第4章第1節
お待たせしました。第4章開始です。
今回の章は今までの章と違い、かなり長丁場になりそうです。
それではどうぞ。
「はあっ!」
「ふっ!」
アルカザム市街部の郊外。外縁部に続く野原で2人の男女が斬り合っている。
1人は長い黒髪を靡かせた少女、アイリスディーナ・フランシルト。まるで野原を飛び回る蝶のように優雅に舞いながら、片手に持った細剣を閃かせて、相手に切りかかっている。その速度は正に閃光。普通の人では視覚に捕らえることすら許されない速度で少女は連撃を繰り出している。
もう一人は青眼に刀を構えた少年、ノゾム・バウンティス。残像しか見えないような閃光の連撃を構えた刀を僅かに動かして捌いている。しかし完全に捌ききるのは難しいのか、徐々に少年は後ずさる。
緩急をつけたアイリスディーナの連撃はノゾムの防御を少しずつ崩していき、ノゾムは徐々に捌き切れなくなり、体を彼女の細剣が掠めるようになるが、それでもアイリスディーナは目の前の少年を攻め切れない。
(クッ! 流石に速い!! 完全には捌ききれない!!)
(やはり、すごいな! 能力で圧倒している私の剣をここまで捌くなんて…………)
ノゾムはすり足で後退しながら、後ろに踏み出す足の動きと体幹の動きを両腕に伝達し、身体能力で勝っているアイリスディーナの斬撃を巧みに受け流していた。
強化魔法によって劇的に高められた彼女の身体能力が相手では、ノゾムは真正面から打ち合うことは難しい。
彼女の身体能力はマルスほどではないが、剣だけでなく魔法等も使いこなす彼女の手数の多さは厄介だ。そしてノゾムは彼女の手の内を全て知っているわけではない。
だからこそ、ノゾムは初めはある程度距離を開けて、彼女の手札を少しでも見切ろうとしていた。
もしも、2人が狭い室内で戦っていたら、ノゾムはこの手段を取れなかっただろう。広い郊外で戦っているからこそ、ノゾムはその広さを使ってアイリスディーナの攻撃を捌いていた。
(でも、剣だけが私の武器じゃないぞ! ノゾム!)
その時、突然少年の足元の地面が盛り上がった。少年は隆起した地面の足を取られ、足が止まる。しかし、ノゾムの目の前で剣を振るうアイリスディーナは、今まで魔法を発動するための詠唱や、陣の作成は行っていない。それでも魔法が発動した理由は彼女持つアビリティ、“即時発動”よるものだ。
「くっ!」
体制を崩されたノゾムは即座に今まで捌いていた手段を放棄。地面を転がることで、迫りくるアイリスディーナの剣をどうにか避ける。もし判断が一瞬でも遅かったら、彼女の剣はノゾムの体を捉えていただろう。
(今のは決まったと思ったのだけどな。判断力も並はずれているな……)
(やばかった。魔法の発動のタイムラグがほとんどない。即時発動のアビリティがこんなに厄介だなんて……)
アイリスディーナはさらに追撃する。まだ起き上がっていないノゾムに対して、細剣をなぎ払うが、ノゾムは膝立ちのまま刀で細剣を受け止めると、刀特有の刀身の反りを利用して、彼女の斬撃を上方向に受け流す。
(今度はこっちの番だ!!)
「はあっ!」
アイリスディーナの斬撃を受け流したノゾムは、立ち上がると同時に彼女に対して一歩踏み込み、刀を打ち込む。打ち込んだ刀は当然アイリスディーナに防がれるが、構わずノゾムは打ち込み続ける。
ノゾムは先程とは違い足を止めたまま、腰と足首、膝の回転を利用してアイリスディーナに斬りかかる。一切の停滞もない斬撃の舞は、実に基本に忠実であった。
甲高い音が響き、金属と金属がぶつかり合う火花が散る。ノゾムの斬撃は的確で無駄がないが、相手は3学年トップの才媛。ノゾムの横薙ぎの斬撃を、細剣を振り上げて難なく弾き返し、返す刀でノゾムに切りかかる。
「そこ!」
「くっ!」
アイリスディーナの反撃は、ノゾムを袈裟切りに斬りつけようとするが、ノゾムは後ろに一歩下がりつつ受け流そうとする。だが次の瞬間、ノゾムの目の前に黒色の魔力弾が迫ってきた。
ノゾムは即時展開のアビリティによって発動した魔法に対して咄嗟に鞘を引き抜き防御するが、衝撃で吹き飛ばされ、大きく体勢を崩してしまう。
体勢を崩したノゾムをさらにアイリスディーナの魔法が追撃した。空中に大人の腕程の氷の矢が幾つも形成される。
アイリスディーナが発動した魔法は“氷柱舞”
複数の氷柱を形成し、射出。相手を串刺しにする魔法だ。
空中に待機していた氷柱は、アイリスディーナの号令と共にノゾムに向かって殺到する。
ノゾムは全力で瞬脚を発動。飛翔してきた氷柱は地面に激突すると、衝撃で土を巻き上げながら粉々に砕け散る。
もちろん模擬戦なので術式をいじって氷柱の先を丸くしてあるが、それでもまともに喰らえば痛みのあまり悶絶するだろう。
「まだまだだ、ノゾム!」
(まずい! この距離はいい的だ!!)
今度はノゾムの足元に魔方陣が描かれ、両足に闇色の鎖が絡みつく。先の事件でルガトの契約の使い魔を拘束した“闇の縛鎖”だ。
「な、足が!」
さらにアイリスディーナは追撃を掛ける。アイリスディーナの正面に風の塊が形成される。
周囲の風を巻き込み、唸りを上げる緑色の渦はノゾムという獲物を目の前にぶら下げられ、その得物を今か今かと待ち望む飢えた獣のようだ。
ノゾムは闇の縛鎖に両足を完全に捕えられており、アイリスディーナの魔法を躱すことはとてもできそうにない。闇の縛鎖が以前拘束した契約の使い魔はランクにしておよそAランク相当。
常識的に考えて、魔法の使えないノゾムにこの縛を解く手段はない。
「いくぞ!」
アイリスディーナの掛け声を合図に、風の獣が解き放たれる。解放された風は螺旋を描き、周囲の大気を切り裂き、蹂躙しながらノゾムという獲物を喰らい尽くそうと突進してくる。
“風洞の餓獣”
風の螺旋が、進行方向の存在を蹂躙しながら駆け抜けていく魔法で、圧縮され、渦を巻いた風がまるで獣の様な咆哮を上げることから付いたこの名前がついた魔法。
既に両足を拘束されている以上、回避は出来ないし、魔法の使えないノゾムは障壁を張るなどの防御手段はとることが出来ない。
(だが手段がないわけじゃない!)
自分に向かって突進してくる風の獣を前にしてノゾムは自分の鞘に刀を納めつつ、鞘尻を自分の足を拘束している“闇の縛鎖”に叩きつける。
気術“破振打ち”
本来は相手の体内に直接打ち込み、内臓をズタズタにする内部破壊技。これを足元の魔方陣に叩きこむ。
魔方陣は“破振打ち”により甲高い音と共に砕け散り、闇色の鎖が霧散した。
ノゾムは足枷が無くなったと同時に瞬脚を発動。“風洞の餓獣”に突っ込みながら納刀した刀に全力で気を送り込み、同時に極圧縮。
ノゾムは目の前にせまった“風洞の魔獣”を前にして、“瞬脚”を“瞬脚-曲舞-”に変える。
自身の速度を落とさず迫りくる魔法の進路から体をそらし、“風洞の魔獣”の脇を駆け抜け、そのままノゾムはアイリスディーナに肉迫。
しかし、さすがは学年トップ。彼女は既に細剣を構え、迎え撃つ体勢を整えていた。ノゾムは刀を抜刀し、極圧縮した気刃を放とうしたが………。
「っ!」
目の前に紅い夢がフラッシュバックし、刀を抜刀することを躊躇してしまう。そして勝負で迷った者に勝利はない。ノゾムが気がついた時には、既に目の前にアイリスディーナが振り下ろした剣が迫っていた。
先程の模擬戦はアイリスディーナの勝利に終わった。模擬戦を終えた2人は草原の一画に腰を下ろしており、そこにはマルスやティマ、ソミアもいた。
今日はみんなで早朝訓練をしようという話になり、多少騒がしくても問題ないこの外縁部へやって来ていたのだ。
「いい勝負だったな」
「は、はあ……そうかな?」
アイリスディーナとしては、ノゾムがあそこまで粘ったことに対する純粋な賛辞だが、自分の実力を今一歩理解しきれていないノゾムはそんな彼女の言葉に曖昧な返事を返すだけだった。
ノゾムの感覚としては、終始押されっぱなしで、反撃も完全に防がれたので、とてもいい勝負とは思えなかったのだが。
「そうだぞ。能力抑圧を解除していないお前があそこまで粘れる方がむしろおかしいだろ」
アイリスディーナの言葉にマルスが同意する。彼は今、草の上に腰かけ本を開いていた。彼が読んでいるのは魔法関係の教科書。
自ら進んで教科書を開くなど普段の彼らしくない行動だが、ルガトとの戦いで彼は何か思うところがあったのかもしれない。
マルスの傍にはティマとソミアが座っていた。2人とも先程のノゾムとアイリスディーナの模擬戦を見ていた。
ソミアの腕の中には黒猫のクロが丸くなっていて、ティマの方はソミアの傍で彼女の腕の中のクロを撫でていた。
当のクロは時折“ふぁ~~”と大きな欠伸をしながら、太陽の陽気を浴びてまどろんでいる。
「うん。アイとあそこまで打ち合った人。私はあまり見たことないよ……」
「そうですよ! 姉様はフォルスィーナの正騎士にも負けない程の腕の持ち主なんですから、自信持っていいと思いますよ」
マルスの言葉にティマとソミアが続く。
アイリスディーナのランクはA。これは一流の人間が持てるランクであり、騎士として考えるなら王族の近衛騎士に相当する。ノゾム自身ルガトとの戦いで彼女の実力を見ており、その腕前はそのランクに違わぬものだと感じていた。
「う~~~ん、そうかな?」
しかし、やはり今まで染みついている自己評価は簡単に覆らないようだ。
実際、ノゾムはそれほど強くはない。正確にはムラがあり過ぎるがゆえに、その実力を簡単に評価できないと言った方が正しい。
実のところ、能力抑圧がある状態で、圧倒的に能力の勝るマルスやアイリスディーナと打ち合いができる時点でおかしいのだ。その時点でノゾムの刀術の技量は学生のレベルをはるかに超えてしまっている。
しかし、能力抑圧下にある状態ではどれだけ技量があろうと限界はある。圧倒的な存在である龍が、ちょっと腕を振るだけで一流の剣士をゴミ屑のように吹き飛ばすように、純粋な能力差というのは実際の戦場では圧倒的な差となって表れるのだ。
しかも、ノゾムの持つ能力抑圧によって制限されているのは筋力だけではなく、気量や魔力にも及んでいる。
気量は少なくなり、気術には常に使用回数と威力、範囲などは軒並み制限されるし、魔力にいたってはほぼ無く、魔法という手段は初めから使えない。
言うなれば、全身に重りを付けて全力疾走してから戦うようなもので、ノゾムはどんな戦いも常に一杯一杯。余裕なんて感じたことは一度もない。そんな状態でしか戦えない自分の実力が評価されても、ノゾムは違和感しか感じなかった。
「それに、結果的には私が勝ったけど、ノゾムはあの技を使ってこなかった。実戦であの技を使ってきたらどうなるかはわからなかったよ」
「まあ、そうだろうな」
アイリスディーナの言葉にマルスが同意する。
彼女が言ったあの技とは先の事件で見たノゾムの気術“幻無”の事だ。
あの技は信じられないほどの速度と切断力を持ち、一度放たれてしまえば防御も回避も極めて難しい。確かに先程の模擬戦ではアイリスディーナが終始押していたが、ノゾムはその劣勢を一気に覆す手段を持っていて、それを使っていなかった。いや、正確には使えなかったのだが。
「……まあ、その辺の話は追々するということで、ところでマルスは何やっているんだ?」
ノゾムは話を逸らしつつ、傍らの友人を見つめる。
ノゾムは勉強が苦手なマルスが自分から教科書を読む姿を見たことはない。ハッキリ言って違和感バリバリだが、彼は親の仇でも見る様に教科書を睨みつけている。
「ん、まあ、俺も思う所があってな。このままじゃ駄目だと思っているのさ」
「それで魔法か?」
「ああ」
マルスは今まで、授業の時はともかくで戦闘術の実習では気術のみを使ってきた。これは彼自身の気質として魔法より気術の方が性に合ったというところもあるが、マルスを追い詰めるような相手がいなかったと言った方が正しい。
マルスの実力は学年上位でも、所属するクラスが最下級の10階級だったため、戦う相手はいつも自分より格下ばかり。彼が本当の意味でギリギリまで追い詰められる経験がなかった。
しかし、去年末にノゾムに追い詰められ、先の事件でルガトに叩きのめされたことは、マルスにとって今までの自分を見つめ直すきっかけになったのだろう。
「ぐ、属性の相互関係? 地形や地質の状態が魔法に与える影響? …………何の暗号だ、これは?」
とはいっても、頭から湯気を出しているマルスの様子を見る限り、先は長いようだ。
彼は実技の成績はともかく、筆記などの試験の成績はお世辞にもいいとは言えない。
“強くなりたい”という思いが強い彼は、書物を読むより剣を振るっている方が性に合ったし、技の習得や研鑽は強くなることを体で実感できた。
だがそのかわり、筆記の成績については凄惨を極め、学年最下位辺りをウロウロしている。ちなみに、実技試験がダメで追試が常だったノゾムは、筆記試験だけなら学年上位だったりする。
「そうだ! ティマに教えてもらったらどうだい? ティマは魔法関係の知識はかなりのものだし、マルス君としても自分一人で勉強するより効率的じゃないか?」
「え、ええーーーーーーー!」
マルスに対して、アイリスディーナがティマに教えてもらったらどうかと提案する。ティマは大声驚きのあまり大声を上げるが、顔は気のせいかほんのり紅くなっている。
「何言ってんだ、ティマの都合も考えろよ。」
アイリスディーナの話にマルスが呆れたような顔で待ったをかける。
「考えた上で言ってるのさ。それにティマ本人もまんざらじゃなさそうだし……」
「えっとその…………ううう」
アイリスディーナがティマにそう言うと、彼女は紅くなりかけていた顔を真紅にして俯いてしまう。どう見ても恥ずかしがっているだけだが、肝心のマルスは、そんな彼女の仕草を全く違う意味で捉えていた。
「よく見ろ、イヤがってんのに無理させんなよ」
ティマ本人としては、マルスに勉強を教えるのは満更ではなかったのだが、当の本人は全く見当違いなことを言ってきた。そんなマルスの言葉にティマは慌てて訂正をかける。
「べ、別にいやじゃないよ! ただ、私でいいのかって思って…………あ、あのマルス君がもしよかったら、勉強、教えようか?」
「え、い、いいのか。」
「う、うん。魔法についてなら私でも教えられると思うし…………も、もちろんマルス君が良ければだけど…………」
「お、俺としちゃあ助かるが……?」
「う、うん」
結局、教科書の理解に四苦八苦していたマルスにティマが勉強を教えることになる。マルスと彼女との間に有った壁は、先のアイリスディーナとソミアによる強制デートの後、きれいさっぱりなくなっていた。そのかわり、今では妙にいじらしい雰囲気が漂うことになっていたが…………。
「姉様そろそろ時間じゃないかな?」
「む、そうか。それじゃあそろそろ学校に行こうか」
ソミアの言葉にアイリスディーナが答える。太陽は完全に地平線から顔を出し、その光が大地に燦々と降り注ぎ始めていた。
ノゾム達は学校に向かって歩きはじめる。そして今日も新しい一日が始まった。
いかがだったでしょうか。前回の章はバトルがほとんどなかったので、今回はいきなり第1節からバトルを書いてみました。
第4章のテーマは“広がる世界”。第3章に続いて、さらにノゾムの周りの変化を書いていきます。
それではまた。