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第3章第5節

お待たせしました。第3章第5節です。

今回はノゾムとアイリスディーナ編前編です。

 アイリスディーナさんに誘われ、俺と彼女は商業区の一画を一緒に歩いていた。通りには多くの店が建ち、もうすぐ夕食に備えて各店が下準備をしているせいか、あちこちから食欲を誘ういい匂いが漂い始めていた。一日の仕事を終えたのか、帰宅の途についている人たちもちらほら見える。

 今までの学園生活で鍛練ばかりにかまけていた俺はこの辺りの土地勘がないが、意外にも名家のお嬢様であるはずのアイリスディーナさんはスタスタと歩いていく。



「あ、あの、随分迷いなく進んでいますけど、アイリスディーナさんはこの辺によく来るんですか?」


 アイリスディーナさんに問いかけるが、妙に緊張しているせいか、俺の声は硬くなってしまっていた。

 だって仕方ないだろ。あの“黒髪姫”からデートに誘われるなんて想像できないって…………。



「ああ、時々ソミアと一緒に商業区や市民街に繰り出すときはあるよ。実はこの辺りはまだ来たことが無いから結構楽しみなんだ」


「へえ…………」



 俺は少し意外だった。アルカザムは各国が重要視している都市なので、巡回している憲兵の数も多く、治安はかなり良い。しかし、それも絶対ではなく、都市外の人が多く集まる商業区は治安の悪い場所もあり、彼女たちの様な各国政府の要人に関わりのある人達はあまり来ることはないと俺は思っていた。


「確かに商業区は治安の悪い場所もあるが、大陸中から色々なものが来るからね。私もソミアも見たことの無い物が見られる時もあるし、そういう所を回るのは好きなんだよ」



 学園での彼女は常に模範的な優等生であり、まるで研ぎ澄まされた騎士の剣の様な人物だ。少なくとも商業区を無邪気に練り歩くようなイメージを持つ人はいない。




「…………ちょっと意外です。学校でのイメージだとこんなゴチャゴチャした所に来るようなイメージはありませんでした」



「いや、こう、知らない場所を歩くのはワクワクしないかい?まあ、家の者の中にはうるさく言ってくる者もいるが、私自身あまり堅苦しいばかりだとどうしても息が詰まってしまうしね」


 そう言ってアイリスディーナさんは楽しそうな、無邪気な顔で微笑む。その笑顔につられて、俺の頬も緩んだ。



「それに、身を守る術は心得ているさ」



 アイリスディーナさんはそう言うと、腰に差した細剣の柄を得意そうな顔でトントンと叩く。まあ、彼女は学園の生徒の中では最高位の1人であり、Aランクに到達した実力は伊達ではない。その実力の一端はノゾムもルガトとの戦いで垣間見ている。あの時は相手が段違いだった為後塵を拝したが、並の相手では彼女に傷すらつけられないだろう。治安の良いこの街のチンピラなど物の数ではない。



「さあ、行こう」


 そう言って再び歩き始めた彼女の後を、俺は慌てて追いかけた。





 商業区は旅人など、街の外の人間も多く受け入れる場所であり、彼方此方で様々な行商人たちが商品を売り、また他の街で売りに出すための品物を買い込んでいく。露店なども多く、旅の承認だけでなく、小さな子供や、仲のいい恋人たちが敷き詰められた石畳の上を行き交っていた。


 


「やっぱりいろんなお店があるな……。あれは飴売りか?」


 アイリスディーナさんが見つけたのは様々な飴細工を売っている露店だった。棚や机の上には鳥や兎、牛などの動物だけでなく、旅人や踊り子などの人物像、さらに仲のいい恋人同士を模った様々なものが色とりどりの飴細工で作られており、店の周りにはおそらくこの辺りに住んでいると思われる子供たちが集まっている。

 店の奥では、店の主人であろう恰幅のいいおじさんが新しい飴細工を作っていて、砂糖の溶ける甘い匂いが立ち込めていた。



「ねえねえ、次は僕に騎士様の飴作って!」


「ええ!次は私の番だよ!ねえおじさん、私はお姫様がいい!」


 子供たちはワイワイ騒ぎながら、店主に自分の飴を作ってもらおうとしている。



「ちょっと待ちなさい。焦らなくても作ってあげるから」



 周りの子供たちは待ちきれないのか、口々に“はやくはやく”と急かしており、店の店主が子供たちの相手と飴細工作りに四苦八苦していた。

 その時、ふと俺と店の店主との視線が合った。



「あ、君たち!ちょっといいかい?」


 店の店主は突然立ち上がると、子供たちを掻き分けてこちらにやってきた。


「ねえ、ちょっと手伝ってくれないかい?子供たちが多すぎて手が回らないんだ。ちょっとの間でいいんだよ。もちろんお礼はする。お願いできるかな?」


「いいんじゃないかな? 見たところ子供たちはソミアと同じくらいの歳だし、子供達の相手は問題ないよ。ノゾム君はどうだい?」


「いいですよ、まあ俺自身飴作りなんてしたことないですが、料理はしていますから手伝えることはあると思います」


「そうかい!!じゃあ悪いけどよろしく頼むよ。」



 店主が俺を露店の中へと案内し、アイリスディーナさんは子供たちのもとに向かう。なんだかよく分からないが、飴細工自体は初めての経験。ちょっと不安ではあるが、せっかくの機会だ。とにかくやってみよう。








 私は今子供たちに囲まれている。飴ができるにはまだ時間が掛るからお話ししないかと尋ねたら、子供たちは思いのほか食いついてきた。


「ねえねえ、お姉さん。お姉さんはあのおっきな学校の生徒さんなの?」


 子供たちが私の話を聞き始めたのは、私がソルミナティの学生だったからみたいだ。白を基調とした小奇麗な学園の制服はかなり目立つ。そしてこの街に住む者ならソルミナティ学園を知らないはずはない。子供たちも普段の生活で何度も学園の生徒達を見ているのだろう。私が学園の生徒だと気付いた途端、子供達の眼の色が変わっていた。


「ああ、そうだよ。あそこでいろんな勉強をしているよ」


「すっげえ!!あそこって騎士様になるための学校だろ?! じゃあ将来は騎士様になるのか?いいなあ、行ってみたいなあ!」


 1人の男の子が“凄い凄い”とハシャイでいるが、他の子供達の目もこの男の子の様にキラキラしている。おそらく子供達にとって、ソルミナティ学園は憧れの場所なのだろう。

子供達の歳はソミアと同じくらい。妹と同じ純粋で無垢な瞳で見つめられると、なんだかすごく嬉しくなった。


 たしかに、学園の卒業生の多くが各国に召し上げられ、様々な要職についてきたのは事実だし、そのような高度な人材育成を行うために大陸の国々はこの学園を創設し、多額の支援を行ってきた。

 騎士は国に仕える者の役職のひとつであるし、その道に進む者もいる。子供たちがソルミナティ学園の生徒=騎士というのは正しくはないが、ある意味間違ってもいない。



「そうか。じゃあ君は騎士になって何がしたい?」


「強くなりたい!! 強くなって悪い奴らをやっつけて、みんなを守るんだ!」


 男の子は私の問いかけに迷うことなく答える。その眼はキラキラと輝いている。


「そうか。目標があるのはいいことだけど、君の目指す者になるにはたくさん頑張らないとな」


「うん。だから大きくなったらお姉ちゃんの学校に行くんだ!」



 私は子供たち一人一人の将来の夢を聞いていく。子供達はみんな楽しそうに自分たちの夢を語ってくれた。


“騎士になりたい”“冒険者になりたい”“お菓子屋さんになりたい”“綺麗な洋服をたくさん作りたい“


 話を聞かせてくれた子供達はみんな夢に溢れていて、聞いている私も不思議と楽しく、なんだか力を分けてもらっているようだった。



(そう、ソミアを含めた多くの人を守り、そして何より…………ソミアの目標であり続けたい)



 私自身の目標であり、走り続ける理由がそれ。母の腕に抱かれることの無かったソミア。亡くなった母の代わりに妹の母親であろうとしたし、何より妹に誇れる姉になりたかった。

 そのために血の滲むような鍛錬にも精を出したし、それに耐えることもできた。



 ふと、露店の中で飴を作っているノゾム君が目に留まった。彼が戦う理由は何なのだろう。能力抑圧が発現し、それ以上強くなれないと宣告された彼が、それでも走り続けた理由とは何なのだろう。

 そして、1年の時に流れたリサさんとの噂と、その後彼に何があったのか。 

 彼と知り合ったのは、僅か数週間前。私と彼、お互いを理解するにはまだまだ時間が足りていなかった。







 アイリスディーナさんが子供たちの相手をしていたころ、俺は店主の手伝いで飴作りと、作った飴を入れた器を火に掛けて、飴を溶かす作業を手伝っていた。

 俺自身、飴など菓子類を作ったことはないが、1人暮らしや師匠のところで自炊してきたし、森の中でも簡単な食事を作ったりしていた。もっとも、森の中では安全な場所が確保できた時に限られていたが。

 俺がやっているのは決められた分量の水飴と砂糖等の材料を器に入れてかき混ぜ、火に掛けて煮立たせるだけ。店主は俺が煮立たせた飴の粘りや色を見て、ちょうどいい時に器から飴を取り出し、木の棒を使い、慣れた手つきで素早く細工を作っていく。その手つきには一瞬の停滞もなく、あっという間にお姫様と騎士の飴細工を作ってしまう。

 ちなみに俺もひとつ挑戦してみたが、やわらかくなって垂れる飴を旨く木棒で扱えず、グチャグチャになってしまった。


「……凄い手さばきですね…………」


「まあ、ずいぶん長く飴屋をやっているからね。さすがに慣れたよ」


 俺は飴細工についてはよく分からないが、様々な物を巧みに飴細工にしてしまう彼の技術はかなりのものではないかと感じていた。実際俺の作った飴は細工などではなく、明らかに行き過ぎた前衛芸術のオブジェのようになってしまっていたし。




「あの、どうして飴屋をやっているんですか?」


 俺は、彼がここまで飴細工の技術を磨いた理由が気になっていた。飴細工には明らかに手間が掛かっているし、その手間に比べて値段は決して高くない。費やす労力の割に合わないだろう。


「元々は作るより食べる方が好きでね。色々な飴を買って食べ比べていたよ。その内自分だけが食べているだけじゃ物足りなくなってね。色々自分で作り始めたのが切っ掛けだね。自分の作った飴を見て驚いて、そしてその飴を食べた時のみんなの笑顔が何より嬉しくてね。気がついたらいつの間にか…………という訳さ」


 話しながらも店主は手を止めない。柔らかくなった飴が、店主の手でまるで生きているようにうねっている。


「でもやっぱり、飴を作っている時が一番楽しいんだよ。あまり儲からないし辛い時もあるけど、楽しいから全然苦にならないよ。もっとも時間を忘れて没頭してしまうから妻によく怒られるんだけど、ずっとこの仕事をやっていきたいね」


 飴で繊細な細工を作りながら、店主の顔は生き生きしている。本当に飴が好きなのだろう。自分が本当にしたいことをしている者だけが持つ笑顔だ。


「ずっと、やっていきたいこと…………夢か……」


以前の自分も持っていた夢。もう無くしてしまった、自分から背を向けてしまった夢。

俺はそんな風に夢を語れる店主が少し羨ましかった。






「ほい、できたよ。喧嘩しないで仲良く食べなさい」


「わあぁぁ!!」


「すごい!絵本のお姫様と騎士様そっくり!!」


 子供達は出来た飴に我先にと群がっていく。まるで砂糖に群がる蟻のようだが、百点満点の笑顔で飴を頬張る姿にアイリスディーナさんや飴屋の店主だけでなく、周りを通る人たちにも自然と笑みが零れていた。

 そんな彼ら見ていると少しだけど元気が湧いてくる。一人でいた時には決して見ることのなかった光景。いつの間にか気付かない内に、自然と笑顔になっている自分がいた。




お待たせしました。第3章第5節、いかがだったでしょうか。

次は後編です。しばらくお待ちください。

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