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第4章第13節

「よう、アイリスディーナ」



 学園の校門前、ケヴィンが見つけたのは、つい今しがた登校してきたノゾム達だった。もっとも彼の視線はアイリスディーナに固定されており、傍にいたノゾムやマルス達には目もくれていないが。

 アイリスディーナの方もケヴィンの声に気付いて彼の方を振り向くが、その表情は先程までのノゾムに対して見せていた表情とは違う意味で硬くなっていた。

 アイリスディーナに近づいたケヴィンは彼女に手を伸ばすが、自分に触れようとする手に気付いた彼女はするりとその手から逃れる。



「ケヴィン。私はいきなり不躾に触れようとする人間は好かない」


「へ、相変わらずだな。まあ、そんなお前が気に入っているんだが…………どうだ? 今から「悪いが、今は友人たちと一緒でね。せっかくのお誘いだが、遠慮させてもらうよ」」


 ケヴィンの言葉を遮るように言葉を重ねるアイリスディーナ。


「へえ、友人……ねえ…………」


 アイリスディーナの“友人”という言葉に反応して、ケヴィンは初めてノゾムの方に視線を向ける。

 ノゾムに向けた顔はニヤニヤとした嘲笑、今までいつも彼が向けられてきた顔だった。

その視線には明らかにノゾムに対する侮蔑が込められていて、その顔にノゾムの表情も硬くなる。

 そんなノゾムの様子を見たケヴィンはもう一度彼の表情を一瞥すると、興味を無くし、再びアイリスディーナに向き合った。


「なあ、何でコイツなんだ? お前と組みたい奴はこの学園じゃ星の数ほどいるんだぜ? まあいくら多くても、お前と並べる奴は俺ぐらいだろうがな」


 ノゾムに視線を向けず、顎でノゾムを指すとそのまま自分の率直な意見を述べる。周りから見ればノゾムの評価は変わっていないのだから無理ないのだが、その酷評にアイリスディーナの表情が険しくなる。

 だが彼女が何かを言う前にケヴィンに対して口を開いた人間がいた。



「…………てめえ、さっきからゴチャゴチャうるせえ奴だな……。」


 隣から聞こえた怒りを押し殺した声。ノゾムが動くより先に動いたのはマルスだった。

元々喧嘩っ早い彼。友人が散々言われたことでカッとなった彼の怒りは、ダダでさえ低い沸点を容易く超えて、あっという間にその怒りを噴出させてしまった。



「お、おいマルス「随分人のダチをバカにしやがって」……だから少し「別に、この学園の誰もが思っている事だろうが」……話聞けよ」


 散々いわれたノゾムも内心腹立たしかったが、目の前で自分が爆発するより早く怒り出した友人に自分の怒りをすっかり持って行かれてしまった。


 バカにされたはずの当人をそっちのけでヒートアップする2人。2人とも元々プライドが高く、頭に血が昇りやすいだけあり、その喧嘩は野に放たれた火の様にあっという間に燃え広がって、業火と成っていく。

 周りにいた生徒達が何事かと集まってきているが、生徒たちとノゾム達との間の間隔は目の前で白熱している2人に気圧されたのか、さらに広がっていた。



「なんだ、実力が中途半端な半端者が最底辺と一緒になってさらに半端になったのか。やれやれだな」


「んだと! この!」


 

 マルスとケヴィンはそんな周囲の様子など目に入らないのか、話の中心にいるはずのノゾムもいつの間にか置いていかれていた。



「そういうてめえも結局アイリスディーナに袖にされてんじゃねえか。完全に脈なしなのにしつこく言い寄るなんて半端者より惨めだぜ」


「…………殺されてえみてぇだな」



 マルスが背中の大剣に手を伸ばすのと同時にケヴィンが構えをとる。白熱していた空気に彼らの覇気と殺気が混じり、一触即発の空気が漂い始める。



「お、おいマルス!」「2人ともやめろ!」「ちょ、ダ、ダメだよマルス君!」「ええ! や、やめてくださ~い!」


 流石にこんな場所で戦うのは不味いと考えたのか、ノゾム達が2人に声をかけるが、2人が引く気配はない。その間にも2人の間の緊張感高まり続け、今にも破裂しそうになっている。

 ソルミナティ学園では訓練場などの特定の場所以外で武器を抜いての戦うことは原則禁止されている。

 

 

 マルスの手が背中の大剣をつかみ、ケヴィンが腰を落とす。


 もう止められらない。


 周囲の野次馬達が見守る中、必死に止めようとしているノゾム達を無視して、ついにマルスとケヴィンの2人が駆け出し、戦いの火ぶたを切ろうとした瞬間。



「こ~~ら! や~~め~~な~~さ~~~~~~い!!」


 妙に間延びした声と共に、駈け出した2人に大量の水が襲いかかった。



「うお!!」


「ブフゥ!!」


 2人は大量に襲いかかってきた水に飲まれ、あっという間に濡れ鼠よろしく、全身をずぶ濡れにされた。

 ノゾム達が声のした方に振り向くと、野次馬をかき分けて、一人の美女がやってくる。


「ダメですよ~~。こんなところで戦いなんてしちゃ~~~」


「ア、アンリ先生……」


 やってきたのはノゾムのクラス担任のアンリ・ヴァールだった。

 マルスたちの傍にやってきたアンリが、今この場で闘おうとしていた二人を睨みつける。

 彼女本人はかなり怒っているようで、そのモチモチした張りのある頬をプクゥーっと膨らませているが、あまりにも覇気が無く、傍から見ている他人にはとても怒っているようには見えていない。

 そのあまりの覇気のなさにノゾムも頭を抱えてしまう。彼女の持つほんわか空気は先程まで張り詰めるような緊張感があったこの場にはあまりに不釣り合いで、マルスやケヴィンはおろか、ノゾムや周囲の野次馬達まで完全に毒気を抜かれてしまっていた。



「…………はあ、なんだか面倒臭くなっちまった。じゃあまたな、アイリスディーナ」



 ケヴィンはため息をつきながら構えを解くと、踵を返して校舎の方へ向かっていく。目の前のアンリすら眼中にないのか、立ち去る時にケヴィンが声を掛けたのはやはりアイリスディーナだけだった。

 

 ケヴィンが立ち去ったことで周囲の野次馬達もゾロゾロと校舎の方に歩き始める。

 アンリは騒ぎが収まったことに満足したのか、何やらウンウンと頷くと、ノゾム達の傍にやってきた。

 


「おはよう~~。みんな、今日も元気かな~~」


「おはようございます。アンリ先生。まあ……それなりに元気です」


 先程と変わらない、ほんわか空気を纏いながら話しかけてくるアンリ。澄まし顔なら、どこか静謐な、深窓のお嬢様で通る容姿であるが、相変わらず身に纏うほんわか空気と幼子の様な無邪気な笑顔が、彼女の雰囲気をどこか幼く、アンバランスだが魅力的なものにしている。

 ノゾムやアイリスディーナも挨拶を返すが、彼女の持つ無邪気さにあてられ、その顔には苦笑の笑みが洩れている。



「マルス君も~~。もう、あんな事したらダメだよ~~」


「あ、ああ。悪かったよ……」


 マルスに対してだけはまだ怒っているのか、ぷんすかした顔で起こっている彼女。

 マルスもアンリの雰囲気に飲まれており、曖昧な返事を返すことしかできなかった。


「それにしても~~、この事教えてくれて~~ありがとね。シーナさん」


「え……」


 ノゾムは聞こえてきた声の内容に、一瞬耳を疑った。しかし、横から聞こえてきた声はノゾムの想像した内容を肯定するものだった。



「……いえ、気にしないでください先生。さすがにここであんな騒動を起こされるわけにはいきませんから……」



 声のした方に振り向いたノゾムが見たのは昨日出会ったエルフの少女。

 青い長髪と黒のカチューシャ、すらりとしたスレンダーな肢体をもった女の子がノゾムの方を見つめていた。



「………………」

「………………」



 ノゾムも彼女も互いに何も言葉を掛けない。掛ける事が出来ない。あんな別れ方をしたためか、気まずく、目が合うとお互いスッと視線を逸らしてしまう。


 何か声を掛けるべきかとノゾムが思案していると、彼女の後ろの方から声が聞こえてきた。



「相変わらず真面目だよね~シーナ。この騒ぎを見たらすぐに“先生呼んでくる”って言って走って行っちゃうんだもん」


「まあまあ。でもミムル、あのままじゃ大騒ぎになっていたし、僕は正しい事をしたと思うよ……」


 聞こえてきた声は、一つはノゾムが聞き覚えのある女の声。もう一つは全く聞いたことのない男の声だった。

 ノゾム達が声のほうに視線を送ると、そこには小麦色に焼けた肌と猫のような耳と尻尾を持つ元気いっぱいの女性の獣人と、眼鏡をかけ、どこか学者の様な雰囲気をもった小柄な男の子がいた。 


「ふ~~ん。トムはシーナを庇うんだ~~。恋人の目の前で別の女を庇うなんて……。え~~ん!! トムの浮気者~~~~!」


「え!! ちょ、違うよ! 何言ってるんだよ! ミムル!!」


 なにやら痴話喧嘩をはじめた2人。女子生徒の方が拗ねて、小柄な男子生徒が取り成しているが、どう見ても恋人同士の微笑ましいじゃれ合いにしか見えない。


「ミムル。馬鹿言ってないで。トムもそんなだからいつまで経ってもミムルの尻に敷かれているのよ。では、アンリ先生。騒ぎは収まったようなのでこれで失礼します。」


 シーナが呆れ顔でそう言うと、彼女も痴話喧嘩している2人を促して校舎に向かう。

 校舎に向かう直前にシーナがノゾムの方を振り返ったが、結局何も言わないまま去って行く。


「うん! シーナさん、ありがとうね~~」


 可愛く手を振りながら校舎に向かう3人を見送るアンリ。その後、彼女はノゾム達に近づいてきた。



「ノゾム君~~。大丈夫~~」



 アンリがノゾムを覗き込むように話しかけてくる。彼女としてはいつもの彼と比べて様子が変だと感じていた。

 パッと見た感じはいつもより少し調子が悪いように見えるだけだが、彼女には少し前に街の中をフラフラと覚束ない足取りで歩いていたときの彼と被って見えていたのだ。


「え、ええ。大丈夫です」


 ノゾムがアンリの問いに答えるが、アンリはやはり、彼がどこか心此処にあらずな印象を覚えていた。



「…………本当~~?」


「はい……」


 更に顔を近づけてくるアンリ。垂れ気味の目はいつもより下を向き、心配そうにノゾムを見つめてくる。

 目の前に迫る端正な容貌を互いの息を感じられるほど近づけられ、花のような柔らかい香りにノゾムの心臓の鼓動が僅かに速まるが、彼の顔はやはりどこか硬い。



「…………」

「…………」


 互いに無言で見つめ合う2人。

 アンリの方はやはり心配そうなままであり、ノゾムの表情も硬いまま、しばらく時が流れる。

やがてアンリが”ふう~“と大きく息を吐くとノゾムから離れた。

 


「分かったわ~~。でもノゾム君、無理しないでね~~」


 最後に一言そう言って校舎の方に歩いていくアンリ。少し寂しそうな背中を見て、ノゾムの心がズキンと痛む。



(……すみません……アンリ先生。でもあの事を話すわけには……)


 アンリの後姿を見送りながら、ノゾムは心の中で彼女に謝る。あれだけ心配してもらいながら何も話せない自分。

 心の中で続く葛藤が再びノゾムの胸を締め上げはじめるが、その時、後ろからアイリスディーナがノゾムに声を掛けてきた。



「ノゾム、彼女と知り合いだったのかい?」


「え?」



 アイリスディーナが聞いてきたのはアンリを呼んできたシーナの事だった。

 先程はアンリが話をしていたため、この場にいたほとんどの人間はアンリとマルス、ケヴィンに目が行っていたが、彼女はノゾムとシーナの奇妙な雰囲気を敏感に感じ取っていた。



「い、いや……その……。彼女、君の方を見ていたから……何かあったのかと思ってね」


「あ、ああ。まあほとんど話した事はないんだけどね……俺、以前クラスメートに校舎裏に呼び出された時があっただろ。あの時助けてくれたのが彼女なんだ……」



「そう、か…………」


「う、うん」


 口元に手を当てて何かを考え始めたアイリスディーナ。しばらく考えに没頭していた彼女だったが、何か喉の奥に詰まったような様子で口を開く。


「ノ、ノゾム。あ、あの“カラン、カラン、カラン”あ……」



彼女が何かを問い掛けようとした時、学園の鐘が鳴る音が校舎に響いた。もう朝礼が始まる時間だ。このままでは遅刻扱いになってしまうかもしれない。


「あ~~!! 私、校舎向こうだから急がないと!!! 」


 そう言って、ソミアが大慌てで走り始める。

 彼女の通うエクロスの校舎は、ソルミナティに隣接する形で立てられているが、この場所からは少し離れている。今から朝礼までに教室にたどり着けるかどうかはギリギリだろう。

 本人は遅刻にならない様に必死ではあるが、大きめの鞄を持って、パタパタ走っていくソミアの姿はやっぱり可愛くて、微笑ましく、ノゾムの顔に僅かではあるが笑顔が戻る。



「ふふ。俺達も行こう。速く教室に行かないと遅刻扱いになる」


「ああ」


 ノゾムは先を促して歩き始め、他のみんなも教室に急ぐ。校舎が違うソミアは大慌てで走っていったが、その微笑ましい様子が僅かではあるが、ノゾムと他のみんなの間にあった硬い空気を和らげていた。








「…………………何や、朝からえらい物見てもうたなぁ…………」


 校舎の影からフェオは先程の騒動を遠目から眺めていた。

 なにやらいろんな意味でゴタゴタしていたようだが、彼が特に目を引いていたのはやはりアイリスディーナと同じクラスのシーナであった。


「しかし、あの黒髪姫と友人やったって事は知っとったけど、まさか彼女があそこまでゾッコンやったとはな~~。おまけにあの堅物シーナとも何かあるみたいやし……いったいどうなっとるんかいな?」


 フェオが気になったのは大声で喧嘩をしていたマルス達ではなく、ノゾムが馬鹿にされたときのアイリスディーナの表情とシーナとノゾムの間に流れた空気だった。

 ノゾムが馬鹿にされたときのアイリスディーナの表情は厳しく、何より彼女らしくなかった。

 いつもの冷静な彼女なら、いくら怒ってもキチンとその場にあわせた対応をした上で、筋道を通した叱責をするが、先程の彼女は一瞬ではあるが感情が駄々漏れで、いつもの冷静さと公平さがなかったように思えた。

 もうひとつ気になったのはシーナとノゾムが目線の合わせた時、シーナの方も目線を逸らしたことだ。

 以前校舎裏でノゾムがクラスメートに呼び出された出来事を盗み見ていたフェオは、その時ノゾムを助けたのがシーナだと知っていた。

 しかし、元来生真面目な彼女。少なくともノゾムの噂の内容を考えると、彼女はノゾムを相当嫌っていたはずし、彼女がノゾムを叱責している所も見ていた。

そして、その時の彼女はノゾムから目を逸らしたりはしなかった。


 

「…………そろそろ遠くから見てるだけじゃ分からなくなってきたな~~。そろそろ潮時かもしれんな……」


 彼をここまで突き動かしているのは、狐尾族特有の強い好奇心だった。

 とにかく楽しいことが好きなフェオ。大陸中のいろんな人間が集まるなら、何か楽しい事があるだろうと思ってこの学園に入学したが、蓋を開けてみれば鍛練の繰り返しと、明確な序列による殺伐とした、色彩のない日々。

 そんな灰色の日々にいい加減飽きて、“どうでもいいや”と思えてきた時に、ノゾムという興味が湧く相手を見つけた。


 せっかくなのだから楽しもう。


 そう思って、ノゾムのクラスメートに彼を校舎裏に連れ込ませたりした。シーナが首を突っ込んだのは予想外だったが、それがさらに面白そうなことになってきている。


「…………まあ、まずはあっちに話を聞いてみるかいな……」


 そう呟くと、フェオも自分の教室に向かって歩き始める。

 ちなみに、校舎裏から教室までの距離はノゾム達がいた正門より長く、フェオは遅刻扱いされたうえ、担任教師からありがたいお話を聞かされたのは、はなはだ余談である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公を明らかにハーレム化させずに、動物園?水族館?(主人公とヒロインの距離はすごく近いのに間には30CM以上のアクリル板があるイメージ)化していく感じがいいなぁと。シーナみたいなキャラが…
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