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第8章終幕(アイリスディーナエピローグ)

第8章終幕、アイリスディーナエピローグです。

これで、第8章は終了です。

 迎賓館。

 開園祭でも使われた、学園施設の一つ。そして、今はノゾムが住んでいる場所でもあった。

 迎賓館へと戻ったノゾムは、正門から中に入ると、そのまま居住スペースにしている区画へと足を向ける。

 食堂として使っている部屋の扉を開くと、食欲を誘う香りが流れ込んできた。


「おかえりノゾム、遅かったんだな」


「ああ、ただいま、アイリス」


 帰ってきたノゾムを、黒髪の少女が出迎えた。

 料理でもしていたのだろうか。アイリスディーナは食堂と併設しているキッチンに立ち、普段着の上にエプロンをしている。

 彼女を飾る髪飾りの鈴が、シャラン……と涼やかな音を鳴らす。


「食事はもうちょっとでできるから、先に体を洗ってくるといい」


「あ、ああ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ノゾムとアイリスディーナは現在、この迎賓館で共同生活していた。

 二人の特殊性を考えれば、当然の処置。

 もちろん二人きりというわけではなく、監督役として二人の教師が同居している。

 同居しているのは、ジハードの副官的な存在であるインダと、ノゾムのクラス担任であるアンリ。

 しかし、アイリスディーナの話では、二人はまだ学園から帰ってきていないらしい。

 ちなみに、ほかのフランシルト家の関係者は、パルライン夫人の館にお世話になっている。

 フランシルト邸があった場所は文字通り更地になってしまったため、夫人が気を利かせてくれたのだ。

 ノゾムは用意された簡易浴室で一日の体の汚れを落として着替えると、そのまま再び食堂へと戻る。


「お待たせ」


「ああ、ちょうどよかった。今できたところだから、さっそく食べようか」


 テーブルの上には、既に夕食が並べられていた。

 パンとシチューとサラダ。それから、あぶったブルスト。典型的な、一般市民の夕食だった。

 席に着いたノゾムは、まずはシチューに匙を入れた。

 動物の乳と一緒に煮込まれた肉と、野菜の数々が、器の中で踊っている。

 乳と煮溶けた野菜の香りが鼻腔を刺激し、自然と唾が出てのどが鳴る。

 空腹を主張してくる腹をなだめながら、ノゾムは救い上げた匙をそっと口に含んだ。


「……うまい」


 自然と匙が進む。口の中に広がるうま味に、思わずそんな言葉が漏れる。

 そんなノゾムの反応を見て、アイリスディーナが嬉しそうに口元をほころばせた。


「ありがとう。家庭料理なんてやったことはほとんどなかったから、不安だったんだけどね」


 アイリスディーナ曰く、この手の料理は学んだことはあれど、ほとんど実践したことはないらしい。

 にしては、かなり美味いものに仕上がっている。口の中でホロホロと溶ける野菜が、旨味が凝縮されたシチューとよく合っていた。

 なによりも、ホッとする暖かさと温もりが、自然と体に染み入った。


「ごちそうさま。食器は俺が洗うよ」


「ああ、ありがとう。それじゃあ、お願いするよ」


 食事を終え、ノゾムは食器を片付け始める。一方、アイリスディーナは浴室へ。

 食堂を出ていく彼女を横目で見送ると、食器についた汚れをぬぐい、水で洗い落とす。

 さらに備え付けてある石鹸でもう一度汚れを落とすと、乾いた布巾で残った水分をぬぐう。

 石鹸は大陸で使われている柔らかいものではなく、ゴツゴツとして固いものだった。

 最近アルカザムの職人区で作られたものらしく、動物の油と石灰から作ったもの特有の臭いにおいも少なく、使いやすい。

 残っているシチューやサラダなどには蓋をして、アンリたちが帰ってきたら食べられるようにしておく。


「よし、終わりっと……」


「お疲れ様。ノゾムはこれからどうする?」


 片付けが一通り終わりしばらくすると、アイリスディーナが浴室から上がってきた。

 濡れた黒髪と寝巻が艶めかしく、髪をかき上げるしぐさが胸を突く。

 心臓がドキンと大きく跳ねる。共同生活するようになってから、ノゾムはこうしてドキドキすることが多くなっていた。


「う、う~ん、今日はもうやることもないしな。かといって眠気も来ないし……。腹ごなしに、少し庭を歩こうと思う」


「それじゃあ、一緒に行くよ」


「体、冷えない?」


「大丈夫、そんなに長くは外にいないよ」


「やれやれ……」


 ノゾムは近くの上着掛けにかけてあったストールを手に取ると、アイリスディーナの肩にかける。いくら風呂上りとはいっても、湯冷めしてしまっては体に障ると思ったからだ。


「ふふ、ありがとう」


 そうして上着を羽織った二人は、迎賓館の外に出た。

 開園祭の時は人がごった返していた庭は閑散としていて、あちこちに雪が積もっている。

 足を踏み出せば、凍りついた雪がサクサクと音を立てた。

 冬の冷たい空気が、風呂と食事で火照った体を撫でていく。心地よさに身をゆだねながら、しばしの間、二人は庭道をゆっくりと並んで歩いていた。


「アイリス、体はどう?」


「全然問題なし。むしろ前より調子がいいくらいだ。髪も元に戻ったしね」


 ノゾムはダンピールとなったアイリスディーナを気遣うが、彼女はむん、と両手で力こぶを作りながら、元気よく微笑む。

 その活力にあふれた姿にノゾムはほっとしながらも、紫紺色に染まったアイリスディーナの瞳に、思わず表情を曇らせた。


「でも、瞳の色は……」


 白から黒へと戻ったアイリスディーナの髪だが、瞳の色は完全には元に戻らなかった。

 彼女が完全な別種族へと変わってしまったためだろう。その事実が、ノゾムには少し心残りだった。


「まあ、仕方がない。それに、私はよかったと思っている。この力のおかげで、大切な人を誰一人失わずに済んだんだ」


 一方のアイリスディーナは、あっけらかんとした様子で、特に気にした様子はなかった。

 足元の雪を幼子のようにパッ、パッと蹴って遊びながら、変わらない笑みを浮かべている。


「もちろん、こうして変わった以上、前のままではいられないのは確かだ」


「何か、あったの?」


「正式に、私はフランシルト家次期当主ではなくなった。つまるところ、廃嫡ということだな」


「っ…………」


 アイリスディーナ曰く、人でなくなった自分には、フランシルト家を継ぐ資格が無くなったというのだ。

 彼女の言葉に、ノゾムは思わず絶句する。


「待ってくれ。話には続きがあるんだ」


「え?」


 ノゾムの深刻な表情に、アイリスディーナは少し慌てた様子で話を続ける。


「次期当主には、ソミアがなることになった。それに伴い、私は相談役および摂政役として、フランシルト家に仕えるつもりだ」


「ソミアちゃんが……」


「ああ、しかもこの話、ソミア自身が言い出したんだ。ふふ、意外だろ?」


「……いや、そうでもない。ソミアちゃんなら、自分からアイリスの後を継ごうと考えてもおかしくはない」


 再び笑みを浮かべて雪と戯れ始めたアイリスディーナを眺めながら、ノゾムのこわばっていた目元が、自然と緩む。今度は、彼女の言葉をきちんと受け入れることができていた。


「む、自分のほうがソミアのことをわかっていると言いたげだな。それはさすがに聞き捨てならないぞ!」


「そっちで対抗心燃やすのかよ……」


 ダンピールになっても、相も変わらずシスコンなアイリスディーナ。

そんな変わらない彼女の様子に、ノゾムは思わず含み笑いを漏らす。


「まあ、そういうわけだ。この話を聞いた時、実のところ、悲しいとか、悔しいとかの感情は不思議なくらい湧いてこなかった。むしろ、ソミアの成長を嬉しいと思うくらいだった」


 守るだけの対象からの脱却、その始まり。

 この一件はアイリスディーナ、そしてソミア、二人の少女に大きな変化をもたらした。

 そんな大切な二人の変化。成長が、ノゾムは純粋に嬉しかった。

 フランシルト家は間違いなく、これから大変な時期を迎えるだろうが、希望はきちんとつながっている。そう思えたのだ。


「まあ、父様は散々狼狽えた挙句、メーナとパルライン夫人にシバかれていたけど……」


「ヴィクトルさん……」


「私が廃嫡になることを改めて告げるときなんて、血の涙を流しながら舌を噛みそうだった。何度も何度も言葉に詰まった上に、告げた後も発言の撤回をしようとしていたくらいだ。まったく、ソミアの方がまだ頼りがいがありそうだなんて……」


「あ、あははは……」


 もっとも、変わらない人もいた。いい話だったはずなのに、ノゾムの体から一気に体から力が抜けていく。

 ヴィクトルも今回の一件で色々と後ろ指をさされることになってしまっているし、負った責任も大きいはずなのだが、娘に対する愛は変わらない様子だった。


「まあ、そういうことで、こちらの方は丸く収まったというわけだ。だから、君には感謝しかない。あの時、私たちを助けに来てくれてありがとう」


 夜の月明かりに照らされたアイリスディーナが、ふっと空を見上げた。


「いい月夜だ。寒いけど、だからこそ月がよく見える」


 彼女に釣られるように、ノゾムもまた月を見上げた。

 空に輝く月が、星明かりとともに夜空を照らし出している。

 冷たくも、穏やかに包み込んでくる月光に充てられたのか、アイリスディーナが少し興奮した様子で口を開いた。


「そうだ、せっかくだから、踊らないか?」


「え?」


「こんないい夜なんだ。踊らないのはもったいないだろう?」


 突然のダンスの誘いに、ノゾムは目をぱちくりさせながら、今一度空を見上げる。

 確かに、いい夜だった。静かな、しかしながら、思わず童心に帰りたくなるような月夜。

 ノゾムもまた、誘われるように、アイリスディーナに向かってそっと手を差し出す。


「そうだね。それじゃあ、一緒に踊っていただけますか?」


「謹んで、お受けいたします」


 重ねられる手に導かれるように、二人は自然と踊り始めた。

 星光が照らす庭で、二人の影が積もった雪にきれいな足跡を描いていく。

 流れるようなステップでノゾムがリードし、アイリスディーナがそれに続く。

 タンタンタン、タンタンタン、とテンポよく、それでいて、静かで上品に、踊り続ける。

 一分の狂いもなく、重なる二人の動作。それにつられるように、互いの視線が自然と絡みあう。


「まるで、フランシルトの館でダンスの練習をしていた時みたいだな」


「ああ、あの時か。まだ三回目なのに、ノゾムはずいぶんと踊るのが上手くなったな」


「そうか。アイリスにそう言ってもらえると、自信になるな」


 開園祭の前。フランシルト邸での突貫訓練を思い出しながら、二人は笑みを浮かべる。

 そして二人はしばしの間、黙ったまま、互いの呼吸に身をゆだねて踊り続けた。

 風の音すらしない。迎賓館の庭に雪を踏む音と、シャラシャラと鳴る髪飾りの鈴の音だけが響く。

 やがて何度か繰り返したところで、おもむろにアイリスディーナが口を開いた。


「どうして、助けに来てくれたんだ?」


「繋ぎたかったから。皆の……いや、君の夢を」


「私の夢?」


「あの時、フランシルト邸でダンスの練習をしたとき、教えてくれただろ」


「ああ、そういえば。ふふ、ずいぶん昔のことのように思えるな」


 アイリスディーナの夢。ソミアを初めとした、自分の家族。大切な人たちを守ること。

 そんな彼女の夢を、消したくなかった。ノゾムは改めて、本人の前ではっきりと言葉にする。


「俺の夢は、結局それだった。大切な人の夢を支えたい。まあ、なんとも他人任せな夢だけどな」


 ノゾムの戦う理由。強くなる理由。

 自覚するのにずいぶんと時間がかかったが、それは今も昔も変わっていない。

 そんな彼の言葉に、アイリスディーナは口元を吊り上げる。


「なるほど、そうやってリサ君を口説き落としたわけだ」


「口説き落としたってひどくないか?」


「酷くない。君は無自覚のプレイボーイだからな。このぐらい口を酸っぱくして言わないと誰彼構わず助けて修羅場になるのが目に見えている」


 いずれは月のない夜に後ろから刺されるんじゃないか。

 そんな言葉も最後に付け加え、アイリスディーナはムスッと頬を膨らませた。

 ちょっと不満げな表情を浮かべる彼女に、ノゾムは「はぁ~~」とこれ見よがしに呆れて見せる。


「生憎と、プレイボーイになれるほど器用じゃないよ」


「知ってる。揶揄いたかったから言ったんだ」


 不満げな表情を一転。ニパッと満面の笑顔を見せるアイリスディーナに、ノゾムは先ほどよりも深いため息を漏らす。


「酷い人だな、アイリスは……」


「まあ、冷血無比な貴族だからな。元だけど」


 クスクス……。

 二人はどちらともなく含み笑いを漏らしながら、誰もいない冬空の下で踊り続ける。

 やがて、アイリスディーナがピタリと踊るのを止めた。

 どうかしたのか?

 首を傾げたノゾムが彼女の顔を覗き込むと、アイリスディーナは紫紺の瞳を不安に揺らしながら、彼を見上げてきた。


「ねえ、ノゾム、どうして……助けに来てくれたんだ?」


 繰り返される、同じ質問。しかしノゾムは、彼女が何を聞きたいのかはすぐにわかった。

 彼は見上げてくる彼女の視線を受け止めてから一度瞑目すると、ゆっくりと口を開く。


「好きだから。アイリスのことが……。それ以外にないだろ」


「……もう一回」


 穏やかに、しかしはっきりと耳から伝わってきた言葉に、アイリスディーナは唇を震わせながら、催促した。


「好きだからだ。君のことが」


 本当なのか? 嘘じゃないのか? 

 そんな彼女の不安を、再度告げられたノゾムの言葉が払しょくする。

 続いて湧き上がるのは、猛烈な歓喜。全身が熱を帯び、目が彼から離せなくなる。


「答え、聞かせてくれるかい?」


 揺れていた紫紺の瞳から、一滴の涙がこぼれる。


「私……私も、貴方をお慕いしています」


 わずかしか開いていなかった距離が、ゆっくりと縮まり、そして重なる。

 二人の手には、ほのかな光を放つ白い鎖が、優しく絡みついていた。


アイリスディーナ

廃嫡されてしまうが、それ故にある意味自由になった。

守ろうとしていた存在が強くなっていく姿を見て、自分の気持ちにも素直になり、ノゾムと気持ちを交わす。


ようやくここまで書けました。

これで第8章は終了。

本来なら書くことはまだ少し残っていたのですが、それは次章に回そうかと思います。


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― 新着の感想 ―
[一言] 4日前に漫画を読んでそこから小説を読み始め、ついに今日読み終わりました! お体に気をつけて執筆頑張ってください! 9章を心の底から楽しみにしています!
[良い点] ノゾム君は、何が合ってもこれからは、アイリスさん 一筋何だろうな 良い終り方だと想う気持ちいや思う 巻末に9章て書いてあるがエタも仕方なしか
[良い点] アイリス、ノゾムおめでとう! [一言] リサもケンの被害者だし、浮気(にしか見えない)行為を目の当たりにして本人にも聞けないほど傷つき心を閉ざす気持ちは痛いほどわかる。好きだからこそ不安に…
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