第5章第13節
お待たせしました、第5章第13節、投稿しました。
「なあノゾム! いったいどこに向かってるんだ!?」
「とりあえず演習区域の西側! あそこなら草木が深く生い茂っているから身を隠しやすい!」
マルス達はノゾムの指示の元、演習開始直後に他パーティーとの戦闘に巻き込まれないようにするため、全力で駆け出した。ノゾム曰く、演習区域内の周辺は多少小高い丘があるが、ほとんど森に覆われており、高い場所からの広域監視はあまり効果がないらしい。
演習区域の東側にはアルカザムまで走る街道が走っているが、他に特徴的な地形というものはない。
初めは小高い丘に陣取って拠点を築くという案も出た。確かに森から丘の頂上までに木は生えておらず、向かってくる敵の視認は容易いが、同時に身を隠せるような木々が無いため、攻めてきた相手と正面対決になりやすい。
いくら学年上位のマルスがいるとはいえ、立て続けに攻められれば負けるのは地力の低いノゾム達だ。
故に、ノゾムは丘での迎撃を却下し、森の中に潜伏する方を選択したのだ。
とりあえず、木々が多く茂っている西側に向かって走っていたのだが……。
「ハア、ハア……ノ、ノゾム君! 後ろ、後ろ!!」
「追いかけてきてるよ!!」
一番後ろから走ってくるハムリアとキャミが声を上げる。よく見ると木々の向こうからこちらの走ってくる人影が見えた。他のチームが逃走するノゾム達を見つけて追いかけてきたのだ。
「分かってる! とにかく走れ!」
ノゾムはとにかく走るように促す。キャミの隣にいるハムリアは一番体力がないのか、すでにハアハアと苦しそうにしている。
「なあ、ノゾム! 迎え撃った方が良いんじゃないか!?」
「ダメだ! また他のチームが散り切れていない! ここで戦って他のパーティーと鉢合わせたら一番初めに落とされるのは俺たちだ!!」
ノゾムが一番恐れているのは同時に2つのパーティーから襲われる状態だ。他のパーティーにとって戦力の低いノゾム達は安全にポイントを稼げるパーティーに見えているだろう。地力の低いノゾム達のパーティーは序盤で確実にポイントを稼ぐにはいいカモであり、確実に狙われるパーティーの一つだ。
複数のパーティーから狙われているであろうこの状態で足を止めるのは愚策であり、だからこそノゾムはまず距離を稼いで、迎撃の準備を整えることにしたのだ。
「うお! 撃ってきたぞ!」
「まだ距離があるから大丈夫だ! それより今は走ることだけ考えろ!!」
後ろから炎弾や風弾、純粋な魔力弾等、様々な魔法弾が次々と降り注いでくる。トミーが脇を掠めた魔力弾に声を上げるが、ノゾムは冷静に相手との距離を測りつつ、ひたすら走るように促し続ける。実際、後ろから放たれる魔法はかなりの数に及ぶものの、まだ距離が離れているうえに生い茂る木々に邪魔され、ノゾム達に当たることはない。
元々ソルミナティ学園の生徒達は訓練場での模擬戦が多く、このような森など、多くの障害物がある場所での戦闘経験はあまり多くない。
もちろん、屋内や森の中での戦闘を学んでいないわけではないし、ギルドからの依頼で森の中で戦闘を行ったことのある学生も多い。しかし、特総演習開始直後で浮き足立っている彼らは、その経験を活かすことを忘れてしまっていた。
「くそ! 待ちやがれ!!」
後ろから追いかけてくるパーティーが怒声をあげ、再び魔法を放ちながら追いかけてくる。だが、やはり放った魔法は生い茂る樹木に遮られ、ノゾム達には届かない。しかも魔法を放ったことで足が止まり、ノゾム達との距離が開くことになってしまった。
ノゾム達を追いかけていたパーティーは慌てて追いかけるものの既に遅く、ノゾム達の姿は生い茂る木々に隠れて見えなくなっていた。
「……ふう。撒いたみたいだ」
「ハア、ハア、ハア……そうか。よかった」
後ろから追いかけてくる気配がなくなったことを確かめたノゾムはようやく足を止める。他のメンバー達も振り切れたことに一安心したのか大きく息を吐いた。ハムリアに至ってはその場にへたり込んでしまっている。
水筒の水を一口含み、息を整えたところでノゾムがポーチから木の芯棒に糸を巻いたものを取り出した。
「……ノゾム。何をするんだ?」
「とりあえず警戒網を作る。その間に各々の技能の確認かな? マルス、確認はよろしく頼む」
マルスの問いに片手間に答えながらノゾムは作業を開始した。糸の一端を木に括り付けると、そのまま森の中に入り、自分たちのパーティーを中心に円を描くように糸を張り巡らせていく。やがてノゾムは何周かして糸を張り終えるとそのままメンバーの元の戻り、糸のもう一端を芯棒に結びつけると、その芯棒を木に立てかける様にして固定した。
もし誰かが進入してきて糸に掛かれば、固定した芯棒が倒れて侵入者が来たことを知らせてくれる。一番簡単な警報装置だ。
ノゾムが警戒網を作っている間にマルスがジン達の技能について聞いていく。マルスが話を聞き終わる頃にはノゾムも警戒網を作り終えていた。
「さて、それじゃあ拠点を作ろう。とは言っても周囲に罠を仕掛けることぐらいしかできないけどね」
「なあ、ノゾム。罠を作るって言ってもそれだけなのか? 守りを固めるのは良いけど、あまり消極的すぎてもどうかと思うんだが……」
ノゾムの言葉にマルスが苦言を言ってくる。確かに他のパーティーが次々と課題をこなしたり戦闘でポイントを稼いでいく中、引きこもっても状況は改善しない。むしろ、こなせる課題を次々と他のパーティーに取られていくことを考えれば、早めの行動を起こした方が良いだろう。
「分かってる。その事も考えているよ。まずは話を聞いてくれ」
その言葉に全員がノゾムに傾注する。ノゾムの話はこうだった。
まず、自分たちのパーティーを2つに分ける。一つが課題をこなすチーム。もう一つが拠点の防衛を行うチーム。
課題をこなすチームはマルス、トミー、キャミ。拠点の防衛チームはノゾム、ジン、デック、ハムリア。
課題をこなすチームに必要なのは相手に対する打撃力と機動力。よって、このパーティ内最大の戦力であるマルスと、機動力のある短刀使いのキャミ、そして剣士のトミーをノゾムは選んだ。
また、拠点防衛に必要なのは防衛力と言うことで一応このパーティーのリーダーになったノゾムと指揮能力のあるジン、槍という間合いの広い得物を使うデックと魔法使いのハムリアが選ばれた。
ノゾムの作戦は課題をこなすチームは探索系の課題を優先的にこなしてポイントを稼ぎ、その間、防衛チームがこの拠点を防衛するという案だった。
「ねえ、みんな一緒に行動したほうが良くないかな? そのほうが安全だと思うし……」
ノゾムの意見に遠慮気味な声で問いかけてきたのは魔法使いのハムリアだった。
彼女の意見ではみんな一緒に行動したほうが安全だという意見だったが、ノゾムは彼女の意見を首を振って否定した。
「いや。むしろ集まっていたほうがまずい。俺達は広域の魔法攻撃に対して有効な防御方法が少ない。森を移動している間に先制攻撃を受けて後手に回ったら一気に全滅させられる可能性もある」
ノゾム達のパーティーの中で魔法攻撃に対して有効な防御法を持っているのは気量の豊富なマルスと 魔法使いのハムリアくらいだ。他のメンバーも魔法を使えないわけではないが、相手は同じ10階級だけではなくより上位の生徒である可能性が高いことを考えれば、たとえ防御できたとしても相手の魔法に押し切られる可能性が高い。
「だから課題をこなすチームの課題は探索系に絞ったんだ。護衛系の課題より、そっちの方が他のパーティーと遭遇する可能性は低いからね」
護衛系の課題は教師が護衛対象の役を担っているが、護衛対象である以上、その相手が自衛をしてくれることを期待はできない。むしろ移動速度をワザと遅くしたり、偶発的なトラブルを装って足手まといを演じることもあるだろう。
そんな護衛対象を守るにはパーティーの戦力を全てその課題に投じる必要があり、結果的にポイントを稼ぐ効率も落ちるうえ、最悪の場合先の理由から全滅する可能性も高くなる。
だが、探索系の課題なら指示された物を本部まで持って行くだけでいい。待ち伏せにあう可能性はゼロではない。だが人数を少なくして足の速いメンバーを揃えれば遭遇する可能性はかなり低くなるはずだし、だいぶ身軽に動ける分、逃げ切れる可能性も大きくなる。
また、突破力のあるマルスならもしもの場合でも十分状況を打破できるはずだ。
「でも大丈夫かな? 課題チームの方はマルス君がいるからいいけど、防衛チームの方が戦力が足らなくない?」
ジンが心配そうな声を漏らす。彼は課題チームが課題をこなす間に拠点が落とされてしまうことを心配している様だ。
「別にこの拠点を守りきる必要はないよ。この課題ではまず生き残ることを考えないといけないし、いざとなったら拠点を放棄する。その場合はこれで知らせるよ」
ノゾムが取り出したのは2つの石。水晶のように透明感のある石で、形が左右対称になっている。
「これは“悲運の双子石”。強い衝撃を与えると赤く光って、片方が光るともう片方も光る性質があるんだ。拠点を放棄したときはこの石で合図を送るから。元々この試験でマルスと逸れた時の連絡用で買っておいた物だけどね」
ノゾムが持っていた悲運の双子石の一つをマルスに手渡す。
「……なるほど、これで互いの状態を知るわけか」
「ああ。合流場所はここから北、地図で言うと北東に大きな大木があって、その傍に大きな岩があるからその場所で。後、光ってから一時間たっても合流できなかったらやられたと思ってくれ。それから俺がやられた場合、俺のチームに生き残りがいたらジンが、合流したらマルスが指揮をしてくれ」
自分がやられた時のことも考えて指示を出しておく。リーダーが先にやられた場合、パーティーが混乱したまま全滅することを避けるためだ。
マルスは手に持った“悲運の双子石”を手の平の上で弄ぶと、ノゾムをじっと見つめてくる。
「……マルス、何か納得できないことでもあるのか?」
「……いや、大丈夫だ。とりあえずこれは受け取っとく」
何か含むところがあるような表情を一瞬浮かべたマルスだが、すぐに何事もなかったように手に持っていた悲運の双子石を懐にしまう。
ノゾムは奇妙なマルスの行動に首をかしげるものの、作戦自体に不満はないようなのでとりあえず彼の件は脇に置いておくことにした。
「じゃあ行ってくる。ノゾム、こっちは頼む」
「ああ、気を付けろよ」
マルスはノゾムの言葉に頷くと、トミーとキャミを連れて森の奥に消えていく。ノゾムはマルス達を見届けると立ち上がり、行動を開始した。
「……うう」
「ぐぁ……」
「っう……」
演習区域の南側、徐々に南中に向かう日の光は生い茂る木々に遮られており、昼間にもかかわらず森の中は薄暗い。
その薄暗い森の中にいくつもの呻き声が響いている。地面には約10人の学生達が横たわっており、まるで戦場跡のようだった。唯一救いなのは、みんな気絶するか痛みのあまり動けなくなっているだけで死人が出ていないことだろうか。
ただし、横たわっている学生達のペンダントは全て赤く光っており、今日の演習に失格したことを示している。よく見ると彼らは3階級と4階級の生徒であるようだ。
「ハア、ハア、ハア」
そんな中、唯一生き残った男子学生が剣を構えて誰かと対峙している。木々の陰に隠れてしまっているため姿は分からないが、影を見る限り女性のようだ。おそらく彼女が彼らを倒した人物。3階級、4階級の生徒を10人程倒しているところを見れば並みの相手ではないことは誰でも分かる。
「くっ、はああああ!!」
突然現れた強敵を前にして咄嗟に組んだ4階級パーティー、そして自分の仲間をすべて倒され、自棄になったのか剣を構えて影に突っ込む男子学生。もう他に手がないと思ったのだろう。全身から気を発し、全力で目の前の敵めがけて突っ込んでいく。
男子生徒が突進するのに合わせて影もまた動いた。影は腕で風を切るように一閃させる。その瞬間、空気が炸裂する音が響いたと思ったら、男子生徒の腕に激痛が走った。
「うあ!」
呻き声を上げる男子生徒。腕に走ったあまりの痛みに足が止まり、彼の突進は影との距離の半分にも届かないうちに止められてしまった。
「くっ!!」
それでもどうにか体勢を立て直そうとする男子生徒。しかし影は立て続けに腕を一閃させ、その度に炸裂音が森に響く。
「が! ぐう!! うあああ!!!」
炸裂音が響くたびに男子生徒の呻き声が響き、彼の体に裂傷が刻み込まれていく。
休む間もなく体に走る激痛に男子生徒の意識は真っ白になっていき、ついには足に力が入らなくなり、地面に倒れこんでしまった。その直後に彼のペンダントが赤く光る。彼が負ったダメージが規定量を超えたのだ。
「う、うあ……」
「……ごめんね~。大丈夫~~?」
地面に倒れ、呻き声をあげている男子生徒に、間延びしているが心配そうな声がかけられる。対峙していた影が木々の陰から出てくる。茶色のウェーブがかった長い髪。垂れ目の瞳にのんびりとした声。影の正体は10階級の担任、アンリ・ヴァールだった。
彼女は申し訳なさそうな表情で今しがた倒した生徒たちを治療していく。彼女の治療のおかげか、痛みのあまり呻いていた生徒達の表情が徐々に和らいでいる。しかし、それでもまだ彼女につけられた傷が痛むのか、未だに彼らの口からは苦悶の声が漏れていた。
「……みんな~。痛い思いさせちゃってごめんね~~」
「い、いえ……。これも……授業ですから……」
沈んだ声で生徒達に謝るアンリ先生。つい先ほど倒された男子生徒がどうにかアンリ先生の言葉に答えるが、他の生徒達はまだ回復しきっていないせいか、彼女の言葉に答えることができない。
「本当は~みんなを本部まで連れて行ってあげたいんだけど~。……ごめんね~~」
「い、いえ。僕達のことは気にしないでください……だ、大丈夫ですから……役目を続けてください……」
男子生徒がアンリの謝罪に絞り出すような声で答える。
アンリの役目は特別目標。つまり強力な敵としての役目として生徒達を襲撃しながら適度に演習区域をかき回し、演習が停滞しないようにするための役目だった。
生徒の言葉に涙目になるアンリ先生。
彼の言葉に一度大きく頷くと、彼女は立ち上がって森の中に消えていく。それでもやっぱり彼らが気になるのか、何度も心配そうに後ろを振り返るところが彼女らしい。
アンリが向かう先は北西、奇しくもその方角はノゾムが拠点を構えている方向だった。
今回はちょっと短めです。この先も書くことを考えたのですが、区切りがちょっと悪くなりそうだったのでこの文だけ投稿しました。