第4章第2節
お待たせしました。第4章第2節です。
ノゾム達は学園に通じている大通りを歩いていた。周りには同じように登校している生徒たちが談笑しており、各々の話題に花を咲かせている。
白を基調とした制服は様々な人たちが行き交うこの通りではかなり目立つが、その中でもアイリスディーナ達は、相変わらず群を抜いて目立っている。
道行く人たちはすれ違う度に彼女たちに視線を向け、続けてノゾム達に嫉妬や疑問に満ちた視線を向ける。心なしかノゾムに対する視線が多いような気がするが、無理もないだろう。
マルスの容姿は実はそれほど悪くない。多少眼つきが悪いが背は高く、むしろ整っている。彼の妹のエナも、生命力に溢れた美少女であることを考えると、納得できる容姿だ。
今までは彼はいつも眉をしかめ、剣呑でピリピリした雰囲気を纏っていたため目立たなかったが、今はそれも落ち着いており、そうなると元の容姿の良さが際立ってくる。
(まあ、確かにこの中じゃあ俺が一番普通だけどさ……)
対するノゾムは全く普通の容姿だ。そこら辺にあるいている人の顔をそのまま持ってきて、それを張り付ければ出来上がり、といった容貌で、背丈も普通。必然的にマルスより多く、嫉妬の視線にさらされていた。
(そういえば、以前校舎裏で見つけた符。東方の術式で遠見の術だっていうのは分かったけど、結局誰が使っていたのかまでは分からなかったな……)
ノゾムはふと以前校舎裏で見つけた符を思い出した。
あの時見つけた符は今でも持っており、図書館で調べたところ、“間結の眼”という 遠見の術のひとつであることは分かったものの、誰が使っていたのかは分からなかった。
ノゾムの交友関係は狭く、また他のクラスの生徒についてもよく知らないことが原因だった。
視線を感じた方向にこの符があった事とマルスが誘い出された事を考えれば、この符の持主が元凶であることはすぐさま思いついく。
(……アイリスやティマさんなら分かるかも)
「そういえば、アイリスとティマさんに聞きたいことあるんだけど、いいかな?」
「ん、なんだい?」
「え、いいけど……何?」
ノゾム懐から校舎裏で回収した符を見せる。
「これがなんだかわかる?」
ノゾムが見せた符に初めに反応したのはティマ。さすがに魔法使いとし英才教育を受けてきたのか、素早い反応だった。
「これって符だよね。東方で魔法の媒体に使われている。」
「うん。これに見覚えはないかな?」
彼女は目を細めてノゾムの持つふと見つめているがその表情は芳しくない。
「う~ん。遠見の術式のひとつだっていうのは分かるけれど…………」
「私も見覚えがないな。そもそもこの学園で東方の術式を納めている者はほとんどいない。あの国の人はあまり国外に出ないからね。少なくとも3階級以上ではいなかったはずだよ」
ティマの隣で見ていたアイリスディーナも同じく見覚えはないそうだ。同時に彼女はノゾムがこんな符を持っていることに疑問を感じた。ノゾムが魔法等の魔力を頼った手段をとれないことを知っていたからだ。
「…………というかノゾム。この符、どうしたんだい?」
「え! えっとそれは…………」
ノゾムはアイリスディーナの突然の問いかけに、つい言い淀んでしまう。
実は、ノゾムは校舎裏に連れ込まれた事をアイリスディーナ達に話していなかった。彼としてはアイリスディーナ達に余計な心配をかけたくなかったし、元々校舎裏に連れ込まれたこと自体、彼女達に非は無かった。大騒ぎをしたのはノゾムのクラスメートであり、彼女達はただ友人を食事に誘いに来ただけなのだから。
ノゾムはマルスが意図的にノゾムから引き離された事を聞いて、アイリスディーナ達に話すのはそれを行った奴を見つけた上で、全部解決してからの方がいいと考えたのだが……。
「………………何か隠しているのか?」
「……そうなの?」「そうなんですか?」
ノゾムが言い詰まったことで、アイリスディーナ達はノゾムが何かを隠していることを敏感に感じ取った。
おそらくその原因に自分たちも関係があると感じたのだろう。アイリスディーナの視線が鋭くなり、ノゾムは妙な息苦しさを感じていた。
「ええっと「コイツ、この前お前達がうちのクラスに来た後、校舎裏に連れ込まれたんだよ」ちょっ! マルス!!」
「…………どういうことだい?」
「ノゾム君……」
「ノゾムさん……」
ノゾムがどうにか言い逃れようとするが、アイリスディーナ達は彼に詰めより、3方向からの視線で“嘘はダメだぞ”とノゾムを封殺する。
アイリスディーナの声が低くなり、妙に威圧感のある声に変化してきた。彼女の目付きはさらに鋭くなり、刺すような視線がノゾムを貫く。
ノゾムを見つめるティマとソミアの顔も厳しくなり、ノゾムの耳には“ジローーーーーーーーーー”という、突き刺さる視線の音まで聞こえてくるようだった。
「……ええっと。だからそれは「話してくれるね」…………はい」
結局、ノゾムは3人の視線に耐えきれず、校舎裏での出来事を洗いざらい吐かされた。
それを聞いたアイリスディーナは正に怒り心頭といった様子だった。綺麗な眉を顰め、深い黒色の瞳が怒りに揺れている。彼女の怒りは集団で一人を暴行した生徒に対してだが、それを隠していたノゾムに対する怒りもあった。
「……なんで話さなかったんだい?」
「いや、そもそもアイリス達に非は無いわけだし。それに解決してからの方が良いかなと思って……」
「そういう問題じゃないだろう!! まったく君は!」
「そうですよノゾムさん! 話してくれなかったというのが問題なんです!!」
「そうだよ! 友達がひどい目に事があったのはつらいけど、それを教えてくれなかった方がもっと悲しいよ!!」
3人の少女達から責められるノゾム。彼の言うことも解らなくもないが、彼女達としては自分達が少なからず関わっている以上無視はできなかったし、いくら気を使ってくれていたとはいえ、隠された事が何より悲しかった。
「ククッ! まあ、今回はノゾムが悪いな。」
マルスはまるで他人事のように呟きながら、3人から詰め寄られているノゾムを眺めている。本人も関わっているくせに、いつの間にか第三者の側に立っているマルス。彼の頬は緩み、アタフタしているノゾムを見て明らかに楽しんでいる。
しかし、アイリスディーナも彼の事を忘れたわけではなかった。
「………………そういえばマルス君も知っていたんだな。その上で隠していたと。」
「あ!」
「…………そうですね。この場合、マルスさんも同罪ですよね」
「……マルス君」
「…………えっと。あっそうだ! 今日俺日直だったわ……」
アイリスディーナ達の矛先が自分に向いたことに気づいたマルスは、あからさまな嘘をついてこの場から離れようとする。しかし、駆け出したマルスは、後ろから制服の襟首を掴まれて引き戻される。マルスを引き戻したのはアイリスディーナ。彼女はとても綺麗な笑みを浮かべながら般若の様な威圧感を放っている。ソミアとティマもまた同様に、その華奢な身に似合わない覇気を纏っている。
「さて、お説教の時間だ」
ノゾムとマルスがこの3人に逆らえるはずもなく、早々に白旗を上げることになった。
結局、ノゾムとマルスに対する3人の説教は学園前の中央公園まで続き、エクロスに通うソミアと別れる場所に来るまで続いた。
「ノゾム、今度からはそういうことで隠し事は無しだ」
「いいですね! ノゾムさん!」
「マルス君も……だよ」
「あ、ああ」
「……わ、分かったよ……」
ノゾムもマルスも肩を落として青い顔をしている。ここまでの道中でかなり絞られたようだ。
まだ子供のソミアは可愛らしく頬を膨らませてぷんぷん怒っていたが、アイリスディーナは、いつも冷静な彼女らしくなく、大きな声をあげていた。
ノゾムはまさかそこまで彼女が怒るとは思っていなかったのか、アタフタしながらひたすら謝ることしかできなかった。
ティマの方は、マルスを悲しそうな顔でジッと見つめるだけだったが、儚げな美少女に悲しそうに見つめられ続けたら、普通の男なら凄まじい罪悪感を覚えるだろう。
当のマルスも例外ではなく、初めは気まずそうな顔で視線を逸らすだけだったが、次第に“うっ”とか“むぅ”等と唸るようになり、最終的には小さな声で“スマン”と謝っていた。
「おお! そこにおるのはあの時のお嬢さんじゃないか!」
突然の声にノゾム達は声のした方を見ると、白髪と白髭を蓄えた老人がこちらにやってくるのが見えた。数日前のデートでアイリスディーナにベタベタ触ってきたエロ爺、ゾンネだった。
「…………なんで爺さんがここにいるんだ?」
ノゾムがゾンネに疑問を投げかけると、老人は意気揚々と答え始めた。
「なに、こちらから香しい香りが漂ってきたのでのう。おそらく相当な花達がおると思いやってきたのじゃが、そうしたらまた御嬢さんと会えるとは…………運命を感じるのう!」
(香りって…………憲兵呼んだ方がいいかな? それとも医者?)
相変わらず、脳内ピンク一色の爺さんだが、匂いで美少女が分かるところを見ると、かなりマズイ様な気がする。一刻も早く憲兵に引き渡して、男だけのムサい獄中に押し込むべきかとノゾムは半ば真剣に考え始めていた。
「何と! 他にも美しいお嬢さんがおるではないか! どうじゃ! 良かったらワシと一緒にお茶でもせんか?!」
「え、私ですか」「……えっ!」
ゾンネはアイリスディーナの傍にいたソミアとティマに気付くと、時間も場所も気にせずナンパをし始めた。この場所は学園の正門近くなので、当然登校中の多くの学生達や、仕事に向かう人達に見られることになる。実際周りにいる人達が何事かと此方を眺めているが肝心のゾンネは全く気にした様子はない。
「うむ! ちょうどこの近くに良い店があるんじゃよ! それにしても可憐じゃのう。まるで白百合のようじゃ!」
グイグイとティマとソミアに迫るゾンネ。この前はアイリスディーナに声を掛けておきながら、その本人を前にして彼女の親友に粉をかけようとするあたり、見境が無さ過ぎる。
「あ、あの…………あうぅ、でも私達これから授業が…………」
ソミアはよく分かっていないようだが、問題は元々男性が苦手なティマ。ゾンネがあまりに勢いよく迫ってきたため、その勢いに完全に飲まれてしまっていた。
「何、気にせんでもええ! 一番大事なのは今ここで出会えたことじゃ! 人の出会いは一期一会。ここで出会えた人とは人生でもう二度と会えぬかもしれん。ならばこの出会いはいかなる宝石よりも価値がある! というわけでお嬢さん。早速ワシと一緒にデートを「「いい加減にしろ!!!」」ぶべらぁ!!」
ノゾムとマルスが打ち下ろした拳がゾンネの頭に直撃する。完全に同調した2人の拳は、変質者じみたゾンネの頭を石畳に叩き付け、老人は情けないうめき声とともに、顔面を強打した。
「な、何するんじゃ!」
「それはこっちの台詞だ、エロ爺! いい加減にしないと簀巻きにして憲兵に引き渡すぞ!!」
地面に叩きつけられて顔を真っ赤に腫らせたゾンネは、相変わらず自己中な事を言ってくる。さすがにこの老人に対してはノゾムも遠慮する気は無くなっていたので、物理的な手段を講じてもこの老人を止めることに迷いは無かった。
だが、次に聞こえてきた言葉に、さすがにノゾムも戸惑ってしまった。
「……いや、そんな必要ない。今すぐ切り殺そう……」
「……え!」
とんでもなく物騒な提案をしてきたのはマルス。既に彼は背中に背負った大剣に手を掛けており、今にもゾンネを切り殺しそうだ。
よく見ると彼の目は完全に血走っており、怒りに我を忘れているようだ。
「ちょ、お主!こんな所で何する気じゃ!!」
「決まってんだろ!! 目の前にいるふざけたジジイにヤキを入れてやるんだ!!」
マルスは鞘から大剣の刀身を覗かせる。さすがにまずいと思ったのかあわててティマとソミアが2人の間に割って入ってきた。
「ちょっと! 駄目ですよマルスさん!!」
「ま、待ってマルス君! さすがにそれはやり過ぎだよ!!」
「た、助けとくれ~~!!」
「あ! こら待ちやがれ! くそジジイ!!」
ゾンネに飛び掛ろうとしたマルスをティマとソミアが押し止める。元凶である老人はマルスのあまりの怒りに命の危険を感じたのか、脱兎のごとく逃げ出した。
(って速! いったいどんな体しているんだ。あの爺さん……)
明らかに老人とは思えない速さで逃げていくゾンネ。彼の姿は既に中央公園の入口まで移動しており、どう見ても老い先短い人間には見えない。
しかし、よく考えればノゾムの師匠も明らかに老人とは呼べるような存在では無かった。彼女の出鱈目さを考えた場合、種族“シノ”という単一個体の種族だと言われてもノゾムは納得するだろう。
そんな希少な生物に連続で出会えるなんて、普通なら滅多に無いことと喜ぶのかもしれないが、相手があのシノだと考えるとノゾムの場合ゲンナリしてしまうのは仕方ないかもしれない。
「逃がすか! 待ちやがれ!!」
「お、落ち着いてよ。マルス君!」
「姉様もノゾムさんも!! 見ていないで手伝ってくださいよ~~」
(あ、マルス達を忘れてた……・)
ソミアの言葉に我に返ったノゾムは、慌ててマルスを止めに走り出した。
ノゾムとマルスはアイリスディーナ達と別れ、10階級の教室に向かって歩いていた。
先程のゾンネに対する怒りが治まらないのか、マルスはまだイライラしている。
「くそ、あのジジイ……」
俺はまだあのジジイに対する怒りが収まらず、ぼやく様に愚痴ってしまう。結局ゾンネとかいう爺は退散したんだし、あいつらが怪我をしたわけじゃないが、俺の胸の中には自分でも理解できない怒りの炎が渦巻いていた。
「まあ、あの老人に同情なんかできないけど……マルス、まだ治まらないのか?」
「……ふん!」
ノゾムが未だ怒りの治まらない俺に声を掛けてくるが、頭に血が上ったままの俺は突き放すように声を漏らすだけだった
そもそもなんで俺はこんなに怒っているんだ?
ティマにあの爺が近づいた時、俺の中に今までかんじた事の無い怒りが湧き上がった。今まで散々周りに当り散らしてきたときとは違い、心臓が一瞬で鷲づかみにされたような焦燥感。
一瞬で目の前の爺を敵だと認識し、一刻も早く目の前から排除しようとした。すぐにやり過ぎだと感じたけれど、胸の中に一度湧いた焦燥感は、理性を押しのけて、気が付いたら剣に手を掛けていた。
(どうしちまったんだよ? 俺…………)
いつもと様子の違う俺を、目の前の親友が心配そうに見つめていたが、俺がそれに気付くことは無かった。
未だ心ここにあらずのマルスを見てノゾムはため息をひとつ吐く。この様子では教室にたどり着いても気付かないかもしれない。
その時、1人の男子生徒が目の前に飛び出してきた。
「あっ、と」「おお!」
慌てて避けようとするが避けきれず、互いの肩がぶつかってしまう。ノゾムはすぐに体勢を立て直すと今目の前に出てきた相手を確かめて、驚いた。
すらりとした無駄の無い体躯、ちゃんと見えているのか分からないほど細い目をしているが、整った甘い容貌と輝くような金色の金髪。おそらくこの顔で声を掛けられたら、大概の女性ならコロリといってしまうかもしれない。何よりノゾムの目を引いたのは、その髪と同じ金色の尻尾が、その生徒の尻尾から生えていたことだった。
「ああ、堪忍な。急いでいたんだわ。怪我ないか」
「ああ、俺は大丈夫だけど……そっちこそ大丈夫か?」
「ああ、大丈夫やで。ワイ、こう見えても結構鍛えてるさかい」
そういってその男子生徒は腰に手を当てて胸を張る。少し子供っぽい仕草だが、そこに悪意や苛立ちのような負の感情は無く、むしろ子供の様な純粋さがあったが、ノゾムは彼の雰囲気に妙な既知感を覚えていた。
「あ、ワイの名前はフェオ・リシッツア。3学年2階級や」
「あ、俺はノゾム・バウンティス。3学年10階級」
「ふ~~ん。ワレが“あの”ノゾム・バウンティスかいな」
「ああ…………」
ノゾムの名前を聞いたフェオが細い目をさらに細めてノゾムを見つめる。ノゾムはさらに強くなった既知感と覗くような彼の視線に、自分の記憶を堀り起こそうとしていた。
“カラ~~ン、カラ~~ン”
その時、朝礼の鐘が鳴った。
「あ、マズイわ。このままじゃ遅刻扱いされてしまうわ。じゃあなノゾム!」
一方的に別れを告げて立ち去ってフェオ。ノゾムは心の中に引っかかった違和感を拭えないまま、仕方なく教室に向かって歩き始めた。
いかがだったでしょうか。
今回は、ゾンネ爺さんの再登場と新キャラの登場。
それにしても爺さん動かしやすい。使いすぎないように気をつけないと……。
なかなか物語が進まなくてすいません。
それではまた。