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第4章第19節

第4章第19節、投稿しました。

なお、5月19日に前節の大幅な加筆を行っていますので、それ以前に前節を読んでいた方々は改めて前節を読んでから、今節を読んだ方がいいと思います。かなり加筆しています。

それではどうぞ。

「あの馬鹿!!」


 ノゾムは今、森の中を全力で駆け抜けている。シーナが残していった置手紙を見たとき、彼女はシーナがあの魔獣と決着をつけに行った事はすぐに分かった。

 その事に気付いたとき、ノゾムは呆然としているミムル達にすぐに森から出て助けを呼ぶように伝え、彼女を追いかけて森の奥に向かって駆け出していた。


「何考えてんだアイツ!! 人に無茶するなとか言っといて自分はこれかよ!!」


 口からはシーナの憎まれ口しか出ないノゾムだが、内心ではなんとなく彼女の気持ちを理解できていた。

 あの魔獣を放置しておくことはシーナには出来なかったのだろう。ノゾムにはその根幹の理由は分からないが、それが彼女にとって忘れたくても忘れられない出来事から来ているのは分かっていた。

 同時に彼女はミムル達を巻き込みたくもなかったのだろう。

 理由を話せばミムル達は協力してくれただろうし、ミムル達とノゾムが交わした会話は僅かではあったが、彼女達が追い詰められているシーナを見捨てたりもしない事は分かった。

 

 学園で嫌われ者のノゾムがリンチされている場面を見たとき、シーナは目を背けることが出来なかった。自身の暴走で血まみれになったノゾムを何だかんだで手当てしてくれた彼女。

 口ではキツイ事を言っていたけど、根はすごく優しい女の子なんだと、ノゾムは気付いている。

 だけどそんな彼女だから、傍にいてくれるミムル達の存在が嬉しくもあったが、同時にそんな優しい彼女達があの魔獣に殺されてしまうかもしれないと思うと、彼女は自分の過去を話す事は出来なかったんだ。



(クソ、なんて面倒くさくて、分かりづらい奴だよ!)



 優しいのにキツイ事しか言えないシーナ。弱いのに必死に強くなろうとしていた女の子。



(……面倒くさいのは俺も同じか)



 黒い魔獣との決着に他の人を巻き込むのが怖くてミムル達に話せなかったシーナ。ノゾムもまた内に宿した力の暴走を恐れてアイリスディーナ達に自身の事を話せない。

 この2人は実のところこの点において非常によく似ていた。だからこそ、ノゾムはシーナが気になって仕方がなかった。アンバランスで危うい彼女の身が心配で仕方なかった。

 彼女があの魔獣と決着をつけるつもりなら、向かった先はおそらく昨日あの魔獣と遭遇した広間。

 彼女が出て行った時間を考えれば、猶予はない。



「くそ! 間に合えよ!!」



 とにかく彼女の元に行くのが先決と足を速めるノゾム。今はただ自分の気持ちより早く動いてくれない自分の足がもどかしかった。








「ここね……」


 私は昨日あの魔獣と遭遇した場所に来ている。目的はあの魔獣と決着をつけること。

 故郷を失い、家族を亡くした元凶である黒い獣。

 故郷で見たものとは違う存在ではあったけど、あの存在を世に残しておく事は私には出来ない。



「ふう、ふう、ふう……」



 自然と呼吸が浅く、荒くなっていく。心臓はバクバクと耳鳴りがするほど激しく鼓動し、背中には冷や汗が流れていた。



(大丈夫。倒す手段がないわけじゃないんだから、大丈夫、大丈夫……)



 自分自身にそう言い聞かせながら、私は自身の魔力を解放して、周囲に拡散させる。

 拡散した魔力に反応した精霊たちが集まってきて、私の周囲を光の粒が舞い始める。私はそのまま集まってきた精霊たちに語りかけ始めた。



(みんな。お願い答えて。あの黒い、穢れた獣。あれを倒すために力を貸して)



“精霊契約”

 精霊と契約するための契約魔法で、その場にいる精霊たちと一時的に契約を交わすことで、精霊種のみしか行使できないといわれる精霊魔法を行使できるようになる魔法。

 強力な精霊魔法の行使が可能となるが、この魔法を使うには精霊との極めて高い相性が必要となるうえ、契約に必要な時間は契約者と契約する精霊次第であり、契約にかかる時間は一概には言えない。

 元来は魔法の一つとして数えられているものの、生来精霊との相性が他の種よりはるかに優れているエルフにしか行使できず、他の種族がこの魔法を成功させるには入念な下準備が必要となる。

 そのため実質はほとんどエルフの異能のような扱いを受けている魔法だ。



 周りに集まってきた精霊達に必死に呼びかけようとするけれど、精霊達は私の周りをクルクル回るだけで、呼びかけに答えてはくれない。



(なんで!? みんな、どうして答えてくれないの!?)



 言う事を聞いてくれない精霊たちに焦りが募り、“落ち着け”と自分の心に必死に言い聞かせようとするけれど、焦りは焦りを呼んで、解放した魔力の流れが雑になっていく。

 遠巻きに私を眺めていた精霊達との距離はさらに遠のき、それがさらに私の焦燥感を煽っていく。

 


 昔、あの森でみんなと一緒に暮らしていたとき、精霊たちは私が話しかければごく普通に答えてくれた。

 精霊達は私と同じエルフの友達と一緒に遊んで、木の上で一緒におやつを食べて、一緒に眠った。

 でも10年前のあの時から、私は精霊たちとの契約がほとんどできなくなった。

 精霊たちの気配や雰囲気を感じ取ることはできるし、契約が成立したことも何度かあったけど、本当の意味で彼らと心を通わせることができない。

 仕方なく、今まで自身の力量を伸ばすことを第一にしてきたけど、今の私があの魔獣に打ち勝つためにはどうしても精霊たちの力を借りなくてはいけなかった。


(お願いよ! ミムル達をこれ以上危険な目にはあわせたくないの! お願いだからみんな手を貸して!!)


 ミムルとトム。特にミムルとは何かにつけて衝突してきたけど、その時だけは10年前の悲劇の瞬間を忘れていた。思いっきり言いたいことを言えていた。その大半は不躾なミムルへの文句だったけど……。

 トムは喧嘩ばかりだった私達をいつもなだめていた。大抵私に突っかかってきたミムルを彼がなだめ、そこに私が挑発して再びミムルが怒り出して……。気がつけば、家族を亡くして張りつめていた私にもいつの間にか笑えていた……。


 そして彼。ノゾム・バウンティス。

 噂だけしか知らない時はとにかく酷い人間なのだろうと思っていた。

 リサさんと付き合っていたことから女性を誑し込む手管は長けていると思っていたから、アイリスディーナさんとの噂が流れて、彼が校舎裏でほかの男子生徒に囲まれていた時も、同情すらしなかった。

 次に会ったのは夜の街中。彼はボロボロの血まみれになってフラフラ歩いていた。

 話を聞いてみれば、一人で森に入るなんて無茶をしていたらしい。しかもその次の日には私の警告を無視して再び一人で森に入っていた。

 そのあまりに無謀な行為、命を投げ打つような行為は、私を庇ってくれた家族を思い起こさせ、元々地に落ちていた彼の評価は地面を突き抜けて奈落の底にまで達した。

 なのに……。



”ザワ……”


「っく!!」


 周囲の空気が一変した。突然周囲に満ちた穢れた気配に、私の周りをまわっていた精霊達が途端に雲を散らすようにいなくなっていく。

 よく知る、決して忘れられない気配。その気配を辿っていくと、広間の端に奴がいて、こちらを凝視していた。


 

「グルルルル……」



 黒い獣は狼としての姿のままそこにいた。血のように紅い双瞳が私を射抜いている。その眼光に手が自然に震え、足元が覚束なくなるが、唇を固く噛みしめて矢筒から複数の矢を引き抜き、弓を構える。

 もう精霊契約をしている余裕はない。チャンスは一度。黒い魔獣が私との距離を詰める前に、今まで培った力をすべて使って奴を倒さないといけない。


 力を目一杯込めて弦を引き、ギリギリという音を立てて弓がしなる。弓が限界まで引き絞られ、悲鳴をあげるが、奴の柔軟で強靭な皮膚を貫くためには中途半端な威力の矢では通らない。



「ガアアアアアアアア!!!」



 私が弓を引き絞り終えた瞬間、奴が私めがけて突進してきた。番えていた矢を放つ。

 ビシュッ!という音とともに空気を切り裂いて飛翔した矢は狙い違わず魔獣の眉間に突き刺さる。

 魔獣が悲鳴をあげてよろめくが、私の矢は獣の突進を僅かばかり抑えただけで、奴はすぐさまその勢いを取り戻す。

 

 普通の矢ではこの魔獣に致命傷を負わせるのは無理だ。だとしたら……。

 

 私は再び矢を番え、弓を引き、今度は矢に魔力を送り込みながら同時に呪文を詠唱する。

 矢に魔力が充てんされ、眩い光を放ち始める。普通の魔獣なら確実に屠れる必殺の矢だが、この魔獣相手では真正面から放って決定打にならないことは実証済み。

 だからこそもう、魔獣に気づかれないようにもう一つ布石を置く。この魔獣相手では碌に役には立たない魔法だけど、今はそれで十分!

 

 大地を揺るがすような勢いでこちらに突進してきた魔獣がその顎を開いた。頭から首までが縦に裂け、巨大な口が無数の牙とともに露出した。

 魔獣が私の目前にまで迫るが、私はまだ矢を放たない。恐怖で逸らしそうになる視線を必死に抑え、唇を噛み切る痛みで固まりそうな全身の筋肉を目覚めさせ続ける。



「ガギャアアアア!!」



 その顎が私の体を捉え、食い千切ろうとした瞬間、私は全力で後ろに跳躍しながら伏せていた魔法を発動した。

 次の瞬間、無数の石でできた槍が、私が今しがた立っていた場所から突き出される。突き出た無数の石槍は私を噛み砕こうとした魔獣の顎を受け止めるが、元々それほど強度のない石槍。すぐに無数のヒビが入り、砕け始める。



「これなら!」



 だがそれで十分。私は石槍の隙間から魔獣の口内に狙いを定め、番えていた矢を放った。

 放った矢は狙い違わず奴の口に吸いこまれ、魔力の爆風が魔獣の口内で荒れ狂う。

 だが、至近距離で荒れ狂った爆風は私にも襲いかかってきた。



「きゃああああ!!」



 爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。初めに後ろに跳んでいたことで衝撃はまともに喰らわなかったとはいえ、地面に叩きつけられたせいで全身がギシギシと痛む。



「っ!!」


 

 痛む体に鞭を打って立ち上がり、魔獣の方を確認する。



「ゲヘェ! グギャウ!!」



 流石に口の中までは外側の皮膚より頑丈ではないのだろう。口内の牙が幾つか折れ、血を吐きながら頭を振り乱している。


「!!ガヒャアウ!!」


 だがそれでも奴を倒せなかった。魔獣の無数の紅い眼が、怒りのあまり紅く光りながらこちらを睨みつけ、奴が再び突進してくる。

 だが私は地面に叩きつけられたときの痛みで身体がうまく動かない。指先は震え、弓を持つ手にも力が入らない。



(……だめ、か……)



 逃れようのない死を目の前にして私は一度だけ大きく息を吐く。すっと全身の力が抜けていった。

 自身の最後を前にしても後悔は多い。命を賭して私を逃がしてくれた両親と姉の想いを無駄にしてしまった事。故郷を取り戻せなかった事。こんな私に付き合ってくれたミムル達の事。そして昨日、私の責任を負って逃がしてくれた彼の事。

 死が目前に迫っているせいなのか分からないが、迫りくる獣がやたらとゆっくりに見える。



(そういえば、貴方たちもごめんなさい……)



 目の前に迫る魔獣の奥に、精霊契約で集まって来てくれた精霊たちの姿が見える。チラチラと見える光は不規則に揺れ、まるで怯えているように見えた。



(……ああそうか、みんな私と同じだったんだ。怖かったんだよね)



 今さら気付いた。精霊達はみんなあの獣に怯えていたんだ。だから私が一方的に自分の意思しか伝えているだけじゃ精霊達と契約できなかった。

 だってそうだ、相手の気持ちを考えずに一方的に命令しても本当の意味で協力してくれるわけがない。それが自分達が怖がっている相手に対して“戦ってくれ”なんて命令なら尚更だ。



(あはは……。私バカだなあ、昔はこんなことなかったじゃない)



 フォスキーアの森にいた時は、精霊達はみんな友達だった。いや、今でもそう思っている。ならきちんと向き合っていかなきゃいけなかったんだ。自分だけじゃない。相手がいるから向き合えるんだ。

 

 でも、もうすべてが遅すぎた。黒い魔獣は既に目前に迫り、その巨大な顎で私を喰らおうとしてくる。

 目の前一杯に真っ赤な肉と血塗れの牙が映り、今まさにその口が閉じられようとした時。



「うおおおおおおおお!!!!」



 何かの影が私と魔獣の間に割り込んできた。



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[一言] 誤字? ・あの魔獣の放置しておくことはシーナには出来なかったのだろう。 →魔獣【を】 ・私は一度だけ大きく息を吐くと全身の力を抜けていった。 →全身の力【が】
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