第5章第2節
アイリスディーナ達と校門で分かれ、朝礼の後、ノゾムとマルスは午前の授業のために訓練場にきていた。
授業内容は3学年から始まった集団戦を意識した実践形式の模擬戦であり、今は訓練場にきた生徒達が剣を振ったり、パーティーのメンバーと話をしたりして、授業が始まるまでの時間を思い思いに過ごしている。
「ノゾム、ちょっといいか?」
「ん?なんだ、マルス」
ノゾムは自分の獲物の確認をしていたが、横からマルスに声をかけられた。
「今日の模擬戦なんだが、少し試してみたいことがあるんだ」
「?何を試す気なんだ?」
「……俺さ、ティマの奴からちょっと魔法を習っていたけど、今日の模擬戦でちょっとその成果を見てみたいんだ」
「……それで?」
話によると、どうやらマルスはティマと一緒に訓練してきたことを模擬戦で試してみたいらしい。
ノゾムもマルスがここ最近、ティマと一緒に魔法の勉強をしていることは知っていたので、とりあえず話を聞いてみようと思い話を促す。
「……まあ、習ってきたって言っても、正直まだまだだ。アイリスディーナみたいに上手く出来るわけがねえ。だから出来るだけ1対1の状況で試したいんだ」
「……つまり、おれにほかのメンバーを引きつけろと?」
どうやらマルスは、自分の魔法を使ってみたいとは思っていたが、今一自信がないらしい。
「……ああ、正直お前にばかり負担を掛けちまうことになるが、こんな模擬戦できっちり使えなきゃ実戦の時には使い物にならねえ。……頼めるか?」
「まあ、やってみるけど……俺自身どこまで引き付けていられるか分からないぞ? 俺は魔法とか使えないし、気術も攻撃用の奴は危ないから使えないし」
「ほんの少しでいいんだ。頼むぜ。それにお前なら問題ないだろ。逆に倒せるんじゃないか?」
「……接近戦なら多分ね。それに聞きたいんだけど、どうして模擬戦で使おうって思ったんだ? 話の内容から考えると、もう少し練習してからでもいいような気がするけど……」
「いや……まあ、その……。……やっぱり俺って机の上でゴチャゴチャ考えるより、剣振って覚える方が性に合っているからさ、そっちの方が覚えやすいと思ったんだ」
ノゾムは妙に歯切れの悪いマルスの回答に首を傾げるが、彼の言っていることが分からなくはない。
マルスの性格を考えれば、机の上に齧り付いているよりも、剣を振っている方が似合っている。ものの覚え方は人それぞれだ。
本人に合うと思える方法があるのなら、それを試してみるのもいいだろうとノゾムは思った。
それにこれはあくまで模擬戦。いろいろなことを試し、研鑽するための時間なのだから。
「……分かった、やってみるよ」
まあ、攻撃用の気術を使わない場合、ノゾムが相手を打倒するには接近戦に持ち込むしかないが、ノゾムも成長している。相手との相性もあるが、即座に負けることはないだろう。
「じゃあ俺が初めに前に出る。マルスは俺の後に続いて自分の使いたい魔法を使ってくれ」
「頼む」
「は~い。みんな、集まって~~。授業を始めるわよ~~」
フォローするから好きに動けと言うノゾム。それに対してマルスが一言お礼を言った時、アンリ先生の声が訓練場に木霊した。
各々準備していた生徒達は、その声とともに彼女の元に集まっていく。
ノゾムとマルスは互いに頷くと、ほかの生徒達と同じように彼女のところに向かって歩き始めた。
「あいつらが俺たちの相手か……」
マルスがそう呟きながら、向かい合った模擬戦の相手を見つめる。
相手は10階級の中では中程か、少し低めの相手であり、授業でノゾムが初めてマルスと組んだときに戦った相手だった。ただ、以前と違い数は5人。
前衛が長剣を構えている男子生徒が2人。名前がジンとトミー。
槍を構えている生徒がデック。
後衛には、短刀使いで魔法も使えるキャミという女子生徒、それに魔法使いの女の子、ハムリアが新たに加わっている。
対するノゾム達のパーティーの方は、相変わらずノゾムとマルスのみ。
「それじゃあ~、はじめ~~!」
アンリ先生の気の抜けた声と共に模擬戦がはじまる。
「ふっ!!」
「な!?」
開始の合図と共にノゾムがジンに向かって瞬脚を使い、一気に間合いを詰める。
今までの模擬戦では、ノゾムはマルスのフォローに回っていたことが多かった。
今回も実はそうなのだが、相手はマルスが先陣を切ると思っていたため、いの一番にノゾムが突進してきたことに驚くが、相手も10階級とはいえこの学園で学んできた人間。すぐに剣を掲げてノゾムの斬撃を受け止める。
しかし、ノゾムもそれは織り込み済み。自分の刀が相手に受け止められる瞬間に力を抜いて刀を流すと、斬撃の勢いを利用してそのまま体を1回転し、回し蹴りを放った。
ノゾムの回し蹴りは掲げたジンの剣に受け止められたが、ノゾムはあらかじめ脚部に気を込めておき、回し蹴りが当たる瞬間に圧縮していた気を開放。ジンは至近距離で爆発した気の勢いで掲げていた剣を跳ね上げられ、大きく体勢を崩す。
ノゾムはさらに両手を腰だめに構えて気を圧縮し、震砲を相手に打ち込む。
剣を持っていた男子生徒は再び至近距離から放たれた気の奔流で大きく吹き飛ばされ、後ろで詠唱を行っていたキャミを巻き込んでいった。
ノゾムは再び瞬脚を発動。向かった先は一番後ろで詠唱を行っているハムリア。
「えっ!?」
僅か数秒で前衛を突破してきたノゾムに詠唱を行っていたハムリアが呆けたような声を上げるが、ノゾムはかまわず刀を薙ぎ払う。
「ちっ!」
しかし、斬撃は間に割り込んできたもう一人の男子生徒、トミーの剣に阻まれた。
「ふっ!」
だがノゾムはかまわず刀を振るい、連撃をトミーに打ち込む。
元々ノゾムの目的は相手の大半を引き付けてマルスが自由に動けるようにすること。
現にマルスのほうはデックと一対一の状況になっていた。
「うおりゃああ!!」
「くそ!!」
マルスの方は今のところ彼が押している。元々のマルスの力量を考えれば当然なのだが、どことなく動きがぎこちないのは、どうやら魔法をすでに使っているかららしい。
よく見ると、マルスの大剣には刀身に纏わりついた気術“塵風刃”に隠れてうっすらと魔力光が見える。
おそらく大剣の刀身自体にも魔力を込めているらしい。
しかし、ノゾムが見た限り、どの術も中途半端で、本来の彼の持ち味である力強さが全く感じられなかった。
「こいつ!」
「うわ!!」
打ち合っていたトミーが、ノゾムがマルスのほうに意識を向けた隙を狙って力ずくで押し返してきた。
その力に押され、ノゾムは僅かに後退すると、今度は先ほど震砲で吹き飛ばしたジンが体勢を立て直し、反対側から斬りかかってきた。
「でえぇぇい!」
ノゾムは袈裟懸けに切り払われた剣を紙一重で見切って避け、瞬脚で距離を取ろうとするが、今度はキャミがノゾムの進行方向に回りこんでくる。
「はあ!!」
キャミの両手の短剣が振るわれ、それぞれノゾムの首筋と胴を狙ってくる。
ノゾムは瞬脚の勢いを殺さずにそのまま突っ込みながら、振るわれた短剣を刀と鞘で受け止めつつ体を捻ると、彼の体は打ち込まれた力で横に流れ、そのまま脇を抜けつつ彼女を軸にしてノゾムは1回転。彼女の背面に回り込んだ。
「え?」
キャミには、自分は確かにノゾムに短剣を打ち込んだと思ったらいつの間にか攻撃した相手に後ろに回り込まれていたため、彼女は一瞬呆けたような声を上げるが、ノゾムはこの機会を逃すことはしない。
ノゾムが彼女の背中に震砲を打ち込むと、華奢な彼女の体は木の葉のように吹き飛ぶ。
彼女が吹き飛んだ先には、ノゾムと間合いを詰めようとしていたトミーがおり、今度はトミーが巻き込まれる。
「あう~~~」
ジンと比べて体の軽い彼女。2度に渡る衝突の衝撃で完全に目を回してしまった。
「な!?」
「くそ!!」
格下と思っていた相手に一人倒されたことに驚愕し、焦るジンとトミ-。2人掛かりでノゾムに剣を叩き込もうとするが、ノゾムは動き回って2人に挟撃されないようにしながら、打ちこまれた斬撃を刀と鞘で捌く。
もっともノゾムが動き回っているのは、真正面から受けてしまえば力で劣るノゾムでは受け流せないためであるのだが。
その間にもノゾムは詠唱しようとしているハムリアの方に適度に視線を飛ばし、自分の方に意識を向けさせる。
彼女も予想外の出来事に焦っているのか、詠唱に集中できていない。
何せノゾムは2人の追撃が少しでも緩めば、即座に瞬脚で彼女めがけて駆け出そうとするのだ。イヤでも意識が行くだろう。
しかも仲間のマルスもノゾムも接近戦をしているので、仲間を巻き込むことを恐れて、彼女は魔法を撃てない。
(……まあ、時間稼ぎならこれでいいよな。……“幻無”や“アレ”を使う訳じゃないし……)
今朝の夢。ティアマットや自分の力の暴走を恐れるノゾムは極力自分の力を使わない方法を選択し、今まで培った生存能力で時間稼ぎに徹することを選択した。
ノゾムとしては今回の模擬戦はマルスが主役であり、自分はおまけだという認識もある。
「お、おい。どういうことだよ……」
「い、いや。俺に分かるかよ……」
もっとも、ノゾムの実力をよく知らないメンバーから見れば、目を疑うような光景である。
この学年の最底辺で、自分達よりさらに底辺にいると思っていた相手が、同じ10階級のクラスの人間相手とはいえ、複数相手に善戦しているのだ。
それに、斬りかかってくる相手を捌いているノゾムの表情にはまだ余裕がある。
今までノゾムの実力は自分達よりも低いと思っていた彼らだが、この状況を見ればイヤでも彼と自分達との力の差を理解できる。それを受け入れるかどうかは別として。
ノゾムがその実力の一端を見せている時、マルスは彼らしくもなく苦戦していた。
「くそ!」
俺は1対1にも拘らず、攻めきれない自分に苛立ち、唇をかみしめていた。
気術“塵風刃”と魔力による強化魔法をかけた大剣を振るうが、思うように扱えない。
塵風刃による風の刃と強化魔法によって高められた大剣の強度と切れ味は、確かに俺の剣を今までとは比べ物にならない程強固なものにしてくれている。
だが、気術と魔法という、まったく異なる体系の技術の同時行使は、今までの気術のみ、又は魔法のみの行使とは比べ物にならないほどの制御技術を必要としており、俺はこの異種術を全く使いこなせていなかった。
おまけに術の制御に手一杯で、目の前の相手に集中できない。
普段なら魔獣の巨体も吹き飛ばせる斬撃は相手の槍にいなされ、代わりに相手の突きが俺の首元めがけて突き込まれる。
「くっ!!」
俺は咄嗟に手甲で相手の槍を弾くが、そのせいで片手が塞がってしまい、相手に追撃を許してしまう。
槍使いの相手、確か名前はデックだったか……。そいつは連続で突きを見舞ってくるが、俺は手甲で防ぎつつ、その連撃の内の一突きに狙いを定めて力ずくで上に弾き飛ばすと、そのまま大剣を打ち込むが、片手では思うように剣を振れず、デックに槍で受け止められてしまう。
「こいつ!!」
「ぐううううう!」
俺とデックは真正面から組みあい、鍔迫り合いとなるが、俺はデックを押しきれない。
魔法と気術の同時行使の影響で、俺の使うあらゆる術が中途半端なものになってしまっているのが原因だった。
塵風刃の風の刃は今までの俺が使ってきた術と同じものとは思えないほど弱く、気術による身体強化もほとんどできていない。
俺の体捌き自体も、術の制御に気を取られているせいで精彩が無かった。
ちらりと視界にノゾムの姿が映る。
アイツはジンとトミーの2人を捌きながら時々詠唱をしているハムリアに牽制をしている。相変わらずの判断能力と視野の広さだ。
しかもアイツは“幻無”といった攻撃用の気術をほとんど使用していない。使ったのは気の奔流で相手を吹き飛ばす“震砲”だけ。
「くそっ!!」
精密かつ繊細な動きで相手を翻弄するノゾムに比べて、今の俺の動きは鈍亀のように鈍く、まるで比較にならない。
それが俺とアイツの差を如実に語っているようで、どうしようもないほどに俺を苛立たせ、焦らせる。
2年末の時、アイツの実力を確かめたときは、大した奴だと思った。
能力抑圧なんて枷があるにもかかわらず、あれだけの実力を手に入れたあいつの努力は俺が思っていたよりもずっとすごいんだってことは頭の悪い俺でも分かったし、それを考えたら、アイツに難癖つけるだけだった自分が酷く情けなく感じた。
何だかんだで一緒に鍛練するようになって、その時にアイツの気術“幻無”を見た。
一瞬で抜き放たれた刀と、その瞬間に俺の目の前を通り過ぎた刃、岩を容易く両断するほどに研ぎ澄まされ、極圧縮された気刃。
正直に言って……見惚れた。
アイツに内緒で俺にもできないかと試してみたが、元々大雑把な性格もあるのか、剣に込めた気はゆらゆらと揺れるだけで、とてもアイツみたいな気刃は作れなかった。
その時だった。俺が、俺にできる、アイツの気刀に匹敵する剣が欲しくなったのは。
正直子供っぽいと言われればそれまでだが、欲しくなってしまったものは仕方がなかった。
その後、アイリスディーナ達に会い、魔法と気術を同時に使う事を思い付いたが、案の定制御が難しすぎて全くできない。
昔の教科書や魔法書を読んでみても、元々その手の類の勉強などをサボっていたせいで、全く分からなかった。
ティマが色々教えてくれなかったら、未だに教科書片手に頭を唸らせていただろう。もっとも気術と同時に使える魔法も武器の強化魔法しかできないが。
おまけに成功率も低く、未だに練習では1割を切っている。今日使えたのが不思議なくらいだった。
アイツの背中が遠く感じる。
俺がアイツの差を決定的に感じたのは、ノゾムがルガトと戦った時。
Sランクという大陸でも有数の強者を相手にしたとき、俺もアイリスディーナ達も成す術がなかった。
自分の得物が無かったことも、ソミアが人質になってしまっていたこともあったが、それでも俺達は容易く叩きのめされた。文字どおり格の違う相手だった。
桁外れの魔力と10の魔法を同時に行使する高度な技術。
あのアリスディーナですら軽くいなす相手に、本当の強者との差を叩きこまれた。
そして、その強者であるルガトを倒したノゾム。
能力抑圧を解除したときのアイツは、俺の予想を遥かに超えていて、それ故に胸の内の焦りは大きくなり続け、ぎこちない俺の剣をさらに酷いものにしていく。
(焦るな!)
いくらそう自分に呼びかけても、焦りは消えてくれず、結局時間切れになるまで俺の作った俺の剣はナマクラなままだった。




