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第2章後日談

 夢を見ている。真っ赤な夢。しかし俺にはそれが夢とは思えなかった。


 場所は恐らくソルミナティ学園。しかし、城壁を思わせた校舎は倒壊し、周囲は瓦礫の散乱する焼け野原になっている。


「う!おぇ」


 周囲にはかつて人であったモノが散乱している。

 それは既に元が誰かの判別がつかないほどに炭化していた。肉が焼ける臭いが鼻に付き、たまらず胃の中のものを吐き出す。



 その地獄に一匹の龍がいた。漆黒の体躯に5色の翼。見違えるはずもない、俺の中にいたはずの巨龍。ティアマットだ。

 奴の口は咀嚼するように動いている。何かを食べているようだ。


「ハアハアハアハア…………」


 その光景に嫌な予感がした。息が荒くなり、心臓が早鐘を打つ。本能が“見るな!”と告げるが、そう思った時はもう遅かった。



「あ、ああ……アアアアアアアア!」


 口からはみ出していたのは長い髪。その髪の持ち主が頭によぎった時、俺は絶叫を上げて奴に突っ込んでいった。

 次の瞬間、目の前に現れる黒き巨炎。俺は躱すこともできず、混沌の炎に呑まれた。





「ッア! ハアハアハア…………」


 気が付くとノゾムはベットの上にいた。どうやら夢から覚めたようだ。


「ッ!」


 ノゾムは顔を顰めて頭をかかえる。あまりにも現実味をおびた夢に、それが本当に夢だと確かめなくてはいられないほどだった。



 時間が経つにつれ、ノゾムは徐々に落ち着きを取り戻してきた。そして自分に何が起こったのかを理解した。


(そうか、あの戦いの後、気が抜けて気絶しちゃったのか……)


 ノゾムはあの戦いの後の事を思い出す。アイリスディーナとソミアがこちらに歩いてきた時、嬉しさと安堵で、力が抜け、目の前が真っ暗になっていった。おそらくあの時に気絶したのだろう。


「どのくらい時間がたったんだろう……」


 そう言って、ノゾムは自分が寝ていた部屋を見渡す。白い壁にはシミなどは一切なく、ベットの他には机や椅子、暖炉やタンスなどの品が置かれている。それらの品は、装飾などはほとんどされていないが、不思議と品があり、この部屋の品位を無理なく醸し出しているようにノゾムには思えた。


 ノゾムが部屋の窓から大きな庭園が見える。どうやらここはフランシルト家の邸宅のようだ。


 ノゾムが外を見ていた時、部屋のドアがノックされると、2人の少女が出てきた。少女達はノゾムの姿を確かめると、花のような笑顔を向けてきた。


「よかった。目が覚めたんだね……」

「大丈夫ですか?ノゾムさん」


 彼女達、アイリスディーナとソミリアーナは安堵の笑みを浮かべてノゾムに話しかけてきた。


「俺、どのくらい気絶していたんですか?」


「大体、半日位だよ……。でもよかった。いきなり気を失ったから心配していたんだ」

「身体、大丈夫ですか?」

 


 おそらく、能力抑圧を解放と、その前の滅光衝でかなり消耗していたことが原因だろう。急激な気の消耗は、生命維持活動にも深刻な影響を与える。このぐらいで済めば御の字だろう。


「それで……ルガトさんは?」


 ノゾムはあの後の顛末を聞いてみると、ルガトさんはノゾムが気絶する直前に言っていたように、使い魔の黒球と契約書を破壊したことで契約の履行ができなくなった。

 その後、自分の仕える主に今回の件を報告するため、ディザート皇国に帰って行ったそうだ。


 ちなみに、ノゾムに両断された下半身と上半身は、数時間後に綺麗に治ったらしい。凄まじい再生能力であるが、本人曰く、「自分でも驚くほどきれいに斬られたため、傷口が綺麗だったからここまで早く治った」らしい。


「ティマやマルス君は今学園に行っているが、2人の授業が終わればこっちにくる。いろいろ話もしたいし、いいかい?」


「……ええ、まあ…………」


 その言葉にノゾムは少し言いよどむ。

 その時、「ぐう~~」という音が鳴った。鳴ったのはノゾムのお腹。かなり消耗していたので、体が栄養を欲しているようだ。


 

 その音を聞いた2人はクスクス笑い始める。ノゾムは恥ずかしくて、目線を逸らす。


「ふふ、その様子じゃ大丈夫そうだね。今食事を持ってくるから少し待っていてくれ。ソミア、手伝ってくれ。」


「は~い。姉様! それじゃあノゾムさん、食事、期待して待っていてくださいね」


 姉妹はそう言って、仲良く部屋を出てく。ノゾムは2人を見送った後、再びベットに横になって、考える。

 

 自分の事をどう説明したらいいかわからないけど、空腹の今は、期待してくれと言っていた食事が楽しみだった。





 夕方、まだ黄昏にはなっていないが、徐々に日は落ち始める頃、フランシルト家の一室に昨日の事件の当事者たちが集まっていた。

 まず初めに、今回の事件の発端となった、フランシルト家とウアジァルト家との密約について、アイリスディーナが話し始めた。


 事の発端は300年前、フランシルト家は、他の有力家と権力闘争をしていたらしい。

 しかし、その争いにおいて、フランシルト家は徐々に劣勢となり、自分達だけではどうにもならなくなった。

 そんな時、当時のフランシルト家の頭首が劣勢を覆す手段として、ウアジァルト家を頼ったのだ。

ウアジャルト家は吸血鬼の一族であり、彼らの持つ異能と魔道具の数々の力によって、フランシルト家は敵対勢力を排除。その対価として莫大な財貨をウアジャルト家に支払い、300年間彼らの魔道具を貸してもらう契約をしたのだ。


 ちなみにルガトの話では、契約の使い魔は契約の履行が不可能になった場合、契約を反故にしたとして、フランシルト家当主の一族の直系の内、1人を無作為に呪い殺す役目もあったらしい。

 契約が交わされた当時、立ち会ったルガトの話では間に300年という時間をとったのは、自分達とは直接関係なくなるからであり、家の直系の子息を捧げることで、ウアジァルト家に対しても誠意を出す意図があったようだ。


 また、ウアジャルト家側も長命種の吸血鬼なので、300年という時間はあまり関係なかったらしい。




「……さすがにこれは……」


「……虫唾が走るな」


 この話を聞いたとき、ノゾムとマルスは腸が煮えくり返りそうな怒りを覚えた。

 普段はおとなしいティマも、その顔はひどく硬い。


「……まったくだ! 何より自分達さえよければどうでもいいという考えが気にいらない」


「ホント……私、あまり怒りっぽい方じゃないけれど、それでもこれは許せません」


 アイリスディーナもソミアも強い憤りを隠そうとしなかった。


「それと、ソミアちゃんの魂に混じり合った霊炎の炉は……」


「ああ。そちらの方は……正直ルガト氏の主にも混じり合ってしまった霊炎の炉をソミアの魂から分離することは無理らしい。このような使い方をされることは想定していないらしいし……そもそもなぜソミアの魂にそんな物が混じり合ってしまったのかも分からないんだ……」


 それはつまり、これから先はどうなるか分からないという事だ。その場にいた全員が黙り込んでしまう。


「……アイリスディーナさん、こんな話、俺達に話してよかったんですか?」


 これから先、ソミアに降りかかるかもしれない困難に口を噤んでしまっていたノゾムだが、ふと疑問感じて、アイリスディーナに話しかけた。

 この話はフランシルト家にとって公表できない話のはずだ。

 

 しかし、そんなノゾムの疑問など気にしないという風にアイリスディーナは答える。


「構わないよ。今回、私たちの事情に君たちを巻き込んでしまったにもかかわらず、私たちを助けてくれた。そんな命の恩人に対して隠し事はしたくないからね。この件を知ったからといっても、家の連中には手は出させないよ」


 腕を組みながら、全く気にしないという風に言い切るアイリスディーナ。その表情に迷いはない。


「改めて礼を言わせてくれ。今回は助けてくれてありがとう。ソミアを失わずに済んだのは君たちのおかげだ。本当に……感謝しているよ……ありがとう」


「本当に……助けてくれてありがとうございました!」 




 フランシルト姉妹が揃って頭を下げて、礼を言ってくる。ノゾムは純粋な彼女たちの思いにむず痒い気持ちになる。ふと見ると、マルスも同じ気持ちなのか、厳つい顔を紅くして照れていた。


「あ、いや。別に気にするほどのことじゃ……」


「そんなことありません!死神さんから私を助けてくれた時なんて、すごくカッコよかったですよ!」


「ふふ、ソミアの言うとおりだよ。」


 ソミアが身を乗り出して興奮したように言い、アイリスディーナもまたノゾムを褒め称える。

 

「そ、そんなに褒められても困りますよ。……それに俺は…………」


 ノゾムはあの戦いで最後まで迷っていたことを気にしていた。自然と表情も硬くなる。

 そんなノゾムの様子見ていたマルスが真剣な面持ちで訪ねてくる。おそらく彼が聞きたいのは…………。




「…………ノゾム、聞いていいか?あの戦いの最後の時、お前、一体何やったんだ?」


「………………」


 マルスの一言にアイリスディーナ達も押し黙る。彼女達も気になっていたのだろう、この場の視線がすべてノゾムに集まった。

 

「お前が学園の奴らが言うよりもずっと強いのは分かっていた。でもあの時のお前は異常だった。一体、あの時おまえは何をやったんだ」


 静寂が支配する中、ノゾムはゆっくりと話しはじめた。


「あれは…………能力抑圧の解放だよ……」


「能力抑圧の解放?」


 ソミアが首を傾げているが、ノゾムはそのまま説明を続ける。


「俺のアビリティ“能力抑圧”の事は知っていますか?」


「たしか、その名の通り、本人の能力を一定以下に抑え込むアビリティだったね」


「ええ、俺はそのアビリティを持ち、気量、力、魔力に制限を受けています」


 アイリスディーナの言葉を肯定しながら、ノゾムは自分のアビリティの説明をしていく。


「自分も聞いたことはありませんが、2年末の時、このアビリティを解除できるようになったんです。」


「……もしかして。あの時やたらと怪我していたのは……」


「ああ、うん。その時いろいろあって、能力抑圧を解除できるようになったんだ。まあ怪我のせいで学期末の実技試験は散々だったけど…………」


「じゃあ、なんで今まで使わなかったんだ?」


「それは…………」




 今日の夢の光景がフラッシュバックする。焼け野原になったアルカザムと焼け焦げた街の人達の臭い。そして“奴”に食われていた彼女。


「ッ!」




「…………ノゾム君?」


「あ、いや……ゴメン。ボーっとしていた。……能力抑圧を解除すると、常に全開状態で制御出来ないから使わなかったんだ、おまけに2分ぐらいしか解除できないし。」


 自分の中にある不安を取り繕ってノゾムは答える。その答えもすべてを話したわけではなかった。


「だって殴っただけで岩が粉々だよ。とても人相手じゃ扱えないよ」


「…………確かにそれだと簡単には使えないな。……というかお前の技そんなのばっかりだな」


「……自覚しているよ」

 



 結局、この後もノゾムは自分が龍殺しであることを話すことは出来なかった。




 その後時間も経ち、黄昏が空を染め上げてきたので、ノゾム達は帰路に就くことにし、アイリスディーナ達も屋敷の門まで見送りに来ていた。


「じゃあ、俺達は帰ります」


「じゃあな」


「ああ、また学園で……」


「うん、またね」


 別れのあいさつを済ませるノゾム達。すると突然、アイリスディーナの傍にいたソミアがノゾムの手を握ってきた。


「ど、どうしたの?ソミアちゃん」


「ノゾムさん! 助けてくれてありがとう! あの時、もう姉様に会えなくなるって思ったけど……今また姉様と一緒にいられてすごく嬉しいです!」


 何事かと慌てるノゾムにソミアは改めてお礼を言う。するとアイリスディーナも反対側の手を握り、改めてお礼を言ってきた。


「ああ、あの時君が助けてくれなかったら、間違いなくソミアを連れていかれていた。私は……きっとそれに耐えられなかったと思う。……本当にありがとう」


 2人から贈られる感謝の言葉にノゾムは少し心が軽くなった。話せなかったことは多く、心に抱えた不安は大きい。そのことが心に引っ掛かってはいたが、少なくともあの時、能力抑圧の解放したことは、間違いではなかったと思えた。




「……そういえばこれ、ソミアちゃんにまだ渡していなかったね」


「???」


ノゾムの言葉にソミアは首を傾げる。ノゾムはそれをポケットから取り出しながら、一日遅れの言葉と共にそれを贈った。


「一日遅れだけど、誕生日おめでとう」


 取り出したのはソミアに贈るつもりで作っていた誕生日プレゼント。

 白と黒の紐を輪状に結い上げて、その輪に紐をつけ、その先に東方で使われている鈴が付けてある。

 彼女が家族の絆として大事にしていた腕飾りに肖って作ったものだ。


「あの腕飾りを参考にしたし、細工を作るのはうまくないから贈るのはどうかと思ったけど……」


「いえ! とても嬉しいです! ありがとうノゾムさん!」


 ソミアはそう言って鈴の腕飾りをつける。彼女の様な器量よしがつけるには不釣り合いで、決して良い品とは言えないが、それでもソミアはとても嬉しそうにハシャイでいた。

 アイリスディーナもそんな妹を笑顔で見守る。

 ティマもマルスも、その光景に笑顔が零れている。


 波乱万丈の一日。一時はもう二度と見ることは出来ないと思えた笑顔。ここにいる皆が守りたいと思った光景がそこには確かにあった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 8章も終わった今読み返すと、 「連れていかれそうな人を繋ぎ留める」 というノゾムの存在意義はこのお話で確立してたんだなあと。
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