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書籍版発売記念 特別閑話  オコで酒乱な女神様とその友人の悲哀

書籍化を記念して、短くはありますが、書籍版の閑話を投稿します。

書籍版オリジナルの名前も人物も出てきますし、web版とは違うところもありますが、ご容赦ください。



「もうもうもう! あの陰険教師ぃいい!」


「アンリ、少し落ち着いてくれ」


 カウンターの隣でやけ酒を煽る親友を眺めながら、私は念のために水を注文した。髭を生やした品の良いマスターが、素早く水を注いだグラスを用意してくれる。

 ここは行政区にある行きつけのバー。全体的にシックで、艶の良い木材をふんだんに使ったおしゃれな店内が特徴的な店だ。

 一日の仕事が終わってからアンリを飲みに誘い、ここに来たのだが、親友はのっけから度数の高い酒を頼み、次々に杯を空けていった。

 十階級の補佐をするようになってから、わりと荒れることの多かった親友だが、今日はいつにも増して不機嫌だ。

 なんでも、カスケル先生からある生徒について随分ネチネチ言われたらしい。さらに、相当上から目線で食事に誘われたそうだ。


「なぁにが、屑石に時間を使うのは無駄だ、よ! アンタそれでも教師か~~!」


 職務放棄教師め! と吐き捨てながら蒸留酒をラッパ飲みする親友に、私は溜息が出てくる。

 カスケル・マティアートは現在のアンリが教官補佐をしている二学年十階級の担任だ。つまり、彼女の実質的な直属の上司となる。

 元々貴族階級出身なだけあり、かなりプライドが高く、中々日の目を見られない十階級の生徒に対しても、おざなりな対応をしているらしい。


「おまけに、なにが故郷に戻れば自分は帝国貴族よ! マウント取らないと食事にも誘えないのか~~!」


「やれやれ……」


 アンリは基本的にいつもニコニコしていて、心の広い女性だが、それでも限度がある。ここまで怒り心頭な様子を見るに、カスケルは相当しつこいアプローチをしていたのだろう。

 確かに私の親友は見目麗しい。女性の柔らかさを十分に体現した肢体を持つし、包容力も豊かだ。母性に満ちた笑みは同じ女性から見ても魅力的で、傍にいていつも安心感を得られる。間違いなく優良物件だ。

 男性からの告白も多い。学生時代もそうだった。思い出したらちょっとムカついてきたぞ。

 もっとも、その親友には男の影はない。彼女は今、件の生徒の事で頭が一杯だからだ。


「それで、肝心の姫様が気にかけている生徒は、最近どんな様子なんだい?」


 そう言いながら、アンリの席にある蒸留酒を、頼んでいた水と入れ替える。いい加減、酒を飲むのは控えさせたほうがいいだろう。

 ついでに話題を変えて、少しでも昂った気持ちを宥めさせる。


「……全然ダメ。ずっと独りで、ずっと傷だらけ。まだスパシムの森に一人で入っているし、パーティー組んでって言っても聞いてくれない」


 グイッと私がすり替えた水を飲み干したアンリだが、唐突にカウンターに突っ伏してしまう。

 先ほどまで怒り心頭だった親友が、信じられないくらい意気消沈してしまった。

しまった、最近少し落ち込んでいるアンリを元気づけるつもりで酒に誘ったのだが、逆効果になってしまった。別の話題にすればよかったか?


「どうすればいいのかな~。そうだ! 私がずっと一緒にいたらどうかしら~?」


「……は?」


 一瞬、親友が何を言っているのか理解できなかった。話の前後がつながっていない。

 数秒後、私はようやく件の生徒の環境を思い出した。十階級の中でも特に成績が伸び悩んでいる彼は、同クラス内でも蔑視の対象となっていたはず。


「名案よ! そうすればノゾム君も理不尽な暴力には晒されないし、能力的に頭打ちな彼の参考にもなるわ~」


「いや、それは……」


 唐突に頓珍漢なことを言い始めた親友に、私は酒を止めるのが遅かったことを悟った。元々おっとりとしていて、ゆるふわな親友だが、酒が入ると普段から浮世離れしている思考が明後日の方向に旅立ってしまう時がある。


「一緒に授業受けて、一緒に食事をして、一緒に訓練して……うん! 行ける行ける!」


「いや無理だろ。立場上、離れる時もあるし、目の届かないところは絶対に出てくる」


 少しでも軌道修正を試みてみるが、一体どれほど効果があるのやら。

 アンリは生徒から人気があるとはいえ新人教師。一人の生徒を特別扱いすれば、周りからの反感も出てくる。

 それに彼は寮生活。放課後は必然的に離れる。四六時中、アンリが傍にいることはできない。


「なら、一緒の家に住めばいいわ~。丁度部屋も空いているし……」


「いやいや、それこそ問題だろうが!」


 ダメだ。この天然ほんわか娘、自分の立場とか現実とか一切無視して、ノゾム君と四六時中一緒にいる方向に舵を切りおった。


 仕方ない、別方向から説得して諦めさせるしかないか……。


「そもそも、私にもそうだが、ノゾム君はまだそこまでアンリに心開いてないだろ?」


「う……」


 実際、彼は学園の誰にも心を開いていない。私も何度かカウンセリングを試みたが、なにも進展がなかった。正直、彼はこのまま学園に残るより、別の道を探した方が私はいいと思うのだが……。


「下手にしつこく付きまとえば逆効果だ。むしろ、より避けられる可能性の方が……ん?」


「うわ~~ん! ノルンのバカ~~!」


「あ、おい待て!」


 突然泣きべそをかきながら、アンリが跳ねるように席を立った。そのままズガン! と勢いよく入り口のドアをたたき開けて外へと飛び出してしまう。

 無意識に気を遣っていたのだろう。勢いよく開けられたせいで蝶番が外れた扉が、そのまま吹き飛んだ。

 外れた長方形の扉が、店の入り口に空いた四角いドア枠の奥に見える道路に落ちる。

 同時に、店内の空気が凍り付いたように停止した。そりゃ、そうだ。目の前の光景は、大人とはいえ華奢な女性のアンリがやったとは思えないだろう。

 深窓の令嬢のような外見から誤解されがちだが、アンリはああ見えてもソルミナティ学園の教師である。

 さらには気術を得意とし、古今東西、様々な武具を使いこなす達人だ。もっとも、今の彼女は暴走する悍馬のようなもの。早く追いかけないと……。


「すまないマスター。修理代は……」


「元々立てつけが悪かったんだ。近々修理する予定だったから、気にしなくてもいい。それより、早く追いかけてあげなさい」


 空気が死んだ店内でただ一人、悠然とした様子でグラスを拭いていたマスター。その気遣いに感謝の念が湧き起こる。とても人ができたマスターだ。少し惹かれてしまう。


「ありがとう……。こら~~アンリ! 気術で身体強化したまま夜の街を爆走するんじゃな~~い! 迷惑だろうが~~!」


 とりあえず、財布にあった金を全額カウンターに乗せて、私は親友を追いかける。

 遠くから、ドカドカと舗装された床石を粉砕する音が聞こえてきた。どうやら、あっちの方に駆けていったらしい。まったく、私は魔法が使えるが、身体強化はそれほど得意じゃないんだぞ!

 後日、行政区を爆走する二人の女の話題が学園に広まり、私はアンリと一緒に教官室に呼び出され、親友ともどもお小言を貰うことになった。

 ちなみに、私がちょっといいなと思ったマスターは、既に所帯をもっていた。奥さんは小柄だが、親友とよく似た包容力のありそうな女性だった。ちくしょう……。


いかがだったでしょうか?

この閑話は書籍版を補完する形で作っていたものです。

もしよろしければ、書籍版の方、よろしくお願い致します。


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