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第2章終幕前編

 リサとの出来事から数日。ノゾムは何も変わらない日常へと戻っていたが、あの時、牛頭亭で起きたことに対して結局明確な答えは出ないままだった。


 しかし、たとえノゾム自身が立ち止まったままでも、時間はそんな彼に関係なく進んでいき、彼も日常に戻らざるを得なる。

 ある意味それは良かったのかもしれない。日常の喧騒の中で自身の抱える問題を少しではあるがノゾムもリサも紛らわせることができたのだから。





 昼休みの学園の中庭。ここではノゾムとマルスが購買で買ってきた昼食を食べながら、すぐそこまで迫ったソミアの誕生会について話をしていた。


「しかし、今日がソミアちゃんの誕生日か。アイリスディーナさんの話ではパーティーは放課後やるって言っていたけど」


「あ、ああ。そうらしいな……」


 だがどうもマルスの様子がおかしい。朝から妙にソワソワしている。午前の授業中にも何回か講義をしている先生に注意されていた。


「?……お前どうしたんだ?なんか様子がおかしいぞ」


「い、いや。大丈夫だ。ほ、放課後にはちゃんと元通りになっているさ……」


「そうか?ならいいけど。そういえばエナちゃんはどうするんだろう。俺達だけパーティーに参加するって言うのも悪い気がするけど……」


「だ、大丈夫だろう。そ、そもそもアイツ呼ばれていないからな。招待していない人間がいきなり行くのもまずいだろう……」


「確かにそうか……」


 確かにマルスの言うことは正しい。エナはそもそもパーティーに招待されていないのだから参加しないのは普通だが、ノゾムは妙に緊張しているマルスが気になった。その原因が分かるのは放課後、パーティーに参加するためにアイリスディーナさんの家に行った時だった。







 アルカザムの北区画。ここはこの学園都市の政治機関が存在し、この都市の政治的な運営を行っている。

 同時にその行政を行う人間の住居もこの区画に建てられており、その中にフランシルト家の屋敷も建っていた。

 しかしその大きさは、この区画に建っている他の屋敷とは比べ物にならなかった。

 他の屋敷と比べても二回り以上広い敷地があり、その敷地を人の身長の3倍を超える柵が囲っている。

 屋敷自体も大きく、小さな村の住民達が寝泊まりしても大丈夫なくらいの広さがあるだろう。

 ちなみにこの屋敷の主はフランシルト家の次期頭首であるアイリスディーナらしい。この屋敷自体、彼女がソルミナティ学園に入学が決まった時に建設されたものだ。

 娘の引っ越しに屋敷を用意するなど、普通の一般人では考えられない。


 授業を終え、ノゾム達はパーティー会場であるアイリスディーナの屋敷の正門前に来ていたが、そのあまりの大きさにただ圧倒されていた。


「………………広いな」


「…………ああ」


「……………会場、ここだよな」


「…………ああ」


「本当に大きな屋敷ですね。お兄ちゃんまた変なことしないでくださいね」


 一般人からすれば絶対に縁が無いであろう豪邸を前にして呆然としていたノゾムとマルスだが、傍から聞こえるよく聞きなれた声を聞いて現実に戻ってきた。


「……ところでマルス。エナちゃん参加しないって言ってなかったか?」


「う!」


 ノゾム達の傍にいたのはパーティーに参加しないはずのエナだった。ノゾムがマルスに疑問をぶつけるが、マルスは気まずそうに眼を逸らす。

 そんな兄に見かねたのかエナが事情の説明を始めた。


「勘違いしないでくださいノゾムさん。私はパーティーに参加するために来たわけじゃないんです」


「え、じゃあ何のために?」


「この間、お兄ちゃんが絡んでしまった方に謝罪するためです。お兄ちゃん1人じゃあ心許ないですし…………」


 どうやらエナはマルスがこの間絡んだティマさんに謝罪するためについてきたらしい。当のマルスは頭を抱えている。学校で彼の様子がおかしかったのもこれが原因だろう。


「マルス……お前……」


 ノゾムが呆れたような様な声を上げる。妹が謝罪に付き添いで来るなんて情けないにも程があるだろう。


「違う! 何考えてやがる! こいつが勝手についてきただけだ!!」


「何言っているのよ! お兄ちゃんだけだったらまた変なこと言って拗れるだけなんだから!」


「いい加減にしろや! お前は俺の母親か!!」


「お、おい2人とも……」


 いつも通りじゃれあう兄妹。当然のことながら2人は周囲を行きかう人達に注目されている。ノゾムははっきり言って恥ずかしかった。何度か2人に呼びかけるが、当人達は舌戦に夢中で気付いていない。

 こんな大きな屋敷の前で大声を上げていれば、目立つのは当然だが、いい加減この兄妹の喧嘩を止めるのは無理だとノゾムは分かっていたので、2人を無視して門に向って歩き出した。


 ノゾムが門の傍に近づくと門が開き、中からこの屋敷で働いていると思われるメイドが現れた。 


「すみません。この屋敷の前で騒がれるのはご遠慮願いたいのですが」


「あ、すみません。今日はソミアちゃ……ソミリアーナさんの誕生会に呼ばれてきたのですが」


「あなた方が……ですか?」


 明らかに不審者を見る目でノゾム達を見てくるメイド。ノゾム達はソルミナティ学園の制服を着ているが、後ろで行われている騒動のせいで、メイドの眼には彼らが思いっきり怪しい人間として見えていた。

 ちなみに制服である理由は、身内とはいえ名家の令嬢の誕生会に着て行けるような一張羅をノゾムもマルスも持っていなかったからである。


「…………大変もうしわけありませんが、このような怪しい方々を屋敷内に入れるわけには「やあノゾム君、来てくれたんだね」お、お嬢様!!」


 やんわりとだがノゾム達を帰そうとしていたメイドの後ろから現れたのは、パーティーの主催者であるアイリスディーナだった。彼女の後ろには親友のティマもいる。


「彼らは私の友人だ。通しても大丈夫だよ。案内は私がするから、君は職務に戻ってくれ」


「は、はい」


「あ、ありがとうアイリスディーナさん」


 メイドは慌てた様子で去っていき、ノゾムはあわや追い返されると思っていたのでホッとしていた。


「ふふ、こちらが招待したお客様を門前で追い返すわけにはいかないからね。……ところで彼らはいつまでやっているのかな?」


 端正な顔に誰もが魅了される笑みを浮かべて、アイリスディーナはノゾムに答える。しかしやはり後ろの兄妹が気になるのだろう。2人はいまだにこちらに気付かずに口喧嘩を続けている。こちらの事はおろか、自分達の周囲には人だかりができているというのに全く気が付いていないようだ。


「あの2人は…………おーい!! もう中に入るぞ!いつまでやっているんだ!!」


「「…………え?」」


 ノゾムは大声を上げて2人を呼んだところ、今度は届いたようだ。ふたりは間抜けな声をあげてこちらを見ると、ようやく自分たちの痴態に気付いたのか大慌てでこちらにやってきた。


「ノゾム! 気付いていたなら言えよ!」


「そうですよノゾムさん! 恥ずかしかったじゃないですか!」


「………………え~」


 余りに理不尽なことを言う2人にノゾムは頭を抱えるしかなかった。そんな3人をアイリスディーナ達は面白そうに見つめていた。



「ふふふ。楽しそうだね。でもノゾム君よかったら彼女を紹介してくれないかな?」


 アイリスディーナの視線はノゾム達の傍にいたエナに向けられている。


「あ、そういえばエナちゃんに会うのは初めてでしたね」


「まあね。聞いてるかもしれないけど、私はアイリスディーナ・フランシルトだ。よろしくね」


「は、はい! え、エナ・ディケンズです」


 アイリスディーナの雰囲気に押されて、緊張した様子でエナは自己紹介をした。続いてアイリスディーナの後ろにいたティマも自己紹介をする。


「ふふ、ティマ・ライム。よろしくね。エナちゃん」


「あ、あなたがティマさんでしたか。いつぞやはうちの愚兄がご迷惑をかけまして申し訳ありませんでした」


 エナは目の前にいるのがマルスが絡んだ人だと分かると頭を深々と下げて謝罪した。その様子にティマは少し面食らっていた。


「べ、別にいいよ。気にしなくても……」


「いえ、さすがにそういうわけには……というかお兄ちゃんも謝りなさい! 元々お兄ちゃんが悪いんだから!!」


「だから! お前は俺の母親か! お前のせいで俺が話し難くなっているんじゃねえか!」


「何よ! どうせお兄ちゃん1人じゃ謝るなんてできないでしょ! そんなだから私たちが最初に謝っておくんじゃない!」


「だから、それが余計だっていうんだ!! むしろ逆効果だっての!!」


「ちょ、ちょっと待った2人共! 人の家、しかも誕生会の時に喧嘩はマズイって!!」


「ぷ、アハハハハハ」


 再び喧嘩を始めようとする2人をどうにか止めるノゾムだが、そんな2人を見ていたアイリスディーナの笑い声に驚いた。ノゾムが今まで見てきた彼女は凛としていてぶれることが無く、しかしその超然とした雰囲気は、何処か自分達とは違う人間の様にノゾムは感じていた。

 しかし、今目の前で笑う彼女にその様な超然さはなく、自分たちと同じ年頃の少女の姿だった。


 そんなアイリスディーナを見たマルスとエナは今し方していた口喧嘩も忘れ、ポカンとしていて、後ろにいたティマも驚いた様子で黒髪の少女を見ていた。

 


「ふふ、ごめん。2人ともとても仲がいいんだね。…………そうだ。エナちゃんだったかい? よかったら妹のパーティーに参加してくれないかな?」


「え。で、でも…………私、こんな所のパーティーに出たことありませんし、それに……」


 エナはかなり躊躇っている。

 元々自分は兄の付添いのつもりで来ていたので、そのままパーティーに参加することに戸惑いを覚えているようだ。

 しかしアイリスディーナは気にしない様で、別にかまわないと言う。


「硬くなる必要はないよ。今回は身内だけのパーティーだから無礼講さ。それに人数が多い方が妹も嬉しいと思う」


「まあ……主催者がこう言っているんだから良いと思うよ」


「…………分かりました。お邪魔でなければ参加させてください」


 ノゾムも彼女の意見に同調したので、エナも断り続けるのは悪いと思い、参加することに決めたようだ。




 パーティー会場に着くと様々な人がいたが、ほとんどがこの屋敷で働いている人たちのようだった。

 パーティー自体は立食形式のようで、会場のテーブルの上には様々な料理が並んでおり、そのどれもがシェフが趣向を凝らしたものだとひと目で分かった。

 主賓のソミアは中央にいて、エクロスの制服を着た同年代の子供たちに囲まれている。おそらく学校の同級生だろう。


 アイリスディーナがソミアの傍に行くと、姉に気付いたソミアは彼女の胸に飛び込み、飛び込んできたソミアをアイリスディーナは優しく受け止める。


 女神の様な笑みを浮かべて妹を抱き上げる姉と満面の笑顔で姉に抱き着く妹。

 その光景はとても優しく、周りにいた人達にも自然と笑みが浮かび、パーティー会場は温かい雰囲気で包まれた。



 



「今日は私の大切な妹の誕生日を祝ってくれてありがとう。今日はいつもの職務や分別を忘れて大いに楽しんでほしい」


 アイリスディーナの挨拶と共にパーティーが始まり、みんなは思い思いに楽しみ始めた。


 ノゾムは先ほどからマルス達と一緒に料理に舌鼓を打ちながら、会場の様子を見ていた。

 アイリスディーナやソミア、そしてティマの周りには人だかりが出来ており、みんな楽しそうに話をしていた。

 


ソミアは同級生たちと話していたが、ノゾム達に気付くと大きく手を振ってこちらにやってきた。


「こんばんは!ノゾムさん」


「こんばんは。ソミアちゃん。誕生日おめでとう」


「よう」


「ありがとうございます。今日は来てくれてありがとうございます!」


 ソミアは元気よく答える。彼女はよほど嬉しいのか、何時にも増して元気いっぱいだった。


「ノゾムさん。そちらの人は誰ですか?」


 ソミアはマルスの隣にいたエナに視線を向けて訪ねてきた。


「初めまして。マルス・ディケンズの妹でエナといいます。今日はアイリスディーナさんにお誘いを受けて参加させていただきました。よろしくお願いしますね、ソミリアーナさん。」


「あ、ソミアでいいですよ。私もそう呼んでくれた方が嬉しいので、気にしないでそう呼んでください!」


「分かったわ。よろしく、ソミアちゃん」


「はい!」


 それから2人が笑顔でその事を話しはじめる。自己紹介や今の様子を見る限り、かなり意気投合しているようだ。

 今2人が話しているのは自分たちの兄や姉についての話。2人とも年上の家族を持つせいか、話は弾んでいるようだ。エナは兄にどれだけ苦労させられてきたかを話しており、ソミアは散々言われているマルスをフォローしている。

 マルスは自分を散々コケおろす妹に抗議し、それに言い返す妹。三度始まりそうになる大舌戦を止めようと、間に入るソミアに騒ぎを聞きつけてやってきたティマが加わる。


ノゾムはその様子を少し離れたところで見ていたが、そこにアイリスディーナがやってきた。

 

「やあ、ノゾム君。楽しんでいるかい?」


「ええ、こんな機会、なかなか有りませんから。それより止めなくていいんですか、あれ」


「構わないよ。マルス君たちはいつもの事の様だし、ソミアもあれで楽しそうだ。ティマが少し大変そうだが、たまにはいいだろう」


 彼女はクスクスと楽しそうに喧騒を見つめている。その様子は年相応で、学園での凛々しい彼女とは違うが、とても惹きつけられる笑顔だった。


「ッ!」


「?どうかしたのかい?」


「い、いや。なんでもない!」


「?そうかい?」


 ノゾムはそんな彼女の笑顔を見ていたことが恥ずかしくなり、つい目を逸らしてしまう。

 アイリスディーナは様子のおかしいノゾムに詰め寄ってくるが、それが尚の事ノゾムの心臓をドキドキさせた。


「そういえば君にお礼を言っていなかったな」


「お礼?」


ノゾムはアイリスディーナの言葉に首をかしげる。お礼など言われる理由が分からなかったからだ。


「私たち姉妹の母はソミアを産んで、その時亡くなってしまった。だからこそ私はソミアの母親になろうとしてきたんだが……やっぱり実の母親が恋しいのか、ソミアは誕生日が近づくとどことなく悲しそうにしていたんだ」


 彼女の独白にノゾムも真剣に彼女の話に耳を傾ける。

 彼女の母親が亡くなっているとはノゾムは知らなかった。


「でも今回はそうでもないんだ。やっぱり君たちに出会えたおかげなんだと思う。屋敷でも君の事をソミアはよく話していたよ。変わったお兄ちゃんに会ったってね」


「そう……だったんですか」


 ソミアの方を見ると、彼女は喧嘩をしているマルスとエナをアタフタしながら止めようとしている。大変そうだがそこにイヤな雰囲気はなく、何処となく微笑ましかった。


「もういい加減にしてください! 姉様!ノゾムさん!そんなところでほのぼのしてないでどうにかしてよーーーー」


 ソミアの声にノゾムとアイリスディーナは視線を交わすとクスリと笑う。


「さて。お姫様が呼んでいるからそろそろ行こうか」


「ええ、とりあえず俺はマルスを止めますね」


 2人は互いに頷くと喧騒の中へと走って行った。






 フランシルト邸の正門。そこに執事服を着た1人の老紳士が立っており、彼が門の呼び鈴を鳴らすと、ノゾム達を諌めたメイドが現れた。


「はい、どなたでしょうか」


「夜分に申し訳ありません。こちらの屋敷の主に用がありまして、お取次ぎ願えないでしょうか?」


「申し訳ありません。本日は主様の妹君の生誕日を祝うパーティーが開かれておりますので誰も取り次ぐことは出来ません。ご用件ならば後に主に伝えますゆえ、ご容赦願えませんか?」


 この屋敷の主とはアイリスディーナの事。メイドは老紳士を見たところ、身なりはきちんとしているし、言葉使いも丁寧だが、何処かおかしい。

 要件について尋ねてみるが、老紳士は本人の前で話さなければならないと言い、決して譲らない。


 老紳士は繰り返し屋敷の主に合わせてほしいとメイドに問うが、メイドは主の命だからとやんわりと断り続ける。


「ふう、仕方ありませんな…………」 


 やがて老紳士はため息をついて、執事服の襟を正すと、右手の指をパチンと鳴らした。

 すると、突然メイドの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。


「申し訳ありません。これも主の命故」


 老紳士は崩れ落ちたメイドを抱き留めると、彼女の背中を優しく門に預けると、右手の指を素早く空中に走らせる。

 その瞬間、巨大な魔法陣が老紳士の足元に現れたかと思うと、巨大な魔力が屋敷を覆い尽くした。





 楽しい時間が過ぎ去り、パーティー自体もお開きになったため、パーティーに参加していた人達は各々帰路就くか、会場の片付けを行っていた。

 しかし、当のノゾム達は未だ会場に残り、ソミア達を待っていた。彼らにとって、まだ誕生会は終わっていなかったからだ。


「お待たせしました、みなさん!」


 ソミアがノゾム達の所に駆け寄ってくる。後ろにはアイリスディーナ達の姿もある。


 ノゾム達がまだ残っていたのはソミアにプレゼントを渡すためだった。

 パーティーの間に他の人はプレゼントを渡していたが、ノゾム達はその機会がなかったのだ。



 ちなみに原因はマルスとエナの大喧嘩。大騒ぎした2人の首輪としてパーティーが行われている間ずっとノゾムがストッパー役をしていたため、プレゼントを渡す機会を逸していたのだ。


 ソミアはワクワクながらこちらを見つめてくる。その目は”はやくはやく”とノゾムをせっつかせる。

 その様子にクスリと笑うとプレゼントを出そうとした。

 だが次の瞬間、パーティー会場のドアがカチャリという音と共に開き、その入口から1人の老紳士が進み出てきた。

 老紳士は黒の執事服を着込み、銀の髪を後ろで纏めており、赤い目と片眼鏡をかけている。

 その人物を見たアイリスディーナが眉を顰める。あのような人物をアイリスディーナもノゾム達もこのパーティーで見ていない。明らかに外部の人間だ。


「どなたですか? 今日のパーティーにお呼びした方ではないようですが」


「不躾な作法でお邪魔した事、真に申し訳ありません。実は我が主からこの館の主に言伝がありまして……。申し遅れました、私、ディザート皇国のウアジァルト家に仕える執事、ルガトでございます。この屋敷の主、アイリスディーナ様とソミリアーナ様とお見受けしますが?」


アイリスディーナが硬い声で老紳士に問いかける。彼はその口元に浮かべた笑みを崩さないまま、深々と頭を下げて礼をする。仕える者としての理想的な礼だ。


「ディザード皇国……確か、大陸北西部の……」


 ノゾムの口が呟くようにその国の名前を紡ぐ。


「……確かに、私がこの館の主、アイリスディーナ・フランシルトであり、この子が妹のソミリアーナだが……一体、ルガト殿は何用で来られたのかな?」


「私の目的は以前、フランシルト家に貸し与えた秘宝“霊炎の炉”を返していただく事です」


「霊炎の炉?」


 アイリスディーナが聞いたことのない言葉に首を傾げる。どうやら彼女はその秘宝について何も知らないようだ。


「はい。これは他人の魂を取り込み、その力を自らのものとすることが出来る秘宝であり、元々私が仕えるウアジァルト家の物。……見たところ、どうやら今はソミリアーナ様の魂と融合しておるようですな。それを返していただきます」


「なっ!!」


 その場にいた全員が自分の耳を疑った。

 ルガトの話ではソミアの魂にその霊炎の炉が融合しているらしい。しかも彼はそれを返してもらうと言っている。


「それでは、契約を履行します」


「ま、まて!!」


 まったく事情が分からないアイリスディーナがルガトに制止の声を掛けるが、その瞬間、途方もない魔力が屋敷中を覆った。



第2章終幕前篇開始です。

ようやくここまで来ました、ついに第2幕もクライマックスです。今回はバトルは無しですが、次回からはバンバン出していきます。

それではまた次節で。

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