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第4章第11節

お待たせしました。

第4章第11節投稿です。

 真夜中のアルカザム。ノゾムがシーナに連れてこられたのは、彼女が住んでいる女子寮の部屋だった。

 やむを得ないとはいえ、流石にこんな時間の女子寮に男子生徒を入れるのは不味い。

 コソコソと盗賊の様に周りを警戒しながらノゾムを連れてきた彼女だが、誰にも見つからずに部屋に入れたのは僥倖だった。



 彼女はノゾムを部屋に入れて椅子に座らせると、すぐさま水と治療道具を持ってきて、テキパキと治療をし始める。

 ノゾムは彼女にされるがまま治療を受けており、道で出会ったときのように抵抗したりする様子はない。

 互いに無言のままに時間が過ぎ、部屋にはシーナが手を動かす音と治療する器具の音だけが薄暗い部屋の中を木霊している。


「ふう。思ったより傷は深くないわね。血も止まっているみたいだし、これなら消毒だけでいいでしょう」


 ノゾムの傷を見ていたシーナがそう言った。彼の怪我のほとんどは能力抑圧解放時の自傷によるものだ。キクロプスに弾き飛ばされた傷もあるが、ポーションのおかげで命に別状はなく、そのときの傷自体も塞がっている。



「……ってあなた! ポーション持っているならちゃんと飲みなさいよ! 命に関わるかも知れないのよ!!」 


「…………あ……」



 実はノゾムが持っていたポーションは少しではあるが、まだ余っていた。彼自身完全に忘れてしまっていて、飲むことを忘れていたのだ。



「……す、すまない……」


「……ハア……貴方死にたかったの? なら森の奥にひとりで行けば? 望みどおりすぐに死ねるわよ」



 シーナの口調が厳しいものになっていくが、無理も無い。彼女のノゾムに対しての評価は最悪と言っていい。先程までは緊急事態だと思っていたが、予想よりノゾムの状態が良く、大したケガでないと分かったので口調や態度もいつもどおりに戻ってきたのだ。



「貴方、何でこんな時間にあんな場所をうろついていて、こんな怪我負っているの? しかもあんな泥だらけで。普通に考えてもおかしいわよ?」



 彼女の疑問ももっともだろう。普通に考えても先程までのノゾムの外見は不審者と間違われてもおかしくない。

 全身は血まみれの泥まみれ。フラフラと覚束ない足取り。憲兵に通報されてもおかしくない様子だった。

 


「………………森にいた…………」


「森にいた? 誰とパーティを組んでいたの?」


「……………誰とも組んでいない…………俺一人だ…………」


「はあ?! 1人?! 貴方バカ!? 何考えてるの!!」

 

 

 1人で森に入っていたというノゾムに対して呆れると同時に顔を真っ赤にして怒り始めるシーナ。彼女だけでなく、この町の人間から見れば1人で森に入るなど正気の沙汰ではない。

 森の中を跋扈している魔獣達、彼らの脅威をこの町の人たちは身を持って知っている。


 このアルカザムの歴史は浅い。

 元々荒野であり、魔獣達が昔からすみついていた土地だ。

 近くを川が流れ、水等の補給が出来る為に、各国勢力の関係からこの土地がこの都市を作る場所に選ばれたが、人が入植して10年しか経っていない。

 街を一歩離れ、街道を歩けば、弱いとはいえ魔獣に遭遇する可能性は十分にある。

 他の街からも距離があり、そのためアルカザムから他の街に行くときは馬車などを使うのが一般的で、徒歩などを使い人はあまりいなかった。

 実際に徒歩で移動している最中に魔獣に襲われ、殺された人が毎年何人も出ているのだ。

 しかも森の中では襲いかかってくる魔獣は一体とは限らないのだ。

 ベテランの冒険者でさえ万が一に備えてパーティーを組むのに、ノゾムはそれすらもしていなかった。 その事が彼女の琴線にふれたのか、シーナは怒鳴り声を上げてくる。




「まったく! 10階級の貴方の力量では1人で森に入ることがどんなに危険な事なのかも分からないの!」




(まさか本当に自殺願望者だったなんて………………助けない方が良かったわ…………)


 そう言って荒々しい手つきで治療道具を片付け始める彼女だが、彼女は眉を顰めており、その表情はどこか悲壮感が漂っていた。


 トン、トン、トン


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「シーナ! 夜遅くにゴメン。ちょっと話があるんだけど、今いいかな?!」


 扉の向こうからは知らない女の人の声が聞こえてくる。

 その声を聴いた瞬間、シーナの額に冷や汗が流れ、彼女は弾かれた様に扉のほうを見た。


「ミ、ミムル?!」


 なんだか慌てたような声を出すシーナ。

 名前と様子からしておそらく彼女の友人だろう。そう考えていたノゾムだが、突然シーナがノゾムに突進してきた。

 彼女はノゾムの手をとって部屋の片隅にあるクローゼットを開けるとそこに無理矢理ノゾムを押し込んだ。


「うわっぷ!」


 クローゼットの中にある衣服にもみくちゃにされたノゾム。陽だまりの様ないい匂いが鼻に香り、突然の出来事につい声が漏れてしまう。


「??シーナ? どうかした?」


「!! ゴ、ゴメン、ミムル。今出るから!」


 ノゾムの呻き声が聞こえたのか、扉の向こうから不審な様子で尋ねてくるシーナの友人と、焦った様に取り繕うシーナ。


 慌ててノゾムをクローゼットに押し込んだ彼女は視線ですさまじい殺気をノゾムに叩き付ける。

 その視線が“騒いだら殺す!!!”と雄弁に語っており、その視線にノゾムは完全に固まってしまう。

 彼女はそんなノゾムの様子を一瞥して、彼が倒した巨人すら逃げたしそうな殺気をもう一度叩き付けて念を押すと、クローゼットの扉を閉める

 ノゾムは真っ暗な暗闇の中で呆然とするしかなかった。



 数瞬の後にノゾムは今の状況が不味い事に気付いた。

 今は真夜中。そんな時間に女性の部屋に男がいるなんて事になれば、互いに不味い事になる。

 いや、この場合不味いのはノゾムの方だろう。いくら連れて来られたとはいえ、この状況では本当のことを言っても信じてもらえないだろう。女子寮に忍び込んだと思われたらどんな扱いを受けるか……。



「…………なさい、……ル。……」


「ううん……、…………にか………………」


 クローゼットの扉の向こうから声が聞こえてきた。どうやら尋ねてきた友人と話しているらしい。


「それ………………」


「実は…………………」


「ミムル。わた………うわ。………………キクロプスも………」


 キクロプス。その単語が耳に入った瞬間。ノゾムの体がびくりと震えた。


 その時、体がクローゼットの内壁にぶつかり、ガタン!!という大きな音を立ててしまう。


「あれ…………?」


「な、なんでも…………よ。た、多分……………………」


 慌てて、息を押し殺して気配を消す。

 しばらくすると話が終わったのか、彼女の足音がクローゼットの前やってくる。


「…………もう出てきていいわ」


 そう言って扉を開けた先に見た彼女の顔はクローゼットに押し込められる前より厳しくなっていた。








 私は彼をクローゼットに押し込むと、部屋の扉を開ける。

 扉の向こうにいたのは、私の友人のミムル。猫のような耳と尻尾を持った山猫族の女の子で、私と同じ3学年2階級の生徒。

 1年の時に隣になったのがきっかけで話しをするようになり、2学年、3学年と同じクラスで隣同士になっていて、ある意味腐れ縁と言えるような間柄だ。



「ゴメンなさい、ミムル。待たせちゃって。」


「ううん。それはいいけどさ……何かあったの? なんだか様子が変だったけど」


 可愛く首を傾げながら尋ねてくる彼女。でも私はその質問にドキリとした。


「えっ! そ、そう? そんなことないと思うけどな……」


「う~~ん。確かに部屋は普通みたいだけど……なんか変な感じはするな~~」


 山猫族特有の縦に開いた瞳孔を細めて、ミムルは部屋の中を覗き込んでくる。獣人特有の優れた感覚で調べられたら気付かれてしまうかもしれない。


「と、ところで用って何なの?」


 そう考えた私はすぐさま用件を聞くことで気を逸らそうとした。


「あ、そうだった。実は今度森に行くでしょ。その時トムがちょっとやる事があるらしいけど、いいよね!」


 トムは私と同じ2階級の生徒でミムルの恋人だ。この学園に来る前から一緒らしく、小柄で体の線も細い、大人しい男の子で魔法や錬金術などを得意としている。

 その外見どおり、戦闘などはあまり得意ではないが、研究や実験などの成績は優秀な人だったのだけれども……。


「ねえ、ミムル。彼のやる事って何なの?」


「実はトムが実験に必要な植物があるみたいなんだけど、ちょうど切らしたみたいなの。だから森に採りに行きたいらしいんだけど、なんかその植物、採ったら直ぐに特別な加工をしないといけないらしいんだ。」


 なるほど、確かに特殊な加工が必要なら彼が一緒に行くことが必要だろう。

 だけど私は、今の森にはあまり入るべきではないと思っていた。


それを考えた時、私の心の中に怒りが沸々を湧き上がっていく。

 考えていたのは今クローゼット中に押し込めた人の事だ。

一人で森に入った大馬鹿者。本来ベテランの冒険者達でさえパーティーを組むというのにそれをしないなんて自殺したいとしか思えない!!


 彼の無謀な行為にさらに怒りが募る。

 私は自分の命を投げ出すような人が大嫌いだ。

 怒りが湧き上がる頭に微かによぎるのは幼い時の光景。この場所に来ることになった始まりの出来事。


「??シーナ。どうかした?」


「ッ! 何でもないわ。ミムル」


 友人の言葉で現実に引き戻される。かすかに頭によぎった光景は掻き消え、どうにかクローゼットの中身に気付かれない様にするかを考えながら、友人に対応する。



「……ミムル、私は今の森にあまり入るべきじゃないと思うわ。ギルドでキクロプスを見たって言う話もあったわ。それに最近妙に森の精霊たちがざわついている「ガタン!!」

ッ!!」



 その時、クローゼットの方から大きな音が響いた。私の背中に冷や汗が流れる。


「あれ?何の音?」


「な、なんでもないわよ。た、多分ネズミだと思うわ。最近よく出るの」


 何とか取り繕う私。再び部屋の中に意識が向いてしまった彼女に、さっきの話の続きを振ることで彼女の意識を森に行く話に半ば無理矢理戻す。

 

何やっているのよ! あの人は!! こんなところ見られたらどうなるか分かってるの!!!




「まあトムは戦いは得意じゃないけど、それでも戦えないわけじゃないよ? それに色々役立つ道具を持っているから大丈夫だよ! 彼、魔法も使えるし、私たちも一緒だし。キクロプスの方も大丈夫だよ。騎士団も動いているっていうし、森に入るって言ってもそんなに深い場所じゃないからね。半日足らずで戻ってこれるよ」



 ミムルから聞いた話だと、探している植物はコケの一種で、ある特定の木にしか生育しないものらしい。その木も森の中では比較的街に近い場所に生えている。

 私としてはあまり気が進まないのは変わらないが、友人のことが心配でもある。街に近いなら大丈夫でしょう。


「……分かったわミムル。彼にもそう伝えておいて」


「うん! ありがとうねシーナ!! それじゃお休み!」



 了承したことをミムルに伝えると、彼女は嬉しそうな顔をして自分の部屋に戻っていく。

 彼女が廊下の向こうに消えたのを確認すると、私は部屋に戻ってグローゼットを開けた。


「…………もう出てきていいわ」


 そういうと彼がモソモソとクローゼットから出て来るが、私の視線がさらに睨み付ける様になってしまったのは仕方がないと思う。







「……………………」


「……………………」



 気まずい雰囲気が部屋に満ちている。

 まあ仕方がない。もしバレていたらどうなっていたことか……。

 彼女は心無い生徒達から男を連れ込んでいたなんて思われていたかもしれないし、元々学園での評価が最底辺であるノゾムはどうなっていたかなど言うまでもないだろう。



「…………で、何時までこの部屋にいるつもりなのかしら?」


「あ!!」



 シーナの言葉にノゾムはハッとして顔を上げる。怪我の治療自体は終わっており、ノゾムがここにいる理由はなくなっていた事に気付いたのだ。



「ゴ、ゴメン。 すぐに出て行くから……」


「……なら早くして。また誰かが来ないとも限らないし、見つかったら私まで巻き込まれるのよ。」



 そう言う彼女はすっかりいつもの調子を取り戻していた。

 元々ノゾムを快く思っていない彼女。彼に何があったかは分からないが、1人で森に入っていたことから、彼女はノゾムの怪我は自業自得だと思いこんでいた。



「それに、今の貴方じゃ1人で森に入るなんて無謀もいいところだわ。誰も助けてくれないのだとしても、自分の実力がどんなレベルすらも分からないようじゃこの先の戦いで生きていけるわけないわ」


「………………」



 ノゾムの事をよく知らないがゆえに、相手を挑発するような口調で噛み付いてしまうシーナ。それに対してノゾムは何も答えず、ただ下を向くだけだった。

 精神的にも肉体的にも疲労しきった今の彼には、彼女の言葉に対して何かを言う気力は無かった。


 何も言えないまま、ノゾムは部屋の扉に手を掛ける。

 だが次の言葉を聞いた瞬間。ノゾムの頭が一瞬にして沸騰したかの様になった。




「大体。貴方がリサさんを捨てたから誰も助けてくれないのでしょう」




「ッ!!!!!」


 八つ当たりで力を振るい、逃げた自分自身に対する嫌悪感から何も言えなかった彼だが、その言葉を聞いた瞬間、シーナの襟を掴みあげていた。


「な!! 何する……の…………」


 胸倉を掴み上げられたことで怒りを覚えたシーナだが、すぐに何も言えなくなった。


「………………………」


「…………………………」


 向き合う2人。

 激高したノゾムは一瞬とはいえ、本気で殺気を叩きつけてしまっていた。

 怒りで歪んだノゾムの顔。剥き出しの感情を一気に向けられ、呆然としてしまうエルフの少女。

 僅かな間とはいえ、突然撒き散らされた信じられないほど濃密な殺気のせいで、周囲の音が一切無くなり、一瞬時間が止まったかのような錯覚を覚える。

 


「ッ!!! …………ゴメン……………」



 自分のしたことに気付き、すぐにノゾムは掴んでいた襟首を話すが、重い空気がさらに重くなり、どちらも視線を合わせられなくなる。


 ノゾムは背を向け、そのまま扉の方へと歩いていく。


「………………治療……ありがと……」



 ノゾムはただそれだけ言うと扉の向こうへと消える。



「な、なんなのよ…………一体…………」



 部屋の中で呟くように問いかけるシーナ。彼女の問いは閉まってしまった扉に阻まれ、彼女以外の誰にも届くことなく散っていくだけ。


 彼女の耳には扉の向こうに消える直前、自分に向けられた、押し殺すような彼の声が聞こえていた。



“……俺はそんな事していない…………”






 森の奥、キクロプスの死体が散乱する場所で、その死体に群がっている影がある。

 血の臭いに惹かれて集まってきた魔獣達だった。彼らは一心不乱に目の前の死体を貪っている。

 巨人の腹に首を突っ込み、顔を真っ赤にして内臓を食らうワイルドドック。

 撒き散らされた内臓をついばむ羽を持つ魔獣達。

 集団で死体に棍棒を叩きつけ、粗悪なナイフで肉を切り取り、食らうゴブリン達。

 10体以上にもなる巨人の肉は彼らにとって思いもよらなかった御馳走であり、その肉を己の思いのまま、貪り食う。

 森の一画で行われている血と肉の宴。

 その熱と香りに魔獣達は浮かれ、宴は盛り上がっていく。熱に浮かされすぎたのか、所々で目の前の最高級の肉の奪い合いが起きていた。



 だが、突然その空気が一変した。

 この場に満ちていた熱は一瞬で霧散し、濃密な死の臭いが溢れる。

 その死の臭いは浮かれていた魔獣達を包み込み、まるで別の場所に来てしまったかの様な錯覚を覚えさせる。

 目の前の血肉に舌鼓を打っていた者達も、一心不乱に肉の取り合いをしていた者達も、満足して目の前の喧騒を眺めていた者達も、すべてがある一点を見つめていた。

 そこにあったのは黒い汚泥を全身に浴びた様な四本の足。体は夜の闇に溶けてみることが出来ないが、その闇の向こうに赤黒い目のようなものが無数に見える。

 その瞳に瞳孔はなく、目の形に裂けた闇から赤黒い光を放っている。

 次の瞬間、魔獣達の視界が闇で包まれ、残ったのは何かを咀嚼する音だけだった。




どうでしたでしょうか。

今回はノゾムとシーナのやり取りがメインのお話でした。

シーナだけでなく他にもある第4章。正直あとどれだ時間が掛かるか分からなくなりそうです(汗

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[一言] やってないことをやってないと言うだけでどんだけウジウジ続くのこれ?
[良い点] コミカライズから来たけど…好き(小並感)
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