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第5章第7節

 フェオは全身から魔力を猛らせると、ノゾムに向って走りながら一枚の符を取り出して魔力を流し込む。符は一瞬輝くとそのまま解けるように消え、光がフェオの体を包み込んだ。符を使った身体強化の魔法だ。


「じゃ、試しにっと!」


「っ!」


 ノゾムの目の前をフェオが無造作に突き出した棍が通過する。無駄な力が一切なく、ほとんど初動の見えなかった突きを、ノゾムは何とか首を逸らして躱す。

 しかし、フェオもすぐさまも突き入れた棍を薙ぎ払おうとするが、ノゾムは何とか刀を間に挟み込んで受け止める。しかし、力はフェオの方が強い為、大きく体勢を崩されてしまった。

 

「はい、追加!」


 続けてフェオが懐から符を取り出して発動させると彼の目の前に風の塊が生まれ、そのままノゾムめがけて突進してきた。


「グッ!!」


 体勢を崩されているノゾムに躱すだけの余裕はなく、突進してきた風の塊がそのままノゾムの身体に直撃。ノゾムは大きく吹き飛ばされるものの、風塊が体に当たる直前で後ろに跳んで衝撃を弱める。

 しかし、咄嗟の事で受け身を取るだけの余裕はなかったのか、地面に叩きつけられた時の衝撃と痛みに苦悶の声が漏れる。

 ノゾムは痛みで揺れる視界の中で動く影を見つけた瞬間。咄嗟に転がるようにしてその場から離れる。

 ノゾムがその場を離れた直後、ズドンという音と共にフェオの棍が地面にめり込んだ。もう少し離れるのが遅かったら、彼はそのまま潰されていただろう。


「まだ行くで~」


 フェオがさらに追撃してくる。

 両手で保持した棍を、体幹を起点にしながら振り回し、上下左右から打ち込んでくる。マルスの大剣ほどの威力はないものの、十分な体重と回転の力を加えられた棍は隙が無く、そして重い連撃を可能としていた。


「グッ!!」


 真正面から受けようとしても弾かれるだけでそのままでは飲み込まれると思ったノゾムは、以前のアイリスディーナとの模擬戦時の様に後ろにすり足で下がりながらフェオの棍を受け流し続ける。

 だが、フェオの連撃は止まらない。彼の嵐のような連撃は振り抜いた棍に遠心力を上乗せし、さらに勢いを増しながらノゾムに迫りくる。

 しかもノゾムに襲いかかってくるのは棍による攻撃だけではなかった。

 

「せい!」


「!!」


 フェオの拳がノゾムの頬をかすめる。さらに追撃としてノゾムの脇腹めがけて回し蹴りが放たれるが、ノゾムは後ろに跳んで彼の蹴撃を躱す。

 どうやら彼は棍だけでなく、拳や蹴りなどの体術もできるらしい。ある意味ノゾムの使う刀術とよく似通っていた。

 ノゾムの刀術は刀だけでなく、鞘や体術なども使う総合戦闘術だ。そしてフェオの使う棍術もまた、拳や蹴りなどの体術などを使うことを考えられているようだ。

 しかし、ノゾムと違いフェオは符術を使うことが出来る。気術だけに頼らなければならないノゾムとは明らかに手数が違っていた。


「次はコイツだ」


「!!」


 ノゾムとの間合いが開くと、フェオは複数の符を引き抜き、素早く術を発動させる。

 空中に無数の雷球が現れると、その雷球がノゾムめがけて打ち出された。その数3つ。

 空中に出現した3つの雷球は忠実な番犬の様に主の敵であるノゾムに殺到するが、ノゾムは即座に瞬脚で真横に跳んで、その場から離脱する。


「ぐっ!!」


 打ち出された雷球は地面に激突してバチバチと周囲に雷撃を舞い散らせ、ノゾムはその煽りを受けてしまい、僅かに動きが鈍る。

 動きが鈍ったノゾムを見たフェオは、再び符術を発動。今度は炎球を3つ作り上げるとノゾムめがけて打ち放った。


(くそ! やっぱり遠距離戦じゃ勝ち目はない!!)


 フェオとノゾム。2人の資質を考えれば遠距離戦はフェオの独壇場になってしまう。

 さらに3つの炎球がノゾムに迫ってくるが、彼は瞬脚を瞬脚-曲舞-へと変え、90度ターンすると一気にフェオに向かって踏み出した。


「おっ」


 全く減速しないまま進行方向を変えたノゾムにフェオがちょっと驚いたような声を出す。

 飛んできた炎球はノゾムの進行方向に合わせて放っていたため、大きく逸れて彼方へと飛んでいく。

 フォオが再び懐に手を入れた。


(させると思うか!)


 ノゾムは符術を使わせまいと気を脚部に集中させて、一気にトップスピードに乗って間合いを詰める。だが……。


「ふっ!」


「な!?」


 フェオが懐から取り出してノゾムに投げつけてきたのは符ではなく、一本のナイフだった。

 柄と呼べるようなところはほとんどなく、明らかに投擲用のそれを投げつけられたノゾムは咄嗟に刀で払いのけるが、その間にフェオは再び取り出した符に魔力を込め終えており、その符をノゾム目がけて投げつけてくる。


「はい。おかわりや~」


 フェオが投げつけた符が発動し、彼の眼前に風の塊を作り上げると螺旋を描いて周囲の空気を巻き込みながらノゾムに突進してきた。以前アイリスディーナが使った魔法、“風洞の餓獣”だ。

 それでも足を止めずに踏み込む。目の前に迫った風塊がノゾムの体を引き裂こうと迫ってくるが、ノゾムは風塊が直撃する寸前に体を大きく捻り、瞬脚-曲舞-で風塊の側面を撫でるように走り抜けた。

 体を掠めた風塊が制服を切り裂き、ノゾムの肩から血が噴き出す。しかし彼は噴き出た血にはかまわず間合いを詰めると、フェオに向かって刀を振り落した。


「うお!」


 フェオは咄嗟にノゾムが振り下ろした刀を動揺しながらも確実に棍で受け止める。

 元々魔獣の牙も受け止められるように金属で作られているフェオの棍は、両断されることなくなくノゾムの刀を受け止めるが、フェオはまさかノゾムがナイフと術の両方を一気に突破してくるとは思っていなかった。

 先程の攻防。ナイフと魔法を立て続けにノゾムに放ったフェオ。彼は少なくとも仕留めることが出来なくとも足は止まると思っていたのだ。


「ふっ!!」


 ノゾムがそのまま袈裟斬り、逆袈裟、胴薙ぎと、決して速くはないが、堅実な連撃を打ち込んでいく。

 付け入る隙がなく、徐々に相手を追い詰めるように放たれる斬撃。

 身体能力に劣るが故にノゾムは一気に勝負を決めることは出来ないが、確実に相手を追い詰めることが出来る連撃であり、徐々に追い詰められていく焦燥感は相手の焦りを助長することも出来る。


(ふ~ん。よう出来とるわ。これなら10階級の人間じゃ手に余るわな)


「……ってうお!!」


 先程ノゾムに肉迫され、僅かに動揺したフェオだが、すぐに冷静さを取り戻していた。

 冷静にノゾムの連撃を捌きながらも、その精緻な斬撃に感心していたフェオだったが、突然目の前を横切ったものに驚いて、大きく仰け反る。フェオの目の前を通り過ぎたのは、回し蹴りの要領で振り抜かれたノゾムの脚だった。

 さらにノゾムは振り抜いた足を起点に大きく前に踏み込んで、今度は逆方向から刀を薙ぎ払う。


「ちょいな!」


 しかし、フェオは多少驚いたものの、問題なくノゾムの横薙ぎを棍で受け止める。

 しかし、ノゾムにとって、フェオに受け止められることは予定調和の出来事。ノゾムはそのまま打ち込んだ刀を起点にして、体を刀に引き付けつつ、自分の体を回転させ、フェオとの間合いを詰めながら彼の側面に回り込んだ。


 おまけに回り込む際に体勢を低くして横の動きの他に上下の動きまで加えた上、その動作を至近距離で行われたことで、一瞬フェオはノゾムを見失った。


「なっ!?」


 一瞬、ノゾムを見失った事で側面を突かれたフェオは慌ててノゾムの方に体を向けようとするが、ノゾムは鞘でフェオの棍を抑え、一時的に彼の動きを抑える。

 

「はあ!!」


「くっ!!」


 そのまま刀を振り下ろすが、フェオもなんとかノゾムの攻撃に対応する。咄嗟に棍を掴んでいた片方の手を離し、おおきく体を仰け反らせてノゾムの斬撃から逃れる。

 さすがにこのペースは不味いと悟ったのか、フェオは抑えられていた棍を引き抜くように、大きく後方に飛び退いて、符を引き抜く。

 そのままに符に魔力を込めて発動させると、ノゾムとフェオとの間に雷が無差別に荒れ狂った。

 単純に込められた魔力を特定の属性に変換して撒き散らすだけのものだが、更に追撃をかけようとしていたノゾムは足を止められてしまい、再び間合いが開いてしまう。


「あ、危なかった!」


「くっ!!」


 だが、フェオは再び符術を使わず、体勢を立て直すのみだった。間合いの離れた2人の間に再び静寂と緊張感が漂っていた。






 ノゾムとフェオが互いの得物をぶつけ合っている時、フェオが張った結界内でアイリスディーナ達は2人の戦いを、ただ指を咥えて見ているしかなかった。


「ど、どうしよう!? シーナ!」


 ミムルがうろたえた声を上げる。


「どうしようって……私が聞きたいわよ!? フェオがあんなに強いなんて知らなかったわ!」


 今現在、2人の戦いはフェオが優勢だ。

 シーナ達は先の黒い魔獣の件でノゾムの実力を目の当たりにしている。あの魔獣から逃げ切ったノゾムの実力なら、シーナ達が知っているフェオなら十分に戦えると思っていた。

 しかし、現状はそうなってはいない。もちろんノゾムの中にさまざまな迷いが存在していることや、それ故に気術の使用ができずにいることもあるが、シーナの漏らした言葉から考えると、フェオは普段から周りに対して自分の実力を隠してきたようだ。

 シーナ達が慌てているなか、アイリスディーナは内心の焦りをどうにか心の中に押し止め、現状をどうにかしようと思考を巡らせている。

 どうやら普段のフェオを知っているがゆえに、今の彼とのギャップが大きく、シーナ達はアイリスディーナ達よりも動揺が大きいようだ。


「……トム君、彼は君たちと同じクラスのようだけど、こんな事をする人間なのか?」


「い、いや、確かにいつも飄々とした態度だし、気分屋だからインダ先生やシーナとはあまり相性が良くないけど、少なくともいきなりこんな事をしてくる人じゃなかったよ?」


「じ、じゃあ……何で?」


「理由なんてどうでも良いだろ! 今はとにかくあの狐野郎を止めるのが先決だ!!」


 アイリスディーナの問いにトムが答えるが、どうやらこんな風にいきなり襲い掛かってくるような人間ではないらしい。

 ティマが戸惑いの声を漏らすが、マルスはとにかく現状をどうにかすべきだと言う。確かに今のままでは状況は好転しない。


「……そうだな。彼がどうしてノゾムにこんな事を仕掛けてきたのか理由は分からないが、今は彼を止めることを優先すべきだ」


「……そうだけど、どうするのアイ? 私の魔法で結界を壊してもすぐに再生しちゃうよ?」


「それについてだけど、一番確実なのは彼の魔道具を破壊するか、使用不能してしまうことだと思う。彼の自作らしいし、外観を見る限りおそらく急ごしらえの物のようだ」


 アイリスディーナの言うとおり、この結界の要はフェオの持つ魔道具だ。おまけにその魔道具は魔石に魔力を吸い出す符と結界を作り上げる符を貼り付けただけの簡素な物。それほど強度があるとは思えないし、肝心の符は素手でも剥がせそうだ。


「魔石の魔力がつきるまで結界を破壊し続けるって言う方法は?」


「それでも良いが、あの魔石で結界を張り直せる回数が明確でない以上、出来るだけ早く止めることを考えるなら、魔石を破壊した方が早いと思う」


 トムが魔石の魔力が尽きるまで結界を破壊する方法を提案するが、アイリスディーナは魔道具を破壊したほうがいいと判断する。

 確かに急ごしらえのため、無駄な魔力も多いだろうが、その分かなり質のいい魔石を使っているようだ。

 フェオの符術の精度にもよるが、結界を張りなおせる回数がハッキリとしないので、不確定な要素が多い。

 問題は件の魔道具が、今はフェオの懐に入れられている事。


「……みんな、ちょっと聞いて欲しい」


 アイリスディーナの一声でその場にいた全員が彼女の言葉に耳を傾けた。






 アイリスディーナ達が自分達を閉じ込めている結界をどうにかしようとしていた頃、ノゾムとフェオは未だに睨み合ったまま、相手の出方を伺っていた。


(攻めきれなかった……下手に気術を使えない以上、これで決めたかったのに……)


(今のはヒヤッとしたわ……それにしても、ここまで出来るとは思わんかった……純粋な体術ならワイより上やないか?)


 ノゾムとしては攻撃用の気術の使用を避けていたため、刀の技量で押し切るしかなかったのだが、フェオとしてもあわや急所を突かれる一歩手前まで攻められ、自分が冷や汗を掻く事になるとは思っていなかった。

 基本的にフェオと比べて身体能力で圧倒的に劣るノゾム。そのノゾムが体術のみではあるが、彼を追い詰めたことは、裏を返せばその点においてノゾムがフェオを上回っていることの証だ。



「……驚いたわ。ここまで出来るなんて思わなかった。正直、ナメてたわ」


 フェオの口から感嘆の声が漏れる。彼としてもノゾムの技量は驚嘆に値するものだった。


「……なあ、アンタ何でこんな事したんだ?」


 ノゾムが今一度フェオになぜこんなことを仕掛けてきたのかを問いかける。


「……そうやな~」


「……」


 少し考えるような素振りを見せるフェオ。ノゾムはただ黙って彼の言葉を待つ。


「ま、ええよ、話しても。ただ、次を凌げたらの話や」


 そう言葉にしたフェオは、懐から2枚の符を取り出し、全力で魔力を送り込むと、その符を空中に投げる。

 投げられた符は一拍置いた後にバチッ!という音とともに炸裂し、眩いばかりの雷となるとフェオが構えた棍に落ちた。

 彼の構えた棍は光に包まれ、得物に収まりきらない雷が紫電となって空中に走っている。

 フェオの威圧感が一気に増し、ノゾムは胸が閉めつけられるような圧迫感を感じていた。


「まあ、見ればわかるとおり、これがワイの決め技や。これを受けて無事ならノゾムの聞きたい事、なんでも話すで……」


 フェオの宣言を聞いて目を細めたノゾム。わずかの間だが沈黙が流れるが、ノゾムは刀を納刀し、抜き打ちの構えを見せることでそれに応える。


「そうこなくっちゃな!!」


 自分の提案が受け入れられ、子供のような笑顔を浮かべるフェオ。純粋にノゾムが応えてくれたことが嬉しいみたいだった。

 フェオが雷を纏った棍を頭上で回し始めた。高速で回転していく棍。初めはハッキリと棍の形が見えていたが徐々にその形は見えなくなっていき、やがて円形に変わっていく。それに伴って棍に纏っていた雷が徐々に棍の両端に集まっていった。

 

「いくで~ノゾム!」


 フェオが宣言と共に一気に踏み込んできた。

 体を大きく捻り、頭上で回転させていた棍をノゾムの左側から薙ぐように、勢いをつけて叩き込んでくる。

 ノゾムもまた踏み込みながら刀を抜刀しようとするが、その時、突然フェオの棍の端に集まっていた雷が炸裂し、一気に棍の速度を加速させてきた。


「はあ!!」


 加速したフェオの棍は勢いを増してノゾムを薙ぎ払おうとするが、ノゾムは裂帛の気合と共にすぐさま抜刀。斜め下側からフェオの棍を打ち上げるように抜き打ちを叩き込む。


(どちらにしてもまともに打ち合えば、一方的に潰されるだけ。なら……)


 刀と棍が激突し、ぶつかり合った金属が耳障りな激突音を響かせる。

 一瞬拮抗したかに見えたノゾムの抜き打ちをフェオの撃ち込みだが、やはりフェオの膂力が勝り、あっという間に拮抗を崩す。

 しかし、正面から打ち合っても勝てないと分かっているノゾムは自分の刀とフェオの棍がぶつかった瞬間、地面スレスレまで重心を落としながら抜き打ちを放った勢いのまま、大きく体を捻る。

 するとフェオの撃ち込みが刀の反りに沿って滑りながらノゾムの後方に逃げ、ノゾムはそのまま体を一回転させながら再び踏み込む。

 フェオは十分の得物を振りぬいたまま無防備な状態をさらしており、ノゾムは回転させた勢いのまま再び逆袈裟に刀を振り抜こうとする。


「もらった!!」


「甘いで! ノゾム!!」


 だがフェオの言葉が耳に入ってきた時、ノゾムは自分の目に飛び込んできた光景に一瞬目を疑った。

 フェオの後ろで舞い散る雷。先ほどフェオが自分の撃ち込みを加速させるために使った符術の残滓が急速に集まり、雷球を形成すると、先ほどの彼の撃ち込みの軌道をなぞるかのように一気に駆け抜けた。


「な!?」


 ノゾムは咄嗟に刀に気を込めて迫りくる雷を防ぐが、突進してきた雷に刀を打ち上げられ、大きく体勢を崩してしまう。


「はああああ!!」


 当然フェオがその隙を逃すはずもなく、もう一方の端に充填されていた雷の炸裂と共に、彼の棍が反対方向から薙ぎ払われる。


「クッ!!」


 ノゾムはどうにか体勢を立て直そうとするが間に合わない。咄嗟に鞘を迫りくる棍と自分の体の間に挟み込みながら、その場から飛び退こうとする。


「ガハッ!!」


 しかし、間に合わず、ノゾムは撃ち込まれた棍に吹き飛ばされた。

 体を打ち抜く衝撃で息がつまり、一瞬の浮遊感と共に目の前が真っ白になるが、どうにか受身だけは取ろうともがく。

 やがて地面に激突すると同時に真っ白だった視界が砂嵐のように不鮮明になり、浮遊感の代わりに異常なほどの痺れが全身を襲ってくる。


「ぐっ、がはぁ……」


 口の中を切ったのか、鉄くさい味が舌を刺激しているが、それでもノゾムの意識はなくなっていなかった。


(っ!!)


 再び“ドクン”という鼓動と共に目の前に紅い光景が広がる。自身の内から来る猛烈な衝動が鎌首をもたげ、それと同時に嘔吐感が込み上げてくる。

 目の前にいるフェオだけでなく、アイリスディーナ達すらも斬り裂く光景がフラッシュバックし、さらに嘔吐感が増すが、唇を噛みしめてそれに耐えようとするノゾム。

 目に映った光景を振り払うように頭を振ると紅い光景は薄れていき、彼は刀を杖にしてどうにか体を起こす。足はガクガクと震えてはいるが、しっかりと自分の足で立っことが出来た。


(師匠に感謝……かな?少なくとも意識があるだけマシか……)


 意識も朦朧としているのか、頭の中で自分の師匠に対して意味深なセリフを吐いているノゾム。彼の師に聞かれたらどういう意味かと小一時間ほど問い詰められそうだ。主に斬り合いで。


「な!!」


 たが、フェオから見れば予想外の出来事だ。いくら多少威力を削がれたとはいえ、あそこまで派手に地面に叩きつけられてはしばらく起き上がることは出来ないはずだ。


「……マジ?」


 もはや言葉も出ないまま立ち尽くすフェオ。その時、轟音と共に何かが砕け散る音が周囲に木霊した。






「みんな準備はいいか?」


 アイリスディーナの呼びかけにその場にいた全員が首肯する。


「ティマ、マルス君、頼む」


「うん」


「分かった」


 彼女は再び魔力を猛らせると、詠唱を開始。使う魔法は、先程結界を撃ち抜いたと同じ“尖岩舞”だ。

 マルスもまた気を得物である大剣に集め、風の刃を作り上げていく。

 ティマの詠唱が終わると同時に巨大な岩槍が出来上がり、彼女が杖を一振りすると岩槍は一直線に光の障壁に向かって飛翔して激突し、轟音と共に結界に大穴を空けた。


「な、なんや!?」

 

 しかし、結界に空いた大穴はフェオの魔道具によりすぐさま塞がろうとする。だが、結界に空いた大穴はすぐに小さくなってしまうが、穴が塞がりきるより先にマルスがその穴に向かって突進する。


「させるか!」


 マルスは風の刃を纏った大剣を結界の穴に突き入れると、大剣に気を全力で叩き込む。すると剣身に纏った風の刃が、閉じかけていた結界の穴を再び円状に大きく広げていく。


「今だ!!」


「ナイスだ、マルス君!」


 マルスの呼びかけと共にアイリスディーナが即時展開で魔法を発動。空中に形成された魔力弾が打ち出され、マルスが維持している結界の穴を通ってフェオに襲いかかった。


「クッ!!」


 フェオは襲い掛かってくる魔力弾を手に持った棍を回転させて薙ぎ払うが、それでもアイリスディーナの魔力弾は魔力、精度共に高く、初級魔法にしてはかなりの威力を持っている。

 フェオは向かってきた魔力弾を弾き返すことには成功したが、アイリスディーナが立て続けに魔力弾を放ってきた。彼女の放つ魔力弾は間隙なく正確にフェオを捉えているため、彼は完全に足が止まってしまう。


(ア、アカン! なんか一瞬で不味い状況になっとる!!)


 アイリスの魔力弾を弾いていたフェオだが、いつの間にか釘づけにされている状況に一瞬焦りの表情が浮かぶ。

 だが、漆黒の魔力弾の雨を捌いていたフェオの視界に、閃光が奔った瞬間。凄まじい衝撃が腕に走り、思わず持っていた棍を取り落してしまう。


「グッ!」


 自分の得物を落としてしまったフェオに数発の魔力弾が当たるが、彼は被弾しながらも無理矢理体を動かしてアイリスディーナの魔法を避けようとする。


「な、なんや!!」


 フェオが突然の衝撃の正体を確かめようと閃光が奔ってきた方向に目を向けると、そこには弓を構えているシーナがいた。

 実は本命は彼女の放つ高威力の魔力矢で、アイリスディーナの魔力弾はあくまで足止め用と彼女の矢を隠すための物だった。

 だがこれもあくまで布石でしかない。被弾した魔力弾で体勢が崩れていたフェオの目の前に人影が現れる。


「ハァ~イ、フェオ!」


「……げ、ミムル!」


 フェオのすぐ傍まで来ていたのはミムルだった。彼女はシーナの矢でフェオが体勢を崩している隙に結界の穴を通り、彼の死角から間合いを詰めてきたのだ。

 彼女は持っていたナイフを一閃させると、フェオの制服の胸元を切り裂き、ポロリと落ちてきた魔石を空中でキャッチする。


「ごめんね~。これ貰っていくわ!」


「あ、ちょ、こら! ドロボウ!!」


 フェオが何やらゴチャゴチャ言っているのを無視して、ミムルは魔石に張り付けられている符を2枚とも引きはがし、ビリビリに破くとグシャグシャと纏めてポイッと投げ捨ててしまう。

 結界を維持していた符が無くなったことでアイリスディーナ達を覆っていた光の障壁も消え去る。


「こ、これは流石に不味いわ!!」


 結界が無くなってしまった事で自分の不利を悟ったフェオ。すぐさま逃走を決め、一目散に逃げ始めたが、突然、浮遊感を感じると足元の地面の感覚がなくなっていた。


「……あれ?」


 不思議に思って彼が自分の足元を見ると、そこにはあるはずの地面が無く、大きな穴が開くいていた。


「な、なんやこれ~~!!」


 当然、彼は重力から逃れる術など持っていないため、むなしい悲鳴と共に暗い穴へと落ちていった。






「ど、どうも~皆さん、ごきげんよう……」


 フェオの空々しい挨拶が夕焼けの空に木霊している。

 彼は首だけを地面から出した状態で、それ以外の体の全てが地面に埋まっていた。 


「しかしナイスフォローだな、トム。お前がいなかったらこの狐を取り逃がしていたかもしれねえ」


「まあ、とりあえず捕まえておいた方が良いと思ったからね。でも大したことじゃないよ? 使った魔法も簡単なものだし……」


「いや、いい判断だったと思うわよ。私だとあの時間で精霊と契約は出来ないし……」


 実はフェオの足元に出現した落とし穴は、トムの魔法だった。フェオが逃走することを読んで、皆がフェオの相手をしている間に詠唱をして、予め仕掛けておいたのだ。

 単純に足元に穴を作るだけの魔法だが、落とし穴としては十分だった。

 ちなみのノゾムは今アイリスディーナに治癒魔法を掛けてもらっている。


「……あれ?シーナって精霊魔法って使えたんか? ワイ、同じクラスだけど見たことなかったんやけど?」


「ど、どうでもいいでしょう。それより貴方、なんでこんなことしたのよ!」


 精霊魔法を使えたことを問い詰められ、慌てて話題を逸らしシーナ。だがフェオがノゾムに挑んできた理由が気になっていたのはみんな同じのようで、首だけになっているフェオに視線が集まる。

 ノゾムもまたその理由が気になっていたので、治癒魔法を掛けてもらいながらもしっかりとフェオを見据えていた。


「……そうやな。まあ、ノゾムから見れば大した理由やない。単純にアンタの事を知りたかったんや」


 そう言い放ったフェオは話を続けていく。


「ソルミナティは良くも悪くも実力主義や。強ければよし、弱いやつには目もくれない、そんなつまらん場所や」


 本当に詰まらなそうに鼻を鳴らすフェオ。その表情には呆れがありありと映っており、どうやら彼は本心で言っているようだ。


「ま、それでもはじめはワイなりにワクワクしとったし、強くなるのは楽しかった。でもやっぱり飽きるんよ……」


 地面に埋まっていて見えないが、肩をすくめるような仕草をするフェオ。だが次の瞬間にはキラキラとした子供の様な目でノゾムを見上げる。


「そんな時にアンタが目に止まったんや! “黒髪姫”と“四音階の紡ぎ手”ついでに学園で手の付けられない問題児! そんな集まりができたって聞いて“これは面白いことに違いない”と思ったんや!!  そうやったらいてもたってもいられなくなってな~。つい色々やってしまったんや~~」


 アハハハとヘラヘラした顔でそう漏らすフェオ。


「……つまり、君は完全な自分の興味本位でこんなことを仕掛けたと?」


「ま、有体に言えばそうなるな~~」


 その言葉に頭痛を覚えたのか、こめかみを抑えたアイリスディーナの問いかけを肯定するフェオ。


「……君は……」


「信じられない……」


「ハ、アハハハハ……」


 アイリスディーナとシーナの口からはもはや呆れた声しか出ず、ノゾムも乾いたような笑い声を漏らすだけだった。


「ノゾム、なんでそんなにヘラヘラしてんだ! こいつの話の通りなら校舎裏での出来事もコイツの所為なんだぞ!」


「まあ、ね。でもまあ、あの出来事はフェオがどうにかしなくてもいずれ起きたと思うしね。あまり気にはしていないんだ」


(龍殺しの事は知らないみたいだし……)


 ノゾムの煮え切らない態度にマルスが苦言を言ってくるが、ノゾムとしては自分が龍殺しであることがバレていることも予想していたため、ただの興味本位であるという事に安心していたところもあった。


「……でどうするの? ノゾム君。この場合、君が彼をどうするか決めるべきだと思うけど……」


「そうだな。別に大事にするつもりはないよ。大変な目に合ったけど、別に悪意があったってわけじゃないみたいだし……まあ、少しやり過ぎだとは思うけど……」


「お! 流石ノゾム! いい男は違うな~~!!」


 何やら調子のいいことを言っているフェオだが、ノゾムとしては大事にするつもりはないが、このまま許す気もなかった。


「……でもまあ、やり過ぎなことには変わらないんだよね……」


「……え? なんか嫌な予感がするんやけど……」


 ノゾムの一言で妙な緊張感が漂い始める。


「オーイ、みんな!!」


「ノゾムさん! お待たせしましたー!!」


 その時、ミムルとソミアの声が響いた。ミムルはなぜかその手に麻袋を持っている。


「あれ? 何やっていたんだあの2人?」


「まあ、ちょっと頼みごとをね……」


 ミムルとソミアはノゾムの元に駆け寄ると1つの麻袋を手渡す。何かが入っているのか、麻袋からはガサガサという音が聞こえており、モゾモゾと動いている。


「はい! ノゾム君。これでいいの!?」


「うん。ありがとう2人とも」


「あ、あの……それ何に使うんですか?」


「ん?悪戯狐のお仕置き」


 そう言ったノゾムはフェオに振り返ると、ゆっくりと彼の方に歩み寄っていく。これ見よがしに袋を抱えているところが何やら妙に恐怖感を煽り、フェオの背中にはゾクリと寒気が走った。


「……な、なあノゾム?その袋の中身は何かいな?」


「……この森って色々な虫がいるんだよ。食べられる奴から毒を持っている奴まで様々でな。それでも調合とか薬を作る時とにかなり役に立つような虫も多いから、折角だしお近づきの証にプレゼントしようと思ってな……」


「……あの、謹んで、ご辞退……」


 フェオの言葉を待たずにノゾムは袋の口を開くとそのまま麻袋を地面から出ているフェオの頭に被せた。当然中には無数の虫が蠢いている。しかもご丁寧に被せた後に袋の口を縛り、虫が外に逃げないようにする徹底ぶり。


「ぎゃああああああ! なんか! なんかいる! チクチクしてヌメヌメしてギトギトしてゾワゾワして……」


 夕焼けの空を引き裂くようなフェオの悲鳴が辺りに響き渡る。

 真っ暗で見えない状態の上、自分の顔中を這い回る虫達。想像しただけで身の毛もよだつような事であり、事実女性陣は完全にドン引き状態だった。虫を取ってきたソミアとミムルの顔からも完全に血の気が引いている。

 

「うわ!今なんか首に巻き付いた!! ギャ! 耳、耳の中になんか入ってきた!! フブゥ! 鼻、鼻の中にも何も入ってきた!!」


「さて、なんか日が落ちてきちゃったし帰ろうか」


「な、なあノゾム。あれ、どうすんだ?」


「ん? 放置でいいんじゃない? 見た目や触った時の感触はともかく、別に害になるような虫は入っていないし、(師匠なら入れたかもしれないけど……)」


 そんな周囲の反応を余所に、ノゾムはなんだか清々しい顔でマルスの問いかけに答えるが、その笑顔にマルスの背中に冷や汗が流れ、自然と尻込みしてしまう。


「そ、そうか、ならいいの……か?」


「いいよ、ほっとこう。彼ほどの実力者なら自力でどうにかするさ」


 そう言いながらフェオを放置して帰ろうとするノゾム。

 他のみんなもまたフェオに同情の視線を送るが、今の彼に何かを言えるような猛者はおらず、ポツリポツリとその場を離れ、街に向かって歩きはじめる。みんな何度か後ろを振り返ってしまったのは仕方のない事だろう。


「……お前、実は相当怒ってたんだな」


 マルスが呟く様に漏らした一言は後ろから聞こえる悲鳴にかき消され、ノゾムの耳に入ることはなかった。





お待たせしました。第5章第7節投稿しました。

とりあえずフェオについては一段落つきました。


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