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閑話 千変万化アイリスちゃん その2

ええっと、小説版第4巻を書くことになりました。

つきましては、また更新速度が鈍化することが考えられます。ご容赦ください。

 アルカザム周辺は降水量もそれなりにあるため、冬場にはどうして雪が降る。

 空に昇った太陽が地面に積もった雪を白く照らす中、リサは大通りを歩いて商業区へ向かう。目的は買い出し。

 慣れない人は雪が降ると引きこもりがちになる。だが、リサのいたオイレ村も結構雪が降るため、雪道には割と慣れていた。


「ええっと、薪はそんなに使わないから、後はパンとハム。酢漬けの野菜とかあるかな?」


 アルカザムが建設されて以来、魔法を生活に役立てる技術も増えてきた。

 女子寮にも魔法を使った暖房の道具は幾つかある。そのため、暖炉はあるが、使う薪の量は少なくて済んでいるのがありがたい。


「こんな寒い日は、温かい酒でもどうだい!? 王国のワインから北方の蒸留酒までそろっているよ!」


「毛皮のコートから長靴に肌着まで。寒さをしのげるいい服がそろっているよ! そこの奥さん、毎年の薪代を節約するためにも、買っていかないかい!?」


「いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は良い肉が入ったよ! 鮮度は抜群、冬だからこそ一週間経っても美味しく食べれる! ぜひ見て行ってくれ!」


 商業区につけば、威勢のいい商人たちの声が響いてくる。

 寒い冬でも、彼らの商魂は冷めるということを知らないらしい。

 ざくざくと凍る雪を踏みしめながら、買い物を済ませていく。

 そんな中、行きかう人々の隙間から、チラリと見知った蒼色の髪が見えた。

 知り合いの姿に、リサは反射的に声をかける。


「あ、シーナさん。おーーい!」


 突然名前で呼ばれたことに、シーナが驚きの表情で振り返る。

 周囲の視線に晒されながら、蒼髪のエルフの少女は少し恥ずかしそうに小走りでリサの元に駆け寄って来た。


「リサさん、ちょっと、大声で呼ばないでよ、恥ずかしいじゃない」


「まあまあ、いいじゃない。別に知らない間柄ってわけじゃないんだから。それで、シーナさんも買い物?」


「もう……。ええ、そうよ」


 溜息を漏らしながらも、シーナは手にしていたバックを掲げて見せる。

 とはいっても、中身はリサが買っていたものとは趣が異なる。

 砂糖漬けにされた果物や、瓶詰の茶葉や菓子。それに、ミルク等。明らかにどこかを訪問するためのものだった。


「シーナさん、これって?」


「ああ、うん。ちょっとノゾム君の所に……」


「へえ……」


 自然とリサの声尻が高くなる。

羨ましい……。そんな感情を匂わせる紅髪の少女を前に、シーナは静かに笑みを浮かべる。


「リサさんも一緒に行く?」


「え、いいの? でも……」


「貴女はノゾム君とは色々あったけど、もう和解しているし、私もアイリスディーナさんも以前お世話になった。だから、別にかまわないと思うわ」


「じゃ、ご一緒させてもらおうかしら」


 実際、精霊との対話能力を再び失った時に、シーナに発破をかけていたのはリサだ。

 接した時間は殆どないが、二人は互いになんというか、妙な共感というものを覚えていた。

 それは、同じ人に惹かれているからなのかもしれない。しかも、相手に敵意を抱かないのだから、不思議なものだ。


「ところで、ノゾムは今どこに?」


「彼なら今でも迎賓館に……いえ、中央公園にいるわね。何かあったのかしら?」


「……ちょっと待って、なんでわかるの?」


「? 私とノゾム君はパスで繋がっているから、彼が何所にいるくらいはすぐに分かるわ……どうかしたの?」


 パートナーの状況。特に血約の儀を交わした相手ならば、逐一知ることが出来る。この感覚はエルフとしては普通のものだ。

 しかし、人間であるリサにとっては、ちょっと閉口してしまう内容。


「いや、うん。ちょっと、ね……。私も大概重い女だって自覚はあるけど、ノゾムも大変だな~~って思って」


 もちろん、リサもシーナ・ユリエルの人間性は信頼している。

 実際に発破をかけた際も、彼女は自身の劣等感や辛さを乗り越え、しっかりとノゾムと向き合うことを選択してくれた。

 恋のライバルとしては悔しくもあるが、彼の幸せを願う者としては、嬉しくも思う。

 コテンと可愛らしく首をかしげるエルフの少女に目配せしながら、リサは足を速める。


「まあ、アイツが撒いた種なんだから、如何にか……なるのかしら?」


 長大な寿命と真の意味で心を通わせたパートナーを持つということから、エルフの愛は純愛の代名詞とされる。だが、相手が異種族ともなれば、その愛を向けられた相手が耐えきれない時もある。

 そのあたりも悲恋として語られる有名な話が幾つかあったりするのだ。

 そうこうしながら二人はノゾムに会おうと彼の元へ向かった結果……。


「いったい、いつの間にアイリスディーナさんと子供を作ったの!?」


 幼女化したアイリスディーナとデートをするノゾムを目の当たりにするのだった。





 商業区で偶然遭遇したリサにアイリスディーナと子供を作ったという誤解をされたノゾムは、一旦その場で興奮状態の彼女をなだめると、誤解を解くために牛頭亭へと向かった。

 幸い一階の食堂はまだ準備中で、客の姿はない。

ノゾムは店番をしていたハンナに事情を説明して一席を借り、リサ達にアイリスディーナがダンピールとなった影響で幼女化したことを説明する。


「ごめんなさい」


「いやまあ、誤解が解けたならいいけど。今のアイリス、どう見ても六歳くらいだよ? 年齢考えたらわかるでしょうに…………」


「いやまあ、ちょっとあまりに衝撃的な光景に我を失ったと言いますか……」


 目の前で頭を下げるリサに、ノゾムは頭をかきながらも、ホッと胸をなでおろす。どうやら、誤解はちゃんと解けたようだ。

 年齢を計算すると、ノゾムが11歳くらいに生まれた事になってしまう。

 その頃は故郷のオイレ村にいたころで、当然、アイリスディーナとも出会っていない。


「で、でも! 今のアイリスディーナさんなら可能性としてあり得そうだし!」


「う、いや、この状況を見るとないとは言えないけど、生憎とアイリスとはそういうことしてないよ……」


「ええ~~ホントに~~」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながらズリズリと近づいてくるリサから逃げるように、ノゾムはスッと椅子をずらす。

 そんな彼の反応にリサはいっそう笑みを深めつつ、ノゾムの膝の上にちょこんと座っているアイリスディーナに視線を落す。


「それにしても……」


「ん? なぁに?」


「ほんと、随分と可愛くなっちゃってまあ……」


 リサは思わず、小さくなったアイリスディーナの頭にリサの手を伸ばす。するとその手は、パン……と軽い音と共に弾かれた。


「やっ!」


「あれま、嫌われちゃった」


 どうやら、幼女化したアイリスディーナはノゾム以外に触れられるのが嫌らしい。

 リサを見つめる彼女の目も、心なしか警戒の色がある。

 まあ、リサとアイリスディーナは色々な意味でライバルだった。

 それは今でも同じで、特にノゾム関連に関しては譲れない者同士。たとえ幼女化という異常事態だろうが、慣れ合う気はないらしい。

 そもそも、幼女化しているからこそ、リサへの警戒心を隠さなくなっているとも考えられる。

 そんな中、リサの隣で二人の様子を見守っていたシーナが、ノゾムに尋ねてきた。


「それでノゾム君、アイリスディーナさんが元に戻る算段は付いているの?」


「アイリスの魔力が高まれば多分。でも、いつになるかはちょっと……」


 ノゾムがノルンの診断結果を伝えると、シーナは顎に手を当てて少し考えこむ。


「そう。私が少し診てもいい?」


「え?」


「私は貴方を介して、アイリスディーナさんとも繋がっているから、もしかしたら、医者のノルン先生とは違うことに気づけるかもしれないわ」


 シーナの提案に、ノゾムはなるほど……というように、小さく頷いた。


「そうだね。悪いけど、頼める?」


「ええ、任せて」


 ノゾムのお願いにシーナは快く返答すると、おもむろに立ち上がり、テーブルを回って彼の前に移動する。

 そしておもむろに身をかがめると、そっとノゾムの頬に手を伸ばした。


「ちょ……」


「じっとして。パスを介してアイリスディーナさんを探るには、大本である貴方とのつながりを強くする必要があるの。ん…………」


 動揺するノゾムをよそに、シーナはそのまま身を寄せ、互いの額をくっつける。

 互いの吐息が感じられるほどまでに近づく二人の顔。

 心なしか、シーナの口元には笑みが浮かんでおり、頬はほんのりと朱が浮き、吐息にも熱を帯びているようにも見えた。


「あああ! ずるい!」


「むううう……」


 まるでこれからキスをするのではとも思えるような雰囲気を醸し出す二人に、リサがうらやましそうに声を上げる。

 アイリスディーナに至ってはグイグイとノゾムの服を引っ張り、不満を顕わにしていた。


「ん……。なるほど……」


 時間にして一分ほどだろうか。シーナがくっつけていた額を離す。


「ノルン先生の言う通り、体の方は元に戻ろうとしているみたいね。少しづつアイリスディーナさんの魔力が全身に広がって、魂と肉体の調和を取り始めているわ」


「そうか、ありがとう」


 少なくとも、快調には向かっている。そのことを確かめることができ、ノゾムは安堵の息を漏らしながら、シーナにお礼を述べる。

 そこで、リサが再び声を上げた。


「ねえ、手っ取り早く治す方法ってあるの?」


「まあ、魔力が足りないなら、よそから持ってくるっていうのが常套手段だけど……」


「そういえば、私がノゾム君とのパスを強化しているとき、アイリスディーナさんの魔力が一瞬高まっていたわね」


「え? なんで?」


「……ふ~~ん、もしかして」


 リサは意味深な笑みを浮かべると席を立ち、トコトコとテーブルを回ってノゾムの傍にくる。そしておもむろに彼の手を取り、抱きしめた。


「あっ!」


 膝上のアイリスディーナが驚きの声を漏らす中、リサはスッと自然な仕草でノゾムに顔を近づける。

 その距離は先ほどのシーナとほぼ変わらない。そして彼女はとんでもないことを口にした。


「ねえノゾム、ちょっとお願いがあるんだけど、今からデートしない?」


「は?」


「だって私、この前の事件の時凄く頑張ったんだよ? お礼にそのくらいあってもいいでしょ?」


「だめだめ! ノゾムは私の恋人なんだから!」


 ノゾムがデートという言葉を脳内変換しているうちに、アイリスディーナが金切り声にも似た叫びをあげる。

 しかし、リサは全く怯まない。むしろ挑発的な笑みを向け、これみよがしにノゾムの腕を胸の谷間に挟んで見せつけ始めた。


「恋人でなくてもいいじゃない。別に減るもんじゃないんだし?」


「いや、よくな……イッ!?」


 ようやくノゾムが我に返り、断ろうとしたところで、強烈な痛みが彼の足を襲う。よく見れば、リサの踵がノゾムの足の甲を踏んづけていた。

 黙っていなさいというようにグリグリと足に体重をかける中、リサは煽るような表情をアイリスディーナに向ける。


「ほら、ノゾムも声が出ないくらい喜んでいるみたいだし」


「よろこんでないもん! 嫌がってるもん!」


 一方、アイリスディーナはリサの挑発を前に一気にヒートアップ。リサに対抗するように己の体をノゾムに密着させる。

 しかし幼女化しているためか、その様子は子供の可愛い嫉妬という印象が強く、どうにも覇気に欠けていた。

 そんな彼女の現状を理解しているリサは、さらに挑発的な行動をとり始める。

 なんとノゾムの背後に回り、首に手を回して抱きついたのだ。


「ねえノゾム、どう? 私も結構あるでしょ? 知っていると思うけど……」


「リ、リサ、首、くび、しまって……」


 リサが妖艶に微笑む中、ノゾムは顔を真っ青にしながら首に回された彼女の手を叩いている。どうやら、相当な力で絞められているらしい。


「むうう、むうううううう!」


 アイリスディーナはこれ以上ないほどの怒りの表情を浮かべた上に、威嚇するようにリサに顔を近づけ、睨みつけている。

 あまりにもリサに顔を近づけすぎている為か、肝心のノゾムの顔が死角に入り、彼が首を絞められていることに気づいていない。

 そんなアイリスディーナにリサはさらに挑発的な笑みを深めると、ススっとノゾムの上着の中に右手を伸ばしてきた。


「知ってる? ノゾムって、私と付き合っているとき、とても積極的だったんだよ? 特にこの街に来てからは、寝かせてくれないくらい……」


「うそ、つくな……ぐえ!?」


 ずっと訓練に明け暮れていたから、そんな時間なかったとノゾムが説明しようとすると、リサは彼の首を絞めたままの左手にさらに力を籠める。


「でも、今は私の恋人だもん! ずっと一緒って言ってくれたもん!」


「私にも言ってくれたよ? 別れてしまう前だけど。ねえノゾム、今からでももう一度付き合おうよ。きっと私達、今度はうまくいくと思うんだ~~」


「ダメ――――――――!」


 ついにアイリスディーナの堪忍袋の緒が切れた。

 次の瞬間、絶叫と共に、彼女の体からまばゆいばかりの魔力光が溢れる。


「アイ……リス、戻って……ぐえ!?」


 光が収まった時にノゾムの目に飛び込んできたのは、大人に戻ったアイリスディーナだった。

 ただ、異常なほど力が高まっているのか、普段の黒髪は力の大本であるヴィトーラに似た銀髪となり、黒銀色の魔力を全身から溢れさせている。


「いい加減離れろ、お邪魔虫!」


「おおっと!」


 元の姿に戻った彼女はグイっと無理やりリサをノゾムから引き剥がし、渡さないというようにヒシッと彼を抱きしめる。

 

「随分と自分勝手をしてくれたじゃないか……」


「でも、体は戻ったでしょ?」


「……あ」


 そこでアイリスディーナは、ようやく自分の体が元に戻っていることに気づいた。

 いったいどうして?

 そんな彼女の疑問に、傍で成り行きを見守っていたシーナが口を開く。


「嫉妬心を焚きつけて魔力を高めさせるって、随分と回りくどいことをしたわね」


「あ、シーナさんはやっぱりわかってたんだ?」


「態度があからさまだったから、すぐに気づくわよ」


 魔力とは精神のエネルギーであり、激しい感情はより大きな魔力を引き出す呼び水となる。

 どうやらリサはアイリスディーナの嫉妬心を刺激することで彼女の魔力を高め、幼女化した体を元に戻すつもりだったらしい。そしてシーナも、彼女の意図に気づいていたからこそ、止めることをしなかった。

 しかし、被害もそれなりに出てしまった。

 まず、アイリスディーナの魔力が噴き出したことにより、店内の食器や椅子などが吹き飛ばされてしまった。

 そしてもう一つ……。


「それよりアイリスディーナさん……」


「……なんだ」


「そろそろノゾム君を開放してあげて。彼、そろそろ限界みたいだから」


「え?」


「きゅう……」


「ああああ! ごめんなさい!」


 リサに首を絞められ、アイリスディーナに力いっぱい抱きしめられたことで、ノゾムが完全に気絶してしまっていた。

 慌ててアイリスディーナがノゾムを腕の中から解放するも、酸欠で顔を真っ青にしている。その様子は、傍から見てもかなりマズい。


「それから、さすがにその恰好ははしたないと思うわ」


「あ……」


 そして最後の被害は、アイリスディーナが着ていたメーナ特製の服だった

 彼女が纏っていた服は体が戻ったことで下着までボロきれと化してしまっており、辛うじて片や体の一部を隠している程度。

 そう、今のアイリスディーナは全裸だった。

 女神のごとき裸身を晒しながら、今の自分の恰好にようやく気付いたアイリスディーナの表情が、羞恥に真っ赤に染まる。


「き、きゃあああああああ!」


 そして悲鳴を上げながら、裸身を隠そうと手近にあるものを引っ張った。そして彼女に最も近くにあるのは、気絶したノゾムである。


「ぐえ……」


 再びアイリスディーナに抱きしめられたノゾムが苦悶の声を漏らす。

 愛しい人からの抱擁。だが窒息死するほどの力でともなれば、話は別である。

 顔が青を通り越して紫になり始めた。すでに気絶してしまっていたのは彼にとって幸せなのか不幸なのか。



「ちょっとアイリスディーナさん、ノゾムを離しなさい! なんて羨まし……じゃなかった、妬ましい!」


「馬鹿言ってないで、早くノゾム君を助けるわよ! ちょ、アイリスディーナさん力強すぎ!」


「きゃあ、きゃあ、きゃあああ!」


 とはいえ、命の危機であることには変わらない。

 リサとシーナが大慌てでアイリスディーナに飛びつき、ノゾムを引き剥がそうとするも、ダンピール化した彼女の腕力は凄まじく、その腕はビクともしない。

 その後、三人の取っ組み合いは騒音を聞きつけたハンナが店内に戻ってくるまで続き、四人は珍しく彼女から直々のお叱りを受けることになる。


「私、君が嫌いだ」


「奇遇ね。私もよ……」


「二人とも、いいから仕事して」


 そして四人は、店に迷惑をかけたとして、一晩の無償奉仕をさせられた。

 見目麗しい三人はホールに駆り出され、客の応対。

 仕事の最中、アイリスディーナとリサは常に睨み合い、シーナはその度に手が止まる二人を諫める。

 一方のノゾムは、二階の空いている客室に寝かされていた。気絶していたことを心配したハンナによる措置である。


「おいノゾム、お前らいったい何やったんだ?」


「頼む、聞かないでくれ……。不幸な事故だったんだ……」


 宿屋の仕事の合間に様子を見に来たマルスに事の次第を尋ねられるが、ノゾムとしてはどう説明したらいいのやら言葉に困るのだった。


「おいハンナ、今日はどうしたんだ!? こんな綺麗どころを三人もそろえて!」


「昼間の準備中に店内を滅茶苦茶にしたから、その弁済代わりに働いてもらっているのさ。美人だからって、変なこと考えるんじゃないよ。この三人は全員ソルミナティ学園生だ。一人でこの店に入るくらいの悪人、容易く叩きのめせるんだからね」


「おお、怖……」


 階下から客が囃したてる喧騒が聞えて来る。

 騒がしさから考えて、食堂は超満員だろう。

 目を見張るような美少女が三人も給仕に出ているのだ。ある意味、客寄せとしてはこれ以上ない効果を発揮しているようだ。

 とはいえ、ノゾムとしてはかなり長く気絶していた為か頭痛が酷く、あまり頭が働かないのが現状。


「あ、姉様見つけました!」


「むう、まだ絵が完成してないのに、元に戻ってしまったのか!?」


「げ、ソミアに父様、それにメーナまで……。何で三人がここに来たんだ!?」


「いつまでも帰らないお嬢様を心配してのことです。それにしてもお嬢様が平民に混じって給仕とは……他人事のような気がしません」


 ここでさらに、ノゾムの頭を痛くするような声が聞えてきた。フランシルトファミリーの襲撃である。


「ちょ、メーナ、その懐から出した服は何だ!?」


「メイド服でございます。給仕をするなら、この服は欠かせないかと。大丈夫です。お嬢様に合わせた丈に調整済みですので」


「いつの間にそんなものを用意していた!? というか、これは本当にメイド服か? 妙に布地が少ない気がするぞ!?」


「あ、これを着る時は、ノゾム様と二人きりの時でお願いします」


 一体どんなやり取りが一階で繰り広げられているのだろうか。

 ノゾムは現実逃避をするように、毛布を頭からかぶった。


「……マルス、今日、泊めてくれるか?」


「頭痛が酷くて動けないって言っとくわ。貸し一だ。早めに返せよ?」


「努力するよ……」


 ほっと息を吐くと、急激な眠気が襲ってくる。

 ヴィトーラの襲撃、異能の掌握と龍殺しとしての完全覚醒。そして、ほぼ軟禁に近い状態の生活。色々な事が変わり過ぎて、心身ともに疲れていたのかもしれない。


「何を言っているメーナ! 私の目の黒いうちはそんなことは許さん!」


「見苦しいですよヴィクトル! いい加減、アイリスディーナお嬢様が女としての幸せを掴むことを受け入れなさい! さあお嬢様、これを着てノゾム様の部屋に突撃するのです!」


「き、着れるか! こんな破廉恥なもの……」


「あ、じゃあ私が貰ってもいいですか? ノゾムを悩殺するのに使えるかも」


「誰がリサ君に渡すか!」


 毛布で塞がった視界の向こう側にいるマルスからも、呆れたため息が聞こえてきた。

 さすがにもう限界。ノゾムは毛布と敷布団の隙間から顔だけを出し、親友に懇願する。


「マルス、ヴィクトルさん達も止めてくれるか?」


「はぁ……貸し二だ」


 たった一言の、しかし頼もしい返答。

 彼が客室の扉の向こうへと行く姿を見送ると、ノゾムは再び毛布をかぶる。

 そして階下から響く親友の怒声とゴイ~~ン! というげんこつ音を聞きながら、彼は眠りに落ちていくのだった。






 さわさわ、さわさわ……。

 まどろみの中で、心地よい感触で目が覚める。

 窓から差す月明かりが、見下ろしてくる影を照らし出す。

 暗い客室の中では、人相はよく分からない。しかし、森の中で鍛えられたノゾムの目は、わずか数秒で暗闇に適応。見下ろしてくる人物の顔を捉えた。


「あら、起きた?」


「シーナさん?」


 キラキラと蒼い髪で月光を散らしながら、エルフの少女が穏やかな光を湛えた瞳で見つめていた。



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