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第4章後日談

お待たせしました。第4章後日談、投稿しました。

「……ふう、やっと終わった……」


「まあ仕方ないよミムル。事が事みたいだし」




 あの黒い魔獣を倒し、昼過ぎにアルカザムに帰還したノゾム達は、すぐさま黒い魔獣について学園に報告した。

 結果、この件を重要視した学園側により、4人は即座にジハード・ラウンデルの執務室でこの件に関しての詳細な説明を行うことになった。

 報告を終え、執務室から出てきたミムルが疲れたように溜息を吐き、その様子にトムが苦笑する。

 彼の右腕には包帯が巻かれ、その腕を三角布で釣り上げている。

 魔獣についての報告を終えた後、ジハードはノゾム達に労いの言葉をかけた跡、この話は学園が念入りに調査し、公表するまで心の内に留めておくよう厳命した。



「まあ、シーナの話だとフォスキーアの森を滅ぼした魔獣に関係しているみたいだから慎重になっているんだと思うよ」



 あの後、街へ帰る森の中で、シーナは自分の過去をミムル達に告白していた。

 魔獣の大侵攻で故郷であるフォスキーアの森が滅ぼされ、自分の家族が魔獣から自分を逃がすために犠牲になったこと。

 大事な人たちが殺されていく中、何もできず、ただ逃げることしかできなかった自分が許せなくて、強くなることを決め、このソルミナティ学園に来たこと。

 そして、そのことに囚われるあまり、精霊たちと疎遠になり、目の前に敵の魔獣が現れた時、頭に血が昇って我を忘れたこと。

 当然、あの黒い魔獣についても話していた。故郷を襲った個体ではなかったものの、雰囲気や黒く瘴気のようなものを纏っていたところ、そして体表の無数の紅い目が一致していたことから、無関係とは思えなかった。

 ノゾムはあの魔獣について報告していた時の様子を思い出す。



 報告の為にノゾム達が執務室に入ったとき、この部屋の主であるジハードは執務を行う机に座っていて、その隣にノゾムのクラスの担任であるアンリ先生とシーナ達のクラスの担任であるインダ先生がおり、ノゾム達の報告を待っていた。


 インダ先生は非常に真面目な女性であり、礼儀や勤務態度も非常に素晴らしく、また本人の能力も非常に優秀であるが、融通が利かない教師としても知れられている。

 彼女はその硬い考えゆえに、リサと交際しながら浮気をし、かつ最下位の生徒であるといわれているノゾムの事を良く想っておらず、この学園にいる人間としてふさわしくないと考えている人物の一人だ。

 優秀ゆえに、忙しいジハードに変わって1階級の授業を受け持つこともあり、アイリスディーナに対してノゾムに近づかないように言い含めたのも彼女である。

 彼女はシーナの傍にノゾムがいることに気付くと、終始眉間にしわを寄せていた。



「黒い魔獣?」


「はい。私達は郊外の森の中でその魔獣と遭遇しましたが、それが私の故郷、ネブラを滅ぼした魔獣と共通点が多いのです。」



 そう言ってシーナはあの魔獣の特徴と危険性、そして自分が10年前に見た故郷を滅ぼした魔獣について、家族の事も含めて話していった。



「そうか……」


「うう、グスグス……」



 ジハードは机の上に手を組んで沈痛な表情で視線を落とし、アンリに至っては貰い泣きしてしまっていた。


 

「事の次第は分かった。よく無事だったな。この件とかの魔獣については、ギルドや警備隊に周知徹底させておくが、お前たちはこの事を不必要に口外するな」


「……それは、かの魔獣が私の故郷を滅ぼした魔獣と酷似しているからですか?」


「そうだ。あの大侵攻による傷は未だに根深い。不必要に口外して下手に不安を煽ってしまえば、混乱を招いてしまうだろう」



 確かに、あの災厄による傷痕は直りきってはいない。その証拠がこのソルミナティ学園であり、各国が人材発掘に躍起になっている理由の一つだ。

 それだけではない。あの魔獣の侵攻による恐怖は、一般市民にも浸透している。



「話を聞いた限りではお前たちが遭遇した魔獣は、ネブラを落とした魔獣達に比べてもやや劣っているようだ。おまけに今まで複数の目撃情報があるわけではないところから考えると、今回の魔獣はおそらく単独だろう。しばらくは調査して情報を集める必要性がある。お前達の持ち帰った魔石や森に残してきた魔獣の死体も含めて、多方面から調査していく」



 ノゾム達がかの魔獣を倒した後、まるで粘土細工のように崩れ去った魔獣の後には、グチャグチャに混ざり合った肉塊とメチャクチャにねじ曲がった骨、そして巨大な魔石と呼ばれるものが残っていた。

 肉塊と骨については一部ワイルドドックの様な四足の獣の特徴があったものの、ほとんどがメチャクチャでつかみどころが無く、まるで種類の違う複数の魔獣を無理やり押し込めたようだった。

 魔石とはその名の通り、魔力が自然界の鉱石に宿ったり、集まって結晶化したりした石の総称のことで、その意志に宿る魔力は錬金術や魔法使いの儀式魔法など、様々なことに利用できる。

 魔力を扱う魔獣の中にはこの魔石を体内で生成している魔獣もおり、流通している魔石については、普通は自然界に存在するものを採取したものが出回っているが、中には魔獣の生成したものが売り出されていることもある。

 そして、魔獣が生成したものは自然界で発生したものに比べても純度が高く、良質なものが多い。

 ただ純度の高い魔石を持つ魔獣は総じて強力な存在であることが多いうえ、すべての強力な魔獣が魔石を生成するわけではない。

 人工的に魔石が作れないわけではないが、魔石の生成は時間と手間がかかる。

 本来明確な形を持たない魔力を結晶化するには凄まじい圧力で押し固めるか、時間をかけて触媒にゆっくりと魔力を注ぎ続け、結晶化を待つしかないためだ。

 今回あの魔獣から出てきた魔石は、保有している魔力の純度、量ともに市場ではほどんど出回らないほどの物であり、その魔石を学園に渡す対価として、4人には臨時収入というにはちょっと高すぎるお金が入ってくることになった。

 言い返せば、“学園が高く買い取るからこの件についてはいう事を聞け”とも取れる。



「ひとつ、聞きたいことがあります。ジハード先生はかの魔獣についてご存知なのですか?」



 シーナがジハード先生の話に一歩踏み込んだ質問をした。普通に考えれば、答えてくれるはずのない質問。しかしシーナとしても、この件については引き下がるわけにはいかなかった。



「…………」


「…………」



 シーナとジハード、二人の視線が衝突する。ジハードはその厳つい顔に皺を寄せて睨み見つけているが、シーナも一歩も引かずにその視線を受け止める。



「……全てを知っているわけではない。かの魔獣については不明確なところが多すぎるのだ。ただ分かっているのは、大侵攻の際に複数の目撃情報があり、大侵攻によって滅ぼされた国で、例外なくかの魔獣の目撃情報があることだ」



 シーナの意志が固いことを悟ったのか、ジハードが重々しく、その口を開いた。



「ただ、そのときの魔獣の姿形、性質、どれもが千差万別で、決まった形を持ってはいない。時に獣、時には鳥、時には植物の形で現れている。ただ、黒く瘴気を放つ体表と無数の赤い眼は共通しているがな。」



 話の限りではジハードもかの魔獣の詳細を知らないらしい。



「もう一度いうが、この件については生徒達には口外しないようにしなさい。」



 ジハードが4人に念を押す。

 彼の判断ももっともだろう、内容が大侵攻に関わる内容なだけに、慎重にならざるをえないのだ。

 いくら隠匿しても人が情報を扱う以上、魔獣の事がいずれ漏れてしまうかもしれないが、少なくとも調査に必要な時間だけは稼ぎたいのだろう。ギルドや警備隊にも話を通すあたり、いざという時にも対処できるようにするつもりなのだ。ノゾム達としても自分達の所為でパニックなど真っ平ごめんだった。


 ノゾム達は所詮一学生に過ぎない。

 いまだに社会的に未熟者である以上、銀虹騎士団に所属し、このアルカザムでも屈指の発言力を持つジハードにそういわれてしまえば、頷くしかなかった。

 その後、4人は、アンリとインダの2人の担任に付き添われてジハードの執務室を退室した。






 報告の時の事を思い出していたノゾムだが、目の前でちょっと驚くことが起こっていた。



「あ、あの……」


「いっぱい辛い目にあったんだね……大変だったよね~~。うう、なんていい娘なの!!」


「きゃ!」



 退室すると、シーナの過去を聞いて涙ぐんでいたアンリ先生が、彼女に抱きついてきたのだ。どうやら先ほどのシーナの昔話に感極まってしまったらしい。

 当のシーナはうろたえてしまい、可愛い悲鳴を上げていた。家族を失い、復讐と故郷を取り戻すことのみを追い求めてきた彼女にとって、こんなスキンシップは久しぶりだったのだろう。突然の出来事に頭がうまく回っていない様子だった。



「アンリ先生、そこまでです」


「ひゃう!!」



 シーナに抱きついたアンリを隣にいたインダが引きはがす。



「あなたはまかりなりにもこのソルミナティの教師でしょう。教師なら教師らしく、威厳を持ってください」



 毅然とした態度で同じ教師であるアンリを叱りつけるあたり、彼女の性格がよくわかる。



「あなたたちも大変でしたね。ずいぶん大変な目にあったようですが、無事で何よりです」


「いえ、彼が助けてくれましたから」



 そういってシーナはノゾムを見つめる。それに釣られてミムル達も微笑みながらノゾムに視線を移した。

 対するノゾムはいきなり話を振られたことに驚いている。



「彼、ですか……」



 インダ先生が眉をひそめてノゾムを見つめる。明らかに疑っていた。



「はい。あの魔獣に出会い、動揺して仲間を危険にさらした私を助けてくれました」


「……話を聞いた限りではとても信じられませんが」



 インダ先生がシーナの言葉に対して率直な意見を口にする。彼女としては落ちこぼれの代表格であるノゾムが優等生であるシーナたちを助けたことが信じられないのだろう。



「本当です」


「そうですよ~~。ノゾム君はとてもいい子ですよ~~」


「ア、アンリ先生……」



 ノゾムに疑いの目を向けるインダ先生に対して、シーナがはっきりと肯定し、アンリもまたノゾムを庇う。もっともアンリの場合は彼女のほんわか空気がおもいっきり場の空気を緩いものにしてしまい、真面目な話に似合わないその雰囲気のせいで、その場にいる全員が肩を落としてしまっていた。



「……ですが、彼のこの学園内での成績を考える限り、とてもそのようなことができたとは思えません。シーナさん達には悪いとは思いますが、話を聞く限り、かの魔獣から単独で逃げ切ることはベテランの冒険者でも難しいでしょう。たとえそれが出来たのだとしても、よほど運に恵まれていたのでしょうね。おそらく二度目はありません」



 取り繕うようにインダ先生が話を始める。

 彼女はシーナのことを信じても、ノゾムの実力は信じなかった。



「今回ははっきり言って運に恵まれていたから助かったようなものです。本来ならここにいる全員がこの町に戻ってくることは出来なかったでしょう。この幸運を無駄にせず、これから先を目指しなさい」



 ノゾムが生き残ったことを運だと判断するインダ、確かに彼女はノゾムの実力をその眼で見たわけでもない。

 ノゾム自身も逃げ切った後、小屋でのシーナとミムルの喧嘩が勃発し、その後シーナが先走ってしまったため、ノゾムがどうやって魔獣から逃げ切ったとかの詳細が有耶無耶になってしまっていた。

 魔獣との決着の時の事については、ミムルと一緒にシーナの契約が成されるまでの時間稼ぎをし、その詳細も話した。

 ノゾムの事を良く分かっているアンリはうんうんと頷いていたが、インダ先生は疑わしい目を向けていた。

 ジハードはじっとノゾムを見つめていたが、その目の奥にある考えをノゾムには読み取れなかった。

 ノゾムに対する先入観は未だに深い。彼が公の前でその刀を振るっていない以上、今この場で彼の実力に対する評価が覆ることは難しそうだった。



「それと、生徒間の交流について口を出すことは教師としての本分から外れるかもしれませんが、そのノゾム・バウンティスとともにいることを私は薦めません。理由は、貴方たちなら分かると思います。それでは」



 ノゾムのことを一方的に言ったインダに対してアンリやシーナ達が何か言おうとするが、彼女たちが何かを言う前にインダは踵を返して去っていった。



「もう! ノゾム君はそんな悪い子じゃありませんよ~~!!」


「ははは……」



 腰に手を当てて頬をふくらませ、プンプン怒っているアンリにノゾムの口からは苦笑が漏れた。



「はぁ……、ごめんなさいノゾム君。インダ先生も悪い人じゃないんだけど……」


「いいよ。この学園内で俺がどう思われているかはよく分かっている」


「…………」



 ノゾムの言葉にシーナの表情が曇る。トムやミムルも申し訳なさそうな表情をしてしまっていた。

 俯いていたシーナだが、意を決したように顔を上げると、あらためてノゾムと向き合う。



「改めて、あの時は助けてくれてありがとう。それと、今までごめんなさい。散々酷いこと言ってしまって……」


「僕もお礼を言わせて。ノゾム君のおかげで生きて帰ってこれた。本当にありがとう」


「そうだね。アリガト!ノゾム君。私もずいぶん助けてもらっちゃったよ」



 シーナやミムルたちが改めてノゾムにお礼を言う。その純粋な感謝の気持ちにノゾムはむず痒くなるが、同時に後ろめたさも感じていた。



「いや、俺は……」



 言葉に詰まり、視線をはずすノゾム。あの魔獣に遭遇したとき、ティアマットに対する不安や自身の暴走に対する恐怖から能力抑圧を彼は解除できなかった。そのことがノゾムの心を締め付けていく。

 ノゾムは改めてシーナを見つめる。今までの彼女はツララのような硬さと脆さ、そして薄氷の上を歩くような危うさがあったが、今の彼女は今までの彼女にはない柔らかさを感じる。

 それが仲間とともに一歩前に進んだ彼女の変化であり、仲間と本音をぶつけ合ったゆえの結果だった。

 それがノゾムには眩しく、嬉しいと思うと同時に、前に進むことができた彼女がうらやましかった。



「ノゾム君……あの……」


「ノゾム! 大丈夫か!?」


「あっ……」



 シーナが様子のおかしいノゾムに話しかけようとしたとき、廊下の奥から黒髪の少女達がこちらにやってきた。アイリスディーナ、ティマ、そしてマルスだった。

 昨日のノゾムの様子をマルスから聞いていたのかもしれない。普段の彼女らしくない大きな声だった。



「ジハード先生のところに行っていたみたいだけど、どうしたんだい?それに彼女たちは……」


「う、うん。ちょっと森でいろいろあって……」



 アイリスディーナがノゾムたちのそばに来ると、彼女はノゾムに問い掛けてきた。

 ことの詳細を話すことはジハードから禁じられているので、ノゾムがどう話したものかと迷っていると、アンリが助け船を出してくれた。



「あ、もうお昼過ぎちゃいましたよね~~。今日は先生が奢りますからみんなで一緒に食べましょうか~」



 それぞれいろいろと聞きたいこと、話したいことがあるようだが、アンリ先生のゆるゆる声に促され、正門に向かって歩き始める。

 

 ノゾムもまた足を前へ進めるが、その足取りはやはり軽快なものではない。

 肩越しに自分たちの隣を歩くシーナ達を見つめる。

 更なる闇の中に落ちてしまっていたノゾム。だが歩いていく彼女たちは再び笑い合うことが出来た。その事実はノゾムの心の中を、わずかではあるが温かくしてくれる。



 今度はアイリスディーナ達、そして隣を歩くマルスとアンリに視線を向ける。


「?なんだ?」


「どうかしたの~~」


「いや……なんでもないです」


 アイリスディーナ達は視線を送るとノゾムと同じように視線を返し、マルスたちは首をかしげて問いかけてくる。

 心配してくれた彼女たちに何も話せない自分。増大していく不安と恐怖に押しつぶされそうになるが、今は彼女たちが自分の心配してくれたことが……一人ではないと分かったことがその不安と恐怖をわずかではあるが拭い去ってくれているのをノゾムは感じていた。





いかがだったでしょうか。これにて第4章は終了です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読んでの感想ですが、主人公のメンタルがいつまでも雑魚で成長がほぼ見られないのが読んでいてイライラさせられます。 師匠は同じ傷を持っているのを知っていたのだから、荒療治でもメンタルを鍛…
[一言] 教師が生徒をあからさまに差別するのは駄目ですよ…。 ましてや、根拠が無いとか論外ですね。 こんなバカを雇った人は無能としか。
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