第4章終幕
お待たせしました。第4章終幕です。
それではどうぞ。
「で、どうするんだ?」
ノゾムが立ち上がり、魔獣が消えた茂みの向こうの気配を探りながらトムに声を掛ける。シーナとミムルの方もじゃれ合いは終わったのか、彼女達も茂みの方を警戒しながらこちらにやって来た。
「ちょっと待って……シーナ、確認したいんだけど、君は何か手があったから1人で戦おうとしたんだよね?」
「そ、その……」
一人で先走ったことを気にしているのか、シーナが気まずそうな顔で言い淀む。
「ほらシーナ!勿体ぶってないで!」
「きゃ!」
ミムルがそんなシーナの背中をバンと叩いて言うように促し、シーナは可愛い声を上げる。
「えっと……精霊魔法を使おうと思って……」
「やっぱり……」
「……あれ?私、確かシーナが精霊魔法を使ったところ見たことなかったんだけど……」
トムはシーナの奥の手が精霊魔法だと分かっていたようだが、その時ミムルが口を挟んできた。
「うん、僕も見たことない……シーナ?使える?」
「そ、その……」
シーナが言葉に詰まる。先程契約をできなかったことを気にしているのか、目線を落として落ち込む。
だがその時、彼女の頬を慰めように光の粒が撫でていった。
「あっ……」
彼女が顔を上げると、彼女の周りに精霊達が放つ光の粒が集まっていた。ひとつひとつはふよふよと頼りなく漂い、吹けば消えてしまいそうなほどの小さな光だが、徐々に集まってくる光はどこか優しく、温かかった。
「……大丈夫そうだね」
「みんな……」
10年近く一方的なことしか言ってこなかったけど、それでも嬉しそうに受け入れてくれた精霊達の優しさにシーナの瞳が潤んでいく。
「よし! それじゃ「トム、来るぞ!」え?」
「ギグアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
シーナと精霊達の様子を見て安心したトムが話を続けようしたが、ノゾムの声に茂みの方に視線を戻すと、黒い魔獣が凄まじい咆哮とともに茂みから戻ってきた。
精霊達はふるふると頼りなさげに光っている所を見ると、未だに怯えているようだが、光の粒は今度は彼女の傍から離れない。
「あちゃ~。もう復活したの?全力で蹴り飛ばしたのに、復活早すぎるよ……」
「何言っているんだ。あのレベルの魔獣なら不思議じゃないだろ。トム、俺とミムルで時間を稼げばいいんだな?」
思いのほか早い魔獣の復活にミムルが悪態をつくが、その言葉にノゾムが冷静に突っ込む。ミムル達のおかげで一息つくことができ、ノゾムも冷静さを取り戻していた。
「うん。そうだけど……」
「分かった。そっちは任せる……」
トムが首肯して肯定する。ノゾムは先程のトムとシーナとの会話から、切り札が精霊魔法だと分かりその時間稼ぎをすることを決める。
精霊魔法は一度契約を交わしてしまえば、後は精霊と術者の精神力次第で凄まじい防衛能力を発揮する。問題は精霊との相性だが、先程のシーナの様子を見る限り、正式な契約を交わしていないのも関わらず、あれだけの精霊が自主的に集まったところを見ると、相性は問題ないだろう。おまけにトムも他に何か考えがあるようだ。
ノゾムが能力抑圧を解放し、未だに不安定で危険なティアマットの力に頼るよりは、はるかに確実性が高い。
「シーナ、こっちへ」
「え、え?」
トムが呆然としているシーナの手を引っ張って、後ろに下がる。それに代わるようにノゾムとミムルが前に出た。
「ミムル。君の攻撃は奴に効かなかったから、挑発してアイツの意識を逸らせてくれ。くれぐれも無理に仕掛けようとするなよ」
「大丈夫! 今度はちゃんと手を考えているよ!」
ノゾムは昨日の戦いで、ミムルの攻撃があの魔獣に全く通っていなかったことから、彼女の素早さと運動神経をフルに使って相手の意識を逸らすように指示するが、彼女は“まるで問題なし!”というように微笑むと、懐から1つの麻袋を取り出した。
「それは……」
「えい!」
ノゾムが、彼女が取り出した袋を訝しげに見つめていると、彼女は袋に手を突っ込み、取り出した赤い粉を自分の刃の刀身に塗り込んだ。彼女のナイフには昨日はなかった魔法陣が描かれている。
ナイフの刀身に紅い粉を塗り込むと、彼女は続けてナイフに魔力を送り込む。すると、ナイフに刻まれた魔方陣が光ると、その刀身赤く染まり、シュウウウ……という音をたてはじめた。
「……なるほどな」
ノゾムが納得したような声を上げる。実は彼女が刀身に塗り込んだのは、火属性の触媒で、昨日トムが黒い獣相手に魔法を使う時に使用し、ついでにノゾムを吹き飛ばしてしまった時の物だった。
かなり強い触媒だったのはノゾムも覚えており、事実彼女が送り込んだ気に触媒が反応し、刀身はかなりの熱を持っていることが見て取れる。
「まあ私ひとりじゃアイツに通用しないけど、これならあの皮膚も焼き切れるよ! それにもうひとつ!」
ミムルがそういうと、彼女の身体が変貌し始めた。すらりとした手足に茶色の体毛が生えはじめ、爪が伸びる。顔つきはより鋭くなり、猫が獲物を狙う時の様な鋭い目つきに変わっていく。
「なるほど、獣化か……」
“獣化”
山猫族などの獣人に共通した異能。
彼らの内に眠る獣の血を呼び起こし、肉体を変質させる。
肉体の変質による能力の変化は獣人達の中でも様々で、基本的に種族ごとに違ってくるが、山猫族はその敏捷性と瞬発力が強化される。
確かに、あの魔獣に対して力で対抗することが難しい以上、それ以外の方法で対抗策を見出すことが必要だ。獣化は種族によっては理性や思考能力を削られる者もいるが、山猫族の獣化にはそのような思考能力の欠如はないため、彼女の選択は正しいと言える。
「ガルアアア!!」
魔獣がノゾム達めがけて駆け出した。ノゾム達も真正面から突っ込み、魔獣を迎え撃つ。広間の中心で、2人と一匹が交差した。
「てええい!!」
瞬発力に優れたミムルが、ノゾムよりも先に魔獣と接敵する。
迫りくる2本の尾を獣化と気術で強化された身体能力で躱すと、赤く光るナイフを突き立て、一気に振り抜く。凄まじい熱を持ったナイフはその黒く淀んだ皮膚を焼き切った。
「グギャアウ!!」
昨日の事からミムルの攻撃は通用しないと思っていたのか、予想外の痛みに襲われた魔獣が吠え、その動きが一瞬鈍る。
その隙にノゾムが反対側から突っ込んでくる。納刀した刀に極圧縮した気を送り込み、裂ぱくの気合いとともに抜刀する。
放たれた気術“幻無”が魔獣の皮膚を深々と切り裂き、さらにノゾムは返す刀で気術“塵断”を先の幻無と同じ軌道で放つ。
「グギァヤアアア!!!」
皮膚を切り裂かれ、内部を抉られた魔獣の苦悶の咆哮が木霊する。
黒い獣は無数の紅い瞳に憎悪の炎を猛らせ、自分を傷つけた2人に襲いかかる。
「くっ!」
「おっと!!」
ノゾムは襲いかかってきた魔獣の顎をしゃがんで躱し、叩きつけられた爪を瞬脚で離脱して避ける。 ミムルは2本の尾が襲いかかってきたが、一本目を宙に跳んで躱し、追撃してきたもう一本の尾を空中でくるりと反転し、猫のような身軽さで躱す。
魔獣は傷つけられた怒りと自身の攻撃が当たらない事にイラついたのか、ノゾムとミムルに完全に意識を集中させており、シーナ達のことは完全に置き去りになっている。
その様子にノゾムとミムルはほくそ笑みながら、さらに時間を稼ぐために魔獣に向かって踏み込んだ。
「シーナはここに立って精霊に呼びかけて」
「ね、ねえ……」
ノゾム達が広間の中心で魔獣と戦闘を開始したとき。シーナとトムは広間の端まで移動してきていた。
「とにかく、精霊に話しかけることに集中して。僕がサポートするから」
「だ、だから……」
トムはそういうと地面に何かを描き始めた。一方的に捲し立てるように説明する彼に対して、シーナは戸惑いの声を上げ続けている。なんだかまだ気になることがあるようだ。
「大丈夫! シーナには指一本触れさせないよ!」
「違う!そうじゃない!」
トムは魔獣の事を気にしているのかと思い、安心するようシーナに呼びかけるが、トムが言ったことは彼女が気にしている事とは違っていたようで、彼女が声を上げる。
「なんで!? なんで来たの!? 私、みんなの事をあれだけ傷つけたんだよ!? 私があんな無茶しなかったらみんな無事だった! いつも強がって、人に何だかんだ言っているくせに、いざとなったら何もできない私を何で助けようとするの!?」
「シーナ……」
シーナが自分の思いの丈をブチ撒ける。過去に縛られた少女の叫びが木霊した。
「あああ! もう!! あんたバカ!?」
「……え?」
その鎖をミムルの声が切り裂く。
「相変わらず一々細かいことをグチグチグチグチ……。そんな事私にだってわからないってば!」
本音をブチ撒けたシーナに答えるように、ミムルもまた自分の想いをブチ撒けた。
彼女には大剣の様な魔獣の尾や、爪が引っ切り無しに襲いかかり、少しでも油断すれば即座に死にかねないにもかかわらず、彼女は自分の想いを口にすることをやめようとしない。
「とにかく嫌なの! モヤモヤするの!! 納得できないの!! だって仕方ないじゃん!! 気になっちゃうんだから! 相手が気になるのに……好きな相手を気にするのに一々理由なんか考えられないってば!!」
「ミムル……」
好きなのに理由なんていらないし、そんな相手を気にするのに一々理由なんて考えるのは馬鹿馬鹿しい。いつも真っ直ぐに自分の好意を表す彼女らしい言葉だった。
そのミムルの言葉に、シーナの瞳にさらに涙がたまっていく。
「僕もだね。モヤモヤする、納得できない」
ミムルの言葉に重ねるようにトムもまた自分の想いを口にしていく。
「それに……知りたいんだ。僕もミムルも、シーナの事」
「私の……事?」
呆けたようにシーナがトムの言葉を繰り返し、トムもまた彼女の言葉を肯定するように頷いた。
「うん。もっと知りたい。だって、友達で仲間だもん」
「ミムル、トム……」
「だ・か・ら!帰ったらその辺の事、洗いざらい話してもらうからね!それがシーナの罰だから!絶対に逃がさないよ!!」
迫りくる魔獣の攻撃を忙しそうに避けているが、そんなミムルの顔には笑顔が浮かんでいる。このような戦場においては余りに似つかわしくない笑顔ではあるが、その笑顔がシーナの胸に温かく染み込んでくる。
染み込んだ熱は彼女の心を優しく温め、彼女の心を覆った氷を溶かしていく。ちょうど春の陽光が、冬の間に積もった雪を溶かしていくように。
溶けた氷水は新たな糧として、彼女に新しい戦う理由を与えた。今のこの仲間たちの想いに答えたいという願いを。
「……トム。お願い」
「うん。まかせて」
再び顔を上げた彼女の顔は涙の跡の残しながらも、真っ直ぐに前を見つめていた。
私は自分の魔力を解放。再び契約魔法を行使する。解き放たれた彼女の魔力は再び広間中に広がっていき、彼女の想いを精霊達に伝え始める。
(みんな……)
自分の周りに集まってくれた精霊達。周りを漂うその光の粒、ひとつひとつに語りかけていく。
集まってくれた精霊達は、私を見ると嬉しそうにしてくれているが、やはりあの魔獣が怖いのか、戦うことには未だに及び腰のようだった。
(……怖いよね。私もそうだよ)
そんな精霊達を咎めるわけでもなく、私は優しく語りかける。その顔はいつもの強張った表情ではく、いつもより優しく笑えていたと思う。
私はもう分かっていた。精霊達も自分も怖がりであることを。
本当は楽しかった。ミムルと言い合うことも、それから始まった3人の時間も。
でも、自分の口から楽しかったとは言えなかった。楽しいって思っちゃったら、あの時の自分の無力さと悔しさが薄れてしまうような気がしたから。自分の決意。故郷を取り戻し、みんなの仇を打つことを忘れてしまいそうだった。
(でも、このままにしたくないんだ。繰り返したくないんだ。友達を、私を好きになって、守ってくれたみんなを、今度は守りたいんだ……)
もう繰り返したくない。あんな悔しくて、自分の身体が引き裂かれるような思いはもうしたくない。
そして何より、自分を好きになってくれた人たちに答えたい。守ってくれた人たちを今度は自分が守りたい。
周りには大切な人たちがいる。私の為に戦ってくれている。
ミムル、トム、そしてこの森の精霊達。
自分を助けてくれた人がいる。
ノゾム・バウンティス。
大嫌いだった人。今の印象は……お人好しだろうか?
少なくとも、他の人に比べて優しすぎるのは確かだろう。普通あれだけ罵倒した人間を逃がすために、あそこまで自分の身を張れる人はいないと思う。少なくとも私は出来そうにない。
そこまで頑張ってくれた人達。少なくともそんな人達の前で、これ以上変な恰好は見せられない。
そのためにも……。
(だからお願い……みんなの力を貸して。そして、ちょっとでいいから。いきなり強くなんてならなくていいから。今ここで、みんなで、ほんの少し、強くなろう?)
1人きりで強くなろうとしていた自分を捨てて、みんなと一緒に今の自分より、ほんの少し、強くなろう。
次の瞬間、精霊達がまるで竜巻の様に、私の周りを立ち昇っていった。
「よし!成功だ!!」
トムは立ち昇っていく光を見ながら、自分が打った手が成功したことを確信した。
その光の中で精霊達を対話をしているシーナの足元には、トムが描いた魔方陣があった。
彼の手には昨日ノゾムがシーナ達を逃がす際に渡した、この周辺の地図がある。
彼が打った手とは、シーナの契約魔法をサポートするために、彼女の周囲に契約を補助するための魔方陣を描くことだった。
精霊魔法はまず精霊と契約魔法で契約をすることが必要であり、その力はその場の精霊達によって左右される。
そのため彼は、ノゾムに渡された地図を元に彼女の周りにこの周辺の地図を転写し、それを使ってシーナの契約魔法を補助していた。
その地図は石や木の枝で森や岩を現し、水筒の水で川を表現していて、文字通り儀式魔法に使われる一種の“祭壇”であった。
祭壇によってシーナ1人の魔力ではありえないほどの精霊達が集まり、彼女を包み込んでいる精霊達はもはや光の奔流となって、周りに立ち昇っている。
戦闘が得意ではないトム。だから彼はそれ以外で自分にできることを精一杯やった。
ミムルに自分の持っていた触媒を粉末状にして渡し、彼女のナイフに付加魔法の陣を描いた。シーナの契約魔法を助ける為に、ノゾムが作った地図と自分の知識を総動員した。
「僕の出来ることはここまでか……みんな、後はお願い」
「くっ!」
ミムルとノゾムは立て続けに襲いかかってくる魔獣の攻撃を躱し続けている。魔獣の攻撃は、魔獣が怒り狂っているせいか苛烈さを増し続け、2人は防戦一方になっていった。
先程あんな啖呵を切ったせいか、ミムルはシーナの様子が気になって意識がそれる。だがその隙に魔獣が飛び掛かって、ミムルに食らいつこうとしてきた。
「や、やば!!」
次の瞬間には目の前に迫った魔獣にミムル冷や汗を流すが、ノゾムが魔獣の側面から突っ込んでミムルをフォローする。
「はあっ!」
ノゾムは気術“幻無-纏-”を使い、刀に極圧縮した気刃を付与して薙ぎ払うが、魔獣は後ろに跳んでノゾムの斬撃を避ける。
「た、助かった……ありがと!ノゾム君!!」
「油断しすぎだ! もうちょっと遅かったらあの世行きだったぞ!!」
「ゴメン、ゴメン。大丈夫だったからいいじゃない! それに私、今日はとてもノッてるんだ!!今ならジハード先生にだって勝てるような気がする!!」
「さすがにそれは言い過ぎな気がするが……」
苦言をいうノゾムに対してあっけらかんとした様子でミムルが返す。
昨日の事を考えれば緊張から動きが固まってしまうのだろうが、今の彼女にはそんな様子は全く見てとれず、むしろ驚くほどの自然体でいる。戦場という一歩間違えば死んでしまうような環境でそれをなすことがどれだけ難しいかをよく知っているノゾムにとって、今のミムルはとても頼りになると思うと同時に驚愕していた。
(確かに、昨日と比べて動きが全然違う。こっちが本来の彼女か……)
チラリと横目でシーナ達を確認すると、トムが地面にに何かしており、シーナは魔力を解放して精霊達と契約を行っている。
彼女の傍には彼女を心配していた精霊達が集まり、ふよふよと漂いながら彼女を応援している。
次の瞬間、凄まじい光の奔流が立ち昇る。シーナが精霊達と契約したのだ。
光の粒が竜巻の様に巻き上がる。荒れ狂うように動き回る精霊達だが、そこに黒い魔獣の様な威圧感や圧迫感はない。無邪気な子供の様にシーナや他の精霊達と戯れている。
光が舞い散る中、その光を優しく両手で掻き抱くシーナは本人の容姿も相まって幻想的な光景だった。
(互いに助け、支え合う……か)
背中を預けていけると思っていた親友に裏切られ、支えたいと思っていた人を失ったノゾム。自身の 不安と恐怖から人に踏み込めなくなってしまっている彼にとって、向かい合って、踏み込んで、ぶつかって、少しずつ強くなっていく今のシーナ達の姿は何よりも輝いて見えていた。
精霊達の声に身を委ねながら、シーナは目の前の黒い魔獣と対峙する。
10年前の出来事からか自然と手に力が入り、持っていた弓を固く握りしめてしまうが、そんな彼女の頬を光の粒が“大丈夫”とでもいうように撫でると、彼女は頬を緩めた。
「ありがとう。お願いね」
シーナは自分を励ましてくれた精霊にお礼を言うと、再び視線を魔獣に戻す。
10年前から今まで私の心の中で溜まっていた黒い想い。目の前の魔獣の様に淀んだ想いが、今は信じられない程晴々と澄み渡っているのを感じていた。
「ガアアアア!!!!」
シーナに気付いた魔獣が突進してくる。彼女は周りの精霊達にお願いすると、精霊達が彼女と魔獣の間に集まり、光の障壁を形成する。
一見、魔獣の巨体から見れば、容易く突き破られそうな薄い壁だが、突っ込んできた魔獣は光の障壁に難なく押しとめられ、逆に魔獣を弾き飛ばした。
「ガウ!グルルルルッル……」
魔弾き飛ばされた魔獣はすぐさま体勢を立て直し、光の障壁を睨みつける。
シーナのしなやかな指が空中を滑り、睨みつけてくる魔獣を指さした。すると光の障壁は瞬時にその姿を無数の槍へと変え、魔獣に向けて殺到した。
「グオオオン!!」
殺到してくる光の槍に対して、魔獣はその巨大な口を広げ、咆哮とともにどす黒い球体を打ち出した。
黒い咆哮と光の光槍が激突し、周囲に轟音と土煙、そして魔力の光の粒をまき散らす。
シーナを守っていた光の壁が無くなったため、魔獣は再び彼女に向った突進していく。
だがそれは突然地中から飛び出したものに阻まれた。
「ガギャアアウ!!」
飛び出したものは無数の木の根だった。飛び出た木の根は真正面から魔獣の突進を受け止め、その体をすさまじい力で締め上げていく。魔獣の巨大な口から苦悶の声が漏れるが、相手も相当なものだった。
黒い魔獣は自分の体に巻きついている木の根に食らいつき、その顎で食いちぎっていく。体を縛りつけている木の根も、拘束から逃れようとする魔獣のもがきでブチブチと千切れていく。
この辺一帯の精霊たちの力を借りているにもかかわらず、魔獣は徐々にその拘束を解いていく。
だがシーナは焦らない。
彼女が再び空中に指を走らせると、再び地中から木の根が飛び出し、自分の拘束を解こうと開いた魔獣の巨大な顎に巻きついた。
「ガビィアアアア!!!」
左右に開いた顎にそれぞれ巻きついた木の根は、魔獣がそれ以上顔を動かせないように引っ張り、その巨大な顎を無理やり開かせる。
魔獣は必死に抵抗しているが、牙の隙間にみっちりと食い込んだ木の根はほぼ完全に魔獣の顎を拘束していた。
シーナが弓を構えて矢を番える。弦を引き絞り、その標準を魔獣の口に定めると呪文を詠唱する。
彼女の矢に魔力が充填され、光を放ち始める。昨日魔獣に放った“星海の天罰”だ。
だが今回の星海の天罰は、先のものとは明らかに違っていた。
シーナが魔力を充填していくに伴なって精霊達も彼女の矢に集まって行く。
矢だけではない。彼女が持つ弓にも精霊たちが集まり、もはや真昼にもう一つの太陽が現れたような極光を放っていた。
「ギ、ガァァァアアアア!!」
その極光に恐れをなしたのか、木の根に拘束された魔獣の暴れ方が一段と激しく、切羽詰まったものに変わっていく。
黒い魔獣は初めて恐怖を感じていた。その恐怖が迫りくる明確な自分の死を拒絶しようと、魔獣の限界すら超えた力を一時的に引き出す。
ただでさえ肥大化した体がさらに大きくなり始め、それととともに自身を拘束していた木の根が次々とはじけ飛んでいく。さらに魔獣の尾が振り回され、脆くなった木の根を次々と切り裂いていく。
まだシーナの魔法は完成していない。集まって行く精霊の数が多すぎて、魔法が十分な威力を持つまでに時間がかかっている。
だが中途半端な攻撃では意味がない。魔獣の弱点が分からない以上、魔獣そのものを消し飛ばしてしまうくらいの威力が必要だった。そしてあの魔獣のしぶとさを考えれば、生半可な威力では意味がない。
シーナが魔法を完成させようとしている間にも魔獣はもう少しで自由になるほどまでに、自身の拘束を解いていた。
残ったのは魔獣の顎にからみついた木の根のみになり、その最後の拘束を解こうと魔獣の尾が高々と持ち上げられる。
この尾が振り下ろされればその瞬間に魔獣は完全に自由の身となり、すぐさまシーナに襲い掛かるだろう。
シーナの矢には未だ精霊達が集まっており、完成するには時間がわずかに足りない。
ついに魔獣の尾が振り下ろされ、最後の拘束を断ち切ろうとしたその瞬間。
「だから!!」
「させないって言っている!!」
魔獣の両側からノゾムとミムルが突っ込んできた。突進した2人は魔獣の後ろ側で交差するように行き違うと、それぞれの獲物を閃かせる。
ノゾムが放った気術“幻無”が魔獣の尾うち一本を尾の付け根から断ち切り、ミムルのナイフもまたもう一本の尾を切り裂いた。
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
2本の尾を断ち切られ、傷口から血をまき散らしながら、魔獣の絶叫が響く。あまりの痛みに魔獣の意識が一瞬真っ白になるが、次の瞬間、目に飛び込んできた光景に魔獣はその無数の眼を見開いた。
シーナが己の魔力をすべてつぎ込み、精霊達が集まった矢を一瞥する。
その激しくもやさしい光に頬を緩ませるが、次の瞬間には彼女の顔は普段の凛々しい顔に戻っていた。
目の前にいる故郷を奪った魔獣。実際に家族を襲った魔獣とは違う個体ではあるが、彼女としてはもっと激しく憎悪に身を焦がしていると思っていた。実際、ついさっきまではそうだった。
でも、今の彼女の心には穏やかな風が凪いでいる。
もう一度大切な仲間たちに視線を向ける。
ミムル、トム、ノゾムそして精霊達。こんな自分を支えてくれた仲間たちに感謝しながら、場違いだなと思いつつも、彼女の心は温かく幸せに包まれていた。
指をかけていた弦を離す。
極光を纏い、文字通り2つめの太陽となった矢は黒い、汚れた魔獣めがけて一直線に飛翔。開かれた巨大な口に飛び込むと、閃光とともに爆散し、魔獣の体半分を消し飛ばした。
半分になった魔獣の体が崩れ落ち、グジュグジュと音をたてて崩れていく。
「……はあ~~~~」
シーナは大きく息を吐いて構えを解いて顔を上げると、彼女の眼にはこちらに走ってくる仲間たちと自分たちの周りを嬉しそうに動きまわりながらはしゃいでいる精霊達が見える。
彼女もまた仲間達の元に走っていく。
「みんな~~!! ありがと~~~!!」
その顔に満々の笑顔を浮かべて。
いかがだったでしょうか。この後、後日談を書いて、第4章を終りとします。