第5章第12節
アルカザムの郊外。街からあまり離れていない森の中。普段は魔獣や動物達しかいない場所だが、今日は数百人の人間達が集まっていた。
彼らはソルミナティ学園の3学年に所属している生徒達とその学園教師達。
今日は彼らの特別総合演習1日目。普段は静寂に包まれている森の中には演習のための運営本部が設営され、数百人の人間の喧騒が木霊している。一年に一度、この時期に限ってこの森は静寂とは無縁となっていた。
これから行われる演習は今後の成績に直結するためか、集まった生徒達は誰もが緊張で顔を強張らせている。だが、それと同時にこの演習は生徒達にとって大きなチャンスでもあり、それゆえに彼らの表情は緊張感を滲ませながらもある種の期待も窺えた。
「フフフ。面白そうじゃねえか……」
「……楽しそうだな、マルス」
ノゾムの傍にいたマルスが不敵な笑みを浮かべている。彼の表情に緊張感は感じられず、純粋にこのイベントを楽しみにしているようだ。強くなりたいと思っている彼は、自分の力を試せるこの手の催しに目が無いのだろう。
「まぁな。せっかくのチャンスなんだ。それに……」
マルスは気付かれないように拳を握りしめながら、じっとノゾムを見つめる。先ほどまでの浮ついた雰囲気はなく、何かを見極めようとする眼。そこには先程まで見せていた浮ついた雰囲気はない。
「……? なんだマルス」
「……いや、なんでもない」
いきなり変わったマルスの雰囲気にノゾムが怪訝な顔をする。しかしマルスはその胸中を語らず、ただ黙するのみ。
ノゾムはそんなマルスの様子に首をひねる。元々我の強い男でプライドも高いマルスだが、ここ最近のマルスの様子は少しおかしいと感じていた。何か考え込むことが多くなり、呆けていることも多くなっている。
「なあマルス、お前最近どこか……」
「お、いたいた! お~い、ノゾム!!」
ノゾムがマルスに尋ねようと声をかけたとき、突然横から声をかけられた。
ノゾムとマルスが声のする方に目を向けると、フェオが手を振りながらこちらにやってくるのが見える。彼の隣にはシーナ、ミムル、トムの3人もいて、ノゾム達を確かめると笑みを浮かべてこちらにやってくる。
「よう! 御二方、おはようさん」
「ああ」
「おはよう、フェオ。シーナ達も一緒だったんだね」
ノゾムがフェオに挨拶を返しながらシーナ達に視線で向けると、彼女達も小さく頷いてきた。
「そうよ。何となく、なし崩し的に一緒のパーティーになりそうだったんだけど、フェオは万能型だから状況に合わせて柔軟に動いてくれると思ったのよ。だからきちんと話して1日目も組んでもらうことにしたの」
そう言ってにこやかな笑顔を浮かべるシーナ。清涼な乙女の笑みは傍から見ればとても魅力的に見えるのだが、なぜかノゾムの背筋に悪寒が走る。横にいる他の3人の額から汗が流れているように見えるのは気のせいだろうか。
「話……弓矢片手に殺気バリバリでの話は恐喝であって交渉ではないと思うんやけど……」
フェオが額から汗を垂らしながらブツブツと小言で呟き始めた。ミムルの方も恋人であるトムの胸に顔を埋めてガクガク震えている。
「あははは……」
(……いったい何があったんだ?)
トムは乾いた笑顔を浮かべながら、しがみついてくるミムルの背中をポンポンと叩いている。張り付いたようなその笑顔の目にしてノゾムはこれ以上話を聞きださない方がいいと思い、それ以上追及しなかった。追及出来なかったともいう。
「ま、まあ、そういう事や。正式にワイはシーナのパーティーになったから、今日は敵同士や。手加減せんで」
「……ああ、分かってるさ」
フェオが宣戦布告しながら拳を突き出してくる。ノゾムもまた拳を突き出し、フェオの拳に自分の拳を当てる。
フェオはノゾムと拳を重ねたままマルスにも視線を向けるが、マルスも腕を組んで胸を張りながら不敵な笑みを浮かべる。口は開かずともその態度が“やれるならやってみやがれ”と宣言していた。互いに好戦的な笑みを浮かべて視線をぶつけ合う。
だがその時、まるでそんな3人を嘲笑うような笑い声が周囲に響いた。
「ハハハハ! 何やらキャピキャピ煩い奴がいると狐野郎と最底辺に半端者か。碌でもない奴らがいくら粋がったって何もできやしないってのに」
突然聞こえてきたこちらを嘲笑する声。声の先からは一人の獣人が歩いてくる。銀色の耳と尻尾。学年最上位の1階級に所属し、5人いるランクAに達した者の1人、ケヴィン・アーディナルだった。後ろには彼のパーティーメンバーらしき生徒達もいる。
いきなり罵倒をしてきた銀狼族の青年は腕を組み、ノゾム達に侮蔑の視線を向けてくる。後ろにいた彼のパーティーメンバーもノゾムを見てニヤニヤと見下した視線を向けており、その不快な視線にノゾム達の表情も硬くなった。
「てめえか、狗野郎」
「いきなり現れて何を言うかと思えば……キャピキャピ煩いのはアンタの方やないか?」
「…………」
マルスとフェオがケヴィンの言葉に反応する。ノゾムもまた鋭い眼つきでケヴィンを睨み返し、他のメンバーも厳しい視線をケヴィンに向けている。
マルスに至ってはすでに背中にある自分の得物に手を掛けていて、今にもケヴィンに斬りかかりそうな様子だが、銀狼族の青年は腕を組んだまま動じる様子はない。おそらくそのままマルスが斬りかかっても対応できる自信があるのだろう。
「そこの生徒達、何をしている!」
まさしく一触即発といった雰囲気だが、その空気を吹き飛ばすような怒声が響いた。
自分の得物に手を掛けていたマルスが大剣の柄から手を離し、他のメンバーも怒声に驚いて声のした方に注視すると、2階級の担任教師であるインダ先生と1階級の生徒であるアイリスディーナとティマがこちらに歩いてくる。
「貴方達はいったい何をしているのですか!」
厳しい教師であるインダ先生は、この騒ぎを聞きつけて騒いでいた生徒達を叱りつけに来たのだろう。
「別に何でもねえよ。ただちょっと挨拶していただけさ」
「ケヴィン・アーディナル、君の実力は確かに中々のものだが、もう少しその実力に合った行動を心掛けなさい」
「ああ、分かってるさ」
反省しているような言葉を口にしているケヴィンだが、腕は組んだままで反省した者の態度とは思えない。
不遜な態度を崩さないケヴィンに再びインダ先生の説教が飛ぶが、ケヴィンはうざったそうな顔をしてその視線をインダ先生からアイリスディーナへと向ける。
「アイリスディーナ、今からでも遅くないぜ。俺と組まないか?」
「悪いが、すでに先約が決まっている」
ケヴィンの誘いを即座に断るアイリスディーナ。ケヴィンの口調から考えると、どうやら彼は以前もこの演習で彼女を誘ったことがあるようだ。
断られたケヴィンは一瞬表情を歪めるが、すぐに元の自信たっぷりの顔に戻る。
「ハッ あんな落ちこぼれのどこがいいのやら……まあいいさ、お前の事だからすぐに誰がお前の相方に相応しいか判るだろう。お前の隣に誰が立つべきなのかな……」
一方的に言いたいことだけ言って去っていくケヴィン。彼のパーティーメンバーもそれに続く。彼らを見送るノゾム達の目線は厳しく、アイリスディーナも表情は変えずともどこか嫌悪感を滲ませていた。
自分の説教にあまり手応えがなかったせいか、インダ先生はこめかみを押さえて難しい顔をしている。
だがすぐに元の鋭利な表情に戻ると、その場にいたノゾムやマルス、フェオを諫めて運営本部のテントの中に戻って行く。
インダ先生がテントに入ったところでアイリスディーナとティマがノゾム達のところにやってきたが、その顔はどこか沈んでいる。
「すまない、みんな。クラスメートが失礼な事をした」
先ほどのケヴィンの発言を申し訳なく思っているようだ。ノゾムはすぐに強張った表情を元に戻し、できるだけ穏やかに2人に話しかける。
「いいよ。アイリスが悪いことをしたわけじゃないんだし」
ノゾムの言葉にマルスやフェオ達も頷く。シーナ達の表情もすでに先程までの張りつめたものではなく、いつもの彼らに戻っていた。
元々アイリスディーナに非はない。確かに突っかかってきたは彼女と同じクラスのケヴィンとその取り巻き達だが、そこに彼女の非はないのだから。
彼らの表情を見てアイリス達もまた強張った顔を緩めると、小さく微笑む。
「さて、これから運営本部でパーティー登録をして、それから演習の説明と訓示か……」
今日はまず一番最初にパーティーの正式登録と必要な用具の支給。その後この演習の責任者であるジハードから演習内容の説明と訓示があり、演習開始となる予定だ。
「そうだな。とりあえず受付でパーティー登録を……」
「……あ、あの」
ノゾム達がとりあえずパーティーの登録を行うために運営本部のあるテントに行こうとした時、彼らは遠慮気味に声を掛けてくる者がいた。ノゾム達その声が聞こえた方を見ると、そこにいたのは3人の男子生徒と2人の女子生徒がいる。
「君達は……」
「や、やあ……」
「ノゾム、知り合いか?」
「あ、ああ。まあ……ね」
ノゾムと相手方の反応を見たアイリスディーナが知り合いかとノゾムに訊ねる。確かにノゾムは彼らの顔に見覚えがあった。彼らはノゾムと同じ10階級に属する生徒であり、ノゾムとマルスが組んだ授業の模擬戦で相手をした生徒達だったから。確か長剣を使う剣士のジンとトミー、槍使いのデック、短刀使いのキャミと魔法使いのハムリアだ。
元々ノゾムを蔑視していたクラスメート達。そんな彼らが一体何の用なのか。疑問に思ったノゾムはとりあえず話を聞いてみようと彼らの先頭にいたジンに話しかけてみた。
「俺達に何か用?」
「あ、ああ。そうなんだ。実は、その……」
歯切れの悪いジン。彼の後ろにいる他のメンバー達もノゾムと視線が合うと気まずげに逸らしたり、ジンの後ろから何かを急かしたりしている。
ノゾムも様子のおかしい彼らに首を傾げていたが、急かされたジンが意を決した様に口を開いた。
「実は……今日の演習。俺達を君のパーティーに加えてくれないか?」
「……え?」
ノゾムは初め彼らの言っていることが分からなかったが、隣にいるマルスを見て納得した。
彼の実力は3学年でも上位だ。ノゾムのソルミナティ学園における評価は相変わらず最底辺だし、今日は階級ごとにパーティーを組むため、傍にいるアイリスディーナやシーナ達と組めるわけではない。
だが、他の階級と組むことが出来ないからこそ、自分と言う不安要素を抱え込むことになっても10階級で最大の戦力を手に入れようと思ったのだろう。そうノゾムは考えた。
だが、ジンが次に口にした言葉でノゾムの考えは否定されることになる。
「うん。君とマルス君の力を借りたいんだ」
「……え? 俺も?」
マルスだけでなく、ノゾムの力も借りたいというジン。真っ直ぐにノゾムを見つめてくるその眼に偽りやおべっかを立てているような雰囲気はなく、その真摯な瞳にノゾムは圧倒される。今までクラスの中では侮蔑の視線しか向けられなかったからこそ、ノゾムはその変化に困惑してしまっていた。
「……今まで散々君の事をバカにしておいて虫のいい事を言っているのは分かっている。でも俺達、まだこの学園を去りたくないんだ! この演習の結果次第では成績に大きくプラスになる。身勝手な頼みであることは十分承知しているけど……お願いだ! 力を貸してくれ!!」
「え、えっと……その……」
ジンがノゾムに深々と頭を下げる。他のメンバー達もノゾムに頭を下げており、ノゾムの困惑はますます深まるばかりだった。
「……ノゾム、いいんじゃないか? 彼らは本当に君の力を必要としているみたいだし」
「せやな。少なくとも悪意や敵意といったものは感じんし、嘘をついているようにも見えへんで」
彼らの様子を傍から見ていたアイリスディーナがジン達を参加させてもいいのではと提案してくる。フェオもまたアイリスディーナに賛同し、ミムルやトムもまた頷いる。
「そうね。見たところ、彼らの想いは本物だと思うわ。私も似たような経験があるから、なんとなくだけど彼らの気持ちも分かるわ……」
アイリスディーナ、フェオに続いてシーナもまた彼女の意見に賛同する。初めはノゾムのことを嫌っていたシーナ。彼女もまた以前ノゾムに酷いことを言ってしまい、そのことを謝罪して和解した経緯がある。
「……マルス……」
ノゾムがマルスに視線を送る。マルスは腕を組んで考えるように一度目を瞑り、改めてノゾムの顔を見る。
「……いいんじゃねえか。勝ちに行くと決めた以上、戦力は少しでも多い方がいいと思うぜ」
ノゾムはマルスの答えを聞いて頷くと、改めて人たちと向き合う。
「……分かった。俺たちでよければ組もう」
「あ、ありがとう!」
ノゾムのその言葉を聞いたジンがホッとしたような笑みを浮かべる。後ろにいる彼のパーティーメンバーも同じ気持ちなのか、皆一様に安堵の笑みを浮かべていた。
「じゃあ俺は運営本部にパーティーの申請に行ってくる。でも、これからだよ。俺たちの学年は例年に比べて優秀な生徒が多いから、甘くないだろうし」
ノゾムはそう言ってアイリスディーナたちの方にチラリと視線を向けるが、彼女は優雅な笑みを浮かべてノゾムの視線を受けとめていた。ノゾムはそんなアイリスディーナを見て肩をすくめると、運営本部のあるテントの中へ向かっていった。
ノゾムたちがパーティーの登録を済ませた後、運営本部のテント前に3学年の生徒全員が集められた。
今日はアイリスディーナ達とも敵同士であるせいか、ノゾム達はそれぞれのパーティーで別々の場所で固まっている。
壇上では特総演習の運営責任者であるジハード・ラウンデルが現れ、まずこの授業の詳細な説明が始まった。
「さて、生徒諸君。今日から特別総合演習授業が始まるが、その前にこの授業のルールを説明しておく」
ジハードはそういうと懐から一つのペンダントを取り出した。生徒達をよく見ると、彼らの首には今ジハードが掲げたペンダントが掛けられている。
「まず、このペンダントはパーティー登録時に各生徒に配布されたものだが、これがこの授業における諸君の命となる。一定以上のタメージを持主が受け、蓄積した場合、赤く光るようになっていて、その時点でその者は失格となり、ペンダントは相手パーティーのものとなる。もちろんペンダントを失っても失格だ。またペンダントごとに点数が設定されており、高い階級に属する者の物ほど高得点となっている。」
「ってことは、アイリスディーナ達は相当な高得点ってことか……」
「そうだな。その分、他のパーティーから集団で狙われやすいけど」
マルスの言葉にノゾムが同意する。
おそらく低い階級と高い階級の者のバランスを保つためだろう。特にアイリスディーナ達のような高ランクに達した者とほかの生徒を戦わせるにはそれ相応の旨みが必要なのだ。
「また、パーティーが全滅した場合、それ以前にそのパーティーが獲得していたポイントも相手パーティーの物となる。獲得したポイントは本日の授業終了と同時に集計され、明日にはまた全員が0からのスタートとなる」
「ポイントの略奪もありか……」
「ああ、あちこちで通り魔が横行しそうだ……」
だが、ポイントを獲得したからといって安心はできない。低い階級の者が高い階級の者を集団で倒しても、その後に全滅してしまえば元の木阿弥。ただ明日にはポイントがリセットされるということは、1日目と2日目ポイントは別計算。つまりいかにして生き残るかが重要になってくる。
「また、課題についてはペンダント配布時に渡した用紙に書かれている。この課題はこなす必要はないが、課題を達成すればその課題に則したポイントをパーティーに配分する。また護衛の課題は、護衛対象を我々教師が担い、その成否を判断する。」
「どうする。課題をこなせばより多くポイントを稼げるけど……」
「……正直、他のパーティーがどう動くか分からないから何とも言えないけど、ポイント稼ぎの候補には入れておこう」
ジンがノゾムにどうするか判断を聞いてくるが、ノゾムは課題をこなすかどうかは保留した。
課題をこなしてポイントを稼げればいいが、ほかのパーティーは当然横取りを考えてくる。課題でポイントを稼ぐか、それとも身を隠してポイントの温存を考えるか。そのあたりの駆け引きも重要になってくるだろう。
「演習区域は課題が書かれている用紙の裏に記載しており、この演習区域から出た時点でペンダントが反応して失格となる。また区域内は我々教師が事前に調査した上で監視を行い、演習区域の境界線に魔獣除けの香料も撒いてはあるが、魔獣の脅威が全くないわけではない。今回はいつもの授業とはちがい刃引きされてない得物を使うことも考慮し、十分注意して演習に臨むこと」
事前にいくら調査したとしても、絶対というものはりえない。おまけに今回の得物は真剣で、今まで授業で使ってきたような刃を潰した模擬戦用の得物ではない。実際に過去の演習においては死傷者を出したこともあり、この演習に参加するために生徒達は事前に誓約書に記入する必要がある。つまりは自己責任となるのだ。
もちろん誓約書に記入をせず、演習に参加しなかったからと言って成績が下げられることはないのだが、この演習への参加は大きなプラスとなることは間違いないため、参加しない生徒はほとんどいない。
「また、運営本部の周辺は非戦闘区域になっている。この区域内で戦闘を行ったパーティーは減点処分とするので留意すること」
これはある意味当然だろう。運営に必要な場所の近くで戦闘をして、運営が滞ってしまってはたまらない。
「なお、演習区域内に特別目標を設置する。これは我々教師陣がターゲットとなり、この特別目標を倒したパーティーにはどの課題よりも高いポイントが与えられる。ただ、この特別目標は自分から諸君達に襲い掛かり、君達が獲得したポイントを強奪する。だが、もし勝てれば、特別目標が強奪したポイントも手に入れることができるだろう」
「教師も参加するの……」
「多分、強力な魔獣の役目をしているんだと思う。もしくは周囲をかき回して演習が滞らないようにするためだろう」
キャミが頭を抱えて唸っている。確かに教師陣の敵役は脅威以外の何物でもない。このソルミナティ学園の教師が大陸中から集められている以上、誰もが相当な実力の持ち主だろう。
「これで本演習のルール説明を終了する。諸君の健闘を期待する……以上だ」
ジハードの説明が終わり、壇上に鐘が運ばれてくる。この鐘が鳴った時が演習開始だ。
「ノゾム、どうするんだい?」
ジンがノゾムに意見を求めてくる。ノゾムは鐘の準備が整えられていくのを横目で見ながら周囲に聞こえないように小さな声で呟いた。
「……この近くにいたら他のパーティーに襲い掛かられるか、戦闘に巻き込まれるかしてしまうし、そうなったら先に消耗するのはこちらだ。まずは出来るだけこの場から離れて、拠点を作ろう」
ノゾムの言葉に頷いた他のメンバー達。彼らはゆっくりと会場の端に移動していく。開始の合図とともにスタートダッシュを決めて、できるだけ速くこの場から離れるためだ。
「開始の合図とともに全力疾走。演習区域の西側に向かう。その後、拠点の設営を行い、今後の行動を検討する。いいね」
ノゾムが改めて今後の行動を確認し、全員が頷いたところで鐘の準備が完了した。
「ん?」
ノゾム演習開始の合図に備えて身構えていたノゾムだが、ふと自分を見ている視線を感じ、生徒達がごった返している場所の一画に目を向ける。
ゴチャゴチャしていて視線の主は全く見えないが、ふと見覚えのある紅い髪が生徒たちの隙間から見えた。
「……リサ?」
「それでは。本年度の前期、特別総合演習授業を開始する!」
ノゾムが紅い髪の持ち主を確かめようと身を乗り出すが、次の瞬間ジハードの宣言とともに鐘が鳴らされ、その場にいた生徒全員が弾かれたように四方に散らばっていく。
やむを得ず視線の持ち主を確かめることを諦め、全力でこの場から駆け出すノゾム。やがて会場から人影がなくなると同時にあちこちから轟音と怒声、悲鳴が聞こえ始める。どうやら非戦闘区域を抜けた瞬間にあちこちで戦闘が始まったらしい。
こうして、前期最大のイベントの1つ。特別総合演習授業が開始された。
ようやく特総演習開始です。ちょっとリアルの都合で遅れましたが、どうにか一週間以内に書けました。
ある意味本当の第5章の始まりともいえます。これからはバトルが多くなりますので、よろしくお願いします。それではまた。