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第2章第7節

 マルスと和解してから数日の間にクラスでのノゾムの扱いはかなり変わっていた。

 ノゾムをいの一番に嫌っていたマルスが彼とよく話をするようになったのだ。

 

 10階級の生徒は基本的に他のどのクラスの生徒達からも落ちこぼれ扱いされる。徹底した実力主義を謳っているソルミナティ学園の弊害だ。

 そんな落ちこぼれ扱いされていた彼らの捌け口が、万年最下位のノゾムだった。

 

 しかし、10階級とはいえ、学年上位に比肩するマルスがノゾムと話をするようになると、今までノゾムを罵っていた連中は手を出すことができなくなり、結果としてノゾムに関わらないというスタンスを取るようになった。


 またマルスは今までの自分たちの取り巻き達とは距離を置くようになり、実技の授業では何時もノゾムと組むようになった。


 必然的にノゾムはマルスとの時間が長くなるわけだが…………。






「嬉しいわ~~! ノゾム君とマルス君が仲良くなって~~~~!!」


 昼時の保健室。今日もノゾムはアンリ先生に拉致され、保健室で一緒に昼食を食べていた。ちなみにそばにいたマルスも彼女のターゲットの1人だったので同じように捕獲されている。

 アンリ先生のテンションは最初からクライマックス状態で、何時にもましてルンルン空気を周囲に振りまいている。


「はあ、どうも…………」


 ノゾムはアンリ先生のあまりのテンションの高さに少し引いてしまうが、彼女が純粋に喜んでいることは分かるので、その気持ちには素直に感謝していた。

 

「…………ふん」


マルスは仏頂面で昼飯をかきこんでいた。


「まあまあ。アンリも嬉しいんだよ。ノゾム君とマルス君が友人になったことが。アンリはノゾム君だけでなく、マルス君の事も気にしていたからね」


「それはどういうことだ?」


「アンリはマルス君の事を不器用だけど優しい子だと言っていたよ」


「だって~~~。マルス君。2学年末にノゾム君の事を見直して、自分がノゾム君にやってきたこともちゃんと反省したんでしょう~~~?」


「………………」


「そんな子が悪い子なはずないもん~~。」


 そう言うアンリ先生の顔にも笑みがこぼれており、マルスの思っていたことをズバリと言い当てていた。これには彼も驚いた。


 まあ彼女のぽやぽやした雰囲気をいつも見ていれば、実は鋭い人間とは気付きにくいだろう。

ノゾムは以前彼女に、2学年末のノゾムとシノの対決やそれによってノゾムに起こった変化をある程度気付かれ、指摘されたことがある。

だからこそマルスの心の変化を指摘したアンリ先生についてマルス程の驚きはなかった。


「………………」


 マルスはそっぽを向いていたが顔は紅く、照れているのは明白だった。


「ふふ。……ところでノゾム君、君は今何を作っているんだい?」


 ノルン先生が早々に昼食を食べ終わり、机の上で何かやっているノゾムに話しかけて来た。

 ノゾムは保健室の机の上に細工用の工具一式を取り出して何かを作っていた。


「これですか? 友達への誕生日プレゼントですよ」


「へえ! そうなのかい。誰に何をあげるのかな?」


 ノルンは、今この学園にノゾムの友達はマルスのみだと思っていたので少し驚き、またノゾムが作っているものにも興味を覚えて聞いてきた。


「あげるのはこの間知り合ったエクロスの生徒です。あげる物については教えられません。これはその子が一番初めに知るべきものですから」


 今作っているプレゼントについてはともかく、ソミアについては隠す必要はないとノゾムは考えたので、彼女との出会いなどについて話すと、ノルン先生とアンリ先生が大層驚いていた。



「へえ!まさかフランシルト家のご令嬢と知り合いなんて、ノゾム君も隅に置けないね」


「なにをそんなに驚いているんだ?」



 マルスはよく分かっていないようだが、フランシルト家といえば大陸西部にある大国フォルスィーナ国の建国当初から仕えている重鎮中の重鎮である。

 またフォルスィーナ国は10年前の大侵攻の際に、魔獣の群れに対して逸早く軍を派遣しており、その軍は、後に編成された連合軍の中核的存在となり、大侵攻を退ける大きな原動力となった。

 また、ソルミナティ学園の創立を各国に提案した国でもあり、この大陸においては非常に大きな存在である。

 

 そんな名家中の名家の令嬢と知り合いになるなどほとんどの人間には全く縁がない話だろう。


「知り合いと言っても、彼女がフランシルト家の人間だと知ったのはつい先日で、知り合った時はまさか彼女がそんな名家の人間とは知りませんでしたよ。まあ、俺は気にしませんでしたが、彼女は隠していたことを少し気にしていたようです」


 ノゾムはそう言いながらも両手を動かしながら何かを作り続けている。


「彼女の生い立ちを考えれば無理もないか」


 まあ、名家は名家なりの悩みがあるのだろう。

 ノルンが作業をしているノゾムの顔を見ると、彼の表情には僅かだが笑みがこぼれている。


(うん。これなら大丈夫か)



 おそらくプレゼントを相手に渡すことを考えると、楽しくて仕方ないのだろう。そんなノゾムを見ているとノルンまで楽しくなってきて、彼女の顔には自然と笑みがこぼれていた。





 放課後、ノゾムとマルスは街の外周部へ向かっていた。2人は和解してから放課後、だいたい2日に1回はそこで手合わせをしていた。



「結局、この前もマルスには勝てなかった……。やっぱり今の俺じゃ、お前の相手をするには力不足みたいだな……」


「……………………」


 手合わせの結果は、今のところマルスの方が勝率は高い。ノゾムもあと一歩までマルスを追い詰めるのだが、“幻無”等の攻撃用の気術を使っていないので、決め手にどうしても欠けるのだ。

 ノゾムの攻撃用の気術は相も変わらず殺傷能力が高い。

 これは少ない気を効率的に使うと同時に、相手を確実に仕留めるためで、郊外の森の中で魔獣との命のやり取りをやってきた(シノに無理矢理やらされてきたともいう)ためで、生き残るためには必要だった。

 しかし、学園生活や模擬戦ともなると話は別で、これらの殺傷能力の高い技は手加減しなくてはいけない。

 だが、ノゾムは気量が多いわけではないので手加減するには必然的に技に使用している気の密度を下げなくてはいけないが、これでは相手を仕留めるには不十分な技になってしまう。

 密度を下げると相手を仕留めるに十分な威力を発揮しないという板挟みの状態なのだ。

 また、多少改善したとはいえ、ノゾムの能力抑圧の影響は大きく、身体強化や瞬脚といった補助的な気術の効果も低いため、やはりマルスぐらいの実力者を相手にするには力不足になってしまうのだ。



「…………お前、それでも俺に数回勝っている時点でおかしいぞ…………」


「そうか?」



 マルスはノゾムのセリフに対してボソリと呟くが、それに対するノゾムの反応は淡白だ。

 常識的に考えれば、1対1でノゾムがマルスに勝てる要素はない。

 ノゾムとマルスの身体能力、気量の差は明らかで、しかもノゾムには魔力がほとんどないため魔法にも頼れない。


それでも本来上位のクラスにいるはずのマルスに多少とはいえ勝利している時点で、彼の技量がこの学園でいかに高レベルであるかを示唆している。


もっともノゾムにその自覚はない。

 ノゾムにとっての刀術の基準は自らの師であるシノである。これは今まで手合わせをしてきた相手はほとんど彼女だったからだ。


 これは今までのノゾムの交友関係の狭さが原因で、もし学園に一人でも手合わせをしてくれる友人がいれば多少違ってきただろう。

 あんな化け物じみた実力者が基準になってしまったら自分の実力が周囲と比べてどの位置にいるかなど正確に測れるはずもない。


 またノゾム自身も自身の実力を低く見積もってしまうところがあった。

 これは能力抑圧と今までの模擬戦の結果が原因で、能力抑圧の影響で常に打ち合いで力負けし、しかも模擬戦で勝てたことはほとんどない。

 このためノゾムはある意味“負け慣れてしまった”状態なのだ。




(こいつ、あんな凶悪な技封印しているくせに何言ってんだ!!!)


 実は、マルスは一度だけノゾムの“幻無”を見せてもらったことがあったが、見た時は戦慄を覚え、身震いした。


 放たれた気刃はマルスの目の前を瞬く間に通過し、標的だった大岩を苦も無く両断した。


 信じられないほど圧縮され、研ぎ澄まされた気刃。飛翔速度は極めて速く、マルスには目の前を通り過ぎた気刃の残像すら見えなかった。そしてそれほどの刃を作るのに半秒ほどの時間しかかからない制御力。


 

 あの刃を自分に向けて放たれたら、その瞬間避ける間もなく防御ごと両断されてしまうだろう。


(はぁ~~。あの時の俺の負けはやっぱり確定だったなこりゃ)


 マルスは2学期末、自分が目の前の男に追い詰められた時を思い出していたが、あの時放たれていたのがこの技なら自分はこの世にいなかっただろう。







(まあ、あんな技授業中には使えないわな)


 ノゾムがいままで攻撃に気術を使わなかった理由に納得していると、前方から3人の女の子が歩いてきた。その内1人がノゾムの姿を見ると大きく手を振ってきた、

ノゾムも手を振ると、3人はこちらにやってきた。


「こんにちは!ノゾムさん」


「こんにちは。ソミアちゃん。今日はお姉さんと一緒なんだね」


「やあ、こんにちはノゾム。久しぶり……という程でもないかな」


「こ、こんにちは…………」


 歩いてきたのはアイリスディーナさん、ソミアちゃん、そしてティマさんだった。

 ティマさんはやはりこちらが苦手なのか、相変わらず少し引き気味。


「ほら、ティマ。ノゾム君に言うことがあるんだろう?」


「う、うん」


「???」


 ティマさんがアイリスディーナさんに促されてノゾムの前に立った。どうやらノゾムに言いたいことがあるらしい。


「あ、あの! 保健室の時はごめんなさい!」


「…………え? 何のこと?」


「ええっと、私、ノゾム君に失礼な態度、とっちゃったなあって……噂、聞いちゃってたから……」


 彼女はそう言うと、シュンと肩を落とした。彼女は見ているこちらが悪く思えてしまう程気落ちしてしまっていた。よほどあの時のことを気にしていたのだろう、


「すまないな、ノゾム君。ティマは少し男性が苦手でね。君の噂を聞いていたせいで少し構えてしまっていたんだよ」


「……ああ! あの時のこと? 別にいいよ。今ちゃんと謝ってもらったし、俺の噂を聞いているなら無理ない話だし……」



 確かにノゾムの噂を聞いているなら無理ない話だ。当時、学年でも有数の女子生徒と付き合いながらも、浮気をした挙句振られたなどの噂を聞けば、誰も彼に対していい印象など抱かれない。



 ティマの話を聞いた時、ノゾムの胸の奥がずきりと痛んだ。


(…………やっぱり……つらいな…………)


 友人もでき、以前よりはあまり感じなくなったが、ふとした拍子に思い出すと、その痛みはノゾムの心を蝕んだ。



(………俺、やっぱり、逃げている。……リサのこと、思い出すたびにこれだもんな…………)


 ノゾムはリサとの失恋や今まで蔑まれたことを乗り越えたわけではない。ソミアやアイリスディーナ達と出会い、マルスと和解し、新たな人間関係ができていく内に、自然と思い出す機会が減っていただけの話だ。


「あの。ノゾムさん。こちらの人は誰ですか?」


 つい、黙り込んでしまったノゾムだが、ソミアちゃんはノゾムの隣にいるマルスに気付いて尋ねてくる。

 

「ああ、こっちはマルス。俺の同級生だよ」


 ノゾムの紹介に3人はマルスを見るが、マルスは相変わらずの仏調面でアイリスディーナ達を見つめていた。


「…………なんだよ」


「ひう」


 マルスの威圧感にティマさんが小さな悲鳴を上げてしまうが、マルスはそれが気に入らなかったのか、視線が更にきつくなる。


 そのマルスの表情にティマさんがさらに怯えるが、マルスの表情は余計に硬くなり、その表情を見たティマさんはさらに委縮してしまうという悪循環を起こしてしまった。


「マルス落ちつけよ。どうしたんだ」


「…………別に……」


 ノゾムの問い掛けに何もないように答えるマルスだが、実は彼はティマの怯えた態度が気に入らなかった。


 彼女はBランクのマルスより上のAランクの生徒だ。この学園ではほとんどいない人間で、マルスをも上回る実力者にしか与えられない。


 しかしBランクの自分に怯える彼女の姿は、強さを信条とするマルスには受け入れられないものだった。


 だが、ティマにはそんなマルスの信条など知らない。彼女にとって体格がよく、不良として知れ渡っていたマルスは魔獣以上に恐怖の対象となっていたのだ。

 


「あ、ああそうだった。ソミアの誕生会の事だけど、できればノゾム君にも来てほしいと思ったんだが…………」


 マルスとティマの間に嫌な空気が流れそうになると、アイリスディーナは場の雰囲気を変えるために、ノゾムに対してソミアの誕生会の話題を振り、ノゾムもそれに答えた。


「ええっと。いいんですか。フランシルト家の令嬢の誕生会となればいろんなところから高名な方々が来るはずです。そんな場所に自分が行っていいんですか?」


 フランシルト家はアークミル大陸各国に名の知れた名家だ。そんなところのご令嬢の誕生会となれば各国の重鎮も来るだろう。

 そんな中に一介の学生でしかない自分が加わるのはマズいのではないかと考えたノゾム。まして自分はソルミナティ学園でもよくない噂が立っているのだ。

だが、当のアイリスディーナはまるで気にしないという風に言った。


「構わないよ。そもそも今回の誕生会は身内のみで行うつもりだったからね。それにノゾム君はソミアの友達だろう? 問題ないさ。」


 アイリスディーナはノゾムの心配をまるで関係ないことの様に笑って吹き飛ばした。その表情には嘘も偽りもなく、本当にそう思い、そのようにすることを決めていた。

 その笑みにノゾムも参加することを決めた。


「……分かりました。参加させていただきます」


「そうか! よかったよ。ソミアも楽しみにしていたんだ」


「はい!ノゾムさんがプレゼントを用意してくれるって言ってくれましたから!」


 彼女が両手を目一杯広げて、満面の笑みを浮かべる、腕飾りがチリンと鳴った。

 

 アイリスディーナもソミアも満足したように笑みを浮かべ、誕生会の日程や場所の確認をして、その日は別れた。

 







 帰り道、俺とマルスは歩きながら先ほどのことを思い返していた。


「マルスはどうするんだ? 参加するのか?」


「……一応俺も呼ばれたからな。参加だけはするさ」


 マルスもアイリスディーナさんに誘われていた。俺の友人ということで彼にも声が掛ったのだ。


「それにしてもずいぶんティマさんに突っかかっていたな」


 マルスのティマさんに対する態度は明らかにおかしかった。感情的になりやすいマルスだが、彼女に対する態度は、以前の俺に対するものに近かった。


「…………あんな奴が一番イラつくんだ。強いくせになんであんなにオドオドしてやがって…………」


「……何が怖いかなんて、本人しかわからないさ。おまえだって分からない訳じゃないだろ……」



「…………」


 何がその本人にとって辛いことなのかなんて本人しかわからない。彼女にとってはそれがマルスとは違うということだが、マルスの表情は硬いまま、結局牛頭亭に就くまで彼の顔はそのままだった。









「……ティマ、大丈夫かい?」


「…………うん……」


 私は、暗い顔をしたままの親友を慰めるが、その表情は芳しくない。

 ティマは生まれつき魔力が高く、それゆえに周囲の人たちに敬遠されていた。特に同年代の男子からあまりいい扱いを受けていなかった。

 また、彼女の容姿は子供の時から整っていたようで、それゆえに多くの人から様々な視線を浴びせられ続けていた。

 羨望、畏怖、嫉妬、憎悪。

 まだ自身の魔力をうまく扱えなかった彼女にとって、それらの視線は何よりも強い心理的な負担となった。

 結果として彼女は衆目、特に男性に強い苦手意識を持つようになり、また、感情の不安定さはそのまま魔法の制御不足にも繋がった。

 誰よりも魔法の才に溢れながら、どうしても制御がうまくいかない。


「まあ、ノゾム君は気にしていないようだし、彼……マルス君だったか。そっちも何とかするさ」


「そうですよ! ノゾムさんの友達って言いますし、きっと大丈夫ですよ!」


「……うん……ごめんねアイ、ソミアちゃん……」


「ティマ、できるならありがとうの方が私としては嬉しいのだが。」


「そうです! こういうときは“ありがとう”ですよ!」


 私は多少ふざけた感じに、ソミアは目一杯の笑顔で答える。


「……うん、ありがとう、2人とも」


 そんな私とソミアの返答に、ティマの顔に笑みが浮かぶが。結局彼女の表情が本当の意味で晴れることは無く、私たちはそれぞれの帰路に着くしかなかった。


第2章第7節投稿です。

第2章も後編に入り、そろそろ佳境に入ります。

もう少し時間が掛りますが、お付き合い願えたら幸いです。


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