、最近よく感じるようになった疑問が首をもたげてくる。
(……アイツ、何を隠しているんだ?)
ノゾムが隠し続けている事。それが何かは分からないが、確実にあいつは何かを隠している。そのせいで、最近アイツの様子がおかしい時があることも。本人は何でもないと言い張っているが、ただ事じゃないのは鈍い俺でも分かった。
その事を思い出すと、何故かムカムカしてくる。ティマの奴はノゾムが話すまで待つべきだと言ったが、いい加減こっちから問い詰めるべきなんじゃないか?
「……ん?」
そう考えた時、何故か妙な不安に襲われた。一体何に怯える必要があるってんだよ。ただ一言聞くだけでいいじゃねえか……。
そう思う俺の想いとは裏腹に、心の内にあるイラつきと不安は消えることはなく、俺は自然と強く拳を握りしめていた。
10分ほど歩いた頃、薄暗かった目の前に光が差し始めた。おそらく先は開けた場所になっているのだろう。俺は立ち止まるとしゃがみ込み、後ろの2人にも身を隠すように片手で指示する。
茂みの陰から光の指してくる場所を窺うとそこには大きな倒木があり、その傍にレーギーナの花が生えている。おそらく大木が倒れたことで空を覆っていた枝や葉が無くなり、光が差すようになったのだ。
木々のカーテンに空いた隙間から差す光。その僅かな光でこの花々は花を咲かせているのだろう。
「……見つけたぜ。余計なおまけがついているが」
だが俺が見つけたのはレーギーナの花だけではなかった。その傍に4人ほどの学生の姿が見える。おそらく俺達と同じようにレーギーナの花を摘みに来たのだろう。
「……で、どうするの?」
「……決まっている。……仕掛けるさ」
挑発的な笑みを浮かべて俺に問いかけてくるキャミ。俺の頭の中をつい先ほど考えていたノゾムの事がよぎるが、ハッキリと攻めに出ることを宣言する。
ノゾムが隠していること、日増しに増えていくあいつへ不満が気にならないわけではない。だが今はその不満を胸の中に無理やり押し込み、ただ剣を振るうことに集中する。
とにかくこの演習に勝ち残り、強くなる。今はただそれだけを考えよう。
マルス達がレーギーナの花を見つけた頃、ノゾム達は拠点の周囲に罠を作り続けていた。時間的な問題から簡易な物しか作ることは出来なかったが、それでも一応ある程度の数をそろえることは出来た。
「ふう。こんなものかな」
ようやく罠を作り終え、ノゾムが大きく息を吐き出す。周りにはジン達の姿もあり、彼らの額には一様に汗が浮かんでいる。
「みんな、お疲れ様」
ハムリアが罠を作っていたノゾム達に水筒を渡す。渡された水稲の口を開けて水を一口含む。水分が失われた身体に染み渡る水に、ノゾム達はホッと息をついた。
「……しかし、こんな罠でいいのか?」
デックが自分の仕掛けた罠を見ながら不安そうに呟く。仕掛けた罠は確かに数こそ多いが、余り出来の良いものではない。見る人が見ればすぐに見破られるようなものも多かった。
「仕方ないよ。丁寧に作っていくには時間が無いし。なら他の罠は本命の隠れ蓑にすればいい」
「……つまり、他の罠は全部囮ってことか?」
デックの言葉にノゾムが頷く。罠というものは何も相手を仕留めるための物だけではない。拘束したり、時間を稼いだり、他の罠で警戒させて自分達は他の行動をするなど、その使い道は無限に存在する。その道は深く、そして広い。罠について多少使いこなしているノゾムだが、彼もどれほど先にその深淵があるのかはまるで分らない。
今回ノゾム達が仕掛けたものは勝つための手段を手繰り寄せるための物であり、自身の未熟な罠そのもので勝てるとはノゾムも思っていない。彼は剣士であり、罠については彼の本分ではないのだから。
「それにしても、君は随分この手の罠を作り慣れているみたいだね。なんでこんなに手馴れているんだい?」
ジンがノゾムを見つめながら問いかけてくる。その瞳に見えるのはノゾムに対する純粋な興味だった。
「ん? ああ、時々森に1人で入っていたからかな? 獲物を狩る時とか、魔獣から逃げるときの足止め用とかの為にあちこち仕掛けていたから」
「「「ええ!!」」」
ノゾムの答えにジン達3人は目を見開いた。彼らからすれば1人で森に入るなど自殺行為そのものに見えるのだから無理もない。
「で、でも確かノゾム君のランクで森に入るような依頼は受けられないんじゃ……」
ハムリアがちょっと遠慮しがちに問い掛けてくる。正確には“ノゾムのランクでは1人で森に入る依頼は受けられない”である。ずっとクラスメートから爪弾きにあっていたノゾムの事を気にしているのだろう。彼女はっきりとその事を口には出さなかった。
「まあね。だから依頼とは関係なく森に入っていたんだ。まあ、魔獣と遭遇したらほとんど逃げ回っていたけど……」
ノゾムはそんな彼女の気遣いに内心苦笑しながら彼女の疑問に答える。ただ、彼が思い出していたのは理不尽な師匠に命じられた永遠ともいえる危険地帯マラソン。当時の地獄を思い出してしまったせいか、ジンたちの見えない所でノゾムの冷や汗が一筋流れていた。
「……なるほど。ノゾム君の模擬戦で、あれだけ上手く立ち回れた理由が分かった気がする。確かに魔獣に追いかけられ続けていたら、僕達の攻撃をあれだけ捌けるのも納得だ。やりたいとは思わないけど……」
「あ、あははは……」
納得したように頷くジンに乾いた笑いを漏らすノゾム。ノゾムが命じられた走り込みの内、師匠であるシノの癇癪によるものもかなりあったのだがその辺りを追及するのは酷だろう。
(そういえば、ちょっと夕ご飯のおかずが足りなかっただけで夜の森に取りに行かされたこともあったっけ……。今考えてみても無茶苦茶だった……。)
当時、夕食の量が足りなくてシノに“おかずを取ってこい!”と言われ森に放り出されたノゾムは同じように食料を探していたゴブリン達に遭遇。数十体のゴブリン達に追いかけまわされ、あわや自分がゴブリン達の夕食になりかけたことがあった。
修行でもなく、お使いで死に掛けたノゾム。しかし、刀片手に怒気を飛ばしてくる師匠と数十体のゴブリン。どちらを取るかと言われたら、ノゾムは百回聞かれてもすべてゴブリンの方を取るだろう。
「ハ、ハハハハ……」
「ノ、ノゾム君! そういえばちょっと聞きたいんだけど……」
真っ青な顔で乾いた笑いをし続けるノゾム。その様子に寒気を覚えたジン達はこれ以上この話題をすることを止め、無理矢理話題を変えようとする。その時、ノゾム達の後ろの茂みがガサリと音を立てた。
「っ!!」
その音に一瞬で我に返ったノゾム。瞬時に立ち上がりながら振り返り、刀を構えて鯉口を切る。瞬く間に変わったノゾムの様子に只事ではないと感じたのか、ジン達もまた各々の得物を構えた。
やがてガサガサと言う音が大きくなり、茂みの奥から複数の人影が現れる。
「ようやく見つけたぜ」
現れたのはここに来るまでノゾム達を追いかけまわしていたパーティーだ。相手の階級は4階級。先頭に両手斧を持った男子生徒がいる。おそらく敵パーティーのリーダーだろう。その脇に剣を持った男子生徒と槍を持った女子生徒、後ろにはロッドを持った女子生徒と男子生徒が見える。
「さすが落ちこぼれクラス。逃げ足だけは大したもんだな。……ん? マルスの奴がいない?」
敵のリーダーはマルスの姿が見えない事に怪訝な顔をする。実力的にも10階級など歯牙にもかけない彼らだが、実力は学年上位であるマルスは唯一警戒しているのだろう。実際に彼は今この場にいないので、ノゾム達の現戦力は彼を含めて4人という事になるのだが、それを教えてやる理由はない。
(ジン……)
ノゾムが後ろ手で指示を出す。彼は今し方作った罠を早速活用しようと考えた。
「……姿が見えないアイツの事が気になるが、まあいい。せっかく目の前にポイントがあるんだ。頂いて行こう」
敵リーダーが槍を構える。ノゾムは後ろ手で相手から見えない様にポーチからある物を取り出す。
「やれ!!」
敵リーダーの号令と共に相手が一斉に動き出す。前衛が一気に間合いを詰め、後衛が魔法の詠唱を開始する。
「デック! ハムリア!」
「う、うん!」「分かった!」
ジンが2人に指示を出す。彼の合図と共に2人は踵を返して森の中に消えていく。それと同時にノゾムは手に持った物を敵の前衛目掛けて投げつける。
投げつけたのは光玉と音玉。彼が好んで使う攪乱用の道具。強力な閃光と炸裂音は相手の視界と聴覚を一時的にマヒさせ、場合によっては前後不覚な状態にしてしまう。
しかし相手もソルミナティの学生。咄嗟に目を庇い、被害を最小限にとどめる。それでも多少の足止めは出来た。
「ジン! 引くぞ!!」
「分かった!!」
「く! 逃がすな!!」
その隙にノゾム達も森の奥に駆け込んでいく。逃すものかと再び追撃を始める敵パーティー。ノゾムは後ろから聞こえる敵パーティーの怒声を聞きながらも、奥へ奥へと走り続ける。
敵のパーティーがノゾム達を追いかけようと踏みしたその時。
「うお!」「きゃ!!」
先行していた2人が突然悲鳴を上げて転んだ。彼らが自分達の足元をよく見ると、木と木の間に生い茂る草に隠れてロープが張ってある。
「何やってんだ!」
リーダーが転んだ2人を飛び越えて前に踏み出そうとするが、今度は結んでいた草に足を取られてリーダーがつんのめる。その間に距離を離していくノゾム。彼らは後ろから聞こえる怒声を聞き流しながら、とにかく一直線に拠点の場所に向かって駆けていった。
ノゾム達の拠点。木々が生い茂る森の一画で先に後退したデック達はノゾム達の帰りを待っていた。
「あ、来た!」
「おーい。ジン! ノゾム!」
先に拠点に戻っていたデック達が戻ってきたノゾム達の姿を見て声を上げる。
「待たせた」
「うまく釣れたと思う。もうすぐこっちに来ると思うよ!」
合流したノゾム達は急いで追撃してくる敵パーティー迎撃のために陣形を組む。前衛がノゾムとジン。彼らの後ろにデックがつき、さらにその後ろにはハムリアが杖を持って立っていた。
「……なあ、ノゾム。本当に大丈夫なのか?」
デックが不安そうな声を上げる。これから対峙にするパーティーは確実に自分達より各上の相手。だからこそノゾムは勝つ為の手段と方法をあらかじめ話してあるのだが、それでも不安はぬぐえないらしい。
だが、それも無理はないだろう。彼らはノゾムと組んだことは一度もない。いくら授業の模擬戦で彼の実力を垣間見たとはいえ、それでだけで本人を信頼できるかといえばそうではない。
人が人を信じるには、その人物を知るための時間や交流など様々な出来事の積み重ねが必要になる。しかし、ノゾムと彼らの間に明確な信頼関係を結ぶにはまだ交流する機会も時間も圧倒的に不足している。
だからデックも含め、彼らのパーティーは自分達のよく知らないノゾムと言う因子の行動が正しいのかどうか不安に駆られていたのだ。
「……なあ、デック。僕達はもう後がないんだ。今の僕達の実力でこのソルミナティ学園で生き残っていくには様々な物が足りない。だからこそ僕はマルス君とノゾム君の力を借りることにした。……彼の判断能力の高さはもう分かっているだろ?」
その時、ジンがデックに声を掛けた。元々、彼らのリーダーだったジン。今までの学生生活で信頼関係を築いてきたのだろう。彼の言葉にデックは素直に頷いた。
「僕達だけじゃここまで来れたかどうかも分からない。目の前の戦いを凌ぐことに精一杯で、序盤の混乱で他のパーティーにやられていたかもしれない」
「そりゃあ、そうかもしれない……」
デックが沈んだ声でジンの言葉に同意する。確かに演習開始直後は多くのパーティーが密集していたため、複数のパーティーによる乱戦があちこちで発生していた。そんな場所で足を止めてしまったら、瞬く間にその乱戦に飲み込まれていただろう。
「もちろんすぐに彼を信頼できない事は仕方ない。でもこの場は僕の顔を立ててくれないかな? 彼らの力を借りることを決めたのは僕だ。だからしばらくの間、僕を信じてついてきてくれないか?」
「……分かった。すまん、変なこと言っちまって。ノゾムもスマン。ちょっと不安になっちまってさ……」
「いや、気にしないでくれ。組んだこともない人間からいきなり指示されたら不安になるのは仕方ないよ」
デックがノゾムとジンに謝罪して頭を下げる。ノゾムはリサとの噂の事もあるし、進級の際に追試を3回も受けたこともある。その事実がある上、ノゾムは周囲からの自分の評価を知っている。だから、彼としてもデックの様に自分と組むことで不安を感じる人間がいることは仕方ないと思っていた。
これはノゾムが今まで1人で行動してきたことも大きい。
シノとの修行の為にずっと単独で森に入ったり、学園で孤立していた故に1人で授業を受けてきたノゾム。そのため状況判断能力はずば抜けたものになったのだが、他のクラスメートとの信頼関係を築きにくくなってしまったのだ。実際、3学年になってからパーティー戦を重視した授業となり、その時にノゾムは組む相手が見つからず、支障をきたしそうになったことがあった。
(……仕方ないよな。今まで周りから目を背けてきた自分の自業自得なんだから)
フウっと息を吐き、自嘲したノゾムはチラリと隣にいるジンを覗き見る。以前の模擬戦の時の事を考えても、彼の実力はまだまだだ。身体能力は彼の方が上だろうが、接近戦に関しては付け入る隙はいくらでもあった。
でも、人を従えるという意味では自分よりよほど彼は優れているとノゾムは感じていた。勝ち残るために率先して頭を下げたジン。その気持ちは今し方、デックを説得したときの様子を見てさらに大きくなる。特総演習開始から今まで、ノゾムが行ったのは生き残る方法を伝えて、自分の後についてきてもらうだけであり、彼のように仲間の不安を取り除くことは出来ていなかったのだから。
「……ん? 何か用?」
ノゾムの視線に気付いたジンが、怪訝な表情でノゾムに話しかけてくる。
「いや……何でもない。リーダーなんだなって思ってさ。俺が今日やったのはせいぜい生き残る方法を伝えたくらいだから……」
ノゾムは後ろにいるハムリアとデックを肩越しに覗き見る。彼らはまだ緊張しているのか、やや肩肘が張っているものの、不安そうな顔はしていない。おそらく先程のジンの言葉が効いたのだろう。
「……僕は正直、君の方がすごいと思うけど。1人で森に入っているなんて聞いただけじゃ信じられなかったけど、授業の模擬戦での君の立ち回りを思い出して納得した。マルス君が君を認めているのもね。悔しいけど、僕には彼に認められるほどの力はないと思うから……」
ノゾムの言葉に自嘲したような笑みをこぼすジン。奇しくもその時の2人の表情はよく似ていた。
自分の隠した秘密を仲間たちに話せず、踏み込めないノゾム。仲間を支えるための自分の力不足に悩むジン。2人とも悩んでいる内容に違いはあるものの、その姿は同じもの。自分の至らなさを自覚し、悩み続ける人間の姿だった。
その時、ノゾムは正面からやってくる複数の気配を感じた。同時にノゾムが仕掛けていた警戒網に何者かが触れ、立てかけていた芯棒が倒れる。
「……ノゾム君」
「……くるぞ」
ノゾムの言葉と同時に茂みの奥から先程の敵パーティーが現れる。制服の所々服が破けていたり、顔が汚れているところを見ると、かなりノゾム達の罠に苦戦していたらしい。
「ハア、ハア。見つけたぞ……」
荒い息を吐きながらまるで親の仇でも見るような眼でノゾム達を睨みつける敵リーダー。
罠を仕掛ける時、ノゾムはとにかく数を重視した。目的は相手の精神的、肉体的な疲弊。そのため、敵パーティーは1つの罠を掻い潜ったと思ったらその先にある罠に引っ掛かったり、あからさまに見える罠に“この罠は実は誘導のための物で、本命の罠が別にあるのではないか”と疑心暗鬼に陥ったりしたせいで心身ともにかなり消耗してしまったのだ。
「もう許さねえ。叩き潰してやる……」
敵リーダーが憤怒の表情で両手斧を取り出し、全身から気を発し始める。他の敵メンバーも同様にそれぞれの得物を構えた。よほどノゾムの罠でイライラしているのだろう。他のメンバーの表情もリーダーに負けず劣らず歪んでいた。
「……ジン」
「分かってるよ……」
ノゾムの一言にジンは頷く。これは最終確認だ。これから行う作戦、それを実行する上での覚悟。うまくいけば確実に勝てるが、間違えば一瞬で劣勢となり、最悪の場合こちらが全滅する。ノゾムは胸の中を蝕む不安から能力抑圧が解放できず、あくまで演習であることから殺傷力の極端に高い技も使えない以上、劣勢を跳ね返す爆発力が彼のチームにはない。
「やっちまえ!!」
号令と共に敵リーダーは自らのパーティーの前衛を伴ってノゾム達に突っ込んでくる。ノゾムとジンもまた気で全身を強化し、迎撃の為に駆け出すのだが……。
「「なっ!?」」
「えっ!?」
敵パーティーが驚きの声を上げる。真っ直ぐに突っ込んでくる前衛に向かって駆けだしていたノゾムとジンだが、彼らは突然左右に分かれて相手に自分達の後衛への道を譲ってしまう。このままでは敵前衛がノゾム達の後ろにいるデックとハムリアはあっという間に倒されてしまい、半分の戦力を失ったノゾムのチームは瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。
だがその時、ノゾムが大声を上げる。
「デック!!」
「ああ!!」
槍を構えていたデックが自分の足元の石を蹴り飛ばす。蹴られた石はまるで何かに引っ張られる様に飛んで行き、茂みの中に消えてしまう。すると突っ込んでくる敵前衛の足元から次々とロープが飛び出してきて、敵前衛の周囲に無数の縄が張られていく。
「な、なんだ!?」
張られた縄はまるで檻のように敵前衛達を取り囲んでしまい、彼らは身動きが取れなくなってしまう。この罠は以前、ノゾムが黒い魔獣から逃げるときに使った罠と同じものだ。
ノゾムの作戦は相手に向かってノゾムとジンが突っ込み、相手の前衛を罠で足止めし、その内に後衛を撃破。そのまま2人は反転し、相手を挟撃するというもの。
ノゾムの罠で前衛を足止めに成功した今、左右から迂回したノゾムとジンが敵の後衛目掛けて襲いかかる。
「くっ!!」
後衛の危機に敵の前衛が脱出のためにロープを切ろうと、自分の得物を振り上げる。だがその時、突然吹いた突風が得物を振り下ろそうとしていた彼らを妨害する。
「な、なんだ!?」
驚いた彼らが突風の吹いてきた方を見ると、そこにはデックとハムリアがいた。彼らはノゾム達が敵後衛を倒すまでの時間を稼ぐため、魔法で前衛の動きを妨害してきたのだ。
その際、相手を取り囲んでいるロープを切ってしまわないように、風の魔法“駆け抜ける風塊”を使い、風の塊を叩きつける魔法を使った。かなり範囲を大きくしたことと張り巡らせたロープで多少減衰したため、本来の威力は出なかったが、それでも前衛の注意を引くことは出来た。
「くっ!!」
「この!!」
敵後衛の2人が突っ込んでくるノゾムとジン目掛けて魔力弾を打ち放ってくる。だが所詮直線的な魔力弾。ノゾムは瞬脚-曲舞-で向かってくる魔力弾を一瞬でやり過ごし、ジンも地面に転がってどうにか避ける。
もし、この時相手が魔力弾などの単発の魔法ではなく薙ぎ払うような範囲魔法を放ってきたら、ノゾムもジンも吹き飛ばされていたかもしれない。そうなってしまえばせっかく罠で閉じ込めた前衛が罠から抜け出し、一気にノゾム達が不利になっていただろう。
しかし、ここまで仕掛けてきた多くの罠が相手パーティーから冷静な思考を奪い去っていた。度重なる罠の嵐と格下相手にうまくいかない事からイラついていた彼らは、いつもなら対処できることに気付かず、冷静な対処能力を失っていた。
「はあ!!」
「てぇぇえい!!」
ノゾムとジンが手に持っていた武器を一閃させる。ジンの剣が男子生徒の腕を切り裂き、ノゾムの刀が鞘ごと女子生徒の腹に叩きこまれる。
敵後衛2人はそのまま蹲ってしまい、ペンダントが赤く光って彼らの失格を告げる。これで残り3人。
「うおおおおおお!!」
敵リーダーが両手斧に気を込めて薙ぎ払う。彼らを閉じ込めていたロープが切り裂かれ、ハラリと地面に落ちる。自由になった3人は“こちらの番だ”とでもいうように、デックとハムリア目掛けて駆け出す。
すぐさま踵を返して戻るノゾムとジン。だが、相手の方がデック達との距離が近いため先に彼らの所に辿り着いてしまう。
「潰れろ! 底辺ども!!」
「おおおお!!」
敵リーダーが両手斧を振りかぶってデックに叩き落としてくる。彼は持っていた槍で受け止めるが、相手の方が圧倒的に膂力が強く、デックは膝をついてしまう。それでも彼は後ろに通すまいと気迫を込めて相手の斧を押し返そうとする。
「ぐうう!!」
「おおおお!!」
「そこまでだ!」「ちょっと調子に乗り過ぎよ! 貴方達!!」
目の前に相手の刃が迫りながらも必死に踏ん張るデックだが、敵リーダーの後ろから現れた相手の槍使いと剣士から挟撃されてしまう。だがその時、再びハムリアの“駆け抜ける風塊”が発動。突進してきた風塊がデックごと敵前衛を飲み込んでしまう。
「くっ!」
「うお!!」
風の塊に呑みこまれた槍使いと剣士は吹き飛ばされた。足を踏ん張っていたデックと敵リーダーは吹き飛ばされこそしなかったものの、暴れる風に巻き込まれて一瞬すくんでしまう。
だが、ハムリアは今度の魔法も威力は弱めて放っていた。いつも通りに魔法を放ってしまってはデックも失格になってしまうかもしれない。元々この魔法もまた足止め用なのだから。
「間に合った!」
「デック、ご苦労様!」
後ろからノゾムとジンが追い付いた。2人は“駆け抜ける風塊”のせいで吹き飛ばされ、たたらを踏んでいた敵パーティーの槍使いと剣士に後ろから襲い掛かり、一撃でノックアウトしてしまう。
「く、くそおおおお!!」
「ぐあ!!」
敵リーダーは組み合っていたデックを突き飛ばすと自棄になったのか、ノゾムめがけて突っ込んできた。得物と全身から眩い光を放ち、気力を全開にしてノゾムに襲いかかる。
「ふっ!」
短く息を吐き、ノゾムもまた全力で駆けだす。正面から一直線に突っ込んでいく両者。やがてノゾムが相手の間合いに入り、敵リーダーが両手斧を振り下ろす。
ゴウ! と言う大気を引き裂く音と共にノゾムに迫りくる両手斧。ノゾムは体を回転させ、全身の筋肉を連動させながら、振り下ろされた両手斧のさらに上方から刀を叩きつける。そのままノゾムは身体を捻りながら体を横方向に流し、相手の両手斧の軌道を逆方向に逸らす。以前ノゾムがキクロプス相手に行った打ち落としだ。
「なっ!! ぐあ!!」
敵リーダーの両手斧が驚きの声と共に地面に打ち込まれる。舞い上がる土砂にまみれながら、ノゾムはそのまま刀を両手斧の柄に逸らせつつ敵リーダーの両腕を切り裂く。
敵リーダーが苦悶の声を上げ、自らの得物を落とすと同時にノゾムは得物を反して刀の柄頭を相手の腹に打ち込む。
「グッ……」
一瞬動きを止めた敵リーダーだが、やがて地面に倒れ込み動かなくなる。そして光る敵リーダーのペンダント。その瞬間、ノゾム達の勝利が決まった。
「ふう……」
ノゾムはペンダントの光を確認すると、大きく息を吐き出す。緊張していた筋肉が弛緩し、力が抜けるようだった。
「はあ~。ノゾム君、お疲れ様」
ジンが剣を納めつつノゾムに話しかけてくる。彼もまた緊張から解放されたせいか、その表情は明るかった。
「やったな!!」
「すごい! 私たち本当に勝っちゃった!!」
デックとハムリアが興奮した様子でノゾム達の所に駆け込んでくる。
「ノゾム、ありがとな。それと……うまくいくのか疑っちまってスマン……」
「いや、実際かなり綱渡りだったけど成功してよかったよ」
デックが改めてノゾムに頭を下げてくる。だが、その顔は嬉しそうで瞳には涙も浮かんでいる。考えてみれば相手は自分達よりずっと上の階級の生徒。今までならただ叩きのめされてしまっていた。
そんな相手に自分達が勝てたという事。それが何よりも嬉しく、そして胸に来る想いだったのだろう。ハムリアもまたデックと同じように涙ぐんでおり、ジンは冷静を装っているが口元が緩んでいた。
「ノゾム君、今日一日だけだけど、改めてよろしく……」
ジンが笑みを浮かべながらノゾムに手を差し出してくる。デックもハムリアも彼に微笑みかけており、ノゾムはつい先程まであった壁が今はなくなっているように感じた。
オズオズとノゾムは差し出された手を握り返す。ジン達は相変わらずノゾムに微笑みかけており、その眼には今までノゾムに向けられていた侮蔑の色はなくなっていた。それと同時にノゾムは彼らの視線をちょっとこそばゆく感じる。
「あ、ああ」
ちょっと慣れない様子で握手をするノゾム。そんな様子を微笑ましく見ているジン達。彼らの表情にノゾムも強張った顔を緩めていく。だがその時、誰かの視線と共に強烈な悪寒がノゾムを襲った。
「っ!!」
握手をしていたジン達を離し、即座に刀を構えて視線を感じた方向を睨みつけるノゾム。いったい何が起こったか分からなかったジン達だがノゾムの様子に只事ではないと感じ、すぐさま自分達の得物を抜いて周囲を警戒する。
「あ~、ノゾム君だ~~。やっほ~~!」
間延びした声と共に茂みから1人の女性が出てくる。茶色のウェーブがかった髪と先程の声はノゾム達もよく知る人物。彼女はノゾム達に向かって子供のように手をブンブンと振っている。ノゾム達と最もよく顔を合わせる学園関係者の1人であり、彼らの恩師にあたる人。
「アンリ先生。貴方ですか……」
ノゾムの独白がアンリとノゾム達の間に散っていく。
「うん。そして~、この特総演習の特別目標の1人よ~~」
アンリ・ヴァール。3学年10階級の担任であり、ノゾム達の担任教師。彼女がノゾム達の前に特別目標として立ち塞がっていた。
いかがだったでしょうか。今回は追撃してきた敵パーティーとの戦いでした。
そして特別目標として現れたアンリ先生。彼女とノゾム達との戦いは次節です。
それではまた。