第3章第6節
お待たせしました。第3章第6節です。今回はノゾムとアイリスディーナ編後編です。それではどうぞ。
ノゾムとアイリスディーナは2人で再び雑多な通りを歩いていた。彼らの手には先ほどの飴屋の店主が世話になってお礼にと渡してくれた飴がある。食べてみると程よい甘さが舌にとろけ、甘い香りが口の中に広がってくる。
「この飴、細工も見事だが味もいいな」
「ええ、持っていったらソミアちゃんも喜びそうですね」
「ああ、でもあの子は甘いものに目が無いからな。虫歯にならないか心配だ」
母親代わりの姉としての姿を見せつつ、飴を咥えて微笑む彼女は妙に可愛く、ノゾムも彼女と同じように頬が緩む。初めはガチガチになっていたノゾムだが、今は少しではあるが硬さも解けてきていた。
「でもよかったんですか?アイリスディーナさんの飴はそっちで」
彼女が舐めている飴は俺が作った細工ともいえないような不恰好な飴だった。
「うん。それに君の初作品なのだろう?むしろ私が食べてもよかったのか?」
「え、ええもちろんいいですよ。味はたぶん変わらないでしょうし、上手くできなかったからといって捨てるのはもったいないですから」
「そうか! なら折角だし、味あわせてもらうよ!」
安心したようにアイリスディーナはその不細工な飴を頬張る。ノゾムはおいしそうに飴を食べる彼女を横目に見ながら、徐々に人通りが多くなってきた道を歩き続けた。
「おお!そこの綺麗なお嬢さん!もしよかったら占っていかないかい?」
「む、なんだ?」
「ええっと、占い屋?」
ふと声を掛けられた方に目を向けると、道の端にこじんまりした一軒の店があり、店の看板には“占いします”と大きく書かれている。その店の中には白い髭を生やした白髪の老人がいて、こちらに笑いかけてくるが…………。
「うむ、ワシはゾンネというんじゃが、見ての通り、しがない占い屋じゃ」
「ふむ、占いか…………」
(これ、本当に占い屋?)
ノゾムが疑問を持ったのはその店の外観。こじんまりした店の中に妙に物が溢れているのだ。
机の上には占いに使うと思われる水晶やカード、細い木の棒がたくさん入った壺が無造作に置かれている。店の壁には東方の物と思われる札や魔除けのアクセサリーと思われる物が隙間なく掛けられており、さらには何故か牡羊の髑髏なんてものまである。もはや占い屋などではなく、怪しい魔術組織か、宗教団体の勧誘所と言った方がシックリくる外観だ。それに老人の雰囲気もなんだか妙だ。ノゾムは老人の気配によく知っている人物と同じ気配を感じていた。
「お爺さん。何を占ってくれるんですか?」
「何でもじゃよ。将来の事から明日の天気、今夜の夕食に恋人の浮気まで何でも当てて見せるぞい!」
(占う内容が出鱈目すぎるだろ!!というか占いで浮気って分かるのか!?そんなので浮気って決め付けられたらたまらないよ!!)
いきなりどこから突っ込んだらいいのか分からなくなっているノゾムだが、意外と好奇心旺盛なアイリスディーナは乗り気のようだ。
「さあ御嬢さん。やってみないかい?」
先程からしつこくアイリスディーナを誘ってくる老人。
(この爺さん明らかに俺を無視してるだろ!!)
老人の視線はアイリスディーナに完全に固定されており、ノゾムは毛ほども気にしていない。
「まあいいか。面白そうだし、折角だからやってみよう。ノゾム君はどうする?」
「あ、俺は「さあ!始めようかの!」……遠慮しておきます……」
(……確信した。この爺さん師匠と同じ類の人だ………。)
老人に自らの師であるシノと同じ気配を感じたノゾムはこの老人に対する文句を飲み込んだ。この手の類の年寄りは何を言ったところでこちらの言うことを右から左に流して聞きやしない。あんな破天荒な人、そうそういないと思っていたが、どうやら世間は狭いらしい。
「じゃあ、手の平を見せておくれ」
アイリスディーナの手を取ると、老人はルーペを取り出して彼女の手の平を見つめ始めるが、明らかに顔がニヤけている上、手つきは妙にいやらしい。
「……で、ご老人、結果はどうなのですか?」
「う~ん、もうちょっと掛かるかの~」
ニヤケ顔のまま、往来でアイリスディーナの手を撫で回す老人。老人の所業にノゾムの怒りのゲージもグングン上がっていく。
「う~ん、なかなか見えんの~。どれ今度は反対の手を「天誅!!!」げはあ!!」
(あ、やば。手加減忘れてた…………)
さらにアイリスディーナに触ろうとするゾンネの所業に我慢ならなかったのか、彼の頭に手刀を叩き落すノゾム。この手の老人は口では止まらないため、ついにノゾムは実力行使に出てしまったのだ。ちなみにシノのことが頭にあった所為か、ノゾムは全力で手刀を叩き落してしまった…………。
「な、何するんじゃ!年寄り相手に!!」
だが、大声で文句を言えるところを見ると、この老人はまったく問題ないようだ。ノゾムは心の中で今後この老人には手加減は一切しないし、必要ないと確信した。
「なに言ってんだ!このエロ爺!! いい歳だろうが、少しは考えたらどうだよ!!」
「何を言うか若造が!こんな極上の華を見てしまったら、触れてみたいと思うのが男の性じゃろうが!! そしてその華を何としても手に入れようとするのが真の男というものじゃ!! どうせお主のようなヘタレは何もできんじゃろうから、わしが代わりに触ってやっただけじゃ! お主はもう行っていいぞ、ハナタレ小僧には過ぎた華じゃ!!」
「誰がヘタレだ!歩く猥褻物!!そんな性、あんたの入れ歯と一緒に便所にでも捨てちまえ!!」
すでにノゾムは老人に対して遠慮というものを投げ捨てて、こんな往来で口喧嘩を始めていた。ノゾムの方も老人にシノと同じことを言われたせいか、の声にも妙に力が入っている。
ヤンヤ、ヤンヤと互いを罵り合う2人だが、その喧嘩の間に清流の様な声が割って入ってきた。
「…………ところで御老人、何時まで私の手を握っているつもりですか?」
アイリスディーナの声自体は静かで、誰もが聞き惚れるほど澄んでいるのに、ノゾムは身がすくむような威圧感を感じ、背中にはジワリと冷や汗が滲んできた。彼女の顔の端正な顔には笑みが見えるが、彼女の頬はピクピクと引きつり、どう見ても怒っている。
「あ!い、いや、もう終わりじゃよ。ハハハハ……」
彼女の威圧感を正面から受けている老人はノゾム以上に危険を感じているのか、顔は青ざめ、声は震えている。キョロキョロと視線はさまよい、どうにか逃げようとしているようだが、彼女に手を掴まれているせいか逃げられない。
「そうですか。では私もひとつ占いましょう」
「あの……謹んでご辞退…………「大丈夫です。もう結果は出ましたから。……結果は因果応報です。」ふぉ!!」
“ミチッ”
なんだか、身様な音が彼女の握った老人の手から聞こえた。
「痛、痛い痛い。お、お嬢さん、ち、ちょっと痛いんじゃが…………」
「…………………………」
“ミシミシ、ギチリ!”
まるで万力で締め付けるような音が徐々に大きくなっていき、それとともに青ざめていた老人の顔が紫色になっていく。老人はもはや自力で脱出できないと悟ったのか、先程まで男の性なんて息巻いていた姿を彼方へと投げやり、なりふり構わずアイリスディーナに懇願し始めた。
「ちょ、スマンかった! 出来心じゃったんじゃ!! お願いじゃ御嬢さん!! これ以上強くしないで! さすがにワシの手、砕けちゃうから!!」
しかしアイリスディーナは老人の懇願を受け入れない。氷のような笑みを浮かべたまま、彼女は握りしめる手にさらに力を加える。
“ミシミシ!ゴキン!!”
(あっ!!)
「ふぉうおおおおおお!!」
ついに限界が来たのは、骨がヤバイことになっていそうな音とともにゾンネが崩れ落ちる。口からは泡を吹き、目を回しており、傍から見たら棺桶に直行しそうな姿だが、原因は全てこの老人にあり、さすがにノゾムも同情できなかった。
(この爺さん。この位じゃ絶対懲りないだろなあ…………)
ノゾムは自らの師であるシノを思い出す。彼女は刀の腕は間違いなく天上位だったが、日常生活では妙に子供っぽく、人の話を聞かない所があった。まさに唯我独尊を地でいき、こちらが逆らうと癇癪を起こすところは目の前で死にかけている老人と同じだった。
(でも師匠。いくらなんでも刀を取り上げて森に放置はないでしょう…………)
過去の仕置きを思い出し、肩を落とすノゾム。彼は以前、シノと口喧嘩になった際に魔獣の跋扈する森に武器を取り上げられ、一晩放置されたことがあった。その時は夕暮れ時だったが辺りはすぐに暗くなり、ノゾムは闇夜の中で何も見えず、魔獣の遠吠えに怯えていた。
あの時襲われたら身を守る手段は無く、ひたすら逃げるしかない。実際彼は真夜中の日が変わる頃魔獣に襲われ、命からがら逃げ延びたという経験があったりする。
「さあ、イタズラ好きの御老人の説教は終わったし、そろそろ行こうか」
「あっ、ええ、行きましょう……。」
過去のトラウマに沈んでいたノゾムだが、アイリスディーナの声で我に返り、2人は机に突っ伏しているゾンネを尻目に街へと戻っていく。後に残されたのは、色欲で身を滅ぼした哀れ…………なんて全く思えない老人だけだった。
2人がゾンネを放置して大通りに戻ると、夕焼けは徐々に暗くなっており、夜の帳が降り始めていた。
「ふふ、しかし意外だったよ。まさかノゾム君があんなに大声を出すなんて……」
普段から大声を出したりしないノゾムの意外な面を見たためか、アイリスディーナはクスクスと顎に手を当てて笑い始めた。
「あ、いや。あの爺さんが知り合いの意地悪ばあさんによく似ていたんです。そのせいか遠慮する必要が無いっていうか、遠慮したらこっちがやられるっていうか…………」
先程の醜態を思い出したのか目を逸らして頭を掻きながらボソボソと答えるノゾム。
「君があんなに大声を上げるなんて思わなかったよ」
「アイリスディーナさんこそ。あんな怪しい店に進んで入っていくとは思いませんでしたよ」
「あ。えっと…………」
負けじとノゾムも反撃に出る。彼としてもアイリスディーナがあんな怪しい店に自分から入っていくとは思わなかった。ノゾムの追及のせいで彼女も恥ずかしいのか、頬を赤くして視線を彷徨わせている。
互いに視線を逸らし、顔を赤くする2人組。変な沈黙が2人の間に流れていた。
「ま、まあ、俺としてもアイリスディーナさんの意外な面が見れましたし、おあいこってことで…………」
妙な間をどうにかしようと、ノゾムがアイリスディーナに話しかけるが、彼の言葉を聞いた彼女は顔を顰めてノゾムを見ていた。
「あの……アイリスディーナさん?」
「そういえば、気になっていたんだが、どうして君は私に対して何時も敬語なんだ?君はソミアに対しては普通に話をしているだろう?」
アイリスディーナはその凛々しい眉を顰めてノゾムに詰め寄るが、ノゾムは何が何だかわからない。
(眉を顰めて……なんだか怒っているようだけど、なんで?)
「い、いや別になんとなくですが…………」
ノゾムの言葉に明後日の方を向いて考え始める彼女。
「…………ふむ、このままじゃソミアより距離感があるな。人間関係は名前の呼び方で分かると言うし、よし!私も君の事は名前で呼んでいるし、この際お互い呼び捨てにしよう。」
「はぁ!!」
「そうそう、敬語もなしだぞ。私と君は同い年で同級生なんだから敬語もなしだぞ。ああ、私の名前は呼びにくいだろうから愛称で呼んでくれ」
「ええ!!!」
彼女は腕を組んで顎に手を当ててしばらくブツブツ考え事をしていると思えば、いきなりこれから自分の名前は呼び捨てでいうようにと言ってきた。しかも、いきなり愛称で呼べと言ってきた。
「あ、愛称ってどう呼べばいいんですか?」
「ティマが言うようにアイでいい」
(…………それはちょっと自分には難易度高すぎませんか?必要な段階を2、3段どころではない数をすっ飛ばしているような気がする……)
「ええっと…………」
「そうだ!君が考えるというのもいいな。どちらでもいいぞ。さあ呼んでくれないか?」
アタフタするノゾムがおかしいのかニヤニヤ笑いながら自分の愛称を呼ぶよう言ってくるアイリスディーナさん。おまけに、彼にその愛称を考えろとも言う。意地悪い笑顔を浮かべて催促してくるところを見ると、明らかにノゾムの反応を見て楽しんでいる。
学園にいる時の揺るぎ無い彼女とは違い、コロコロと表情を変えてノゾムの顔を覗き込んでくるアイリスディーナ。彼女の追っかけに見られたら殺されかねない光景だが、ノゾムの頭の中は既に一杯一杯だった。
(だって、あの“黒髪姫”だぞ。そりゃあ、最近になって彼女が俺達の思っていたような孤高の人じゃなく、俺達と同じように笑い、悲しみ、怒る同年代の女の子だとは分かってきたけど……)
ノゾムは、初恋のリサや、そのリサの隣に立てるケンの様に、彼女に対して憧れを感じていた。
凛としていて、自分の家にとって不都合であるはずの先日の事件についても、デルやハンナさん達に誤魔化すことなく真正面から向き合える強さ。その強さを彼は純粋に尊敬していし、ひとりの人間として好感を持っていた。
「あ、あの……わ、わかった。ア、アイ……リスさん……」
やっぱりいきなり“アイ”と呼ぶのは躊躇うし、自分の心臓が持ちそうにないので、ノゾムは“アイリスさん”と呼ぶことにした。
「ああ、よろしくノゾム。それと、さんもいらないよ」
ありきたりの呼び方だと思うけど、それでも嬉しそうに笑う彼女。
「あ、ああ。アイ……リス…………」
結局、さん付けもなくなり、ノゾムは呼び捨てで彼女を呼ぶことに……。
「ふふ!それじゃあ、そろそろソミア達を探しに行こうか」
「ちょっ!え、ええ!」
そう言ってアイリスディーナはノゾムの手を取るといきなり走り出した。突然彼女の柔らかい手の感触を感じたノゾムは慌てふためき、なすが儘に彼女に手を引かれていく。
夕日は地平線に沈みかけ、空には一番星が煌めき始める。昼と夜、二つの光が照らしだしたのは、満面の笑みを浮かべて手を引く彼女と、たどたどしくはあるがどこか楽しそうな彼の姿だった。
いかがだったでしょうか。今回はノゾムとアイリスディーナの距離が少し縮まりました。手を握るのは少しやりすぎたかなと思いましたが、思い切ってやってみました。
そろそろこの小説を投稿し始めて3か月が過ぎます。私自身の未熟者な上、なかなか投稿も不定期ですが、それでも読んで下さった読者の皆様。本当にありがとうございます。
できる限り精進していきますので、これからもよろしくお願いします。
それではまた次節で。cadetでした。