閑話 千変万化アイリスちゃん その3
月明かりを浴びて微笑むシーナに一瞬見惚れている中、彼女はノゾムの顔を覗き込みながら口を開く。
「大丈夫? 少しは疲れが取れた?」
「……あ、ああ、うん。じゃなくって、お店の方は?」
「結構繁盛しているわ。今の私は休憩中。他の二人はまだ下でお客さんの応対をしているから、安心していいわ」
周りを見てみれば、いつの間にかマルスもいなくなっている。
階下からは普段の牛頭亭よりも賑やかな喧騒が響いてくる。おそらく、アイリスディーナやリサ達が給仕をしていることを聞きつけた一見さん達が大勢駆けつけてきているのだろう。
「ヴィクトルさんが暴走しないだろうか……」
ノゾムの懸念としては、娘命! の大貴族様だ。
アイリスディーナを不埒な目で見た客がいたら、即斬り捨てかねない。そうでなくても、騒ぎまくるのは目に見えている。
「大丈夫よ。アイリスディーナさん達が抑えているわ。それに騒いでいても、夜の酒場の中ならお客さんもそれほど気にしないでしょ」
どうやら、まだフランシルト一家は牛頭亭に残っているのだろう。
ノゾムの脳裏にアイリスディーナが弄られている姿が目に浮かび、思わず苦笑が漏れる。
「ふふ……」
そんなノゾムの様子につられ、シーナも含み笑いを漏らす。そこで、ノゾムは気がついた。
月光が薄く照らす室内で、二人っきりという状況。心臓がトクン、大きく脈打つ。
そんなノゾムの動揺を知ってか知らずか、シーナはさらに顔を近づけてくる。
静かな彼女の呼吸すら、間近で感じられるほどに。
「ちょ……」
「顔色、少しは良くなったみたいね」
暴走したアイリスディーナに首を絞められたため寝込むことになってしまったノゾムだが、そのダメージは一応抜けていた。
しかし、彼の心中は穏やかではない。
目の前で微笑むエルフの少女の美貌は、あのアイリスディーナと比べても遜色ないほど。
そんな類稀な美少女が、瞳に安堵と愛情をいっぱいにして見つめてくるのだ。意識するなというほうが無理である。
「も、もう大丈夫だから、離れてくれないか?」
「あ、ごめんなさい。もしかして期待させちゃった?」
「な、なにがだよ……」
「こういうことよ。ん……」
ノゾムの問いかけに意味深な笑みを浮かべたシーナは、すっと流れるように両手を伸ばし、彼の頭をかき抱いた。
ふわりと広がる、甘く涼やかな香り。穏やかな森の中を思わせる匂いが、鼻孔を刺激する。
続いて顔に広がる、柔らかい感触。
アイリスディーナとは違い、控えめではあるが、それなりに主張のあるふくらみが押し付けられていた。
「ちょ!?」
一瞬、茫然となってしまったものの、ノゾムは慌てシーナの腕を掴んで抱擁から逃れる。
彼が冷や汗を浮かべる一方、元凶のシーナはその白く美しい顔を朱に染めながら、幸せそうに微笑んでいた。
「ごめんなさい、つい我慢できなくて」
「我慢できないって……」
「だって、愛している人がこんな近くで、こんなに私を意識してくれているのよ? 本当はもっと強く抱きしめて、キスしたかったくらいなんだから」
「おいおい……」
「でも、キスまでしたらさすがにアイリスディーナさんに悪いし、貴方も罪悪感を抱いてしまうでしょ? さすがにそれはしたくないの」
向けられるまっすぐな愛情にノゾムが困惑している中、シーナはスッと身を引くと立ち上がり、傍にあったテーブルまで移動する。
「晩御飯食べてないから、お腹すいたでしょ。食事も持ってきたわ」
テーブルの上には、トレイが置かれ、その上にはまだ湯気を立てている皿と器が乗せてあった。
未だに置いてけぼりのノゾムをよそに、彼女はトレイを持ってくる。
中身は簡単な炒め物とスープ、それからパンだ。
鼻腔をくすぐる香りに、ノゾムの腹がグーと鳴る。
朝から色々とありすぎて、食事をしている余裕もなかったためか、相当空腹ではあったようだ。
先ほどあんなことがあったにもかかわらず、素直に腹をならず己の体に、ノゾムは恥ずかしそうに俯く。
「まだ、体辛いでしょ。私が食べさせて……」
「い、いや、一人で食べれるから……!」
「残念。せっかくの機会だったのに……ふふ」
そんな彼の様子を、シーナはくすりと笑みを浮かべた。
彼女は向けられる愛情に照れているノゾムの膝の上にトレイを置くと、再びベッドの傍の椅子に腰かける。
じーっと期待するような瞳で見つめてくるシーナに戸惑いながらも、ノゾムは食事を口に運ぶ。
まずはスープから。綺麗に刻まれた野菜が浮かぶ汁をすすると、薄い塩味と野菜のうまみが絶妙に合わさり、舌の上で踊る。
「美味しい……。けど、あれ? なんか味付けが、違う?」
繊細な汁物の味に思わず感嘆の息を漏らしながらも、普段の牛頭亭の料理とは違う味付けに、ノゾムの口から疑問が漏れる。
牛頭亭は酒場であるためか、基本的に濃い味付けのメニューが多い。
だが、目の前の料理の味は薄味で、明らかにデルやエナ、ハンナが作った品ではないように思えた。
「ええ、私の故郷の味付けにしてみたの。具材は違うけど、それなりに上手くできたと思うわ」
「え? これ、シーナさんが作ったの?」
「そうよ。よかった、気に入ってもらえて……」
なんとこの料理は、シーナが作ったものだった。
ノゾムの反応が相当嬉しかったのか、彼女は両手を合わせて満面の笑顔を浮かべている。
そんな彼女の歓喜の視線から逃れるように、ノゾムは炒め物を口に運ぶ。
細く切った肉と根野菜、そしてざく切りにした葉野菜を一緒に炒めたもの。
噛むとシャキシャキとした歯ごたえと一緒に、芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。
おそらく、何らかの果実の油を使っているのだろう。肉の臭みや獣臭さは全くなく、野菜も相当な種類が入っているためか、むしろあっさりとした食感がする。
正直なところ、こちらもものすごく美味しい一品であった。
そんな美味しい料理ともなれば、空腹のノゾムは自然と食が進む。
気がつけばノゾムは、十分足らずで出された品を平らげてしまう。そして、そんな旺盛な食欲を見せる彼を、シーナは微笑ましそうに見つめて続けていた。
「ごちそうさま。おいしかったよ」
「お粗末様。ふふ、いいわね。こういうの……」
「な、なにか?」
「家族みたいで。ほら、私、十年前に家族を失っているでしょう? ミムル以外に料理を作るってなかったから、嬉しいの……」
「あ、ああ……」
シーナは大侵攻の時に、家族を亡くしている。
故郷を追われ、隠れ里での生活の中でも、精霊との交信能力を失っていたために肩身の狭い思いをしてきた。
だからこそ、自分を理解してくれる人達と一緒に居られることが、嬉しくてたまらない。
「でも、こんなに嬉しいのは、貴方に作ってあげられたからでしょうね」
とはいえ、親愛以上の感情を隠すことなく伝えてくるその姿勢に、ノゾムは困惑を覚えずにはいられない。
向けられる飾りのない綺麗な笑み。
気恥ずかしさを隠しきれないノゾムは、思わず本音を漏らす。
「っ……あの、ストレート過ぎない?」
「私は貴方の心を感じれるけど、貴方は私の心を感じ取れない。なら、私がきちんと自分の気持ちを伝えないと不公平でしょ? それにこっちの方が、私を意識してくれる。今もこうして……」
シーナが再び身を寄せ、ノゾムの頬に手を沿える。
触れてくる彼女の手は、心なしか熱を帯びているように思えた。
ノゾムの心臓が、再び大きく拍動する。
「い、いや、気持ちは嬉しいけど俺は……」
「分かっているわ、貴方の心の一番奥にいるのは、アイリスディーナさんだってこと。でも、貴方を想い続けるのは、私だけの意志。前にも言ったでしょ? それに、キスだってしたじゃない」
「あ、あれは君から……」
「でも、嫌だとは思っていない。ふふ、貴方の気持ちが嬉しいわ。私も、こうして一緒にいられて、嬉しいのよ……?」
シーナが再び、ノゾムに顔を近づけてくる。瞳に、純粋で深い愛情を湛えながら。
そして、真っ白で端正な顔、そして潤んだ唇がゆっくりと迫ってくる。
恥ずかしさからノゾムは思わず身をのけぞらせるが、エルフの少女はそんな彼の反応すら嬉しそうだった。
さすがにこれ以上は駄目だ。ノゾムがそう思った瞬間、シーナはパッとノゾムから身を離す。続いて、部屋のドアがバン! と勢いよく開かれる。
「ノゾム―――――!」
「ア、アイリス……って、なにその恰好!?」
ドアを開けたのは、下の酒場で給仕をさせられていたはずのアイリスディーナ。だが何故か彼女は、とんでもない恰好になっていた。
白と黒を基調としたツートンカラーのエプロンドレス。
頭にはフリルのカチューシャをつけ、膝上のスカートからは白く艶めかしい生足が伸びている。
胸元はしっかりと黒の布地で隠されながらも、ぴっちりと張り付き、その豊かで美しい双丘の形を露わにしている。
メイド服。それも、かなり露出度の高いもの。恋人の刺激的な姿に、ノゾムは思わず鼻を押さえてそっぽを向く。
「う……」
「あら、アイリスディーナさん、もう休憩? というか、なんでその服着ているの?」
「こ、これはメーナに無理やり着させられて……。それに裏に置いておいたらリサ君が勝手に持っていきそうになって……。い、いや、そんなことよりもシーナ君、ノゾムに何をしようとしていた!?」
顔を真っ赤に染めながら、ビシッ! とシーナに指を突きつけるアイリスディーナ。一方のシーナはコテンと首を傾げる。
透き通るようなその容貌もあって、妙に可愛らしい。
「なにって……。以前と同じように、私の気持ちを伝えていただけよ?」
「い、以前!? ど、どういうことだ!?」
意味深なシーナの言葉に、アイリスディーナがいきり立つ。
「勘違いしないで。私が彼に気持ちを伝えたのは、貴方と恋人関係になる前の話。その時も、彼にはしっかり断わられちゃってるわ」
「そ、そうか、それは良かっ……い、いや。ならなんで君はまた私のノゾムに言い寄っているんだ!?」
シーナは冷静に、自分がノゾムに振られていることをアイリスディーナに伝える。
その言葉に一瞬鎮火しかけるアイリスディーナだが、直後に彼女はシーナがノゾムに身を寄せていたことを思い出す。
ベッドの上に身を乗り出して、さらに頬に手を伸ばすなど、普通の行動ではない。明らかに言い寄っているときの様子である。
「どうしてって。まだ私が彼を愛しているからよ?」
「だ、か、ら! 彼は私の恋人だと言っているだろうが!」
「何度も言わなくても分かっているわ。彼は貴方を愛しているし、貴方も彼を愛している。でも、私が彼を愛し続けるのは、べつに構わないでしょ?」
「す、すでに相手がいるんだぞ!?」
「ええ。でも、誰を愛するかは、その人が決めることよ」
アイリスディーナの詰問に、シーナは変わらないトーンで返答する。
そのあけっぴろげで、全く迷いのない言葉に、アイリスディーナは一瞬言葉を失う。
「いや、そうだが……。だ、だが、いつまでも報われない恋をしている必要はないんじゃないか?」
「恋じゃないわ。言ったでしょう。私は、彼を、愛しているの」
椅子に座っていたシーナが、スッと立ち上がる。
そのまま両手の指を胸元に寄せると、彼女はノゾムに向かって微笑む。
「エルフの愛は、人とは違う。ずっとずっと続く。悠久の時を超えても愛し続けるの」
透き通るような、それでいて溢れんばかりの想いを乗せた視線。白い頬を紅に染めながら浮かべる笑みは、窓から差す月の光と相まって、ノゾムとアイリスディーナが言葉を失うほど神秘的だった。
「このつながりがある限り……ううん、たとえ無くなっても、きっと私は彼を愛し続ける。ふふ、こうして口にすると、すごく恥ずかしいけど、とても嬉しい気持ちになれるわね」
静かに、しかし熱いほど昂ぶる気持ちのまま、ノゾムへの想いを口にしていたシーナが、スッとアイリスディーナに視線を戻す。
「それに勘違いしないで。貴方とノゾム君の中を引き裂く気なんて微塵もないわ。ただ、私は私の意志で、彼を想い続けるの」
そして彼女は、アイリスディーナが言葉を失っている内に、部屋の扉へと向かっていく。
「アイリスディーナさんが休憩に入ったみたいだし、私は先に下に戻っているわ。それじゃあノゾム君、またね」
そして、ノゾムへ軽く手を振りながら、部屋を出て行った。
「う、うううう! むうううううう……!」
「ぶふ!?」
後に残されたノゾムが茫然としている中、我に返ったアイリスディーナの妬心が爆発する。
ベッドにいるノゾムに向かってダイブした彼女は、ノゾムの首に手を回し、そのまま後ろに回り込む。そして己の嫉妬心に焚きつけられるまま、ぎゅーーーっと力いっぱい抱きしめ始めた。
「なんだ彼女は! ノゾムは私のだって知っているだろ! いや所有物というわけじゃないが、それにしたって近すぎるだろ! それに私たちの中を引き裂くつもりはないといいながら、しっかり自己主張しているじゃないか! 嘘つき! 嘘つきエルフ!! 純粋と言いながら不純もいいところだよ! ノゾムもノゾムだ、すでに告白されているって聞いていないぞ!」
「いや、すまん……」
「うううう、うううううううう~~~~!」
首の横の至近距離から涙目で睨みつけてくるアイリスディーナに困り果てる。
確かに、シーナから気持ちを伝えられてはいた。そして、たとえノゾムに他に好きな人がいても、自分は貴方を想い続けると宣言もされている。
彼女の気持ちを否定することはノゾムにはできないし、その権利もない。
(そういえば、アイリスディーナには告白されていた事を話していなかったな)
ある意味、ノゾムのコミュニケーション不足が招いた事態ともいえる。
他の女性に取られまいと、後ろから力いっぱい抱き着いてくる彼女の想いを嬉しく思いつつ、同時に申し訳なく思った彼はベッドの上でスッと体を捻ると、アイリスディーナの背中に手を回す。
「よっと」
「あっ」
そして驚く彼女を抱えると、そのまま膝の上へと導いた。
いわゆるお姫様抱っこ。
結構きわどいメイド服に身を包んだ黒髪の少女の顔を間近から覗き込む。
ポッと頬に朱を走らせ、身を縮こませるアイリスディーナ。番犬モードから一気に子犬モードになった彼女の可愛さに、思わず笑みが漏れる。
「アイリス、確かに俺は彼女から思いを伝えられた。でも俺が自分から告白したのは、君だよ。あの時、君にキスしたいって思ったのも」
「……じゃあ、今キスし……ん!?」
言うが早いか、ノゾムは彼女の唇を塞ぐ。静かに、自分の想いを伝えるように。
しばらくの間重なる、二つの影。
十秒、二十秒。そしてゆっくりと唇が離れる。
「これで分かってくれるかな?」
「……うん」
指していた頬の火照りがさらに増したのか、茹蛸のように真っ赤になっている。
「ゴメン、彼女のこと話してなくて」
「ううん、私もなんとなくはわかってたんだ。彼女は多分、もうノゾムに想いは伝えているんだなって」
「でも俺は……」
「その上で、君は私を選んでくれた。うん。最初から、私もわかっていたんだよ」
元々察しの良いアイリスディーナである。シーナが望に告白したということは、これまでの空気で何となく察してはいた。
ただ、正面からシーナのノゾムへの思いを見せつけられたのは初めてだったから、つい動揺してしまっただけである。
逆を言えば、多少身構えていた彼女をここまで動揺させるほど、シーナの言動は強烈だったということでもあるが。
アイリスディーナは胸の奥の澱みを吐き出すように、はあ……と一つ大きな息をつくと、すっきりとした表情で微笑む。
そんな彼女の様子にノゾムも笑みを返す。
「なんというか、俺もしっかりしないとな」
「……え?」
「しっかりと君に、俺の気持ちを伝え続けないといけないって。俺はシーナみたいに、君の気持ちを直接感じ取るってできないからさ」
「え、その……」
動揺の声をもらすアイリスディーナ。そんな彼女をノゾムはギュッと抱きしめ直す。
そして顔が近づけ、紫色の瞳を覗き込む。込み上げる嬉しさと恥ずかしさに、彼女の目は揺れていた。
「その服、似合ってるよ。ちょっと俺には刺激が強すぎるけど」
自分が愛しい人の気持ちを揺り動かしている。そんな嬉しさに促されるまま、ノゾムは普段なら絶対に口にしない言葉をかける。
「ど、どう、刺激が強いんだ?」
「まあ、色々と…………」
実際、ちょっと今のアイリスディーナの服装はノゾムには刺激が強すぎた。
特に強調された胸元は凶悪で、こうして抱きしめて上から見下ろす形になると、その双丘の豊かさがよくわかる。
スカートから延びる足も白く、ほっそりしていて、とてもあのヴィトーラと戦いを繰り広げた剣士には見えない。
「さ、触りたいなら……い、いいぞ? なんなら……今君だけのメイドになってあげようか?」
「ぶふ!?」
部屋を満たす甘い雰囲気に促され、彼女もまた、普段とは違う行動を取り始めた。
閉じられた胸元のボタンを片手でプチ、プチと外す。
胸元を隠していた服が開き、豊かで真っ白な谷間が顔を覗かせる。
恋人の予想外の行動にノゾムが噴き出す中、アイリスディーナはニンマリとした笑みを浮かべると、ぺろりと艶めかしく己の舌で唇を濡らす。
「え、え?」
「ん……」
そして、先ほどのお返しとばかりに、彼女はノゾムに唇を押し当てる。
「呼び方はご主人様がいいか? それとも……旦那様?」
見上げてくる恋人。窓からさす月光に照らされた、美しい顔。誘うような、それでいてどこか懇願するような紫色の視線。そして香る甘い空気に当てられ、ノゾムの頭の中でプチンと何かが切れた。
どちらからともなく、近づく唇。三度二つの影が一つになる。その瞬間……。
「きゃあ!?」
「うわ!?」
「あららら……」
部屋の扉が、バタン! と大きな音を立てて開かれ、床に倒れ込みながら、三つの影が飛び出してきた。
ドサドサと重なる三つの影と、ノゾム達の視線が重なる。
「ソミアちゃん、エナちゃん、メーナさん。一体そこで何を……」
「い、いえ、その。ちょっと兄様の様子が気になりまして……。そうしたら出る機会を逸したと言いますか……」
「私はその……お、お店の宿で不埒なことをしている人がいないか見回りを……」
「私は純粋な興味と、お嬢様の成長を記録に残そうと思ってのことです。ですので、私たちのことは気にせず、どうぞ続きを……」
(で、できるかーーーーーーー!)
一部始終を見られていた。そのことに気づき、ノゾムは顔を真っ赤にさせながら、声の無い叫びをあげる。
一方、アイリスディーナは……。
「ソミア……。メーナ……」
いつの間にかノゾムの膝上を離れ、般若のような顔で三人の前に仁王立ちしていた。
全身からあふれた魔力が、ゆらゆらと彼女の黒髪を揺らしている。
特にソミアとメーナへ向ける視線はすさまじい。竜も裸足で逃げそうな怒気を全身から振り撒いている。
「エナさんにはご両親に言ってもらうとして……ほかの二人にはお仕置きが必要だな。特にソミア」
「え、ええっと姉さま、怒ってます? 怒ってますよね!? で、でも私としても、フランシルト家次期当主として、後学のためにも色恋は学んでおきたいな~~って思いまして……だから姉様」
助けを求める視線がソミアからノゾムに向けられるも、今回はさすがに彼女を守ることはできなさそうだった。
アイリスディーナは幼女化してから相当弄られていたこともあり、家族に対しては特にストレスを溜めている様子。
ノゾムが静かに首を振ると、未来の妹は絶望の表情を浮かべる。
「ご、ごめんなさーーーーい!」
そして、ソミアの謝罪の叫びが、牛頭亭に木霊した。
「むおおおおおお! 離せーーーーー! 娘に危機が迫っているのだーーーーー!」
ちなみに、この手の類の時に真っ先に邪魔してきそうなお父さんは、妹様と従者の手により縛り上げられ、酒場の前に吊るされていたりする。
余談だが、店を出入りする客に笑われながらも、それなりに注目の的になっていたこの御仁と見目麗しいウェイトレス達の参戦により、牛頭亭は一日の売り上げ過去最高額を出したのだった。
シーナの出番を書いていたら、アイリスとのイチャイチャになったでござる。
リサ
「私の出番は!?」
作者
「いや、前に散々暴れたからいいでしょ」
ヴィトーラ
「妾はなぜ出さん!」
作者
「そっちだって一話丸々使ったからいいでしょうが!」
アイリス
「もっとノゾムとくっつきたい!」
作者
「あのな、全年齢考えろ?」
ノゾム
「ちゃんと休みたいです」
作者
「なんかすまん。でもお前の一生、多分ずっとこんな感じだぞ?」(コイツ、もう一回地獄に落ちねえかな……)