閑話 千変万化アイリスちゃん
またまた閑話を投稿しました。
ダンピールとなったために体調を崩したアイリスディーナの看病をしてから数日。
ようやく熱も下がり、快調となった彼女に再びソミア達が訪問した時、その事態は起きた。
彼女が再び熱を出し、動けなくなってしまったのだ。
そして、ノゾムが急いで彼女を寝室に運んでから一時間。様子を見に行った際に、彼は更なる異常事態を目にすることになった。
「なんじゃこりゃああ!」
ノゾムの叫びが迎賓館に響き渡り、いったい何事かとソミア達が部屋の中に駆け込んでくる。
「きゃあ~~! 姉様可愛い!」
「うええええん、のじょむ~~~~!」
彼女達の目の前には、布団を頭にかぶり、泣きわめく異様に幼い姿となってしまったアイリスディーナがいた。
年頃としては八歳くらいだろうか。
ソミアと比較しても一回り程幼い容姿になってしまっており、口調も何処か舌っ足らずになっている。
「これは……。アイリスディーナお嬢様、随分幼くなりましたね」
ソミアが小さなくなってしまった姉に目をキラキラさせている中、幼女化してしまったアイリスディーナは一目散にノゾムに駆け寄り、その足にしがみつく。
着ていた服は既にほとんど脱げ落ち、かろうじてシャツが肩に引っ掛かっている程度。
「いやいやいや、こんな事ってあるの!?」
「うええええ、えええええ~~ん!」
泣きわめくアイリスディーナを抱きかかえながら、ノゾムは当惑の声を漏らす。
取りあえず、着替えをメーナに任せ、ノゾムは再びノルンを呼ぶべく駆け出すのだった。
✟
アイリスディーナの幼女化が発覚してか三十分余り。
とりあえず全員が食堂に集まり、以前診察をしてくれたノルンが診断したところ、原因はやはり体内の過剰な魔力らしい。
一方、あれだけ高かった熱は、今はすっかり下がっていた。どうやら、過剰な魔力が彼女の幼女化に使われたことで、体内の魔力が一時的に沈静化したのだ。
ノルン曰く、再び過剰状態になれば、元に戻ると思うとの話なのだが……。
「推測しか言えなくて済まない」
「いえ、こんな事態、誰も予想していませんから、無理ありませんよ。とりあえず、また数日はこのままですか?」
「なんとも言えん。彼女の魔力が高まる時期もまだ不規則だから……」
はあ……とノゾムと教師陣が肩を落とす。そして、件の人物がいる食堂の一画に目を向けた。
「ううう、そみあ、はにゃして~~」
「ああ、姉様可愛い……。はいはい、大人しくしましょうね~~!」
彼らの目の前では、姉妹同士による気の抜けるやり取りが繰り広げられていた。
幼女化し、妙に可愛らしい衣装を着たアイリスディーナを膝に置き、喜悦満面なソミア。
一方、アイリスディーナはそんな妹の膝上から逃れようとするが、後ろからがっちり捕獲されて動けない。
幼女化したことで腕力すら年相応になってしまっているのか、ソミアの細腕からすらも逃げられない状態だった。
「ああ、なんと美しい我が子たちだろう。メーナ、この光景を残すために、今すぐ画家を呼ぶのだ! いや、間に合わんかもしれん! こうなったら私が描き残すしかないな!」
「旦那様、画材はこちらになります」
「うむ!」
一方、ヴィクトルはメーナがどこからともなく画材を手に、嬉々とした様子でデッサンをし始めた。
白い梁キャンパスの上に、デッサン用の木炭がすさまじい速度で動いていく。
ノゾムが無言でヴィクトルの背後に回り込み、キャンパスを覗く。既に二人の全体像が大まかに、しかし全体がバランスよく描かれ、立体的な陰影が薄くつけられていた。
とんでもない作業速度と正確さである。相も変わらず、娘のことになると色々と振り切れる人だった。
「ところでメーナさん、アイリスの服なんですけど……」
「あの服が何か?」
「あれ、どこから持ってきたんですか? 妙に可愛らしいというか、あざといといいますか……」
アイリスディーナが来ているのは、ピンク色のドレスタイプの衣装。
服のあちこちにこれでもかとフリルが施され、妙にふわふわした印象を抱く。
フリルは服だけでなく、靴などの小物にもつけられており、幼くとも非常に整ったアイリスディーナの容姿もあり、妖精のような可憐さを振りまいている。
正直に言って、普段の彼女は絶対に着ないような服であり、その中でノゾムがプレゼントした紫色の髪飾りが妙に浮いていた。
「最近わが国で流行っている衣装で、私が作ったものです。それがなにか?」
「え? メーナさんが作ったんですか!? いつ!?」
「アルカザムに来る前です。元々はソミア様用に作っていたものですが、丈を少し直せば、今のアイリスディーナお嬢様でも着れると思いまして」
確かにメイドにとって裁縫技術は必要だが、パッと見た感じアイリスディーナの衣装にはそのような調整をした跡は見当たらない。
ノゾム自身、服のことに関しては専門家ではないから明言できないが、こんな複雑で意匠の凝った服を僅か三十分で完璧に調整するというのは、普通のことではないように思える。
「なんというか、フランシルト家の人間って、どこかぶっ飛んでますよね」
「ノゾム様。その言葉、そっくりお返ししたします。この中で一番常識外なのは、龍殺しとなられた貴方様です。いい加減ご自覚ください」
「……いや、今はそっちの話関係ないんじゃないですか?」
「ご自分のことを棚に上げないでくださいませ。服を十分程で調整する腕を身に着けることと、数百年いなかった龍殺しになること。どちらがより困難なのかは明白。それにお嬢様と結婚すれば、貴方もフランシルト家の縁者となるのですよ?」
「……あっ」
その言葉を聞いた時の感情を、ノゾムは一言では表現できなかった。
ただ、意識が遠のき、宙に浮くような感覚に襲われる。
「んん~~! 私、姉様がいてくれてとても嬉しかったですけど、実は妹も欲しかったんですよ~~」
「むうう!」
ノゾムとメーナが問答している中、ソミアの抱擁はいっそう激しくなっていく。
すりすり、すりすりと、後ろから頬ずりしてくる妹に、アイリスディーナはよりいっそう激しく抵抗するが、むしろそれがソミアの琴線にふれ、スキンシップが加速する悪循環を引き起こしている。
そんな中、ソミアの目がピンクのフリルドレスにはやや不似合いな、紫色の造花を施された髪飾りに向いた。
「ところで姉様、この髪飾り、なんですか?」
「だめ!」
思わずソミアが髪飾りに手を伸ばす。その時、絹を裂くような大声が食堂に響いた。
「これ、わたしの! 触っちゃダメ!」
「ああ、兄様からのプレゼントだったんですね。なら、触られたくもないですよね。それにしても、こんなことでムキになるなんて……やっぱり姉様可愛い!」
「んん、んんん~~! そみあ、いい加減はなす!」
「あっ!?」
ついにアイリスディーナの我慢が限界を迎えた。
激しく身をよじりながらソミアの拘束から逃れると、ノゾムに向かって一目散に駆け寄り、抱きつく。
「のぞむ、ここを出る!」
「え?」
「今はそみあやとうさまと一緒にいたくない! 出るの!」
「ええ~~!? 姉様、行かないでくださいよ~~!」
「やっ! みんな私を玩具みたいにあつかうんだもん! のぞむ、いこ!」
ソミアがこれ以上ないほど落胆した声を上げるが、すっかり怒ってしまったアイリスディーナは聞く耳を持たない。
なんというか、本当に珍しい光景である。
こんなに感情を露にする彼女を見たことは、ノゾムもほとんどない。
とはいえ、ノゾムも彼女の気持ちも分かる。なので、ブーブーと不満そうな声を漏らしているフランシルト家の面々は放置して、ここはおいとますることに決めた。
「……ノルン先生、アイリスと一緒にちょっと気晴らしをしてきます」
「まあ、確かにこの場は彼女にストレスになるだろうからね……」
ため息とともにノルンに一言伝えると、ノゾムはそのままアイリスディーナを抱えて部屋を後にする。
ついでにソミア達がついてこられないよう、気で身体強化を施し、迎賓館の中を駆け抜けて学園の外へと飛び出す。完璧に調整された気術がもたらす速度は、メーナでも追いつけないほど。
そして二人は、あっと言う間中央公園までたどり着いた。
「ふう、ここまでくれば大丈夫だろ」
「むう、そみあも、とうさまも、メーナまで酷い……」
「でもまあ、俺も可愛いとは思うよ。アイリスはそういう服も似合うんだな……」
ここに来るまでに少し乱れてしまった彼女の髪を直しながら、ノゾムは率直な感想を口にする。
実際少し派手だが、可愛らしい装いのドレスは彼女に良く似合っていた。
「まるで小さなお姫様みたいだ」というのが、ノゾムが今の彼女に抱いた印象。
「……のぞむ、それ、おんなったらしのセリフ。似合わない」
「はは、手厳しいな」
言葉にしなくとも、すぐに内心を見抜くアイリスディーナにノゾムは苦笑を漏らしながら、腕の中の彼女を抱きかかえ直す。
さらに増す密着度に、幼く、ふっくらとしたアイリスディーナの頬が朱に染まった。
「で、せっかく外に出たんだ。どこに行こうか?」
「ノゾムと一緒なら、どこでもいい!」
「じゃあ、商業区に行ってみるか。夏ほど品揃えはよくないとは思うけど、退屈はしないと思うし」
「うん!」
地面には雪が積もっている。せっかくのドレスを汚すこともないだろうと、ノゾムは彼女を抱えたまま、商業区へと歩み始める。
災い転じてなんとやら。ちょっと突発的な、冬のデートである。
中央公園から少し南に歩けば、すぐに商業区だ。
冬とはいえ、昼の商業区は相も変わらず賑わいに満ちている。
ガヤガヤと途切れない喧騒、声を張り上げる商人と、世界中からくる品に目を輝かせる客達。その中を、積もった雪をザクザクと踏みしめながら進む。
「なんだこれ。ランプ? 随分変わった形だけど……」
「たぶん、ていこくせいのランプ!」
ノゾムが見つけたのは、雑貨屋に置かれていた真鍮製のオイルランプ。
形は水差しに似ていて、伝わる熱から持ち手を守るために、火口が前に突き出している。
ランプの表面には曲線を多用した文様が描かれ、色付きのガラスがあちこちにちりばめられている。素材は安くとも、かなり凝った作りだった。
「昔、かあさまがこすると願いをかなえる精霊が出てくるっていう昔話をしてくれた!」
「なんというか……怪しい話だね」
「うん、ねがいを叶えるってじてんで、うしゃんくしゃい!」
「どんなお話?」
「魔法のランプをぐうぜん手に入れたおとこの人はその力で山のような財宝と綺麗なお嫁さんをもらうけど、最後は精霊にうらぎられてぜんぶなくしちゃった!」
なるほど、その手のお話の類に漏れず、男は魔法のランプが持つ魅力と力に我を失い、最後はすべてを失ったらしい。
なんとも無常な話である。とはいえ、昔話というのは、往々にして教訓や生きていくための知恵などを含んでいることが多い。
そして同時に、子供に考えるということを身に着けさせるためにも使われる。そういう意味では、このお話はいい物語といえるだろう。
「さて、他のお店に行ってみようか」
「うん!」
ノゾムとアイリスディーナが次の店を見学しようと振り向いたその時、喧騒に紛れて、聞き覚えのある声が流れてきた。
「あっ……」
「あれ、リサ? それにシーナさん?」
そこにいたのは、リサとシーナ。なんとも珍しい組み合わせである。
二人とも買い物をしていたのか、肩に大きめのバッグを下げていた。
奇遇だなと、軽い気持ちでノゾムが手を上げて声をかけようとするも、どこか異様な二人の表情に首を傾げた。
リサもシーナも、口をポカンと開け、目を見開いて完全に硬直している。
リサに至ってなぜかノゾムを指さし、ブルブルと全身を震わせていた。
「の、ノゾム……その、その子……」
「ん? ああ、実は……」
「いったい、いつの間にアイリスディーナさんと子供を作ったの!?」
「んう?」
「……はい?」
予想外の質問に、ノゾムとアイリスディーナの口から呆けた声が漏れる。
そして、子供を作ったというとんでもないセリフに、周囲の視線が一斉にノゾムに集まった。
(あ、これまた面倒くさいパターンだ……)
今日になってもう何回目かもわからない騒動の予感。周囲から聞こえてくるひそひそ声に思わずため息を漏らしながら、ノゾムは天を仰ぐのだった。
登場人物紹介
アイリスちゃん
ダンピールとしての魔力が妙な方向に働いた結果、幼女化したアイリスディーナ。
記憶はキチンと今までの事を覚えているが、性格と口調が年相応になっている。