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第4章第9節

お待たせしました。第4章第9節投稿しました。

それではどうぞ。

「なあケヴィン、大丈夫なのか?」


 ケヴィン達のパーティーの1人がケヴィンに声を掛ける。

 彼らは森の中を進んでいく。彼らの目的はマッドベアの討伐。

 マッドベアはその名の通り大きな熊の魔獣であり、ランクCに相当する魔獣だが、彼の心配はマッドベアではない。



「あん?」


「ギルドでの話だよ。キクロプスがうろついているって言ってたじゃないか」


 彼が心配していたのは最近森で見かけられたというキクロプス。ランクAの極めて危険な魔獣が、自分達の近くにいるかもしれないという事だった。よく見ると他のメンバー達の眼も揺れており、不安を感じているのが見て取れた。



「ああそのことか、大丈夫だろ。アイツら普段は森の奥にいるっていうし、冒険者が見かけたのは恐らく群れから逸れたはぐれ者さ。いくらキクロプスでも1体だけなら俺がいるんだし、問題ねえよ」



「……そう……だよな……」



 だが、心配するメンバー達とは違い、ケヴィンに気負った様子は見られない。確かに彼は学園の中でも指折りの実力者だ。その実力と自信に満ちた態度。時に傲慢と取られる彼の態度だが、いつもと変わらない彼の様子にメンバー達の肩から余計な力が取れていった。



「へっ! なんだ、怖いなら帰ったっていいんだぜ」


「こ、怖くなんてねえよ!! だ、大丈夫さ!」


「はん! それならいいけどよ」



 いまだ不安の抜けきらないメンバーを鼻で笑いながら先へと進むケヴィン。いつでもその不遜な態度を変えないケヴィンだが、力のある強いリーダーという意味では、1つの体裁を整えており、このパーティーのメンバーたちの精神的な支柱になっていた。




「ん?」


 先を歩いていたケヴィンが突然立ち止まると、目を細めて周囲を見渡しはじめた。銀狼族の特徴である銀色の毛に覆われた耳が忙しなく動き、鼻をひくつかせている。


「どうしたんだ? ケヴィン?」


「誰か来るな…………」


 その様子に訝しげに見ていたメンバーの一人が尋ねると、ケヴィンは何者かの接近を告げた。

 その時、目の前の茂みをガザガサとかき分ける音と共に、鎧をまとった兵士たちが姿を現した。

 彼らの盾や鎧にはアルカザムの紋章が刻まれている。間違いなくアルカザムの警備兵達だ。



「ソルミナティの学生か……ギルドからの通報を聞いていないのか? ここは危険だ。すぐに街に帰りなさい」


「はっ! なんでテメエの言うことなんか聞かなきゃならないんだよ」


 兵士たちはケヴィンの姿を捉えると、街に帰るよう促すが、パーティーのリーダーであるケヴィンは知ったことではないと兵士たちの警告を一蹴する。

 その不遜な態度はやはり兵士たちの気に障ったのか、兵士の口調が厳しいものに変わる。



「この件は我らが受け持っている。相手はあのキクロプスだ。学生にどうにかできる相手ではない」


「それは他のクズどもの話だろうが。俺には関係ないね」



 先程よりも強い口調で警告してくる兵士だが、ケヴィンの態度は変わらない。それがさらに兵士達の神経を逆なでる。




「お前たちがいても無駄死にするだけだ。この場は我らに任せて今日は帰りなさい!」


「ハッ! 群れなきゃ強くなれない奴の言うことなんて聞く理由はないね」


「いい加減にしろ! これ以上子供のわがままを言うようなら拘束して監獄行きにするぞ!!」


「おもしれえ! やってみやが「そこまでにしておけ……」!!」


「ジハード殿……」



 ついに兵士達との取っ組み合いなるかと思われた時、背中に身の丈よりも大きな剣を背負った戦士が2人の間に割って入ってきた。白く色素の抜けた白髪混じりの黒髪と顔に深く刻まれた裂傷の跡。

 歳は40ほどの外見だが、鋭く射抜くような眼光と銀色の鎧の下から見える肉体は筋肉の鎧でさらに覆われており、20代の様な若々しい雄の精気に満ちている。



 ジハード・ラウンデル。


 銀虹騎士団に所属する騎士であり、大陸でも有数の剣士にして“顎落し”の称号を持つ凄腕。

 ソルミナティ学園においても教鞭を振るっており、アルカザム内において最強の騎士でもある。

 今回、キクロプスを見かけたという情報をギルドから受けた銀虹騎士団が危険性を考慮し、アルカザムの警備隊を支援するために彼を派遣したのだ。




「申し訳ありません、マウズ殿。私の教え子がご迷惑をお掛けしました」


「い、いえ。ジハード殿の責任では……」


「弟子の不始末は師の不始末。この者たちは私が責任を持って監督致しますので、どうかご容赦を」



 ジハードがこの警備隊の隊長、マウズに対して深々と頭を下げ、何があっても自らが責任を負うことを述べるジハード。


 10年前の大侵攻時に活躍し、大陸にその名を轟かせている剣士に頭を下げられたことで恐縮しているマウズ隊長。



 森に入るのは自由であるが、そこで死んでしまっても結局は自己責任。それは学生だろうと一般人だろうと変わらない。

 にもかかわらず、これほどの人物にここまで言われればマウズとしても折れないわけにはいかなかった。



「……分かりました。彼らに関してはジハード殿にお任せいたします」


「感謝いたします。・・・・・・お前達。ついて来るのは構わんが、いざという時は私の指示に従ってもらう。いいな」



 マウズに改めて礼を言うと彼はケヴィン達に向き直り、改めて念を押す。

 生徒達も今の状況を理解しているのか、素直に頷き、首を振るものはいない。


「ケヴィン、お前もいいな。」


「はあ……。まあ、いいぜ」


 ジハードはケヴィンに対してはさらに念を押すように問いかける。

 ケヴィンはジハードが自らよりもはるかに強い強者として認めており、彼の言うことは素直に聞く。


「ならいい。いくぞ……」


 素直に指示に従うなら特に言うことはないのだろう。ジハードは森の奥へと歩きはじめ、ケヴィン達やマウズ達もそれに続く。

 深く暗い闇、どこまでも続いているのではと思える闇の中に。









 三つ目と一つ目の巨人達が少年に向かって突進してくる。

 立ち並ぶ肉の壁が大地を揺るがせ、まるで津波のように押し寄せてくる。

 

 あまりにも巨大な暴力の塊。それが視界を覆うほどの数で突進してくるのだ。

たとえ高ランクの実力者であっても、迫り来る巨人達が放つあまりの迫力と殺気の前に茫然自失となるかもしれない。

 

 だが、その光景をノゾムは冷めた目で見ている。


 自分の中で今まで燻り続けていた激情。


 溶岩の様にドロドロとし、押し込まれ続けていた感情が爆発したノゾム。さらに目の前の巨人達以上の存在を知っている今、彼にはこの程度の暴力と殺気では毛ほどの恐怖も感じなくなっていた。

 


“…3、4、5体が先頭か。残りは右に3体、左に2体。そして最後尾にキクロプスが3体か……”



 自らに向かってくる巨壁を冷静に見極めているノゾム。このままでは数秒で挽肉へと変えられてしまうにも拘らず、彼の頭は目の前の巨人達をどのように斬り崩すかを高速で思考していく。


 僅かに残っていた躊躇が完全に無くなり、力を完全に解放した今、彼の持つ極限の集中力は思考すら加速させ、体感時間を限りなく引き延ばしていた。


 思考のみが加速した世界でノゾムは巨人達を屠るために何通りもの道筋を頭の中で組み立てる。その間僅か数秒。


 彼の持つ刀にはすでに膨大な気が送り込まれ、極圧縮され一筋の光が刃筋に纏わりついている。


 ノゾムと巨人達との距離は僅か数メートル。倍加した身体能力を持つ巨人達なら1秒掛からずに踏破してしまう距離だ。


 もはや目前に迫った巨人達。もはやノゾムの死は目前に迫っていた。




 だが次の瞬間、ノゾムは動いた。

 彼の足元の地面が吹き飛び、一瞬で加速した彼は数メートルの距離を1秒はおろか刹那で踏破。左側にいた巨人の眼前に出現した。


 突然目の前に現れたノゾムに驚いたサイクロプスは、あわてて手に持っていた棍棒を振り下ろす。


“狂気の忌眼”で倍加された筋肉が軋み、棍棒が唸りを上げて振り下ろされる。


 キクロプスと比べれば劣るとはいえ、人一人を殺すには過剰といえる威力を秘めた棍棒。



 だがそれは一瞬でノゾムに打ち落とされた。


 ノゾムの頭蓋を押しつぶすはずだった棍棒はノゾムが無造作に片手で振り払った刀に打ち落とされ、むなしく地面に打ち込まれる。

 ノゾムは打ち落とした棍棒には目もくれず、今度はもう片方の手に持った鞘を気で強化して打ち上げる様に一閃させた。

 振り上げられた鞘はサイクロプスの肘を正確に捉え、巨人の関節を粉々に砕き、衝撃で丸太のような腕がくの字に曲がる。

 さらに関節という支えを失った腕が上に跳ね揚がり、ノゾムはがら空きになった胴を一閃。“幻無-纏-”が掛けられた刃は巨人の体を上半身と下半身に両断し、そのままもう1体を棍棒ごと両断した。



 ノゾムは間を置かずに足に気を込めて瞬脚を発動。中央にいたサイクロプス5体に向かって突進する。


 中央にいた5体の巨人はどうにかしたノゾムを殺そうと次々に棍棒を叩きつけるが、ノゾムは瞬脚を瞬脚-曲舞-に変えると高速の曲線移動を展開。楽々と棍棒をかわし、巨人同士の間を駆け抜ける。




 ノゾムの目的は相手と自分との体格差を利用し、機動戦を仕掛けての各個撃破。


 生物は自分より大きな生物に対しては単独で真正面から戦闘を仕掛けることはまずない。


 だが体の小さい者が大きなものに勝てないわけではない。それは小さき者が大きな者を上回る何かをより有効に使えるからだ。


 人間である彼と巨人との体格差は確かに大きいが、逆に体が大きすぎる故に至近距離で機動力と反応速度に勝る相手に機動戦を仕掛けられると、彼らは体と思考の反応が追いつかなくなるのだ。


 極限の集中力で思考までも加速し、巨人すら上回る身体能力を発現している今のノゾムの動きは巨人に捉えられるものではなかった。




 5体の巨人を後ろに置き去りにしたノゾムはその勢いのまま右側の3体のサイクロプスに吶喊する。


 一瞬で目の前に現れたノゾムに巨人はやはり反応できていない。


 ノゾムは目の前で完全に棒立ちになっている2体を袈裟懸け切り上げの2太刀で両断すると、残ったもう1体に突っ込む。


 巨人は棍棒を振り払ってノゾムを追い払おうとするが、ノゾムにはその棍棒の軌道が異常なほどゆっくりに見えており、まるで子供に丁寧に教え込むような遅さにノゾムの口が釣り上がる


 彼は棍棒の軌道を読みきり、完璧に受け流すとそのまま肩口から巨人に突進した。



 巨人は突進してきたノゾムをその巨体で受け止める。

 凄まじい突進力で巨人とぶつかったノゾム。自身と比べて圧倒的な体重を誇る巨人を突進の勢いだけで押し込み、大樹のような巨人の足で地面に2筋の跡を刻むものの、圧倒的な体重差で巨人はノゾムの突進を押しとめた。


 ノゾムの突進を押し止めたサイクロプスは、動きの止まった彼を挽肉に変えようと、その岩の様な拳を打ち落とそうとしたが……次の瞬間、自身を打ち抜くような衝撃波とともに意識を失った。





 空気が破裂したような炸裂音と共に巨人の身体が吹き飛ばされる。巨人に動きを止められ、その拳で粉砕されるはずだった彼は全く無傷のままそこにおり、吹き飛ばされた巨人の胸は金属板をハンマーで叩いたように陥没していた。



“発振”


 気術“破振打ち”と同系統の内部破壊技。完全な密着状態から足と腰、体幹の動きのみで打撃を打ち込む体術。

 一瞬で体幹の力をすべて集約した打撃は衝撃波となって相手の体内に浸透。内臓をその衝撃波で破壊する。

 気術ではなく純粋な体術であり、破振打ちの様に技の発動に気を使用しない。また、完全な密着状態で放たれるため、防御も困難な技だ。


 元々刀を保持したまま体術戦を行うための技法の1つであり、破振打ちと比べて難度は高いものの、刀も振れないような極接近戦においてはかなり頼りになる体術である。



 先程のサイクロプスはこの技をモロに胸板に受け、肋骨を粉砕された。さらに巨人の身体を駆け抜けた衝撃は心臓と肺の毛細血管を破裂させ、致命的な心停止へと導いた。




「ッ!」


 突然、ノゾムの肩から血が噴き出した。彼の服にも新しい血がジクジクと服の下から滲んできている。

 これは先程のワイルドドックやキクロプスの戦いが原因ではない。ノゾムが持つティアマットの力、その龍殺しとしての力のタガが外れたことが原因だ。


 ノゾムが手に入れてしまったティアマットの力は歴代の龍殺し達と比べても桁外れに大きい。

それほどの桁外れの力は、たとえ多少の適性を得たとしても人間1人に収まるものではなく、能力抑圧が無ければノゾムはとうにその力に呑みこまれていただろう。


 今まで能力抑圧を解放したときは、ノゾム本人が自分の身体を食い破ろうとする力を全力で抑えようとしていたため、僅かばかりの時間の間ではあるが何とか制御できていた。

 だが、完全にタガが外れてしまった今の彼はその事すら忘れ、漏れ出した過剰な力は彼の身体を喰らい始めていた。


 恐らく彼の中に染みついた生存本能のみが無意識のうちに完全な開放を拒み、龍殺しの力を制御していたのであろう。そうでなければ僅か十数秒でノゾムという存在はこの世からいなくなっている。





「「「「「オオオオオオオオオオ!!!」」」」」


 ノゾムが置き去りにしてきた5体のサイクロプスが追い付いてきた。そのうち3体の巨人がそれぞれ上、左右からノゾムに向かって棍棒を振り下ろす。


 ノゾムは真正面から打ち下ろされた棍棒を素手で受け流し、そのまま左から薙ぎ払ってきた巨人の棍棒に叩きつける。


 あまりに巨大な2つの力の激突に周囲に轟音が鳴り響き、衝撃波がまき散らされるが、ノゾムは気にせず右から襲い掛かってくる巨人を迎撃する。


 横薙ぎに振り抜かれた棍棒はノゾムの刀で受け止められた瞬間、一方的に切り裂かれ左右に分断された。


 ノゾムはそのまま両断された自分の棍棒に呆然としている巨人の身体を切り裂き。その勢いのまま、たたらを踏んでいる残り2体のサイクロプスを一太刀で両断する。


 3つの巨体が6つに分かれ、内臓をこぼしながら地面に転がる。

十数秒。その僅かな間に7体の巨人が屠られ、その屍をさらすことになっていた。



 残った2体のサイクロプスがノゾムに突っ込んでくる。その姿を見たノゾムは鞘を持っている手に気を膨大な集約させた。

 込められた気はノゾムの腕を内側から引き裂き、傷口から血が噴き出るが、ノゾムは構わずその拳を地面に叩きつけた。


 気術“滅光衝”


 巨人の眼前の地面が吹き飛び、噴出した気の奔流。突進の勢いがついたサイクロプスは止まることが出来ず、その身を光の中で焼き尽くされ、絶命した。






(これでサイクロプスは全滅。残りはキクロプスのみ…………)


 サイクロプス達は全滅し、ノゾムは息を整える。全身に裂傷が走り、血がとめどなく流れ出ているにも拘らず、彼は痛みを全く感じていなかった。

 ノゾムが感じることが出来ていたのは、目の前に広がる真っ赤な光景と自分の中で暴れまわるティアマットと自分の激情のみ。




“ゆだねろ。解き放て。目の前の存在、すべてを焼き払え!”




 ノゾムと“奴”は今までにないほど同調していて、心の中に響く声は彼のものなのか、奴のものなのかもう分からないほど溶け合っていた。



 心臓の鼓動がかつてないほど速く、力強く鳴っている。心音が鳴るたびに傷からノゾムの命が漏れ出していくが、刻まれた傷は熱を帯びて火照っており、彼はそれだけで心地よくなっていく。



 ノゾムは残った3体のキクロプスを睨みつける。


 狂気に身を浸しているはずのキクロプス達は完全に尻込みしており、真紅の瞳が戸惑いで揺れていた。


 だが彼には相手がどうであろうと関係なかった。自らの足に新たな傷を作りながら、瞬脚で突っ込むノゾム。


 3体の内、2体のキクロプスが慌てて前に出るが、すでに遅かった。


 ノゾムはキクロプスが棍棒を振り抜くよりも速く、自分の間合いに潜り込むと棍棒を保持している両腕を気を込めた刃で斬り飛ばす。巨人の腕は棍棒を持ったまま宙に舞い、返す刀でノゾムは巨人の胸板を一閃した。


 ノゾムの斬撃は巨人の鉄板の様にぶ厚い胸板を切り裂いたが僅かに浅く、致命傷に至っていない、だが彼にはそれで十分だった。


 ノゾムが放った斬撃。巨人の胸板を切り裂いた気刃が突然膨張。それと同時に気刃の表面が無数の剣山の様に逆立つと、彼の剣筋に沿って炸裂した。




 気術“塵断”


 “幻無”が相手を両断する斬撃なら、この技は相手の肉体を抉り取る斬撃、剣筋に沿って放たれた気刃が逆立つ無数の針状に膨張。相手の肉体をヤスリの様に削ぎ落とす気術。


 胸板を切り裂かれたキクロプスは、“塵断”によって胸の筋肉と肋骨すべてを抉り取られた。

支えを失った巨人の肺と心臓が零れ落ち、キクロプスが血の泡を吹きながら前のめりに崩れ落ちる。



 


 ノゾムはすぐさまもう一体のキクロプスに飛び掛かる。巨人の顔を鷲掴みにすると、そのまま頭と足を天地と逆にして飛び越えつつ相手の首の骨をへし折った。


 巨人の後ろに着地するとノゾムは刀を納刀しながらキクロプスの背中に“破振打ち”を叩きこむ。

 叩き込まれた気と衝撃はそのままキクロプスの内臓に伝搬、巨人の腹が爆発すると同時に内臓が飛び出し、地面にぶちまけられる。




(これでラスト1体…………)


 ノゾムは返り血と自傷で流れ出た血で全身を真っ赤に染め上げながら最後に残った巨人と相対する。



「グアアアアアア! グオオオオオオ!」



 最後の巨人の咆哮が星の瞬く空にむなしく響き渡る。目の前の化け物の様な存在に対する恐怖に気がふれたのか、それともその恐怖に呑まれそうな自分を必死に鼓舞しようとしているのか。はたまた目の前で散っていった同族を悲しんでいるのか。

 だが巨人の心はノゾムには分からない。今の彼にあるのはただ目の前の存在を屠るのみ。





「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 一際大きな咆哮と共に、キクロプスがノゾムに突っ込んでくる。あれだけ多くいた仲間が成す術無くやられたのだ。狂気に身を染めていても目の前の存在にはどうやっても勝てない事は巨人にも分かっている。


 だがそれでも巨人は引かなかった。理由は復讐か、狂気か、それとも本能か。


 その理由は誰にもわからない。


 ノゾム自身にも分からないし、ここは戦場。生死が紙一重で交差する中で相手の理由など、今の彼は気にかけない。



 ノゾムの手が鞘に納刀していた刀の柄に添えられる。次の瞬間には、巨人の片腕が気術“幻無”で斬り飛ばされていた。



「オオオオオオオオオオ!!!!」



 だが巨人は失った片腕の事など気にかけない。傷口から血を吹き出しながら、ノゾムに向かって踏み込もうとする。

 しかし、巨人が再び一歩踏み出した瞬間、もう片方の腕が“幻無-回帰-”によって斬り飛ばされた。


 両腕を失い、戦う術を奪われたキクロプス。それでも巨人はあきらめなかった。

 キクロプスが再び走り始める。一直線にノゾムにめがけて突進し、その巨体をノゾムにぶつけようとしていた。



“せめて一矢報る!!”



 雄叫びを上げながら向かってくる彼は、人の言葉を話せずともそう言っているようだった。

 


 だがその思いは届かなかった。



 ノゾムが両手を引き、腰だめに構える。両手に大量の気が集まり、圧縮されていく。

 巨人がノゾムまであと一歩というところまで迫った時、その技が解放された。


 気術“震砲”


 圧縮され、一方向に開放された気の奔流は、ノゾムの目前に迫っていたキクロプスに叩きつけられ、その巨体を一瞬で反対方向に吹き飛ばす。

 地面に叩きつけられたキクロプス。両腕を失い、上半身を使いどうにか起き上がった彼が見たのは、刀を構える化け物の姿。




 ノゾムは刀の刀身に膨大な気を送り込み、極圧縮する。

 片手で突きの体勢を取り、鞘を持った手で照準を定めるその姿はさながら弓の名手のようだが、番えられた矢が放つ威圧感は攻城弓ですら比較にならない。

 ノゾム自身の身体から放たれる絶大な力がギシギシという音と共に大気を軋ませ、彼の身体をさらに傷つけるが、ノゾムはその事に目もくれない。



 ノゾムの身体が一瞬沈み込み、次の瞬間、地面が爆発する轟音とともに掻き消え、一瞬でキクロプスの眼前に出現する。

 


 一瞬、2人の視線が交差する。巨人の眼には既に狂気の色は無く、ただ目の前の存在を見つめており、その目を見たノゾムの顔が僅かに歪む。



 殺す者と殺される者。



 長い一生の中での一瞬の邂逅。




 気術“芯穿ち”


 巨人が何を考え、何を想っていたのかわからないまま、ノゾムは番えていた矢を打ち放った。








 目の前にキクロプスの死骸が横たわっている。俺が放った“芯穿ち”はキクロプスの背中をほぼ貫通したうえで爆散。だがそれでも巨人の背骨を内臓ごと吹き飛ばし、大穴を空けた。




“芯穿ち”


 気術“幻無”と“塵断”の合わせ技。極圧縮された気刃を相手の内部に突き入れ、そのうえで塵断を発動。気刃を打ち込まれた相手は体内を無数に拡散した気の剣山で切り刻まれる、極めて殺傷力の高い技。




 なんでこいつはあの時、狂気の忌眼を解いたのだろう。


 敵わないと知って諦めたのか? それとも他に何かあったのか?


 俺には分からない。少なくとも俺なら最後まであがこうとするだろう。俺自身死にたくなんてないし、ティアマットと戦った時もそうだった。


 でも彼らはそうしなかった、最後まで戦わなかった。なんで…………。


 巨人が見せた最後の姿。それに疑問を生じた俺の頭に理性が戻り始める。






「…………あ……」

 

 ふと顔を上げた俺の視界が真っ赤に染め上げられた。目の前には俺が引き起こした惨状が広がっている。


 巨人たちの死体が目の前に散乱している。上半身と下半身を両断された者、首の骨を折られ、内臓をぶちまけたまま崩れ落ちている者、全身を焼かれた者。他にも様々な者がいるが、そのすべてが無残な姿で屍をさらしていた。

 その死体から流れ出た血は地面を真っ赤に染め上げ、大きな血の池を作り上げている。

 


 その光景にあの紅い夢がフラッシュバックする。

 廃墟となったアルカザムとよく知る人たちが掛け焦げていく臭い。


 目の前に広がるのは錆びた鉄と真っ赤に染まった自分自身。

 そのどちらもが言い切れないほどの死の臭いを振り撒いていた。




「グッ!!! ゲエェエェェェ!!」


 猛烈な嘔吐感とともに胃の中のものがこみ上げてくる。耐え切れず、膝をついて胃の中の物を血の池にぶちまけていく。

 口の中に酸っぱい味が広がり、胃酸が喉を焼いていく。



「げえ、うげぇ、ぐっ、おえ……」


 胃の中の物を全てぶちまけても嘔吐感は消えてくれない。胃の中に残った胃液すらも吐き尽くし、それでも口からは声にならない声だけが吐き出される。




「お、おれ……こんな……」




“強くなりたい”


 確かにそう思っていた。リサの夢を支えたいと思い、そのために強くなろうとした。あの時からそれは逃げる理由になってしまっていたけど、その時は少なくともまだ強くなりたいと思っていた。



 両手を見る。血と吐しゃ物で汚れきった手。

激情のままにすべてを蹂躙し、殺し尽くした殺戮者の手。



 でもこうじゃなかった。こんな事のために強く成りたかったんじゃなかった。

 例え理由は逃げていたのだとしても、少なくともこんな風に死を撒き散らしたいんじゃなかった!!




「お、俺……こんな事の為に……つよくなりたかったわけじゃ…………」



 目の前の血の海に崩れ落ちる体。自分の犯した過ちに呑まれ、俺の意識は底知れない深い闇に呑まれていった。





いかがだったでしょうか。

今回でプロット上でようやく第4章半分ほど過ぎました。

あとどれくらいかかるかは書いてみないと分かりませんが、皆さんに楽しんでいただけるよう頑張ります。

それではまた次節で。


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